ガンディーノはここ最近で一番の盛り上がりを見せていた。
いつもは行き交う人々の目にも留まらずひっそりとたたずむだけの街外れの教会は
いつもある静けさが嘘のように人手で賑わっていた。
小さな城下町にしては意外にも開けている教会の前に立派な馬車がいくつも並んでいる。
見たことも無い豪華な馬車に、行き交う人々は何事かと立ち止まり
式が行われるという噂に聞きつけた街の女達が美しい花嫁を一目見ようと教会の前に押し寄せ
それが人の波を生んでいる。
「すっごいすっごいすっごい人よ〜!こんな静かな街に、こんなに沢山人が居たのかってくらい!」
教会の二階、普段はシスターや司祭たちが利用している集会室のドアを勢いよく開けて入ってきたのは
バーバラ。メイド総教育係マイヤと目が合って、思わず口をつぐむ。
「私が小さい頃もそうだったわ。結婚式やお祝い事なんか有ると街の皆、仕事ほっぽいて
良く見に行ってたもの。私もその内の一人だったんだけどね」
マイヤと雑談していたミレーユがクスクスと笑う。
バーバラは部屋を見回して花嫁の姿が無い事に気付いた。
「ユナは?まだ、準備出来てないの?」
その問いに返す必要も無くカーテンで仕切られた部屋の一角が開いた。
先に出てきたのは3人のレイドックのメイド・・・だったがその奥から
真っ白なドレスに身を包んだ花嫁がメイドたちに手を引かれて頼りない足取りで歩いてきた。
慣れない姿に俯いて恥ずかしそうにしながら。
「すっ・・・すっ・・・」
驚きが喉に詰まって言葉が出てこない。自分でポンポンと胸の辺りを叩くと
驚きがやっと抜けてそのまま言葉が出た。
「すっごく綺麗よユナ!!あんたってほんっと化粧すると綺麗になるのよねぇ〜
いつもすれば良いのにぃ〜!勿体な〜〜い!それにドレスも綺麗〜〜!!
私も結婚式の時さんざんドレスを見てきたけど
そんなに綺麗なドレス見た事ないわ・・・いいなぁ・・・」
感嘆の声を上げた後、羨ましそうに呟く。
滅多に表情を崩さないミレーユも驚いたように目を開いて、小さな拍手をくれた。
「有り難う・・・ミレーユさん、バーバラ」
緊張しているのかいつもより言葉少なな彼女。
気になるのか首元のネックレスを指で確かめて、反対の手で頭のヴェールを確かめた。
そのしぐさはユナそのもので有るのに、
ウェディングドレスに身を包んでいる彼女はいつもとは全く違っていた。
先日のバーバラの結婚式と同じ、レイドックでも化粧が上手いと評判のメイドから
化粧をされ普段よりも数段と美しい彼女がそこにいる。
メイドたちはユナを大きな鏡の前に立たせ、最後のチェックに入っていた。
ファンデーションの乗せられた肌はいつもよりも白く透き通って見えて、頬に塗られたピンク色の
チークと薄く引かれた同じ色のルージュが女らしさを強調していた。
眉毛は綺麗に手入れされ、大きな瞳と長いマツゲは更に印象的なものになっている。
「・・・・・・」
ユナ自身も鏡に映る自分の姿に驚嘆しているのが見て取れた。
「なーに自分に見とれてんのよっ」
「てっ!」
バーバラが嬉しそうにユナの頭を小突いた。
「サイズそのままピタリね。お母様のドレス、切る必要が無くて本当に良かったわ」
ミレーユはヴェールを丁寧に整え直してくれ、もう一度ユナの全身を見据えた。
ドレスは肩口から胸のすぐ上までザックリと開いていてキメの細かいレースが走っている
そこからドレスに沿って白い薔薇が飾られていた。
きゅっとしまったウェストから花が開くようにあつらえられたプリーツと後ろで結われたリボン。
ノーマルなタイプのドレスだったが今まで見た事もない程美しいシルクが
ドレスがシンプルなだけに余計輝いて見えた。
ユナのイエローブラウンの髪と瞳が真っ白なドレスと肌に映える。
頭の上の方にドレスと同じ白い薔薇の髪飾りと薄いシルクのヴェール。
