▼トルッカの大富豪...


 朝を迎え旅立ちの準備をする二人に、ようやくイミルは最強の剣の在処を調べてくれた。
片手に乗る大きさの水晶をのぞき込んで、何かを感じている。

こうして見ると、巫女に見えるから不思議だよな・・・。
昨日の巫女らしからぬ行動の数々を思い出し、ユナはそのギャップに戸惑いを覚えてしまった。
そんなユナの胸中をヨソに占い終わったイミルはふぅっと汗を拭った。

「ここから南南西の方向に、洞窟が見えたわ・・・寒い、寒くて冷たい氷の洞窟・・・。
そこに・・かなり強い呪力を持つ剣が見えたの。
でも・・・この剣を手に入れるためには船が必要・・・だって」

「・・・船?」

「一度サンマリーノまで戻ったほうがいいんじゃないのか?」

 ここから先の海は浅瀬や暗礁が酷くて、行き来をしている船や港もないらしい。
サンマリーノから外海を航海するしかないのだ。テリーは仕方ないと言った表情で頷いた。

「悪いな、イミル。おかげで助かった。じゃあな」

「ちょっと、まっ・・・待ってよ!」

 慌ててイミルが呼び止めた。

「なんだ?もうこの神殿に用はないんでな」

「私も一緒に行きたい!」

 ストレートな答えに、思わずユナは感動した。

「バカか、お前は。お前この街の巫女だろ?無理に決まってるじゃないか」

 テリーの即答にもこの上なく感動してしまう。

「ずるいずるい!ユナだけテリーに付いていくなんてずるい!」

「なんでそうなるんだよ。オレはイミルと違って元々旅人なんだから
別にずるくないだろ?少しはテリーの役にも立ってると思うし」

「・・・ホイミだけな」

 ホイミだけなのかオレは・・・。心の中で舌打ちをするが、多分顔は笑顔。
ユナはこの神殿に来て別れようと言っていたテリーの事を思い出していた。
オレが、冗談でも一緒にいたいって言った事、ちゃんと聞いてくれたのか?

・・・何にせよ、ホイミが使えて良かった・・・。

「何よ、ユナ、ニヤニヤしちゃって、へーぇそうですか。テリーと一緒に行ける事が
そんなに嬉しいわけ?」

「えっ!いっいや、だって。そのよ、ほら、テリーって強いから魔物に襲われても安心じゃないか」

 慌てて言葉を取り繕う。

「そうか。そんな事を言っているから、いつまで経ってもレベルが低いままなんだな」

 間髪入れずにテリーから突っ込まれた。
そりゃそうかもしれないけどさ・・・。

「あっ!そうだ!ねぇねぇ、サンマリーノまで行かなくていいようにしてあげようか!?」

「・・・・・・・・・?」

 不可解なイミルの言葉に、二人ともが同時に振り向いた。

「連れて行ってくれないんならさ、私の実験に付き合ってくれても良いわよね」

 イミルの提案に耳を傾けてしまった事を、二人は程なくして後悔する事になる。




「ユナ」

「ん?なんだ?」

 ユナとイミル、二人で実験の道具を取りに行く途中、イミルが呼びとめた。

「・・・これからの旅・・・気をつけてね」

「・・・?うん、ありがと!」

 笑顔で返して歩き出す。再びイミルに呼びとめられた。

「あの大地震以来、夢と現実の境目が薄くなってきたって言ったでしょ?
テリーの心の中・・・闇の力が物凄く伝わってきたわ。
なんだか私・・・怖いの・・・。このままテリーの心の闇が広がる事があれば
テリー自身が自分の心に飲み込まれちゃうような気がして・・・」

「自分の心に?そんな事って有るのか!?」

 イミルは神妙に頷いた。
はじめて見るイミルの不安げな表情。本気でテリーを心配しているのだろう。
ユナは少し考えて、イミルの肩をぽんっと叩いた。

「そんなに心配する事ないって!あの自信家のテリーが自分自身の心に飲まれる
だなんて・・・無い無い!そりゃ心の中は真っ暗だったけど、一応は光があったじゃないか
うん、きっと大丈夫だよ」

