▼ジャンポルテの館...


気がつくとテリーは大きな湖の岸辺に流れ着いていた。
重い体を何とか奮い立たせて辺りを見回す。湖の周りには青空に映える高い山脈に深い森。
森の奥にある小高い丘の上には城のような物が見えた。

 ・・・ここは・・・何処だ・・・?
記憶を必死にたぐり寄せ、思い返した。
確か、オレは、ガーゴイルの呪いにかかって魔物にされ・・・
川に飲まれ、海に放り出された。
だとすればオレが流れ着いたこの湖は海に繋がっているのか?
水面をのぞき込んだテリーは、目の前の魔物を見て夢でない事を再確認した。
魔物に受けた左肩の傷も現実の痛みだ。
ただ、魔物にされたおかげなのか、気を失って海に投げ出されたのにもかかわらず
傷以外はなんともないようだった。

テリーは、深い息をついて遠くに見える城へと向かった。
上手くすれば教会の神父に呪いを解いてもらえるかも知れない
人間の言葉が喋れない事は感じていたが、それしか方法が無かった。




城だと思っていた建物は高い城壁に囲まれた大きな屋敷だった。
ルドマの家の数十倍、いや、小さな街なら収まりそうなほど大きい。
さすがに門兵の居る正門から入るわけにもいかず、
城壁の後ろに回り込もうとした矢先、運悪く見張りの兵士に見つかってしまった。

「・・・!!魔物!!こんな所に!!」

 あっという間に数人の兵士に囲まれ、鋭い槍を向けられる。
魔物の姿では兵士達から勘違いされるのも無理はない。

「早くやっちまおう。大主人にばれちゃやばいぜ」

「そうだな・・・醜い魔物が屋敷の外をうろついたなんて知れたら・・・何と言われるか・・・」

 テリーは逃げる機会を必死に伺っていた。
人間相手に気乗りはしないが、最悪、戦うしかない。
そして隙を見て逃げるしかない・・・
こんな所で死ぬわけにはいかないんだ。

兵士が槍を振りかざそうとした瞬間
テリーが鋭い牙で襲いかかろうとした瞬間

「止めて下さい!!」

 ・・・・・・!!
可憐な声に、一斉に皆が振り向いた。

「ルーシエ様!!」

 一人の女が城壁の扉を開いて現れると兵士は慌てて深々と頭を下げた。
駆け寄ってきた女は白く美しいドレスを身につけ、白い帽子からは薄いシルクが
モーニングベールのように顔の前に掛かっている。

