▼トルッカの大富豪...2


・・・はぁ・・・はぁ・・・ぜぇ・・・ぜぇ・・・

 まだ鶏の朝の合図も聞こえてはいない。
朝と呼ぶにはまだ早過ぎる時間に、トルッカの街を全力で走るオヤジの姿があった。
そのオヤジはドンドンと何処かの家のドアを叩き、強引に中に入っていく。
ふとその音に気付いてユナは目を覚ます。
うるさいなぁ、と思う間もなく、その音は近付いてきた。

「テリー君!起きてください!!」

「ルッ、ルドマさん!?」

 あまりに信じがたい来客にユナはベットから飛び起き、そのままの格好で部屋の外に飛び出した。

確かにルドマだ。顔も髪は乱れていたが、金色の寝間着は彼以外考えられない。
疲れきった顔でユナを見つけると、気が抜けたのかヘナヘナと座り込んでしまった。

「ユナちゃん私は・・・どうしたらいいんでしょうか・・・」

 ユナちゃんって、随分フレンドリーなオヤジだなって、そんな事思ってる場合じゃない。

「何があったんですか?」

 慌てて尋ねると脱力しているルドマの口が微かに動いた。

「・・・・・・エリザ・・・エリザが・・・・・・さらわれて・・・しまったんです・・・」

「はあっ!?」

 唐突な展開に素っ頓狂な声を上げてしまう。
まさかそんな事と冗談交じりに続けようとして
涙ぐむルドマが目に入り言葉が止まった。
まさか・・・マジなのか!?

「どうしたんだ?朝から騒々しいな」

 まさにルドマに尋ねようとした瞬間、目の前のドアが開いた。
部屋の主は、だらしのないユナの格好を見て慌てて背を向けた。

「お前、そんな格好で・・・!」

「そんな事言ってる場合じゃないんだよ!エリザさんがさらわれたらしいんだ!」

「・・・・・・・・・・・・!」

 彼もユナと同様、唐突な展開に二の句が告げてなかった。
ただただ、目を見開いて次の言葉を待っている。

「本当なんです・・・ユナちゃん・・・テリー君・・・私が不審な物音に気づいて目を覚ますと、
エリザの部屋にこんな紙切れが・・・」

 震える手で一枚の紙切れを取り出した。二人して、その貧相な紙を覗き込む。

「『・・・娘は預かった・・・返して欲しくば家宝の剣を持って夢見の井戸まで来い・・』
家宝の剣っていうと、もしかして昨日見たあの・・・?」

 二人の脳裏に光るプラチナが蘇る。ルドマは頷いた後、泣きそうな顔で

「・・・・・・・・・そう言うわけで・・・お二人に頼みたい事があるんですけど・・・」





 トルッカから深い森を挟んで北に数時間程歩いた場所に
ぽつんと大きな井戸が掘られていた。
誰も知らないくらい、ずっと昔からこの場所にあるらしい薄気味悪い井戸だ。
時折井戸から不思議な光が目撃される事が有り
街の人たちはその井戸を”夢見の井戸”と呼んでいた。

『お二人に家宝の剣を届けて欲しいんです!』

 夢見の井戸へ向かっている途中ユナはルドマの言葉を思い出した。
あの時は突然の申し出に驚いてしまった。

『な、なんでオレたちが・・・!?他にもたくさん家来や従者がいるじゃないですか』

 ルドマはブンブンと首を振って

『・・・ダメなんです、信用に足るような屈強な従者がこの家には居ないんです!
ですがエリザの見込んだ二人になら、大切な剣を任せられます!
お願いです!!エリザを・・・エリザを救ってください!!』

