▼ED〜 サンマリーノ...
は・・・う・・・くっ・・・ 苦しい息が出来ない・・・・・・。 テリーはふらつく足取りで、黒い夜の砂漠を歩いていた。 歩けど歩けど何も見えてこない。 それどころか喉が渇いて、息が出来なくて、苦しくてたまらない。 水を求めて進もうとするが、そんなテリーとは裏腹に足が全く進まない。 どこへいく------。どこにある--------。 本当にこの先に水が有るのか--------安息の地はあるのか------ もしかしたらこの先には何もないんじゃないか。 この渇いた砂漠は永遠に終わらないんじゃないか-------- もう一生渇きを潤す物は手に入らないんじゃないか--------- もう二度と。 叫びたいが声も出ない。泣きたいが涙も出ない。 風の唸るような音だけがテリーの耳に響いていた。 「-----------」 夢の中で聞こえていたと思った風鳴りは窓の外。 風が強くなって、部屋の窓を叩いている音だった。 「夢・・・・・・」 呟いてテリーは起き上がった。最近こんな夢ばかりを見る。 場所は違えど、独りで広大な場所を迷走して絶望にくれる夢。 「夢か・・・」 それは夢というより現実--------。 テリーは息を吐くと、自分を落ち着かせてコートを羽織った。 外は雨が降ってきていた。 「やだっ!もうテリー居ない!!ごっっめんユナ!!もーどこ行っちゃったのかしら! いつもは絶対宿で寝てるのに--------」 あれから数刻。再び愚痴と共に店内に入ってきたビビアンは、視線の先に 謝るはずの人物が居ない事に気付いた。 「あれ?ユナは?」 カウンターに座っていた亜麻色の髪の女に尋ねる。 女----ミリアはこちらも向かずに言った。 「ああ、帰ったわよ」 「えっ!なんで!」 「さあ・・・」 ミリアは何も言わず、開店前だというのに酒をあおっていた。 ビビアンは怪訝な顔で近付くと 「もしかして・・・ユナに何か言った?」 ミリアの気持ちを知っているビビアンはそう思わずにいられない。 顔を覗き込もうとすると 「だったら・・・どうなの・・・?」 静かにグラスを置いて、静かに呟いた。印象的だった右手のシルバーリングはもう、無い。 「だって!こうするしかないでしょ!だって、私は、テリーが好きなんだもの・・・! 昔からそうだった、恋人は作る物じゃなく奪う物、奪われる物!ここサンマリーノの大都会は 昔からそうだった!恋人は奪う物なの!自分から動かないと恋なんて成就しない! 欲しい物なんて手に入らないのよ!」 「-----ミリア・・・!」 旧友の頬を引っぱたこうと強引に顔を向かせた所で、ミリアの目が真っ赤に腫れている 事に気付いた。ビビアンは、はっとして振り上げた手を下ろす。 ミリアはついにカウンターに突っ伏した。 「・・・ミリア・・・あんたも知ってるんでしょ?テリーがどれだけ苦しんでるか どれだけ寂しい思いをしているか。最近変に危険な仕事を請け負ってるのも テリーが好きなら分かってるんでしょ?」 ミリアは泣き伏せたまま答えなかった。ビビアンはぐっと息を飲み込んで 言おうかどうかずっと迷っていた事を口にした。 「テリーの孤独を癒せるのはあんたじゃない-------」 空気が冷たく震えた。 カランカラン。 そんなとき、タイミングが良いのか悪いのか扉を開く音。 ビビアンは慌てて客を迎え入れ、ミリアも頬を吹き上げ立ち上がって店の奥に引っ込もうとする。 「悪いな」 その声に、二人が止まった。 入ってきた客は重い空気を感じ取って 「取り込み中か?」 浅黄色の外套を着込んだその客は、二人のいつもと違う表情を見て眉をひそめる。 「あっ、うん、いやっ、だっ大丈夫よ!もうすぐ開店だし、中で待っててよ!」 平静を装うビビアンとは裏腹に、ミリアは入ってきた客-----テリーと目が合うと 何も言わずに店の奥へ駆け込んでしまった。 「・・・・・・」 テリーは先ほどのミリアとのやり取りを思い出すが 実際は彼の遠くあずかり知らぬ事。 ビビアンはそんなテリーを背に深いため息をついた。 ユナの事は、自分の口から伝えるべき事じゃ無い気がする。 ミリアの口から、テリーに伝えなければいけない事なのかもしれない。 そう思い口をつぐむと店の窓を開けた。 雨足は強まっていくばかりだ-------- カランカラン。 ひっきりなしに店の扉が開く。 雨の日は人の出入りが多い、まだ日も落ちて間もないというのに常連客はもう ほとんどのテーブルを独占していた。そんな中にテリーの姿もある。 