「私、さっきから見てたんですけど、悪いことをしていない魔物を戒めるのは
良くないんじゃないんですか?」

「いや、しかしお言葉ですがルーシエ様。相手は魔物。いつ恐ろしい事をするか
分からないのですよ」

 ルーシエと呼ばれた女は息をついて

「分かりました、この者の処置は私がやります。もう貴方たちは配置に戻って下さい」

「しかし!あなた様になにかあったらカルバン様に・・・」

「この魔物はもう動けません、私なら大丈夫ですから」

 ルーシエの命には誰も逆らうことが出来ず、兵士達は渋々配置に戻っていった。
テリーは不思議と恐怖は感じていなかった。

「大丈夫ですか?」

 顔はあまり見えないのだが、微笑んだ事は分かった。
テリーはそんな彼女の行動に驚く。
魔物に優しく声をかける人間を初めて目の当たりにしたからだ。

「私ね、何となくですけどあなた方、魔物の気持ちが分かるんですよ
あなた悪いことをするためにここに来たんじゃないんでしょう?」

 テリーは首を頷かせる。
・・・魔物と話が出来る・・・
テリーは、助けられなかった仲間の事を思い出してしまっていた。

「・・・アレ・・・もしかして貴方・・・人間じゃないですか?あっ!!もしかして何かの呪いで
魔物にされちゃってるとか!?大変!!ちょっと待ってて下さい!」

 ルーシエは小脇に抱えていた本を取り出し、ページをめくりはじめた。

「私の力量じゃまだ無理かもしれませんが、呪いを解除する魔法をかけますね。
最近、教会の神父様に色んな呪文教えてもらってるんですよ」

 その場に座り込んで印の形を確かめつつ結ぶ。

「ええっと・・・光の神の・・・なんて読むのかな・・・御名において・・・闇のころもを・・・
はぎ取りし・・・」

 ブツブツとぎこちなく呪文を読み上げるルーシエを見て、テリーはこんな人間もいるのかと思った。
世俗に捕らわれ無くて、つかみ所の無い不思議な雰囲気。

「この者の呪いを解け・・・シャナク!」

 両手で結ばれた印から眩い光が放たれテリーを包み込んだ。
しばらく経って光が消えると同時にフっと体が軽くなる。
目の前に有るのは見慣れた自分の手の平。

「やったぁっ成功!!
・・・・・・・?どうしたんですか?そんなに目を丸くして・・・」

「・・・・・・・・・!」

 呪文の勢いでヴェールが外れたルーシエの顔は・・・遠い日の仲間にうり二つだった。
肩の少し上まで伸びたイエローブラウンの髪。大きな瞳に見慣れた顔立ち。
顔も髪も手入れが行き届いていて、より美しく大人びてはいるが

間違えるわけがない。

・・・・・・・・・ユナ・・・だった。

テリーはユナと酷使しているルーシエをただただ見つめる事しか出来なかった。

「ユ・・・・・・っ」

 手を伸ばそうとして、肩に激痛が走った。魔物に受けた傷の事を思い出す。
青い服には再び真っ赤な血が滲んでいた。

「大丈夫ですか!?」

 ルーシエは慌ててテリーの肩に手を当て、呪文のようなものを唱えた。
傷口がみるみると・・・まではいかないが、少しずつ塞がっていく。
容姿、仕草、呪文の唱え方、全てがユナそのままだった。
信じられない光景に、まだ思考はスムーズに動いていない。
少女は何度か唱えると一息ついて

「随分深い傷だったんですね。ホイミじゃ治しきれませんでした。
傷口が完全に塞がるまでは余り無理はしないで下さいね」

 顔に掛けていたシルクのベールを傷ついたテリーの肩に巻いた。
治りきっていない傷口からは血が滲んで、美しいシルクを台無しにさせる。

「お前・・・これ・・・」

 驚くテリーを見て

「応急手当です。傷口から黴菌が入ったりしたら大変でしょう?」

 全く気にしない素振りで返す。

「フフ。私、こんなに男の方とお話したの久しぶりです」

 ようやく鈍っていた思考が動き始める。
テリーには聞かなければいけないことが沢山あった。

なぜこんな所に居るのか?
ルーシエと言う名は一体なんなのか?
その格好はなんなのか?その口調はどうしたのか?

・・・本当に”ユナ”なのか・・・?

色々な思いが巡り、口を開こうとした瞬間。

「ルーシエ様ーーー!!」

 甲高い女の声が言葉を遮った。
息を荒げながらメイド服を着た女がルーシエの前まで駆けてくる。

「ルーシエ様、お屋敷にお戻り下さい!ジャンポルテ様がご心配なされておりますよ!」

「カルバン様が?いっけない!」

 メイドはルーシエの横で怪訝に行方を見守っていたテリーを見て、愕然とした。

「おっ・・・男!!男ではありませんか!?」

 恐ろしいものを見るような目で叫んだ。ユナの腕を掴んで慌てて引き寄せる。

「ルーシエ様!ジャンポルテ様から言いつけられてるでしょ!
ほかの殿方にお近づきになってはいけないと・・・」

 テリーは強引にメイドの肩を掴んだ。

「おい、それはどういう事なんだ!」

「この事は内密にしてさしあげます!だから・・・早くここから出ていって下さい!
大主人に見つかったら牢に入れられてしまいますよ!」

 物騒な単語にますます不審さが募っていく。
ルーシエを見ると、向こうは悲しそうに微笑んだ。

「そう言う事なんです。本当に、カルバン様に見つかりでもしたら大変です」

 ルーシエの必死の訴えに、テリーはそこを出ていくしかなかった。
まだ何が起こったのか上手く掴めない。
振り向いて、大きな屋敷を見上げた。ルーシエと呼ばれた少女はどうやっても
昔の仲間に重なる。

