▼和解
・・・・・・気付けば夜になっていた。 いつのまにかベッドで眠っていたらしい。隣の部屋を覗くとユナはまだ帰っていなかった。 テリーが外に出ようとすると宿の主人が呼び止める。 「・・・連れの子を探しに行くのか?」 「・・・?何の事だ?」 向こうはふうと息をつき 「あの子な・・・お前さんが目を覚ますまでずっと看病してたんだぞ。 あの子を悲しませるような事だけはしないでくれよ」 思ってもみなかった主人の言葉に驚いてしまった。 なんなんだ、皆して。 不機嫌そうに扉をあけると、夜だというのに誕生祭の余韻がまだ残る人々で賑わっていた。 「聞いたかよ、ルドマ様の一人娘を救った英雄の話」 「聞いたぜ!家宝の剣やエリザ様までも手に入れられるって噂だろ?羨ましい話だよなー!」 ・・・これはオレのことか? 酒場に入りきれなかったのか数人の男たちが道ばたで飲んだくれていた。 通りすがらその会話が嫌でも耳に入ってくる。 気付かれないようにその場を通り過ぎようとすると、その中の一人がテリーの前に踊り出た。 「あんただ!あんただろ噂の男は!!銀髪って聞いたから間違いねえ!ぅかーっ、やっぱり男前だねぇー! エリザ様と将来の約束を交わすつもりなんだろ!?家宝の剣とエリザ様・・・男の浪漫だねぇ・・・! まぁ最もオレには一生縁のねえ事だがなーーっ」 酒瓶を手に持ってその場に寝転がる。我慢しきれなくなった別の男が 「あんたがエリザ様を救ったテリーって男か?本気でエリザ様と将来の約束を交わすつもりなのか?」 早口に尋ねた。勿論だがテリーは無言でいる。 飲んだくれていた男たちはこぞってテリーを取り囲んだ。 「トルッカのアイドルなんだから、泣かせたらオレが許さないぜ!!」 「あ〜あ・・・エリザ様・・・憧れてたのに・・・。うっうっ、チキショー!今日はトコトン飲んでやるぜ!」 この男たちに限らず街はこの話題で持ちきりだった。 閉鎖された島国で暮らす人々にとっては格好の噂なのだろう。 とりわけエリザはこの街一番の美女だ。 突然現れたよそ者と婚約すると言う話は、話題性には事欠かない。 「でもお前さんホントにエリザ様に惚れてんのか!?見るからに腕の立ちそうな剣士だが・・・ 家宝の剣目当てって事はないだろうな?」 「なにっ!許さん!!そんな事はルビス様が許してもオレが許さんぞ!」 酷く酔った男がテリーに掴みかかろうとする。 ヒョイとかわしたのをキッカケに酔っぱらいの群衆を振り切った。 引き留められないよう早足で歩きながらテリーは考えていた。 家宝の剣が目当て・・・。初めはそのつもりだった。 エリザと上辺だけの約束をして剣を手に入れたらさっさととんずらすればいい。 そう考えていた、そう考えていたハズなのに・・・。 考えと共に立ち止まる。 ・・・心にのし掛かるどうしようもない罪悪感。 今までのオレに、罪悪感なんて無縁だった。 それなのにそれを感じてしまうのは、エリザが・・・自分の心を支えている女性と似ているからなのか? その答えを見つけるべく再び歩き出したが、ふいに聞こえてきた不思議な音がテリーを呼び止めた。 何処かで聞いた事のある音だ。 いつのまにか足は音のする方へ向かって歩いている。 行かなければならない気がして、町はずれの森の奥に入っていった。 近付くに連れそのメロディーははっきりしてきて、テリーの心を掴んで放さない。 導かれた場所は木々がひらけた森の奥。 月の光に照らされて草や木が不思議な輝きを放っていた。 美しい音色が森たちの心を喜び躍らせている。 そこには見たこともない鳥が羽を休め、普段人に近付かない動物が集まっていた。 皆して、ただじっとその音色に聞き入っている。 それらに囲まれるように横笛を演奏している少女がいた。 ・・・・・・ユナだ。 いつもと違う彼女の姿に目を奪われて自然と足が動いていた。 パキイ・・・。 枯れ木を踏んでしまった音に気付いて動物たちが反応する、そしてユナも。 ユナはテリーに気付くと一瞬にして顔を強ばらせ、更に森の奥へと入り込んでしまった。 「ユナ!」 テリーが叫ぶと途端に動物たちも我に返って森の奥へ散る。 残っている動物は一匹も一羽もいなかった。 テリーは彼女の駆けていった森の奥へと足を踏み入れた。 木に覆われて月明かりがやっと差し込む中、探していた少女はこちらに背を向けてうずくまっていた。 スラリンだけがこっちを向いている。 