 危機感のない笑顔で自分の胸を叩く。
その能天気さが、むしろイミルには救いだった。そして再び二人はいつもの雰囲気に戻っていった。




「おいイミル。実験というのは何だ?」

「ちょっとは信用してたんだけど・・・やっぱやめてもいいか・・・!?」

「あーっ!もう、うるさいなぁ!黙っててよー!」

 イミルの部屋、二人の不安そうな声が一人の甲高い声にかき消される。
イミルは部屋に入るなり、引いてあった大きな絨毯を取り払い、持ってきた本をめくる。
床には絨毯に隠れるように魔法陣が書かれてあった。
・・・なんて用意がいい・・・。
二人は怪しさと身に迫る危険を感じながら、言われるがまま魔方陣の上に乗ってしまっていた。

「・・・・・・怪しいと思ってるんでしょ?」

 素直にユナは頷いて見せる。

「・・・言ってくれるわね・・・!これはね、私が今研究してる瞬間転送呪文なんだから!
ルーラに変わる新しい呪文よ!」

「・・・・・・本当に怪しいな・・・」

 テリーの言葉に再びユナは頷いた。

「ひどいってば!これでも遠くの地に物を転送する事が出来たんだからね!
・・・人間で実験した事はないけど・・・」

「エェッ!!」

 既に足元の魔方陣は光を上げていた。その光りは魔力を伴っていて二人の体を拘束する。
逃げることも、ましてや抵抗することすら出来ない。

「いやだー!まだ死にたくない!!」

「大丈夫よっ、さすがに違う次元とかには飛ばされないと思うからvv
じゃーぁね、二人とも!また会う日まで」

 目の前のイミルの悪戯な笑みがどんどんと薄れていく。
光と共に全てが真っ白になっていった。
死にたくないー!!イミルのバカヤロー!!
体が急に重くなる。光りに包まれたまま、意識が遠のいていった。




「・・・・・・・・・?」

 息が出来ない・・・苦し・・・

「ピキィ・・・」

「スラリンッ!?」

 覆い被さるように、スラリンはユナの顔に倒れ込んでいた。

「スラリン!」

 目のうつろなスライム。少女に気がつくとハッと目を覚ましたようだ。

「よかったぁ・・・」

「う・・・いてて・・・」

 すぐとなりにテリーもいる。

「テリー!大丈夫か」

 やはりこちらもユナに気がつくと我に返った。

「・・・ユナ・・・か・・・ここは何処だ・・・?」

 草木の匂いにつられ辺りを見回すとイミルの部屋では無い事は確かだった。
青い空に、遠くに見えるなだらかな丘陵地帯、その手前には緑々と生い茂った森
そこから二人が倒れ込んでいる場所まで草原が広がっていた。

「イミルの言葉を信じれば、最強の剣があるって言う洞窟の近く・・・って事になるけど・・・?」

 洞窟らしきものは見当たらない。氷の洞窟とは言ってたけど、寒くない、寧ろ暑い。
見渡すが見えるのは、穏やかに雲が流れていく青空と山と森と草原。
テリーは鞄からもうボロボロになってしまった世界地図を取り出した。

「うをっ!世界地図!何だよ持ってるなら持ってるって行ってくれよな!
でもそれスッゴイ高いだろ、さすがはテリ・・・!」

「黙ってろ」

 歓喜の声を上げるユナを制して、レイドックから南南西の方向へと指さす。
マウントスノー・・・とかすれた字で書かれている。目的はここのハズだが・・・
地図でみるとそこは険しい岩山で囲まれているようだった。
ここは、と言うとそのような感じは全くしない。

二人は同じタイミングでため息をついた。

「アイツの事だ。おそらく失敗して違う場所に飛ばされたんだろ」

「はぁ・・・多分そうだろうな」

 一緒に地図を覗き込んでいた為、至近距離でテリーと目が合う。
思わず赤面して後ろに仰け反ってしまった。その勢いでそのまましりもちをついてしまう。

「いててて・・・ケツ打ったぁ・・・」

「どうしたんだ?虫でも居たか?」

「いっ・・・いいいいやっ!ななんでもないんだ!」

 ・・・・・・・・・・・・・・・びっくりした・・・。
今までに無いくらい心臓は大きな音を出して動いている。
イミルの所で、テリーの事を想う気持ちは負けない、だなんてあんな事言ったけど
あの時は仲間としての気持ちだって思ってたけど。
違う。
スラリンの事好きだって思うのとは別の所で全然違う・・・。