「・・・・・・ユナ・・・なのか?」

  そんなハズがあるわけがないのに。生きているはずがないのに。
・・・しかし心は激しく騒いでいる。

太陽が屋敷に遮られた逆光の中、
テリーはただただ立ちつくす事しか出来なかった。






 人間に戻ったテリーは堂々と正門から入り、情報収集を開始した。
なんでもここは、ジャンポルテと言う金持ちの男が建てた屋敷らしい。
トルッカの南西に位置するこの屋敷は高い山脈に囲まれて、山腹トンネルを
通ってしか来ることが出来ない。
だとすればトルッカ南で海に落ちたユナが、波に流されてここへ流れ着いたとい
う仮説も考えられる。

見張りの兵士から有る程度情報を得た後、大きな屋敷へ足を踏み入れた。
屋敷内は数多くの店舗が建ち並びや教会、酒場までもが運営されていた。
これはもう既に屋敷というよりは町と言って良いほどの規模だ。
ジャンポルテは世界中から美しい物や珍しい物を集める事が趣味なようで
一般に公開されているコレクションだけでもその貴重さに圧倒される。
はぐれメタルと同じ物質で出来た幸せの靴や
ドラゴンの瞳と称される貴重なレッドダイヤ
プラチナで出来た美しい甲冑などあげればキリがない。

その他にも、ジャンポルテは無類のオシャレ好きで地下では毎夜のように
ベストドレッサーなるものを開いていたらしい。
しかし半年前からぱったりと開催されなくなったと言う事だが。

ジャンポルテに名宝や珍宝を売りに来た商人や
コレクションを見に訪れた人々の合間をかいくぐり、テリーは酒場へ向かった。

「ここはジャンポルテ様が経営してるバーよ。ゆっくりしていってね」

 BARと書かれた看板が色とりどりにキラキラ光っている。
扉を開けると、開店して間もないと言うのに、高そうな服や装飾品を着飾っている女や男が
優雅にワインを酌み交わしていた。
そいつらを横目に、テリーはカウンターに座った。
テリーを見つけたバニーガールが注文を取りに来てくれる。

「え?ジャンポルテ様のことが知りたいの?」

 注文するより先にテリーは尋ねた。

「あー・・・誰にも言わないでね。あの人、な〜んか最近好きになれないのよね〜。
昔は結構いい人っぽかったのにさー、最近ちょっとやりすぎっていうか傲慢って言うか
それもこれもルーシエ様が来てからなんだけどね〜」

「そーそー、何も知らないルーシエ様にね〜」

 トレイに空のグラスを乗せた別のバニーが話に便乗してきた。

「何も知らないってどういう・・・」

「ほらほら!何一人の男にむらがってるのよ!!仕事しなさーい!」

「ゲゲッ、ママだ」

 店の奥から出てきたママと呼ばれた女はテリーを見て目を輝かせた。

「あら〜、可愛い坊や!食べちゃいたいわ〜」

 ドスンとテリーの隣に座り、両手を腕になまめかしく絡めてくる。
鳥肌が襲い、思わずその手を振り払ってしまった。

「うふふ。まだ女には慣れていないのかしら?本当にカワユイわね〜」

「ちょおーーっと!ママだって仕事してないじゃない!」

 テリーを取り巻いていたバニーの一人が口を尖らせると
ママと呼ばれた女性の顔が崩れ、化粧で隠れていた筋肉が現れた。

「うっさいわね!!自分の持ち場に帰れ!!」

 女とは思えない図太い声。叫んだ途端、絡められた腕が一瞬膨張した。

「何よ!男のくせに!」

「うるせえ!!」

 腕は膨張して更に硬くなる。
これは紛れもなく、成人男性の腕。
ぱっと見は随分と美人なのだが、近くで見るとメイクは分厚く肩幅は広い
俗に言うオカマだった。
驚いているテリーに気付いて、ママは「ホホ」と恥ずかしそうに笑った。

