▼ED〜 サンマリーノ


「うはぁーーっ、こりゃすげぇ!!予想以上の代物じゃねぇか!!ありがとうよ!!
 ほら、これが報酬だ!予定より額が多いが気にすんな!!」

 サンマリーノ港の少し離れた場所に佇む古い酒場。
名のある冒険者が多く訪れるその酒場は、旅人の間ではちょっとしたサンマリーノの名所と
なっていた。
日が落ちて、ちょうど開店されたその酒場に豪快な男の笑い声が響き渡った。
一つのテーブルに、豪快に笑った巨漢の男と、一際客の目を引く美しい青年が
向かい合って座っている。

テーブルには二つのものが並んでいた。
一つは革袋に収まりきれないほど大きな一角獣の角
もう一つは音からしてゴールドだ。

テーブルに酒を運んできたバニーガールがつまらなそうに口を挟む。

「ちょっとダイモンさんっ!人使いならぬ、”テリー使い”が荒いんじゃないの?
危険な仕事ばっかり彼に頼まないでよ」

「んな事オレに言ったってしるかよ。こいつが勝手に仕事を引き受けてくれるんだ。
それに、オレはちゃんと金を出してるんだぜえ。忠告するなら、こっちにするんだな」

 話題に上った銀髪の美青年は差し出された酒を一気に飲み干した。そして

「ビビアン、口を挟むな」

「だとよ」

 ダイモンと呼ばれた男は、ニヤニヤしながら一角獣の角を品定めしている。

「だっだけど〜・・・」

 ゴールドを数えるテリーと、ついにルーペまで取り出して鑑定に入るダイモン。
これ以上何も言えなくなってしまって、ビビアンはカウンターへと引っ込んだ。

「テリー・・・」

 カウンター越しからテリーを見つめる。
この所、毎晩テリーは酒場に立ち寄っていた。
彼にしては珍しく見慣れない冒険者を見掛けると声を掛けて、積極的に情報を集めている
ようだった。そしてたまに思いだしたかのように他の冒険者が敬遠するような
”危険な仕事”をこなしてくるのだ。

一体、彼に何があったと言うのだろう。
そして、連れ添っていたユナの姿はどこに行ってしまったんだろう。
ハァ・・・
思わずため息が零れた。

「こらこら、ダメじゃないか仕事中に」

 料理の材料を抱えたマスターが、口を緩ませて忠告する。

「あっごめんマスター・・・だって・・・!」

 ビビアンの視線の先を追って、ああ、と納得して

「もう2年ぐらいになるのかな・・・あの日、彼とユナちゃんがここを訪れて------」

 材料の入った袋をカウンターに置くと、マスターもテリーを見つめた。

「そう・・・そんなになるんだ・・・」

 二人は2年前仲むつまじくここを訪れた二人の姿を思いだしていた。
それと同時に、半年前、一人でここを訪れたテリーの姿も。
その時のテリーはユナの事を聞いても「今はここには居ない」と言うだけで
何も答えてくれなかった。
寂しげなテリーの瞳は、時が経つ程氷のように冷たく近寄りがたい物になっていく。

「・・・何があったのよ--------・・・」

 決して開くことのないテリーの心を思い、ビビアンは再びため息をついてしまった。




「・・・・・・3000ゴールドか・・・」

 宿に戻ったテリーは先ほどの報酬をテーブルに投げ出して。
ベッドに座った。古いベッドはギシッと今にも壊れそうな音を立てる。

「危険だと言われたわりには、楽な仕事だったな」

 だが-----テリーは頭を抱えてうつむいた。

欲しかったのは”金”ではなく”情報”だった。
あのダイモンという男は上機嫌になればなるほど、貴重な情報を漏らす。
だが今回は上等な品を獲ってきてやったというにも関わらず、有益な情報は
得られなかった。
そうだ、何の情報も得られなくなってもう2ヶ月になる。
希望の得られない2ヶ月はテリーにとって耐え難く長い時間に思えて。

「くそっ・・・!!」

 胸が空くんで体が冷える。レイドックを出てもう2年だ。
もう2年?まだ2年?
オレはあと何年生きられる?二十年か?三十年か?
その間に情報を得て奇跡を起こせるのか?その間たった独りで当てもなく世界中を彷徨うのか?

