▼涙...


「ホイミ!」

 ヒックスが出ていってから、もう随分経つ。
ユナは時間も忘れ、テリーに回復呪文を唱えていた。
窓から差し込む光でようやく朝を迎えた事に気付く、重い頭を振って再び精神を集中させた。

「ホイミ!」

 しかしテリーの火傷はほんの少ししか治らない。
ホイミは傷の周りの細胞を活性化し分裂させて、死んだ細胞に割り当てて傷を治す呪文だ。
その為、広範囲の傷や深い傷はなかなか治らない。

細胞を蘇らせる力、ベホイミが使えれば・・・

「く・・・そ・・・」

 頭が鉛のように重い。
それを振り払うように頭を振って、呪文を唱えようとすると後ろから腕を掴まれた。

「・・・もう回復呪文を唱えるのはやめろ、その調子じゃずっと唱えっぱなしなんだろう?」

 昨日、二人を助けてくれたヒックスだった。

「だって、仕方ないだろ!このままじゃテリーが・・・」

「仕方無いとは言っても、無理し過ぎなんだよあんたは!この調子で回復呪文を
唱え続けたらあんたの方が先にまいっちまうぜ」

「オレなんて、どうなったって良いよ!」

 腕を振り払って、再び両手をテリーの背中に掲げた。

「オレは女の子が辛い目に遭う事がなにより嫌いなんだ。それがどんな女でもな。
だからもうやめろ。これ以上やったって、ホイミじゃたかが知れてる」

 だがユナは耳を傾けなかった。
そんなユナにハァっとため息をついて

・・・恋は盲目ってのは良く言ったもんだな。

必死に回復呪文を唱えるユナを見つめながら、心の中で呟いた。
見つめ続けるが、彼女はこちらに何の感心も持たず一心不乱に唱え続けている。

「・・・・・・・・・」

 ホイミの光に照らされる顔に、不覚にも心臓がドキリと脈打った。
・・・酒場で会った時には、頭もボサボサ、顔も砂埃まみれ、その上鉄の鎧という容貌に、
全くもって無関心だったんだが・・・。まじまじ見ると、こいつ案外・・・

「・・・お前さ・・・」

「・・・・・・うわっ!!」

 不意にコチラを向いたユナに、のぞき込んでいたヒックスは真っ赤な顔で後ずさった。
そんなヒックスに首を傾げつつも

「お前、なんでここに来たんだ?何か用が有るんじゃないのか?」

 そう尋ねると、ヒックスは何故か赤い顔で

「アンタたちの事が心配だったんだよ。アンタ・・・ユナは特に無理しそうだったから」

 ゴホンと咳払いをして答える。

「そうか・・・色々と心配かけて悪かったな。オレたちのことはもう、大丈夫だからよ」

 ユナはようやく手を休めたが、今度は脱ぎ捨てられていた鎧を身につけて
革靴を綺麗に履きなおした。

「・・・?何処か行くのか?そんな体で」

「ああ、もしかしたら薬草が生えてるかもしれない」

「薬草?」

「火傷に良く効く薬草。山の高い所に生えてるって教えて貰った事が有るんだ」

 鞄と剣を背負うと、テリーに毛布を掛けた。
心配そうな瞳でもう一度テリーに目をやると、ヒックスに挨拶を返し部屋から出て行った。

止める事も、付いていく事も出来たのに、何故か思考が停止しっぱなしだった。
ユナの顔や仕草が頭から離れない。
美女を見慣れてるハズのオレが、まさか見とれるなんて・・・嘘だろ?

「恋は盲目・・・ってか・・・?」






 それから数日。
ユナは人知れず苦労を重ねた。
まずは火傷に良く効くと言う薬草を手に入れる為、トルッカ近辺で一番高そうな山に登った。
高い山は勾配も激しく酸素も薄い。
足場の悪い山道で魔物に襲われれば命の危機にも繋がりかねない。
ただでさえ本調子じゃないユナにはいつも以上に危険な場所だった。

魔物に襲われ、崩れかけた山道を登り、幾度も危険を乗り越え
なんとか薬草を手に入れる事が出来た。
それを教えられた通りに調合して、テリーの火傷痕に毎日何度も塗った。
それ以外は、体力と精神力の続く限りホイミを唱え続けていた。