「ご免なさいね〜。うちのやつら、本当に全然なってなくて・・・。あっ、そうそう。
さっきあいつらにジャンポルテ様の事聞いてたでしょ?私でいいなら知ってること全部話すわ」

 再びなまめかしい動きで両手を腕に絡める。
テリーは自分を落ち着かせてなんとかジャンポルテについて尋ねた。
相手は少し考え

「・・・カルバン・ジャンポルテも困っちゃう人だからね」

 自分でついだグラスの酒を飲み干して話し出した。

「あの人が美しくて、珍しい物が好きだって言う事は知ってるわよね?」

 こくりと頷く。

「近くの大きな湖。あれ、外の海と繋がっててね、潮の流れで色んな物が流れ着いてくるのよ。
ジャンポルテ様は毎日流れ着いてきた物を見に行くのが日課だったの。
美しい物や珍しい物は流れ着いていないか?ってね」

 ママは空のグラスを宙に差し出した。慌てて近くに居たバニーが酒を注ぐ。

「半年前ぐらいだったかしら?猛毒に犯された少女が流れ着いてきたらしいの。
ジャンポルテ様、最初は人助けのつもりだったんだと思うけど・・・
看病していくに連れて情が移ったと言うか・・・
どうやらダイヤの原石を見つけちゃったらしいのよね・・・」

 毒・・・半年・・・・・・。
テリーはようやく確信が持てた。
ルーシエがユナだと言うことを。ユナが・・・生きていたと言うことを。
安堵のため息をついたのもつかの間、新たな疑問が浮かんできた。

「でも何故・・・記憶が・・・」

 ユナとは正反対の人格ルーシエ。
一体何故このような事になっているのか、テリーにとってはこれが一番の問題だった。

「そうそう、そこが問題なのよ。これは裏情報で確かな事じゃないんだけどぉ。
ジャンポルテ様が雇った術士から記憶を封印されちゃってるらしいの。
その代わりにジャンポルテ様の婚約者って別の記憶を刷り込まれてる・・・って噂なのよねぇ。
金持ちの考える事は自分勝手だってつくづく思っちゃったわよ。
私、あの子の事本当に可哀相に思う・・・あんな人の婚約者になっちゃって・・・
名前だってお気に入りの名前をつけられたり・・・
あの子にだってあの子なりの人生があったろうに・・・」

 注がれた酒を飲もうとはせず、切なそうにグラスの酒を見つめた。
テリーはその言葉を聞いて謎が解けると共に
憤りに近い物が沸いてくるのを感じていた。

「色々すまない・・・助かった」

 聞き終わらないうちに席を立って出ていこうとするテリーに
ママは慌てて尋ねた。

「ちょ・・・ちょっと!まさかとは思うけどこれから何処に行くつもり?」

 テリーは答えずに背を向けた。

「・・・ジャンポルテ・・・大主人の所・・・?ルーシエ様に会いに・・・?」

「そのつもりだ」

 強い力でテリーの腕を引き留める。

「やめなさいよ!本当に牢に入れられるか・・・運が悪かったら殺されちゃうか
もしれないのよ!」

「・・・あいつはオレの・・・オレの仲間だったんだ。オレが助けてやらなきゃいけないんだ」

 背を向けたままそう答えた。
テリーの強い思いを感じたママは、手の力を緩めた。

「・・・そう・・・仲間・・・ね・・・その言い様からすると本当に大事な仲間なのね。
だったらもう止めないわ。彼女を、ルーシエ様を有るべき姿へと戻してあげてね」

 聞かなかったふりをしてテリーは酒場を後にした。




 屋敷内に有る宿屋。
ベッドに身を投げて、情報を整理しようとするが、酒場で聞いた話がテリーの耳に張り付いていた。
やはり、ユナだった。
昔の記憶を封印されて今はルーシエとしてジャンポルテの婚約者・・・。