 そう言われて頭まで下げられた日にはさすがのテリーでも断ることが出来なかった。
・・・・・・と言う事で今に至る。

「・・・・・・・・・剣を持って、逃げちまう?」

「・・・本気で言ってるのか?」

 ユナは笑いながら首を振った。

「ジョーダンに決まってるだろ!オレがそんな悪い奴に見える?
それに、エリザさんを救う為だもん。んな事したら、テリーから叱られる所じゃすまないだろ」

「どう言う意味だ」

 鋭い目で睨まれたため、顔を背けて

「・・・別に・・・」

 とだけ、言い返した。

 分かってるくせに・・・どういう意味かなんて・・・・・・エリザを助けたいって思ってるくせに。
しかし、ゆっくり干渉に浸れるほど現実は甘くなかった。

・・・ようやく森を抜けて夢見る井戸まであと少し
というところの林に二人は足を踏み入れた。
背の高い木がぽつぽつと有るだけなのだが、何故か先ほどの森より鬱蒼としている。
何処からとも無く白い霧のようなものが沸いてきて、視界をぼやけさせた。
その霧が視界を全てふさぐまで、そう時間はかからなかった。














「な・・・なんだこの霧・・・前も後ろも全然見えないじゃないか・・・」

 隣にいるはずのテリーさえもかすんで見えない。
ふとユナの背中に悪寒が走った。

「テリー!いるのか!ちゃんと!!」

 右腕を思いきり伸ばしてみた。そこには、ちゃんと人の形がある。

「何だ?うるさいな」

 良かった。
当たり前なのだが少し安心する。
ようやく少し気分が落ち着いて、また歩き出そうとした時
・・・・・・・・!
足が何かに取られた。伸びて変形した木の根っこだ。

「おい、危ないぞ」

 テリーは前のめりに倒れそうになったユナの腕をつかんだ。
甘い香りがふわりと漂ってくる。

「ありが・・・」

 そしてそのまま腕を自分の方へと引き寄せ、空いている方の手を
背中に回した。

「・・・えっ!なっなんだ!?」

 なんだ!何が起こった!?
強く抱き締めるテリーに思考回路はすっぱりと閉じてしまっていた。
何も考えられず、何も言葉が出ない。

「・・・前から気になってた・・・」

「・・・はっ!?」

「・・・・・・好きなんだ」

 ・・・一瞬にして全身の力が抜けた。
ルカニをかけられても、これほど力が抜けてしまった事は無い。
必死にそんな事を考え思考を元に戻そうとするが
テリーの体温を感じて、先ほどのことを思い出して更に頭が混乱する。

「テ、テ、テ、テリー!何バカなこと・・・・・・!」

「本気なんだ・・・すぐにエリザを助けてくるから待っててくれ・・・」

「ちょっ・・・まてまて!嘘なんだろ!?それともオレの事からかってるのか?」

「オレの事が信じられないのか?」

 お互いの吐息が感じられる程の距離で、テリーは呟いた。
間近で見るアメジストの瞳に、再び思考が停止してしまった。
綺麗な目・・・それに甘い、良い香り・・・

「・・・・・・・・・・・・」

 霧で霞むテリーの顔。甘い香りに次第に頭がぼんやりとしてきて
うつろな気持ちのまま、体を任せてしまっていた。

「・・・待っててくれ・・・」

 優しく耳元で囁かれる。

「・・・・・・・・・うん・・・待ってる・・・」

「ああ・・・・・・地獄でな」

 ・・・・・・・・・!!
ユナの返り血が、テリーの顔に飛び散った。
同時に右肩に恐ろしいほどの激痛が走る。
何がなにやら分からない状況と余りの痛みに、成す術もなくユナは固まっていた。
目の前のテリーが、とても醜いブタの魔物に変わっていくのを見ながら。

「あ・・・う・・・そ・・・」

「ギャハハ!脆いなぁ、心も体もよぉ!!」

 鮮血で染まった左手を舐めながら
ブタの魔物はテリーとは似ても似つかない声で笑った。
ユナの顔ほどもありそうな大きな鉄球を振り回しながら襲ってくる。
体の力が抜けっぱなしで、どうすればいいのかも分からない、立ち上がる事すらも出来ない。

「死ねぇ!!愚かな女よ!!」

「ピキィィ!」

 ユナのカバンから出てきた青い物体が魔物の顔を塞いだ。

「グアアア!な、なんだ!」

「ス、スラリン!」

 ようやくユナは立ち上がった。
しかし右肩からはどんどんと出血してきていて、剣を振りかざす事もままならない。
呪文で攻撃するか!?スラリンは詠唱まで奴を引きとめてくれるか!?

