● ウェディングドレス ●

 






 キメラの翼のおかげで一週間ほどのうちに顔見知りの居る場所を全て回る事が出来た。
何年もご無沙汰にしてしまっている人々を急に訪ねるのは申し訳ない所も有ったのだが、
皆ユナたちを覚えてくれていて快く迎え入れてくれた。
昔話に花が咲いて行った先々で宿泊を勧められる。
そうこうしている内、既に一週間が過ぎていた。

一通り挨拶をすまた事を確認すると再びレイドックに飛ぶ。

キメラの翼で着地した場所は
”ここから東へ歩くとレイドック城”
と言うなんとも曖昧な看板が有る道のど真ん中だった。

「相変わらず、下手だなお前・・・」

「えぇ!道具でも関係有るのか着地する場所って・・・」

「まぁな、道具とは言ってもルーラと同等の効果を発揮するんだ。少しは魔力を使うさ。
使う人間によってその程度が決まる」

「そうなのか・・・やっぱテリーに使ってもらえば良かったな・・・」

 数分前、キメラの翼を使ってみたい!と言ってしまった自分に後悔の念を抱いてしまった。

「まぁ良いさ、この看板、見覚えが有る。レイドックまでそう遠くない」

 そう言って、テリーは歩き出した。言葉少なな彼にいつものようにユナもついていった。




「みんな、元気で良かったな・・・」

 馬車が通る為、人の手でざっと舗装された道を歩きながらボソリとユナが呟いた。

「ああ、そうだな」

「でもさ、オレの知り合いばっか回っちゃったけど、テリーは誰にも報告しなくて良かったのか?」

「ああ。別に報告するような奴も居ないしな」

 そこで会話が途切れた。
悪い事を聞いてしまったかも知れないと咄嗟にユナが思ってしまったからだ。
別の話題を探そうと考える前に何かが二人の前を通り過ぎた。
小動物が獲物を追いかけるぐらいのスピードだったがそれが何なのか十分に確認出来た。

「うわぁ、スライムだっ!最近全然見かけなくなったと思ったのに、珍しいな!」

「スライムは人や魔物の魔力に惹かれて液体から出来るエネルギー生命体だからな。
魔王が居た時代は魔王の圧倒的な魔力に惹かれて、悪質なスライムが山ほどいたが
最近見かけなかった理由は、スライムの殆どが魔王に惹かれた悪質スライムだったって事だ」

「テリー、詳しいね」

「酒場に出入りしてれば、色々とおかしな噂や話を聞かされるだけの事さ」

 感心する部類の頷きを返した後、スライムが走り去っていた草原の向こうに視線を送った。

「・・・・・・」

 自然と旧友の事が思い出された。
その旧友は、自分の肩にちょこんと乗るのが好きで、悲しい事や辛い事があれば
励ましてくれたけど、励ますだけじゃなくちゃんと忠告してくれたりして。
体は小さかったけど色んな意味でずっと大きかった。
最後の別れ際には引き留める自分に対して一言だけ言葉を交わして
追う間も無くそのまま去っていってしまった。