ヴェールは頭から背中を白く包んで、純白の花嫁を演出していた。
前髪を横に流しているのが気になるのか、元に戻そうといじるユナをメイドが慌てて制していた。
「・・・綺麗・・・」
自分でも気付かないうちにミレーユは呟いてしまった。
本当に綺麗に見えて、素直に羨ましく思った。
そして未来の自分の姿を想像して、顔が綻んでしまう。
「先日行われたバーバラ様の結婚式の時もお綺麗だと感じておりましたが
今日はあの日以上に更にお綺麗ですよ。そのドレスも、化粧も本当に良くお似合いです。
今回はユナ様、貴方が主役なんですからね、清純、礼節を心がけてしっかりと頑張って来て下さい」
「はい」
マイヤは眼鏡を整え直してお決まりの小言を述べた。ユナの返事に満足そうに頷く。
「まぁまぁマイヤさんっ!そんなに心配しなくても大丈夫よっ!折角の結婚式ですもの!」
小言が終わると待ちかまえたように口を挟む。
そして待ちきれない表情で早々にユナの手を取った。
「さっ、じゃあ、行きましょ。もう皆下の聖堂に集まってるのよ」
「あっ、あのさ・・・テリーは?」
ユナはずっと前から用意していたらしい言葉をやっと言えた。
「一階の司祭室で待ってるわ。式が始まるまでそこから一歩も動くなって言ってあるから」
ミレーユはバーバラの言い様に少し苦笑した。
「じゃあ私たちは聖堂で待ってるから。あとは宜しくね、メリー」
「はい、お任せ下さい」
メリーと呼ばれたメイドは主君の言葉に深々と頭を下げた。
「宜しく、メリーさん」
ユナの方も頭を下げる。
メリーを残して、マイヤと他のメイドが部屋から出て行くと
「いよいよね、ユナちゃん」
色んな意味を含めてユナに声を掛けた。
「うん・・・」
「ほ〜んと長かったわよね、ここまで、でも、やっと一緒になれるんですもの・・・しっかりやんなさいよ」
言葉は言葉以上の意味を持っていた。
バーバラの表情に詰まる何かを感じたユナは、頷いて頭を下げた。
「それではユナ様、ご存じのように隣の階段を下りて
中庭の渡り廊下を渡った後、離れを通ります。
本館聖堂入り口前に居るアモス様と一緒に扉を開けて入ってきて下さいませ
アモス様の所まではお供させて頂きますので」
「はい、有り難うございます」
メイドの後に着いていく形で、白い花嫁はドレスの裾を踏まないように慎重に階段を下りた。
一階、中庭の渡り廊下へと出る。教会の離れへと通じる渡り廊下だ。離れは本館をぐるりと囲む形で
建っており、離れと本館の間には綺麗に手入れされた中庭が有る。
中庭の懐かしい空気に触れ、急がなければいけないのに自然と足が止まってしまった。
と。
暖かい風がビュッと言う声を上げて渡り廊下を吹き抜けた。
「ぅわっ!」
ヴェールが飛ばないように瞬間的に頭を押さえる。
頬を撫でる風が優しいものになったのを感じると、伏せていた目を開く。
中庭、ユナから数歩離れた場所に先ほどまではなかった人影が有った。
「?」
人影は女性のように美しい顔立ちをした青年だった。
長く伸びた前髪は後ろ髪とまとめて束ねてあり、額には銀のサークレットが光っている。
ユナは怪訝な顔をしたまま、その青年に引き寄せられるかのように一歩前に出た。
「花嫁さん」
透き通るような澄んだ声で青年は言った。
その余りに澄んだ声に、怪訝さが一瞬のうちに取り払われる。
「はっはい」
怪訝に思っていた自分を恥ずかしく思い、素直に答える。
青年はそんなユナに本当にニコリと微笑んだ。
その微笑みは春の風を思わせるほど暖かくて優しくて、思わず魅入ってしまっていた。
「約束、ちゃんと守ってくれたね」
「・・・っ!」
次に男の口から出た言葉は、予想もしなかった言葉。
言葉は去ろうとしたユナの足を固めて、そのまま全身へと伝っていった。
まさか・・・
「これからもずっと幸せにね」
まさか・・・っ
「お前・・・もしかし・・・っ!」
ビュン!
