● ガンディーノその後 ●

 






 ガンディーノ。
そこは魔王を倒して平和が訪れたあの日から何も変わってはいなかった。
変わっていたのは、やはり自分の状況と心境。

右手で魔物や盗賊対策の為に設置された町の防壁を確かめながら
どことなく重い足取りでテリーの後を着いていく。

防壁に残る傷跡が心の中の傷跡と相まってしまい
目的の家から数十メートル程手前で、遂にユナは立ち止まってしまった。

「どうした?」

 同じようにテリーも足を止めて振り向く。

「やっぱ・・・オレ、ダメだ・・・行けない」

「今更何言ってる。まだ家の屋根しか見えてないぞ」

「なんか・・・怖くて・・・色々と」

 トルッカでの喜々とした表情とはうって変わって重々しい表情のユナ。
ひとつため息を落として、防壁に額をコツリと預けた。

「・・・約束したんだ。エレーヌと・・・。お前の育ての母親とな」

「・・・・・・!」

 懐かしい名前を聞いて、弾かれたように振り向く。

「いつか必ずまた家に寄ると・・・お前と二人で」

 さっさと目的地に向かって歩き出すテリーの後ろ姿を見送りながら
遠い日の記憶が蘇ってきた。

エレーヌ、母さん・・・

心の中で強く呟くと、ぎゅっと地面を踏みしめて彼の背中を追った。




 記憶の中の懐かしい場所は記憶の中と何も変わっていなかった。
洗濯したての白いシーツも、家の側に有る大きな木も、色褪せた青い屋根も・・・。

唯一時の流れを感じさせたのは洗濯かごを抱えている女の子。
初めて会った時より背も髪も伸びて、大人に近づいているようだった。
その側に見えるのはグレミオと同年代風の女性。
亜麻色がかかった黒髪が洗濯物と同じように風になびいていた。

「・・・・・・っ!」

 黒髪の女性はテリーの姿を捉えると驚いた顔のまま駆け寄って来てくれた。
その後ろから女の子も同じように駆け寄ってくる。

「テリーさん!また・・・来てくれたんですね!」

「テリーさんっ」

 同時に声を掛ける母娘に、彼らしくもない優しげな顔で頷く。
そして、テリーは自分の影に隠れていたユナの手首を掴んでグイっと前に押し出した。

「うっわっ!!」

 急な行動に、驚きの言葉が先に出てしまった。
育ての母親の顔をマトモに見られなかったユナは、しばらく俯いたまま掛ける言葉を探していた。

「あ、あの・・・その・・・・・・」

 オレの事覚えてるだろうか、とか
呆れてるだろうなぁ、とか 今更来られても迷惑なんじゃ、とか
悪い方悪い方に考える悪い癖が出てしまってなかなか顔を上げられなかった。

ほんの少しの時間だっただろうが、気まずい空気のせいでもの凄く長く感じて
観念したユナは不安そうに顔を上げる。

「・・・・・・っ!」

 と、一瞬にして視界が遮られた。
一瞬何が起こったのか分からなかったが、懐かしい匂いと懐かしい感触に
ようやく事態が飲み込めた。

「ユナ・・・・・・ユナ・・・・・・・!」

 涙を流しながら耳元で呟く声に不安や気まずさが取り払われた。
取り払われた胸の奥からは逆に熱い物が込み上げてくる。
背に回された手はあのころと同じ暖かさを持っていて、昔を思い出すには十分すぎて

「う・・・っ・・・うぅ・・・・・・うっ・・・」

 思い出された優しい記憶は、涙を促すには十分だった。

「母さ・・・エレーヌ母さん・・・・・・っうわああああっ!」

 子供の頃と同じように号泣してしまったユナをあのころと同じように優しく抱き締める。

その様子を小さいユナと一緒に見つめながら、テリーはほっと心の中で安堵した。




「まぁ、結婚ですって!おめでとう、ユナ、テリーさん・・・!ユナが帰ってきてくれたと思ったら
良い報告が重なって・・・本当に、嬉しいわ!」

「うん、有り難う・・・エレーヌ母さん」

 テーブルに差し出されたレモンの皮入りハーブティー。
それを泣き腫らした瞼のままこれ以上ないくらい幸せそうな顔で啜る。
そんなユナを見つめながら、テリーも同じように幸せそうな顔で啜った。