「・・・・・・」

 テリーもユナと同じ事を考えていた。
二人は旧友に思いを馳せながら無言でレイドックへの道を辿った。





「おっかえり〜!!ユ〜ナ!」

 すっかり城門の兵士と顔見知りになってしまって会釈をしただけで門を開いてくれる。
城内からまってましたとばかりにバーバラが迎えてくれた。

「窓から姿が見えたから飛んできたのよっ!で、どうだった?二人旅は?楽しかった?
うふふ、楽しくないハズが無いわよねぇ」

「うん、まぁね」

 慣れてしまったユナが正直に答える。

「ふふ、イチャつくのは良いけど、ちゃんと一目を考えなきゃダメよ〜!
それにしてもグッドタイミ〜ング!だわ!ちょうど今ね、ユナに会いたいって人が来てるのよ」

「?オレに?」

「そう、勿論、私とも顔見知りの人よ。客間に通してあるから」

 そのままバーバラに案内された部屋に待っていたのは・・・・・・
ユナが心を許せる数少ない人物だった。

「・・・・・・っ!!グレミオ・・・っ!?」

 グレミオはユナの姿を見つけると、ほっとした表情で立ち上がり会釈した。





「それにしても驚いたな、まさかグレミオがここに、下界に来てくれるなんて・・・」

 バーバラに気を遣って貰い、二人だけで久々の再会を喜んだ。

「精神だけの存在なんだろ?ここに居て大丈夫なのか?」

「はい。ゼニス様初め、天界の術師たちに術をかけて頂きましたから・・・少しの間だけなら
この現実世界でも精神を維持出来るんです。そうまでして私がここに来たのは理由が有るんですが」

 大きな手提げ袋から同じくらい大きな包みを取り出して、豪華なテーブルに置いた。
それは質の良い絹で包まれていた。よほど大切な物だと言う事が伺える。
グレミオが丁寧にゆっくりとほどいていくと絹の間から白く光るものが見えた。

一瞬まばゆさを覚え、瞬間的に目を伏せる、
次に目を開いた時は白く光るそれをグレミオが両手で広げている場面。

「・・・・・・!それ・・・まさか・・・」

 客間の大きな窓から差し込む光に照らされて、それはなお一層輝いていた。

「はい、ウェディングドレスですよ。アイリーン様の・・・」

 初めて見たのは遠い昔、自分がまだ天空城に居た頃だったと思う。
曖昧で断片的だったが、このウェディングドレスの事だけは記憶していた。

顔は思い出せないが、それは多分母親だったんだと思う。
光の差し込む真っ白い部屋の中に、そのウェディングドレスが飾られていた。
そのドレスの裾を自分が思いきり引っ張っている。
母親らしき女性が優しく制して、そのまま抱き上げてくれた。
それから自分に何かを言って

