▼すれ違い


 ・・・・・・洞窟内に聞いた事のある音が響いた。この音色は・・・・・・

我に返ったヒックスが振り返ると
銀の横笛に唇を当て軽やかに音色を奏でているユナの姿。
音色は洞窟内部に反響して更に長く響き渡る。

『ギアァァァ!コノオトハ・・・!』

 そんな心地良い音色とは対照的に、海竜の苦しみ悶える声が響く。
長い首をブンブン振り回し洞窟内に激突した。
一瞬地盤が揺れ、ガラガラといくつかの岩が崩落する。
それでも、ユナは演奏を止めようとはしなかった。

『ギィヤァ・・・!頼ム・・・ヤメテクレ・・・!ギ・・・ギギ・・・ィアアア・・・!』

 邪悪な心を持った海竜は純粋な笛の音色にいてもたってもいられなくなり、
ついには湖海の奥へと消えていった。
ユナはガクンと膝をつき、全身の力が抜けたように座り込んだ。

「あー・・・良かった・・・効いたぁ・・・っ」

「凄いじゃないか!ユナ!」

 ヒックスとスラリンは竜を追い払った功労者に駆け寄る。

「朝の海竜の事を思い出して、もしかしたら同じ種族の竜にも効くかも知れないと
思ったんだ。やー、でもホント効いて良かった。危機一髪・・・」

 ほっと胸を撫で下ろし一息つくと、近くに居たテリーに

「ほら、あそこにルドマさんの指輪・・・宝物があるぜ?アレが目当てなんだろ?」

 女神像に囲まれた宝箱を指さした。

「これで借りは返したろ?砂漠で大さそりから助けてくれたのも、イミルの神殿入らせて
くれたのも・・・モシャスした化け物から救ってくれたのも・・・オレを炎から守ってくれたのも・・・」

 いやだ 昔の話を掘り返して何恩着せがましい事を言ってるんだ。
テリーはそんなユナをよそに、何の返答もせずルドマの指輪を手に入れた。

「・・・お前が海竜を追い払ったんだ。ルドマに言っておく必要がある、屋敷までオレと来い」

 ユナの言葉に答える事もなく、自分の言葉だけを押しつけてテリーは踵を返した。
ユナはきょとんとした後、どうしようか迷ったが仕方なしにテリーの後に付いていく。
洞窟を抜け出すと、近くの入り江にルドマ私物の客船が停泊していた。
その船から一人の女性が出てくる。

「テリーさん!」

 その女性は微笑みながらテリーの名を呼んでこっちに向かってきた。
その笑顔が急に怪訝な顔になったのは、気のせいであろうか。

「・・・あ・・・ユナさんたちも一緒だったんですか・・・?」

 一緒じゃ悪かったか?

「洞窟の中で一緒になってな、宝を手に入れるために助けてもらったんだが・・・
ユナたちもこの船に乗せてもいいか?」

 ユナが憎らしい事を言う前に、一瞬早くテリーが答える。

「私は一向に構いませんけど・・・」

 こちらをちらりと見た。ユナたちに気を遣っているのだろうか。

「オレも別に構わないけど・・・」

 ユナの言葉にヒックスとスラリンは同時に頷く。エリザはほっとし

「じゃあ私について来て下さい」

 同姓から見ても魅力的な笑顔でユナたちを迎え入れた。
その笑顔に自己嫌悪になってしまう。
・・・本当にいい奴だ・・・悔しいくらいに・・・・・・。
そんなエリザを見るのが辛くなって、俯いたまま船内へと赴いた。



 
 数ある船室の一際豪華な一室。
進んでいるのかと疑いたくなるぐらい全く揺れない船内と、
本当に船の中なのかと疑いたくなるぐらいの設備。
シャンデリアの光に照らされた船室でエリザはユナたちにいろんな事を聞いてきた。
魔物の事や、戦いの事、野宿の仕方など。
ずっと家で過ごしていたエリザにとってはどの話も新鮮なようで
目を輝かせて聞き入っていた。