 そんな事を考え、なんだかテリーに対してぎこちなく接してしまっていた。
そしてミレーユというヒトの事を思い出し、またため息をついてみた。
あの女性はテリーにとって、どんな存在なのだろうか・・・考えるだけで何故か胸が苦しくなる。

「とりあえず・・・街とかないか調べてみるか。ここにいても始まらない」

「おう!」

 イミルの転送呪文とやらのせいなのか、まだ重い頭を引きずりながら、
二人は見知らぬ大地を歩いた。しかし数時間後、不安は期待へと変わっていった。




 海の町サンマリーノとは対照的に山に面している緑豊かな街トルッカ。
トルッカと言う地名を聞いてテリーが再び地図で確認すると、
イミルの神殿から南南西とは全く別方向の北北西にある島の名前のようだった。
あたりは深い森で囲まれて、その周りにはやはり大自然が広がっている。
どこをどうしたらこんな場所に飛ばされるんだと文句を言うテリーの愚痴を聞きつつ
ユナは初めて訪れる町に興奮していた。

 取りあえず宿を取った後、酒場へと向かった。
BARと書かれた看板を頼りに、建物の階段を下りる。
下りた先の扉を開けるとそこは暑かった外とは違い涼しい風が吹いていた。

「いらっしゃい」

 カウンターでせっせと飲み物を作っていた中年の男が愛想の良い顔で答えた。
昼間だからなのか、テーブルと客の数が悪い意味で
合っていない店内を見回して、二人はカウンターについた。

「酒はいらない。それ以外のものをくれ」

「オレは・・・ミルク。冷たいやつ」

 頼んだ後、早々に出てきたアイスミルクを飲みながらユナの方が尋ねた。

「マスターあのさ、聞きたい事が有るんだけど・・・この街で凄い剣の噂とか聞いた事ないか?
この辺に宝が有りそうな洞窟が有るとかそういう情報でも良いんだけど」

 尋ねられた酒場のマスターは手を休める。

「無駄だ。ここは予言された場所とは別の場所なんだからな」

 テリーが同じアイスミルクを飲み干して、代わりに答えた。

「・・・ハッハッハ、凄い剣ねぇ。冒険者のあんたたちにも噂が伝わっているのかい?」

「噂?凄い剣が、この町にあるのか?」

「ああ、あるよ」

 イミルの呪文は大成功だったのか。
Vサインをしたイミルの姿がユナの脳裏を過ぎ去っていった。

「でもね、その剣は街一番の金持ちの家宝なのさ」

 ユナの飲んでいたミルクが気管に入ってゲホゲホ咽せた。

「・・・じゃあ、手に入れる事は無理じゃないか?」

「そうだね、ここだけの話商人や珍しい物好きの金持ちが
大金を積んで、売ってくれと申し出た事が何度も有るらしいんだよ。
でも、その剣を売ったって話は聞いた事がないね」

