● もう一つの未来2 ●

 






「………っ!」

 食事を終えて皆で楽しく談笑している時に、むせ返るような吐き気がユナを襲った。
思わず口を押さえて立ち上がる。

「どうしたの?ユナちゃん!」

 真っ青なユナに、慌ててミレーユが声を掛けるもそれどころじゃないのか手をブンブンと振って

「……う……っ!ちょ、ちょっと悪い…気分が悪くて…風に当たってくるよ」

 そのまま慌てて外へ駆けだしていった。
皆はハっと気付いたように顔を見合わせる。そしてそのまま視線を青い服の剣士に向けた。

「お前の、責任だったな」

「な、何だその言い草は」

「ふふっ、そうね、ユナちゃんに伝えるのはテリーの役目よね」

 ハッサンに続いてミレーユも弟を肘でつつく。

「ホントホント〜、それにしても、ユナとテリーの…ウククッ、楽しみだわーw
私の子も楽しみだけど、あんたたちの子もホンット楽しみ〜どんなひねくれた子供が
生まれるのかしら」

「バーバラ」

 ウィルも顔を綻ばせて、いつものようにバーバラを制す。

「いやぁー、私は一時はホントどうなるかと思ったんですよ。
目覚めないユナさんのお腹に子供が居るなんて…神は残酷な事をなさる…と
嘆いていたんですが…一転してこんな幸せな展開を与えてくださるなんて…。
テリーさん、神に感謝して、ユナさんにお腹の子の事を伝えなさい」

「何でチャモロそんなに偉そうなんだ…」

「テリーさんの口から彼女に言うべきです。子供の父親なのですから!」

 何故か熱弁するチャモロ。皆の視線が集まると同時にテリーは
立ち上がった。

「分かってる、じゃあ、ちょっと席を外す」

「ヒューヒュー!」

「ハッサン、ヒューヒューは古いだろ」

 聞こえないふりをしてテリーは賑やかなテーブルを後にした。




 風が気持ちいい。
短い髪が気持ち良さそうに風の海を泳いで、先ほどの気分の悪さも随分おさまっていた。
両手を頭上に伸ばして背伸びした後、草むらに座って月を見ていた。

テリーは声も掛けずにそっと少し離れた隣に座った。

「体は、大丈夫か?」

 気付いていたユナが心配掛けまいとして微笑む。

「うん。……でも何か最近調子悪いんだよな…どうしちゃったんだろ…
前はさ、気分が悪くても一日か二日で良くなったのに……どっか悪いのかなぁ…」

 真剣な表情なユナに思わず笑ってしまっていた。
こいつが本当の事を知ったらどう思うだろう。どんな反応をするだろう

「何だよー!人が真面目にいってるのにー…ホントに不安なんだからな」

「悪い」

 切り出すタイミングを伺うに連れ悪戯心も芽生えてきていた。
このまま黙っていたら…とかどうやってこの事を伝えようかとか

「珍しいね、テリーなんか凄く顔緩んでるよ」

「……そうか?」

「うん、ホントどうしたんだ?嬉しい事でも有ったのか」

「ああ、有りすぎて困るくらいだ」

 驚いた顔と興味津々な瞳。

「なんだよソレ、自分だけずるいよ、オレにも教えて?」

「…そうだな……」

 フイに唇で唇に触れられた。
虚を突かれたのか口を開けっぱなしのまま目をぱちくりさせる。

「お前が目覚めた事だ」

 コツンと冷たい額に額を当てた。

「コレが一番嬉しかった事だ…」

 すぐ側のユナにしか聞こえないくらいの声で呟いた。

「テリー……」

「本当に、もう一生目覚めないかと思った。もう、声も聞けないかと、
話す事も、笑顔を見る事も…………」

 言葉を続ければ続けるほど胸が苦しくなった。

「今までで一番、辛かった」

 ユナが眠り初めてからの事は現実で、あのどうしようもなく苦しくてどうしようもなく
悲しかった夜は現実だと、言葉を紡ぐほどに実感してしまった。でも…

「…………」

心配そうに見つめるユナに、言葉を付け足した。

「でも、お前はこうやっていつもみたいに馬鹿な事を言っていつもみたいに
下らない事で笑って、いつもみたいにオレを安心させて……」

「テリー……」

 ちゃんと起きていて、側に居てくれる…。

「今この瞬間が一番嬉しくて、幸せだ」

 この幸せを失った瞬間を体験してもう二度とあんな想いはしたくないと心から思う。
こんな当たり前の日常が自分にとってどれほど大切な物なのかと改めて感じていた。

「うん…オレも…オレも…だって…」

 ユナもたまらなくなってやっと言葉を発した。
もう運命とか魔王とか勇者とか、何にも気にしなくて後ろめたくもなくて
一緒に居られるんだもんな…。

「帰ったら…ルーラで色んな所回らないか?」

「………?」

「イヤ、あのさ…今まで会った皆にもう一度会いたいし、それにさ…
あの、あのさ…け、けっこんするんなら…挨拶くらい行った方がいいかと思って…」

「…それは、そうかもな」

 目が合うと、先ほどの行為の為かユナは顔を真っ赤にして俯いた。
出会った頃から何も変わってない彼女にたまに呆れてしまう事がある。
何度も口付けを交わして、想いを伝えて、夜を共にしているのに
こうやって抱き締めたりキスしたりした後は決まって顔を真っ赤に染める。