「スラリン・・・ッ!」

 その瞬間、どこからか剣が飛んできてブタの化け物を貫いた。
目を覆ってしまいたくなるほど体の臓器が辺りに飛び散ると、魔物は無残にも崩れ落ちた。

「ピキィィッ!」

 スラリンが慌ててユナに飛びつく。
魔物はピクピク痙攣した後、それからしばらくして動かなかった。

「まったく、バカ。何やってるんだ!」

 後ろの木の陰からやっぱりテリーが出てくる。
ユナは先程の事を思い出し、かぁっと赤面してしまった。

「甘い息か・・・。幻覚を見せられ油断した所を狙われたんだな」

 ・・・うう・・・鋭い・・・。
テリーの見事な突っ込みに頷くしかなかった。
ユナは自分自身にホイミをすると、包帯に薬草を煎じた薬をしみ込ませ肩に巻きつけた。

「・・・・・・テリーは大丈夫だったのかよ?幻覚とか見せられなかったのか?」

「・・・あんな奴、血のにおいで分かる」

 戦い慣れているテリーにはもっともらしい答えが返ってきた。
一体どんな幻覚を見せられたのか気になったが、テリーが答えてくれるはずもない。
やっと包帯を巻き終わり、痛みも和らいでくると深い霧の中を再び歩き出した。


 ・・・・・・さっきのは、不覚だったなぁ・・・テリーがあんな事言ってくれるわけないのに・・・
恥ずかしいやら情けないやらで、ユナは小さく息を吐いた。
自分の心の隙をついてくる魔物。テリーが助けに来てくれなかったと思うとぞっとする。
そんな事を思っている内に、いつのまにか霧も晴れていて、開けた場所に出た。
広場のような場所に、ぽつんと大きな井戸。

「・・・ビッグとスモックは失敗したのか・・・」

 人ならざるその声に、二人はすばやく身構えた。

「ピキィ!」

 スラリンが甲高い声をあげる。
縄で縛られた女性が井戸の側に倒れていた。

「エリザ!」

 罠を疑う事も忘れ、ユナはエリザに駆け寄った。
気を失っていたが何処にも怪我らしい怪我は無い。ほっと胸を撫で下ろした。

「・・・まぁいい。あいつらは所詮は捨て駒だ。それより貴様ら!約束の物は持ってきたのか?」

 姿は無く不気味に声だけが響いていた。
ユナは手に持っていた剣を鞘から抜いて掲げた。

「ルドマ家の家宝の剣ってコレだろ!?さっさとエリザを返せよ!!」

 ユナの声が同じように響く。薄気味悪い笑い声がユナの山彦と重なった。

「・・・確かに。名剣プラチナソードだ。・・・これでお前たちにも用はないな・・・
この剣とそこの女もろとも炎の中に消え去ってもらおうとしようか!」

 どこからともなく現れた炎の玉がユナとエリザを襲った。
しかしユナは予期していたようにエリザを抱えてそれをかわした。

「バーカ!当たるかよ!」

 勝ち誇ったのように笑うと、声だけの相手はやっと空中に姿を現した。
人の倍ほどもあろうかという程大きな鳥の顔と、獅子のような下半身。
邪悪の魔力によって生み出された合成獣だ。
体に見合う大きな翼が体を支える為にばさばさと揺れていて
鋭いクチバシから黒い煙を吐き出している。

