▼テリーの選択...


「オレは・・・エリザと婚約するつもりなんてない」

「テリーさん・・・」

 エリザの目の前に歩み寄り、テリーはそう呟いた。

「・・・・・・!」

 テリーの言葉に驚く反面、ユナは心底ホっとしてしまった。
顔を伏せたまま無言で居るエリザに、後ろめたさを感じずにはいられない。

「ほ・・・本気かよテリー?だって、そのために苦労して指輪だって取ってきたんだろ?」

「お前は黙っていろ」

「・・・っ!」

 ユナの言葉をぴしゃりと遮る。ルドマは残念そうに首を振った。

「残念です・・・。テリー君にならエリザを任せてもいいと思っていたのに・・・」

「オレはそんな大それた男じゃない、婚約なんて考えられる年でもないしな・・・」

 その言葉に、その場の皆が止まってしまった。
シンと気まずい空気が訪れる。

「・・・あ・・・ごめん・・・なさい・・・私・・・」

 エリザの瞳からは大粒の涙。震える声でようやく言葉を発した。

「テリーさんが優しくしてくれたのは家宝の剣が目当てだって事くらい・・・
とっくに分かってたのに・・・バカですよね・・・」

「エリザ・・・」

 テリーは、何も言えなかった。彼女の言い様に否定も肯定も出来なかった。
泣き伏せるエリザを気遣ったメイドが寝室まで連れて行く。
ルドマの視線が痛くなったのか、テリーもメイドとともにエリザに付き添っていった。
その場に残ってたのは、ルドマとユナの二人だけだった。

「・・・本当に家宝だけが目当てだったんでしょうか・・・?テリー君は・・・」

「・・・それは・・・あいつに聞いてみないとわからないですよ」

 ルドマと同じように寂しげにユナは呟いた。

オレだってあいつの胸の内なんて、全然分からない。
強い剣に固執して、家宝の名剣を欲しがってたはずなのに・・・
ミレーユそっくりのエリザに心惹かれていた事だって・・・。

そこまで考え込むと、ルドマから促されソファに腰掛けた。
ルドマも向かいのソファに腰掛けた所で独り言のように話し始めた。

「あの子の母親は、あの子を産んでからすぐに他界してしまったんです。
未熟児だった事もあってあの子も生まれた時から何かと病弱でしてね。
近所の子供たちとはとてもじゃないが一緒に遊べなくて、いつも一人だったんです。
多分エリザがあなたにつっかかるのも自分に持っていない物を沢山持っているからなんでしょうな・・・
窓から物欲しげにずっと眺めておりました・・・」

 そして思い直したように

「ユナちゃん、エリザの事良く見てやってくれませんか?
あの子もあなたみたいな友人が出来ればきっと喜びますから・・・」

「オ・・・あ、私は別に構いませんが・・・」

 そこまで言って口をつぐむ。
オレは別に構わないけどエリザが・・・
しかしルドマの気持ちがユナには痛いほど伝わってきたので
ユナは首を縦に頷かせるしか無かった。
会話が一区切りついた所で扉が開いた、テリーだ。

「エリザは?」

「大分落ち着いたようだ。今はメイドに任せてある」

 ユナが尋ねると、扉を閉めると共に答える。
ルドマはその言葉を聞くと急にそわそわしだしてエリザの様子を見に行った。

バタン。
扉の閉まる音が聞こえると大きな客間に二人きり。

「・・・・・・・・・」

 まだなんとなくシンとした空気が重い。
ユナは気まずくなって話題を探そうとするが、頭に浮かぶのはエリザとの事ばかり。
どうして婚約する事をやめたのか?
理由を聞いても答えを返してはくれないだろう。
でも、理由が分からなくても婚約なんてしなくて良かった・・・
再び安堵にも似たため息がこぼれた。