そこまでしか分からない。覚えていない。

でも記憶違いじゃなかった。この出来事は実際天空城で起きた事で。
目の前の見覚えのあるウェディングドレスがそれを証明してくれた。

大切な母親の記憶。
ウェディングドレスを受け取ると高揚感にどうしたら良いのか分からなくなって
それを両手で広げたまま動けなかった。

「ユナ様の夢だったんですよ。アイリーン様のウェディングドレスを着てお嫁さんになる事」

「え?」

 ぼっとしていたユナが素っ頓狂な声を上げる。

「小さい頃の話ですから覚えていらっしゃらないと思いますけど。将来の夢は?
って聞かれると、決まって「お嫁さん!」って。しかも、相手は「お父さんの!」って」

「えぇっ!ホントかよそれ!」

「私と同じくらいの年代の使用人は皆知ってますよ。そのウェディングドレスを持ち出してしまった
事も有るんですから」

「うわぁぁ・・・はっ恥ずかしいなオレ・・・」

「何をおっしゃいますか。ホントに可愛くって素直な子供でした」

 二人は同時にドレスに目を向けた。ドレスは一つの染みも皺も無くあの日と全く変わらない。
その白さは純白と言う言葉がふさわしかった。

「ゼニス王の夢でも有るんですから、ユナ様の幸せなお嫁さんは」

 ドレスを包んでいた絹を丁寧に折り直して手提げ袋にしまう。

「相手はゼニス王では無いですけどね」

 ユナは表面上は笑って返して、また物思いに沈んでしまった。
しばらくその美しいドレスを見つめる。今はもう居ないはずのアイリーンが
脳裏に蘇ってくる。

「大切にして下さいね、そのドレス・・・」

 グレミオがふと、呟いた。

「もらっても良いのか!?こんな大事な物!」

 言葉の代わりに深く頷く。

「実はゼニス王の命なのですよ。そのウェディングドレスをユナ様に届ける事が」

「・・・・・・おやじの?」

 驚いた顔で問い返した後、何か言いたげに口を開くが言葉は出なかった。

「あのさ、おやじ・・・元気か?」

 ようやくその一言だけを声に出せた。
恥ずかしいのか視線はドレスに注がれたままで。

「・・・ええ、相変わらずお元気ですよ」

ハっとした顔をしてしまったが慌てて表情を繕って応えた。
ユナがドレスを見ていた事が幸いした。

「そっか・・・良かった」

 ほっと安堵のため息を漏らして言葉を続ける。

「式にはやっぱり来れないんだよな?おやじもグレミオも」

 グレミオは残念そうに頷いた。

「はい、申し訳有りません・・・。私たちは既に精神だけの存在、夢の世界を治める王の
命令が無い限りは現実世界に下りる事は出来ないのです。今回私がここに来れたのも
ユナ様にウェディングドレスをお届けすると言うゼニス王の命が有ったから出来た事なのですから」

「・・・そうだよな、残念だけど仕方ないよな・・・」

 ユナが納得してくれてグレミオは内心ホっとしていた。
先ほどの言葉には自分で言っていても分かる程矛盾の色が濃く見えたから。
夢の世界を治めるのはゼニス王。
それならどうして娘の結婚式に父親で有るゼニス王が来られないのか。
まだわだかまりが残っているならわざわざグレミオを使いに出す事も無いだろう。
残っていないのなら、どうして今は使いを出す事が出来て
肝心の結婚式に使いを出す事も、行くことも出来ないのか。

「オヤジも忙しい人だもんな」

 矛盾に気付いているのかそうでないのか。
休みの日、父親に遊んで貰えなかった子供のような顔をして寂しそうに呟いた。

受け取ったウェディングドレスを、
皺が入らないようソファー大事そうに広げてグレミオを見送った。
グレミオは客間の扉に手を掛けると何とも言えない顔で振り向いた。

「すまない・・・」

「え?」

 グレミオから聞き慣れない言葉に耳を疑う。

「父親でありながら式に出席出来ない私を許して欲しい。
どうか幸せになれるよう、心から祈っている。・・・ゼニス王からの伝言です」

 言葉の途中でそれはゼニスの意思を持った言葉だと気付いく

あの日和解した優しげな瞳がグレミオの優しげな瞳と重なった。
瞬間ぼやけた視界の意味に気付いて、思わず押し上げてくる何かをぐっと堪えた。

「私も、天界に居る皆もゼニス王と同じ気持ちです。 そのウェディングドレスを着た
ユナ様を間近で見られないのはとても残念ですが、天界で祝福の祈りを捧げていますから」

「うん・・・有り難う・・・オヤジに宜しく言っといてくれよな。
絶対幸せになる。だからオヤジも・・・お父様もいつまでも元気で・・・って」

 ユナの口から発せられた久しい響き。
二人の和解を心から望んでいたグレミオはその言葉を聞いて大きく胸をなで下ろした。





「用事は済んだのか?グレミオ」

 レイドック城を出て程なく歩いた道の先に
琥珀色の長いマントを身に纏った老人が待ちかまえていた。

「はい、有り難うございます。ゼニス王最後の望みを聞き入れて下さって」

 老人の前で立ち止まり深く頭を下げる。

「なに。かの男は天空の王として長きにわたり尽くしてくれた。勇者を導いてこの世に平和をもたらしたのも
かの男が王であったから出来た事なのかもしれない。王座を追われる事は非常に残念な事だ」

 グレミオは無言で頷く。

「もうしばらく経てば天空城や夢の世界は竜の化身では無く本物の竜が統治する事に
なるだろう。それまでは精霊たちが天空城を治めてくれる」

「それで、ゼニス王の処置は・・・?ユナ様とテリー様は・・・」

「ゼニス王は王の称号を剥奪された後、一介の天空人として城にとどまってもらう事になる。
代々続いたゼニス王家の名を汚し、王座を追われた者として
ゼニス王には生涯その汚辱を請け負ってもらう。それが、かの男に科せられる罰だ」

