▼精神世界...
「・・・こ・・・ここがテリーの心の中・・・・・・?」 鏡を通して入った世界。 そこは闇であった。見渡す限り深い真の黒。ユナは思わず息を呑んだ。 「テリーってあんまりクールだから、心の中ってどうなってるのかと思ったけど・・・こんな・・・」 イミルは辺りを見まわし、絶句した。光は無い。何も見えない。 自分の姿と隣のユナの姿だけは黒い世界から切り離されたようにハッキリと見えている。 「きゃああ!」 二人と同じようにハッキリと見える物がすぐ横を通り過ぎた。 イミルは思わず叫んで、腰を抜かしてしまう。 それは長い尻尾を振り回しながら歩いていた一匹の巨大な魔物だった。 「何で・・・心の中にまで・・・」 もしかしたらテリーはいつも戦ってるのか 心の中でも常に気を張ってて・・・安堵する事も無い。 ユナは心の中で呟いた。 「もしかしなくても、もしかしなくてもよ?テリーが戦った魔物、全部いるって事かしら・・・」 「・・・・・・そうなのかもな・・・」 一人でこんなに沢山の魔物と戦ってきたのか・・・? そんなに無理して、強くなって、どうするんだよ・・・。 その答えは、この世界にあるのか・・・? 「キャア!アレ見て!!」 「・・・今度は何・・・」 暗い世界を当ても無く彷徨っていたが、急にイミルが声を上げた。 ヤレヤレといった感じで振り向いたユナであったが、同じように目を見張ってしまった。 「・・・アレ・・・子供の頃の・・・テリーなのか・・・?」 確かにそこには銀髪の幼い少年が暗闇の世界に浮いていた。 その雰囲気は二人の良く知っている少年とそっくりだった。 「彼の心に残っている事が・・・そのまま現れてる・・・」 見てはいけない事だと二人は分かっていたが目を離せない。 子供のテリーに目を奪われていると、急に視界が明るくなる。 現れたのは薄汚れた街の、薄汚れた路地裏。 シトシトと冷たい雨が、闇に現れた大男とテリーを濡らしていた。 『ハーハッハッハ!どうした!威勢のいいのは最初だけか?』 男の声が、地鳴りのように聞こえてくる。 『ちくしょう!ちくしょう!』 小さなテリーは持っていた剣を力任せに振り上げて 大男に斬りかかっていく。 『うわああああ!』 『・・・ふんっ!』 男が体に見合った大きな剣を振りかざし、テリーの攻撃を受け止める。 誰がどう見ても、互角に渡り合えるわけがない。 その上テリーの小さな体は傷だらけで、剣で斬られたような傷が多数あった。 男はテリーの剣を容易に弾くと、そのまま大剣を振りかざした。 『恨むなら、弱いくせにオレ様に歯向かった自分自身を恨むんだな!』 「きゃああああっ!!」 イミルのけたたましい叫び声と共に、見えていた二人の姿は消えた。 イミルは顔を両手で押さえ、震えている。 「だっ、大丈夫か!?」 「大丈夫なわけ無いじゃない!!」 涙ぐんだまま叫ぶ。 しかし、テリーの心はそんなイミルを待ってはくれなかった。 再び人影が現れる。それは先ほどよりもっと酷い傷を負ったテリーだった。 雨の中、壁にもたれ掛かりながら必死に歩いていたが、遂に倒れて泥水にその身を投げ出した。 『・・・もっと僕に力があれば・・・強く・・・強くなりたい・・・強く、強く・・・!』 泥だらけの顔、アメジストの瞳だけがギラギラと光っている。 その光りは悲しみや怒り、そして殺意に満ちていた。 ズキン。 ユナの胸にその光景が突き刺さる。 イミルは耐えきれずに再び顔を覆った。 「・・・・・・何があったの・・・何でテリーが・・・」 「・・・これ以上詮索するのは、もう、止めようぜ・・・」 目を伏せて、ユナも呟いた。 「でも・・・何でテリーが、こんな目に遭わなくちゃいけないのよ!酷いわよこんなの!!」 ・・・大粒の涙がイミルの頬を伝っていく。 「・・・・・・・・・」 ユナは胸の苦しみを押さえて考えていた。 最強の剣・・・強くなるために探していたのか・・・? ふと、レイドックでの出来事を思い出した。 この世の中は力が全てだ。弱い奴は強い奴には逆らえない。 そう吐き捨てたテリーの顔を。 強い口調だったがどこか思いつめたような表情だった。 強さを求めるようになったのは、この事件がきっかけだったのか? 何がテリーをここまで追い詰めたんだ? ユナはそこまで考えて首を振った。詮索するのはやめよう、そう言ったばかりなのに それに・・・ アイツがいつも言ってる様に、オレには関係の無い事なんだし・・・。 