▼予期せぬ別れ...


「うー・・・ん」

 ・・・・・・?
開け放たれた窓から差し込む気持ちの良い風でユナは目が覚めた。
何時の間にかベットに寝ている。見回すと最初に自分の鎧が目に入ってきて
それから自分の荷物、質素なテーブルに白い壁。ここは・・・?

「よっぽど疲れてたのか?もう次の日の朝だぞ」

 がばっとユナは起き上がり、ベッドの側に立ちつくす声の主を確かめたとたんに赤面した。

「話がある。用意が出来たら食堂に来い」

 テリーはそれだけを告げて無造作に一階へと降りていった。

 なんで・・・・・・テリーがいるんだよ・・・もしかして昨日いきなり意識が飛んだのも・・・
テリーのせいなのか・・・でも、なんで・・・・・・?

 いろいろな疑問を確かめるべく、ユナは慌ててベッドから起きあがり身支度をすませた。

ルドマから貰った新しい服に青いマント。
ルドマさんの言うには魔力の籠もった絹で編まれているらしく、守備力は鋼の鎧クラスだとか。
しかも今までの鎧と比べて、随分と身軽になって動きやすかった。
服も体にフィットして肌触りも良いが・・・余計に露出した肩と足が目に付く。
しかし、マントを羽織れば随分と目立たなくなるので脱がない限り気にする程の事でもない。
良い装備品をくれたルドマに感謝して枕元で眠っているスラリンを起こした。
本当はテリーとは顔を合わせたくなかったのだが・・・この際そうも言ってられない。

考え事をしながら宿の階段を下りていくと、階段のすぐ下のテーブルにテリーがいた。
いつもと違うユナにようやく気付くと手招きする。

「・・・・・・」

 ユナは気まずそうに向かいのイスに座る。
目の前の男が何を言い出だすのか待っていると

「お前、オレと一緒に来い」

 ・・・・・・・・・!

うつむいていたユナが顔を上げ、驚いた表情でテリーを見た。

「何だかんだ言っても、結局オレはお前の回復呪文なんかを頼りにしているんだ。
それに目的が同じならどちらにとっても探しやすい。
伝説の剣が手に入ったら他の防具も一緒に探してやる」

 今までの彼の言動をからは考えられないほどの優しい言葉。
しかし答えられずにユナはまたうつむいてしまった。
その時すごく嬉しかったのに、その時「うん」って返事すれば良かったのに・・・
何かが言葉を止めた。

「なん・・・かさ、勘違いしてないか?別にオレは・・・」

 ようやくユナは呟く。テリーはため息をついて

「なぜそうやっていつも自分の気持ちをはぐらかすんだ!
オレと一緒にいたいって言ったのはお前の方だろ?」

「やっぱり・・・無理だよ!」

 うつむいたまま叫んだ。

「今のオレじゃ・・・テリーと一緒にはいられないよ・・・」

 ユナはエリザの件をまだ引きずっている。告白の事も・・・。
そんな重々しい空気を吹き飛ばすかのように、勢い良くユナは立ち上がった。

「あっ、そうそうオレさ!鉄の鎧と鉄兜!あれ売って来なきゃ!」

 テリーから顔を背けたまま言うと、バタバタと部屋に戻り、バタバタと宿を出た。
後ろ髪引かれる思いで朝食を後にする。
告白の事や昨日の事も相まって、テリーの顔をあまり見たくなかった。




『テリーと一緒に旅がしたい・・・迷惑だって思われても側に居たい・・・』

 ユナが出て行った後も、テリーはそのままテーブルで考え事をしていた。
昨日のユナの言葉が思い出されてくる。
しかし、今日のユナの天邪鬼加減に内心驚かされていた。

「あいつもエリザと同じくらい素直ならな・・・」

 そう呟いて、宿を後にした。




 ・・・・・・重い・・・。
鎧を引きずりながらユナは防具屋を探していた。
実はもう2件ほど買い取りを頼んだのだが・・・サイズが小さい上
古くて買い取れないと言われてしまったのだ。

ようやく新たな防具屋を見つけ、店の前で立ち止まる。
その防具屋は売っている物が分かるように壁がガラス張りになっていて
棚には見るからに高級そうな防具が数多く並んでいた。