「・・・良くエリザを食べなかったな、偉いぞ」

 テリーが珍しく冗談交じりに口を挟んだ。

「魔王様から命令されたのさ、トルッカの夢の源。
ルドマ家の家宝を葬れ・・・ってな」

 鋭い目で二人を睨み付ける。

「魔王だって・・・!?それにトルッカの・・・夢・・・って?」

 魔物はユナの呟きに答えず、言葉を続けた。

「目の前にうまそうなご馳走があったのに、食えなかったオレの苦しみが分かるか!?
ははは!!だが、我慢した甲斐があったぜ!!ご馳走がこんなに増えるとはな!!」

 真上から空気抵抗も感じさせないスピードで急降下してきた。

「イオ!!」

 ユナの手の平から魔力の塊が魔物に向かって勢いよく放たれた。
魔物はそれを紙一重でかわすが、その瞬間、魔力の塊は収縮して一気に爆発する。

「・・・!攻撃呪文か!?」

 直撃は免れたものの、イオの爆風にフイを突かれ、隙が生まれた。
その隙テリーが宙を飛び上がり、剣で魔物の翼を切り落とした。

「ウギャアアア!!」

 血をばらまきながら絶叫する。
空を飛ぶ術を失った魔物は落下し、目を見開いてごろごろとのた打ち回った。

「エリザをどこか安全な所へ連れて行け!」

 テリーが言うよりも早く、ユナはエリザを背負って離れた木陰へと避難させた。

「・・う・・ぐ・・・油断した・・・」

「ふん、油断しなくても、そうなっていたな」

 いつもより口数の多い気がするテリーがそうはき捨てる。

「油断は最大の敵ってのは本当らしいな・・・戦闘中に敵に背を向けるなんざ・・・
正気の沙汰とは思えねえぜ」

「・・・・・・・っ!?」

 魔物はニヤリとクチバシを持ち上げて、横に飛んだ。
魔物が駆けた先にはエリザに回復呪文をかけているユナ。

「しまっ・・・!!」

 テリーの声だけが魔物の背中を追う。
振り向いたユナの目に飛び込んできたのは、魔物が突進してくる姿。

「・・・・・・・!!」

「ピキィィッ!!」

 ユナのマントからスラリンが飛び出した。
力を溜めて石のように固くなったスラリンと魔物の額がぶつかる。
鈍い音を立てて、魔物の方がはじき飛ばされた。

「ガッ・・・!!」

 ふらふらとその場に崩れ落ちそうな魔物に、容赦なくテリーの刃が突き刺さった。
貫かれた体からは血が激流のように流れている。断末魔をあげて魔物はついに倒れた。

「なっ何か楽勝だったな」

 ピクリとも動かない魔物を見て、ユナはホッと胸を撫で下ろす。

「さっ!エリザも無事な事だし、こんなところさっさとおさらばしようぜっ!」

 背を向けて帰ろうとした時。テリーが再び剣を掲げた。

「おい、何するつもりだよ!」

「・・・決まってる。止めをさすのさ」

 ゆっくりと魔物に近付く。慌ててユナは駆け寄った。

「もう死んでるじゃないか!」

 テリーより先に進んで押し戻した。

「お前は合成魔獣と戦った事が無いんだったな、こいつらの生命力は並外れている。
気を抜かない方がいい。油断すれば命に関わる」

「・・・・・・・・」

 なんだよ、生命力のある魔物なら、他にも沢山いるじゃないか。
やっぱり、エリザをさらわれたから、怒ってるんじゃないか。

「エリザがこいつにさらわれたから、怖い思いしたかもしれないから?怒ってるんだろ・・・」

 恐る恐る尋ねる。言わずにはいられなかった。怒るって分かってるのに。

「・・・・・・いいかげんにしてくれ!!」

 っ・・・!

「何が言いたいんだお前は!?」

 鋭い眼光、冷たい瞳。テリーを見ることが出来なかった。

「オレは・・・別に・・・・・・」

「・・・クククッ・・・・・・・オマエ・・・だけでも・・・道連れ・・・に・・・」

「・・・・・・・・・!」

 奇妙な声がユナの耳を掠めた。
熱く焦げた空気が嫌な予感と共に背中を撫でる。
恐る恐る振り向くと、もう動かないと思っていた魔物の口から
メラゾーマ並の火球がはき出されていた。
火球は回りの酸素を巻き込みながら大きくなり、激しく燃え上がっている。

う・・・そ・・・本当に生きていた!!