 う〜ん・・・と難しい顔をしてユナはカウンターに突っ伏した。

「・・・いや、まだ手はあるぜ」

「・・・・・・・・・?」

 テリーのイス一つ隔てた隣。
目を見張るような色男が、隣に移動して肩に手を回してきた。

「あそこの家はなんでも凄い親バカ・・・いや、過保護だっていうじゃないか。
あの家の一人娘のエリザと婚約でもすれば、家宝くらい、軽く貰えるんじゃないのか?」

「そんなに簡単にいくもんじゃないだろ・・・?」

 カウンターに突っ伏したまま、男の方を見ずに答える。

「大丈夫だぁって、金持ちってのは太っ腹なもんだぜ・・・ところでさー彼女ー。
オレとちょっとデートしない?オレ、いー店知ってん・・・・・・」

「・・・・・・・・・言いたい事はそれだけか?」

「・・・・・・・・・はりっ!!??」

 そこまで言うと恐ろしい目でテリーがその男の胸倉を掴んでいる。
テリーの肩には男の手が・・・

「・・・・・・おっ、男ぉーーーーーーーー!!!???」

 二人のやり取りを聞いて、ユナはようやく顔を上げた。

 ギラリとテリーの瞳が怪しく光っている。
確実に魔物を仕留める時の目だ。いつ剣が光ってもおかしくない。

「まさかあんた・・・テリーの事、女だって思ってたのかよ!?」

「・・・だ、だってこんな綺麗な顔してるんだもん・・・オレ、てっきり・・・」

 テリーから胸ぐらを掴まれ、椅子から転げ落ちた男に、客は注目していた。

「おいおい!いくら街一番のナンパ師だからっていってもよぉ
男をナンパする趣味も持ってたとはなぁ」

「気を付けろよ。男ですら口説くらしいぜこの男は」

 周りから悪口ともいえない嘲笑が聞こえてくる。
テリーは無言のまま乱暴に酒場から出ていった。

「・・・悪かったな、あんたの連れ・・・」

 テリーを口説いてしまった色男は、ションボリと肩を落とした。
ため息をひとつ吐いてテリーが座っていたイスに座る。

「・・・あれはかなり怒ってるな・・・」

 女と間違えられて、しかも笑い者にされる始末・・・。

「・・・あれ?あんた男じゃないの?」

「えっ、ああ、オレ一応女なんだ。こんなの付けてるから分かんないよな」

 ユナは久々に暑苦しい鉄兜をとってみた。色男の驚いた顔が見える。

「・・・がーん・・・」

「おーおー、女の子ほっといて男をナンパするなんて・・・さすが、自称ナンパ師!」

 再び周りから茶化す声があがった。

「うるせぇよ!あーぁ、今日は厄日だ・・・」

 そんな色男に苦笑してユナは酒場を出た。




「テリー!」

 不機嫌そうな顔でこっちを見据えている。酒場の外で待っていてくれたようだ。
ユナが追いつくと不機嫌そうな顔のまま歩き出した。

「・・・悪い事したってさ、あの男・・・」

 テリーの顔から少しシワがとれてきた頃に、ユナは切り出す。

「・・・知るか・・・」

 と思うと再びシワが眉間に寄ってきた。

「でも良いじゃないか、綺麗な顔してるってよ」

 怒ると分かっているのに、言わずにいられない。

「うるさい!大体お前が、そんな鉄兜とかかぶってるからこんな目に遭うんだ」

「なんでそうなるんだよ、それとこれとは関係ないだろ!?」

 テリーはユナを一瞥すると再び歩き出した。
と、急に彼の足が止まった。

「この帽子だってそうだ。もっと上手く作れないのか!?」

 勢い良く帽子を取って、やっと言い返す。

「そんなの、しょうがないだろ!そんなに嫌なら、かぶらなきゃいいじゃないか!」

 売り言葉に買い言葉でユナも言い返した。
その時強い風が吹き抜け、テリーの手の中の帽子が風にさらわれてしまった。

「・・・・・・あ・・・」

「・・・嫌なら、追いかけなきゃいいじゃないか」

 その言葉に止まるが、テリーは憎らしい顔で振り向き

「オレの勝手だ」

 憎らしい言葉で返した。
ゆらゆらと風に乗って飛ぶ帽子を、二人は言い合いながら追いかけていった。

「どこいったん・・・・・・・・・!」

 ボスン!
帽子に気を取られていたユナは、不意に立ち止まったテリーにぶつかった。

「いたた!急に立ち止ま・・・・・・!」

 テリーの視線を辿ると、同じように足が止まる。
視線の先には、強い日差しの中、日傘を差して歩いている女性。
青い帽子は彼女の腕の中に吸い寄せられるかのようにそのまま着地した。

「・・・わぁ・・・綺麗なひと・・・・・・」

 思わず、ユナが呟く。
金髪の長い髪、透き通った肌、切れ長だけど優しそうな瞳、
整った顔立ちと長いマツゲが瞳をより印象的にしている。
何となくテリーの心の中で見た”ミレーユ”と言う女性を思い出してしまった。
ユナは心に嫌な物を感じた。

「あっ・・・この帽子、貴方のものなんですか?」

 その女性は爽やかに微笑んで、テリーの元に駆けてくる。

「あっ・・・・・・」

「危な・・・!」

 ユナが慌てて受け止めようとするより先に、テリーが動いた。

「大丈夫か?」

「は、はい・・・・・・」

 足がもつれて倒れそうになった女性。
その女性の体を、テリーがしっかりと抱きとめていた。

「あ・・・・・・」

 ユナは何故か体が硬直してしまった。
見つめ合う二人を目の当たりにして体が動かない。
それとは正反対に体の中の血液や心臓はいつもより二倍くらいの早さで
動いているような気がする。
胸の中でも何かが動いて心を掻き乱した。
ユナはそれが、『嫉妬』という感情だと言うことに気付いていなかった。