「か・・・買い取ってくれるかな・・・」

 不安げに呟く。
防具に目を奪われながら、ガラスに反射して映った自分の姿に目が行ってしまった。
青いマントに浅葱色の服、皮のブーツにスライムピアス。
よくよく見れば何となくシルエットが可愛くて、益々ユナはこの格好が気に入ってしまった。

鉄の鎧着てた頃とは大違いだな・・・。
心の中で呟く。
あの頃は頼まれたってこんな格好したくなかった。
女だって事が嫌で嫌で、鎧を着込んだり男言葉を喋ってわざとぶっきらぼうに振る舞ったり。
今はと言えば何故自分があんな格好をしていたのか
男に憧れていたのかさえ分からなくなってしまっていた。

テリーと会って、もの凄いスピードで自分が変わっていくような気がする。
その目まぐるしい変化に気付くことすら出来ずに、ようやく気が付いたかと思えば
引き返せない所まで来てしまっていて。

「・・・テリー・・・」

 自分が変わってしまった原因を口にする。
やっぱり、スラリンの言う通りだ。別れて旅をするのはもう辛い・・・。
素直に謝ろう。頼み込めば、また前みたいに連れて行ってくれるかもしれない。

・・・その前に、まずは鎧をなんとかしよう・・・
考えを固めてようやくユナは店内に入った。




 結局その防具屋で買い取ってもらえなかったが、その次に見つけた防具屋で
なんとか買い取ってもらう事が出来た。
そのお金で自分の分とテリーの分の剣の手入れをする道具を購入した。
・・・これを買ってもう残りは無くなってしまったが・・・。

「テリー・・・?」

 色々とぶらぶらして宿へ戻るとテリーはいなかった。
再び名前を呼び、部屋を見まわしたがベッドの側に荷物だけがぽつんと置いてあるだけだ。


ユナはずっとテリーの帰りを待っていた。
しかし夕方、夜になっても部屋の主は帰ってこない。
睡魔に耐えきれずにウトウトし始めた頃にガチャリと部屋のドアが開いた。

「・・・っお、おかえ・・・」

 意識がはっきりしないままテリーに声を掛けたユナであったが、
次の瞬間、眠気が一気に飛んでしまった。
・・・テリーの左腕からは青い服が赤く見えるほどの出血。
よく階段を上ってここまで帰ってこれたものだ。

「どどど・・・どうしたんだよ!」

 息を荒げ、ヨロヨロしながらもベットに倒れ込む。

「し、しっかりしろよ!」

 慌ててテリーの顔をのぞき込んだ。
顔には何物かに引っ掻かれたような爪痕が残っている。

ユナはホイミをかけると顔の傷は見る見る塞がっていった。そんなに深い傷では
なかったようだ。しかし重傷の左腕は出血は収まりはしたが傷は塞がりそうにない。
何回か唱えて、やっとテリーの呼吸が落ち着いた頃ユナは再び問いかけた。

「・・・何があったんだよ」

 テリーは答えようとはしなかった。体力は回復していてユナの声は聞こえているはずなのに
依然として目を伏せている。そんな彼にユナもそれ以上追求しなかった。
ユナは道具袋から傷薬と包帯を取り出すと、薬を手に取り傷口に塗った。

「い・・・つっ・・・」

 思わずテリーは声を漏らす。

「ごっ・・・ごめん!」

「もう少し優しく出来ないのか!?」

 いつもの横柄な態度。その態度に少しホっとしつつユナもいつもの調子で答えた。

「ごめんって言ってるだろ。どーせオレはがさつな女ですから
こんな風にしか手当てできませーん」

 嫌味たっぷりに言うと今度は包帯を巻いた。
包帯は心地よいらしく、しばらくすると静かな寝息が聞こえてきた。

「・・・さっきまで威張り散らしてた奴とは思えないな・・・・・・」

 寝顔をのぞき込むと子供のように安らかな寝顔だ。
まだ少し傷跡が残っている頬に触れようとして、気恥ずかしくなったのか手を引っ込めた。

「・・・もう、心配かけるのはほどほどにしてくれよな」

 その後もユナはテリーのそばを離れなかった。
まだ治りきれていない傷が本当に心配だったから・・・。




昨日と同じように窓から差し込む朝日と小鳥のさえずりに目を覚ました。
両膝を床についてベッドに顔を埋めていた、無理な体勢で寝ていたせいか
体が痛い。立ち上がり昨日の記憶も定まらずに辺りを見まわす。

