▼焦燥
雑多な人々の間をすり抜け、当てもなくガンディーノの街を彷徨いあるいた。 子供の頃閑散としていたこのレンガ道は舗装されて馬車が通るほどの道になっている。 あまりに変わりすぎてまるで、初めて見る街のようだ。 ふと、道具屋の外壁に貼られていた世界地図に目が行く。 足を止め、自分の歩いた軌跡を目で追った。 グレイス城の南、小さな港からはサンマリーノ、レイドック、アークボルトなどの 大都市行きの船が出ていた。 だが、敢えてガンディーノ行きの船に乗ったその理由は 「・・・・・・」 1年前の幸せな幻像を追いたかったから・・・? こんな場所でそんな事に気付く。 あの頃と同じ軌跡を辿っても、余計に苦しいだけだ。それなのに。 「・・・・・・」 テリーは唇を噛みしめて、再び歩き出した。 足を運んだのは町外れの住宅地。住宅地とは言っても豊かな自然に囲まれた 集落と言ったイメージだった。 楽しげに遊ぶ子供の声、食欲をそそる良い匂いも漂ってくる。 穏やかに時間の流れるこの場所に、目的の家はあった。 「じゅーいち、じゅーに、じゅーさん、じゅーよん・・・」 黄色い屋根の一軒家。柵で囲まれた庭で子供が咲いている花の数を数えている。 その隣には洗濯物を干す優しそうな母親の姿。 年の頃は四十ほどで、長い黒髪が印象的だった。 テリーは遠目からその家を眩しそうに見つめる。 あれが、あいつの過ごした家--------。 驚いた事に、オレの生家と ほど近い。もしかしたら子供の頃会っていたのかもしれない。 あの頃のガンディーノが今と同じほど平和だったら オレが剣を求めて旅をする事も あいつがギンドロに売られる事もなく この街で出会って、普通に恋愛をしていたのかもしれない-------- そんな叶わぬ思いすら過ぎる。 遠くから見るだけにとどめておくつもりだったが、想いが体を突き動かす。 小道を歩いて家に近付くと、洗濯物の良い香りが風に乗って流れてきた。 その香りに顔を上げると 不覚にも母親の方と目が合う。 母親は警戒する事もなく、にっこり笑って挨拶の意味を込めた会釈をする。 テリーも、少し考えて頭を下げた所で 何故か母親の方がテリーを呼び止めた。 「えっ、あなた、もしかして------」 振り向いたアメジストの瞳に母親は確信して手を叩いた。 「テリー君・・・テリーさんじゃないですか?」 「-----------っ!」 知らないはずの名前を呼ばれて、不覚にも戸惑う。 驚くテリーに母親はまたにっこりして続けた。 「ほら、昔良く、お姉さんと一緒に教会に来ていたでしょう?ミレーユちゃん・・・だったわよね? 二人で仲良く教会に来てたから良く覚えてるわ。何度かお話させてもらったんだけど 覚えてるかしら?」 「・・・・・・」 年月を経て容姿はいくらか変わっていたが、その笑顔は変わっていなくて 記憶の中の人物と合致した。 そして母親に隠れるようにしてしがみついていた女の子の事も。 もしかしたらあの子供は-------あいつだったのか---------? まさか本当に出会っていたとは思わなくて、胸が焦がれるように熱くなった。 心配げに母親が見つめているのに気付くと、テリーは覚えているという意味を含め頷いた。 「まぁまぁ、本当に大きくなって・・・懐かしいわ・・・。あっ、良かったら一緒にお茶でもどうです? ユナと二人でヒマしてた所なんですよ」 「---------っ!」 その名に、一瞬ビクリと反応する。 「一緒にお菓子食べようよ!」 ユナと呼ばれた子供は遠慮無くテリーの腕を掴んで揺さぶった。 断るに断れなくなって、仕方無く招待を受けることにした。 家の中は案外広く、気持ちの良い風とちょうど良い日差しが注いでいる。 ゆらゆらと揺れるカーテン、家の周りの木々がさわさわと揺れていた。 本当に平和な風景。 無理矢理イスに座らせられると、テーブルにいい香りのハーブティーが注がれた。 「いい香りでしょう、このお茶」 「・・・・・・・・・ああ・・・」 小さく、テリーは呟いた。知ってるこのお茶の事も。 