「それで、式の日取りや場所は決まってるの?」

「うん。このガンディーノの教会で挙げようかと思ってるんだ」

「ここで・・・?」

 ハーブティーを注ぐ手が一瞬止まる。
が、ユナの気持ちに気付いたのか再びハーブティーをカップに注ぎだした。

「そう・・・ここの教会で・・・貴方昔からあの教会好きだったものね・・・」

「うん」

 ちょうど良いくらいにカップが満たされると
ハーブティーに映る神妙な顔から視線をユナに向けた。

「ユナ、あの・・・ね・・・貴方には本当に辛いこと・・・」

「ストーップッ!」

 明るい声に暗い声が制された。ハーブティーを飲み干して再びカップを差し出す。

「オレは全然気にしてないって言ってるだろ?あの時は、そりゃ辛かったけど・・・
今は本当に幸せだし、あの時、あんな事になってなかったらテリーにだって会えなかった
かもしれないし・・・寧ろ感謝してるくらいなんだから」

「・・・ユナ・・・」

「だからこんな話やめようよ、もう過去の事じゃないか、お互い、今は幸せなんだしさ」

 言い返す声が聞こえない、と、
相手はもうすっかり湿ってしまったハンカチで再び顔を拭っている。

「ああっ、泣くのも、もうやめにしようよっ」

「・・・お前の言えた義理じゃないけどな」

「・・・・・・っそ、そりゃそうだけど・・・」

 二人のやり取りを目に、ようやくエレーヌも強ばっていた表情を緩めた。
本当に小さく、誰も聞き取れないような声で「有り難う」と呟くとユナから差し出された
カップに再びハーブティーを注いでくれた。




 長居をするつもりは無かったのだが懐かしさに気圧されて
辺りはすっかり夕暮れに染まってしまっていた。
洗濯物を取り込み終えたエレーヌは家の前で待っていた二人に頭を下げる。

「ごめんなさいね・・・本当は泊まって行って欲しいんだけど・・・ベッドが無くて・・・」

「うん、良いって良いって、気ぃ遣ってもらっちゃってゴメン。
オレも、こんなに長居するつもりは無かったんだけど」

 テリーも頷いて頭を下げた。
じゃあ、と笑顔でその場を立ち去ろうとするユナを、再び呼び止めた。
振り向くと、エレーヌは神妙な面持ちで重い口を開いた。

「あの、ね、ユナ・・・父さんの事なんだけど・・・」

 その言葉にハっとして、エレーヌから視線を逸らす。

「・・・うん・・・知ってるよ」

「・・・え?」

 思いがけない返答に、怪訝な顔で問い返した。

「あそこから逃げ出して、噂で聞いたんだ。父さんの事」

 真っ赤に染まった流れる雲を目で追いながら、昔を思い出した。
ユナの口から発せられた父さんと言う懐かしい響きに
エレーヌは涙腺を震わされて、再び込み上げる涙を押しとどめた。

「・・・・・・今更貴方に言えた義理じゃないんだけど・・・。
お父さんね、最後の最後までうわごとみたいに呟いてたわ。貴方に悪い事したって・・・
貴方に一言謝りたいって・・・・・・」

「・・・・・・うん・・・・・・」

「父親って不器用だから、本当の最後になるまで自分の素直な気持ちを言葉に
出来ないのよね・・・でも、だから・・・」

 辛そうなエレーヌにこれ以上言葉を紡がせる事がいたたまれなくなったのか
言葉の途中で口を開いた。

「・・・うん・・・うん・・・ちゃんと分かってるよ、分かってるつもりだから父さんの事も、気持ちも・・・」

 視線を元に戻すと、安心させるように微笑んだ。

「エレーヌ母さんの気持ちも、さ」

 エレーヌは右手で顔を押さえたまま動けないでいた。そのまま、今度は深く頭を下げて

「テリーさん、ユナを、宜しくお願いしますね」

 強く呟いた。

「ああ」

 エレーヌの想いにテリーも強く応える。

「あはは・・・なんか恥ずかしいな・・・。へへ・・・じゃあね、エレーヌ母さん。
結婚式で会えるの、楽しみにしてるから」

 笑顔で手を振るユナに、エレーヌも涙を流しながら笑顔で返して
育ての親と子供は一時の別れをした。




「・・・・・・・・・」

 育った家での事を思い出しているのか、来た時よりは足取りは軽い。
だが来た時よりも神妙な面持ちでユナはまた防壁を手で確かめながら歩いた。

父さんの事、母さんの事、深く思い出すたびに切ない思いが心を満たす。
心の中が思い出で満たされると、窮屈で苦しくなってきて。
父親、母親の事に連鎖して、本当の両親の事が思い出されるのを慌てて制した。