「目が覚めたか?」

 ドアが開いていて、筒抜けに廊下が見える。その隣にテリーは立ちつくしていた。

・・・そういえば昨日は確かテリーが傷だらけで帰ってきて・・・
そうか、だからオレそのままこの部屋で眠って・・・そこまで思い出しテリーに問いかけようとした瞬間

「テリーさん!」

 その声は甲高く廊下を響き渡った。
勢いよく登場した人物に目を疑う。テリーにこんなに可愛い知り合いがいたなんて・・・

「どうしたんだ?お前たち」

「エッヘヘ!会いにきちゃった!」

 視線をずっと下にずらして会話をしている。
小さくて可愛らしい男の子と女の子だった。

「あのね、ママがね、昨日のお礼を言ってきなさいって」

 5歳くらいの子供二人がテリーに向かって深深とお辞儀をした。

「テリーさん!昨日は魔物に襲われている所を助けて頂いてありがとうございました!」

「ありがとございました!!」

 ユナは一瞬どころか数秒ほど自分の耳を疑った。
昨日って言う事は、まさかあの傷は全部この子たちを守る為・・・?
あの、テリーが?
あの冷酷で無口で愛想がなくて子供なんて全然好きじゃなさそうな・・・
あの、テリーが!?

・・・少しはいい所、あるんじゃないか。

そんなユナの視線に気付いたのか、テリーはふいっと顔を背けた。
男の子と女の子は「あっ!」と顔を輝かせ思い出したように言った。

「あっ・・・!そうだ、テリーさん。ぼくの家に来て!ママが会いたいって言ってたの!」

 二人して無理やりテリーの腕を引っ張る。
流石のテリーも子供には弱いのか何も言えないでいた。そして男の子の方がユナに気付いて

「テリーさんの彼女でしょー!オネーちゃんも一緒に来てー!」

「はっ!?そっそそんな!彼女なんかじゃないよ!!」

 子供相手にむきになるのもどうかと思ったのだが、いつものように赤面で全力否定してしまった。

「ボクねぇ、サスケー。あいつはねえ、キッカっていうのー。妹なんだよー双子なんだよー」

 子供特有の強引さと言うのか、勝手に話を続けられている。
ユナとテリーは半強制的に二人に連れ出されてしまっていた。




 随分町外れにきていた。
ここまで来ると人通りは少なくなって、穏やかな雰囲気の民家が建ち並んでいる。

ここまで来るのにいつもの倍近くの時間を要してしまった。
子供たちの歩調に合わせているためだ。

「しかしさ、お前たちの母親も無責任だよな」

 不意にユナが呟いた。

「子供たちをお使いに出さないで直接出向いてくればこんな事しなくてもいいのに・・・」

「オイ、ユナ」

「だって・・・そうじゃないか。結構な距離だぜ?」

 確かにユナの言っている事ももっともだ。
大人たちには差ほど感じないこの道のりも、子供たちにはちょっとした大冒険なのだ。
先ほどまでとてもうるさかった子供たちが急に黙り込んでしまった。

「・・・ママ・・・体・・・弱いです。病気なんです」

 隣から聞こえてきた言葉にはっとする。

「・・・ママ・・・お外に出られないくらい体が弱いんです・・・」

 兄の方も悲しそうに呟く。

「・・・・・・ごっ、ごめん!!ホントに悪かった!やな思いさせちゃったな・・・」

 慌ててユナはあやまった。
サスケとキッカはその言葉に首を振り、また再び喋り出した。




 周りの木々と比べ物にならないくらい大きな、緑々と生い茂った大木のふもとの家、
そこがサスケたちの目的地らしい。手馴れた手つきでその家の扉を開いた。

「お待ちしておりました。サスケとキッカが魔物に襲われていた所を助けて頂いたしく・・・
本当に・・・なんとお礼を言ったらよいのか・・・あなたは二人の命の恩人です。
本当に・・・ありがとうございました・・・!」