二人はよろつく足で、再び歩き始めあの化け物を探していると・・・ 闇しかないと思われたテリーの心の中に、光が見えた。 「あの光・・・!もしかしてっ!」 つい先程まで泣いていたイミルが、叫ぶ。 「もう出口か?」 「バカねえ・・・テリーの大切な人がいるのよ! 今まで渇ききっていた魂を、少しでも癒してくれた人よ!」 「そんな奴がいるのか?」 「私よ私っ!きっとそーよ!」 イミルは目を輝かせて、光の有る場所へ一目散に駆けていく。 ・・・感情がころころ変わる女・・・ こっそり心の中で呆れて、光の場所へ足を運んだ。 イミルは期待に胸を膨らませつつ、ユナも興味深々で・・・・・・。 しかし現れた光の中に見えた人物はイミルでもなく、また、ユナでもなかった。 綺麗って、多分、こういうことを言うんだろうか・・・。 二人ともが同時に思ってしまった。 それは今まで見た事も無いほど美しい女性の・・・肖像画だった。 豊かな金髪に、すらりと通った鼻筋、長い睫に端麗な瞳、桜色に色づいた唇 白いと言うよりは青白く透き通った肌、 絶景の美女であるのだが、何処か影の有る・・・絵だ。 イミルはショックで先ほどの元気が吹き飛んでしまっている。 「こ・・・これが・・・テリーの・・・心を支えてる人・・・」 「・・・・・・こっこりゃー勝てないな、イミル・・・テリーは、あきらめるしかないよ・・・」 ユナも何故か上ずった口調で苦笑いをした。 「金髪の長い髪・・・大人びた顔立ち・・・悔しいけど絶景の美女じゃない・・・ ・・・どこをとっても私やユナが勝てる相手じゃないわーー!!」 再びイミルは号泣していた。ユナも慰めの言葉を探す余裕すら無かった。 『良く泣くお子様たちね』 「・・・・・・・・・っ!」 その声に虚を突かれて振り向く。 そこに居たのは、先ほどラーの鏡に写された・・・魔物・・・ いや、よく見ると人間の女性の姿をしていた。 余りに唐突過ぎて、二人とも剣を引き抜く事も身構える事さえも忘れてしまっていた。 『分かったでしょこれで。あんたたちみたいなお子様が勝てる相手じゃないのよこのミレーユって 女性は。テリーは心の奥底まで彼女との記憶を封印してる。 私だって彼の想いや彼と彼女の関係を読み取る事が出来ないわ・・・。 分かったならさっさとテリーから身を引きなさい』 「そっそれはこっちの台詞よ!さっさと身を引くのは・・・あっ・・・あんたの方でしょ!」 先程のショックから立ち直ってようやくイミルが叫んだ。 女の形相と気迫に押され、若干腰が引いていたが。ユナもイミルの言葉に同乗して 「そっそうだそうだっ!それに何でオレを殺そうとしたんだよ! あんたに恨み持たれるような覚えは全くないぜ!」 射るような強い視線で、女はユナを睨みつけた。 怪しく光る真っ赤な瞳に言葉と足が竦む。 『・・・私は思念体・・・実体が無い。テリーと話したくても出来ない。 テリーに触れたくても、一緒に歩きたくても、私を見てくれる事だって無い・・・! だから・・・何でも出来るあんたが許せなかった・・・テリーと一緒に旅して 楽しそうに笑うあんたが許せなかったのよ!』 「よーやく分かったわ!アンタ、テリーのことが好きなのね、だから一緒に旅してるユナに嫉妬して 殺そうとした。自分勝手も甚だしいわね」 女の嫉妬はそれは恐ろしいと聞く。 ユナはそれを肌で感じてぞっとして、ますます足が竦んだ。 そんなユナをよそにイミルは言葉を続けた。 「もしかしてテリーにとり憑いてるのも・・・心を乗っ取って自分のものにするつもりなの!?」 『・・・最初はそのつもりだったわ・・・。心を手に入れて、テリーの全てを私のものにしたかった。 だけど・・・悔しいけど、出来なかった。テリーの心は堅くて重い、鉛みたい・・・。 闇が全てを拒んでる、心に棲んでる私ですら受け入れようとしない、でも・・・』 自分に言い聞かせるように、女は繰り返した。 『私はテリーの事、愛してるわ!想うだけならミレーユって女性にも負けない! 何年かかっても、何十年かかってもテリーの心を動かして、私のものにしてみせる!』 「・・・あっ・・・あんた・・・それでいいのかよ?」 ようやくユナも体と共に唇が動き出した。 一言、言葉を発したら、二言、三言とだんだん言葉が出てくる。 「無理やりテリーの心を手に入れて、それで満足なのか?」 『そんな事、アンタに言われる筋合い無いわ!黙っててちょうだい』 ユナが言い終わるか終わらないうちに、鋭い眼光を向けてぴしゃりと言い放った。 だが、ユナは怯まず 「そんなのって・・・寂しいし・・・悲しいだけじゃないか!」 