ビビアンは客の対応に追われながらテリーを気にしていた。 別のテーブル客に料理と酒を差し出すと再びテリーを見る。 「・・・・・・っ!」 そこには昨日と同じダイモンという男がテリーと何か言葉を交わしていた。 ビビアンは注文取りもそこそこにダイモンに詰め寄る。 「ちょおっとダイモンさん!またテリーに危険な仕事頼むつもり!?」 図星なのだろうか、チっとダイモンは舌打ちして 「だからオレは、ちゃんと依頼料払ってるっていってるだろ!契約違反してるつもりはない それともなにか?この酒場はオレの持ってくる依頼にケチつけようってのか!?」 立ち上がって強気に出るダイモン。その大きさにビビアンがたじろぐ。 「べっ別にそんなつもりじゃないけど・・・」 「そんなつもりないなら、もうこれ以上仕事に口挟むんじゃねえよ」 再びイスに座って大ジョッキを喉に流し込んだ。 プハァっと旨そうに全て飲み干したところで 「じゃあ兄ちゃん、この話考えといてくれよ」 肩をぽんぽんと叩くと、自分が飲んだ代金以上のゴールドを置いて立ち去っていった。 「・・・・・・」 接客を他のバニーに任せ、ビビアンはテリーを見つめた。 「・・・どういうつもりなのよ・・・。危険な仕事ばっかり引き受けて・・・。命が惜しくないの?」 「別に・・・」 いつも通りの聞き飽きた答え。いつもはこれ以上追求しなかったが ビビアンは珍しく食い下がった。 「別に じゃないでしょ!一角獣の角とか、ドラゴンの鱗とか溶岩洞窟の鉱石とか 全部一歩間違えれば命を落としかねない仕事じゃない!いくら依頼料が良くたって 死んじゃったら何にもならないのよ!?」 「そんなヘマはしないさ」 心配をよそに平然とそう言ってのける。 ビビアンは耐えかねて、久々にあの名前を口にした。 「・・・・・・ユナの為なの・・・?」 「---------!」 アメジストの瞳が一瞬大きく見開く。表情を悟られないようテリーは顔を背けた。 「今はここには居ないって言ってたけど・・・もしかしてもう一度ユナに会う為に 危険な以来をこなして、お金貯めてるの?」 「・・・・・・・・・さぁな・・・」 「はぐらかさないでちゃんと答えてよ!どうしてユナと離れちゃったの? どうして今一人で居るのよ」 「・・・・・・・・・」 「ねえ、ユナの事嫌いになっちゃったわけじゃないんでしょ!? まだ・・・ユナの事愛してるんでしょ?会いたいんでしょ?テリ・・・」 「だったら何だって言うんだ!!!」 凄まじいテリーの声に、店内は一瞬にして静まりかえった。 驚いた顔で皆はこっちを見る・・・が、一時して何事も無かったかのようにまた騒ぎ出した。 「テリー・・・」 ビビアンは先ほどここを訪れたユナの事を思いだしていた。 ミリアの言葉を待たずに、テリーに伝えた方が良いのではないだろうか------ そう思い口を開いた瞬間。 店に流れていた音楽が突然途切れ、その後に優雅な音楽が流れ出した。 客の視線が一気にステージに注がれると、静かにその幕が開いた。 「ヒューッ!待ってましたよ!ミリアちゃーんっ!!」 ステージに現れたのは 透けたシルクを身に纏い、美しい踊り子の衣装を着たミリア。 ミリアは毎月偶数の日に踊る人気の踊り子だった。 彼女が働き出してからと言うもの、彼女目当てのお客さんが大勢詰めかけるように なった。店の売り上げが上がった事も有り難かったがビビアンもマスターも彼女の 踊りが好きだった。時には可憐に、時には情熱的に。 いくつもの顔を持つ彼女の踊りは何度見ても飽きる事は無く、そしてどの踊りも心を震わせる。 シャラン。 衣装に付いている鈴の音が響く。 ミリアは客の視線を一身に受け、しなやかに踊り出した。 「オイ・・・・・・」 「何だよ、今良いところなんだ・・・」 ミリアに釘付けになっていた客の一人が呟いた。 「今日の躍り・・・・・・いつもと違わないか?」 「え?」 ミリアから目を離さず尋ねた。 「オレもそう思うぜ。何か・・・・・・いつもより気合いが入ってると言うか・・・・・・ 激しい躍りなんだけど・・・・・・その内には違った弱さを秘めてるっつーか・・・」 違う客も話に参加した。 激しく熱い躍りなのだが、何処か弱くそしてもの悲しい。 「そうそう、なんだか切ない躍りだよな・・・あ、何かオレ泣けてきちゃったよ・・・」 ミリアは躍り続けていた。 自分の想いの全てを、躍りで表現するように。 「何か・・・いつものミリアの躍りと違うわね・・・」 「ああ・・・気合いが入ってるな」 ミリアのその躍りに、気まずくなっていた二人の口から自然に声が漏れる。 