 テリーとユナが家に入った瞬間に母親と呼ぶにはまだ若い女性が、
深深と頭を下げて迎えてくれた。

「い、い、いやっ!たっ助けたのはテリーの方なんで・・・あの・・・いやっ・・・」

 なぜかユナの方がドギマギ戸惑ってしまう。
こんな母親を無責任扱いしていた自分を恥ずかしく思ったからなのだろう。

「何を言ってるんだ・・・お前・・・」

 そんな二人のやり取りを見て相手はニコリと微笑んだ
その微笑みにもユナはドギマギしてしまう。

「私はサスケとキッカの母親のハスミと申します。どうぞお入りになって下さい」

 穏やかな声と優しい瞳。しかし病弱の為なのかどことなく影が有るのが見て取れた。
その母親はテリーとユナを客間に案内して上品なお茶を出してくれた。
家の中を見回しても一目で裕福な家庭だと言う事が伺える。

「あっ!もっ、申し遅れました!オ、あ、私はユナって言います!サスケさんとキッカさんを
助けたのはこっちのテリーです」

 思い出したようにユナが立ちあがり、ハスミにならって深々と頭を下げた。
テリーも少しだけ頭を下げる。

「立派な家ですよね、旦那様は何をやっていらっしゃるんですか?」

 ユナの問いにハスミは謙虚に首を振った後で、壁に掛かっている肖像画に目を向けた。

「主人は・・・宮廷に仕える兵士長なんです。そのせいか家を空ける事が多くて・・・。
今レイドックは王、王妃ともに行方不明でしょう?だから頼りを出しても何の連絡もとれず・・・。
サスケとキッカは物心ついてから一度も主人と顔を合わせたことがないんです・・・」

「そ、そうなんですか・・・」

 ユナは返す言葉が見つからないでいた。

「あら・・・私ったらスイマセン、お客様相手にこんな事を言ってしまって・・・」

「いえっ!そっそんなっ!
えっと・・・うん、きっと大丈夫ですよ!いつかきっとご主人は帰って来れる日が来ますし
お子さんも凄く良い子たちで・・・」

 やっとユナは明るい顔でハスミを励ます事が出来た。
しかしハスミは余計暗い顔をしてうつむいてしまった。

「・・・・・・・・・」

「・・・あの・・・ハスミさん?」

 耐えきれなくなった涙がテーブルにポトリと落ちる。

「どっどうしたんですか!?何処かお体の具合でも・・・!?」

「スイマセン・・・お客様の前でこんな・・・」

 遂にハンカチを取り出して泣き伏せてしまったハスミに驚いて
ソファから立ち上がってしまった。

「どうしたんですか!?何か、困った事でも・・・!?」

「・・・スイマセ・・・私・・・もうどうしたら良いのか・・・
・・・サスケとキッカ・・・サスケとキッカはあと一ヶ月の命なんです・・・!」

「・・・・・・・・・!」

 言葉が鋭いナイフのようにユナの胸を貫いた。
それまで無関心だったテリーも怪訝な顔で見ている。

「う・・・そでしょ?ハスミさん・・・!あと一ヶ月だなんて・・・!」

 ユナは窓の外から木の周りで元気一杯に駆け回っている二人を見て愕然とした。
テリーも信じられないと言った様子だった。

「私は生まれつき体が弱くて・・・子供を産めない体だって言われてたんです・・・。
だから、サスケとキッカを無事出産出来た時は本当に嬉しくて・・・でも・・・
私の体じゃ双子をお腹の中で正常に育てる事は無理だったみたいで・・・
先天性の悪性要素が・・・産まれた時から、二人ともに・・・」

 ハスミは涙で声を詰まらせた。

「・・・助かる・・・方法は・・・?」

 恐る恐るユナは尋ねる。気丈なハスミは無理やり涙を目の奥に押し込んで
窓の方へ歩き出した。

「占い師や・・・薬師・・・いろいろな方々に相談してみたんですが・・・
なんでもあの木が花満開に咲いた後に付ける実をすり潰して特別な薬と混ぜ合わせれば
特効薬が出来るらしいんですが・・・・・・」