あいつがレイドックで煎れてくれた時に飲んだ。 あの幸せな日々が鮮明に思い出されて、テリーの胸が音を立てて軋む。 「このお茶・・・ユナが好きだったんですよ・・・」 「・・・・・・」 その名を聞く度に、テリーの思考は一瞬停止する。母親はそんなテリーの様子に 気付かず話を続けた。 「ユナって言っても、この子の事じゃないんです。私たちが以前一緒に暮らしていた 子供の事で・・・。あの、教会でも何度か会ったと思うんですが・・・ふふ、さすがに 覚えて無いかしら・・・?」 何故か寂しそうにそう語った。 やっぱりあの子供があいつだったのか-------。 記憶を引っ張り出して思い返そうとするが、輪郭がハッキリする事は無い。 テリーは何も答えずにハーブティーに口をつけた。 レイドックであいつが煎れてくれたものとは比べものにならないほど芳醇な香りと ほのかに甘い爽やかな飲み口。 あいつが四苦八苦しながら煎れていた姿が思い浮かんだ。 子供の頃の記憶より、今この記憶の方がテリーにとっては大切だった。 「・・・ああ。あいつの事は、良く知ってる」 「・・・良く知ってる?」 何故こんな事を切り出してしまったのか分からない。 いつもなら内なる自分の想いを口にすることはないのに。 子供の頃、ユナと出会っていた事実が胸を熱くさせて しまい込んでいた想いがこぼれ落ちてしまっていた。 「・・・あいつとずっと一緒に居た」 「・・・っ!本当ですか!じゃあ、あの、ユナがこの家を訪れたあの日も-----」 大魔王を倒した後の事を言ってるのだろう。テリーは静かに頷く。 母親は身を乗り出して尋ねた。 「それで・・・っそれでユナは今どこに居るんですか!?元気でやってますか!?」 「・・・・・・・・・」 予想通りの母親の問いかけ。身構えていたとはいえ、その言葉はテリーの胸を鋭く抉った。 一呼吸置いて 「あいつは・・・今はもう・・・ここには居ない-------・・・」 「・・・?どういう、意味です・・・?」 「・・・言葉通りの意味だ・・・もしかしたら、もうここには来ないかもしれない-------」 歯に衣着せたような返答。 母親は、少し考えてその後哀しそうに微笑んだ。 「いや・・・あんたの事が嫌いだからとか、そういう理由じゃないんだ。だから・・・」 「ふふ、分かってますよ。テリーさん」 テリーはバツが悪くなって、ハーブティーを飲み干した。母親も一口飲んで 「有り難うございます。ユナを、ずっと守ってくれていたんですね」 「・・・・・・」 テリーは答えなかった。礼を言われるほどあいつを守れた自信が無かったから。 会話が止まって、なんとなく二人は窓の外に目を向ける。 窓の外には愛犬と遊ぶ小さな”ユナ”の姿。 「・・・聞きたかったんだがな」 視線を窓に向けたまま 珍しくテリーから話題を振る。 「なぜ同じ名前なんだ?」 視線を母親に戻す。しかし母親は小さなユナを見つめたまま 「あの子も、”ユナ”と同じように捨てられていたんです」 お祈りに夢中になっていた夜、教会の前に置き去りにされていた赤子と出会った。 ”ユナ”と同じ雨と風の吹きすさぶ冷たい夜だった。 「王様が変わって、生活が少しは楽になった矢先の出来事でした。 ユナにしてあげられなかったことを、育てられなかった分を・・・あの子に注いであげることにしました。 名前をユナにしたのは・・・やっぱり・・・いくら生活が苦しかったとはいえ・・・ ユナをギンドロに売ってしまった事の・・・罪悪感からでしょうかね・・・」 「・・・・・・罪悪感・・・?」 ふと、テリーの中の黒い部分が目を覚ます。 天空城で泣きながら取り乱していたユナが、1年前暴漢を半殺しにしてしまったユナが 自分の体は汚れているから----- と申し訳なさそうに謝るユナが 脳裏に一気に蘇る。 「あいつがギンドロで体験したことは、罪悪感という言葉で片付けられるほど生やさしいものじゃない!!子供の頃から娼婦として働かせられて・・・何年経った今でも体にも心にも深い傷を負っているんだ!