「あっ!あの・・・っど、どうも・・・スイマセン・・・これ、貴方の、帽子です・・・」

「あ、ああ・・・」

 その女性は頭を下げ、真っ赤な顔で走り去っていった。

「この・・・・・・草のバカやろー!」

 ユナはあの女性が足を取られた草を蹴って、少し自己嫌悪になった。
草にホイミをかける自分にまた何故か自己嫌悪になる。

「・・・なんだよ・・・オレが転びそうになっても、あんな事してくれなかったのにさ・・・・・・
転んでもほっといて、起こしてくれようともしないくせに。
むしろ含み笑いさえくれちゃって・・・」

 ぶつぶつ言いながらテリーを見ると、ユナの方には気にも留めず
その女性の後ろ姿をずっと見つめていた。

ユナはその様子に、今まで感じたこともないような不安に駆られてしまった。




「・・・噂によると・・・ここが凄い剣を家宝にしてるっていうルドマ=べリスさんの屋敷・・・だね。
凄いおっきいな・・・」

 先ほどの事もあってか、若干声のトーンが下がったユナが呟く。
トルッカの中心街にその屋敷は構えていた。
他の民家の10倍はあろうかと言う豪邸、美しい庭が豪邸の周りを囲んで、
門の前に有るバラ園が心地良い匂いを誘った。

庭を手入れしているメイドらしき人物が二人に気付いて声を掛ける。
ルドマに会いたいと告げると、剣を預かる事を条件に屋敷の中へ案内してくれた。
門をくぐり、庭園をしばらく歩いてようやく豪邸の扉の前に辿り着く。

「それにしてもほんっとすげーなぁ、ちょっとした城みてぇ・・・」

 豪華絢爛な作りにユナが歓声を上げている中、テリーは無言でメイドについていった。

「この家の主の、ルドマ=ベリス様です」

 案内された一際豪華な部屋には、年老いているようなのにきらびやかな宝石を身に着け、
派手な衣服を着用している男が、これまた高級そうなソファに座っていた。
一目見て家の主人のルドマだと察しがつく。

「顔、100点。合格ラインは楽にクリアですな」

「・・・・・・は?」

 ルドマの周りのメイドが、テリーとユナを向かいのソファに座らせる。

「・・・だが、問題は貴方がどれほど深く、エリザの事を愛しているかだ」

「ちょっ・・・ちょっと待ってくれ、オレは別にその、エリザと婚約するつもりはない!」

 慌ててテリーはソファから立ち上がった。ユナもそう思っていたところだ。

「えっ!?」

 驚いたのはルドマではなく、ここまで案内してくれたメイドの方だった。

「そっ、そうだったんですか・・・。アタシ・・・てっきりいつものお客様だと・・・」

「バカっ!」

 他のメイドが口を挟み、二人して慌てて頭を下げた。ルドマは息をつき。

「お気を悪くしたのなら謝ります・・・。しかし、この所ほとんど毎日でしたからなぁ・・・」

「・・・え?と、言いますと?」

 ユナがやっと兜を脱ぎ、尋ねた。
大理石のテーブルに肘をつき、手を顔の前に組んでルドマは話し始めた。

「ちょうど貴方たちくらいの少年や青年が、私の一人娘のエリザと付き合いたいと
申し出てくるんですよ。時には婚約させてくれと申してきたりと、いやはや苦労が絶えませんわ」

「こっ婚約ですか!?」

 ユナは酒場で会った。マヌケなナンパ師の言葉を思い出した。

「エリザは男に疎いようですから・・・一応、親としての心遣いというんでしょうか?
私の見た中でテストをして、合格した男だけでもエリザと会わせたりしたんですが
メイドがそのような男たちとあなた方を勘違いされたようですな・・・」