そんなユナを我に返らせたのは再び扉の開く音、ルドマでもエリザでもなく新たな訪問者だった。

「・・・ヒックス!?なんでここに?」

「ハハ、気になって来ちまった」

 頭を掻いて勝手にソファに座る。重い空気が一瞬にして軽くなった。
テリーはヒックスを一瞥した後、避けるように窓際へと移動する。

今までの経緯を尋ねられ手短に説明すると
ヒックスは驚く事も無く、腕組みをして頷いた。

「そういやユナはこれからどうするんだ?行く当てとか有るのか?」

 ヒックスの問いかけにユナはスラリンをテーブルの上に置いて

「・・・また前と同じように伝説の武具を集める旅に出るよ」

「伝説の武具!?お前そんなもの探してるのか?」

 驚いて返すヒックスにユナは照れくさそうに頭を掻いた。
いつのまにかテリーも窓の外を見るのを止めてこっちを見ている。
”伝説の武具”という言葉に反応したらしい。

「オレさ・・・昔の事、全然覚えてないんだ。思い出そうとしても何も思い出せ無くって・・・。
覚えてたのは名前と・・・伝説の武具を集めるって事だけ」

「伝説の武具って4つ全部集めると天空の・・・神の城に行けるって噂のアレか?」

 ヒックスは思い出しながら尋ねた。
神がこの世にもたらしたと言う伝説の剣、盾、兜、鎧
それらを全て集めると”神の城”へと導かれると言う。
昔から語り継がれるこの伝説は、誰しもが知っている有名な話だ。

夢見る瞳でユナは頷いた。

「うん。記憶喪失になる前のオレは多分それを目標にして旅をしてたんじゃないかって
思ってるんだ。だから、4つ集めて神の城に行けたら、何か思い出せるんじゃないかって。
どうせ行く当ても無いからさ・・・今までスラリンと一緒にそれを気ままに探してたんだ」

 二人は真剣な面持ちで聞いている。

「スゲー!お前、そんな大変な旅してたのか!それにしても記憶喪失って・・・
大丈夫なのか?
色々不便な事も有るんじゃ無いのか?」

「それは大丈夫。スラリンだって居るしさ、なんとか一人で旅するぐらいの事は
出来るようになったし・・・過去が無いってのは、何も考えられずに生きられる
トコもあって案外楽しくやってるよ」

 心配気なヒックスに笑顔で返した。スラリンも相槌を打ってくれる。

「そっか・・・楽しくやってるんだったら良かったぜ。んでも伝説の武具って
・・・ホントスゲぇな」

 再びヒックスは感心する。テリーも同じように頷いた。

「でもよ、それだったら伝説の剣って言うのも必要なんだろ?
じゃあ剣探しをしてるテリーと一緒に旅してれば伝説の剣っていうのも早く見つけられるかもな」

「・・・その事なんだけど・・・テリーとはトルッカを最後に別々に行動しようかと思ってるんだ」

「・・・・・・!?」

 一瞬ヒックスは耳を疑った。

「マジかよ!なんで!?だってお前、こいつの事・・・」

 勢いに任せて飛び出した言葉を慌てて飲み込んだ。

「どっどーしてなんだよ!別れる理由なんてねーだろ!?」

 興奮しているヒックスとは対照的にユナは落ち着いて返した。

「オレ、いつも足手まといだったしさ・・・
テリーの最強の剣を探す邪魔になってるような気がしてて・・・
もう別れた方がお互いの為になるんじゃないかと思ってさ」

 いつの間にか言葉はテリーに向けられていた。
渦中の人物は無関心で窓の外を見つめている。

「・・・お前、どうしたんだよ急に・・・。エリザと婚約したってんなら話も分かるけど・・・」

「そうですよ!もう私に遠慮なんてする事ないんですよ!?」

 バン!
勢い良く寝室の廊下へ通じる扉が開いた。三人は驚いてその方を向く

・・・エリザだった。

「お前なんで・・・」

「今の話、聞かせてもらいました」

 ユナの問いかけに応じず強引に喋りだし、ツカツカと歩み寄った。

「私に遠慮してそんな事を言い出したならやめてください!
私が最低な女だって事知ってるでしょ?」

 表情はキリッとしていたが声は震えていた。

「そっそんな事ないよ!それはオレも同じで・・・」

 悲しむエリザを見てホっとしている自分。オレだって最低な女なんだ。
エリザはブンブンと首を振って

「・・・私は本当に最低なんです。私・・・ユナさんの事ずっと羨ましく思ってて・・・
そして憎いとも思ってました・・・。テリーさんと一緒に旅して・・・強くて元気で・・・明るくて
・・・私にはそんな貴方が羨ましくて仕方なかった。
だから貴方だけには負けたくなくて・・・あんな嘘を・・・」