 窓の外に見える大きな木。
風がざわざわと緑を揺らしていた。ユナは思わず目を輝かせたが・・・

「皮肉なものですよね・・・花が咲くのは、まだ半年以上待たなくてはいけないんです・・・。
もう・・・助かる方法は・・・ないらし・・・・・・」

「・・・そんな・・・!半年だなんて・・・!」

 ハスミの肩が震えて、また項垂れた。
子を思う母の涙ほど悲しみを思わせる物は無い。
ハスミをソファに座らせたユナは何と声を掛けたら良いか分からなかった。
気休めにならない事が分かっていた。

・・・・・・・・・!?
その時、開いていた窓から風に乗って何かがユナの耳に聞こえてきた。

「・・・ハスミさん・・・あの木・・・・・・・・・・ずっと昔からこの家にあるんですか?」

「ええ・・・私がここに来た時には既にあのくらいの大きさで・・・
サスケとキッカはあの木が大好きでしたわ・・・いつも二人で、あの木と一緒に・・・」

 ・・・無言でユナはその問題の木に目を向けた。
サスケとキッカは楽しそうに木の周りを走っている。

「・・・悲しいって・・・言ってます」

「え・・・?」

「あの木も、あの子達を助ける事が出来なくて・・・悲しいって・・・」





 ・・・・・・・・・眩しい・・・
穏やかな緑の隙間から光が照り出している。
ユナは緑々と生い茂った大木を見上げた。
確かにこの調子では花が咲くのはずっと先だろう。
大きな幹に手を当てた。周りにはハスミもキッカもテリーもいる。

「ねぇねぇお姉ちゃん、この木とお話が出来るの?」

 興味心身にサスケが尋ねてきた。

「うん、少しだけなら」

 そう答えて再び見上げる。風もないのに葉が揺れていた。

「・・・・・・・・・?」

 手のひらを幹に当てて精神を集中させた。それから少し経って、手を離す。

「何て言ったの?」

「サスケとキッカが、大好きだってさ」

 その言葉を聞いた二人はみるみる内に笑顔になり、白い歯を見せた。

「ハスミさん、ちょっと見せたいものがあるんです」

 怪訝な顔で見守る母親にそう告げると
先ほどと同じように、手のひらを幹に当て精神を集中し始めた。

「・・・・・・ユナさん・・・?」

 葉っぱが風も無いのにざわざわと激しく揺れ始めた。
テリーはすぐに気がついた。周りとの気の違いに。
ユナの手のひらから、気の流れが見える。
それが大木に伝わっていっているのが肉眼でもはっきりと見えるようになったその時。

信じられないような光景が皆の目をかすめた。

「う・・・わぁ・・・」

「スゴイーー!スゴイよーー!!」

 ひらひらひら

ハスミの瞳の中にピンク色に色づいた花びらが舞っていた。
眩しい光の中、満開に咲いた大きな木。
サスケとキッカはわけもわからず嬉しそうに走り回っていた。
ハスミは力が抜けたのかそのままぺたりと座り込んだ。

「きゃー!綺麗だよーー!!」

「これは・・・これは奇跡・・・?」

 初めてユナたちの前で悲しみとは違った涙を流すハスミに

「私はただ、この木の成長をちょっとだけ早めただけですよ」

 恥ずかしそうに笑って、今度はテリーの方を向いた。

「この木がさ、二人をどうしても助けたいって言ったんだ。だからオレに助けを求めた。
でも、オレにはそんなに大した力はないしさ・・・あとはこの木が頑張ってくれたおかげだよ。
二人を助けたいって気持ちが本当に強かったんだ」

