▼銀の横笛...


ユナは何も考えられずに、トルッカを彷徨った。
足が勝手にたどり着いた場所は町外れに有る林の中。
振り返ると町の明かりが遠くに見える。
テリーの事も、エリザの事も、もう何も考えたくなかった。

木が開けている場所に腰を下ろすと鞄から何かを取り出す。
それは銀で出来た美しいシルエットを持つ横笛だった。

気分を落ち着かせて唇を当てると、美しい音色が流れてくる。

「・・・・・・・・・」

 それは清らかで美しいながらもどこか物悲しい旋律だった。
ユナの想いを音色に込めて、いつもより悲しく笛は鳴いていた。
森林に静かに響く音色に、いつのまにか動物や鳥が集まってきていた。

「良い・・・音色じゃ・・・」

「・・・・・・・・・っ!」

 不意に音色が途切れ、その代わりに横笛が転がり落ちる音。
その音に驚いて、動物や鳥たちは瞬く間に散ってしまった。

「ああっ!すまんかった!驚かすつもりはなかったんじゃ!」

「もっもりじじい!」

 ユナの目の前に現れたのは、トルッカに来る途中でも襲われた木の魔物だった。
もりじじい。
樹齢の長い樫の木が、闇の魔力を得て動き出した魔物だと聞く。

「そう身構えなさんな。あんたを襲ったりはせんよ」

 微笑んだようなもりじじいに嘘はない気がして、ユナは視線を離さず剣を収めた。

「わしももう年だからの。森の奥で静かに暮らしたかったんじゃ・・・。
じゃが、世の中がそうはさせてくれんかった。復活した闇がわしの心を飲み込んで
わしはいつのまにか狂暴化して人間を襲うようになってしもうた。わしの弱い心では
闇の魔力には逆らえん。じゃが・・・お前さんの音色が心の闇を払ってくれた。
ほんに・・・いーい音色じゃ・・・」

 うっとりと呟いた。ユナはすっかり警戒心が解けてしまって再び音色を奏でた。

「アンタの笛の音は闇の力を払拭する力が有るようじゃ・・・。
まるで心が洗われていくようじゃわい・・・。わしの仲間にも聴かせてやりたいのう・・・」

 そのまま、もりじじいは眠ってしまった。

肌身離さず持っている大切な銀の横笛。
そして、誰に習ったわけでもない、指が覚えていた旋律。
笛を奏でるとユナの心はいつも落ち着いた、
そうこの笛は、ユナにとってスラリンと同じぐらい心の拠り所だった。

気持ちよさそうに眠るもりじじいに、なぜかユナは救われたような思いがした。




 次の日。テリーは部屋には戻っていなかった。
もしかして、あのままエリザと一緒に居るのか・・・?
そう思うと、また胸が締めつけられるが考えないように必死で頭を切り替えた。

そうだ、会いたくなかったから、逆に丁度いい。

ユナは朝食を採り、酒場と道具屋をぶらついていてヒックスと会った。
相変わらずの調子で明るく話し掛けてくれる。それが凄く有り難くて嬉しく感じた。
それからやることも無いユナは宿に戻り、ベッドの上にごろんと寝転がった。
頭はまだ重い。
まだ日も高かったがユナは目を閉じた。
あれだけの回復呪文を使った後だ、休みすぎても足りない。
それに・・・明日は出かける予定もある。




「ピキィ・・・」

 枕元、スラリンの心配そうな声で目が覚めた。
カーテンを閉める事すら忘れていたので窓からはピンク色の朝焼けが差し込んできている。
ユナはのそのそとベッドから降りて、出発の準備を始めた。
周りの客を起こさないようにそっと宿から出る。宿の外にはヒックスが待っていた。

「おはようユナ。時間通りだな。てか・・・来といてなんだが・・・マジで行く気なのかよ?」

「ああ勿論だ。あいつには借りが有るしな」

「そっか・・・そういう事なら仕方ないな。オレも手伝うぜ。って・・・お前、鎧は?」

「ああ、潮水で錆びるから脱いできたんだ。海に面した洞窟だって聞いたから・・・」

 喋りながら歩き出した。二人が目指すは西の島の洞窟。
昨日、ユナたちは酒場である噂しているのを聞いたのだ。

それはルドマの一人娘エリザを救った英雄テリーの噂だった。
西の洞窟に祭っている家宝を取ってくるよう、ルドマから頼まれたという噂。
それが出来ればテリーを正式にエリザの婚約相手と認める、という噂だった。
・・・そしてテリーはそれに同意したとも・・・。

