▼イミル...


「お前、いつまでオレといる気なんだ?」

 レイドックに着いて3日目の朝。宿で朝食をとっている時だった。
思いがけないテリーの言葉に、大好きなハーブのサラダを食べる手が止まる。

「次の町に着いたら、パーティ解散するか」

 テリーは当たり前のような顔をしてそう言い放つ。

「ハァ!?急にそんな事言われても困るぜ!?
一緒に行っても良いってこないだ言ったばっかじゃないか!」

 無表情なテリーに慌てて返す。

「最強の剣を探して修行してるって言っただろ?オレには時間が無いんだ。
お前の歩調に合わせる事は出来ない」

 決意の隠るテリーの言葉にユナはこれ以上何も返せなかった。
もしかしたら、ホントに迷惑なのかも知れない。
それともこないだの事をまだ怒ってるのか?
ユナはレイドックに着いてすぐに、彼と衝突してしまった事を思い出していた。



「酒場で噂になってた事って本当なのかな・・・。レイドック王と王妃が復活した魔王から
呪いを掛けられてるって・・・王子が二人を助けるために魔王討伐に出かけたまま帰らねえって・・・」

 それはちょうど2日ほど前。
レイドック城下町を二人して歩いていた時だった。

「さぁな」

 武器屋の看板を探しながら、テリーはそれだけを返す。

「王子は成人の儀を終えたばかりだったって話だぜ?その話が本当なら
この国はどうなるんだろ・・・王子・・・無事だと良いけどな」

「自分の力もわきまえずに戦いを挑んだんだ。どうなろうと自業自得だろう。同情する気も起きない」

 強い剣の情報が得られないせいかイライラしているテリーがそう吐き捨てた。

「お前さぁ、そういう言い方はねーだろ?かなわないって分かってる相手にだって
向かっていかなきゃならねえ時だってあるんじゃねえか?
王子は大切な人を助けようとして、魔王に向かっていったんだし」

「・・・・・・そんなものは弱い奴の言い訳に過ぎない」

 ユナの言葉を切り捨て、いつもより冷たい瞳で

「所詮この世は力が全てなんだ。弱い奴は強い奴には逆らえない。・・・それが現実だ」

 そう言った。



 ユナはそこまで思い出して、朝食を終えたばかりのテリーを見た。
相手はこちらを見ようともせず、窓の外に見える街並みをじっと見つめていた。




  レイドックから西に出発して4日と半日。
太陽が傾きかけている頃、街道沿いにある町に着いた。

レイドックとは比べ物にならないほど小さな町で”ラー”と言う神を崇めて生活している町らしい。
あの有名な”ゲント”とは異なる神だと言う話だった。
町の中央には大きな神殿があり、神が祭られている。
その神からの恩恵を受け、町の人々は生きているらしいのだ。

「巫女・・・か・・・」

「え、何だ?」

 町の門をくぐるなりテリーが呟いた。

「レイドックで聞いた話だがこの町の神殿には強い力を持った巫女がいるらしい。
そいつにかかればどんな病気もたちどころに治り、どんな捜し物でも見つかると言う話だ。
もしかしたら最強の剣の在処も・・・」

 思わずユナはムっとしてしまった。

「・・・最強の剣、最強の剣って本当にそればっかりだな。んなもん探してどうするんだ?」

「お前には関係ないだろ」

「・・・関係あるよ!」

 自分で言った言葉にハッとする。
何言ってんだオレ・・・関係・・・ない、はずだろ?オレには・・・・・

「と、とにかくさ、もう・・・ここでお別れなんだろ?最後・・・なんだからちっとは仲良くしようぜ?」

 しかしテリーは子供のようにそっぽを向いている。
自分の捜し求めている剣を侮辱されて、相当怒っているようだ。
そんな気まずい状態のまま、二人は神殿に着いた。




「ああ、いかんいかん。巫女さまは今お風邪を召しているのだ。
お前たちのような旅の者に会って余計体調を崩されたら、どう責任をとるのだ」

 町の中心に祭られている大きな神殿。
テリーの情報によればここにその凄い巫女は居るらしいが扉は堅く閉じられたまま。
扉の前に居るのは、大層な法衣を纏った老人一人。
他の旅の参拝者も、この老人に門前払いを食わされたらしい。
それはテリーもユナも例外ではなかった。

「・・・そこを何とか・・・」

 巫女なんかには興味が無いがテリーの為にしかたなしにユナは頼む。

「ダメだ!ダメだと言うておろうが!しっ!しっ!」

 ・・・なんだよ人をばい菌みたいに・・・!