「それは、オレだって・・・」

 モゴモゴと口の中で躊躇したが、エリザの悲しそうな顔を見てなんとか言葉を押し出した。

「オレだってエリザのことが羨ましかったんだよ!美人で、健気で、優しくてさ・・・
自分にない物ばっかり持ってて、一緒に並んで居るのが嫌だった。看病の事だってほんとは・・・
オレなんかが看病するより、エリザに看病された方がテリーだって良いに決まってるとか
勝手に思い詰めてて・・・だからそれはエリザだけのせいじゃないんだ・・・」

 皆が聞いているのを忘れて押し込めていた心の内を吐露する。
それをキッカケに沈黙が続いた。重い空気の中で時を刻む秒針がやけに長く感じる。

「・・・私たち・・・」

 ようやく発された声と共に白い手首がドレスからのぞかせると、ユナの肩に手をかけた。

「こんな形で会ってなかったら・・・友達になれたかもしれませんね・・・」

 寂しそうに微笑む。
急に見上げたユナの顔、少し考えて、そして恥ずかしそうに言った。

「・・・なに言ってんだよ・・・その・・・ともだち・・・だろ?オレたち」

逸らしていた視線をようやくエリザに向ける。

「・・・・・・・・・!ユナさん・・・」

 驚くエリザに、チッチッチと人差し指を左右に振る。そして少し恥ずかしそうに

「ユナさんじゃなくて・・・・・・・・・ユナだろ?エリザ」




「まぁ!伝説の武具を集めて旅をしているの」

 すっかりエリザと意気投合して嬉しいのか、ユナは『うん』と笑顔で返事をするだけだった。

「そうねぇ・・・私の家の剣は・・・伝説なんて大それたものじゃないし・・・」

「いいんだ。そう易々と手に入る物でもないと思うし」

「でもそれだったらやっぱりテリーさんと旅して、伝説の剣見つける方がいいんじゃないの?」

 エリザの問いかけに、ずっと無言だった男二人が反応する。

「いや・・・でも・・・それは・・・出来ないよ」

「どうしてそう意地を張っているの?無理に別れる必要なんてないでしょう?」

「・・・意地張ってるわけじゃないよ。オレはオレなりに考えて・・・」

 エリザは息をついて、正面からユナの瞳を見据えた。 

「ユナ。私の事友達だって言ってくれたわよね?」

 ユナは首を縦に振る。

「じゃあ、答えて」

「・・・・・・何を・・・?」

 エリザから発せられた言葉は、恋愛経験の全く無いユナには到底予測できなかった。

「・・・テリーさんの事・・・好きなんでしょ?」

 ・・・・・・・・・!!
 ドキリと言う心臓の音が体中に響いた。慌てて立ち上がって皆に背を向ける。

「ユナ!逃げる気なの?本当の気持ち、ちゃんと言ってよ!」

「・・・・・・」

 今にも部屋から出て行きかねないユナの手を掴む。だが反応は無い。

「おい、エリザさん!本人が嫌がってるなら別に・・・」

「自称ナンパ師は黙ってて下さい!」

 お嬢様相手に思わず怯む。
慌てて問題になっているテリーを振り返るが向こうは全くの無関心のようだ。
ユナの気持ち、考えてみろよ、あのやろう・・・。

「・・・オレは・・・」

 静まり返った客間で、ユナの頼りない声だけが聞こえて来る。

「オレは・・・」

 その想いは、案外自然と喉を通って言葉に現れた。

「好きだよ・・・」

 あれだけこの言葉を拒んだはずなのに

「好きだよ、テリーが・・・」

 どうしてこんな事を言ってしまってるのか分からなかった。
言うつもりなんて無かった、この想いはずっと心に秘めておくつもりだった。
エリザとヒックスはため息混じりにユナに目をやった。ユナの気持ちに、気付いていたから。
しかし・・・テリーだけは・・・

ユナは自分の本当の気持ちを告げた途端、力が抜けてしまった。

胸が焼けるように熱くて鼓動はとんでもなく大きい。
テリーがどんな顔でどんな気持ちなのか。
ユナはそれを知る勇気すら使い果たしていた。

「それならどうして別々に行動するだなんて言うの?」

「それは・・・エリザの為でも・・・。ホントはテリー・・・の為でもないのかもしれない・・・
結局は自分の為なのか・・・?」

 喋りながら、ユナは決めた答えの理由を探していた。
そう、きっと自分の為なんだ。
認めたくはないけど、自分はテリーから逃げてるんだ。
これ以上テリーの事で傷つくのは辛し、怖い。
魔物に襲われる方がよっぽど怖くない。