「………ッ!」

 真っ赤になっていた顔が急に青ざめる。
口を押さえて慌てて向こうを向いた。

「ゴ、ゴメン…ッ…や、やっぱりオレ何処か体、悪いのかも…どうしよう…
もしかしたら……重病なのかも……せっかく魔王を倒したのに……
病気で死ぬなんて…やだよ……」

 真っ青な顔で気の弱い言葉を吐くユナに、意地悪で本当の事を
伝えない事に罪悪感を覚えた。

「悪い……オレのせいだな」

「……?何で?」

 先ほどよりも気分が良くなったのか少しだけこっちを向く。

「オレのせいだ。オレが…お前を抱いたから……」

「………ッ?」

「悪かったな…お前をそんな目に遭わせて」

「な…何言ってるんだよさっきから…テリーのせいなんかじゃないよ」

 両肩に手を掛けられて、テリーの方へ体を向けさせられる。
少しの沈黙が流れるとテリーの口が動いた。

「お前のお腹には……その………」

「………?」

「オレとお前の…子供が居るんだ」

「…………ッ!!」

 何を言ってるのか、言葉の意味が分からなかった。
単純な言葉、単純な文のハズなのに、意味を解するのにずいぶんと時間を要してしまって
ようやく理解したのか、口がもぐもぐ動くが続く言葉は出てこない。

「う、嘘だろ!じょ、冗談言わないでくれよ!」

 やっとそれだけを言葉に出来た。

「お前が信じないのは無理もない……だが、本当だ。
現に体の調子が悪いのも、重い吐き気に襲われるのも、体に子供を宿してるからだろ」

「……!?」

「それにグリークって奴も、グランマーズもそう言ってるからな。学者と占い師が口を揃えて
宣言してるんだ。間違いないんじゃないか?」

「………!!!」

 また口をパクパク動かすが案の定言葉は出てこない。
だが目は先ほどのように疑いは持っておらず、驚きに満ちていた。

「う…うそっ!マジか!?でっ!でもなんで!?どーして!?オレは子供の頃
確かにその…色々やられて…それから何度も…あの…行為やったけど…子供出来てないのに…」

 驚きで体の力が抜けてテリーの胸に倒れ込む。
彼の顔を見上げると、優しく微笑んでくれた。

「ほ、ホントか!?ホントなのか!?」

「しつこいな。本当だって言ってるだろ」

 言葉は冷たいが、口調は凄く優しかった。
信じられない現実だった、だが、テリーはこんな嘘を付かない事は知っていた。
知っているから信じられない現実を素直に、受け入れられ
素直に心から喜ぶ事が出来た。

「……オレと…オレとテリーの子供…?」

 震える唇と声で、遠慮がちに呟いた。

「……ああ……」

 尋ねる口調に、ハッキリと頷く。

ユナは、震える手で自分の胸の辺りを確認した。
いつもよりドキンドキンと力強く脈打っていて、まるで心臓が二つあるみたいで…

「うれし…そんなの…そんなの嬉しすぎるよ…」

 大きな金の瞳にみるみると涙がたまって
疑いの表情はみるみるうちに笑顔に変わった。

顔を振って瞳からあふれ出しそうな涙を払うと
今度は喜々とした瞳で思わずテリーの腕を掴んで尋ねた。

「なぁ?子供の名前、決めた?」

 優しい顔のままユナの行動を見守っていたテリーが吹き出す。

「……バカ、決めるわけないだろ」

 そんなテリーにユナも続いて笑顔になる。
出会った頃の彼はいつも憮然としてていつも不機嫌そうで
笑った事があるのか、楽しいと感じる心があるのかどうかさえ疑わしかったのに。
そんな彼を好きになった事を何度と無く後悔したのに。

ユナと同じようにくったくなく笑う彼に、結婚や将来の事
子供の事を話している今に、これは夢なのではないかと思う。

「アハ、そうだな、まだ早かったかな」

 続いて笑顔になって、いつもと同じように恥ずかしそうに顔を赤らめる。
出会った頃から今まで何一つ変わってなくて
自分が天空人で、ゼニス王家の一人娘で、…苦しすぎて辛すぎる過去を持っていて。
そうだ、何一つ変わっていない。
変わるわけが無かった。オレのこの気持ちも。
何度も別れを経験するたびに苦しさは増して、再会しても運命の悪戯なのか
一緒に居る時間はほんのわずかだったのに。