 ハスミは真っ赤になった瞳で

「ありがとうございます・・・ユナさん・・・テリーさん・・・・・・一度ならず二度までも・・・二人の命を・・・」

 何度も頭を下げられ困ってしまったユナにサスケが駆け寄ってきた。

「ユナー!オレは決めたぞー!オレはお前を嫁に貰う!」

「は・・・!?・・・よめ!?」

 いくら5歳児の言う事でも赤面してしまった。

「・・・・・・うーん、ハハ、もうちょっと大きくなってからな。いや、うんまだ大きくないと法律上は
結婚できないからな、あと10年くらいだな」

「よーし、10年だなーーーって・・・10年ってどれくらいだ?」

「10年・・・?そうだな・・・10年ってのは。1年間が・・・368日だから・・・うーん・・・
あと3680回くらい眠ればいいのかな・・・。多分な。」

 サスケはそれを聞いて目をくるくるさせる

「よし!早速寝てくるからな!!」

 そう言ってサスケは家のほうに向かって駆けていった。
明日に会ったら絶対忘れてるだろうな・・・。

「まったく、相変わらずだなお前は」

 ユナとサスケのやり取りを見終わってちょうど良いところでテリーが話しかけてきた。

「え?何が?」

「・・・サスケの事だ。子供の言う事なんだから適当にはぐらかせておけば良いじゃないか」

 そんなに真面目に答えなくてもいいのに・・・。
テリーに安らぎにも似た笑いが込み上げてきた。
昔・・・幸せだった頃、毎日のように訪れていた感覚と似ていた。

「この木・・・周りよりも早く咲いて、これからどうなるんだ?」

「そうだな・・・ちょっと辛いかもな・・・2,3年は花が咲かないと思う。無理に咲かせちゃったから・・・」

「・・・そうか・・・」

 ユナは幹に先ほどと同じように手のひらを当てて

「でも、いいよな?二人の命を救えたんだから・・・お前、本当に偉いよ」

 さわさわと木が揺れて花びらが舞っている。

「やっぱり良い奴だな。お前」

 ユナと木との間で何か会話があったらしい。
テリーはその光景を見て、ユナの事を真剣に考え始めていた。
魔物とも話が出来て、自然とも通じ合う事が出来る。
出会った頃からユナは周りの奴らとも身に纏う雰囲気が全く違っていた。
冒険者のテリーは匂いで魔物や人間の違いがなんとなく分かる。
だが、ユナからは何故か人の匂いがしない。
何処かふわふわとして捕らえどころが無い。そんな不思議な感覚だった。

それが天性のものなのか、別のものなのか、この時テリーはまだ深く考えきれないでいた。




ユナとテリーはその家を去るときもずっとお礼を言われ続けていた。
それはそうであろう。
二度も子供の命を救ってくれた恩人なのだから。

「お前・・・あんな能力があるんだな」

 ハスミの家から宿に帰る途中、突然テリーが問いかけた。

「え?ああ、成長を早める力か?うん、昔からあるよ」

 スラリンも同様に頷いてバックから出てくると、二人と一匹で帰路に向かった。

ユナは嬉しかった。何時の間にかテリーと行動を共にしている事が。
一緒に居て傷つく事も有るけど、楽しい事も有る、会話は弾まないけど沈黙ですら心地良い。
出来る事ならこのままずっと一緒に旅を続けたい・・・
それが今のユナの唯一の望みだった。





 それからの旅はユナは一言も自分の気持ちを言わなかったし
それを匂わせるような行動も取らなかった。
自分の気持ちを無理やり心の中に押し込めてしまっていた、
しかしユナはこの選択を間違っているとは思わなかった、この関係を壊したくなかったから。

「あーあ、今日はここで野宿かぁー・・・それにしても
近道なんかするんじゃなかったよ・・・大人しく他の旅人と同じように街道進んどけば良かった・・・」

「・・・言っておくがな、お前が近道をしようと言い出したんだ。ブツブツ文句を言うな」

 日も随分暮れていてきていたが、一向に明かりらしきものは見えない。
トルッカを過ぎてからもう一週間が過ぎようとしていた。
街道に点在する宿場で休みつつ進んでいたのだが
近道をしようと森に入ったのが間違いだった。
予想外に深い森は日が暮れても抜け出せる事は無かった。

ユナとテリーは月の光が一番多く当たる場所に薪を集め、火をともし、夕飯の用意をした。
街で購入した乾パンと、ルドマに貰った乾き物などの簡易食で
暖めたりお湯で戻すなりすればすぐ食べられる旅には欠かせない物だ。