世界中を・・・・・・。
視線の先に、放り出された世界地図が覗く。2年前レイドックで買った羊皮紙製のそれを
手に取った。
そこにはいくつもの×印。テリーがこの2年間で探索した場所全て--------。
その地図をぎゅっと握りしめた。

オレはこんな事の為に地図を買ったんじゃない・・・。
オレはこんな事の為に地図を使いたかったんじゃ無い--------。

一瞬、遠い記憶のあいつが、世界中を旅する事を楽しみにしていたあいつが蘇った。

「・・・・・・っ」

 とたんに体が芯から冷えだした。

「・・・・・・たい・・・・・・」

 ずっと我慢していた自分の本音。

「会いたい・・・・・・!」

 心の底から絞り出した声は悲しくテリーの耳に響いた。

「すっごいじゃないテリー!今回の報酬、いくらだったの!?」

 部屋のドアを開く音と甲高い声がテリーを現実に引き戻した。
亜麻色の髪をした女。
流れる豊かな長髪は姉の事を思い出させる。
肌は健康そうに焼けていて、鼻筋はすらりと通った、切れ長の目をした美人だ。

「3000G!?すっごーいっ!」

 散らばったゴールドを数えてそう叫ぶ。

「ミリア・・・何の用だ?」

 女は無愛想なテリーの対応にもめげず隣に腰掛けた。

「別に用って程の事じゃないのよ。
テリーに会いたかっただけ、私も時間あったし、テリーも一人でヒマしてるだろーなぁって思って・・・」

「オレはお前と違って暇じゃない」

「も〜相変わらずつれないんだから・・・ってこれ、世界地図ね。うわあ、やっぱり
色んな所旅してる-----------」

「それに触るな!!」

 突然、テリーが声を荒げたのでミリアは驚いた。

「・・・悪い」

 そう言って地図を丸めて鞄に入れる。
そのまま出て行こうとするテリーの腕をを引き留めた。
マニキュアで美しく色づいた爪をテリーの顔に立て無理矢理こっちを向かせる。
そして、女の方からキスをした。

「・・・・・・・・・・」

 長いキスだった。男は何の反応もない。
女が唇を離したところで、再び男は顔をそむけた。

「どうして、いつもそうなの?」

 手を戻して寂しげに呟く。

「私はテリーの事が好きなのに、どうして何も言ってくれないの?何もしてくれないの?」

「・・・・・・・・・オレは・・・」

「分かってるわ。私だって分かってる!テリーには愛してる人がいるって事!!
ユナっていう人の事、忘れられないって事!!」

 今まで無反応だったテリーが、ユナという言葉に、今までにない反応を示した。
先程のロマンティックなキスよりもその二文字の方が、
彼にとってはずっとずっと重いものだと知ると、悔しさと情けなさが心にこみ上げてきた。

「どうして、そんなに愛せるの?もう彼女はここにはいないんでしょ?もう会えないんでしょ?
それならどうして、過去に生きて昔の女を見てるの?どうして今を見て、今に生きようとしないの?」

 テリーはそれでもなにも答えない。顔を背けて表情はうかがい知れなかった。
ミリアは自分が酷く惨めに見えて、何も言わず部屋を飛び出した。





「サンマリーノ・・・」

 聳えるように大きな商船や客船を目の当たりにして、思わず呟いた。

「コラどけ!邪魔だ邪魔だ!!」

「おわっ!!」

 その客船に乗せるのだろうか、荷車を引いた男たちがすごい勢いで
すり抜けていった。慌てて人気のないドッグへ駆けて海を見る。

「サンマリーノ・・・」

 再びユナは呟いた。

レイドック港で海を見ている時に、銀髪の剣士がサンマリーノ行きの
船に乗ったという町娘の噂話が耳に入ってしまって。
たまらず船に飛び乗ってしまったのだ。
結局その銀髪の剣士は人違いで、仕方無くそのまま船に揺られて
たどり着いたのは当たり前だがサンマリーノ。

みんなに何も言わずに来てしまった・・・。
だがレイドック行きの船は今日はもう終わりらしい。
空を見るともう日が欠けてきている。
明日までどうしよう・・・。

ユナは少し考えて、知り合いの店を尋ねる事にした。




 サンマリーノ、世界最大の港町。
異国の人々や品物が所狭しと賑わい、色々な船が出入りする。
この町で成功を収めた者は、世界有数の金持ちになると言う 夢見る大都会である。