 哀願するように見つめていた瞳に驚きの色が混ざった。
玉座を剥奪されると言う事は今までの例から言うと追放と同じ意味だった。
神に庇護された天界を追放される、それは肉体の無い天空人にとっては
死を意味していた。

「・・・グレミオ、ゼニス王をこれからも支えてやってくれ」

「・・・・・・はい・・・寛大な処置を・・・有り難うございます」

「それを寛大な処置か、または過酷な罰と取るかは、ゼニス王自身にしか分からぬ事だがな」

 老人はグレミオの心を見透かしているかのように言葉を続けた。

「王家の娘と人間の事は心配要らぬ。ゼニス王が己の身を賭けて懇願したのだ。
それにあやつらは将来私たちや人間の敵となるはずの悪魔をゼニス王と同じく己の身を賭けて倒した。
あやつらはもう十分に苦しみ抜いた、罰を受けた。
もうこれ以上罰を与えるほど私や精霊たちも鬼では無い。
紡がれた赤い糸はもう元には戻らない。戻らないなら、行く末を見守ってやるべきが神だろう」

「はい・・・有り難うございます・・・!」

 グレミオは心の底から感謝して、そしてこれ以上無いほど深く深く頭を下げた。





「幸せになれるよう・・・頑張るよ・・・」

 誰も居ないレイドック城の屋上。明るい夜空を見上げながら今日グレミオに言った言葉を反復した。
地上から高い場所に有るだけあって風はいくらか強いが、それが逆に心地よかった。
端の塀に前屈みになる形で肘をついて、ひとりポツンと空を見上げる。

月の光が雲の切れ間を白く照らす、その雲の切れ間をずっと眺めていた。
天空城は今どの辺に浮かんでるんだろうとか、あの雲の切れ間にもしかしたら懐かしい城影が
見えるかもしれないとか、じっと目を凝らす自分に呆れながら。

ゆっくり流れる雲を見つめていると、思考もゆっくりと流れていった。
今日のグレミオとのやり取りから、先日別れ際の父親の事、幸せになれと
言ってくれた事。

「オレ、今凄く幸せだよな」

 満足げなユナの声は誰の耳にも入らないまま夜空へと吸い込まれた。
見つめていた雲は風に煽られながら形を変えていった。
奇しくもその形は昔別れた親友に似ていて、ホロリと笑みがこぼれた。

「約束は守ったよな、スラリン?」

 遠い昔、レイドックで別れた時の言葉を思い出した。
その言葉は強く心に残っていて、スラリンの声、雰囲気、表情が何年も経った今でも
鮮明に蘇ってくる。

 約束してよ、絶対幸せになるって!

それだけを言ってユナに何も言わせないまま、親友は旅立っていった。

「スラリン・・・」

 思い返すと途端に切なくなって、言葉が漏れた。
言葉が漏れると弱まった涙腺が震えて

「こんな所に居たのか」

 背後から聞こえたその声に震えていた涙腺がピタリと止まってしまった。

「風邪引くぞ、早く部屋に戻った方が良い」

 ユナが振り向くと同時に再び言葉を掛けてくれる。その声は勿論、テリーのものだった。

「うん、有り難う。もう戻るよ」

 最愛の人を見つけて胸の切なさはおさまってくれた。

「・・・その・・・お前だけの体じゃないんだからな。自分の体調管理ぐらい、気を付けておけよ」

 背を向けてそれだけを言うと屋上の階段を下りていった。
テリーの言葉に胸を突かれ、視線をお腹に落とす。
そうだ・・・オレのお腹の中、テリーとの子供が居るんだ・・・。

落とした視線の先に手を当てる。いつもと同じ感覚だったが、いつもよりも暖かいような気がした。

「・・・へへ・・・やっぱりオレ、今、ものすごーーーく幸せだよ!」

 もう一度だけ空を見上げて叫ぶ。
先ほどと同じように誰の耳にも入らないまま夜空へと吸い込まれていったが
その声は自信に満ちあふれていた。







←BACK  :  NEXT→

TOP