● 果てない道 ●

 







 レイドック領の外れに小さな町があった。町の名前はアモール。
美しい水の流れるアモール川と共に暮らす町、として世界でも有名だった。
昔はレイドックからアモールまでの道のりは険しい山に阻まれ、行くのに随分と回り道していたが
最近では険しい山にトンネルを掘り、そこを経由していく事で随分時間も短縮された。
自然に町に来る旅人や商人も増え、小さな町は次第に大きな街へと変化していた。
アモール川を挟む形で町は西と東に分かれて成り立っている。
その町の東、アモール川から分かれた小川の近くに年代を感じさせる大きな木、
その木の下に小さな家が一軒建っていた。

「懐かしいな・・・・・・」

 オレンジの夕暮れがその家の窓辺を照らす。
レースのカーテンが気持ちよさそうに揺られ、そこから夕暮れの光が差し込んでくる。
その光が、部屋の隅で物思いに耽っていた女性に時間を知らせてくれた。

「何してるんだ?そんな所で」

 部屋に入ってきた男性が女性の姿を見つけて声を掛ける。

「あ、おかえり!うん、実はさ、教会に良くお祈りに来る女の子が
スライムピアスが見たいって言ってて・・・探してたんだ」

 左手のスライムピアスを男性に見せる。
男性は、女性の見ていた物を後ろからのぞき込んだ。

「写真・・・?結婚式のか?」

「うん、そう。写真見てたらいつの間にか時間経っちゃって、ゴメン、すぐに夕飯作るから」

 その場に散乱していた写真をまとめようとする女性を男性が制した。

「懐かしいな・・・この写真、お前全部目が真っ赤なんだよな。
まぁ、式であれだけ号泣したんだ、仕方ないと言えば仕方無いんだが」

「あぁっ、もうその事は言わないでくれって約束したじゃないか。あの後みんなから散々茶化されたんだから・・・!」

「ふっ・・・そうだったかな」

 赤面する女性に返した後、再び写真に目を向けた。
数年前の出来事のハズなのに、昨日の出来事のように鮮明に記憶に残っている。
ウェディングドレスの花嫁と黒いタキシードの花婿。
花嫁の目は真っ赤で、花婿の方は仕方なさそうに笑っていた。

「思い出したら止まらなくなるんだよな」

 物思いに耽っていた所、女性の言葉で目が覚めた。

「テリーと初めて会った日から今までずーっと思い出しちゃったよ」

 楽しそうに目を細めて、微笑んだ。
テリーの瞳に写真の中の彼女と今の彼女が重なった。
もうすっかり男っぽさは消えて、女性っぽく、そして昔より一段と美しくなっていたが
微笑ましくなる幼さは今でも消えていない。逆にそれがユナらしくて、やはり微笑ましかった。

「時間も忘れるわけだ」

「ふふ・・・ゴメン・・・でも本当に色んな事が有ったなぁ・・・ってさ」

「まぁな・・・」

 二人して写真を眺めながら昔を思い返す。
何時間有っても思い返せないほど、本当に色んな事が有った。

「テリー、オレと居て・・・幸せか?」

 言いづらそうに問いかける。テリーは息をついて

「何度同じ質問をすれば気が済むんだお前は。
お前こそ、もうこんな質問はやめるって言ったんじゃなかったか?」

「・・・う・・・ゴメン」

 そう。もう何度も同じ質問をした。
テリーの答えは分かっていた、だが、それを聞くのが嬉しくて何度も同じ質問を繰り返す。

「前と同じ答えだ。幸せに決まってるだろ、そんな当たり前の事を聞くな」

 そして、面倒そうに、だけどちゃんと答えを返してくれる。

「へへ・・・うん・・・」

 満足そうに頷いて、再び写真をまとめようとテリーに背を向ける。
と、テリーは後ろからユナを抱き締めた。

「今日、マディ婆さんの所に行ったんだろ?どうだったんだ?」

 抱き締めたユナの耳元でそう問いかける。
マディ婆さんとはアモール唯一の産婆さんの事だ。

「うん、経過は順調だってさ」

「そうか」

 ユナの言葉に分かってはいつつ、ホッと安堵した。

「ね、テリー。今度はやっぱり女の子が良い?」

「お前とオレの子なら女でも男でもどちらでも構わないさ。健康に生まれてくれればそれで十分だ」

「・・・うん、そうだね」

 自分の言った事を、ちょっと改める。
そして、テリーが帰ってきたら言おうと思っていた事を思い出した。

「そう言えば今日さ、マディ婆さんの家に行った帰り、教会に寄ってきたんだ」

 教会と言う言葉に反応してテリーはため息をついた。

「仕事はしばらく休めって言っただろ」

「いや、寄っただけだよ。
それでさ、教会にジーナってお婆さんが居るの知ってる?」

「ああ。昔は世界中を旅していた冒険者だったって女の人だろ?」

 教会へ行った時、ユナから紹介された初老の女性の事を思い出し、答えた。

「うん、そのジーナさんにさ、今日、旅の途中で生き別れた恋人が会いに来たんだぜ!」

 弾んだ声で、少しこちらに顔を向けた。

「イリアさんって言う人でジーナさんと同じくらいの年齢のおじいさんだったんだけど。
二人とも再会した途端、抱き合って泣いて喜んでさ。貰い泣きしちゃったよ。
ほんっと幸せそうだった、ジーナさんもイリアさんも・・・」

