▼ED〜 ガンディーノ...



グレイス城のあった大陸から遙か西に位置する国、ガンディーノ。
ひとつ嵐を超えてガンディーノ港に着いたのは、出発から15日目の昼だった。

「あ〜〜っ、よ〜やく着いた〜〜!一時はどうなるかと思ったけど
船酔いも大した事無くて良かった〜!」

 ユナはピョンとジャンプして船着き場に着地する。
最初の数日、船酔いが酷くてご飯もろくに喉を通らずこのまま死んでしまうかと
本気で思った。
だがそれも徐々に慣れてはきたが、やはり地に足が着く感覚が一番良い。

「な、テリー、これからどうするんだ?しばらくここに居るのか?」

 遅れて船から降りたテリーは、曖昧に首を振って

「ほんとはこれからすぐにサンマリーノ行きの船に乗るつもりだったが
おまえの船酔いが辛いだろう?2、3日はここで様子を見るつもりだ」

「---------っ」

 驚いた瞳で見つめ返す。

「どうした?」

 テリーの問いかけに、慌てて笑顔を返した。

「あっいやっ、何でもない。そうしてくれると有り難いよ!」

「足手まといが居ると、何かと大変だな」

 いつものように皮肉で締めくくって、歩き出す。

テリーの自分を気遣ってくれる言葉、今までの言動からは考えられない優しいテリー。
本当にオレの事を想ってくれているのか・・・?
あの時聞いた”言葉”は夢じゃ無いんだよな・・・?

「なにしてるんだ、さっさと来い」

 見つめた思い人が振り向いた。一際心臓が高鳴って胸に強く響く。
今は、何も考えないでおこう。今は、テリーと一緒に居る事が何より幸せだから。
自分の考えを打ち消すように小走りで彼の元へと走った。





 二人は、軒を連ねた酒場のひとつに目を止めて扉を開けた。
小さな店内には船員が次の航海へ向けて体を休めている。
強烈な酒の臭いとむせかえるパイプの煙にユナは思わず咳き込んだ。

「相変わらず苦手みたいだな。ここはオレがいろいろ話を聞いておくからおまえは宿をとってこい」

「うん、ありがとう。じゃあ、宿取ったらすぐに来るね」

 そう言って踵を返した。
ユナが酒場から出て行ったのを見送って店内を見回す。
大騒ぎしている男たちや、せっせと酒を運ぶバニーガールで店内は大混乱だった。
話を聞く暇も無さそうだな…。
息をついて、ふとカウンターの方を見ると一人の男と目があった。
船員とは違う、良い絹の服を着た軟派風の男は明らかにテリーをじっと見つめていた。

「…………」

 注目される事の多いテリーは、別段絡むこともなく、男の横を通り過ぎようとすると

「もしかして…あんたの連れ……ユナって名前じゃないか?」

「-----------!」

 その名に反応してはじかれたように振り向いた。

「やっぱりそうか。雰囲気は変わってなかったからもしかしたら…と思ったが…
思った通りだな」

 男は赤い顔でふふと笑う。酒臭い息が鼻を突いた。

「…お前、何故ユナを知ってる」

 低くこもった声でテリーは尋ねた。男はグラスに残っていた酒を飲み干して

「昔の、ガンディーノに居た頃の知り合いって言えば納得するか?」

 ……ガンディーノ…!
テリーの雰囲気が変わる。その言葉と男の言い様は、耐え難い不快感をテリーに与えていた。

「ほんとにあいつは、いい女だった。今までいろいろ女を抱いたが、
あんなに気持ちいいのは後にも先にもあいつだけだったぜ」

「------------!」

 テリーの雰囲気が完全に獣のそれになる。

「アンタ、羨ましいな、金を払わずにあいつを抱……」

 最後まで喋る間も無く、激しい轟音と激痛が男を襲った。
派手にグラスが割れる音と客たちの悲鳴、カウンターに座っていた男は
力任せに殴られて、体ごとカウンター内へと飛ばされていた。

「なっ…なにすんだこのやろう!!」

 奇跡的に意識を保ったまま、ガンガンする頭で叫ぶ。

「何そんなに怒ってんだよ!いい女だってほめてやってるんだろうが!純情な兄ちゃんだな!」

 レベルの差も分からずに男はさらにわめいた。

「オレはもう何度と言わずあいつを抱いたからな。もしかすると
アンタよりあいつの体をよく知ってるかもしれないぜ」

 唇からは流れ出した血は上物のシルクを赤く滲ませた。

「だまれ……」

 ゾクリ。
異様な空気にようやく男はテリーと自分のレベルの差を知った。

「それ以上喋ると、本当に殺すぞ」




 そのころユナは、宿を探して街を彷徨っていた。
大通りの宿はすでに満室だったので、別の宿を探す。
道行く人に尋ねながら着実に宿へ近づいているはずなのだが
複雑に入り組んだ道はただでさえ方向音痴のユナを惑わせた。