魔王が滅んで平和な世界が訪れて早三年。
貿易もより盛んになり、サンマリーノ港は世界の窓となっていった。

そんな街を自分の庭のようにミリアは歩いていた。
知り合いの女性が勤めている酒場に向かって。
ユナという人の事も、実はその女性から教えて貰ったのだ。
声をかける男性を振り払いながら早足で歩く。

『サンジュエル』という看板が見えた所でもっと早足になったが
その店の扉の前で、一人の華奢な少女とぶつかってしまった。

「あっ、ご、ごめんなさい!いや、こんなに人が多いとは・・・」

 謝ろうとしたが先に謝られてしまった。
手を差し伸べられる。

「どこも怪我してないですか?歩けますか?」

「あーっ、気にしないで。全然ヘーキ」

 ミリアは差し伸べられた手を掴んで、立ち上がった瞬間ドキっとした。
イエローブラウンの瞳が宝石のように輝いている。
綺麗な目-------。
懐かしいような、心地良いような不思議な雰囲気を身に纏った少女だった。

先ほどの事で憤っていた心が少しだけだが落ち着いたように感じて
ミリアは微笑みを返した。

「貴方もこの酒場に用があるの?夜にはまだ時間があるわよ?」

「あ知り合いがここに勤めてると思うんで・・・訪ねてみようかと思って・・・」

 少女というには少し大人びた微笑み。

「へえ、知り合い・・・?」

 もしかしたらビビアンの事かしら?
口には出さずミリアは少女の代わりに扉を開けてあげた。
カランカラン。
懐かしい音。中には人の姿はなかった。

「ああ、そう言えば扉に準備中って看板掛かってあったな・・・」

 しかしミリアは構わずカウンターに腰掛け、少女を横に座らせた。

「あ、いーのよ。別に気にしないで。私、ここで働いてる踊り子なの。結構長いから」

 グラスを取り出して、中に飲み物を注ぎ込んだ。
二つのコップをカウンターに並べる。戸惑っている少女に再び笑った。

「遠慮しないで、喉渇いてるでしょ?・・・言ったでしょ?私、この店長いんだって」

「あっありがとうございます」

 じゃあ、遠慮無く・・・。と少女は新鮮なフルーツで出来たミックスジュースを
頂く事にした。
隣に腰掛けたミリアはその様子をうかがいながら少女の風貌を見つめた。
戦士が着ているような動きやすそうなインナーに青いマント。長旅をしてきたような
丈夫そうなブーツにショルダーバッグ。

「あなた冒険者?サンマリーノへは旅の途中で寄ったの?」

 よほどおいしかったのか、少女はジュースを一気に飲み干した後 答えた。

「いや、実は・・・知り合いを追ってここまで来たんですけど人違いだったみたいで
明日の朝レイドック行きの船で帰ろうかと思ってるんです」

「あらら、ふふ、意外と抜けてるのね?」

 そう言って笑う姿は毒気が無いせいか不快にはならず逆に交換が持てた。

「レイドックからこんな所まで来ちゃうなんてよっぽど会わなきゃいけない
知り合いだったの?まさか------恋人とか?」

 軽い気持ちで口にしたにも関わらず、少女は赤面して返答に困っていた。

「あらら、ずいぶん分かりやすいのね、貴方って」

 再び毒気無く笑う。ミリアは自分の分のグラスに手を付けて

「でも、そんなんじゃ、ここサンマリーノじゃすぐ騙されちゃうわよ。素直なのは素敵な
事だけど気を付けないと・・・。なんて、ふふっ、お姉さんからの忠告」

 そう言ってグラスを傾ける右手の薬指に綺麗なシルエットのシルバーリングが光っていた。
まじまじとそれを見つめている少女に気付いく。ミリアはグラスを置いて

「ああ、これ?今流行ってるアクセサリーなんだけど・・・」

 ミリアは自分でも右手のシルバーリングを見つめた。
これは今サンマリーノで流行っている一種の願掛けだった。このリングを右手の
薬指にはめれば、想い人が振り向いてくれるとか。
デザインが気に入って購入したのだが、心の何処かでもその願掛けを信じているのかも
しれない。オシャレ好きなミリアだったがここ一ヶ月ずっとこのリングをはめている。