テリーは、相変わらず表情を変えず窓の外を見ている。
いや、平静を装っていただけかもしれないが・・・・・・。

「テリーさん」

 勇敢にも、エリザはその重々しい空気の中で言葉を発した。

「テリーさんの気持ちはどうなんですか?」

「・・・・・・・・・!」

 またも、突拍子もないエリザの発言にフイを突かれる。
ユナのようやく収まった心臓は先ほど以上に高鳴ってきていた。

「テリーさんはユナのことどう思っているんですか?」

 エリザの威勢の良い声が耳に入ってくる。
しかし、テリーは答えようとはしなかった。

「テリーさん!」

「何を騒いでおるのだ、エリザ」

「お父様!」

 丁度いいのか悪いのか微妙なところでルドマが客間に入ってくる。

「テリー君、ユナちゃん、出発の準備が出来ましたが・・・本当にもう行くんですか?」

 その言葉を聞いた途端、一番にユナがソファから立ち上がった。
ヒックスも慌ててユナについて行く。その後ろから残りの二人も外へ出た。

太っ腹のルドマから好意で貰った荷物の中には
新しいマントや装備品、薬草、高級品と言われる魔法の聖水などが入っていた。

「二人とも、エリザを助けて下さって・・・本当にありがとうございました。
充分なお礼も出来ませんでしたが・・・」

「とんでもないですよ!旅に役立つ物をこんなに沢山頂いてしまって
こちらこそ、ありがとうございます!」

 そんなルドマにユナは首を振る。
ルドマは二人と固く握手をすると、エリザに気を遣ったのか早々に家の中へと戻っていった。

「ユナ、またトルッカに来てね。旅の話を沢山聞かせて!勿論・・・テリーさんもよ!」

 ルドマを見送った後エリザは振り返った、瞳にはうっすら涙が浮かんでいる。

「エリザ・・・」

「ユナ・・・本当にごめん・・・テリーさんも・・・」

 そう言うとエリザはたまらずにテリーの胸に額を当て、そのまま泣き伏せた。
ユナは二人から慌てて目を背けるとヒックスがこっちを見ているのに気付いた。

「本当に・・・行くのか?」

 真剣なヒックスに対して、ユナは吹き出す。

「何言ってんだよー今更。当たり前だろ?」

 随分と高くなった日を避けるように、ヒックスは俯いた。
いや俯いたのは日の光のせいだけじゃ無かったかもしれないが。

「・・・色々ありがとな、ヒックス。励ましてくれたり西の洞窟まで付き合ってもらったり
あとお祭りに連れてってくれた事も・・・。スゲー感謝してる、あんなに楽しかったの久しぶりだった」