そうだ、過去の事だって、今は今を見て生きた方が良いって。
だって、オレは今こんなにも幸せなのに・・・。

「なぁ、テリー、オレの顔、まだ赤い?」

 数歩先に歩いて、ひょこっと顔を覗かせる。
いつもよりは腫れぼったい気もするが、目立つ程じゃない。

「いや、大丈夫だと思うが」

「良かったー。それじゃ、今度はテリーの家に行こうか」

「・・・・・・っ!オレの・・・家!?」

「え?うん」

 何故か慌てるテリーに不思議そうに返す。

「別に、わざわざ行かなくてもいいだろ、さっさと教会に行って式の日取りを伝えて
レイドックに帰るぞ」

「えぇっ、だって、テリーの両親に結婚する事言わなきゃやっぱダメだろ・・・」

「・・・・・・」

 こういう事にはしっかとしている彼女。
新郎の両親が結婚式に出席しないワケにもいかないのは分かってるが・・・。
一息つくと観念したのかユナと共に懐かしい家路を歩いた。




 懐かしい家の門を開いて、懐かしい家のドアをノックする。
出てきた女性に対して、テリーはユナの時のように号泣する事も無く
もの凄くバツの悪そうな顔で頭を下げた。

「テリー!貴方・・・本当に・・・本当にテリーなのね!
良く帰ってきてくれた・・・良く帰ってきてくれたわね・・・!」

 出迎えた途端、テリーの胸に倒れ込んで号泣する女性。

この人が・・・テリーとミレーユさんのお母さん・・・?ユナは思わず魅入ってしまっていた。
クリーム色の髪に 顔には深い皺が入っている物の目鼻立ちはやはりもの凄く整っている。

ひとしきり泣いて、やっと落ち着くと見知らぬ女性の存在に気付いた。

「あら・・・?テリー、この方は・・・?」

 ようやく視線が合うと、緊張したまま頭を下げる。

「あっ、オッ・・・オレっ・・・オッ・・・いやっ!私は、ユ、ユナと申します!
あの、宜しくお願い致します」

 何を宜しくお願いするのか、自分でも良く分からないまま、もっと深く頭を下げる。

「あっ、はい、ご丁寧にどうも。私はこの子の・・・テリーの母親でシャルローと申します」

 シャルローと名乗った女性は思い出したように二人を家の中に案内してくれた。




「驚いたわ、まさか・・・貴方が結婚するなんて・・・。それもこんなに可愛いお嬢さんと・・・」

「そっそそそんな!滅相もない!!です!!」

 何処か間違った丁寧語で大げさに手を振るユナ。
よほど緊張しているのが見て取れる。

「その・・・ミレーユ姉さんとは会ってるの?ミレーユは・・・どう?元気にしてるかしら?」

「・・・・・・・・・」

 母親の問いかけに窓の外を見つめたまま何も言おうとしないテリー。
そんなテリーに変わってユナが応えた。

「えっ、ええっ!この間まで一緒に居たんですよ!ミレーユさん、元気にしてますよ!
ハッサンって恋人も居たりして・・・もしかすると近々二人も結婚したりなんかして・・・」

 込み入った事を言ってしまったと思う前に緊張の余り言葉が滑る。
隣のテリーを見ると、益々不機嫌な顔。

「まぁまぁ、嬉しいニュースが続きそうで嬉しいわ!
それより何より、元気そうで本当に良かった・・・」

 胸に手を当ててホっと安堵する。

「あっ、ごめんなさいね、私ったらお客様にお茶もお出ししなくって・・・。
散らかってますがどうぞ、ごゆっくりおくつろぎ下さいね」

「おお構いなくっ!」

 ユナの言葉に小さく会釈してシャルローはその場を後にした。
緊張しているユナとは違って、数年ぶりの再会にも関わらず余裕の有るテリーは
懐かしい部屋を見回した。

品の良い壁紙に暖炉にテーブルにソファ・・・。
王が変わったせいなのか自分が昔住んでいた頃よりも裕福になった事が伺える。
もっと早く王が変わっていれば姉さんはあんな事にはならなかったのに・・・。
過ぎた事を考える自分、そんな自分がイヤになってしまった。

