▼ラーの鏡...


「不気味な塔だな・・・」

 不気味に聳え立つ塔を目の当たりにしてユナがつぶやく。

「おじい様の若い頃から魔物が住み着いてるらしいの。
近くまでは来た事があるから、ルーラで来れたけど・・・こんなにおっきな塔だったかしら・・・」

 お互い初めて間近で見る月鏡の塔に圧倒されていた。
石畳の階段を上り、入り口の大きな扉の前に立つ。
扉には不思議な紋章が施されていて見たところ鍵もかかっていないように見えた。
ユナが扉に手をかけて開こうとするも

「・・・・・・・・・っ!」

 開かない。バカ力のユナでも開かないというのは相当強固な扉だ。

「ちょっとどいてて、この扉を開くには鏡の鍵って言う道具が不可欠なのよ。その鍵も遠い昔、
盗賊に盗まれちゃったって話なんだけどね」

 言い返そうとしたユナの口を塞いで言葉を続ける。

「まぁ見てて」

 そういうとバックから聖水を取り出し、扉に振りかけた。それから何やらひざまづいて祈り始める。

「月鏡の塔の主よ・・・我はラーに仕える巫女なり・・・・・・
我が神の御名において扉を開かせたまえ・・・我は真実の光なり・・・!」

 祈りが終わったかと思うと、扉はまばゆいほどの光を放ち、音を立てて開いた。

「スゲェッ!やっぱお前、ホントに巫女なんだな」

「どういう意味よ・・・」

 そんなやり取りを交わしつつ松明を持ったユナを先頭に注意深く足を踏み入れた。




 塔の中は何十年も人の出入りが無いせいか、所々にくもの巣が張り、
咳き込むほどのホコリが充満している。しかし・・・

「さっすが、月鏡の塔って言うだけのことはあるなー、壁全部が鏡張りですごい綺麗だぜ」

 壁中に張り巡らされた鏡は新品のように輝いていた。

「・・・そうね・・・。塔の内部も小さい頃に聞かされてたから大体は分かるつもりなんだけど・・・。
おかしいわね、二階への階段が見当たらないのよ」

「そうだな。そう言えば上に上がる階段、何処にも無いな。
普通なら「どどん」と構えててもよさそうなのに・・・」

 と、急にイミルが立ち止まった。壁に張り巡らされた鏡をじっと覗き込んでいる。

「どうした?何かあったのか?」

「・・・ストレスのせいかしら・・・顔にそばかすができてるのよぉ!」

 鏡を見ながらイミルは絶句していた。

「・・・なんだ、そんな事か」

「そんな事とはなによー!女の子にとっては重要な問題なのよ!そんな鉄兜とか
装備してるユナには、とーていっ、わかんない事だけど」

「なんだと?」

「なによー!」

 イミルの挑戦的な言葉に腹が立ってか、ユナは鉄兜を外した。

”アラ!オンナノコダッタノネ!”

 ・・・・・・・・・!二人は驚いて顔を見合わせた。今確かに・・・声が・・・
二人は顔を見合わせ、今度は唇を緩ませる。

「イミル、そーいや、顔にそばかすなんて出来てないぞ」

「なんかこの鏡・・・変よねー・・・」

 鏡の中のイミルとユナは笑ってはいなかった。

「せぇーの!」

 杖と大剣がいっせいに鏡の二人に襲いかかった。

”ウギャアアアアア!!”

 鏡の中の二人は、一瞬にしておぞましい姿へと変わっていく。
血まみれになった魔物二匹に。

”不意打ち・・・卑怯な・・・!”

「不意打ちはオレの十八番だぜ!」

 自慢にならないような事をユナが言い返すともう片方が

”だがな、もし万が一ラーの鏡を手に入れたとしても、お前たちのような女には
所詮どうすることも出来ないさ・・・ぐ・・ぐっふっふ・・・ふ・・・幻惑の術にかかって
永遠の闇を彷徨うが良い・・・”

 恐ろしい目でユナたちを睨み付けると、魔物はそのまま動かなくなって
黒い塊に変わっていった。。
そこにあった鏡も消えてその奥の通路には階段が隠されていた。
鏡もあの魔物が化けていたものだったらしい。

・・・お前たち女にはどうすることも出来ない・・・?
幻惑の術?マヌーサかメダパニみたいな精神混乱の一種かしら?
イミルの頭の中には先程の言葉が回っていた。

しかし考えてもムダだと悟ると気持ちを切り替え塔を登った。




「きゃああ!」

 魔物の気配に気を付けながら、塔の最上階を目指していたのだが
暗闇から忍び寄る邪悪な影にイミルは足を取られて地面に叩きつけられてしまった。

「イミル!!」

 イミルの細い足がどんどん影に引きずり込まれているのが分かる。
暗闇から暗闇、影から影に移動する、実体の無い魔物シャドーだった。
剣ではなかなかシャドーを捕らえることが出来ないのに
イミルがいたのでは巻き添えをくうのは必死だ。