「ピキィ!」 『こっちに来るな!』といわんばかりの素振りをみせ叫ぶ。甲高い声が静かすぎる森にやけに響いた。 ユナまであと数歩と近づいた所で 「来ないで!」 振り向かずユナが叫んだ。 テリーは膝をついてユナと同じ目の高さに合わせると、音をたてずに隣に座った。 「オレの火傷治してくれたの・・・お前なんだってな」 随分と沈黙が続いたところでテリーが切り出した。 「・・・知らねーよそんなもん、お前にとっちゃエリザが治してくれた方が都合がいいんじゃないか?」 ユナは嫌味この上なく呟いた。 「お前が勝手に解釈するなよ!そのせいでオレだって、お前はずっとヒックスと遊んでいたって 勘違いしたんだからな!」 「勝手に勘違いすればいいんじゃねーか・・・!お前はミレーユそっくりのエリザの事が好きなんだから・・・!」 「それが自分勝手な解釈だっていってるんだよ!」 驚いたユナの瞳にはっとし、顔を押さえる。 何を言ってるんだオレは・・・ 「それに・・・お前は何故そんなにミレーユに執着してるんだ?」 フイに尋ねたその言葉はユナの胸の一番痛い所を突いた。 闇に包まれたテリーの心の中で優しげに微笑む女性の絵が蘇ってきていた。 「テリーの大切な人だから・・・」 言葉があふれてくる。 「テリーが唯一心を許してる人だから・・・だから気になるんだ・・・オレは・・・オレは・・・」 テリーが好きだから・・・ 自分の想いを全て心の中に詰め込んだまま呟いた。 もう、こっち見るなよ。 涙が出そうでたまらない。 もう絶対こんな奴の前でなんて泣くもんか・・・ 「もういいよテリー。オレの事は気にするな。 ほらほら、オレには関係の無い事じゃないか、ミレーユって人の事だって」 言葉では無理に明るく振舞っているのに・・・声は悲しく渇いている。 何とか涙を押しとどめテリーの前を通り過ぎようとした時、向こうも立ち上がった。 「待てよ」 ユナは振り向かなかった、あふれんばかりの涙が瞳にたまっているせいであった。 「何だよ、まだ何かあるのか?」 涙が詰まっている事に気付かれないよう返す。 「・・・・・・・・・ミレーユは・・・オレの姉貴だ!」 ・・・・・・!! 涙目のままユナは振り向いた。姉・・・? 「・・・それだけだ。オレはただお前に火傷を治してくれた礼を言おうと思っていただけなのに」 テリーはそう告げるとボーゼンとしているユナの前から逃げるようにして走り去った。 息が切れるほどに走りきると、体を曲げ両手を膝に付いて立ち止まる。 荒い呼吸のせいなだろうか心臓がドキドキと激しく脈打っていた。 「・・・・・・何なんだ一体・・・」 心の奥に閉じこめていた姉の事を、自分から口に出してしまうなんて・・・。 先ほどの事を思いだして、テリーは一人呟いた。 ・・・・・・その頃のユナはまだ全身の力が抜けっぱなしで、その場から一歩も動けないでいた。 『ミレーユはオレの姉貴だ!』 その言葉が繰り返し頭の中に響いている。 自然と口元が緩んだ、なんだそう言う事だったのか。 「うっくっく、あっはっは」 ユナは声を出して笑ってしまっていた。 まさか姉弟だったなんて・・・ほんとにオレはバカだ。 ミレーユの事を考えて夜も眠れない日があったというのに・・・。 しかし雰囲気の似ているエリザの事を思い出して 再び複雑な気持ちに陥ってしまっていた。 ユナが宿に戻るともうすでにテリーは帰ってきているようであった。 いくらか軽くなった気持ちで階段を上っていくと思いがけない人影を発見する。 ヒックスだ。 「ヒ・・・」 声を掛けようとしてためらってしまう。彼がテリーの部屋へと入っていったからだ。 ユナは不審に思い、自分もテリーの部屋のドアノブに手を掛けたが 二人の会話を聞いて止まってしまった。 「本当にエリザと将来の約束を交わすつもりなのか?」 ドアの奥でヒックスがテリーに問い掛けている。 「お前には関係ないだろ」 いつものテリーらしい答えが返ってきた。 「関係あるさ!さっきも言ったろ!ユナを泣かせたら許さないって!」 ドン!と勢いよくテーブルを叩く音が聞こえる。 「あいつはオレがエリザと婚約したくらいで泣くような女じゃないと思うけどな」 「泣くような女なんだよ!お前、今まであいつの何処を見てきたんだ!? 外面じゃ強がって、男ぶってるけど中身は女らしくて・・・繊細で・・・。 