▼新たなる旅立ち...
「あら!テリー来てたのね!」 ここは貿易が盛んな港町サンマリーノ。 世界の窓と言われ、多くの商船や貨物船、客船などが行き来している。 東のマウントスノーから北のアークボルトまで世界中から物や人が集まっているだけあって 他の街とは比べものにならないぐらい賑やかだ。 人通りの多い港から少し離れた繁華街に「サン・ジュエル」と書かれた酒場が有った。 その酒場でスタイルの良いバニーガールが、カウンターに座っている男に声をかけた。 座っている男は女に対して素っ気のない返事を返した後、 カウンター内でグラスを拭いている中年の男に声を掛けた。 「マスター、伝説の武具に関しての情報は入ってないか?」 絹のタキシードをビシっと着こなした中年の男 この酒場のマスターはハハと呆れたような笑いを返す。 「伝説の武具伝説の武具って・・・いつもそればっかりだね、テリー君は・・・。 他に何か聞く事はないのかい?」 「良いじゃない、マスター。そう言う一途(?)な所がステキなのよー!」 バニーガールは男にグラスにつがれた飲み物を差し出した。 「ねっ。テリー」 バニーガールはテリーと呼ばれた男に同意を求める。 テリーは先ほどと同じように素っ気ない返事を返した。マスターは笑いながら肩を竦め 「でも、一人旅は色々大変なんじゃないかい?女の子とでも一緒に行動したら 随分と華やかになると思うけどなぁ。旅先で生まれる愛・・・う〜ん。いいねぇ〜」 「あいにく、オレは自分以外の人間と馴れ合う気は無いんだ」 テリーは全く興味の無さそうに答えた。そのとき、酒場のドアが開いた。 「いらっしゃい」 入ってきたのは鋼の胸当てとマントを身に纏った長身の男。 男はテリーを見つけると、驚いた顔で声をかけてきた。 「あっ!お、オマエは!!エリザ様の婚約を蹴った色男・・・!」 見慣れない男はどうやらトルッカでの騒動の時に居合わせた奴らしい。 なれなれしくテリーの隣に座り、酒のボトルを注文した。 「いっやぁ、こんな所であんたに会えるなんてなぁ。あん時ゃオレ達のアイドルエリザ様を もってかれるかと思ってホントにヒヤヒヤしたけど・・・ そうか、連れの女の事がやっぱり捨てられ無かったか・・・。 てそういや、あの鎧少女は何処だ?勿論まだ一緒に旅してるんだろう?」 勝手にベラベラ舌を動かす男に マスターとバニーガールは思わず反応して聞き耳を立ててしまっていた。 テリーは何も答えずグラスを空にする。 「あん?何だよ!やっぱり別れたのか?あの子、結構健気にあんたの為に頑張って・・・」 「あいつは死んだ」 男が言い終わるか終わらない内にそう言い捨てた。 「・・・・・・死・・・んだ・・・?」 女とマスターは弾かれたようにテリーを見る。 テリーはいつもと変わらない表情だ。 「なっ・・・死んだっ・・・て、お前・・・!なんで守ってやらなかったんだよ!」 男は血相を変えてテリーの襟元を掴んだ。テリーは乱暴にその手を振り払う。 「死んだ奴の事を今更言っても、仕方ないだろ」 無表情で呟くテリーに、憤りを押さえる為差し出されたグラスの酒を一気に飲み干した。 しばらく重い沈黙が続いて 「・・・・・・オレのせいなんだ・・・」 より低くなったトーンでテリーの方が切り出した。 「全てオレの不注意のせいなんだ・・・あいつはオレを助けようとして・・・ユナは・・・」 先ほどの調子とはうって変わって顔を俯かせたまま悔しそうに繰り返した。 そんなテリーに憤りが吹き飛んでしまった男が心配そうに声をかける。 「おいおい、死んだ奴の事を言ったって仕方ないって、ついさっき言ったばかりだぞ。 それに死んだって言う確証は無いんだろ?」 テリーは少し黙って静かにこういった。 「あいつが大ウツボの毒を受けてもう半年は経っている・・・ いくらあいつが丈夫だからって生きてるわけがないだろう!?」 苦しそうな呟きを機にまた重い沈黙が続く。 マスターとバニーガールの二人も聞き耳を立てるだけでその場から動けないでいた。 「・・・ウソ・・・だな・・・」」 今度は男が沈黙を破る。 