再び暖かい風が吹き抜けると、先ほどの出来事が夢だったかのように青年は居なくなっていた。
ドレスの裾を上げて、青年が居た場所に駆け寄った。
必死に辺りを見回すがその姿は影も形も見当たらない。
「ユナ様!どうなされました!?」
後ろからついてきていたハズの花嫁を見失い
慌ててメイドが駆けつけてきた。
「あっ、ごっゴメン!何でもないんだ!でも、ちょっと待ってて!」
髪も服も不思議な水色に包まれた青年。
その姿は何の疑問もなく頭に思い浮かんだ姿とピタリ重なった。
そうだ、間違い無い、間違い無いよ!あいつは・・・!
重なった瞬間に確信して、もう一度辺りを見回し、その姿を視界に探した。
だが、その姿はもう二度とユナの前に現れる事は無かった。
「あの時と同じかよ・・・相変わらず、オレには何も言わせてくれないんだな・・・」
姿も、声も、何もかも違っていた。
だけど包まれた雰囲気は全く同じだった。
「有り難う」
涙を堪えるため空を見上げる。その空も同じ水色をしていて
それ全部が同じように自分を祝福してくれているように思えた。
「来てくれて有り難う・・・スラリン・・・」
天井から差し込むステンドグラスに照らされながら、花婿は花嫁の入場を待っていた。
花婿だけではない。
聖堂の長椅子に座っている仲間たちや旅先で出会った人々が今か今かとしきりに
扉の方を気にしている。
そんな来場者の期待に応えるように扉がゆっくりと開いた。
タキシードを着た体つきの良い青年と、
雪のように真っ白なウェディングドレスに身を包んだ花嫁。
長いヴェールを身につけてはいるがそれが余計花嫁のシルエットを際だたせた。
イエローブラウンの髪、印象的な瞳に唇、ヴェール越しにさえその美しさと清楚さが
伝わってきて、ざわついていた聖堂内は一気に静寂に包まれた。
「わぁぁっ!お姉ちゃん、綺麗ー!綺麗だよー!ねーお母さんー!」
シンと静まりかえった聖堂内。初めに響いたのは、小さなユナの声だった。
母親エレーヌが、頷いた後、注意を促すため人差し指に手を当てる。
花嫁は、花嫁の父と共に誰にも汚されていないバージンロードを歩いて
花婿の元へ行く事が習わしだ。
父親に代わってユナの手を引いていたのはモンストルで世話になったアモス。
多少若い感もあるが、ユナにとっては兄のような存在で家族のような存在だった。
「はっ、まっ、馬子にも衣装ってのは、よ、良く言ったもの、だぜ!」
濃い茶色の髪をした、年の割に、やや、あどけなさの残る少年は
いつもと違うユナの姿を捉えて、思わず声が上ずった。
「くっ・・・あんな男女の何処が良いんだか・・・花婿の気が・・・知れないぜ全く」
祭壇の前に立ちつくす黒いタキシードを着た青年を何とも言えない
瞳で見つめた。あの時、結婚報告にユナが訪れた時の衝撃が蘇ってくる。
「あらあら、悔しいんだったら悔しいって言えば良いのに
いつまで経っても子供なんですから・・・」
「なっ何を母上!!悔しいだなんてそんな事、微塵も思ってないっ!!