だがあいつは一言もあんたたち夫婦を責めるようなことは言わなかった! あいつは・・・あんたたち夫婦の犠牲になったんだぞ!!」 久しぶりに声を荒げる。こんな事言うつもりなんて無かった。 だが、罪悪感なんて、軽い言葉で全てを終わらせて欲しくない。 あいつの苦しみは こんな言葉で片付けられるほど生やさしいものじゃないんだ。 母親はテリーの怒号にビクリと肩を震わせ、そしてそれから顔をうつむかせた。 後ろで束ねられた長い髪が震えている。 「・・・いつか・・・いつか・・・私たちにも罰が下ると・・・天罰が下ると思っていたんです・・・ 私たちは決して許されない事をしてしまったんですから・・・」 うつむいた瞳から涙がこぼれ落ちているのが分かる。 「・・・でも・・・でもあの子なんて言ったと思います?私たちを責めるどころか ”自分は今幸せだから、ユナちゃんを幸せにしてあげて欲しい”って言ってくれたんです。 まさかそんな事を言ってくれるとは思っていなくて・・・あんな事があっても強く生きてる あの子を見られた事が嬉しくて・・・心が少し軽くなってしまって・・・。 でも、私たちの犯してしまった罪は、決してそう易々と消えるものじゃないんですものね・・・」 手で涙を拭って顔を上げた。シワの寄った顔に、光る涙が溜まっている。 ・・・・・・・・・幸せだった? 「嘘だ・・・幸せだなんて・・・」 オレはあいつに何もしてやれなかった。あいつをひどく傷つけたことだってあった。 「嘘じゃありませんよ。私も・・・ユナは幸せだったんだと思います」 まだ母親の声は鼻声だ。 「女にとっての幸せなんて・・・好きな人と一緒にいることが一番なんですよ。 ユナはテリーさんと一緒にいたから、幸せだったんだと思います」 目が合うと、やっと優しく微笑んでくれる。 あいつと同じような優しい微笑み。 「ありがとうございます。こんな事言うのは少し変だとは思うんですが・・・ テリーさんにユナの事を言っていただけて、叱っていただけて・・・ 薄れかけていた大切なことを、思い出せた気がしました。 それにそこまでユナを想ってくれている事が本当に嬉しいです」 「・・・・・・・・・」 テリーは否定も肯定もせず目線をそらした。 「母さん、母さん!教会行く時間だよーー!早く行こうよぉーーーっ!」 そんな中、母と同じ黒髪を頭のてっぺんで結んだユナが元気いっぱい入ってきた。 重々しかった空気が急に軽くなる。 「ああ、そうね、もうそんな時間ね」 慌てて立ち上がり、娘に感づかれないように目尻を押さえた。 テリーも帰ろうとして立ち上がる。 「テリーさん、私たち今から教会に参拝に行くんですけど・・・良かったら一緒に行きませんか? ・・・心の中にため込んでいる辛いこと、神父さんに告白してみたら、結構すっきりするんですよ?」 小さいユナのテリーを哀願する瞳と、 まだ涙目の母の遣いにやっぱりテリーは断る事が出来なかった。 ・・・見慣れた景色を、見慣れない母子と歩く。 大きな十字架と、オレンジの屋根が見えてきたかと思うと、意外と早くに教会に着いた。 近くで見ると他の建物を圧倒する立派な教会だった。 アーチ状の門を潜ってしばらく歩くと、ステンドグラスに彩られた扉が見えてくる。 「ああ、エレーヌさん、待ってたんですよ」 ・・・エレーヌというのか・・・? 母親は会釈をして神父の所に歩き出す。ユナも後ろからテクテクとついていった。 モダンな教会の造り、並べられた長いイス。 過去、何度も姉と両親に連れられて来てきた。 しかし自分の記憶の教会はこんなに綺麗ではなく、壁はひび割れだらけ、長椅子は埃や傷だらけ。 精霊像も所々欠けているものだったのに王が変わると教会まで変わるものなのか。 ステンドグラスの美しい光に引き寄せられて、三人が話しているところまで来てしまっていた。 ユナが自分の隣に座るように促す。仕方なくテリーもそこへ座った。 「エレーヌさんも熱心ですね。毎日毎日神への懺悔をしていただいて・・・」 エレーヌと神父の会話が聞こえてくる 「いえ、神父様にも毎回迷惑をおかけして申し訳ないと思ってるんですが・・・」 頭を下げて、両手を堅く握りしめて 「迷惑などとんでもないですが・・・」 聖書を広げて右手で胸の前で十字架を描く。 