● 最強の剣 ●

 






「………それにしてもさ、あの二人、何とかならないかしら?」

 朝食を囲んだ皆にバーバラがぼそりと呟いた。

「あの二人って…テリーとユナの事かい?」

 隣に座っていた夫の言葉に頷く。問いかける前に再びバーバラが呟いた。

「今日の早朝外で二人を見かけたんだけど、もうなんて言うか終止イッチャイチャイッチャイチャ
しちゃって…愛してるだのー、好きだのー、一生守るだのー、結婚だのー、子供の名前だのー
もう何があっても離さないだのー…とにかく色んな意味でラブラブ過ぎて見てるこっちが
恥ずかしくなったわ」

「じゃあ見なきゃ良いじゃないか…」

 ボソリと目の前のハッサンが呟く。

「だって私だって散歩したかったんだから!そりゃ見ちゃいけないって思ってたけど
アレだけイッチャイチャしてれば他の誰かに見られやしないかと私なりに気遣ってたんだから!
まぁあの今のあの二人なら何が合っても動じないっぽいけど…」

 ハァっとため息をつく。ため息をつくがそれは深刻な物ではなくてどことなく
楽しそうで安堵のため息と似たものがあった。

皆が顔を見合わせバーバラと同じように安堵のため息をつこうとした時
小さな家のドアが開いた。

「あっ、もう朝ご飯食べてたのか?」

 ひょこりと顔をのぞかせたのは先ほどまでバーバラがぼやいていた理由の人物。
もう一人の理由も彼女が家の中に入ると同時に顔をのぞかせる。
余りにタイミングの良い登場の二人に思わずハッサンが声を掛ける。

「よっ!ご両人〜!ニクイねぇ、このこのっ!」

 立ち上がってテリーの肩に手を掛け、横に座らせる。

「今まで二人して愛を語らっていたんだろ〜?ホントにラブラブだな、えーおい?」

 何処かの酔った中年のようにテリーに絡むハッサン。その正面では同じように
バーバラがユナをからかっている。

「ホントにあんたたちラブラブ過ぎなんだから…ちょっとは周囲の目も考えなさいよ〜!
このまま行くと何処でも朝でも昼でもエッチしそうで怖いわ」

 最後の方の言葉に思わずハッサン以外の男が吹き出した。

「そっ!そんな事するわけないだろ!何言ってるんだよ!」

「だって、あんたたちの今朝のラブラブっぷり見たら不安になるの当たり前じゃない。
いくら朝早くて誰も居ないからって……」

「み、見てたのかよ!」

「見たわよ!」

 おかしなやり取りを横目にミレーユがバーバラの方を征す。

「まぁまぁ、バーバラもハッサンも、もうからかうのは止めなさい。昨日の今日だもの
二人が一緒に居たい気持ちも、触れ合いたい気持ちも分からなくはないでしょう?」

「あ…まぁ、そりゃぁ…な…」

「うん…そう言われればそうね…」

 二人してテリーを見た。あの時のテリーの壊れっぷりと言ったら尋常では無かった。
それを考えれば…もう二度と彼女を失いたくない気持ちも分からないでもない。

「それじゃ、一刻も早く式を挙げて二人を一緒にするしか無いわね」

「だから何でお前はいつも話が突拍子もないんだよ」

「あら、ご挨拶ね!突拍子が無いわけじゃないわよ、だって、悪魔を倒したら
二人は結婚するんでしょ?プロポーズだってされたのよね?なら話は早いわ!
早く城に戻って式を挙げましょう!!」

 自分の力じゃ止められない事を知ると、彼女がもっとも弱い相手に
懇願した。向こうはユナの視線に気付くと

「まぁまぁ、バーバラ。そう事を急ぐことでも無いだろ?ユナもテリーも・・・
結婚前にやりたい事とか色々あるだろ。しばらく二人きりにさせてやって・・・式の準備は
それからでも遅くないじゃないか?」