婚約・・・。
その言葉をキッカケにトルッカでの騒動が思い出された。
剣を手に入れる為にエリザと婚約を交わそうとした自分。
ユナの辛そうな顔、無理な笑顔、涙、告白・・・

「・・・・・・・・・」

 テリーは頭を振って立ち上がると窓の外を見つめた。
勝手に記憶を操作したジャンポルテ。
ルーシエと言う別人格になってしまったユナ。
ゴツンと冷たい窓に額を押しつける。

そうだ、このままでいいはずがないんだ・・・
あいつだって・・・・・・




 ジャンポルテの屋敷に着いて二日目の朝。
直接ユナに会う事は不可能だと思ったテリーは、外から城壁を乗り越え屋敷裏に行ってみた。
しかしやはり裏は兵士が守りを固めている。
テリーは植えられた木々を伝っていき、兵士の目の届かない所へ移動するとユナを探し始めた。

用心深く屋敷の裏庭を探索していると
何処かから透き通るような美しいメロディーが聞こえてきた。
それは懐かしいメロディーだったが、いつもの音では無かった。
いつのまにか周りも気にせずその音の出所を探している。
それは、美しいピアノの音色だった。

「・・・・・・っ!」

 ピアノを弾いていた少女はガラス越しに見える知り合いの姿に気付いて演奏をやめた。
少女は辺りを気にしながら、こっそりと大きな窓から庭へ下りてきてくれた。

「傷はもういいんですか?」

「あ・・・ああ・・・」

 顔は同じであるだけにその口調に違和感が拭えない。。
ルーシエは不思議そうにテリーを見た後、思い出したように

「あっ・・・自己紹介が遅れましたね!私、カルバン様の婚約者のルーシエです!」

 婚約者・・・。
なんの疑問も抱かずに告げる彼女に表情が曇っていく事が自分でも分かる。

「オレは・・・テリーだ。最強の剣を探して旅をしている」

「えぇっ!最強の剣・・・ですか!?大変な旅をなされているんですね」

 この反応・・・どうやら本当に記憶が無いらしい。しかもかなりの重傷だ。
重い鉛のような物が喉から心臓へと流れていく気がした。

「・・・ジャンポルテの婚約者で・・・満足しているのか・・・?」

 テリーは自分でも良く分からないまま、言葉を発した。

「え?はい!勿論です!私は今凄く幸せですよ。カルバン様はすごくお優しい方ですもの」

 微笑むルーシエを見るのが辛くなって視線を外す。
分かっているのに、ペースが狂う。
”ユナ”なのに”ユナ”じゃない。
柔らかな物腰、優雅な立ち振る舞い、上品な喋り。
それはジャンポルテの作り上げたルーシエそのものだった。

「・・・・・・」

 心臓に有る鉛がだんだん重さを増していく。

「でも、テリーさんもとても優しそう・・・素敵な方ですよね」

 ハッと弾かれたように再びルーシエを見た。相変わらずにっこりしている。
白い歯を見せて笑う所は全く変わっていなくて、
ユナとルーシエが重なり、いつの間にかルーシエの肩を思い切り掴んでいた。