ヒックスはそんなユナをずっと見守っていた。




 ・・・・・・そして・・・・・・
ユナの体力はもう限界を超えていた。
目は真っ赤に腫れ、顔は人形のように血の気が無い。

「ホイミ」

 火傷も、あと少しで治るのに・・・どうして目を開けてくれないんだ。

「ホイミ・・・ホイミ・・・!」

 ユナは想いを込めて唱えた。

「ホイミ・・・・・・」

 テリーが倒れて4日、ユナは付きっきりで看病をしていた。
しかし、それももう限界だった。ホイミの光は弱まり、ついにふっと消えて無くなる。
それからは、何度呪文を口にしても光が現れる事は無かった。

はぁ・・・
もう何度目なのか分からないため息が落ちると、
そのため息をキッカケに、静寂に包まれていた部屋がざわめきだした。

バタバタバタ!
宿の階段を駆け上がってくる音だ。

「エリザ様、うちの宿に何かご用なんですか?」

「・・・・・・!」

 エリザ・・・!?
その名を聞いた途端心臓が大きく跳ね上がる。
何故か動揺して、ベランダに出てしまっていた。
案の定、ユナと入れ替わりエリザが部屋に入ってきた。
ベッドに横たわるテリーの姿を目の当たりにして、白い顔が青ざめる。

「・・・テリー・・・さん・・・!どうしたんですか!?テリーさん!!」

 目に涙を浮かべ、ベッドに駆け寄り泣き伏せた。
その様子をベランダからのぞき見ていたユナは胸がずきりと痛んだ。

ずっと自分がやりたくても出来なかったことを、エリザはいとも簡単にやってしまった。

その時
ユナの待ち望んでいた事が、今起こった。

「・・・エ・・・リザ・・・?」

 4日間ずっと閉じていたテリーの瞳は、エリザを映した。

「テ・・・リー・・・さん・・・?」

 ・・・・・・・・・!!そ・・・んな・・・テリー・・・・・・

 その時のユナの気持ちは、ユナ自身にしか分からない。

一番テリーに目を開けて欲しかったのはユナのはずだった。
一番テリーの側にいたかったのはユナのはずだった。
一番テリーに名前を呼んでもらいたかったのもユナのはずであったのだ。

「テリーさん!」

 エリザは大粒の涙を浮かべ、ようやく上半身だけを起こしたテリーに抱きついた。
テリーは一瞬驚いたが、今まで見た事もないような優しい表情を浮かべそれを受け入れた。

「すまない・・・エリザ・・・」

 耐えられない光景。
ユナは背を向けると、気付かれないようにベランダから外へと飛び降りた。
目に焼き付いた二人は、宿からいくら離れてもユナの胸を締め付ける。

「・・・・・・・・・」

 感じた事もない胸の痛みに言葉さえ出てこない。
そんな胸中とは裏腹に街は爽やかな晴天だった。

「・・・ユナ!?」

 そんな彼女を我に返らせてくれたのは、いつも見守っていてくれた男の声。

「どうしたんだ?あいつの看病は?」

 うつむくユナを心配そうに覗き込む。

「・・・ヒックス・・・」

「・・・何か有ったのか?あいつの容態が急変したとか?」

 気遣う言葉に首を振った。

「そっか・・・なら良いんだけどよ・・・」

 表情の晴れないユナに対し、ずっと考えていた事を言おうかどうか迷ったが
ようやく意を決して

「あ、あのよ、今日の夜さ、町の誕生祭なんだけどよ。一緒に行かないか?
あの、ほら!お前看病ばっかで疲れてるだろ?だからたまにはこう、気分転換も
良いんじゃないかなと思ってさ」

 慌てて理由を取り繕う。ユナは少し考えて

「お祭りか・・・良いかもな」

「ほっほんとか!?」

 嬉しそうなヒックスに、ユナはようやく口元を緩めた。




「本当にすまなかったエリザ。おかげでもうすっかり動けるようになった」

 ユナと入れ替わったエリザがテリーの世話をしている間に夜になっていた。
街はこの間エリザが言っていた誕生祭らしく
人々の楽しそうな声やランタンの明るい光が窓の外からにぎやかに照らしていた。