「・・・・・・・・・」

 夫の正論にバーバラの言葉も止まってしまう。
ユナは再びウィルに感謝を込めて視線を送ると、やっと黙ってくれたバーバラに
意見を言えた。

「あのさ、オレ、昔世話になった人とかに、もう一度会いに行きたいんだ。
その時に、テリーと一緒になるって事伝えて、もし都合が合えば・・・
結婚式に招待したいって・・・」

 ユナの言葉にテリーも横で頷いている。

「・・・分かったわ、てゆうか分かってるわよそんな事!
このバーバラちゃんがそんなに気の利かない女だって思ってたの?」

 さすが、こいつにゃ一生かかっても勝てそうにないや。
皆一斉に顔を見合わせて、吹きだした。

「なっ!何笑ってるのよ皆して!失礼しちゃうわねっ!あっ、もうウィルまで!!」

「ハハ、ゴメン」

「んっもう・・・それはともかくとして、式は何処で挙げるつもりなの?日取りはいつに
するの?それくらいは決めて貰わないとね!」

「日取り・・・??そうだな、そういや、決めなきゃいけないよな・・・」

「ルーラやキメラの翼を使えば、知ってる街にならすぐに行けるし・・・知り合いの所を
回るのは二週間も有れば充分じゃないのか?」

 珍しくてきぱきと喋るテリーにユナは面くらいながらも頷いた。

「うん、そうだね・・・それじゃ結婚式は2週間以降って事で」

「以降じゃ分かんないわよ!次の新月の日にしたらどぉ?
この間新月だったから・・・ちょうど、一ヶ月ちょっと後くらいになるし・・・ねっ
そうしなさいよっ!ねっ!」

 捲し立てるバーバラにミレーユも賛同した。

「そうね、月初めの新月は昔から縁起が良いってされてるもの。そうした方が
良いかもしれないわね」

「うん!・・・一ヶ月後か・・・」

 想いを馳せてユナが頷く。

「うんうん、ふっふっふ、楽しみねぇー・・・!
あ、あと場所はどうするの?勿論、レイドックよね!?ここなら、色々便利だし・・・
顔は利くからいくらでも豪勢な結婚式出来るわよ!化粧直しだって、なんども出来ちゃうし・・・
ドレスだって色んなドレス着られるんだからっ!」

 自分の結婚式の事を思い出したのか、うっとりとした瞳でまくし立てた。
それを見ていたミレーユも、思わず自分の姿を想像して、物思いに耽ってしまっている。
だが、しかし、バーバラの気遣い虚しくユナは申し訳なさそうに首を振った。

「ゴメン・・・バーバラの心遣いは嬉しいけど・・・式を挙げる所は決めてあるんだ」

 ユナの言葉に皆一斉に反応した。隣に立っていたテリーも聞いていなかったのか
反応してしまう。

「あのさ、ガンディーノで式を挙げようかと思ってるんだけど」

 反応したのは、テリーだけでは無かった。
テリーの姉、ミレーユも他の皆と違った反応を示してしまっていた。

「なっ、何でわざわざあそこでするんだ!?あそこは・・・お前の・・・っ!!」

 言いかけて、慌てて続きを飲み込む。
あそこはお前の・・・一番嫌な思い出が残っている街じゃないのか?
ギンドロ組のアジトも、お前を売った育ての親だって・・・

「まさかお前・・・オレの故郷だからオレに気を遣っているのか?だとしたら・・・」

「違うよ、そんなんじゃないよ」

 慌てて首を振って思い切り否定する。

「あそこは確かにテリーの故郷だけど・・・その、オレの故郷でもあるから・・・」

「・・・・・・・・・っ!」

「それにあそこの神父さんや、街の人たちには本当に世話になったから、
オレ、小さい頃から思ってたんだ。あそこの教会で結婚式挙げたいなぁって。
そりゃ、あそこの教会は古いし、小さいけど・・・
何だろ・・・なんか良くわかんないけど・・・あの雰囲気が凄い好きなんだ」