それに、あいつはお前に本気で惚れてる・・・・・・」 間髪いれずにヒックスが叫んだ。 思いがけない会話にユナは物音を立てずに聞くのが精一杯であった。 しばらく沈黙が続いた後、テリーの声が響いてきた。 「それがどうしたんだ?」 ユナの心が疼いた。 「仮にあいつがオレに惚れてるとしても、オレには何の関係もない」 部屋の中、テリーはヒックスを見下し平静の表情で言い切った。 その言葉を聞いた途端、力任せにヒックスはテリーの胸倉を掴んだ。 「もう一度言ってみろ・・・」 怒りに満ちている声でぐぐっと襟元を締める。テリーも負けじと睨み返した。 どれくらいその睨み合いは続いたのだろうか。ヒックスがテリーをベットに投げ出した。 「・・・本当に・・・最低の奴だよお前は・・・!ユナもなんでこんな奴に惚れちまったんだか・・・」 テリーはドスンとベットに寝転がって。 「さぁな」 人ごとのように返し、そのまま眠る体制に入っている。 ヒックスはその態度にも腹が立ち、怒りに任せてドアを開けた。 「・・・・・・・・・!」 目の前に現れた人影に憤りが吹き飛んでしまった、驚きのあまり声が出ない。 そしてゆっくりと息を飲み込むと 「ユ・・・ナ・・・?」 尋ねるような口調で言った。テリーもガバッとベットから起き上がる。 間違いない、ユナであった。 「ずっと・・・聞いてたのか?」 恐る恐るヒックスは尋ねた。ユナは頷くとハッキリと迷いのないように頷いた。 「おせっかいだなー、ヒックス。オレの事は気にすんなって言ったろ」 「でもお前はテリーを・・・」 今度はブンブンと首を横に振る。 「やだなぁ皆して・・・オレは別にテリーの事なんて、仲間以上に意識した事なんてないんだぜ。 火傷の看病だって、あいつがオレを庇ってくれたからやった事だし・・・ そんなの、仲間としてトーゼンの事だろ?」 必死にいつも通りを振る舞っている事が伺える。その姿はヒックスの瞳に痛々しく映った。 「ユナ・・・」 ユナは心配するなよとでも言いたげに微笑んだ。 テリーには何の言葉も掛けず、目も合わせずに自分の部屋に戻っていった。 「ほらな」 いち早くテリーがつぶやく。 「あいつはああいう女なんだ」 再びベットに寝転がる。 「女心が何にもわかっちゃいねーんだな、テメーは」 ヒックスはそれだけを言い放つと勢い良く部屋を出た。 部屋の中に静寂が訪れる。その静寂は嫌でもテリーに考える時間を与えてしまった。 「・・・・・・くそ・・・っ」 オレは何をすればいいんだ? オレはオレのしたいようにやっているはずなのに・・・・・・・・・。 「バカバカしい・・・」 心の中にたまっている嫌なものを否定するためにテリーは独り、呟いた。 否定したいが為にユナを傷つけているのも心の何処かで分かっていた。 火傷の薬が視界をかすめる。 「あいつも言ったように・・・仲間以上に意識した事なんて、ないんだ」 あいつだってきっとそうさ。 男言葉を使って、鉄の鎧に身を纏ったあいつが恋だなんて・・・笑わせる。 誰かに問われたわけでもないのに、つぶやいた。 ホントにバカバカしい・・・恋だの愛だの・・・そんな事に構っている暇は今の自分には無い。 こんなくだらない事に巻き込まれるのはゴメンだ・・・。 オレは最強の剣を手に入れ・・・最強の強さを身につけ過去を断ち切る。自分の思い通りに生きる。 それだけを考えていれば良いんだ・・・。 テリーは無理矢理思考を遮断してぎゅっと目を伏せた。 窓からいつもと同じ朝日が差し込んできていた。 外からは小鳥の鳴く声と、卸商の行き交う声。 あまり眠れなかったテリーは重い頭を抱え、ベッドから起きあがる。 顔を洗って旅支度をしている途中、火傷の薬が目に入った。 「・・・・・・」 それ荷物と一緒に鞄の中に詰め込む。 エリザとの事は昨日色々あり過ぎた中で、もう決めていたのかもしれない。 隣のユナの部屋のドアを開けようとしたが、ユナは女だという事に気付き、ノックをした。 「おい、起きているか?ルドマの屋敷へ行くぞ」 「あっ・・・ああちょっと待っててくれ、先に下に下りてて良いからさ」 案外普通の応答だったので安心して下に下りる。 「ピッキィ・・・」 ユナの部屋。 出窓でスラリンが心配そうに声をかけた。ユナは鉄の鎧を着込みながら 「スラリン、もうテリーとは一緒にいられない。今日で旅をするのは最後だ」 「ピキキー?」 なんで?どうして?