4. イミル/2





「あなた、名前は?」

「・・・・・・テリーだ」

「良い名前ね、私の名前はイミル。皆はイミル様とか巫女様って呼ぶけど、イミルって呼んで」

 巫女はベッドから身を乗り出して哀願するようにテリーを見つめた。

「もっと近くに来て、テリー」

 テリーは拒むわけにもいかず、近付いた。

「もっと近く」

「・・・・・・・・・」

 その瞬間、イミルの手がテリーの首に伸びた。

「きゃーーーーっ!やっぱりカッコイイわーーー!」

 な、な、なんだあの女ーーーーー!みっ巫女のくせにいきなり、だっ抱き着きやがったぞ!!
ユナはわけもわからず心の中で憤慨してしまった。

「なっ・・・・・・!」

 テリーはイミルの手を慌てて振り払った。

「意外とシャイね君って。でも、そんな所も良いわ、グッドだわ・・・!」

 何がグッドだ・・・。
・・・・・・・・・あまりに大胆なイミルの発言と行動に我慢できなくなったユナは、
ズカズカと二人の間に割って入った。

「ちょっとあんた。もしかしてこの為だけにテリーを呼んだのか?」

「そうよ、望遠鏡でテリーを見た時から格好いい人だなぁって思ってたの。
神殿に来てたみたいだったから」

「望遠鏡って・・・」

 窓から見える庭を指さして、あっけらかんとそう答える。
あまりに軽いその様子にユナは巫女という言葉を疑ってしまった。
この調子では風邪というのも嘘のようだ。

「イミル、ひとつ尋ねたい事があるんだが・・・」

「なぁに?」

 ユナとはまるで違う口調で返す。

こいつ・・・・
再び、ユナは心の中で呟いた。

「最強の剣がどこに存在するか知ってるか?知ってる事があれば教えてくれ」

 それを聞いた途端、イミルの顔が曇る。

「・・・教えてあげてもいいけど・・・今はダメ」

「何故だ?」

 イミルはテリーの腕を自分の方に手繰り寄せ、

「だって、教えたらテリー、すぐに出ていっちゃうでしょ?だから今はダメ。
もうちょっと・・・もう少しだけ、一緒にいたいから」

 ユナは背中に悪寒が走るのを感じていた。
こっこんな恥ずかしい台詞を平気で言いやがった・・・

「ねぇ、ところでテリー、あの男の人は誰?」

 ひとしきりテリーを見つめた所でイミルがユナの方を向く。

「ああ、あいつはユナ。男みたいだが一応女らしい、オレの仲間だ」

「ええーーっうっそぉっ、女の方だったの?とても精悍な顔立ちをしてらっしゃったから
てっきり男の方だとばかり思ってたわ」

 おおげさに驚いて口を押さえた。
その驚きようも計算でやってるようにしか見えない。

「よ、よろしく・・・巫女様・・・」

「よろしくーw」

 イミルは悪戯な笑いを浮かべユナと一応の握手を交わした
そして再びテリーに目を向ける。

「今日はここに泊まって行って。皆には私から言っておくから」

「別に構わないが・・・一応礼だけは言っておく」

 テリーは相手が巫女であろうが何だろうが態度は変わらない。ユナにはそれが救いだった。

「外見も格好良いし、中身も格好良いのねーwやっぱりグッドだわ。君!」

 イミルは相変わらずの調子でそれだけを言うと、部屋から出ていった。
ユナはイミルが部屋から出ていったのを確認してからため息をつく。

「・・・最強の剣の為なら、なんでもするのかお前は」

「ああ、なんだってやるだろうな。そうだ、お前はどうするんだ?オレと別れて次の町に行くのか?」

 ユナは少し考えて、イミルのようにテリーを哀願した。

「オレもここに残るよ・・・・・・もう少しだけさ、テリーと一緒にいたいから・・・」

 向こうは目を丸くした。

「あはっ、あははっ!なんつて!」

 真っ赤な顔で頭を掻いて、体ごとテリーから視線をハズした。
ああ、言うんじゃ無かった・・・恥ずかしいったらねえぞこれ・・・

「背中に虫唾が走った、やめてくれ」

「ハハハ、オレも・・・・・・」

 テリーとイミルみたいな雰囲気は、オレには合わない。自分にはこんな関係がちょうど良いんだ。
だから、だから出来ることならもう少し、もう少しだけ、
テリーと一緒にいたい気もする・・・・・・






 二人と一匹は神殿の厚意で夕食を御馳走になった後、再びイミルの部屋に向かった。
そこにはもうすでに、部屋の主人が待ち構えていた。

「オレたちは何処で眠れば良いんだ?」

「もちろん、この部屋よ」

 部屋をぐるりと見回すが、休める所と言ったらイミルのベットくらいしかない。

「このベット大きいでしょ?だからテリー、一緒に寝ましょ?」

 どっひょえーーーー!巫女がする事じゃねえーー!!
あのボロンゴってオッサン、この事知ったら気絶するんじゃねえか!?
ユナは心の中で絶叫してしまった。

「・・・まあ、別に構わないが・・・」

 テリーはあっけらかんとした答えを返した。

「最強の剣の為なら、本当に何でもするんだな」

 テリーが目の前を通り過ぎた時にボソっと言ってやった。
テリーは気にせず眠る準備をしている。

「あの・・・オレは・・・?」

 ふと自分のことを思い出し、イミルに尋ねる。

「あ、あなたいたの?その辺で適当に寝てて良いわよ」

 ・・・どこまでも限りなく腹の立つ巫女だ。
ユナはイミルがテリーに変なことをしないように見張ってやろうと思っていたのだが、
昼の疲れでいつのまにか眠ってしまっていた。