「何やってるのよ!ユナ、こいつをやっつけてよ!私は構わないから!」

「出来るかー!!お前、仮にも巫女だろ!」

「そんな事言ってたらどっちもやられちゃうわよ!」

 確かにその通りだ。イミルの足はどんどん影に引きずり込まれていく。
このままじゃ巻き添えをくうより危険だ。

「くそ・・・っ!!」

 ユナは何を思ったか剣を捨て、勢い良く胸の前で印を結んだ。
その瞬間、ユナの手から放たれた高熱の帯がシャドーを襲う。

”ウギャアアア!!”

 この世のものとは思えない雄たけびを上げ、シャドーは閃光とともに消え去った。

 ・・・・・・魔法・・・・・・!?
信じられない光景にイミルは目を疑う。

 太古に封印されたっていう攻撃魔法だわ!
今では使い手は限られてるって言う・・・
なんて言ったっけ・・・・・・魔法都市・・・・・・カルベ・・・・・・・・・
そこまで思い出し、右足の痛みに気付いた。

「だっ、大丈夫か!?イミル!」

 声を殺して苦しんでいるイミルに駆け寄った。
細くて白い足に、閃光系呪文の火傷後が残っている。

「ちょっと待ってろな」

 そう言うとユナは再び呪文を唱え始めた。淡い光が傷口を包み込むと、見る見るうちに傷が消えていく。

「・・・これくらいの火傷なら、ホイミで治せて良かった」

 ほっと胸をなでおろした。

「ごめん・・・何か私、足手まといで・・・」

「何言ってるんだよ、巫女なんだから仕方ないだろ。オレがもっとしっかりしなくちゃいけないんだから」

 神妙にイミルは呟くが、ユナは気にも留めずに立ち上がる。
そんなユナにイミルも先程の攻撃呪文の事は問うまいと思っていた。
下手に質問してユナを混乱させるのも悪い。

そして再び二人は松明の光を頼りに暗闇の中を歩き出した。




 暗闇や魔物との戦闘にも慣れて、もう随分歩いたところで

「ごめん・・・」

 急にイミルが立ち止まった。

「え・・・?何が・・・?」

 ユナは振りかえって、うつむいている巫女の側に寄る。

「私、ユナに嫉妬してた。・・・テリーと一緒に旅をしていたのが気に入らなかったの、だから・・・」

「もういいよ、イミル。オレだってイミルのことあんまり良い気持ちで見てなかったし、
羨ましかったんだ、イミルの事。テリーにあんなに素直に自分の気持ちを伝えられるなんてさ」

 そこまで言うと、じとっとした視線でイミルが見ているのに気付いた。

「な・・・なんだよ・・・」

 その視線に思わず後退りする。

「もしかして・・・ユナもテリーの事好きなの?」

「なっ・・・!何言い出すんだよ急に!!」

 イミルに自分の避けていたところに入られて、思わず大声になってしまった。
ユナの反応に、うんうん頷いて

「あーっ、これは厳しくなってきちゃったなぁーっ!でもユナ、手加減はしないわよ!」

「だから違うって言ってるだろ!!変な想像するなよ!」

 必死で否定するユナに、悪戯っぽく笑った。
イミルはもう一度ライバル宣言をすると、何故か楽しそうに先に歩み始める。

 ・・・・・・・・・オレが・・・テリーの事を・・・?
ユナはそう考えて胸が苦しくなった。
テリーに会った時から続いている胸のモヤモヤはますます色濃く心を包んでいく。

 まさか・・・・・・な・・・
ブンブンと首を振り、イミルの後を追った。 




 塔の窓から見える町の光はだんだんと遠くなっていった。
それと共に足取りも重くなる。
冒険者のユナですら、疲れているのだから、巫女のイミルはそれの比では無いだろう。
だがイミルは弱音ひとつ吐かず最上階への階段を上った。
最上階にもいくつかの仕掛けがあったが、塔の内部を知ってると言うイミルが
なんなく仕掛けを解いていった。

そしてラーの鏡は案外簡単に二人の前に姿を現してくれた。




「・・・・・・ラーの鏡・・・ようやくご対面ね・・・!」

 それは豪華な台座に安置されていて
誰にも見つけられないようにひっそりと青白い光を放っていた。
イミルがそれを覗き込むと、もうひとりのイミルがいる。
鏡なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。

「真実の姿を映し出すって言い伝えがあるんだけど・・・」

 イミルは呟き、二人して鏡の中を覗き込んでいると、驚くべき変化が現れ始めた。

「あ・・・ああ・・・・・・」

 ユナよりも早く異変に気付いたイミルが声をあげる。
驚いてイミルの視線を辿ると・・・・・鏡から溢れた光が徐々に人のカタチを形成していく。
その人のカタチは・・・・・・イミルの王子様、テリーだった。

