▼ED〜 レイドック


 白い光が飛ぶ。
それは青い空を横切って白い雲を突き抜けて、飛んだ。
その光は弓なりのように下降した刹那、再び加速して大陸を統治するレイドック城の
美しい中庭へ突っ込んだ。

「何の音だ!」

 何かが激しくぶつかる音と、鳥たちが一斉に飛び立つ音に驚いて
巡回中だった兵士たちが飛び込んでくる。
兵士たちの目に飛び込んできたのは、若い男女が頭を抱えてうずくまっている姿。

「賊だ!逃がすな囲め!」

「ちょっ・・・まっ・・・いてて・・・」

 数人の兵士から囲まれ、鋭い槍を突きつけられる。
生い茂った木々に突っ込んだのが幸いしたのか、目立つ怪我は無い。
ただ、着地するときに打ったおでこがたまらなく痛かった。
テリーもどこかにぶつけたのか、頭をさすりながら顔をしかめる。

「まずい展開だな・・・。いい加減、少しは上達してるかと思ったが・・・」

「ごめん・・・」

 その後の展開が読めて、二人は立ち上がって剣を地面に放った。
二人に抵抗の意志がない事を知ると、兵士は槍を収め二人の手に縄を掛ける。

2年前、サンマリーノで衛兵に連行された事を思い出して
テリーはユナの顔を見つめると 大げさにため息をはいて見せた。




 2年前に見知った回廊。この回廊を抜けた東の塔の一階に兵士の詰め所が有る。
そこにきっと兵士長が居るんだろう。
トム兵士長にこんな姿を見られるのは2度目、なんだか妙な恥ずかしさがこみ上げてくる。
兵士から挟まれ回廊を歩く二人を、聞き慣れた声が止めた。

「----------っ!!テリー・・・!!・・・それに・・・まさか・・・っ!」

 兵士が瞬時に動きを止め、素早い動きで敬礼をする。
声を聞いただけで分かったのだが、兵士の態度で確信が持てた。
ユナは兵士の間から顔を覗かせ

「ウィル!久しぶり!ごめんな!こないだは急に居なくなっちゃって・・・」

「・・・っっ!!!ユナ!ホントに・・・ホントにお前なのか!!?」

 ウィルはユナから視線を離さず駆け寄った。
”まさか王子の知り合いだったのか!”
と兵士たちはぎょっとして、叱咤を免れるため慌てて二人の縄を解いた。

「ユナ・・・信じられない・・・まさかホントに・・・」

「ああ、正真正銘、本物だ」

 離れなかった視線がようやく外れた。振り向いた先の見知った剣士は少しだけ唇を緩ませてくれる。

「テリー・・・まさかまたダークドレアムに・・・?」

 テリーは少し考えて首を振る。

「オレにも、分からない・・・なぜこいつがここに居るのか・・・そしてなぜ、突然消えた・・・のか・・・」

「・・・・・・」

 テリーもウィルも、ユナが消えたあの日を思いだしていた。
心の何処かで、もう二度と会えない事を感じ、涙した日の事を。
そしてそれから、テリーもウィルたちも世界中を探し回った事も。

「そうだ・・・時間が無いんだ・・・」

 テリーは独り言のように呟くと、ウィルを正面から見据え

「お前に、頼みが有る・・・」

 珍しく、ほんの少しだけ頭を下げた。





 高い天窓からステンドグラス柔らかい光が差し込んでいる。読書をするには最適な明るさだ。
レイドック城北の離れにある図書館に来た二人は、入った途端
その膨大な書物の数に圧倒されていた。
広い部屋の端から端までビッチリと背の高い本棚が詰まってる。
見上げれば 2階もあって、同じように所狭しと書物が並んでいた。