「本当にオレの事覚えてないのか!?一緒にスラリンと旅してたろ!イミルと会ったろ!
エリザと会ったろ!オレと・・・!オレと・・・」

 血相を変えて叫ぶテリーに初めて怯えた眼差しで見つめる。

「そ・・・んな・・・私はカルバン様の・・・」

「お前の名前は・・・・・・本当の名前は”ユナ”・・・なんだぞ!ルーシエなんて名じゃない・・・!」

 つよく つよく言った。
ルーシエは悲しそうにテリーから視線を外す。

「何を言ってるんですか・・・テリーさん・・・!」

「テリーさんだなんて呼ぶな・・・!」

 訳も分からず、ルーシエの肩を自分の胸へ引き寄せた。

「・・・っ!・・・テ・・・リーさん・・・」

「・・・・・・・・・」

 テリーはルーシエの肩を抱いたままじっとしている。
ルーシエは抵抗しなかった。

「・・・すまない・・・」

 不意に我に返ってルーシエの肩をすっと押した。
ルーシエは胸を押さえて苦しそうにうつむいている。

「ごめんなさい・・・私は・・・良く分かりません・・・私は・・・ルーシエなんです・・・
テリーさんの知ってるユナって人じゃ有りません・・・・・・」

「・・・すまない・・・勘違いだった・・・お前はユナじゃない」

 ルーシエは静かに頷いてテリーを見上げた。
顔を背けて表情は見えなかったが、どことなく悲しい雰囲気を感じる。

「でも、ユナさんって女性は・・・テリーさんにとってかけがえのない、大切な人なんですね・・・」

「そういうワケじゃない・・・あいつはただの仲間だ・・・・・・」

 顔を背けたまま呟く。
そうだ。あいつの代わりなんていくらでも居る。
ホイミの使い手なら酒場にはごろごろ転がってる。
オレにとってかけがえのない存在?そんな大層な奴じゃない。
奴じゃないはずなのに。

「・・・テリーさん・・・」

 悲しい瞳のルーシエが一瞬にしてテリーの目の前から消えた。

「きゃ・・・!!」

 ・・・・・・・・・!
テリーと同じく城壁を乗り越えて屋敷に侵入してきたのだろうか
汚らしい衣服を身につけた大男が物陰から躍り出てきた。

「見つけたぜ!カルバン・ジャンポルテの婚約者、ルーシエ!」

「なっなんですか貴方は!」

「あんたに恨みは無いが今のオレには金が必要でね!」

  テリーが状況を理解する間にルーシエの体をいとも簡単に抱えてあげ
そのままその身を翻し城壁の外へと走り去ろうとしていた。

「いやぁっ!下ろして!下ろして下さい!」

「ルーシエ!」

 誘拐を生業とする下衆か!
テリーは剣を引き抜き、ルーシエを傷つけないようすぐさま斬りつける。
ルーシエを抱え、まさか斬り付けられるとは思っていなかった男はその場に倒れ込んだ。

「くっ・・・このやろぉ・・・!」

 しぶとくもルーシエだけは離さない盗賊。腰帯から鋭い短剣を引き抜き
ルーシエの頬に這わせた。

「・・・・・・っ!」

「おぉっと動くな!動くんじゃねぇぞ、ルーシエの美しい顔に傷をつけても良いのか?」

「・・・くそ・・・ホントにゲスだな・・・!」

「ハッハ。分かってるじゃねぇか、分かってるなら早く剣を捨てな」

 剣を捨てればこの男の思うつぼだとは分かっていたが、ナイフを突きつけられ
真っ青な顔のルーシエを目の前にして抵抗するわけにもいかない。
身構えたまま、持っていた剣を投げ捨てた。

「案外素直じゃねぇか」

 盗賊はルーシエを盾に取ったままじりじりと後ずさりしていく。

男に注意を払いながら、テリーは護身用の短剣にそっと手を掛けた。
一瞬の隙を狙って、これで斬り付けるしかない。
テリーがそう判断した刹那、痛烈な痛みが左肩を掠めていった。

「・・・・・・・・・っ!」

「ナイフ投げはオレの十八番でね、さっきの礼はたっぷり返させてもらうぜ」

 ルーシエが巻いてくれた包帯代わりのシルクが、はらはらと重力に吸い寄せられる。
目敏くも男は怪我している左肩を狙って、ナイフを投げたらしい。
男の大きな手の中には何本もの細身のナイフが収められていた。

