▼ユナ2...


 ・・・・・・・・・眩しい・・・・・・・・・
おっかしいなあ、カーテンは閉めたハズなのに・・・・・・・・・?

・・・・・・・・・!?

「・・・うっわああ!!」

「ようやくお目覚めか」

 朝。テリーがベッドのすぐ側の窓際に立っていた。あわてて上半身を起こす。

「し、し、し、信じられねー勝手に人の部屋に入るなんて・・・何か盗もうって腹なのか?」

「バカ。それにドアを開けっ放しで寝てたのはお前の方だろ?」

 やけに蒸した昨夜、窓とドアを開けっ放しで寝ていた事を思い出す。
テリーのおかげですっかり目が覚めてしまった。

「・・・じゃあ、何の用なんだよ?」

「昨日のホイミの礼だ」

 手に持っていたスライムの服を見せ、それをユナの寝ているベッドの上に投げた。

「・・・え?オレに?」

「見て分かるだろ、スライムの服だ」

「わぁかってるよ。一応、礼は言っておく。ありがとう」

 素直なユナに一瞬キョトンとすると。

「不気味過ぎるほど素直だな、こっちが怖い」

「・・・・・・お前よりゃ素直だよ」

 ようやくベッドから起きあがってテリーの背丈に目線を合わせると・・・
何かいつもと感じが違う。

「・・・あれ?帽子・・・帽子はどうしたんだ?」

「あれか。魔物との戦いで無くなったようだな」

「そうなのか?帽子無いとこれからの旅キツイだろ?あぁ、そうだ!」

 何かを思いついたようにポンと手を叩いて、部屋着姿のままバックから何かを取り出した。

「へヘ、いいこと考えたぜ、これでまた貸しが作れるな」

 ユナは不適な笑いを浮かべ、テリーを部屋から追い出した。

「なんだあいつ・・・」

 先程の笑いに悪い予感が胸中を満たしていく。
その予感は、その後、当たる事となった。




「おーい、テリー居るかぁ?」

 宿の部屋で荷物の整理をして居る所に、見慣れた鉄の鎧姿のユナがノックもせずに入ってくる。
そしてテリーに青い物体を差し出した。

「なんだコレ・・・?雑巾か?」

「なっ!なんだ!雑巾だって、これが!?お前、目悪いんじゃねーのか?
帽子だよ、帽子!へへ、良い色の布があったからさ」

 押しつけられた物体を広げてみてじっと目をこらす。
・・・・・・成る程、言われてみれば帽子に見えなくも無い。
・・・・・・一応は・・・かぶれなくも・・・無い・・・。

「才能無いなお前、これならオレの方がマシだ」

 ・・・ガンっ。
ユナの頭にその言葉がぶつかる。

「・・・それに女ならもっと女らしい格好したらどうなんだ?
そうすれば昨日みたいに間違えなくてすんだんだ」

「はっ!たっ頼まれたって誰があんなひらひらした格好するかっ!それにこれはこれで
守備力上がるからいーんだよ!とにかく、これで貸しは作ったからなっ!」

 それだけ言うとユナは勢い良く部屋から飛び出してしまった。
テリーは飛び出していったユナを見届けると、もう一度帽子を見つめ
無言でそれを鞄の底に押し込んだ。

「これ・・・貸しになるのか?」




「女なら女らしい格好ね・・・何だよ、あんなドレスとかスカートとか動きづらいカッコなんて
したくねーよ!それに、オレは好きで女に生まれたわけじゃない、男に生まれた方が
どれだけ良かったか・・・。そうすりゃ女だからってなめられる事も・・・
女だからって・・・押しつけられる事も・・・」

 ブツブツと呟きながらサンマリーノの繁華街を歩く。街を歩いている少女や女性は
鉄兜と言うよりは髪飾りや帽子
鉄の鎧と言うよりは良い生地のスカートや肌触りの良さそうなブラウスを身につけている。
長いスカートが風にゆれて、鮮やかな髪飾りは日の光を反射して綺麗に光っている。