「テリー・・・この中から・・・」

「・・・ああ、時間が無い」

 さっさと歩き出すテリーにユナは慌てて付いていった。
テリーは目で並んでいた本のタイトルを追いながら
ふと、立ち止まっては本棚から本を取り出す。
そしてまた同じ事を繰り返し、ついに10冊はあろうかという本の束を抱えて
ようやくテーブルについた。
そして無言で本を開いてページをめくる。
ユナも、テリーが持ってきた本を開いてページをめくるが・・・
内容が難しすぎて、全く意味が分からない。ユナには分からない文字も沢山書かれていて
とうてい読めそうになかった。

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・読めないだろ・・・」

「・・・・・・うっ・・・」

 うん。と言うのはさすがに恥ずかしいので、何も言わずうつむく。
教養を受けてないのだから読めないのは当然なのだが、その事実もユナをうつむかせた。

「・・・あいつが帰ってくるのを城で待ってた方が良いんじゃないのか?」

 あいつ------ とは、ちょうど城を開けて出かけているバーバラの事だ。
夜には帰ってくるから、と言う話なのだが。

「うん・・・でも・・・・・・」

 ユナは諦めてパタンと本を閉じる。そして視線をようやく上げた

「オレの問題でも有るし・・・テリーの力にもなりたいし・・・それに・・・・・・」

「・・・・・・」

 ユナの視線に言いたい事を察する。なかなか言葉が出てこないユナのより先に

「オレもだ・・・。少しでもお前と一緒に居たい」

「--------っ!」

「・・・もうあんな想いはまっぴらゴメンだからな・・・」

「・・・うん・・・」

 見つめるテリーに、胸が軋んだ。
もう側から離れたくない、会えなくなるなんて嫌だ。
だけど、オレはもしかしたらまた消えてしまうかもしれない。
そして今度はもう二度と----------

「・・・・・・・・・っ」

 二人は同じ想いと胸の苦しみを共有していた。

「テリー・・・オレ、なんか他の事で役に立つこと無いか?なにか・・・なんでもいいんだ」

「・・・・・・」

 テリーは立ち上がって、本棚を見回した。

「悪魔」

「え?」

「悪魔、契約、グレイス城、ルビス伝説後期、この言葉が入った書物を全部ここにもってこい。
お前でも、これぐらいは出来るし、読めるだろ?」

 ユナは指を数えて確認した。
うん!と大きく頷くと、マントを翻して本棚の波へと消えていった。

「・・・・・・」

 テリーは再び腰を下ろした。
・・・早く、なにか情報を掴まなければ、ダークドレアム。その本当の姿を。




「・・・・・・」

 魔法書や医学書の割合が多いせいなのか、悪魔や契約などの本は少なく、
あれから数刻ほどで目当ての本を見終えてしまった。
結局、ダークドレアムと記述されてあった本は3冊だけ。
世界の歴史を綴ったグレイス城のページと
ルビス伝説でルビスがダークドレアムを封印したってお伽話。
悪魔の本で、謎の悪魔として記述された物だけだった。
そのどれもが、もう既に知っている情報ばかり。

「・・・・・・」

 目の前のユナは、文章を目で追うのに疲れたのか気持ちよさそうに船をこいでいた。
テリーは、ポケットから先ほどウィルから預かった鍵を取り出した。
寝ているユナをそのままにして、2階奥の部屋へ赴く。
部屋の扉は、頑丈そうな南京錠で閉じられてあった。
受け取った鍵を差し込むと、いとも簡単に開く。魔法力の籠もった扉。
ウィルから聞いた解除の呪文を呟くと、扉はしゅっと消えて無くなった。
テリーが薄暗い中へ入ると、扉はまた現れる。

噂に聞いた禁書ばかりを集めたレイドック秘密の書物庫。
知らない情報が有る事を願って、テリーは再び本の山と格闘した。




 ゆっくりとたゆたう意識。その気持ちよさに身を委ねていたかったが
意識はようやく自分のすべきことを思いだし、自ら目覚めた。

「・・・・・・・・・」

 目覚めた目前には積み上げられた本。もうほとんど見終わった所で
安心してそのまま眠ってしまっていたようだ。
今の所、テリーから言われた言葉が入ってる本は無い。
ユナは、ひとつあくびをして、積み上げられた本の向こうにテリーが居ないと気付いた。