晴れ渡っていた空はいつのまにか雲行きが怪しくなってきている。

「一雨きそうだな…」

 早く宿を見つけないと……
そう言って暗い路地を曲がったユナの目に騒ぎが飛び込んできた。
高い塀で囲まれた行き止まりの暗い路地。ガラの悪そうな男たち数人が何かを囲んでいる。

「…追い剥ぎ…?こんな町中で…」

 助けようと身構えたユナの耳に、小さな悲鳴が聞こえた。

「んっ…んんんーーっ!」

「----------!!」

 それは、猿ぐつわをされて、腕を縛り上げられた少女の声にもならない悲鳴だった。
涙で濡れた真っ青な顔、乱れた衣服とはぎ取られた下着
男たちは残忍な笑いを浮かべて、少女を欲望のまま犯していた。

「んっ!んっんんーーー!!」

 涙を流す事でしか抵抗出来ない少女、満足そうな男たち。
ユナの全身に雷に打たれたような衝撃が突き抜けた。
突き抜けた後にどうしようもない憤怒と憎悪。

「やめ……ろ………」

「あん?」

 小さな声に、男の一人が気付いて振り返った。うつむくユナを不審な顔でのぞき込んで

「ほっ、こいつあ上玉だ、ちょうどいいやお前もこっちに来い……」

「やめろーーーーっ!!!」

 力任せに殴られた男は塀に頭を打ち付けられ、そのまま気絶した。

「!んだてめえはっ!!」

 ニヤニヤしながら行為を見守っていた男が驚いてユナに掴みかかろうとする。
ユナは男をかわして、男がよろめいた所を思い切り蹴り上げた。

「が…はっ……!」

 よろよろと崩れ落ちる男に、容赦無く回し蹴りを放つ。
男は派手に塀にのめり込み、白目を剥いて後頭部から倒れた。

「くっそ……!人の楽しい時間を邪魔しやがって……!このアマァァァ!!」

 少女を蹂躙していた男は、ナイフを取り出してユナに飛びかかった。

楽しい、時間

許せない

許せない

許せない--------

ユナはよける事もせず正面から男の腕を受け止めそのまま強くひねった。
男の顔が苦痛に歪み、あっさりとナイフが落ちる。

「ぐあっ!!」

 許せない-----------!

ユナはそのまま男を押し倒し馬乗りになると、ぎゅっと結んだ拳で男の顔を力任せに殴った。

「がっ!」

 許せない 許せない 許せない 

何度も何度も男の顔を殴る。飛び散る血は自分の拳の物なのか、男の物なのかは分からない。
顔は腫れて変形して、もはやみる影も無い。

「て……許し…………」

 ガンッ!!男の言葉を拳で遮る。
許さない 許さない 絶対に許さない ------------!

「ユナ!!」

「------------!!」

 その声はようやくユナを現実に引き戻した。

「もうやめろ!それ以上やると死ぬぞ!」

「………っ!」

 ふと、見ると、口だけをパクパク動かしている、腫れて爛れた男の顔。

「…あ……あ………オ……オレ………っ!」

 震える足で必死に立ち上がって後ずさる。
頭から血を流してぐったりしている男、口から泡を吹いてぴくりとも動かない男、
殴られ血だらけになった男の顔。
真っ赤に染まった自分の手のひら。

「………オレ……っ…こん…な……」

 震えが止まらない。
ユナは混乱したまま、その場から走り去ってしまった。

テリーは男たちに息が有るのを確認すると、持っていた薬草を2、3個男たちの体の上に放り投げた。
震える少女の縄をほどいて、猿ぐつわを外す。
少女は怯えたような瞳をみせて、何も言わないままその場を走り去った。

「………ユナ……」




 小雨だがやけに冷たい雨が降ってきた。
ようやくユナを見つけたのは、あれから2時間ほど経った頃。

ユナは傘もささずに港で荒れ出した海を見ていた。

「風邪引くぞ、西の門の側にある宿をとったから、さっさと来い」

 その声に反応して、ユナは少しだけこちらを向いた。
悲しげなその瞳で。

「……あいつらなら息はあったから心配するな。女も…無事だ」

 ユナはうなずいて、何も言わずに唇を噛みしめた。
テリーが口を開くより早く

「…ごめ…ん…変な所見せて……」

「………」

「なんか……見た瞬間ワケが分からなくなって、気付いたら自分でも信じられないくらい
酷い事してて……」

 ユナは両手を見つめる。雨で血は流れたハズなのに、まだ赤く染まっているように見えた。

「テリーが来てくれなかったらと思うと、ぞっとする…。もしかしたらホントにオレ……」

 殺してたかもしれない。
そんなユナにテリーはかける言葉が見つからずに立ちすくんだ。

「……テリー……」

 雨がまた一段と強くなってきた。

「………嫌いに……なら…ない……で……」

 降りしきる雨の音に混じって、そんなユナの声が聞こえた。

「バカ!そんな事---------…」

 テリーの声と腕が届く間もなく、ユナはその場から走り去ってしまった。

強姦への壮絶なまでの憎悪心。
それは娼婦として働かせられていたユナの過去がもたらす精神的傷害。

テリーはユナの心に
深い闇を見てしまった気がした。



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