 メイドは何度も頭を下げながら持ってきたお茶と菓子を二人に勧める。

「あのう・・・今日こちらにお伺いしたのはそういう事じゃないんです。
・・・この家の家宝であるという剣を見せてもらいに来たんですけど・・・」

 ユナはやっと本来の話題に持っていくことに成功した。

「おおっ、あの剣ですか?もちろん構いませんよ」

 そう言うとルドマは嬉しそうに表情を変え
小太りの体を揺り起し、二人を案内した。




 屋敷の地下、幾重にも施錠された鍵を開けて鉄の扉を開ける。
中は石造りの小さな部屋だったが、びっしりと敷き詰められた棚に
珍しい骨董品が所狭しと陳列していた。

「・・・これなんですがね・・・」

 ガラスケースに飾られてあったその剣は、光沢を放ちながら二人を待っていた。
見たところ、レイピアより少し太いぐらいの細身の剣だ、
鞘と柄は純正のプラチナで繊細な模様が施されてあった。
プラチナと言えば、オリハルコンにも劣らない硬質を持っており
磨けば磨くほど光沢を増し、その切れ味も鋭くなる。
それ故に冒険者や庶民が手に入れるにはほど遠い、高価な金属だ。

目の肥えた商人や剣士ならば喉から手が出るほど欲しい一品である事は
今目の前で解説しているルドマの言葉を聞かなくても分かっていた。

「・・・・・・で私はこの剣を、エリザの将来の相手に託そうと思いまして・・・」

 そうだ、ここが大事なんだ。
コクリとユナは息を飲んだ。

ん・・・?
なんだ、それなら勘違いされたままの方がテリーにとってはいい話なんじゃ・・・。
とそこまで考えて、先ほどの女性の事を思い出してしまった。

「お父様、ただ今帰りました」

 遠くから聞こえた女性の声に、ユナは我に返る。

「おおっ、私の一人娘のエリザだ。エリザ!ここだ、私は宝物庫だ!
あなた方と同じほどの年の娘です、紹介致しますぞ」

 足音が近づいてくると、後ろのドアが静かに開いた。
何人もの男が求婚してくる・・・どれほどの美人なのか興味が湧いてしまう、
深く会釈したエリザの顔を見てみると。
・・・ユナは驚きのあまり声が出なかった。
テリーも珍しく驚いた顔で目を見張っている。

・・・・・・・・・あの時の、女性だった。

「・・・え・・・!あなた・・・今日の・・・?」

「なんじゃ、知り合いか?」

 そんな二人に気付いてエリザも目を丸くしている。

「・・・ええ・・・ちょっと・・・」

「ほうほう」

 過保護な親がやはりチェックを入れ出した。

「で、でも・・・どうして貴方たちがここに・・・?」

 大人びたエリザの瞳。
テリーが平常心を乱しているのに、ユナは気付いてしまった。

・・・やっぱり・・・似てる・・・ミレーユってヒトに・・・テリーの大切なヒトに・・・。

これまでの経緯を話したテリーとエリザはお互いに打ち解けたのか
二人の表情はすっかり緩んでいた。
街を案内してくれるというエリザの申し出にテリーは快く頷く。
メイドから剣を受け取り屋敷の外に出ると嫌な予感がユナの頭をよぎった。
出会ったばかりのイミルの、何とも言えない態度が蘇る。

・・・テリーに好感を持った乙女は、大抵一緒に旅している女に嫉妬をするものだ。
・・・そういえば、殺されかけたりもしたな・・・。
締められた苦しみを思い出してぶるっと震えてしまった。
テリーと一緒に旅するって事が、こんなに大変な事だったとは・・・。

「ユナさんも一緒に行きません?」

「・・・え?」

 そぉーっとその場を離れようとしたユナは、思いがけない言葉に怪訝に振りかえってしまった。

「トルッカ・・・初めてなんでしょ?勿論そのスライムさんも一緒に」

「はっ、えっ?」

 肩に乗ってじっとしていたスラリンがその言葉を聞いて
驚いたようにぴょんっと跳ねた。

「いっいいのか?オレたちが・・・一緒に言っても・・・」

 エリザは嫌な顔一つせず微笑んだ。

「勿論ですよ!大勢の方が楽しいですから」

 ・・・・・・いい奴じゃないか・・・。
思っていた事に自己嫌悪。
・・・凄い美人だし、街一番のお金持ちだし、その上性格も良い、非の打ち所が無い。

・・・・・・それゆえにユナは苦しくもあり、羨ましくもあった。

ミレーユと似た雰囲気を持つエリザの事が・・・




「ここがこの街のシンボルの教会です。何でもこの教会で式を挙げた男女は
精霊ルビスの加護を受け、幸せになれるそうですよ」

 町並みをエリザのペースに合わせながらゆっくりと歩く。
白い尖塔がひときわ目立つ教会の前でエリザは立ち止まった。
白い壁と青い屋根の組み合わせがとても眩しくみえた。