盾に取られたルーシエにナイフ。
剣を捨てたテリーにとって避ける術は無いに等しい。
再び放たれたナイフは傷口に近い所を先ほどより深くえぐった。

「・・・・・・・ぐ・・・っ!」

「止めて!!お願いします!!もう止めて下さい!!」

 ルーシエの必死の叫びも盗賊の耳には届かなかった。

「手がすべっちまったら勘弁してくれよ。へっへ」

 ナイフの一本をテリーに向ける。
テリーは護身用の短剣を右手に持ち替えた。
ナイフを投げる瞬間、隙が出来る。
その時を狙って、懐に飛び込めば・・・。
そう考えて、足に力を込めた瞬間。

「いやぁ!!テリーさん!!」

 ・・・・・・テリーの瞳に眩い光が閃いた。
光はみるみる内に白い炎に代わり、生臭い嫌な匂いが辺りを包む。

「ギャアア!!」

 炎に身を包まれた男はもがき苦しみながら転げ回った。
ようやく火の消えた男はまるで恐ろしい物でも見るかのように二人の前から逃げていった。
テリーは痛みも忘れ、あっけに取られている。
ルーシエは慌ててテリーに駆け寄った。

「ルーシエ、今のはまさか・・・ギラか?」

「・・・わかりません・・・・・・・・・テリーさんの事を強く思ったら何かが
・・・・・・頭が・・・いた・・・い・・・私は・・・」

 苦しそうに額に手を当て俯いた。

「大丈夫か!ルーシ・・・ッ・・・」

 左肩の痛みに言葉が途切れる。

「私は大丈夫です!それよりもテリーさんが・・・!ちょっと待って下さいね、今ホイミをかけますから」

 そう言ってテリーの肩に両手を当てて呪文を唱え始めた。
淡い光が線上になり、肩の傷を塞いでいく。

「・・・ごめんなさい・・・私の為に・・・。私を助けようとして・・・」

「・・・別に・・・お前の為じゃない」

 無理な言い訳を目を合わせないように冷たく言い放つ。
いつの間にかルーシエの口から言葉が溢れていた。

「・・・いつもそうなんです・・・ね・・・。
人には色々言うくせに、自分の気持ちが一番あやふやなんだ・・・オレの事だって・・・・・・?」

 懐かしい口調にテリーは胸を突かれた。
ルーシエもハっと口を押さえている。
先ほどの話しぶりは明らかにルーシエとは違う人格の物だった。

「あれ・・・どうしちゃったのかしら・・・?今のは私が喋ったのよね?」

 今度こそ、記憶の中のユナとルーシエがぴたりと重なった。
テリーはいつの間にかルーシエの手を掴んでいた。
ルーシエは、ぼっと顔を赤らめおずおずとテリーを見た。

「・・・ユナ・・・お前、記憶が戻ってきてるのか・・・?」

「ユナ・・・?違うんです・・・わたしっ・・・は・・・わたしは・・・」

 頭の中はもやが掛かっているかのように白く濁っている。
微かに見えるのは、見慣れたシルエット・・・。
青い服・・・銀髪の少年・・・?

「・・・・・・テ・・・リー・・・?」

 神秘的なアメジストの瞳。
ルーシエの中を初めての感情が支配していった。
その気持ちは胸の中から徐々に体中に広がっていき何故か涙まで出そうになる。

「・・・テリー・・・っ・・・」

 手を伸ばそうとしたその時
けたたましい叫び声が二人の間を切り裂いた。

「ルーシエ!!」

「カルバン様!」

 その名を聞いてテリーが振り返った瞬間、無数の兵士が取り囲んだ。
兵士に混じって、その人物は居た。
宝石を無数にちりばめ、それ自体が輝いている真っ赤な外衣。
肩まで蓄えられた長髪に化粧のせいで年齢は見て取れない。