「・・・綺麗・・・だな・・・」

 ・・・言ってしまってハっとする。そしてブンブン首を振った。

なっなに考えてんだオレは・・・。
なんか、変だぞ、今日。裁縫だって、いつもは全然やんないのに・・・。

「・・・ちぇ・・・」

 重いので街に居るときには被らない鉄兜を
今日はなんとなく被ってしまって、伏し目がちに街を歩いた。




「ピキキィ!」

 宿屋。
テリーが部屋を出て行こうとするとスラリンが叫んだ。
スライムの服を貰ってからスラリンはすっかりテリーになついてしまっていた。

「・・・どうした?」

「ピッキキィ!」

「・・・ついていきたいのか?」

「ピキィッ!」

 ピョンと飛び跳ねて器用にテリーの肩に乗る。
テリーは仕方なさそうに息をつくが、魔物になつかれるのは初めてで悪い気はしなかった。
肩に乗せたまま宿屋を出ていつも通り酒場に向かった。




 カランカラン・・・
客が来た事を知らせる鈴の音が酒場内に響く。

「それでさ、それでさ、あいつったらねぇ・・・」

 バニーガールは客を迎え入れようともせずに話に熱中していたが
入ってきた若い男を見た途端、言葉が止まった。

「・・・・・・・・・っ!」

 鮮やかな銀髪に、腰が砕けてしまいそうな程の美形。
港町の酒場なんかじゃ滅多にお目に掛かれない美少年の登場に、酒場内の女の目が集中した。

「ステキなお兄さんねー!」

「年はいくつ?どこから来たの?」

「あんっ、私が先よっ!」

 酒場内で仕事をしていたバニーガールの殆どが寄って来た。
先ほどまで楽しく飲んでいた男たちは面白くなさそうに、ゴクゴクとジョッキを一気飲みしている。

テリーはしばらくバニーガールたちと話しをしたが誰も強い剣の噂など耳にしたことはないらしい。
場所を変えるか・・・。
そう思っていた矢先、荒荒しい音と共に見なれた姿が酒場内に飛び込んできた。
ガランガラン。
入り口に着けていた鈴は、勢いよく開いたドアに耐えきれず紐が千切れて地面に転がった。

「きゃっ!なに!?あの人!!」

 鉄の鎧に身を固めた、一応、女。
テリーはその姿を見た瞬間ため息をついて額を押さえた。

「なんだおめぇ?ここはお前みたいな物騒な奴が来る所じゃねえよ!」

 酔っ払った男が入ってきた人物に向かってシッシッと手を振ると・・・

「ヒッ、ヒエエエエエッ!!」

 背後から差し出されたキラリと鋭く光る刃の光に、元の場所から数メートルほど後ずさった。
あれだけ賑やかだった酒場の雰囲気が一転する。

「最強の剣だ、誰か最強の剣についての情報、知ってる奴いないか?」

 ズンズン歩くと、腰の抜けている男に剣を突きつけた。

「・・・し、し、し、しらな・・・・・・」

「はぁ?なんだって?きこえねぇ・・・」

 その瞬間、テリーが立ち上がって

「ちょっと来い!」

 勢いのまま腕を引かれ酒場から出た。

「なっ何すんだよ!せっかくお前の為に最強の剣の情報を・・・」

「バカ!なぜ剣を突き付ける必要がある!」

 間髪入れずにテリーが叫ぶ。

「いや、酒場って女だって分かったら甘く見られると思って。取りあえず最初に威圧とかを・・・」

 全然悪気のなさそうなユナにテリーは息をついて、

「いいか、普通は理由も無いのに剣なんて抜くもんじゃない!常識だろ!剣をなんだと思ってるんだ」

 立ち止まって、ユナに制裁する。うっと口ごもったあと、俯いて素直に謝った。

「・・・ごめん、言い訳かもしれないけどオレ、滅多にああいう所行かないし・・・
酒場ってガラの悪い男たちばっかだろ?剣で脅しても大丈夫かなって・・・。
それにあの男、腹立ったし・・・オレのことブッソウとか言うし・・・」