「ボロンゴ、そこの者を通しなさい」

 辺りに声が響いたかと思うと、重く閉ざされていた神殿の扉が開いた。

「巫女様!」

 扉からは巫女の付き添いであろうメイドが数人出てきたが、
巫女は一目で分かるほど気品のある顔立ちをしていた。
水色の長い髪が黄色いリボンと一緒に風に揺られた。
少女のあどけなさは残っているものの美しく整った顔立ちは、まさに神の子供のようだった。

「しかし・・・巫女様・・・」

「いーからその少年を私の部屋に連れてきてよ!」

 さすがにボロンゴと呼ばれた老人も反抗は出来ないらしい、憮然とした表情で押し黙ると
肯定の意味を込めて頭を下げる。
その美しい巫女は、テリーの方を向くと淡い微笑を漏らした。
巫女は軽く町の人々に手を振って、再び扉の奥へと消えていった。

「仕方ない・・・ほら、早く入れ」

 ボロンゴは渋々テリーを中に招き入れる。ユナも後ろから入ろうとすると

「ちょっと待て、何でお前まで入るんだ」

「えっ!なっなんで!?」

「そんな物騒な格好している奴、神聖な神殿に立ち入らせるわけにはいかないだろう!」

「ピッキキイ!」

 スラリンもバックから出てきて反論した。

「うわああっ!魔物だあ!!」

 ボロンゴは大きなしりもちをついて腰を抜かすと、神殿の兵士が瞬く間にユナを取り囲んだ。
ちょっ、ちょっと待て、洒落にならん。

「ちょっと待ってよ!スっスライムだよ!?腐った死体とかじゃ無いんだよ!?
ほ・・・ほらー・・・可愛いでしょ・・・?」

「何が可愛いものか!魔物は魔物じゃ!!」

 弁明も虚しく兵士たちは剣を引き抜いてユナに突きつけた。
神に仕える者だとは言っても所詮他の人間と変わらないんだな。
心の中でため息をつく、が、この状況はやっぱりまずい。
この場をどうやって丸く治めるか考えていると・・・
テリーが兵士の間をすり抜けてユナの手を掴んだ。

「わっ!?」

 テリーは何も言わず、強引に神殿内にユナを引っ張っていく。
ボロンゴが慌ててユナを引き留めた。

「こら!!待て!!」

「もういいって、テリー。お前まで巫女様に会えなくなるよ!」

 テリーの動きがようやく止まり、後ろを振り返った。

「巫女って奴に伝えとけ、ユナとスラリンはオレの仲間だ。こいつらを神殿に入れないつもりなら、
オレも遠慮させてもらうってな」

 ・・・・・・ユナは目を丸くしてしまった。
テリーがこんな事言うなんて、思っても見なかった。

ボロンゴは少し考えて諦めたのか、兵士達を元の配置に戻し二人を巫女のいる部屋まで案内した。




「・・・・・・・・・さっきの事」

「うん?」

 豪華絢爛な神殿内を歩いている中、急にテリーが話を切り出してきた。

「お前最後くらい仲良くしようって言っただろ?だからオレも最後くらいは仲間でもいいと
思って言っただけだから・・・変な勘違いするなよ」

「・・・ああ、うん」

 テリーは拍子抜けした。

「なんだ?やけに素直だな、驚いた」

「びっくりしたのはこっちだぜ、お前があんな事言うなんて・・・」

 スラリンも同意すると言うように頷くと、ちょうどボロンゴの足が扉の前で止まった。
美しい装飾の施された鮮やかな扉だ。

「さぁ、ここが巫女様のお部屋だ。せいぜい無礼をせぬようにな」

 ボロンゴは嫌味この上なく言うと、静かに扉を開いた。

「巫女様、連れてまいりました」

 部屋の中は扉と同じ、青が鮮やかな絨毯。
4枚張りの大きな窓から暖かい光が差し込んでいる。
部屋の一角には植物や花などの植木が並んでいる。
その植物の真中に石造りの水受けがおかれていて、
天井に張り出した透明の柱から水受けへと水が流れていた。
がらんとした部屋だったが、澄んでいる空気と雰囲気にほっとため息をついてしまう。

大きなベットの薄いカーテンの内に、シルエットが見え隠れしていた。

「ご苦労。ボロンゴ、もう帰ってもいいわよ。あっ、それと他の者も外してちょうだい」

 付き添い二人の女性も部屋から出て、三人だけになると、カーテンが勢い良く開いた。




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