予期していなかった出来事に、足がもつれてその場に倒れ込んでしまった。
ダメだ!避けられない・・・!
至近距離でこんな炎をくらったら・・・。
魔物の最後の力を振り絞った炎は、恐怖のあまり避ける事すらも出来ないユナを襲った。

「あ・・・あ・・・」

 恐怖で喉がカラカラに渇いている。
今までで最大級の炎の熱さを肌で知った瞬間、思わずユナは観念して目を閉じていた。

「何をやっているんだ!はやく・・・」

 振り返ると、テリーはそこにいなかった。
目の前に・・・。
だめだテリー・・・!!
言葉は、声にならなかった。

「よけろーー!!」

「・・・・・・!!」

 ドンッ!!瞬間、衝撃と熱風が突き抜けていった。
体はピリピリして、取り囲む空気は熱い。

・・・でも、違う、もっと熱い、はずなのに、なん、で・・・

「テ・・・リー・・・?」

 なんで・・・どうして・・・?なんでオレを庇ってるの?

「テリー・・・テリー!」

 ユナはがくがくと震え、その名を呼んだ。だが、本人には届かなかった。
ユナを抱え込むようにして倒れた体はぐったりとしていて、
背中に受けた炎は鎧と服をも焼き尽くして、焦げた匂いが鼻を突く。
真っ赤に爛れた背中は見るも無残だった。

本当はオレがこうなるはずだったのに・・・何で・・・どうしてオレなんか・・・

「いや・・・だ、テリー・・・お前はこれくらいで死ぬ奴じゃないだろ!?
頼むから、目を開けてくれよ!!」

 だが、テリーは何の反応も示さず、体はピクリとも動かない。
体が硬直して、頭の中が真っ白になった。

「ピキィッ!ピキィッ!?」

 青い顔のまま完全に停止してしまっているユナにスラリンが甲高い声をあげた。
だがユナは聞こえていないのか、依然、顔面蒼白で動こうとしない。

「ピッキィィ!!」

 勢いをつけて跳ねたスラリンがユナの頬を叩く。その衝撃にようやく思考が動き出した。

「そうだっ!ホイミ・・・ホイミを・・・っ!!」

 慌てて両手に力をこめる、が、癒しの光が出ない。
震える手で何度も呪文を唱えるが結果は同じだった。

「ピキィッ!ピキィ!!」

「落ち着いてるよっ!!でも手に力が入らないんだ・・・どうしよう・・・!
どうしようスラリン・・・!このままじゃテリーが・・・っ!!テリーが・・・!!」

 耳元で聞こえる呼吸は、かすかに聞こえるが今にも止まりそうだ。
心臓の音も、混乱している今のユナには全く聞こえない。

「オイ!!大丈夫か!?お前ら!!」

 人間の声に、弾かれたように振り向いた。
林を抜けて、傷ついたユナたちの目の前に現れたのは
酒場でテリーを女だと間違えた男だった。

「ルドマからお前たちの様子を見に行ってくれって頼まれたんだけどよ・・・
来て大正解だったぜ、こりゃヒデェや・・・」

 凄まじい形相で生絶えている魔物と、ひどい火傷を負って倒れているテリー。
魔物が放った炎で木々は燃えて、魔物が死んだ今も小さな火がくすぶっている。
焦げ臭い匂いと生き物の焼ける匂いに、助けにきた青年は口を覆った。

「助け・・・っ助けてくれっ!このままじゃテリーがっ!テリーがっ!!」

 駆け寄った青年に必死に訴える。青年はテリーの状態を確かめて

「・・・大丈夫だ。息はあるし、酷い火傷だが範囲も狭い。それよりエリザはどこだ?」

 ユナは慌てて離れた木陰に目を向ける。
気を失ってはいるものの戦いの巻き添えにはなっていない。不幸中の幸いだった。
青年はエリザを両手に抱え、ユナの傍らに寝かせる。
そしてカバンから薬草と包帯を取り出すと、手際良くテリーの手当てをしてくれた。