「・・・・・・物騒だろ、実際」

 威勢のいい言葉が返ってくると思っていたのだが、以外にもユナは素直に頷いて、
そのあと、今度から気をつけると謝罪までしたのだ。
ユナのいつもと違う行動に不審に思い、彼女の瞳を見る。

「・・・・・・いつ・・・・・・旅立つんだ?」

 彼女は悲しそうな瞳に気付かれまいと顔を背けた。

「明日、朝一番の船でレイドックへ行くつもりだ。ここではあまり情報も得られなかったしな」

「・・・へ・・・へぇ、そっか・・・お別れ、かな、これで・・・」

「そうだな・・・」

 それだけの言葉を交わすと、二人は別々の方向へ歩き出した。




 ・・・・・・まだ太陽が昇るか昇らないうちにテリーは宿屋を出た。
港へ行く途中、宿屋から数件先の武器屋の影から聞き覚えのある声が呼び止めた。

「待てよ!」

 テリーは声の主を判断した後、振り向いた。

「何か用か?せっかくお前の事忘れていたのに」

 そんなテリーの嫌味にも動じず、声の主は手に収まる程の道具袋を投げてよこした。
テリーが問う間もなく答える。

「薬草とか毒消し草とか色々入ってる。回復呪文も使えないなら持ってた方がいいだろ?」

「・・・・・・気が利くな・・・遠慮無くもらっておく。じゃあな」

「おっおおい!ちょっ・・・ちょっと待てよ!」

 あまりにあっさりした別れに、思わずテリーを引き止めた。

「何だよ、だから」

 怪訝な顔でテリーは振り返る。

「あっ・・・わ・・・悪ぃ・・・何でもないんだ」

 テリーのケチ・・・
『一緒に行かないか?』
とか言ってくれてもいいじゃないか。オレはホイミ使えるし・・・いざって時に頼りになるぜ?
それに借りだってまだ残ってるし・・・。
しかし、テリーの姿がどんどん小さくなるにつれて、言葉にならない想いが体中を駆け巡る。

「待て・・・ちょっと待てよ!」

「だから何だよ」

 三度目はテリーは振り向かなかった。

「あのさ・・・オレの事、男扱いしていい!絶対お前には迷惑はかけない!だからよ・・・
その・・・だから・・・」

 ・・・・・・言葉が出ない。
まだこの言葉を、自分は拒んでいるのか。

「一緒に行きたい・・・か?」

 テリーはやっと振り向いた。唇に笑みを浮かべて。
ユナは首を縦にぶんぶんと振った。驚いて声が出なかったのか、嬉しくて声が出なかったのか
はっきり覚えていない。

「そうならそうとハッキリ言えよ、何もこんな回りくどいことしなくても・・・
それにお前のこと女だと思ってなかったしな」

「なっ・・・」

「そんな重装備・・・どうみても女の格好じゃないだろ」

 緊張の糸がぷつりと切れる。その時、スラリンがユナのバックから出てきてテリーに飛びついた。
スラリンはテリーの事を気に入っていたらしい。

「スラリンはこんなに素直なのに、主人のお前ときたら・・・」

「かっ関係ねーだろ!それに”お前”じゃなくてオレには”ユナ”って言うちゃんとした
名前があるんだから・・・それで呼んでくれよ」

「・・・ユナだって?あまり似合う名前じゃないな」

「・・・・・・・・・」

 言い返そうと思ったが止めた。口ゲンカで皮肉屋には敵いそうにない。
うっと口ごもったまま、テリーと共にサンマリーノ港へ向かった。
何故か、重々しかった昨日とはうって変わって歩調はずいぶん軽かった。

一緒に旅がしたい。

こんなことを思うのはユナ自身はじめての事だった。
テリーが強いから、一緒に旅をすれば安全だというのは勿論あった
だがそれよりも
スラリンを魔物だからと言う理由で毛嫌いしない事とか
こんな自分に話し掛けてくれた事とか
そんな理由の方が大きかったのかもしれない。

「へへ・・・っ面白れー・・・」

 ようやく昇ってきた朝日のせいなのか、新しい期待に胸が膨らんでくる。
ユナはニコニコ顔のまま、これからの旅に思いを馳せた。


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