夢じゃないのか?
これから先ずっと、与えられた時間の続く限り彼女と人生を共にしていけるなんて…。


 夢なら 醒めないで欲しい。


二人は心の中で、強く、呟いた。




 皆が気を利かせてくれて二人は同じ部屋で眠った。
ユナは今まで自分が眠っていたベッドに横になる。
テリーはベッドには横たわらず、椅子に座って窓から差す月明かりに照らされる
ユナの寝顔をずっと見ていた。

「……テリー……眠らないのか?」

「………あ、ああ…」

 もう眠ってしまったと思っていたユナに、フイに声を掛けられ
驚いて返す。

「どうして?眠くないのか?」

「…ああ、まぁな…」

 本当は、眠くないわけではなくて、怖くて眠ることが出来なかった。
こいつがまた二度と目が覚めなかったら・・・と考えると恐怖して暗い世界へと
目を閉じる事が耐えられなくて・・・

「実はさ、何だかオレも眠れないんだ」

 少し考えて、上半身だけを起こしベッドに座る。

「今までずっと眠りっぱなしだったからかな、なんかねつけなくって。
それに、色々興奮しちゃって…子供の事とか信じられない事ばっかり起きて…寝てるのが勿体ないんだ」

 ハハと笑うユナに笑みを返した後、再び顔が曇る。

「……?どうしたんだ?神妙な顔して……」

「……結局…」

 ぽつりと、聞き取れるか聞き取れないかの声で彼は呟いた。

「………?」

「結局、オレはどんなに力を求めても…守りたい奴の為に強くなったと思っていても
最後にはいつも守る事は出来ないんだな…」

 自分の手の平を見つめてため息とともに言葉を吐く。

「ミレーユ姉さんがギンドロに連れ去られる時…オレはミレーユ姉さんを守りたいと
思ったが結局力が足りなかった…大切な人を守れない自分の弱さを呪って
オレは旅に出た…力も手に入れたと思っていた…大切な人を守れる強さを…」

「…どうしたんだよ急に…?」

「でもオレはいつも肝心な所で、お前を守れない…今回の事も、オレはお前を
守る事が出来なかった…オレさえもっと強ければ、お前にあんな呪文を使わせずに
すんだのに……」

 見つめていた手の平をぎゅっと強く握りしめる。

「……テリー……」

 その手をユナはぎゅっと両手で握りしめた。

「オレは…っいつもテリーに守られてたよ」

「…………」

「いつもオレがピンチの時は助けてくれたじゃないか?オレちゃんと
覚えてるぜ。テリーにはホントお礼を言っても言い足りないくらい…だから
恩返しさせてくれたって良いだろ…?」」

 昔の事を思い出し、何故か涙が込み上げてきた。
その涙を喉に押し込んで、声が震えてくる。

「今回の事は、オレが大切な人を…テリーを守りたかったからテリーを守るために
あの呪文を使ったんだ。テリーがオレを守りたいって想ってくれてるように
オレだってテリーの事守りたいって、同じくらい強く想ってた…想ってるから…
その想いだけは、誰にも負けないってどんな強い奴にだって負けないって
信じてたから…」

「想いか…………そうだな…本当にそうだ…」

「……え?」

 内側から胸がぎゅっと締め付けられていくのが分かった。
掴まれていない方の手が、いつものように彼女の細い肩を捉えた。

「悪かった…変な事を言って……」

 抱きしめられた胸の中で、首を振る。

「お互い様…だから、でも、オレの為に命を捨てようなんて絶対思わないでくれよ?」

「…それはこっちの台詞だ。お前こそ、確信犯じゃないか」

 一瞬きょとんとして、思わず顔を背ける。

「だ、だってアレは無我夢中で・・・」

「自分では分かっていない分、分かっててやる奴よりタチが悪いな」

「・・・・・・・うっ・・・・・・」

 返す言葉も無く黙りこくってしまったユナに、ふっと吹き出す。

「・・・これから先、何があっても、思わないでくれればいいさ。
オレの為に、命を捨てようなんて思う事を」

 優しい瞳から真剣な瞳に変わる彼の言葉にユナはしっかりと頷いた。

「テリーもね・・・」

「・・・・・・ああ・・・」

 今まで何度もこいつには嘘を付いてきた。
本当は好きで好きでたまらなくても気の無い振りをしてみせて
嬉しくても素っ気無い返事を返して

想いが通じ合った今では嘘を付く事は無いと思っていたが

何があっても、どんな事があっても守ってみせるさ。今度こそな・・・
彼女の笑顔を守るために、彼は小さな嘘をついた。







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