夜。ユナは不覚にも神殿の床の上でぐっすりと眠ってしまっていた。
最近野宿ばかりだったため久々の安眠だった。
だが その安眠は突然妨げられた。

「・・・・・・っく・・・ぁ・・・っ!」

 喉が、熱い。呼吸が出来ない。
瞼を開くと、ぼんやりと人の顔が見える。
それは良く知っている人物だった。

「・・・テ・・・リ・・・なん・・・・・・でっ・・・!」

「・・・・・・・・・」

 テリーはユナに馬乗りする形で細い首を両手でぐっと締めていた。
わけがわからないまま、ユナも抵抗するがあまりの苦しさに力が入らない。

「・・・・・・ぐ・・・あっ・・・!」

 悶え苦しむユナ、更にテリーは手に力を加えた。

どうしてテリーがこんな事・・・どうしてオレを・・・殺す・・・?
意識が朦朧として、思考が停止しかけた。青白いテリーの顔がだんだんぼやけて来る。
その顔に必死に手を伸ばそうとした瞬間

白い光が視界を覆った。
テリーはその光を浴びた瞬間、床に倒れこんだ。

「ゲホッ・・・!ゲホッ!!」

 ようやく解放されたユナも地面に倒れこむ。
慌てて息を吸い込んだ。まだ体が熱い。
首には、両手で締められた跡がしっかりと残っている。
あと少し遅かったら 危なかった。

「大丈夫!?遅れてごめん!!」

 杖を持ったイミルが飛び込んできた。
まだ話せないユナは、言葉の代わりに視線を送った。

「どうやらテリーはやっかいな思念体にとり憑かれてるみたいなのよ。
思念体って言うのは、強い想いを持つ霊の事なんだけど」

「・・・・・・っ!」

 イミルの補足にユナの顔色が変わった。

「1年前のあの大地震以来多いのよこういう事。
今まで隔てられていた現実の世界と心の世界の境目が薄くなってきてる。
心を悪魔に食べられたり、テリーみたいに悪魔や霊にとりつかれちゃったり・・・」

 腕組みをして呟いた。
”あれ”以来、イミルの元にはそういった相談が多く寄せられていた。
悪い事の起こる前触れ・・・。巫女であり、占い師でも有るイミルはそう直感していた。

「テリーがあんたを殺そうとしたのも、その思念体・・・霊が関係してるんだと思う。
思念体は宿主の意識が無い時に、宿主の体を乗っ取って操ることが出来るらしいから・・・」

 イミルが放った光で意識を失ってしまったテリーを見る。
どうやらその思念体と言うのも、イミルの力で気を失ってしまったらしい。
ユナは咳き込みながらようやく言葉を発した。

「ったく・・・っ・・・本当にびっくりしたぜ・・・っ。オレに何の恨みがあるんだよ・・・っ・・・
・・・それに、テリーもこのままじゃ、危ないんじゃねえのか?
とり憑いてる霊を成仏させる方法って無いのかよ?」

「・・・ラーの鏡」

 おもむろにイミルは話し始めた。

「ここから川を越えてずっと北に位置する山沿いの地に、大きな塔があるの。
そこにラーの鏡が祭られているわ。元は私たち一族が管理していたんだけど・・・
いつのまにか魔物が住み着いちゃってね。真実だけを映すと言われるラーの鏡・・・
もしかしたらその霊とテリーとを引き離すことが出来るかもしれない・・・」

 そう言うとイミルはコッソリ部屋を抜け出して
大きな鞄やら薬草やら毒消しやらを持ってきて、出発の準備をし始めた。

「あなたはここでテリーの様子を見ていて。私はちょっと行ってラーの鏡を取ってくるから!」

「なっなに言ってんだよ!逆だろ!オレがラーの鏡を取ってくる!巫女様はここにいろ!」

 慌ててユナも準備をし始める。

「しょーがないわねぇ・・・じゃあ二人で行きましょ。あなた”ルーラ”使えないし
場所だって知らないでしょ?そんなんじゃ朝になっちゃうわ」

「でも・・・巫女様・・・」

「しつこいなぁ、私は行くって言ったら行くんだから!
あっ それと”巫女様”じゃなくて”イミル”って呼んでよね、ユナ!」

 驚いた顔のユナに、”早く行くわよ”というような合図をして見せ、微笑んだ。

「う・・・うん!」

 元気のいい返事を返すと、スラリンを残してボロンゴたちに見つからないように
用心深く神殿を抜け出した。
あまりに手際よく神殿を抜け出すイミルに、いつも抜け出してどこか遊びに
行ってるんだなと懸念を抱いてしまう。

二人は月の光を頼りに、ラーの鏡が祭られているという月鏡の塔を目指して急いだ。


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