「本当は彼女が何処かで生きているかも知れないと言うことを信じてるんだろ・・・?」 ・・・自分の心に土足で入られた気がして 不快になったテリーは席を立って出ようとした。 「だから、彼女と再開する日の為に・・・伝説の剣だけじゃなく、他の防具も・・・」 「・・・どうしてお前がそんな事・・・!」 弾かれたように振り向く。 その男はその事を何処で知ったのかテリーの痛い胸の内を突いてきた。 「エリザ様は町のアイドルだって言っただろ。お前たちの行く末が気になってな・・・ま、そういう事だ」 つまりは覗き見をしていたと言う事をあやふやに伝える。 テリーは軽い言動の男にいよいよ呆れて不機嫌そうに酒場のドアを開けた。 「・・・ちょっと待てよ!こっからが本題なんだぜ?」 慌てて引き留める男にテリーの足は止まらなかった。 「レイドック地方の深い谷間に有る、海から流れ込む水で出来たって言う洞窟。 お前なら聞いた事ぐらいあるだろ?」 テリーの足がようやく止まった。 「今夜、オレたちの仲間でそこへ行くんだ。自己紹介が遅れたが、オレは世界中の宝を 探すトレジャーハンター・・・ま、早く言えば盗賊なんだけどよ。 その洞窟、お宝も多いらしいが強い海物も多いらしくって、オレたちだけじゃ少々荷が重いんだ。 それでお前に力を貸して欲しいんだが・・・ただとは言わないぜ。 噂によれば伝説の防具と言うのもその中にはあるらしい。 もしそれが見つかれば、お前にくれてやってもいい。 どうだ?オレと一緒に来るか?一緒に来る覚悟が有るなら今夜港で落ち合おう」 情報をしっかり聞いた後、ドアを閉めた。 谷間の洞窟・・・噂には聞いた事が有る。 他に手がかりのない今、テリーは港に行くことを決意した。 すっかり夜も更けた。 だがサンマリーノの賑やかさは続いていた。カジノや劇場のネオンに繁華街での人々の声。 昼とはまた違った華やかさだ。しかしそれとは反対に港は人気もなく静まりかえっていた。 貨物船、客船、商船 大きな船が所狭しと停泊していたが、その中に混じってこぢんまりとした船が停泊していた。 大きな港に似つかわしくない船に予感を感じ用心深く近寄ると やはり、酒場で出会った男が船の中から現れた。 「よう!お前なら来るって信じてたぜ」 船から下りてきて、強引に握手する。 「ちょ、ちょっと待て、まさか船で行くのか?」 腕を引っ張られながら慌ててテリーは尋ねる。 「当たり前だろ。海のそばに有る谷間の洞窟だぜ?船で行かねえと近づけねえもんよ」 テリーは考えていた。 そう安易にこの男を信用しても良いものか・・・。 見た目は人の良さそうな男だけに腹の中は何を考えているのか分かったものじゃない。 しかしこれしか方法が無いことを知ると、渋々男に従い船に乗った。 数ある宝が眠っていると言う谷間の洞窟・・・ レイドック南西に有ると言う噂は聞いていたが、正確な位置は知らない。 他に近づく手段が無い以上、騙される事を承知の上でこいつに付いていくしか無い。 「随分とオレは信用されてないみたいだが・・・ほら、仲間を紹介するぜ」 案内されるがままに男の後をついていくと、屈強な男が4人、目の前に現れた。 窓の外を見るといつのまにか船はサンマリーノ港を離れている。 「右から、オウカ、サンッパ、イグナーとヘルパーだ。そしてオレがラス。ちなみに皆 職業は盗賊だ」 なんとも異国な名前。 ラスと同じように皆、顔の表情からは人当たりは良さそうだった。 「・・・こんなに仲間がいるなんて、聞いてなかったぞ」 「はは、細かいことは気にすんなって」 裏のなさそうな笑顔だったが、 逆にその爽やかさが不信感を募らせる。テリーは剣から手を離さないまま 距離を取ってラスたちの動向を伺っていた。 船は追い風を受けどんどん進んだ。 少しずつラスたちへの警戒心も解けていった3日目の夕方に目的地に着いた。 「ほら、着いたぜ」 ラスに促され甲板に出てみると、人の手入れがされていない深い森林と険しい 山がそびえ立つ大陸の側に止まっていた。 「この川の上流に、谷間の洞窟は有るって噂だ。船じゃこんな狭い川、進むわけには 行かねえから歩いて行くぜ」 オウカとヘルパーを船に残し、テリーたちは船を下り 大陸を縦に横断している川沿いに北に歩いた。 