「・・・もう何年になるんでしょうかね・・・もう今年で十年目ですか・・・。 貴方の懺悔もゆうに千を越えてますよ・・・。当時は仕方のなかった事でしょうに・・・。 近隣の親たちも泣く泣く我が子をギンドロに売ったり・・・ 納税を免れるために城に献上したり・・・王様が変わった今、みんな忘れかけているというのに・・・」 「いえ・・・私は・・・あの子が許してくれても・・・私自身で私を許すことは出来ませんから・・・」 「そうですか・・・いやしかし、昔のギンドロは酷いものでしたからね・・・ エレーヌさんが苦しむ気持ちも分かります・・・」 「・・・・・・・・・っ!」 テリーは音を立ててイスから立ち上がった。 先程から何か気になる話をしていると思っていたんだ。 「エレーヌ・・・だったか・・・懺悔って、あいつを忘れた訳じゃなかったんだな・・・なのにオレは・・・」 「いいんですよっテリーさん!私は逆に嬉しかったんですからっ、 ユナの事を自分のことのように思ってくれてる事が」 真ん中に小さいユナを挟んで言い合う。その時、ポンっと神父が手をたたいた。 「あっ!貴方、もしかして・・・あのレグナスさん所の・・・テリー君じゃないかい? 小さい頃、何度かここへ来たことがあったでしょう?銀髪の子なんて珍しかったから 良く覚えてるよ!思った通り、ビックリするぐらい男前になっちゃって」 返してもらった眼鏡をかけ直して、まじまじと見つめる。 答えを返そうか迷った。レグナスという姓は捨てたんだ。 あの日、家を出た日からオレはテリー・レグナスではなくて、姓のないただの剣士に。 迷うテリーを他所に神父は勝手に話を進めた。 「お姉さんの方は良く参拝に来ていたから良く覚えているんですよ。 ・・・お姉さんのことは・・・悔やまれることですが・・・」 「いや・・・姉は・・・・・・ミレーユ姉さんは生きている・・・」 涙を流そうとして眼鏡を外したその手が止まった。 「え・・・?生きている?あの・・・あの王の配下から逃げられたんですか!?」 血相を変え詰め寄る。テリーが頷くと、また眼鏡を外し今度はうれし涙を流した。 「良かった・・・本当に良かった・・・!あの頃は本当に酷い時代でした・・・でしたが あなたたちだけでも無事でなによりです!神に感謝を捧げなければ・・・」 先ほどと同じように聖書を広げて胸の前で十字架を作った。 一連の動作が終わった所でエレーヌが神父に声を掛けた。 「神父様、実はテリーさんはつい最近までユナと一緒に居て下さったんですよ」 「・・・?」 「そう、ユナ、です」 神父が問いかけるより早く、エレーヌは質問の答えを返した。 「なっ、なんて数奇な運命でしょうか!それで・・・それで彼女は今どこに・・・!」 またもテリーに詰め寄る。テリーは視線を外して答えた。 「ここには居ない・・・・・・」 「えっ・・・」 「今はまだ、ここには居ないんだ-------」 教会を囲むように作られた広い庭。手入れが行き届いていて色とりどりの花が もてなしてくれる。 花が好きなのだろうか、小さなユナはまた咲いている花の数を数えては喜んでいた。 その隣にはエレーヌの姿も有る。 そんな二人を遠目で見つめながら、神父は隣にたたずむテリーに尋ねた。 「・・・天に召されたのですね。ユナちゃんは・・・」 テリーは答えなかった。神父は天を見上げて、また胸の前で十字架を作った。 「貴方の苦しみ全てとは言いませんが、私にも分かるつもりです。 愛する者と引き裂かれ、嘆きに身を任せた人々を何十、何百と見てきましたから」 「・・・・・・」 「現実を受け入れるのは辛く苦しい事ですが、受け入れないと前に進めないのも 世の理です。嘆きに身を任せた人々が愛する者の死を受け入れ乗り越えていった姿も 何十、何百と見てきましたから」 そういうと、はかなく笑った。だがテリーは険しい表情のまま一点を見据えている。 「・・・・・・・・・」 二人の間に長い長い沈黙が訪れた。