それにオレはこんな式に出るつもり無かったんだ!あいつがどうしてもって頭下げるから
仕方無く来てやったまで・・・っ」
そこまで言うと、バージンロードを歩く花嫁とヴェールの向こう側で目が合った。
ゴホンと大げさに咳払いして、赤面したまま黙り込む。
ホルス王子19歳。来年には王として玉座につく事になる。もう子供では無いのだ。
「アモスさん・・・大丈夫かしら・・・あんなに緊張して・・・」
「ハッハッハ。アガリ病だからなアモスさんは・・・」
心配するシスター・アンと、全く心配する様子も無いロイ。
ギクシャクして手と足が同時に出かねない街の顔見知りに噴き出しそうになる。
視線を横に滑らせ、花嫁を待っている花婿に向けた。
「ホントはあそこに居たのはアイツじゃなくオレだったかもしれないのにな・・・
ハァァ・・・世の中って不条理に出来てるもんだぜ・・・」
「うわぁ、綺麗・・・おめでとう・・・おめでとう・・・ユナ・・・」
式の初め、もう既に大粒の涙をハンカチで拭っているのはサンマリーノのバニー、ビビアン。
隣のマスターが優しく肩を叩いてくれていた。
「・・・ホントに結婚しちゃうのね・・・あの二人・・・良いなぁ・・・羨ましいわ・・・」
ユナに目を奪われたままぼそりと呟いたのはサンマリーノの踊り子ミリア。
「あの時、私があんな事言わなかったらあそこを歩いてたのはもしかしたら
私だったかもしれないのに・・・ね」
ミリアは、ほんの少しの後悔を言葉に込め、本当に小さな声で呟いた。
「良いなぁ、花嫁かぁ・・・良いなぁ、良いなぁ、私もドレス着たいなぁ」
「案ずる事は有りませんぞイミル様。ラーゼ神殿の巫女イミル様には生まれる前から決められた
許嫁が居るのですからあと数年もすれば、結婚の儀が・・・」
「良いなぁ、良いなぁ、テリーみたいな格好いい人と恋愛して
皆に祝福されながらお嫁に行けたら最高に幸せでしょうねぇ・・・」
ボロンゴの言葉を聞き流して再びユナに魅入った。
見つめながらイミルは数年ぶりに二人と再会した日の事を思いだした。
暗い未来を予知してしまった日だ。
暗い予感は二人の進む道を暗く染めていたが
それこそ、ボロンゴではないが案ずる事は無かった。
暗い予感はすっかり晴れ渡り、進むべき道は綺麗に晴れ渡っていた。
「幸せだわよね、ユナ、そしてテリー・・・本当におめでとう・・・」
「綺麗な花嫁だな」
「ええ・・・本当に」
精悍な顔立ちをした逞しい男性と小柄な女性が共に
寄り添い合いながら花嫁の入場を見守った。
女性の傍らにちょこんと座っているのは同じ年頃の子供が二人。
男の子と女の子の双子だった。
「ユナ・・・お姉ちゃん・・・?」
男の子の方が呟く。
「そうよ、あなた達二人を助けてくれたユナお姉ちゃんとテリーお兄ちゃんよ」
「ハッハッハ、助けられた、と言う点では私も同じだ。どうやら私たち家族は彼らに
何かと世話になっているらしいな」
妻に同意したのは夫のトム。ハザマの世界、牢獄の街でユナたちに
助けられた事を思い返していた。
「ええ、本当に、あの二人が居なければ、私たちはどうなっていたか・・・」
妻ハスミは両手を固く結んで瞳を閉じた。
「精霊ルビス様、どうか彼らに祝福をお与え下さい・・・」
「お与え下さい・・・」
母親に習い、子供、そして夫も胸に手を当て祈りを捧げた。
「ルーシエ・・・」
ポツリと寂しそうに呟いた。その単語に胸を突かれ不安げな顔で見つめる。
見つめたのはカルバン・ジャンポルテの妻シャロンだった。
「ん?なに。昔を思いだしただけさ。あの頃の私は本当に愚かだったとな」
シャロンの不安そうな顔に気付いて、微笑みを返した。