 テリーは、ユナと別れて、自暴自棄になっていた時に寄ったガンディーノの
教会の事を思い出した。
それと共に小さい頃、両親に連れられて始めて行った日の事も・・・。

自分を助けてくれた教会の神父も
罪を拭い着れていない、ユナの両親も。

「ダメかな・・・?テリーがダメだって言うんなら、仕方ないけど・・・」

「・・・まさか、そんな事言うわけないだろ。オレは何処だって良いんだ。
お前がそこで良いと言うのなら勿論、そこで構わない」

「ほんとっ!?」

「ああ」

 すっかり世界に浸ってしまっている二人を我に返らせるため、オッホンと
わざとらしくバーバラが咳払いをした。

「じゃあ、ガンディーノ・・・?で良いのね?あーあー、せっかくレイドックで、
盛大に派手に結婚式挙げようと思ってたのにっ!まぁ、ユナがそこでやりたいって
いうんなら仕方ないけどね」

 自分の事のように残念そうに首を振る。ミレーユも、ユナの言いたい事を察したのか
優しい微笑みを返した。

「そうね、ユナちゃんがそこで式を挙げたいって言うなら私たちは大賛成なんだから。
それでもウェディングドレスを作らなきゃいけないから一旦レイドックに戻って
来た方が良いわね。それからガンディーノに行って・・・式の準備をして・・・
忙しくなるわね」

「有り難うミレーユさん。迷惑ばかりかけちゃって・・・」

「何言ってるのよユナちゃん、もう他人じゃなくなるんだから遠慮しないで!
可愛い妹と弟の為ですもの」

 ハっとして、恥ずかしそうに頭を掻いた。そして再びハッサンがテリーの首に
腕を回す。

「そういう事ならオレたちには出番はないな。当日、祝いを沢山持って
ガンディーノに駆けつけるぜ〜!オレの弟や妹になるかもしれねーんだからな!」

「・・・・・・・・・」

 久々にテリーは憮然とした表情を浮かべていた。

「私も、僧侶の端くれとしてお二人の門出を祝うスピーチでも考えておきます!
ああ、それにしてもユナさんのウェディングドレス姿・・・さぞお美しいでしょうね・・・
今から楽しみです!」

「ああ、ホントそうだよな・・・城の画家や写真機を集めて
ウェディング姿、記念にバッチリ撮るよ」

「有り難う、皆!」

 ユナは心から慕う仲間たちに、深々と頭を下げた。




「ユナちゃん・・・」

 部屋で旅支度の準備をしている最中、開けっ放しの扉から
声が聞こえたかと思うと金髪の女性が現れた。

「ミレーユさん、どうしたんですか?」

 手を休めて尋ねる。

「・・・ゼニス王とは、会ったの?」

 ピクリと反応して、何処か寂しげに頷いた。

「家に帰ってきた時、目が腫れてたみたいだけど・・・何かあった?」

 一歩、二歩と部屋に入り、心配気に問いかけた。

「え?アハハ・・・顔念入りに洗ってきたんだけどな・・・やっぱミレーユさんには
叶わないや」

 誤魔化すように笑う。
神妙な面持ちのミレーユに、ユナも神妙な顔になり呟く。

「ん・・・和解って奴・・・」

 その言葉を聞いて、ミレーユは安堵の表情を浮かべ
静かに、そう、と頷いた。

「子供が生まれて大きくなったら、オヤジの所行こうかと
思ってるんだ。そりゃ、空に浮かぶ城に簡単に行けるなんて思ってないけど・・・
無理でもそう思ったら何だか気が楽になって」

 寂しそうな父親の姿を思い出に残すより
自分の子供と戯れる父親の方を思いたいから。

「そう、ね・・・だって、ゼニス王の望みはユナちゃんの幸せ、なんですもの・・・」

 再びハっとさせられ、
その後、うんっ、と笑った。




 グランマーズの家でひとしきり皆と別れを惜しんだ後、久々に二人きりで野道を歩いた。
山奥に囲まれたこの辺り一帯は人の通りも旅人の通りも全く無く
穏やかで静かな空気が包んでいた。
魔王が滅んだ為か魔物の殺気や、嫌な空気は全く感じない。
遠くで小鳥の囀る声や、さらさらと言った表現がぴったりな川のせせらぎに
風が木々を揺らす音。