「うー・・・お腹一杯になったら眠気が・・・・・・」

 簡単な食事を済ませた後、早速ユナはごろんと寝転がった。星がキラキラと輝いている。
久しぶりに見る満天の星空に見惚れてしまった。
星を目で追いながら意識が遠のいていく。
慌てて意識をたぐり寄せ、目を無理矢理開いた。
テリー一人に見張りをやらせるわけにはいかない。

「お前はもう寝ろ。今日はずいぶん張りきっていたじゃないか」

 ユナは目を擦りながら

「でも・・・魔物が襲って・・・きた・・・ら・・・」

「魔物の番なんてオレ一人で充分だ。お前がいてもなんの役に立たない」

 思いきり皮肉っぽく言ってやったのにユナは何の反応も示さなかった。
気になって視線を向けると

「・・・・・・・・・」

 案の定、すでに眠っていた。
気持ちよさそうな寝息まで立てている。

「・・・・・・・・・・・・」

 テリーは少し拍子抜けしてしまっていた。
呆れた笑いをこらえると、再び魔物の番にとりかかった。





「・・・・・・ん・・・」

 大きな風に体に掛けていたマントがめくれユナは目が覚めた。
となりに何か黒い物体が転がっている。
・・・?
寝る前はこんなものなかった・・・

「何だこれ・・・」

 それは、今にもユナを襲おうとして大口を開けている大蛇の・・・死骸だった。

「うっぎゃあああ!」

 眠気が一気にぶっ飛んだ。慌てて起き上がりあたりを見まわすと、他にもいくつか転がっている。

それは大ウツボの死骸だった。近くに海がある証拠だ。
集団で獲物を探している時にテリーに出くわしたのだろう。

大ウツボは牙に強い毒を持った海蛇で、噛み付かれると心臓の弱い大人であれば
ショック死をするか常人でも毒が体中に回って死に至る事も少なくない。
と、テリーが言っていた。

「・・・そっそうだ・・・っ!テリー!!」

 急いで周りを探したが気配は無かった。不安と恐怖が容赦無く襲ってくる。
いくらテリーでも・・・こいつに噛み付かれれば危険だ!
毒消し草なんか効く毒じゃないハズなのに・・・。

「・・・・・・・・・!」

 嫌な映像が・・・瞬間的に脳裏をよぎる・・・。

「スラリン!テリーはどこにいる?」

 鞄の中の相方を叩き起こす。
スラリンはテリーの匂いを見つけたのかユナの方を見た後ぴょンぴょんと走っていってしまった。
ユナも慌てて後について走り出す。

テリー・・・お前はきっと大丈夫だよな・・・!




 辿りついた先の目前には見渡す限りの大海原が広がっていた。
視界の端に灯台の光が見える。港まであと少しと言う所だったのに・・・。
崖の先端にテリーが見えた。その後ろから数匹の大蛇が襲いかかってきている。