女の瞳を真っ向から見据えて叫んだ。 『アンタなんかに何がわかるって言うのよ!私はテリーが好き、だから一緒に居たい こんな気持ち、男みたいなアンタには一生分からないわよ!!』 「・・・・・・・・・」 互いの気持ちをぶつけ合った二人が、やっと口をつぐんだ。 ミレーユと呼ばれた女の絵は静かに二人を見つめている。 長い長い沈黙が続いた。 「・・・・・・分かるよ・・・」 ユナの、消え入りそうな小さな声が女に届いたのかは定かではなかった。 「だって・・・オレだって、テリーの事が・・・テリーと一緒に居たいんだ・・・」 弾かれたように、イミルはユナを見る。 ユナは手探りで自分の気持ちを確かめるように、ぽつぽつと話し出した。 「・・・・・・最初は・・・こんな男、なんとも思わなかったんだ。嫌味な奴だったし。 偉そうな奴だとも思ってた。・・・でもさ・・・こんなオレに話し掛けてくれて・・・ スラリンを見ても、魔物だからって軽蔑することも無くて・・・嫌味言いながらだけど オレに戦い方を教えてくれて・・・偉そうだけどこの世界の事たくさん教えてくれて・・・ 文句言いながらだけど・・・オレが作ったご飯、残さないで食べてくれて・・・・・・」 「ユナ・・・」 イミルはその言葉に胸が締め付けられ、側に駆け寄る。 「アンタなら知ってると思うけど、一緒に旅をするのはここまでだって言われた。 凄くショックで悲しかった。でもテリーの邪魔をしちゃいけないって・・・ 迷惑なら素直に別れようって、だってそれがテリーにとって一番良いことだろ」 しんと静まり返った心の世界。ユナの声だけがどこか悲しげに響いていた。 「やっぱりあいつには・・・あいつの思うとおりに、あいつらしく旅してほしいし」 女は何も答えず、そして口を挟むこともしなかった。 ただ無言で、ユナの言葉を待っていた。 「アンタもテリーの事想ってるんなら、そう思わないか?本当はそう思ってるんじゃないのか?」 「・・・・・・・・・」 パアン! 闇だった世界が、急に明るくなった。何処かから投げ出されたように二人は 豪華な絨毯の上に倒れ込んでしまっていた。 心の世界からイミルの部屋に戻ったらしい。慌ててラーの鏡に目を向けると ・・・・・・あの女が鏡の上、宙に浮いていた。 ユナたちがテリーの精神から放り出されたのは、体の主が目覚めたからであろう。 テリーが目をこすりながらこちらを見ていた。 「ユナ・・・イミル・・・、何をしているんだ?なんだその格好は?」 そんなテリーを見て、二人は呆れるというか 今までやってきたことが急にバカらしく思えてしまった。 そしてあの女を思い出し、見上げる。 『・・・・・・私・・・』 体が半透明に透き通っている女。その顔は醜くつり上がっては居なかった。 優しそうな女性はぽつぽつと涙をこぼしながら呟いた。 『・・・私本当はもう気付いてたの。テリーの心を手に入れても、それは自己満足でしか無いって・・・ 今以上に寂しくなる事も、分かってた・・・。でも離れられなかったの・・・好きなんだから仕方ないって自分に言い聞かせて・・・バカ・・・ほんと・・・バカよね・・・』 「そんな事ないわ!恋する女は、皆バカになっちゃうもんだもん。ね、ユナ」 「なっなんでそこでオレにふるんだよ!」 慌てて赤面して言い返す。 そんな二人に女は初めて微笑みを見せた。 穏やかで、暖かい気持ちになるような優しい微笑みだった。 『本当にテリーの事を想ってるのは、ユナ、あんたの方なのかもね』 「なっ・・・なにを・・・!んんんなこと無いよ!あんたには負けるって!」 ユナの言い様にふふっと再び笑みを返した。 『・・・きっかけをくれてありがとう、ユナ・・・イミル。 そして・・・テリー・・・有り難う・・・今までずっと側についててゴメンね・・・』 それだけを言うと女は天に昇って消えていった。 ぽかんと口を開けているテリーに気付くとユナは急に焦ってしまった。 さっきのやりとり、聞かれていたら まずい。 「なんだあの女は?オレの事を知っていたようだが・・・オレはあの女の事なんて知らないぞ」 ・・・二人は顔を見合わせ吹き出してしまった。 ユナもホっと安心する。やっぱり鈍感だった。良かった。 「これって夢なんじゃない?」 イミルの言葉にユナも頷いた。 「そうそう、お前の事を好きな女の子の・・・な」 「???」
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