「これね・・・恋人からの送り物なんだ・・・」

 叶わない自分の恋を、今だけでも成就させたくてミリアはうっかり嘘を付いてしまった。

「へえ、恋人!うわあ〜いいなあ〜〜素敵ですね!」

 少女は羨ましそうに笑ってリングを覗き込む。

「お姉さんの恋人なら、すんごい素敵な人なんでしょうね」

 心から思った事なのだろう、素直に少女はそう言ってくれて
嘘を付いた罪悪感が薄れていく。

「ふふっまあね」

 少女の雰囲気のせいなのだろうか、自分で言っても悲しくならない。
出来る事ならこの空想の世界にずっと浸っていたい-------- そんな事すら思えて
しまうほどに。
ミリアはまた、指輪を見つめた。
好きな人が振り向いてくれる。
本当にそんな力があるのなら、私はどんな事だってやるのに。
テリーを振り向かせられるなら-----------

だがそんな作り物の幸せも長くは続かなかった。

「やだも〜っ、雨降って来ちゃったあ〜〜!」

 扉を開ける音とともに、雨音と甲高い女性の声が響いた。
紙袋を両手に抱えて慌てて中に入ってくる。
後ろからは中年の人の良さそうな男がもっと大きな荷物を抱えて。
どうやら急に雨が降ってきたらしい。
買い物帰りの二人は慌てて自分たちの店へと戻ってきたのだ。
中にいる人影に気付くと

「ミリアじゃない。どうしたの?こんなに早く来るなんて珍しいわね。いつもなら-----」

 いつも店に踊り子として働きに来るミリアの隣に見覚えのある少女。
あまりの衝撃に両手に抱えていた紙袋ごと落としてしまう。
中に入っていた食糧が床に散らばった。

「ちょっ!どうしたのよビビアン!」

 ミリアが駆け寄るが、ビビアンは中の物を拾おうともせずに一点を見つめて立ち尽くす。
マスターも荷物こそ無事なものの、同じように一点を見て固まっていた。

「えっ、どっどうしたんだよビビアンにマスターも・・・。そんなに驚かなくても・・・」

「ユナアアアアっ!!」

 ミリアは、今まさに、耳を疑った。
ビビアンはそう呼ばれた少女に駆け寄って抱きしめる。だがミリアは振り向けなかった。

「ユナちゃん、良かったよ会えて!」

 マスターも荷物を下ろし駆け寄る。その言葉にますます確信が強まる。

「ビビアン、マスター久しぶり・・・ってほどの事でも無いか?こないだ来たばっかりだもんな」

「バッ!何言ってるのよあんた!!」

 平然としている少女の肩を揺さぶって

「テリーは!テリーと一緒じゃないの!!何やってるのよアンタたち!!せっかく
両思いになれたのに!!私今からテリー呼んでくるわ!多分この時間なら宿に居ると
思うからっ!」

「・・・!テリーが!やっぱりテリーサンマリーノに来てるのか!?」

「もうずっと前から来てるわよ!!とにかくここ動かないでよ!!マスターごめん!
あとお願い!!」

「あ、ああ、もうすぐ開店だから、すぐに帰ってくるんだよ!」

 ビビアンは返答もそこそこにちらばった食材も拾う余裕もなく出て行った。

「ユナちゃん、そういうわけでゆっくりしていきなよ」

「あっはっはい!」

 マスターはそういうと手を振って、紙袋と散らばった食材を拾って厨房へと引っ込んでいった。

嵐が過ぎ去ったかのように、また店内は静かになった。

「お姉さん?どうかしましたか?」

 完全に、打ちのめされたミリアは動けなかった。
心配して駆け寄ってくる、このユナという少女を振り払って出て行きたい。
まさかこの少女の前で、幸せな嘘をついてしまったなんて。
ミリアの心は立ち上がれないどころか黒く染まっていくようだった。

「・・・ごめん・・・大丈夫・・・ちょっと驚いちゃって・・・」

 ミリアは、そういうと振り返った。

「貴方が、テリーの昔の恋人だったとは思わなくって・・・」

「え・・・?」

 全てが黒く染まった心は、もう一度ミリアに嘘を付かせた。



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