こんな穏やかな道を、こんな穏やかで幸せな気分で歩くのは
初めてかも・・・・・・。

ユナは心の中で呟いた。

これから先ずぅっとこんな道、歩けるんだよな。

思わず顔が綻んで、目の前を自分のペースで歩いている恋人に目を向ける。
と、いつも見ていた姿と異なる事が有る事に気付いた。

一瞬何が違うのか考えて、答えに気付くと驚いて彼に声を掛けた。

「なぁ、テリー、雷鳴の剣はどうしたんだ!?」

 そう、いつも肌身離さず持ち歩いていた、使い込まれた雷鳴の剣が
腰に下がっていない。

「ああ、あれか。無くしたか、盗まれた」

 振り向いて、平然と言い放つ。
ユナは、一瞬耳を疑って、また慌てて聞き返した。

「なっ!無くしたって・・・なんで!?だって、あんなに大事にしてたのに!」

「さぁな・・・」

 そう言われて、昔の自分を思い出した。確かに、あんなに良い剣を無くすなんて
自分には考えられない事なのかもしれない。

だが・・・
ユナが眠りから覚めないと知って、ハッキリ言って剣がどうこういう所じゃなかった。

記憶の糸を辿っていく、悪魔と対峙した後までは確かに剣は合った。
しかしその後の、絶望の淵においやられてからの記憶が全く無い。
場面場面が途切れ途切れで、恐らくその時に・・・

「一体どうしちゃったんだよ・・・」

 ユナも同じように昔の記憶を辿った。
魔物との戦いの後は剣に付いた血を丁寧に拭き取り
野宿の時には必ずと言って良いほど念入りに手入れをしていたのに・・・

それをあっけらかんと無くしたと言い放つ彼に
目の前の彼は本当にテリーなのかと疑ってしまった。

「気付いたら無くなっていただけの事だ。それに最近じゃすっかり魔物の数も減って
襲ってくる魔物も殆ど居ない。夜盗や追い剥ぎじゃオレたちの相手にはならない
だろうし・・・護身用のナイフで十分だ。剣はまた、どこかで調達すれば良い」

 鞄につり下がった短剣を引き抜く。
滅多に使われていないナイフは、新品のように輝いていた。




「・・・テリー、変わったね」

 歩いている途中で、ユナがポツリと漏らした。

「・・・・・・何がだ?」

 テリーより数歩先を歩いて、振り向いて立ち止まる。

「だって、あんなに最強の剣や強さにこだわってたのに」

「・・・・・・まぁ、昔はな」

 テリーも立ち止まって、雲一つ無い真っ青な空を見上げた。

「それが全てだと思っていたから・・・」

 最強の剣を手に入れさえすれば、剣に見合う修行を重ねれば
きっと最強の強さを手に入れられると・・・でもそれは

真っ青な空に、あどけなさを残した金髪の美しい少女が浮かび上がっていく。

「今は、違うのか?」

 それは間違っていて、オレは強さの意味をはき違えていて

「最強の剣より強い物が有るって事に、気付いたからな・・・」

「最強の剣より強い物・・・?」

 数歩歩いて、今度はテリーが振り向いた。

「お前は知ってるハズだ。ずっと昔からな・・・」

「えっ?」

 目を丸くする彼女に、ふっと笑う。

「ほら、もうそろそろキメラの翼を使って飛ぶぞ、行きたい所沢山あるんだろ?」

「あっ、ズルイよ!教えてくれたっていーだろ?」

 質問には答えずに、さっさとユナを促す。
ブツブツ言いながらもキメラの翼を取り出すユナに再び笑ってしまった。

・・・最強の剣を求めて旅に出たのは無駄じゃなかったな。

心の中で、そう呟く。
最強の剣は見つからなかったが、それで良かった。

お前に出会えたから・・・

瞳に、キメラの翼を持って何処に行こうか考えている恋人を映し出す。

お前はオレに本当の強さの意味を気付かせてくれたから・・・







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