「アンタはエリザを運んでくれ。オレはこいつを運ぶ。頼むぜ」

「なぁっ!本当にテリーは大丈夫なのか!?助かるのかっ!?
テリーはオレの身代わりになって炎を・・・」

「わぁーかってるからちょっとは落ち着け!仲間のアンタがしっかりしなきゃ
助かるもんも助からなくなるぜ!」

 青年の言葉に我に返った。

そうだ・・・オレがしっかりしなきゃ・・・

ユナはようやく落ち着きを取り戻すと、よろつく足で立ち上がってエリザを背にかついだ。
青年はそれを確かめるとテリーをかつぎ、トルッカへと歩き出した。






「連れの様子はどうだ?さっきよりはマシになっただろ?」

 エリザを屋敷まで送り届けてくれた青年は気を使って宿によってくれた。
ベッドで眠るテリーは確かに先程より呼吸は整ったように感じる。
だが、未だに息をするのも苦しそうで、額には大粒の汗がにじんでいた。

「本当にありがとう・・・。アンタが来てくれなかったら、どうなってたかわからない」

 ユナは椅子から立ち上がって、心からの礼を述べた。
憔悴しきっている顔は見る者にも痛々しい。青年は首を振って

「なーに、礼を言われるほどじゃねーよ。
オレはルドマに雇われて様子を見に行っただけだ。報酬も貰ったしな。
それより・・・ちょっとは落ち着いたか?」

 気遣う青年に、ユナは何も言わず首を頷かせた。

「その男の事だけどよ。酷い火傷だから治すのにも時間がかかるかもしれないな。
普通の人間だったら死んでた所だぜ実際。鎧を着込んでた事と、体を鍛えてた事が幸いしたな」

 死・・・。ぞくっと背中に悪寒が走った。
苦しそうなテリーを見て、瞳から何かがあふれそうになってくる。
本当は、こうやってベッドに横たわっていたのは自分だったはずなのに・・・。

「アンタ、名前はなんていうんだ?」

 ユナは必死に涙を押しとどめて答えた。

「オレはユナ。・・・それと・・・テリーだ・・・」

「へー、ユナにテリーか。オレはヒックス。お前らとは何かと縁があるな」

 ヒックスと名乗った男は笑顔で返す。
だがユナは笑顔で返す余裕は無かった。今でも気を抜いたら涙が止めど無く溢れてきそうだ。
表情を強張らせているユナを見てヒックスは思いがけないことを口にした。

「アンタ・・・そいつの事、好きなんだ?」

「・・・・・・・・・!」

 涙目のまま振り向いた。
そんなユナの反応に驚いたヒックスと目が合ってしまって、また慌てて背を向けた。

「その様子じゃ告白とかはまだみたいだな。早く自分の気持ちを伝えたほうが良いと思うぜ。
今日みたいな事があって、死に別れる事だってあるかもしれねえんだし、後悔してからじゃ
遅いんだぜ?・・・ま、余計なお世話かもしれないけどよ」

「・・・・・・・・・」

「あと、エリザもルドマさんも落ち着くまでに時間がかかるだろうから、あと数日経って
また家に来てくれってさ。あんたもそれどころじゃないと思うけど。一応、伝言。伝えたぜ」

 ヒックスは言いたいことだけを言って、さっさと出ていった。

バタン。
再び部屋に静寂が訪れた。
テリーの苦しそうな息がはっきり聞き取れて余計に胸が締めつけられる。
もうヒックスは居ない。
泣いても良いはずなのに、ユナは涙を必死に押しとどめた。
少しでも泣いてしまうと、もうずっと涙が止まらなくなりそうで・・・・・・

「テリー・・・」

 こんなテリーを見るぐらいなら、自分が同じ目に遭う方がよほどマシだった。
皮肉を言うテリーに、偉そうに文句を言うテリーに、
・・・会いたい。

「そうか・・・こういう事だったんだ」

 テリーと会ってからずっと続いている胸のもやもや。
その感情の意味を、こんな時になってようやくユナは理解した。

「オレ・・・好きなんだ・・・・・・テリーの事・・・・・・」


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