話が一段落付いたところでユナは甲板に出てくると伝え、その場の和やかなムードを後にした。
甲板には人影は無かった。
穏やかな波を眺めて、ホッと息をつく。

「・・・・・・・・・何でこんな気分なんだろ・・・」

 ルドマの屋敷が近付けば近付くほど、ユナの胸の痛みはどんどん増していった。
胸がつかえて、息をするのも苦しい気がする。
ユナは理由が何であるか心の何処かでわかっていた、だがそれを認めてしまいたくなかった。
認めてしまえば、自分が酷く惨めになる気がして。

銀の横笛を取り出すと背後から声が聞こえた。

「海竜でも呼んでこの船を沈めるつもりか?」

 ハっとして気まずそうな笑いを返した後、横笛を道具袋にしまい込む。
その声の主ヒックスはすぐ隣に立って一緒に海を見つめた。

「エリザ様ってさ、テリーに惚れてんのな」

 ヒックスが切り出したので、ユナもそれに答えた。

「見りゃわかるだろ?あの娘・・・本気でテリーのこと好きなんだぜ」

「大丈夫だってユナ。テリーは・・・多分お前に気があんぜ」

 思いがけない言葉に顔を真っ赤にして、勢い良くヒックスの方を振り向いた。

「何でそんな事わかるんだよ!」

 思わず叫んだが、ヒックスの驚いた顔にユナは我に返った。

「・・・だってさ、三日三晩寝ずにあんなに一生懸命看病されたら、
どんなに堅い男だってちょっとは気持ちが動くだろ?」

 予想以上の反応を返すユナに笑ってしまう。しかしユナは言い返さず、うつむいた。
不審に思い、再び問いかける。

「・・・テリーは知ってるんだろ?ユナの看病の事」

 答えは返ってこなかった。ヒックスは眉をしかめ、ユナの肩を掴む。

「もしかして・・・知らないのか・・・?」

 まだユナは何も答えなかった。
ヒックスは悔しそうに頭を振って、踵を返す。

「何処に行くんだよヒックス!」

 やっと声を出したユナは、慌ててヒックスを引きとめた。
険しい顔で振り向いたが、ユナの悲しそうな瞳を見て怒りが
ふっと悲しみに変わってしまった。

「何でだよ・・・あいつに本当の事を教えてやろうとしてるだけなんだ・・・
このままじゃお前が・・・」

 ユナは首を横に振って

「オレさ・・・なんかこのままでもいいと思うんだ」

 本当に苦しそうな苦笑い。ヒックスは信じられないと言った表情で言い返す。

「何言ってんだよ!オレはお前がどんだけ苦労したかずっと見てたんだぜ!?
見過ごせるワケないだろこんな事!」

「もう良いんだって!テリーにはホント・・・返しても返しきれないぐらいの借りが有るんだ。
火傷の看病はオレがやりたくてやった事で・・・。それに、このまま言わない方が
テリーにとってもエリザにとっても良いことだろ?
テリーはエリザの事を好きになろうとしてるんだ、今は余計な事言う時じゃないって」

「ユナ・・・」

 ヒックスはそんなユナをいじらしいと思った。そして愛しいとも・・・

「・・・・・・オレ、お前の事、好きだぜ」

 あんなに言えなかった想いがポロリと出てしまった。
それに驚いたのはユナだけでなく当人のヒックスも。

「・・・・・・え・・・?」

 目を丸くするユナ。ヒックスはため息をついて空を仰いだ。

「っかぁー!ムードも何もあったもんじゃねぇな・・・あーあ・・・やっぱあん時宿屋の前で
言っときゃ良かったぜ・・・」

「はっ?」

「・・・悪ぃ。お前がこんな時にこんな事言うなんて・・・。聞かなかった事にしてくれても
良い、キッパリ振ってくれても良い。でもオレ本気なんだ・・・冗談なんかじゃない
これだけは分かって欲しい」