「ミリア・・・」 彼女の胸中を察してビビアンは胸が切なくなった。やっぱり、アタシが言う事じゃ無い。 ユナの事は、ミリアの口からテリーに言うべきだ。 そして、ミリアは彼の想いを受け止めるべきだ。そうしないと、きっと先には進めない------- ビビアンはテリーのグラスをシルバートレイに乗せると、再びカウンターへ戻っていった。 「・・・・・・・・・」 テリーは、クライマックスに差し掛かった踊りを見つめながら頭では別の事を考えていた。 なぜか今日に掛かって突っかかってきたビビアンとのやり取りだ。 『ユナに会いたいんでしょ?』 「・・・・・・決まってる-------」 誰に返すでも無く、テリーは答えた。 会いたいに決まってる、触れたいに決まってる-------- 「決まってるじゃないか・・・」 舞台の照明が落ちて、店内が暗転する。客のアンコールをバニーガールが鎮めると 店内にいつもの明かりが灯り、再びいつもの雰囲気に戻った。 額を抑えて顔をうつむかせていたテリーは気配に気付いて顔をあげる。 着替えを済ませたミリアが目の前に立っていた。 まだ顔は上気していて、露出した肌には汗が滲んでいる。 ミリアは呼吸を落ち着けるとテリーの目の前に座った。 「・・・・・・今日の踊りは気合いが入ってたな?」 珍しくテリーから話をする。だがミリアは、まあね。と素っ気ない返事をするだけだった。 「・・・・・・」 いつもはわいわい話しかけるミリアが今日に限って無言だった。ミリアはテリーの目の前に 座ってうつむいた。 その先には、薬指にはめられたシルバーリング。 ミリアの気持ちを象徴するようににぶく光っている。それを見つめながらミリアは思いだしていた。 テリーが、ダイモンという男から、危険な噂の情報を聞き出している事も。 それは、死者を生き返らせるグレイトドラゴンの血であったり、願いを叶えるというフェニックスの 住処だったり。その情報を得るために、危険な仕事をこなしている事も。 ×印の付けられた世界地図も、ユナという名前に過剰に反応する事も。 ミリアは全てを分かっていた。でも、諦められなくて今日まで来てしまった事も。 ミリアは持っていたシルバーリングをテーブルに置いた。 「信じる子とか居るのね」 「・・・・・・?」 掴めない話にテリーは眉をひそめる。 「元・恋人って言っただけで泣きそうな顔になっちゃってさ・・・自分で、よくもあんなに ぽんぽん嘘が出てきたもんだって感心してる」 「?何のことだ一体」 ますます彼女の話が掴めない。 「今思うと・・・悪い事しちゃったなぁって思ってる・・・・・・。恋は奪うものだと思ってたけど・・・ ずっとそう思ってたけど・・・やっぱり・・・違うみたい・・・。こんな事しても、きっとあなたは 振り向いてくれない------だから・・・」 「・・・・・・」 なぜか、テリーの心臓が早く打ち出す。心の中の何かが予感を感じていた。 「だからテリー、迎えに行ってあげてくれない? ・・・ユナを・・・・・・」 「------------っ!」 瞬間、稲妻のような衝撃が体を突き抜け反射的に立ち上がった。 足の先から震えが来る。高揚する体を押さえつけて、テリーは息を飲んだ。 落ち着いて考えろ。あいつは・・・ 「バ・・・バカな・・・お前いったい何を・・・」 「本当よテリー」 聞こえた声に、勢いよく振り向く。テリーのただならぬ様子に驚いたのは ビビアンの方だった。いつもは冷静なテリーが見る影もない。 「開店前、ユナがここへ来たのよ。久しぶりっていって笑って、相変わらずのあの子だったわ」 「・・・・・・・・・」 あいつの笑顔が、声、が一気に蘇ってきて喉の奥が熱くなる。 まさかそんなはず無い。そんなはずが無いのに。 頭の中とは裏腹に胸の動悸が止まらない。 「テ・・・リー・・・だから・・・早く迎えに、行ってあげて・・・まだ、近くに居るかもしれな・・・い・・・から だから・・・」 なんとか絞り出すミリアの言葉。今にも泣き出しそうなミリアと神妙な面持ちのビビアンは 自分をだまそうとしているわけでも、嘘をついているわけでも無い。 テリーの渇いた唇からずっと言えなかった言葉が漏れた。 「・・・・・・ユナ・・・!」 その言葉が全身を駆ける。 テリーは倒れたイスやテーブルもお構いなしに酒場から飛び出した。 外は、土砂降りの雨だった。
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