「礼を言うのはオレの方だ。オレも・・・少しでもお前と一緒に居られて楽しかったぜ」

 顔を上げたヒックスの顔はいつもと変わらない、安心できる笑顔。

「あの・・・ヒックス・・・あの・・・こないだ、言ってくれた事なんだけど・・・オレさ・・・その・・・」

 言いにくそうに言葉を選ぶユナにそっと耳打ちした。

「さっきのお前の告白・・・あれで充分お前の気持ちは分かったつもりだぜ。
余計な事色々考えさせちまってゴメンな」

 その言葉を聞いてユナはブンブン首を振る。なんとなく気まずくなってしまった所で
ヒックスはポケットの中から何かを取り出し、ユナの手に握らせた。

「いつ渡そうかと思ってたんだけど・・・これ・・・お前の為に買ってきたんだ」

「!?オレに?」

 受け取った物は、今までの自分には無縁であったアクセサリー。
可愛らしくディフォルメされたスライムのカタチをしているイヤリングだった。

「いっいいのか!?こんなもの貰っちゃって・・・!」

「ああ、お前の為に買ってきたって言ってるだろ」

 初めて手にするアクセサリーにどうしたら良いのか分からないユナを見かねて
ヒックスが付けてくれた。
それは両耳で可愛らしく揺れて、あつらえたように似合っている。

「オレ、人からプレゼントされるなんて初めて!スッゲー嬉しい・・・!
ありがとうヒックス!ずっと付けてるから!」

 本当にユナはうれしいのだろう。重い空気は消え、思いきりの笑顔で返してくれた。
ヒックスは涙を耐えているのか少し震える声で

「絶対、また来いよ。待ってるから・・・さ」

 ユナもヒックスとの思い出が込み上げてきて、ぎゅっと唇を結んで頷いた。

込み上げてくる物を耐えようと視線を外した所でエリザとテリーが目に入った。
エリザはやっと落ち着いたようで、テリーに最後の別れを告げている。

「ユナ」

 二人に気を取られてしまったユナがヒックスの問いかけに我に返る。

「あいつとの事だけど・・・お前が真剣に悩んで出した答えならもう何も言わない。
だけど・・・自分の心に嘘をつくような事だけはするなよ?お前には後悔なんてしてほしくないからな」

「・・・うん。ありがとう」

 ヒックスの優しさがひしひしと胸に染みる。
いつでも優しくて、いつもオレの事気に掛けてくれて、いつも力になってくれて・・・
もう一度、見つめ直した。
しっかりとした体つきに日に焼けた肌。漆黒の髪にユナと同じ金の瞳が印象的だった。

「頑張れよな、伝説の武具、見つかるといいな」

「うん・・・ヒックスも元気で・・・!」

 ユナは腕で目を擦った。ヒックスも耐えきれず背を向ける。
そんな折、ひとしきりテリーとの別れをすませたエリザが声を掛けてくれた。

「ユナ・・・ほんとにありがとう・・・」

 ユナをみて再び瞳が潤んでいる。
ただでさえ涙腺の弱まっているユナはエリザの涙にまた口をぎゅっと結んだ。

「ア・・・アハハ・・・そんな礼なんて・・・オレの方こそ・・・ありがと・・・」

 我慢して喋っているせいか中々言葉が喉を通らない。エリザはふいっと後ろを向いた。

「絶対にまたトルッカに来てね・・・」

「うん・・・絶対また来るよ・・・」

「だって貴方は、私の初めての友達なんだもの」

 最後は弾けるような笑顔で送り出してくれた。
テリーより一足先にトルッカを去っていたユナに
ヒックスとエリザは見えなくなるまで手を振りつづけた。

ユナが見えなくなった所でテリーも荷物を担ぐ。

「お前には一応礼を言っておこう。怪我したオレを宿まで運んでくれたようだし・・・・・・
ユナの看病を教えてもらった事もあるしな」

 ヒックスはため息をついて首を振った。

「別にお前の為にやったんじゃないんだぜ」

「・・・フン・・・」

 いつものように顔を背ける。

「腹立たしい話だけどよ・・・心底お前が羨ましいぜ」

「・・・・・・・・・」

 最後の最後まで二人を囲む空気は刺々しくて重かった。
エリザと再度別れを惜しんでヒックスには別れも告げず、
テリーは一悶着あった豪華な屋敷を後にした。




「本当に行っちまったなぁ・・・」

 ヒックスはユナの事を思い出しながら独り言のように呟いた。
そしてまた涙目になる自分を情けなく思う。

「・・・・・・あーあ、なーんでオレいっつも余計な事しちまうのかな」

 そしてガクリと肩を落とした。

「あなたにしては珍しいわね。ユナに対して、あそこで何にもしなかったなんて」

 まるで知り合いであるかのようにエリザは言った。

「さすがのオレでもあいつの好きな男の前で抱き締めたり出来ないだろ?」

「案外紳士なのね。知らなかったわ」

 そんなやりとりをしつつ、二人は想い人のことを思い出しため息をついた。

「ユナだけだったな・・・オレが落とせなかった女は・・」

「私だって・・・本気で好きになる男は・・・あなただけだって思ってた」

 もう家路へと帰ろうとしたヒックスが、目を丸くして振り向いた。

「へ!お前・・・それってすげー小さい頃の・・・・・・」

「私がユナにつっかかってたのは・・・!」

 ヒックスの言葉を無理やり遮った。

「私が・・・ユナに突っかかってたのは、テリーさんの事だけじゃないの。
・・・あなたがユナの事を本気で好きだって知ってから、悔しくて・・・」

 ミレーユと良く似た金髪の髪を両手でかきあげる。

「エリザ・・・」

 小さい頃彼女に”大きくなったら結婚しようね”と言われた事を思い出していた。

「バーカ」

 悪戯っぽいエリザの笑顔は、幼少の頃と全く変わっていなかった。
ヒックスは薄く笑うとエリザと一緒にトルッカを歩き出した。





 トルッカの南に位置する薄暗い森の中。
大きな荷物を抱え、鉄の鎧を着こんだ少女が重い足取りで歩いていた。
昼の日差しも差し込まない鬱蒼とした森は気持ちを沈ませるには充分だった。