「今のルー・・・いやユナを見て確信したよ。あの時のユナも確かに綺麗だったが
それは作られた美に過ぎなかったんだとな。今の心から幸せそうなユナはあのころと
比べ物にならん程美しい光を放っている。鳥は鳥かごの中の姿より空に舞い上がった
姿の方がはるかに美しい。あの頃の私はそんな事にすら気付かなかった」
しばし、昔を思い出して再び言葉を続けた。
「外見の美しさばかりを重視して内面の美しさをないがしろにしていた。
その事に気付かせてくれたシャロン。君に心から感謝しているよ」
「カルバン様・・・」
カルバン・ジャンポルテとシャロン・ジャンポルテは遠い思い出を懐かしく思い返しながら
鳥かごから飛び立ったユナの幸せを願った。
「何だかもう一度やりたくなっちゃったわ結婚式・・・ね、ヒックス、私たちももう一度やってみる?」
美しいユナのウェディングドレス姿に、羨望の眼差しを向けつつ
隣に座っている夫に問いかけた。
勿論、冗談交じりの口調で。
「・・・・・・・・・」
夫は何も言わないまま、視線を一点に集中させていた。
「・・・ヒックス?」
「・・・・・・・・・」
「・・・ヒックス!」
「・・・・・・・・・あ・・・ああ」
一点を見つめた瞳がようやく振り向いた。
振り向いたが、エリザが何も言わないとまた同じ一点を見つめ続けた。
「ねぇ、もしかしなくても、ユナに見とれてたんじゃないでしょうね・・・?」
「・・・・・・」
何も聞こえないほど見とれているのか、赤い顔でぼーっとしているヒックスに
懐かしい嫉妬の炎が舞い上がってきた。
「帰ったら覚えておきなさいね」
尻に引かれているらしいその男は花嫁に見とれていたおかげで
妻の怒りを知らずにすんだ。
「うっふふ、相変わらず緊張しちゃってるわね〜ユナってば」
「そうだな、でもそこがユナらしいよな」
「ですよね」
「らしいって言えばあいつもそうだぜ。内心は緊張しまくってて心臓バクバク言ってる
くせにいつも通りの涼しい顔しちゃっててよ」
「ハッサンってば!私には分かるわよ、あの子、緊張とは違うけど気分が凄く高揚してるわ。
ドキドキしてるの顔に出てるもの」
バーバラ、ウィル、チャモロ、ハッサン、ミレーユ。苦楽を共にしてきた戦友たちは普段と同じように
二人を茶化しながら、二人が結ばれる事を心から喜んだ。
バーバラ、ミレーユなどはユナのテリーに対する一途な気持ちを昔から知っていた為
その喜びもひとしおで。
ウェディングドレスを着てバージンロードを渡っているユナの気持ちを
考えると自然と顔が綻んだ。
「人が運命に打ち勝つさまをとくと見せてもらったよ。まさかこの年でこんな奇跡を
目の当たりに出来ようとはねぇ。長生きはするもんだよ」
その場にそぐわない言葉を呟いているのは夢占い師グランマーズ。
「おばあちゃん、少しなら人の未来を見る事が出来るんでしょう?二人の未来は見えるの?」
隣のグランマーズに問いかける。
「愚問じゃ、ミレーユ。お前もあの二人の辿った道を見ていたのなら分かるだろう。
これから辿る道は神から与えられた道では無く、二人で築き上げた道じゃ。
聞かんでも自ずと答えは出るじゃろ」
「ふふっそれもそうね」
ミレーユとグランマーズの見ていた二人の道は辛く険しいものだった。
その辛く険しい道を辿り終えた二人に待っているものは・・・、未来の見えない自分にも容易に想像がつく。
穏やかな道を歩いている二人が自然に思い浮かんできていた。
アモスの逞しい腕に連れられながら夢見心地で
バージン・ロードを一歩一歩ゆっくりと歩いた。
これはいつも見ている自分にとって都合の良い夢なんじゃないだろうか?