「良かったな、再会出来て」

「うんうん、ホント良かったよ!だってさ、なんと50年間イリアさんはジーナさんを探してたんだって!
そしてジーナさんもイリアさんは絶対生きてるって信じて、新しい恋をしようともしないで
50年ずーっと待ち続けたんだってさ。良い話だと思わないか?」

「そうだな・・・50年か・・・凄いな」

 正直に感心して、頷いた。
50年、口で言えばすぐだが、実際思うととんでもない年月だ。

「すごいよな・・・そんな長い時間、生きてるかどうかも分からない人を愛し続けるってホントすごい事だよな」

「ああ」

「・・・な、テリーはさ、オレの事50年間待つ自信有る?」

「・・・待つのは苦手なんだがな」

「・・・やっぱり、そう言うと思ったよ。だって、テリー、オレが待ち合わせに遅刻したら30分だって待って
くれないし。・・・・・・オレは・・・もしテリーと生き別れたなら、50年、待つ自信有るけどな・・・」

 寂しそうに呟くユナに、悪戯な笑みを返した。

「・・・悪い。冗談だ。オレも、50年くらいなら待つ自信あるぞ。待つと言うか、探しに行くなオレだったら」

「ホント?50年だよ?」

 途端に嬉しそうな声に変わる。

「ああ・・・」

 言葉とともに耳に柔らかい唇が触れ、その後、ふっと暖かい体が離れた。

「100年だって、待つ自信あるさ」

「・・・・・・!」

「夕飯、早くしてくれよ」

 ユナが聞き返すより早くテリーが言葉を続けた。

「うんっ、分かった。片づけたらすぐに準備するね」

 振り向いて答える。
夕暮れに染まったテリーの顔。
出会った頃のトゲトゲしさは微塵も無くなって、穏やかな瞳がユナを捉えている。
薄く笑ってテリーはその場を後にした。

「・・・オレだって、100年、待つ自信有るよ」

 しばらくして、ユナも聞き逃さなかった台詞を呟く。
呟いて、笑ってしまった。

「100年か・・・でも100年って言ったら、相当のおじいちゃんとおばあちゃんになっちゃうよな」

 笑ったのは100年後のテリーの姿を想像したせいだった。

「100年経ってもきっとあんな感じだよな、テリーは。
表情変えなくて、でもたまに嬉しい事言ってくれたりして・・・
孫から囲まれたりしてたらどうしよ・・・ふふ・・・」

 想像が膨らんで、声に出すとますます笑いが込み上げてしまった。
100年か・・・そうだな、それまでずっと一緒に暮らせたら・・・凄い幸せだよな・・・。

 ようやく現実に戻って散乱していた写真を小さな箱に入れる。
その箱を、部屋の隅に置いてあった宝箱にしまった。

立ち上がった視界に小さなベッドが目に入った。

「ふふ・・・良く眠ってる。今日ははしゃいでたもんね・・・」

 ベッドで気持ちよさそうに眠る我が子に顔が綻ぶ。
乱れていた毛布を綺麗にかけ直して、その顔を見つめた。

目元はオレに似てる気がするけど、鼻と、特に口元がテリーに凄く似てきたよな・・・。
「へ」の字になってるトコとかそっくり・・・。
でも、テリーに似てるトコあるなら、凄い格好良くなるだろな・・・

綻んだ顔のまま、右手に持っていたスライムピアスをテーブルに置いた。
初めて、テリーからのプレゼント。
色んな時間を一緒に過ごした大切な宝物。
テリーに「もしオレが死んだら子供とテリー、片方づつオレの形見にして」
と言って酷く叱られた事を思い出した。

「・・・色々あったよ・・・あったけど、オレはこの道を歩けて本当に良かった・・・
これ以上幸せな道は他に無いよ・・・」

子供の頃、天空城から突き落とされて死ぬハズだったオレが今ここに居る。
これは占い師や星術師にとっては間違った未来なのかもしれないけど、だけど

「オレはここに居て、出会うハズの無いテリーと出会って、幸せに暮らしてる。
こんな未来があっても良いよな・・・?
こんな未来があっても良いから、オレとテリーはこの世界で出会えたんだよな・・・?」

スライムピアスをしばらく眺めた後、
ユナは心から幸せそうな顔で夕暮れの木漏れ日差し込む部屋を後にした。



暖かくて気持ちいい風が
小川のせせらぎを乗せて部屋に吹き込んでくる。

その風は宝箱に入れそびれた写真を巻き込んで宙に浮いた。
風がやんで浮力を失った写真はフワフワとそのまま下のテーブルへと着地した。



写真の中

長い旅路を共にした戦友

旅先で出会ったかけがえの無い友人

その皆から半ば強引に腕を組ませられて、
恥ずかしそうに笑う花嫁と花婿。


その笑顔はこれから先も色褪せる事は無かった

永遠に。











THE・END





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