「・・・・・・テリー・・・?」

 小さく呟く、そんな呟きが聞こえたはずが無いが、テリーは、本棚の影から姿を現して
くれた。ユナはホっとしたのもつかの間、与えられた仕事を全てこなしてない事に気付いて
慌てて分厚い本の続きをめくった。

「・・・頑張ってるな」

「う、うん・・・!」

 寝ていた事は取りあえず伏せて返答する。向こうは何故か浮かない顔で、ユナの正面のイスに
腰掛けると山積みになっていた本を手に取った。
テリーはそれを眺めるように流し読んだ。
ユナもそれにならって、文字列と格闘する。

「・・・・・・」

 テリーは本から目線を外して、その目線をユナに向けた。
向こうは何も気付かず、必死にページを見つめている。

「・・・・・・」

 繋ぎ止める術は、そのヒントすら見つからなかった。
レイドックの秘密の書庫にすら目新しい情報が無いなんて・・・。
書物に記載された情報は詰まるところどれも同じだった。

グレイス城の国王が、大陸の紛争を収めようと呼び出したあの事件が
ダークドレアムと言う名が世に出たキッカケらしい。
その悲惨な一件は世界中を巡り、誰もが知る所となったが
それ以前の記録は皆無に等しかった。

ルビス伝説に出ていたと記憶していたが
それはただたんに物語を脚色したものに過ぎなかった。
ルビス神とドレアムとの関係は無い。
そう、ダークドレアムは世界の全てに関係していない。

ただある事実は
幾千の生け贄と引き替えに魔界から呼び出された事。
そして国王の命も聞かず、グレイス城の全ての命を喰らった事。

たった数行で収まってしまうほど、誰も、何も知らないのだ。

「・・・・・・・・・」

 テリーは、2年前ダークドレアムと対峙した事を思いだした。

一語一句思いだし、それをテーブルに備え付けられていた紙に書き写す。

ダークドレアム、それはお前たちが付けた名前に過ぎない。我に名前など無い
我はお前たちとはかけ離れた存在

我はヒトの負の感情が大好きだ。供物を捧げよ。絶望、恐怖、苦痛、と言う名の。

負の感情が食えないなら、その欲望を食う事にしよう。

我の食った欲望は、我の中に有る魔力と結合して現実の物と-----

「・・・・・・」

 そこまで書き写し、テリーは羽根ペンを止めた。

負の感情を食うのか-----。
そうか、だから生け贄が必要だったのか。
幾千の絶望、恐怖、苦痛------ それをエサにダークドレアムを・・・。

瞬間的に、テリーの頭に恐ろしい考えが浮かんだ。
今まで考えつかなかった事が不思議だった。
否。心の何処かで分かっていて答えに行き着くことを恐れていたのだ。

ダークドレアム 古の悪魔を今一度 この世に呼び出す術は

「・・・テリー・・・」

「・・・・・・っ」

 声が、テリーを恐ろしい考えから引き戻した。

「大丈夫か?・・・顔色悪いよ・・・?」

 本当に、心配そうに見つめる瞳。テリーはかぶりを振った。

「なんでもない。大丈夫だ・・・」

 まだ心配げに見つめるユナに、笑みを返すとようやく安心したのか
また本に視線を向けた。

「・・・・・・・・・」

 そしてまた、恐ろしい考えに思考を及ばせようとすると、図書館入り口のドアが勢いよく開いた。

「帰って来られたぞ!」

 その声をキッカケに学者たちが席を立ちはじめる。

「ようやく帰って来たみたいだな。お前、もうずいぶん長い事会ってないんじゃないか?」

「・・・・・・っ!」

 テリーの言葉の意味に気付いて、弾かれたように立ち上がった。

「バーバラ様がお帰りになられたぞ!」

 その名を耳にして、ユナの心臓がひとつ大きな音を立てた。



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