街の西門をでて、数時間歩くと海岸に出た。
ピンク色の朝焼けはいつの間にか真っ青な空へと変わっている。
海の向こうにかろうじて島影が確認できた。
あそこが噂の西の島らしい。

「で、どーすんだよユナ、ボートでも用意してるのか?」

「・・・・・・・・・」

 ユナは目の前に広がる大海原を見て唖然とした。
噂で聞いていた洞窟は浜辺近くの崖下だと聞いていた。

「・・・・・・」

 誰もあんな遠い島だとは言ってなかった。

「まさか・・・洞窟の場所、知らなかったなんて言うんじゃ・・・。
トルッカの間じゃ有名な洞窟だぜ・・・」

「まっまっさかぁーー!まぁ見てろって!」

 ユナは何を思ったか鞄からあの銀の横笛を取り出した。
昨日の森じじいの言葉が思い出される。もしかしたら、笛に呼び寄せられた魔物や
魚が協力してくれるかもしれない。
いちるの望みを託して笛を奏でた。美しい音色が穏やかな波音と共に旋律をなす。
ヒックスは聞いた事もないような不思議な音色に聞き惚れていたが
その静寂が突然崩された。何か大きな物が水面を打ち破る音に。

「グォォォォォンッ!」

 水しぶきが雨のように二人に降り注ぐ。
目の前に現れたのはユナの背丈の5倍はあろうかと言う海竜だった。
海竜は水滴のついた顔を振って硬直している二人に背を向けた。
「背中に乗れ」と言う合図らしい。

「・・・・・・ほっ・・・ほらな!言った通りだろ!」

 まさか海竜が来ると思っていなかったユナの顔は若干引きつっていた。




 その頃・・・

「テリー様、西の洞窟へ行く為の船を用意しました」

 テリーたちはトルッカからすぐ西の港にいた。
港にはルドマ所有の客船が待ちかまえている。

「こっちです、テリーさん」

 エリザが分かりきっている船内を案内してくれた。

「・・・テリーさん・・・私・・・途中まで付いていっても構いませんか?」

「・・・・・・ん・・・あ、ああ」

 発進前の点検最中、エリザがテリーに尋ねた。
上の空で返事を返す。

「どうしたんですか?ぼーっとして・・・」

「別に、何も・・・」

 確かに視点は定まらず、自分でも何を考えているのか分からなかった。
もうすぐ強い力を持った剣を手に入れられるのに・・・何故か心が浮かない。

「クソッ!」

 急にムシャクシャして、かぶっていた青い帽子を床に投げつけた。

「テリーさん・・・」

 エリザはテリーが何を思っているのか分かっていた。女の第六感というやつなのであろう。
エリザの心は初めて嫉妬という心地悪いものを覚えた。




「ありがと!おかげで助かったよ」

 ユナの言葉に海竜は鳴き声で返し、再び海へと戻っていった。
西の洞窟は波が長年をかけて作り上げた天然の洞窟だった。
洞窟はちょうど船が入るくらいの高さで、島が大きく剔ぐれた形になっている。
二人は用心深く洞窟へ足を踏み入れた。満潮なのか、腰の辺りまで海水につかる。
鎧を脱いできて正解だった。
ただっぴろい洞窟は岩の間から日が差し込んできて、それが海面に照らされ案外明るい。
適当に大きな岩場を見つけて登るとようやく一休み出来た。
ようやく干潮になり、海水も引いてきた所で出発しようとすると