こうあって欲しいと言う夢の世界での出来事じゃ無いのか?
こんな時でさえこんな事を考えてしまう。
お前には関係ない!
いつも聞いていた冷たい言葉がふいに脳裏に響いた。
やけにリアルなその声は夢見心地だった気分を現実に引き戻した。
いつもの青い服と鎧では無く黒いタキシードを着たテリーが祭壇の前でユナを待っている。
「テリー・・・」
黒いタキシード、白い肌と銀髪に映えたアメシストの瞳と目が合うと手が震えた。
震えているのがアモスにも伝わるのでは無いかと思うほど頭の先からつま先まで
体中が震えていた。
初めて出会ったのはサンマリーノへ続く宿場。
冷たく凍った瞳は誰の心も受け入れようとしなくて
トゲの有る言葉と雰囲気が余計に周りを遠ざけた。
何の感情も持ってなかった顔は氷のようにピタリと張りつめていて
出会って間もない頃はコチラから話しかけても、いくら笑わせようと必死になっても
眉の一つすら動かなかったのに。
タキシード姿のテリーは緊張して強ばっている顔の花嫁と目が合うとすっと口元を緩ませた。
「・・・・・・っ」
瞬間的にテリーとの思い出が頭の中を駆けめぐる。
テリーに初めて告白した時の事。
マウントスノーで離ればなれになった時の事。
アークボルトで見掛けても、何も声を掛けられなかった時の事。
敵になって再会してしまった時の事。
胸の中で泣かせてくれた事。
そして、初めて笑顔を見せてくれた時の事。
天空城で、心配して来てくれた時の事。
初めて、口付けを交わした時の事。
ハザマの世界でこっぴどく振られた時の事。
崩れかけた牢獄の街から助け出してくれた時の事。
最後の別れ際に、愛してるって言ってくれた時の事。
回想は止まる事を知らなかった。
「ユナを宜しく頼むよ、テリー君」
「ああ」
時はユナを待ってはくれなかった。
祭壇の前に着いたアモスはユナをテリーに任せて席へと戻っていく。
テリーは任されたユナの手が震えている事に気付いて、ぎゅっと強くその手を包んだ。
ヴェール越しに見えるユナの瞳はもう既に潤んでいた。
「汝、テリー・レグナス」
テリーから伝わる暖かい暖かい体温。
男の人の体温がこんなに優しくて心地良い物だったなんて初めて知ったのは
サンマリーノでテリーから初めて抱かれた時だった。
思い出すたびに胸は締め付けられ、体中が震えて、涙腺は刺激された。
それからテリーはいつだって、オレの事を守ってくれて、好きだって言ってくれて
優しく抱いてくれて、抱き締めてくれて、そばに居てくれて・・・ずっと幸せで・・・
「汝はユナ・ゼニスを妻とし、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
汝、その健やかなる時も病める時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命の限り愛し続けることを誓うか」
「はい、誓います」
テリーの声、テリーの言葉。
ホントに信じられない。今でも夢を見てるみたいだ・・・。
「汝、ユナ・ゼニス」
司祭の言葉は、今見ている物が夢では無いんだと教えてくれた。
「汝はテリー・レグナスを夫とし、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
汝、その健やかなる時も病める時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命の限り愛し続けることを誓うか」
回想から覚めたユナに一語一句その言葉が突き抜けた。
夢じゃない。
夫婦になる為の誓いの儀式。
隣を見つめるとタキシード姿のテリー。
見守ってくれてる仲間たちの声も。
ホントに、夢じゃないんだよな・・・。
「・・・・・・・・」
夢じゃないのに。凄く嬉しいのに。胸が何かに押しつぶされたように
苦しくなってきて。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・汝、ユナ・ゼニス・・・?」