ジャンポルテは血走った瞳のまま腰の剣を引き抜いた。

「お前は何者だ!?私の大切なルーシエに・・・なんて事を!!」

 光沢に輝く細身の剣をテリーの喉元に当てる。
テリーはジャンポルテを睨み付ける、恐怖を見せる様子すら無かった。

「やめて!カルバン様!!テリーさんは私を助けてくれたんですよ!」

 ルーシエの叫び声にジャンポルテは我に返った。

「テリーさんは盗賊からさらわれそうになった私を助けてくれたんですよ・・・
だから・・・だからもうやめて下さい・・・」

 真っ赤な外衣にボロボロと大粒の涙がこぼれ落ちた。
必死で懇願するルーシエにさすがのジャンポルテも剣を収めた。
再びテリーを睨んで

「ルーシエのおかげで助かったな。今日のことは見なかった事にしてやる。
分かったならさっさとここから出ていけ!二度と私とルーシエの前に現れるな!!」

 そう叫ぶと、ルーシエの肩を抱いて踵を返した。

「・・・何がルーシエだ。そいつの本当の名前はルーシエなんて名じゃない」

 兵士に槍を突きつけられながらも、そう言い放つ。

「な・・・に・・・」

 振り返ったジャンポルテの顔が引きつった。

「記憶を封印したのを良いことに、ユナに色んな事を吹き込んで・・・」

「気が変わった!こいつを牢に放りこんでおけ!!」

 周りの兵士がテリーを逃がさないように取り押さえ、乱暴に牢に連れて行く。

「ジャンポルテ様!どうしてテリーさんを牢屋になんか・・・!」

「盗賊からルーシエを助けてくれたとはいえ、私の美しい庭園に勝手に入ってく
るなどあいつも盗賊と同じだ。それ相応の罰は受けてもらわんとな・・・。
なに、反省すればすぐにでも出してやるさ」

 テリーの身を案じるルーシエを見てジャンポルテは一抹の不安を覚えた。

この地にルーシエが流れ着いた時、看病をしたのは親切心からだった。
しかし、他の女性には無い不思議な魅力の虜になって
最高の宝石の原石だと知ってからは誰の目にも触れさせたくなくて、自分だけの物にしたかった。
異国の地から術士まで呼んで、ようやく念願が叶ったと言うのに・・・。

美しいルーシエを失ってしまう予感が、頭の中を離れなかった。




「死ぬまでそこに入ってろ!!」

 乱暴に牢に放り込まれ、頑丈に鍵を掛けられた。
・・・美しい物が好きだと言う割には、しっかりとこんな場所も用意して有るんだな。
相変わらず皮肉めいた事を考え、辺りを見回す。
大きな牢屋だった。奥の方は牢屋の灯りでは闇に紛れて見えない程だ。

壁にもたれかかり息をつく、と

「・・・・・・!」

 背後に何者の気配を感じ、剣を抜いた。

「誰だ!」

 そこには、思いもかけなかった、かつての仲間がいた。

「ピキィ!」

 それはテリーに飛びつき、わんわんと泣き出した。

「スラリン・・・?」

 泣きついてきたのは、苦楽を共にしたスライム。
もしかして、半年近くも牢に入れられているのか?
目を凝らすと牢屋の奥には見慣れた物が沢山あった。
ユナが海に飛び込んだときに身につけていた物だ。
バックに服、剣、それにヒックスから貰ったと言うスライムピアスまでそこに散らばっていた。

「・・・ユナ・・・」

 呟いて、ドサッとその場に座り込んだ。
大きな剣に旅人の服、魔物との戦闘で生傷が絶えない旅。
シルクのドレスにガラスの靴、何一つ不自由する事のない優雅な生活。
そして、ジャンポルテを婚約者だと言ったルーシエの幸せそうな顔。
・・・ユナであった頃のトルッカでの悲しそうな顔、涙・・・。

・・・戻らない方が良いのかもしれない。
・・・あいつはルーシエのままでいた方が、ずっと幸せなのかもしれない。


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