「お前たちこんな所で何をやってる」

 ヒックスは聞きなれた声に振り向いた。ユナは気付いたのか振り向かなかった。

「何のつもりか知らないがここは危険だ、早く引き返せ」

「はっ!テメーの知った事か」

 ヒックスを相手にせず、隣にいるユナに

「お前もお前だ、何故こんな所にいるんだ」

「・・・さぁな。オレの事は気にしないでくれ」

 そっぽを向いたままそう答えると、ヒックスを促して、逃げるようにその場を去った。

「ちっ・・・」

 洞窟は一本道。
テリーは仕方なくユナたちの後をついていく。
しばらく奥に進むと道はだんだん斜めになってきて海から流れてきた海水が溜まっていた。
だだっぴろい洞窟に見渡せないほどの広い湖海。
道はそこで終わっていた。

「海につながってるんだな。自然の力は偉大だ・・・!
それにしても・・・宝は何処に・・・」

ユナは湖海を見回して”あっ”と声を上げた。
岩礁で出来た足場の先に、岩礁が削られて平らな地盤が出来ていた。
そこに岩で出来た女神像が2体、それらに挟まれるように場違いな宝箱が置いてあった。

「きっとあれだな・・・。さっさと頂いて帰ろうぜ!」

 二人が歩き出そうとすると
ザパーン!
という水しぶきと共に朝と同じ衝撃が二人を襲った。
目の前の湖海から現れたのは大きな海竜だった。
今日の朝ユナたちをここまで運んでくれた海竜と良く似ている。

「なっなんだこいつは・・・!あん時の海竜か!?」

 見上げてヒックスが叫ぶ。海竜は真っ赤な瞳で二人を見下ろしている。
その目は欲望に満ち溢れていた。

「いや・・・違う!こいつは、朝の奴じゃない!」

 ユナは直感的にそう感じ身構えた。

『ギィィ・・・ヤ・・・・・・!』

 洞窟が壊れてしまうような程の唸り声を上げて、海竜はその身を湖海の中へと翻した。
その反動で出来た大波に飲まれ、あっという間に二人は数十メートル前の場所へ
波と共に投げ出された。
恐ろしい目でその竜は鳴き声と共に言葉を発した。

『・・・ア・・ノ宝ハ・・・ユビワハダレニモ・・・渡サナイ・・・!私ノ物ダ・・・!!ワタシノ・・・!!』

 身の毛もよだつような声が洞窟に響く。

「なに言ってんだよ!あの指輪はルドマさんのものなんだろ!?」

『イヤ・・・ダァァ・・・!』

 魔力に魅入られた恐ろしい瞳。
鳴き声と共に大きな口を開けると、魔力が集まっているのを感じる。
直感的に危機を感じたユナは両手で炎の印を結んで胸元の前に振り下ろした。
両手から眩しいほどの光が発せられ、海竜を襲う。
しかしその光の帯は海竜の周りに生じた水蒸気のような物に当り
あえなく消えた。

「なっ・・・!ギラが効かねえ・・・!」

 ユナの代わりに今度はヒックスが立ちはだかる。

「・・・なめるなよ・・・!」

 服の胸元から符のような物を取りだし、海竜に向かって投げつけた。

「・・・”雷”!!」

 ヒラヒラと宙を舞っていた符がその言葉を聞いた途端、稲妻を放ち海竜を直撃した。
水は雷を通す。これならあの水蒸気の膜に阻まれる事もない。

「オオ!スゲエ!ヒックス!」

 ユナの声援もつかの間、海竜は何事も無かったかのように顔をブルブルさせるだけだった。。

「!!オレの符術が効かねえ!?海の魔物は雷に弱いって定石だろ!?」

『・・・グ・・・ギィィ・・・』

 今度はスラリンが飛び出して来る。

「ピッキィィ!」

 スラリンの吐き出した氷のブレスが海竜を襲う、しかしこれも全くノーダメージのようだった。

「お前らは下がっていろ!」

 追いついてきたテリーが背後から飛んだ。
ガキイイ!
硬い金属音が洞窟内に響く。
確かに手応えがあったはずの剣の先からは、わずかな血が滴り落ちているだけだ。
ヒックスは愕然とし

「・・・・・・剣も魔術も効かないなんて・・・どうすりゃいいんだ・・・!」

「・・・効かないなら、効くまでやるだけさ」

 剣の柄を握りしめて再びテリーは海竜に向かっていった。

しかしユナだけは強い瞳のまま海竜を睨んだ。
試したい事があったからである。


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