・・・・・・少女は辛そうな顔で、先ほどの事を思い返していた。
自分の気持ちを伝えてからまともにテリーの顔を見ていない。
情けない話、見る事が出来なかった。

でも・・・・・・

ユナは立ち止まった。

本当に、このままでいいのだろうか。
もう一生あいつとは会えないかもしれない・・・。
再び胸がこれ以上ないほどに締めつけられる。
『自分の心に嘘はつくなよ?』
ヒックスの言葉が思い出されてきた。

「・・・あいつと別れたら・・・苦しい事なんてなくなるはずなのに・・・おかしいな・・・」

 楽になるどころか余計に苦しい・・・なんで・・・。
スラリンが心配して声をかけてくれる。

「ピッキィ・・・」

 いつものように優しい声。

「・・・なぁ、スラリン。あいつと離れるの・・・イヤか・・・?」

 ぶんぶんとスラリンが首を縦に振った。本当に正直に。

「オレも、あんな事言ったけど・・・ほんとはテリーと離れるの、すごく・・・イヤかもしれない」

 その場にへたりと座り込んでしまった。

「自分でも分からない。傷つくのは辛くて怖いのに、会えなくなるって思うともっと辛くて怖くなる・・・
なんでなんだろ・・・ほんとおかしいよな・・・」

 ユナはスラリンに自分の気持ち全てを告げてまた涙ぐんだ。

「無愛想で、口も悪くて・・・人の気持ちなんて何も考えてない奴なのに・・・
どうしてこんなに好きだなんて・・・悔しいけど・・・もう、どうにもならない・・・・・・・・」

「ピキィ・・・」

 スラリンは一生懸命ユナを元気づけている。

「・・・・・・・・・」

 ユナのすぐ後ろの木の陰に、一人の男が隠れていた。
ユナが立ち止まった頃からそこにいて、ルドマの屋敷を出た頃から後についてきている。

「テリーに会いたい・・・一緒に旅がしたい・・・迷惑だって思われても側に居たい・・・」

 瞳から我慢していた涙と想いが一気に溢れてくる。
止まらない涙を耐えようともせずその場で泣き伏せてしまった。

「・・・・・・・・・」

 隠れている男はユナの女らしい面を垣間見て、少し動揺していた。
その姿に、自然と足が動いてしまう。

「・・・ユナ・・・」

 聞き慣れた声は無防備だったユナをフイに襲った。
弾かれたように声の方を振り向くと

「・・・・・・!!」

 うっすら差し込んだ木漏れ日の中で立ちつくす、見覚えの有る男。

「・・・・・・テ・・・テリー・・・・・・」

 確かめるようにゆっくりと名前を呼ぶ。
体が硬直して震える、しかし裏腹に胸は物凄く高ぶっていた。

テリーと呼ばれた人物はユナの方へ歩み寄る、ユナは立つ事で精一杯だった。
本当に顔をまともに見れない・・・さっきの自分の想いを全部聞いていたのか。

「いや・・・あの・・・そっその・・・ちっ違うんだ・・・オレは・・・っ・・・!!」

 ・・・・・・・・・・・・!
言葉の途中で目の前の景色と頭の中がぐるぐると回り出した。
突然の出来事に体がバランスを失うが、逞しい腕でしっかりと抱きとめられる。
そのまま自分の意思とは反対に意識が遠ざかっていった。

「・・・・・・こんな所で・・・この魔草が役に立つとはな・・・」

 テリーの手の中には催眠を誘うラリホーと同じ効果の有る魔草があった。
腕には意識を失ってしまったユナが抱き留められている
顔に残る涙の後は木々の木漏れ日に反射して光っていた。

辛かっただろう・・・エリザの事も・・・告白の事も・・・

「・・・バカな奴・・・」


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