「なんだよ、どうしたってんだよお前も・・・オレに同情してんなら大丈夫だっ・・・!」

 初めて感じる男の逞しい腕に言葉が止まった。
自分の置かれている立場を理解した途端、耳まで真っ赤に赤面した。
あり得ないぐらい体が熱い。
それは自分の体温なのか相手の物なのかは分からなかった。

「人が言ってる側から、そんな事言うか?冗談じゃないって言ったばかりだろ?」

「・・・ヒッ・・・クス・・・・・・」

「あいつに愛想が尽きたら・・・いつでもオレの所に来て良いんだぜ・・・。
お前にはオレが居るんだって、これも覚えててくれよな」

 初めての優しい言葉、初めて自分を想ってくれる声。
今まで辛いことの連続だったユナにとってその言葉は傷ついた心に心地よすぎて
腕を振り払う事が出来なかった。

「あっ・・・ユナさんにヒックスさん・・・!」

 甲板に出ていこうとしたエリザとテリーは、遠くからその光景を見て立ち止まってしまった。
テリーは当たり前のように二人を見ていた。




「ほーお!本当にあの海竜から指輪を取り返してくれたなんて!
さすがはテリーさん!いや〜あの海竜にはほとほと手を焼いていた所だったんですよ!」

 屋敷では相変わらず豪華なルドマが待ちかまえていた。
手に入れた指輪を渡すと相手は大手を振って喜んでいる。
なんだかルドマに使われた感が無くは無いが・・・。
ユナはボソリと心の中で呟いたが

「婚約だ!テリーさんとエリザの婚約を正式に認めよう!」

 その言葉に一瞬思考が停止した。 

「・・・嬉しいテリーさん・・・」

 エリザは涙目でテリーの腕をいじらしくつかんだ。
ユナは窒息してしまうんじゃないかと思うくらい胸が詰まっていたが、
精一杯の笑顔で二人を祝福してみせた。

「良かったじゃねーかテリー!エリザもおめでとうな!」

 しかしテリーはユナの方を向かなかった。
依然背を向けたままで、ユナの事を無視している。
こっち向けよ・・・・・・・・・ちゃんと見ろよ!
お前の為にこんなに苦しい思いして、笑顔作ってるのに

「ありがとうございます、ユナさん」

 エリザだけがユナの言葉に反応する。

「本当にユナちゃんにもお世話になりました。
しかしアレですなぁ。私はもしかしたらお二人が想い合っているのでは
無いかと心配していたのですが・・・」

「なっ!そんな事ありません!」

 お互い避けあっていた二人がその言葉に同時に反応した。ルドマは目を丸くして

「すいません、二人で旅していたと聞いておりましたもので、つい・・・
歳を取ると詮索癖がついていけませんな!」

 上機嫌でわははと大笑いした。
二人は赤面してお互い背を向け合っている。今度はエリザが横から口を挟んできた。

「そんなはずないわよ、お父様」

 微笑みながらこう言った。

「ユナさんにはヒックスさんっていう素敵な恋人がいるんですもの、ね、ユナさん?」

 その問いにユナは答えなかった。エリザは不審に思いもう一度問いかけた。

「ヒックスさんの事・・・好き・・・なんでしょ?恋人なんですよね?」

 無言でうつむいている。そんなユナにテリーも驚いて振り返ってしまった。

「ユナちゃん・・・まさか本当にテリー君の事が・・・?」

「そ、そうなんですか・・・?ユナさん?」

 二人から問い詰められて、ユナはどうしていいのか分からなかった。
テリーが自分の事を見ている。
ユナは心底恐怖した。
テリーに自分の気持ちを伝える事も・・・テリーの気持ちを聞くことも・・・