神父は言葉を発する事もなく 沈黙から伝わるテリーの心情を痛いほど感じていた。 「馬鹿な・・・」 聞こえるか聞こえないほどの小さな声で黙っていたテリーが呟いた。 「乗り越える・・・だって・・・?バカバカしい、乗り越えた先に、一体何が待ってるっていうんだ」 「・・・・・・」 神父は反論する事もなく、テリーの嘆きにも似た言葉を受け止める。 「あいつは今も昔もオレの生きていく意味そのものなんだ。あいつが居なきゃ始まらない 生きていく意味すらない---------。あいつの居ない未来なんて何の価値も無い」 神父の方を振り返って堰を切ったように続けた。 「神父なら、懺悔の際に色んな話を色んな旅人から聞くだろう? 死人を生き返らせるドラゴンの血や、願いの叶う女神の泉、そんなおとぎ話のような 噂だって耳に入ってくるはずだ!何か心当たりは無いか?どんな事でも良いから オレに教えてくれ頼む-------・・・!」 強い瞳は決意の証なのか、それとも何かから逃げるための虚勢なのか。 神父には後者の意味に取れて、息をついた。 「これから先ずっと、ユナちゃんの死から目を背けて、そうやって生きていくつもりですか?」 「---------・・・!」 テリーの瞳がだんだんと鋭くなる。鋭利な刃物のような空気が押し寄せる。 神父は物怖じせず諭すような口調で続けた。 「なにも・・・ユナちゃんを忘れろとは言いません。自分の胸の中に住まわせて 自分の中でずっと愛し続けていけばいいんです。体も心もきっと楽になります。 あなたのように体も心もすり減らしていけば、きっといつかあなた自身が壊れます。 断言してもい-------」 「うるさい!!」 鋭い瞳が神父を貫いた。エレーヌとユナはテリーの声に驚いて振り返っている。 テリーはぐっと言葉を飲み込んだ。 「悪い------」 「テリーさん・・・」 鋭い瞳の後に見せる酷く悲しそうな辛い瞳・・・。 神父はため息をついて 「申し訳ありませんが・・・死者を生き返らせるような話は聞いた事が有りません・・・。 それに・・・聞いたとしてどうするんです?危険を冒してたどり着いても、願いの叶う可能性なんて 無い・・・。それが世の理なんです。それとも・・・自ら死ににいくつもりですか?」 テリーは最後の言葉を聞くと 「心配は無用だ。オレは死にに行くつもりなんてない。あいつに会うまでは 死ねないんだ」 そうハッキリ言った。これだけは不安定な心の中で揺らぐことない信念。 「・・・・・・・」 神父はその言葉にも不安を感じていた。 今はまだ良い。1、2年ならそうやって自分を誤魔化して耐えられる。 だがそれ以上の年月が彼に重くのし掛かったなら、孤独と絶望が長く彼を取り巻いたなら きっと、いつか壊れてしまう。 「・・・悪いが、オレはもう行く・・・。エレーヌにそう伝えておいてくれ」 テリーはエレーヌたちにちらりと目を向けて、外衣を羽織りなおした。 「テリーさん・・・もしあなたが道を見失ったら、孤独を抱えきれなくなったら またここへ来て下さい。ここには私も、エレーヌさんも、小さいユナちゃんも居ます」 「・・・ああ・・・」 そう返すと、テリーは二度と振り向かなかった。 「先行く焦燥の剣士-----」 テリーの後ろ姿を見つめながら、神父の胸にこんな言葉が思い出される。 焦燥の剣士は力なきまま竜に挑み、その命全てを喰われた。 教会に良く来ていた年老いた語り部が、良く言っていた言葉だ。 それはひとつの教訓として神父の胸に刻まれ込んでいた。 恐怖は焦りを産む。焦りは死への道を早める。 立ち止まって周りを見れば幸せになれる道はあったのに。 焦燥の剣士はそれすら出来ずに、竜の塞いでいる目の前の道を行くしか無かった。 「どうかあの青年に、精霊ルビス様の慈悲を-------」 そう神父が祈りを捧げた遙か天空---------- 切れた奇跡を紡ぐ糸がようやく繋がりつつあった事は 誰も知らない。
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