伸びきった草や木を掻き分けながら何時間か歩くと、険しい山に遮られ行き止まりになっていた。 足下はちょとした崖になっており下はやはり川が流れている。 「おい、ラス。ここは・・・」 「お前、泳げるよな?鼻ちゃんと塞げよ」 「なに・・・?」 ザバーン!! 問いかけようとしたテリーの顔に水しぶきが降りかかる。 何を思ったのかラスは崖から身を投げ出し、流れの急な川に飛び込んだ。 「テリーさん、川の上流ですからね!頑張って泳ぎましょう!」 これから川に飛び込むと言うのに、イグナーは爽やかな笑みを浮かべ身を投げた。 続いてサンッパも飛び込む。彼らにはこの川さえも通行のルートらしい。 ここまで来て後には引けない。意を決してテリーも飛び込んだ。 「・・・ゴホッ!ゴホッ!!」 なんとか3人の姿を見失わず岸まで泳ぎ着く事が出来た。 水をはき出し目を開けると、そこには人の良さそうな顔が並んでいる。 「だーいじょうぶっぺか?テリーさん」 サンッパがのぞき込む。 陸にはい上がり、不快さを取り除くために服の水気を絞りながら辺りを見回すと 崖に洞窟の入り口がぽっかりと不気味な口を開けていた。 まさかこんな所にあるなんて、 ・・・これでは誰にも見つけられないわけだ。 「こんな所で苦戦してちゃ始まらないぜ。これからが本番なんだからな」 「分かってる」 ラスの言葉にいつものように強気に返した。 濡れた服を引きずりながら、3人は洞窟に足を踏み入れた。 洞窟内は外とは違いひんやりとしていた。 水の生臭い匂い、苔の嫌な匂い、中は大人が一人がやっと通れる程の大きさだったが 同じ大きさの小石が敷き詰められた地面は案外歩きやすい。 宝が隠されていると言うだけあって 海賊たちが後々歩きやすいように舗装していったのだろうか。 ラスが言うには、宝を荒らす盗賊用に罠を残していると言う噂も有るらしい。 4人は周囲を警戒しながら用心深く進んだ。 静か過ぎる洞窟内に水の流れる音だけがやけに響いた。 テリーたちの泳いできた川は、水路となって洞窟内に編み目のように広がっている。 ラスの声が不気味な静寂を切り裂いた。 「それにしてもケチくせぇ海賊だよな!こんなへんぴな場所にお宝を 隠して誰の目にも触れないようにするなんてよ!やることが小せぇぜ!」 「ラスらしいですね」 ラスの言いようにイグナーは穏やかに微笑む。 「オレだったらでっけぇ城を建ててそん中にお宝を隠してやらぁ。 難しい謎解きを考えてよ」 「なんだ、やっぱり隠すんじゃないか・・・」 ボソリとテリーが呟く。 「お宝を隠して宝の地図を書き示すのは海賊じゃなくても賊なら 憧れなんだよ!遠い未来、ラス様のお宝を求めて冒険者たちが旅に出る・・・! いかん、考えただけでも鼻血が・・・!」 「ラっさんは変な所が有るんで気にしねぇでくんろ」 3人は夢見る瞳のラスをいつも通りに受け流し、再び足を進めた。 洞窟内を流れる細い水路は道を塞いでしまっていたり、別の水路と交差していたりで ますます4人を惑わせた。 次第に壁や岩に張り付いている苔も多くなり、鬱とした空気が辺りを包んでいる。 重苦しい空気のまま歩を進めると、天井の岩の割れ目から光が差し込んでいた。 久しぶりに見るような光は酷く懐かしく思えて 皆は側に駆け寄る。差し込んだ光の側には緑が生い茂っていた。 壁づたいにジューダの葉が走り、小石の隙間からは逞しい雑草がテリーの胸の辺りまで伸びている。 「逞しいですね、緑の生命力は・・・」 皆がイグナーの言葉に頷く。 青々と茂った緑を掻き分けると、緑の中に似つかわしくない不気味な像が埋もれ ているのを発見した。 禍々しい翼を広げ鎮座している像はロト伝説に出てくる”ガーゴイル”の姿そのものだった。 「・・・これがゴイルの像だな・・・。噂に寄れば、この像が宝の在処を示しているらしい」 腕組みをしてラスが呟く。 「こんな像が・・・?」 「ダメですテリーさん!不用意に触れては・・・!」 イグナーが制すも虚しく、その鋭い眼光から何かが飛び出しテリーの頬を掠めた。 瞬間的に剣を引き抜く。