「・・・・・・・・・!」

 ユナはたまらず屋敷を飛び出してしまった。

「ユッユナ!?」

 屋敷の外で待っていたヒックスがユナに気付き、驚いて引き止めようとしたが振りきられてしまう。

「・・・・・・!ユナ!」

 テリーも弾かれたようにルドマの屋敷を飛び出し後を追いかけようとしたが、
後ろから強い力で腕を掴まれて血相を変え振り向いた。

「何をする!放せ!」

 はっとテリーは胸を突かれた。ヒックス・・・・・・だ。

「元はと言えばお前が悪いんだ・・・!お前の勘違いのせいで、ユナはずっと苦しい思いをしてきたんだ!」

 怒りに満ちた目でテリーを睨む。

「・・・勘違い・・・何の事だ・・・?」

 勢いで出てしまった言葉に思わず口をつぐむ。
真剣なまなざしのテリーにもう誤魔化しが効かない事を悟ると真実を話し出した。

「・・・ユナには言うなって口止めされてたんだけど・・・・・・オレは言わなきゃ気がすまない・・・
お前の大火傷の手当をしたのは、エリザじゃなくて・・・ユナなんだぜ」

 ・・・・・・・・・!
普段冷静なテリーがこれ以上無いほどに反応した。
そんなテリーを尻目に続ける。

「ユナはなぁ・・・お前の為に三日三晩ホイミを唱え続けていた。
自分の体がボロボロになっても、お前の体が完治するまで続けていたんだ」

「うそだ!ユナはそんな事一言も言ってなかった!」

 あまりに唐突に言われたため、テリーは声がうわずった。
そしてそれに気付かなかった自分に腹が立ち、歯を食いしばってうつむく。

「うそなもんか!オレはその頃からユナをずっと見守ってきた、いつのまにか惚れていたんだ!
せめてユナを苦しみから救ってやろうと思った・・・でもオレじゃ無理だったんだ・・・!」

 息を切らせてヒックスは言い切った。今までの自分の想いも込めて・・・

テリーはずっと動かなかった、いや、動けなかったのかも知れない。
動揺の走っているアメシストの瞳が見る者にとって痛々しかった。

「・・・一言もお前にそれを伝えようとしなかったのは・・・せっかく上手く行ってるお前とエリザの
仲を壊したくなかったからだとよ。・・・そんなの・・・悲し過ぎて見てらんねえよ・・・」

 二人はそれからまったく同じ人物の事を思い返しながら何も言わず動かなかった。
そんな折、屋敷からルドマとエリザが出てくる。

「・・・・・・ごめんなさい・・・私・・・・・・私が悪いんです・・・
どうしても言えなくて・・・・・・ユナさんに酷いこと・・・」

 潤んだ瞳をたまらず両手で覆う。ルドマはそんなエリザを慰めながら

「テリー君・・・・・・」

 何か言いたそうにしながら口篭もった。

「・・・エリザ・・・少し時間をくれないか?」

「・・・・・・テリーさん?」

「明日の朝、屋敷に来る。まだ少し考えたいんだ」

 親子二人はその言葉にためらいがちに頷いた。

「オレはお前を許さない!ユナを苦しめたお前を・・・」

 すれ違い様ヒックスはそう呟くと、ユナの走っていった方向へ走り去った。
テリーは唇を噛み締めて、ユナとヒックスの走り去った先を見つめていた。




 宿に戻るが、やはりユナはいなかった。

バタン・・・・・・自分の部屋に戻り、全身の力が抜けたかのようにベットに倒れ込む。
その時、質素なテーブルの上に置いてある薬のようなものに気付いた。

「・・・・・・これは・・・」

 そうだ。これは紛れもなくテリーがユナに教えた火傷に良く効く薬である。
だがこの薬に使う薬草はかなり空気の薄いところでないと生えない。
手に入れるためには相応の労力を強いられる。
上半身を起こし薬に手を伸ばした。
雑に調合されたのか、所々に緑の切れ端が見え隠れしていた。

「・・・ごめんな・・・・・・ユナ・・・」


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