「テリー!!」

 あわててユナは駆け寄った。

「危ない!来るな!!」

 大ウツボたちはユナをみつけると、今度は標的をユナに変えてきた。
息つくヒマもなく襲いかかってくる。

「ギラ!!」

 両手から久々の閃光系魔法を放った。全ての大ウツボが炎に包まれる。
しかし・・・相手はまだ倒れようとはしない。

「くそ・・・!!ギラくらいじゃ倒せないか・・・!!」

 後ろからスラリンが氷のブレスを吹いた。氷の吹雪をうけた魔物は
激しい温度差に耐えきれなかったのか体を硬直させ、しばらくして動かなくなった。

「・・・ふぅ・・・良かった・・・。大方片付いたみたいだな」

 周りを見渡し、安堵のため息をつく。

「油断するな。まだ何処かに潜んでいるかもしれない」

 テリーは周りを警戒しながらユナの元へと歩み寄る。
ユナは呆れたようなため息をつき

「相変わらずだなテリーは・・・もう気配はないし大丈夫だよ。
それよりさ、怪我とかしてないか?大ウツボはスゴイ毒を持ってる・・・」

「・・・分かってる・・・」

 ・・・・・・?
テリーの様子がおかしい事に気付き、彼の庇っている腕を無理矢理掴んだ。

「・・・・・・・・・!!」

 左腕の手首の方に血が滴り落ちている。黒いシャツから見える腕には蛇の噛み後。

「お、お、お、おい!!・・・こここれ・・・!テッテリー!!」

「分かってるから落ち着け。港に着けば教会があるだろう?そこで治してもらえば済む事だ」

「冗談言わないでくれよ!!テリーの体が・・・持つわけないじゃないか!!」

「・・・大丈夫だ・・・心配するな」

 ユナは考える間もなく、噛み後に唇を押し付け毒を吸い出した。

「バカ!何やってる!そんな事したらお前が・・・!」

 血の入り混じった唾液を吐き出し、再び毒を吸い出す。

「・・・ゴホっ・・・!」

 強い毒素が口中に充満していく。
ヒリヒリするなんて物じゃないが、今は一刻を争う時だった。

「ユナ、止めろ!本当に死ぬぞ!」

「そんな事、言ってる場合じゃないだろ!今ならまだ間に合うかもしれない!!」

「バカ!!やめろって言ってるだろ!!」

 真っ青な顔で毒を吸い出すユナに何も言えなくなる。
・・・完全に手遅れだった。毒は既に彼女にも回っている。
冷たい汗が、テリーの頬を流れていった。

「良かった・・・毒、全部外に出せたみたいだな・・・」

「何が良かったんだ!オレが良くてもお前が・・・っ!」

 叫んだがユナが激しく咳き込んでいるのを見て口をつぐむ。
押さえた手の平からは真っ赤な鮮血。
ユナは何を思ったか震える足で、駆けだした。

「ユナ!」

 その少女は崖の先端に辿りつくと、くるりと体の向きを180度変えた。

「あーあ、オレ死んじゃうよ」

 その台詞に似合わない明るい声で言った。

「マジでヤバイよオレ。口の中も体中もビリビリしてるし・・・。
血も凄い吐いちゃったしさ・・・やっぱ直接口で吸うのは無理が有ったな・・・アハハ・・・。
志半ばだったけど・・・伝説の剣、オレの代わりに見つけてくれよな」

「バカ!!お前がそう簡単に死ぬわけないだろ!!」

 テリーはいつもより怖い顔でそう叫ぶ。

ユナは少しだけ涙目になり、震える肩を両手で必死に押さえた。
死ぬのなんて、今更怖く無い。
ただ・・・テリーと会えなくなる事だけが・・・怖い。
潤む視界に銀髪の少年を映し出す。

「・・・テリーと会えて良かった・・・」

 今にも泣きそうな瞳で笑顔を演出した。
こんな時でさえ、心の中の想いは告げられなかった。
そう、この想いは自分の中に永遠に沈める事が一番良い。

「・・・少しの間だったけど、ホイミしか出来なかったけど・・・一緒に旅できて良かった・・・」

 ドクン。

テリーは瞬間、言い様のない恐怖にかられた。
遠い昔に味わった恐怖と似ている。
死ぬかもしれない恐怖、独りで幾日もの夜を過ごす恐怖
いつも味わってきたそれらとは、全く次元の違うものだった。

「オレの事、忘れないでくれよ?」

 そう言って、いつものように無理な笑顔。
掴もうとした手は彼女には届かなかった。

「じゃあな」

 細い体がふっと宙に浮いて闇夜に吸い込まれた。

「ユナ!!」

 頭で考えるより先に体が動く。
崖下20メートルはあろうかと言う暗い夜の海にテリーも飛び込んだ。
暗く荒れた海は瞬く間にテリーの視界を奪う。波に揉まれながら無我夢中で
目線を走らせるが、どこを見渡しても暗い海が続くばかり。

「クソッ!!」

 再び潜ろうとするテリーに大きな波が襲った。
気が付くとあっと言う間に近くの砂浜に打ち上げられてしまっていた。
慌てて立ち上がるが、見渡す限りの海は何事もなかったように静けさを称えている。
ザザァン・・・と寂しげに波の音が響いた。

テリーは両手をついて脱力すると

ガン!!!

こぶしを砂浜に叩きつけた。

「ちくしょう・・・ちくしょう・・・!」

 ポタポタと水滴が髪を伝って落ちてくる。
ぎゅっと砂を握り締めた。
余りの力加減の無さに、こぶしからは血が流れ出ている。

「ちっくしょう・・・・・・」



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