「テリー?どうしたんだ?」

 無言のまま考え込むテリーに、心配になって声を掛ける。

「ん・・・いや・・・何でもない。それよりお前もそんなに緊張するなよ。
たかがオレの母親だろ?」

「たっ、たかがって・・・んなワケにはいかないだろ。オレ、ただでさえ、こう・・・
礼儀ってものがなってないんだしさ」

 何度も深呼吸を繰り返して、自分を落ち着かせているユナの様子に
テリーもいつもの調子を少しだけ取り戻した。
そうだ、こいつだって育ての両親の事を仕方ないって割り切ってるじゃないか。
あの頃は王にしろ民衆にしろ人が人の心を失っていた時代。
頭では十分すぎるほど分かっているのに。

 鼻をそそられる香りと共にトレイに紅茶とクッキーを乗せたシャルローが戻ってきた。
差し出された物はオレが小さい頃大好きだったオレンジピールの入ったクッキー。

その母親の気遣いにも、上手く応える事が出来なくて
微笑みかけてくれた時でさえ、テリーは顔を逸らしてしまった。





 日が暮れるのは早い。家に着いてほんの数十分しか経っていないハズだが
窓から差し込む光は消えていて、分厚いカーテンが締めらていた。
宿泊を勧めるシャルローに断る口実も見つからないまま
流されるままに居心地の悪い自宅で一泊するハメになってしまった。

懐かしい顔ぶれ。懐かしい食事、台所、部屋、外の景色。
記憶と違った居間を見て大分裕福になったと思ったのだが
それ以外は昔と殆ど変わっていなかった。その中でも特に変わっていなかったのは
自分と、姉の部屋。

自分がここを出て行った日と何一つ変わっていない。
小さな部屋にベッドが二つと木製のテーブルが一つイスが二つ。部屋の隅に本棚もある。
テーブルには子供用の小さな革の手袋と包帯。昔自分が愛用していた手袋と
怪我をして帰ってくる自分の為にいつも用意されていた包帯だった。
時が止まってしまっている部屋に、昔の自分を垣間見る。

本棚にはミレーユ姉さんの好きな著者の本がズラリと並んでいた。
そのシリーズの本の中に肩身狭そうにしてオレが好きだった本も有った。

「ここまで何も変わってないと、逆に不気味だな」

 一人の時ですら嫌味が言える自分に呆れる。
昔、自分が使っていたベッドに座ってもう一度部屋を見回した。
何一つ変わっていなかったが掃除は隅まで行き届いていた。
いつか帰ってくるって信じて待って居たんだろうか、そう考えると母親の心境に心苦しくなる。
一言優しい言葉を掛けてやるべきだと思うのだが、今のテリーにそれは出来なかった。





 夜中、テリーは両親が何かを話している声で目が覚めた。
長年の一人旅で、どうしても眠りが浅くなっているらしい。

窓の外をみると、月の周りに雲のかかるおぼろ月夜。
柄にも無く昔が懐かしくなってしまったテリーは、散歩でもしようかと
スヤスヤと眠っているユナを起こさないように部屋を出た。

「あのユナと言う娘、礼節が全くなっとらんな」

「・・・・・・!」

 夫婦の会話を盗み聞くつもりは無かったが、部屋から漏れる明かりに
気になる言葉を聞いて思わず足が止まった。

「それに、料理や家事、あれほど酷いのは初めて見た」

「貴方・・・そこまで言わなくても・・・」

 父親の厳しい言葉にシャルローもなかなか否定の言葉が出てこない。

テリーでさえ確かに、酷い、と思っていたから。
今日もユナが気を利かせて料理を手伝うと言い出した時にはどうなる事かと思った。

結果は予想した通り。

料理が上手く行かなかったからお詫びに片づけをやる、とも言い出したが

これも結果は予想通り。
陶器の食器、軽く見積もって10枚以上は使い物にならなくなってしまった。

それに対して本人はもの凄く落ち込んでいたが。

「あれで本当に嫁が務まるのか?心配だな・・・」

「貴方・・・」

 だがそこまで言う事は無いんじゃないか?あいつは今までそんな生活は何ひとつ
やってこれなかったんだ。家事全般出来なくて当たり前。それなのに
ユナの事を何一つ知らないくせに、外面だけを見て非難する父親に
久々に怒りが込み上げてきた。