何も言おうとしない花嫁に聖堂内がにわかに騒ぎ出した。
「・・・・・・ユナ・・・?」
テリーが名前を呼んでくれる。
そして優しく肩に手を掛けてくれる。
「・・・・・・・・・テリ・・・」
名前を口にした途端、押しとめられていた物が瞳からこぼれ落ちた。
「うっ・・・・・・く・・・っ」
精一杯我慢をしている事が分かる。
我慢しきれなかった分の涙が頬を次々と伝わっていた。
テリーは肩に乗せた手を背に回してヴェールを乱さないように頭を腕で包んだ。
「うっ・・・うっ・・・く・・・ふっ・・・うわっ・・・うわぁぁぁぁっ!」
テリーの体温と彼なりの心遣いが緩んでいる涙腺を更に刺激する。
ポンポンと子供をあやすように優しく背を叩かれると
涙を耐えていた細い線が切れてしまった。
我慢していたものが一気に溢れ、初めて、テリーの前で、皆の前で号泣してしまった。
「うぇ・・・うぇっ・・・うっ・・・うわぁぁぁっ!テリ・・・テリー・・・オレ・・・オレっ・・・!」
声を上げて泣いている花嫁に、皆何があったのかと顔を見合わせた。
「・・・うぇぇ・・・っふっ・・・うぅっ・・・うっ・・・ちが・・・違うんだ・・・
悲しくて泣いてるんじゃな・・・っその逆で・・・っ色々思い出したら、涙が止まらなくなって・・・」
「・・・ああ分かってるさ。相変わらず良く泣くなお前、出会った頃とホントに何も変わってないな」
「わぁっ・・・わぁぁぁっ!」
テリーの言葉に再び泣き伏せる。
そんなユナに、テリーは悪いと思いつつ笑ってしまっていた。
花婿の胸で泣いている花嫁に、特に女性の参列者は思わず貰い泣きをしてしまっていた。
バーバラはウィルの胸を借りて泣き伏せ、ミレーユの潤んだ瞳に気付いたハッサンも
彼女の肩を優しく抱き寄せた。
「テリー・・・・・・」
名前を呼んでその存在を確かめる。その胸の暖かさは出会った頃と何も変わってはいない。
炎から庇ってくれた時、再会して胸の中で泣かせてくれた時、抱き締めて貰った時、
初めて抱いてくれた時と。
震える足で何とか自分を支え、ようやくテリーの胸から距離を取った。
「大丈夫か?」
「・・・・・・うん・・・・・・・・ぅっ・・・ごめ・・・」
優しく微笑むテリーを見ないように頷いた。
テリーの優しさに触れれば触れるほど嬉し涙を誘う涙腺は刺激され、
また号泣してしまいそうだったから。
「すいませ・・・も・・・大丈夫です・・・」
真っ赤な瞳で頭を下げた。
花嫁が泣き終わるのを待っていた司祭はコホンと小さく咳払いをし
「汝、ユナ・ゼニス」
優しげに微笑んで復唱した。
「汝はテリー・レグナスを夫とし、神の定めに従いて夫婦とならんとす。
汝、その健やかなる時も病める時もこれを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、
その命の限り固く節操を守らんことを誓うか」
「・・・・・・・・・は・・・い・・・・・・」
涙が止まらない事を知って、大粒の涙をこぼしながらその言葉に頷いた。
「・・・はい・・・・・・ぅっ・・・誓います・・・・・・っ!」
鼻声で涙がこもっている声で決して裏切る事の無い誓いを立てた。
「では、誓いの口付けを・・・」
司祭の言葉を合図にテリーはユナの肩に手を掛け、自分の方に向かせる。
そっとヴェールを外すと、やはり彼女の瞳は真っ赤で、涙は止めどなく流れていた。
テリーは流れる涙を指で拭って呟いた。
「・・・お前が居てくれて良かった・・・」
「・・・・・・・・・っ」
言葉に反応して、再び大粒の涙が頬を撫でていく。
「愛してる・・・・・・」
二人は旅先で出会った皆に見守られながら
生涯お互いを愛し続けると言う約束を含んだ口付けを交わした。
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