「・・・テリー・・・!?」

 イミルはハっと我に返ったが、ユナはそのテリーに目を奪われ動けないでいた。

「何やってるの!さっき見たでしょ!そいつは化け物よ、あのテリーじゃないわ!」

 イミルが激怒して叫ぶ。
しかし耳に入らない、術を掛けられてしまったのか視線はテリーを捉えて離さない。
テリーはユナに最高級の笑みを見せ、近付いてきた。

「・・・・・・・・・!」

 テリーは完全に無防備なユナを抱きしめた。
ユナは苦しくて声が出なかったのであろうか。これは本物のテリーではない、分かってるのに。
やはり、身動きが取れなかった。

「ユナ!バカ!抱きしめてるふりして生気を吸い取っているのよ!はやく!離れて!!」

 イミルは杖を持って、天にかざした。

「・・・・・・・・・っ」

「もぉ!そんな低俗な術にかかっちゃうなんて!仕方ないわね!!」

 それは人の心を惑わせる幻術の一種だった。
魔力の高い相手なら滅多に術にはかからないのだが、魔力の低い相手は術にかかり
幻術で作り出された世界から抜け出せなくなると言う。

イミルはため息をついて、呪文を唱え出した。

「邪悪なるものよ、光の彼方へ消え去れ・・・ニフラム!」

 天にかざしていた杖を勢い良く振り下ろすと、物凄い光が杖の先から噴出した。
瞬きの瞬間だった。ユナの目の前からテリーが消えたのは。

「あ・・・オレ・・・」

 術が解けてへなへなとその場に崩れ落ちる。

「ユナ!大丈夫!?」

 慌ててイミルが駆け寄る。しかしユナはまだ全身の力が抜けっぱなしだった。

「まったく!あんた死んじゃうところだったのよ!いくらテリーのことが好きだからって・・・
偽者って事くらいわかってたんでしょ!?」

「ちっちがうよ!オレは・・・ただ・・・」

 弾かれたように我に返った。

「ただ・・・・・・何なの?ん?ユーナ」

 ・・・・・・いじわる・・・・・

「う・・・」

 言葉が見つからず戸惑う、イミルはニヤニヤしながら勝ち誇った顔でユナを見つめている。

「そっ・・・そんな事より・・・早くラーの鏡でテリーを解放してあげようよ!」

「はーいはい」

 耳まで真っ赤になっているユナへの笑いを堪え、テリーの元へと急いだ。




 夜明けが近い。
すぐさまルーラで街へ戻る。再び誰にも見つからないようにコッソリ
抜け道を通って神殿内へと戻ると、幸いテリーには何の変化も現れていなかった。

「イミル!ラーの鏡!」

「わかってるわよ」

 バックから神々しい鏡を取り出し、それに苦しんでいるテリーを映し出す。

「邪悪なるもの、今すぐその姿を・・・示せ」

 言葉と共に光が鏡を包む込むと、テリーを苦しめるそれは鏡の中に姿を現していた。
それは、以外にも自分たちと同じ人のカタチを成していた。
肩の下まで伸びた黒髪、耳の上ほどまで釣りあがった目、大きく裂けた口
瞳だけが異様に真っ赤に光っていて、二人はゾっと寒気がつま先からのぼってきた。

「ねえ、ちょっとあんた!テリーから離れなさいよ!一体何が目的なの!?」

 イミルは勇敢にも、それに向かって叫んだ。

”・・・・・・・・・”

 向こうは何も答えず
鏡の中に逃げるようにいなくなっていた。

「あ!逃げられたわ!こうなったらラーの鏡を境にテリーの心の中へ入るしかなさそうね!
ユナも来るでしょ!?」

「えっ!?こっ心の中ぁ!?」

 ・・・いいのか・・・?勝手にテリーの心の中を覗いたりして・・・。
ユナは自分で自分に語り掛ける。
が、とりついている霊の事も有る。結局ユナは恐ろしげながら頷いてしまった。

「ちょぉっとテリーのプライバシーに関わるかも知れないけど、この際仕方ないわね」

「なんて言いつつ、楽しそうに見えるのはオレの気のせいか?」

「なっ何よ!この場合は仕方ないでしょ!!・・・心の内の扉よ、その封印を解け!」

 そんなユナをよそに、イミルはさっさと封印を解いて鏡の中に入ろうとしていた。
鏡はイミルの顔ほどの大きさでとても全身を通り抜けられそうには無かったが
その辺は巫女の力を利用するのだろう。

「なにボっとしてんのよユナ、早くして!テリーが目覚めて夜が明けてきたら
テリーの心の中に入れなくなるのよ!」

 覚悟を決めたのかユナは深く頷いて、イミルの手を握り締めた。


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