「・・・そういえば、ユナ、見なかったか?」

 何となく言い辛そうにテリーは切り出した。

「え・・・?ユナさんですか?私がここに来た時にはいませんでしたよ」

「・・・そうか・・・」

 今度はベッドで休んでいたスラリンに声をかける。

「スラリン、ユナ見なかったか?」

 スラリンは目を丸くして、ピキィピキィと一生懸命訴えた。
ユナはずっとテリーの看病をしていたんだよ、と。

「・・・オレにはスライムの言葉は分かるわけないか・・・・・・」

「あのぅ・・・テリーさん・・・?」

 エリザは頬を染めて、視線の定まらないままテリーに声を掛けた。

「もしお体の具合が宜しいようなら街の誕生祭・・・一緒に見て回りませんか?
良い気分転換にもなると思うんですけど」

 顔を真っ赤にして、頬を両手で押さえている。
祭りや人混みは嫌いだったが、エリザの看病の事を思い出しテリーは渋々頷いた。




 この街の何処にこんなに沢山の人間が居たのか不思議なくらい
夜の街は人の波でごった返していた。
楽しげな声や音楽、出店の明かり、至る所に設置されたランタンが人々の心を盛り上げる。
その中にはテリーとエリザの姿もあった。

「これ可愛い!見て下さいテリーさん!」

 出店にてエリザが指差した物は・・・
親指の爪ほどの大きさしか無い透き通ったスライム・・・いや、スライムピアス。
テリーは訝しげに商品を見つめながら良く分からなかったが頷いた。
購入を勧める店主に慌てて首を振る。
エリザには悪いとは思ったが、300Gもするような装飾品を買う余裕は無かった。




「アハハハ!何やってんだよーヒックスー下手だなぁ!」

「あのなぁ、笑ってるけどこれ意外と難しいんだぜ?」

 一方のユナとヒックスも人々で賑わう広場に居た。
木製のパチンコで的に当てると景品がもらえる出店のゲームをやっていたのだ。
ヒックス、10発中、0発・・・。
下手な鉄砲は数撃っても当たらない・・・

「なぁ、おっちゃん!これ難しすぎるだろ!」

「そうかい?さっきお前さんより小さい男の子が全発命中させてたけどなぁ」

「・・・・・・」

 店主に同意を求めるがあっさりと返される。
ユナが笑いを堪えながらぽんと肩に手を掛けてくれた。

「まぁ人間、得意不得意が有るよ。気にすんなって」

「・・・・・・慰められると・・・余計辛いのはなんでだろうな・・・」

 そんなヒックスに思わず噴出す。
怪訝な目で見つめるヒックスにゴメンと手を振って笑いを堪えた。
最近は辛い事ばかりが続いて、ユナ自身こんなに楽しいのは久しぶりだった。
二人で先ほどの話で盛り上がりながら賑わう街を歩く。
ユナはお祭りに連れ出してくれたヒックスにホントに感謝していた。

「・・・・・・・・・!」

「あ、ユナさん!ユナさんもお祭り見に来てたんですか?」

 人混みのなか、楽しく談笑する二人の目の前に現れたのは・・・
エリザと、体の調子はもう良いのか・・・テリーだった。
向こうは全くユナと目を合わせようとしない。ユナも意識して視線を逸らしていた。

「う、うん、まあね。・・・・・・じゃあねお二人さん」

 素っ気ない挨拶をして二人の横を通り過ぎる。

「・・・どうしたのかしら・・・ユナさん・・・」

「気にする事はないさ、いつもの事だ」

 テリーも再び歩き出した。

「・・・?どうしたんですか、ムッとして・・・」

「誰もムッとなんてしていない!」

 エリザが尋ねるのも無理はない、テリーはいつもより数段不機嫌そうな顔でいた。
ユナもまた、ヒックスに同じような事を尋ねられていた。




「今日は本当にありがとうな、ユナ」

 街のお祭りももう大分終わりに近付こうとしていた。
ユナの体調を気遣ったヒックスは早々に楽しみを切り上げて宿に戻ってきていた。

「何言ってるんだよ!オレこそ、誘ってくれて有り難うな!・・・でも、良かったのか?オレと一緒で・・・」

「何がだ?」

「だって今日、色んな女の子が声掛けてきただろ?あの子たち皆お前と一緒に
回りたかったんじゃないのか?」

「そっ、そんなワケねーよ!気にするなって、んな事!オレもお前と一緒に楽しみたかった
からさ、だから誘ったんだろ?」

 慌てて否定する。ユナと出会う前、実は色んな女の子と約束を取り付けていた。
時間事に誰と回るか決めていて、予定もばっちり立てていた。
勿論、祭りに行く前に全て謝って断ったのだが。