出て行って文句を言おうとする前に、再びパイプの煙とともに言葉が出てくる。

「だが・・・・・・良い娘だな」

「・・・・・・っ!」

 母親は安心した顔でにっこり笑った。

「ええ、そうですね。私もそう思いますよ。あの子は本当に良い子を選びましたね・・・」

 ようやく父親も頷いて笑顔を見せた。





「テリー、どうしたの?何か機嫌良いね」

「そうか?」

 朝、身支度を済ませて荷物を整えていた時にそのように問いかけられ
思わず鏡をのぞき込んだ。
理由は何となく分かっていた、昨日の両親の会話だ。
しかし顔にまで出てしまっているとは思っても見なかった。

出発の準備が済んで家から出ると、門の所でシャルローが見送ってくれた。

「きっ昨日は本当にお世話になりました!!えぇと・・・その・・・ご迷惑おかけしまって
申し訳有りませんでした・・・」

 深々とユナは頭を下げる。シャルローはユナの手を取って首を振った。

「何を言ってるの。そんなに気を遣わなくで下さいな!これからは家族になるんだから・・・
困った事が有ればいつでも頼って頂戴ね」

「はい、あの・・・有り難うございます!」

 ユナの返答に笑顔で返して、今度は息子の側へ寄る。

「テリー」

 優しげなその言葉にも何となく目を合わせづらくて
子供だと分かっていながらもそっぽを向いてしまった。

「貴方も、いつでもここに帰ってきても良いのよ。ここは貴方の帰る家、私たちは貴方の
家族なんだから・・・」

「・・・・・・」

 いつもなら皮肉の一つでも出てくる所だったが、ユナが居る手前言葉は出てこなかった。
姉さんを追い出しておいて、何が家族なんだと。

「ユナさん、テリーを、どうぞ宜しくお願いしますね」

「えっ!ええっ!こっこちらこそ!出来る限り努力しますので、どうぞ宜しくお願い致します!」

 再びこれ以上ない程ユナは深々と頭を下げた。

「ほら、さっさと行くぞ。ゆっくり挨拶する暇は無いんだ」

 ホントにそれだけを言い残して
ユナの手を引いてろくに別れの挨拶もしないまま、さっさと実家を離れた。





しばらく歩いて家が見えなくなった事を感じると、
無理に引っ張っていたユナの手を離す。

「分かってるよ、オレだって、子供じみてるって・・・」

 誰に問われたわけでも無く呟いた。

「頭では分かってるさ、ミレーユ姉さんを売った事も仕方無い事だったって
でもどうしても割り切れ無くてな・・・」

「・・・うん、何となく分かるよ」

 予想外にも同意するユナに驚いた顔で振り向いた。

「もう許せても良いって分かってるけど、どうしても素直になれないんだろ?」

「あ・・・ああ」

「そういうの有ると思うよ。本当の家族だからこそ、素直になれなかったり、
ちゃんと謝れなかったり・・・オレもそうだったから・・・」

「・・・・・・・・・」

「でも家族だから、お父さんもお母さんもテリーの気持ちは凄く分かってると思う。
分かってるから、何も言わないんだよ。許してくれるのを待ってるんだって」

 無言で聞いているテリーに気付いて慌てて首を振った。

「・・・わっ悪い・・・説教じみちゃってゴメン。何かオレの事も重ねて言ってたみたいだな」

 テリーも同じように首を振って

「・・・・・いや・・・有り難う、ユナ。こんな事人に話すのは初めてだが、
真剣に考えて返答してくれると、気が楽になる気がするな」

 ユナが驚いた顔をしたのは素直に礼を言ったからだろうか
それともこんな些細な事で礼を言ったからだろうか

一瞬驚いた顔をしたがその後いつもの調子で嬉しそうに笑ってくれた。

「そう?オレで良かったら何でも話してよ!オレ、口は堅い方だよ?って誰も
話す奴居ないけどさ」

 その時再びユナの手に暖かい物が触れた。
先ほどの乱暴に繋いだ暖かさでは無く何だか心から暖かくなる心地よさだった。

「行くか?」

「・・・うん!」

 いつものように言葉を交わし合い、思い出の残る街を後にした。







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