ラスも同様に 『我ガ宝ヲ荒ラス賊メガ・・・!!』 像はまるで生きているかのように裂けた口から炎を吐き出す。テリーは軽くかわすと、 そこに像は無かった。 『ケーキャッキャッキャ!』 「ぐあっ!」 後ろに回り込まれ再び吐き出された炎の直撃を受けたテリーは、思わず倒れ込んだ。 石で出来ていたはずの像は、命が宿ったかのように血色を取り戻している。 「くっそう!なんてトラップを仕掛けてやがる!!オレだったらこんなせこい真似は・・・!」 「ラス!!それは後で聞きますから今はテリーさんの援護を!!」 追い打ちをかけようとした魔物の攻撃を、イグナーの剣が間一髪防ぐ。 「テリーさん!大丈夫っぺか!」 サンッパの言葉にも耳を傾けず、テリーは斬りかかった。 しかし、炎のダメージのせいなのか、剣の振りにいつものキレが無い。 テリーの攻撃はことごとくかわされていた。 『ケッキャッキャッキャ!!バカメ!!』 魔物はこれ以上ないほど屈辱的な動作をすると、瞬時に手の爪を伸ばして テリーに襲いかかってきた。 『死ネ!!』 ――・・・! 美しい顔に真っ赤な返り血が飛ぶ。 テリーの肩には魔物の指の先端から付け根に至るまでが突き刺さっていた。 その血は地面を流れ、近くの水路を真っ赤に染めていく。 『ケケケ!トドメ・・・!!』 「こっちの台詞だ」 ニヤリ。鮮血で染まった唇が妖しく緩んだ。 細身の剣が瞬間的に魔物の体を突き抜ける。 わざと利き腕じゃない方に攻撃させたのも、わざと攻撃をよけなかったのも 動けなくなった所を一撃で仕留める為だった。 しばらくして魔物はテリーに倒れ込むようにして、動かなくなった。 「おいおい、なんて戦い方しやがる!そんなんじゃ命がいくつあっても足らねーぜ!」 「・・・・・・」 テリーは答えずに肩で息をするだけだった。 三人は慌てて駆け寄ると倒れ込んだ魔物をテリーから引きはがそうとしたが、なかなか離れない。 「・・・く・・・なかなかもの凄い力で掴んでるっぺ・・・」 何とか引きはがしたいが、テリーの状態が悪い分無理は出来ない。 「仕方ないですね、まずはテリーさんに回復呪文を」 『・・・ケキャケキャケキャ・・・!』 ・・・・・・!! 一瞬の動揺に不意を突かれた。 もう動かないと思っていた魔物はカッと目を開き、テリーの体を両腕で締め上げた。 油断していたテリーは驚くヒマさえもなく、耳元で何かの呪文を唱えられた。 「なっ・・・なにっ・・・!!」 呪文は無防備なテリーの耳に入って、頭の中をかき乱していく。 「テッテリー・・・!おっお前・・・!」 3人の目に映った物。 それは、2匹の魔物の姿。 紛れもなく片方は知り合いの姿が変化した物だった。 「呪いをかけらちまっただか・・・!」 「なっなんてせこい魔物だ・・・!オレだったらこんなせこい真似・・・!!」 「ラス!早く!テリーさんを助けましょう!街に戻れば、シャナクで呪いが解けるかもしれません!」 しかし時既に遅し。魔物2匹はもつれ合いながら横転して どちらが敵なのか味方なのか分からなくなってしまった。 「くそっ!こいつ!!」 見分けの付かないせいか、勢いのないラスの剣は空を切った。 魔物はテリーを渾身の力で掴んだまま、海に繋がっている水路に身を投げた。 テリーは必死にもがいたが、命を懸けて掴んでいる魔物を振り切る事が出来なかった。 このま・・・ま・・・死ぬの・・・か・・・? 波に飲まれて吸い込まれるかのように暗闇に誘われていく。 頭は混乱したままだった。 死ぬ・・・・・・ そう思った瞬間、金髪をなびかせた少女が瞳に浮かぶ。 それは酷くリアルで、自分を呼ぶ声やその雰囲気さえも”そこ”に 有るかのようだった。 いやだ・・・オレはまだ死ねない・・・ 姉さんや・・・誰も・・・何も・・・守れないまま・・・ このまま・・・弱いまま死ぬわけには・・・・いかない・・・ 愛しい姉に重なるように何故か遠い日の仲間の顔が浮かぶ。 浮遊感の中、暗い世界に彼女の笑顔だけが鮮明に浮かんでいた。
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