スライムの言葉でそう言ったらしい。 ユナは相変わらずの大剣を背に担ぎ、悲しそうに微笑んだ。 「あいつと一緒に旅したりしたから、腹が立つ事とか、悲しい事とかあったんだ。 もうこれ以上、耐えられそうもないし・・・耐えるのも嫌だし・・・。 な、また昔みたいに二人でいろんな土地に行こう? テリーに合わせる必要もないから気ままに旅ができるぜ?」 スラリンはその答えに 『別れたらもっと悲しくなるんじゃないの?』 と言おうと思ったが止めた。自分のせいでユナの必死の決心を濁らせたくないと思ったらしい。 いつものようにユナの鞄にもぞもぞと埋もれ込んだ。 下の食堂に行くとテリーが朝食をとっていた。相変わらず周囲からの熱視線。 そんなテリーの椅子一つ分開けた横に座る、スラリンもユナの足の上に乗った。 少し経って男の方が早々と朝食を済ませて宿から出ていってしまったので、ユナも慌てて朝食をとって出た。 宿の外でテリーは待っていてくれた。 「じゃ・・・ルドマの屋敷に行くか」 「お・・・おぅ・・・」 ユナは思いきり首を縦に振って、歩き出す。 大通りを抜け酒場の前を通り過ぎようとした時、脇道の路地から男たちが出てきた。 二人に声を掛けてくる。 「お前だろエリザ様を救った英雄って奴は?」 テリーたちは無視して通り過ぎようとするがしつこく話を続ける。 「エリザ様と婚約するんだってな?街中の噂だぜ」 「お前たちには関係のないことだ」 テリーは目も合わせず吐き捨てる。 その大男は「お〜怖っ」という仕草をとると周りの男たちと大笑いをした。 どうやら昨日のバカ騒ぎが過ぎてずっと酒を飲み続けているらしい。 周りには沢山の酒瓶が転がっている。 「じゃぁよー、その連れの女はどーするつもりだ?エリザ様と婚約したら捨てちまうのか?」 「そりゃあ勿体ねーよ!容姿はどうあれ仮にも年頃の女じゃねーか! 容姿はどうあれ・・・?お前達に言われたくはねーよ 真っ赤な顔でバカ騒ぎをしている男達を尻目にぼそりと呟く。 と いきなり後ろから酒臭い男に抱き締められたユナはゾッとした。 「ネーちゃんよぉ、この男に捨てられたらオレが可愛がってやるぜ?」 この言い様と酒臭い息。酒の飲めないユナにこの悪臭は天敵であった。 いくら酔っているとは言え許せる限度を越えている。 「このやろ・・・っ!!」 ・・・・・・!! ユナがその男を殴るより早く、その男は数メートル離れた噴水の所まで飛ばされていた。 白目をむいて伸びた顔に水しぶきが容赦なく襲っている。 ユナは驚いて隣を向いた。テリーは殴った拳をおさめて 「少しは頭を冷やすんだな」 低い声で呟いた。その捨て台詞に男たちは青くなり、こぞって皆散らばってしまった。 残っているものは空の酒瓶ばかりである。 「・・・・・・気にするな・・・あんな奴らの言う事」 テリーはそう言うと再び歩き出した。 ユナはその後姿を見ながら今まで味わった事のない恐怖にあおられていた。 お前の事忘れなくちゃいけないのに・・・忘れたいのに・・・。 そんな事言われると自信なくなるじゃないか・・・・・・。 心の中の不安を無理やり振り払いテリーの後を追った。 ルドマの屋敷に着くとエリザが待ち構えていた。テリーたちを見つけて駆け寄る。 「テリーさん、ユナさん、待ってました。さ、家の中に入って下さい」 エリザはいつもより少し寂しげな笑顔で迎えると、二人を屋敷の中へ案内した。 広すぎる客間にルドマ一人だけが待っていた。 ルドマはオホンと大げさな咳払いをすると、客間に見合う大きなソファに腰を下ろした。 「ではテリーさん。エリザと将来の約束・・・婚約する決心はついたのかね?」 エリザを自分の隣に立たせ、神妙な面持ちで尋ねた。 「さぁテリーさん、答えはもう出たんでしょう?」 急かすルドマをよそにエリザはぎゅっと両手を握り締めている。 「テリーさん、私は構わないから素直な気持ちを聞かせて下さい・・・」 懇願するエリザ、ユナは心臓の高鳴りとは裏腹に必死で平静を装っている。 もう決めていた、テリーとは別れようと・・・ 「・・・・・・・・・」 テリーは無言でエリザを見つめている。 その瞳は何を思っているのか、誰を見ているのかは分からなかった。 「オレは・・・」 やっと口を開いた。 「・・・オレは・・・」
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