「ユナさんとテリーさんも結婚する時はこの教会を使ってください。きっと幸せになれますよ」

 そう言って微笑むエリザ。

「・・・エリザさんは結婚する予定は無いの?」

 ふと、ユナが尋ねた。相手は少し考えて

「そんな事考えた事も無いです。私、男の方とお付き合いした事が無いもので・・・」

 うそだ・・・。こんなに美人でお金持ちで優しそうな人が・・・。
恥ずかしそうに手を振るエリザに、複雑な思いを抱きつつもドキッとしてしまった。
女のオレでもこんなふうに思うんなら。男なら尚更・・・。
コッソリ隣のテリーを見る、一見いつもと変わらない表情。
なんとなくほっとしてしまう自分に嫌悪を抱きつつ二人の後を追った。

その後もエリザは色々なトルッカの名所を案内してくれた。
もうすぐ街の誕生祭があるらしく、街はその準備でにわかに活気付いていた。
屋敷に帰ると、豪華なコートを羽織ったルドマが
門の前で三人を待ち構えていた。

「お父様、どうしたんですか?」

 そう問いかけるエリザの横をすり抜け、その後ろのテリーに顔を近づける。

「テリー君、私はあなたならエリザを任せられるよ。娘を婚約者にどうかな?」

「おっ・・・お父様・・・!?」

 思ってもいない父の言葉にエリザは叫んだ。

 ・・・な、なんだって・・・!そりゃあちょっと早過ぎるんじゃないのか!?
ユナもあんぐりと口を開けて目を丸くしている。
ルドマはテリーと力強く握手すると、小声で
「本気だぞ」
と言い残し、屋敷の中へ消えていった。

「テッテリーさん、きっ、気を悪くしないで下さいねっ。お父様が勝手に言ってる事ですから!」

 赤面するエリザ。
テリーと目が合うと、耳まで真っ赤になってうつむいてしまった。

「・・・お前がその気なら、オレは式を挙げても構わないが」

 女二人は弾かれたようにテリーを見た。

「ほっ、本気ですか!?テリーさん!?」

 真っ赤になっていた顔が、ますます真っ赤になっていく。

「・・・さあな・・・」

 人前で滅多に笑わないテリーが、微かだが口元を緩ませて答えた。

 ・・・不安で、胸が押しつぶされそうだ
ユナは生まれて初めて感じる感情に、今日一日振りまわされっぱなしだった。
エリザと別れ、夕闇の迫る帰路を辿りながらユナは無言で考えていた。
そして意を決して

「おいおい。まさか本当にエリザさんと結婚するのか?」

 恐る恐る、なんとかいつもの調子で尋ねる。

「・・・最強の剣が手に入るのなら、考えてもいいな」

「・・・・・・!最強の剣って・・・そんな・・・本気じゃ・・・本気で好きじゃないんなら
エリザさんだってかわいそうじゃないか!」

 弾かれたようにユナが叫ぶ。
テリーはユナから顔を背けた。

「・・・女は嫌いだが・・・あいつなら好きになれるかもしれない」

 ・・・思いがけない言葉が胸を貫いた。
その傷みで体は硬直し、足は震えた。
だが、テリーにそれを悟られまいと必死について食い下がる

「好きになれるって・・・人を好きになるって、そんな簡単なもんなのか?オレの言ってるのは・・・・・・」

「うるさい!」

 テリーの一喝に、言葉が止まってしまった。

「なぜお前に説教されなくちゃいけないんだ!今日のお前何か変だぞ!?
オレはお前なんていなくてもいいんだからな!オレの考え方が嫌ならついてこなくてもいい!」

 余りに激しい言葉を並べられ、ユナは無言でうつむいてしまった。テリーは息をつき

「・・・言い過ぎた・・・宿に戻ってる」

 早足で歩き出した。

「ピキィ・・・」

 心配したスラリンがユナの肩に乗る。
テリーのばかやろ・・・オレの気持ちも知らないで・・・

想い人の影は何の迷いもなく遠く遠く離れていった。


▼すすむ
▼もどる

▼トップ