「お前が楽しかったんなら、ホント良かったぜ」

 ヒックスはハハと笑って頭を掻いた。
らしくない、自分自身そう思う。その理由も自分自身で分かっていた。

「有り難う!すっごく楽しかったぜ!ヒックスには感謝してるよ。じゃあな」

 笑顔を返して宿に戻ろうとすると再びヒックスが呼び止めた。

「何だ?まだ何か用か?」

「い、いい、いや、あのよ、オレ、お前に言っておいた方が良いんじゃねえかと
思ってる事が・・・ひひとつだけあるんだけど・・・き聞いてくれるか?」

 ゴホンと咳払いをして、ビシっとユナの瞳を見つめた。

「?何だよ改まって」

「オ・・・オレ、その・・・そっそのよ・・・オッオレ・・・オレ・・・お前の事・・・」

 心臓の音と共に息づかいも荒くなる。なんなんだ?こりゃ。
オレ、今まで何度も女の子に声かけた事も有るし、好きだと言った事も有るけど
こんなに緊張する事は、今まで一度も・・・

「うん?」

 いつもと違うヒックスを不審に思い、近付いて顔を覗き込む。

「だぁっ!やっぱり何でもねぇ!!悪ぃ!呼び止めちまって!!じゃあ、明日な!!」

「あっ!おい!何だよ気になるじゃねーか!」

 ヒックスは後ろを振り向かず走り去ってしまった。

・・・?
わけがわからないままその後ろ姿を見送っていると

「今の人・・・ユナさんの恋人なんですか?」

 虚をつかれ、影の方を振り向いた。
豊かな金髪・・・エリザと・・・。ユナに背を向けているテリーだった。

「お祭りもあの人と一緒でしたよね?楽しめましたか?」

「そんな事、お嬢様には関係無いだろ!」

「・・・あ、ご・・・ごめんなさい・・・私・・・」

 ユナは慌てて口を押さえた。
こんな事言うつもり、なかったのに・・・

「・・・エリザに八つ当たりするなよ」

 ドクン。
その言葉を聞いた瞬間、ユナの心臓は高鳴った。

「・・・・・・エリザはオレを看病してくれたんだ。お前が男と遊んでいる間にな」

 ドクン、ドクン。
心臓の音はますます激しさを増していく。

・・・なに・・・・・・言ってるんだよ

なんで・・・なんで・・・オレがこんな事言われなくちゃいけなんだよ・・・
・・・オレはただ・・・テリーを助けようと・・・

「・・・そうですよ・・・私が手当てしてなかったら大変な事になってたかもしれないんですよ!」

 服を新調したテリーがこっちを見ている。
出会った頃と同じ、氷のように冷たい瞳で。

「オレは・・・・・・・・・ただ・・・!」

 哀願するようにテリーを見つめた。

「オレは・・・・・・・・・」

 テリーを、助けようと・・・。

この言葉は声に出せなかった、何か変な気持ちが喉の奥で邪魔をしている。

・・・長い沈黙が続いた・・・・・・

「・・・あのヒックスとか言う男の所へ行ったらどうだ?
オレはもうお前のお守なんか懲り懲りなんでな」

 ・・・・・・・・・!!

どうして・・・・・・・・・なんでオレが・・・・・・・・・・・・

なんで・・・・・・なんで・・・・・・

「・・・・・・!ユ・・・」

 テリーはそう言いかけて口篭もる。ユナは頬に冷たいものが伝っていくのを感じた。
それは溢れんばかりに瞳を覆い、視界を真っ白にさせている。

止まらない・・・・・・・・・

自分に腹立たしくて、呆れて、心の中にたまっていたものが全部涙となって流れ出ている。
ユナは大粒の涙を流しているにもかかわらず、テリーから視線を外さなかった。

「エリザがミレーユに似てるからか?」

 震える喉で、精一杯の声を出した。

「だからテリーはエリザを・・・」

 テリーの顔がミレーユと言う名前を聞いた途端に険しくなる。

「・・・どこで知ったのかは知らないが・・・あいつとオレの事なんて、お前には関係の無い事だ」

 それだけ言うと、心配そうなエリザをよそに再び歩き出した。
ユナは二人が暗闇に消えると、ようやく涙を拭った。

「・・・涙、なんて・・・」

 泣きたくなんてなかったのに、あんな奴の前でなんて・・・・・・。
その場に崩れ落ち、顔を両手で押さえた。
本当に悔しかった。こんなに酷い事を言われてもテリーの事を好きな自分が悔しくて・・・・・・

悲しくて・・・・・・・・・


▼すすむ
▼もどる

▼トップ