▼ジャンポルテの館...2


 ジャンポルテの館はトルッカの南、険しい山脈を隔てた向こう側に有った。
山脈に囲まれたそこは雄大な湖と深く美しい森が織りなす理想郷だった。
ジャンポルテは一目でこの土地を気に入って館を建てたらしい。

そんな館に、二つの影が近付いてきていた。




「ルーシエ、今日はな、有名な占い師を呼んだんだぞ
二人のこれからの未来を占ってもらおうと思ってな」

「フフ。それは楽しみですね」

 美しい彫像や絵画、色とりどりの花に囲まれた部屋。
ミンクのソファに座ってジャンポルテは楽しそうに語りかける。
ルーシエは、その言葉を聞いていつも通りに微笑み返した。
だがその笑顔がいつもと違う事にジャンポルテは気付いてしまった。

「ルーシエ、元気が無いな。どうした?」

「えっ・・・?そんな事無いですよ?」

 また微笑み返す。が、いつもの花が咲くような嬉しそうな笑顔は無い。
ジャンポルテは少し考えて

「・・・そうだ、ルーシエ。笛を吹いてくれないか?」

 彼女の気分転換になるだろうと、笛を吹く事を促した。
ジャンポルテは4枚張りの大きな窓を開いてバラの花咲く庭園に下りる。

ルーシエも続いて庭園へと下りた。
そして肩掛けの内ポケットから笛を取り出すと唇に当てる。
もの悲しくも美しい旋律に庭園中が聴き入っていた。
笛の音に呼ばれた鳥が集まって、木は風もないのにさわさわ揺れた。

ジャンポルテは瞳を閉じてその音色にじっと聴き入った。不思議で透き通っていて、心地良い。
今まで色んな吟遊詩人や音楽家を呼び寄せたが、こんな穏やかな気持ちになった事は無い。
うっすらと開いた瞳に静かに笛を奏でるルーシエを映し出す。
不思議な魅力に溢れたルーシエを手放したく無かった。
たとえ、卑劣な手段を用いたとしても・・・

「あの・・・カルバン様・・・?」

 ふと 音色が途切れる。

「私は・・・本当に・・・”ルーシエ”なんでしょうか?」

「・・・!?何を言い出すんだ突然!もしや、あの男の言った事を真に受けているのか!?」

 ルーシエはしばらく黙って小さく首を振った。

「実は前々から感じていたんです。この笛を吹くと、自分が自分で無いような錯覚に
捕らわれて・・・言葉では上手く言い表せないんですけど、とても懐かしい気持ちが
心に生まれてきて・・・」

「ルーシエ・・・」

「・・・!ごめんなさい!変な事を言ってしまって・・・。ただなんとなく
そう感じてしまっただけですから!おかしいですよね、私は”ルーシエ”なのに・・・」

 笛を内ポケットにしまって、再び部屋へと戻っていく。
ジャンポルテはその後ろ姿を見つめながら嫌な予感が頭を離れないでいた。

『なにが”ルーシエ”だ!記憶喪失なのを良いことに”ユナ”に色んな事を吹き込んで・・・!』

そうだ、たとえ、どんな卑劣な手段を用いても・・・。




 だだっ広い草原を歩きながら館へ向かう二つの影は
近づくにつれてその大きさに圧倒されていた。

「ほえー、スゴイ館ねーボロンゴー。それにしてもさぁ、なーんでこの私がわざわざ
こんな所まで出向いてやらなきゃいけないわけ!?あれっぽっちの寄付金で私をこんな所まで
出向かせるなんて何様よ!これだからお金持ちって言うのは嫌なのよねー!!」

「そうブツブツ言わないで下さいよ。ほら、もうすぐ着きますよ」

長細い影が憤ると、小さな影はため息をついてなだめる。
二つの影が屋敷についたのは日が昇りきった昼過ぎの頃だった。




「カルバン様。ラーゼ神殿の巫女様がお見えになられました」

「うむ。通せ」

 館に辿り着いた二つの影は年老いた神官と若い娘だった。
ジャンポルテとルーシエの前に膝を付いて両手で印を結んだ。
神殿の巫女と言うだけ有って挨拶の儀式か何かなのだろう。

「私とルーシエの為に長旅をさせてすまないな」

 二人はその言葉を聞くと、ぱっと顔を上げた。
少女の方はジャンポルテが気に入りそうな程美しい顔立ちをしていた。

「この度は、お呼び頂きまことに嬉しく存じ上げます。私はラーゼ神殿に
仕える老師ボロンゴ。こちらは巫女のイミルです」

 老人の方が丁寧に頭を下げて切り出す。
イミルと呼ばれたルーシエと同じ歳くらいの少女もペコリと頭を下げた。

・・・・・・イミル・・・?

 その名を聞いてルーシエの顔が曇った。
何処かで聞いた事がある名だ・・・。思い出しそうで思い出せない、何処で会ったのだろう。

イミルはルーシエとジャンポルテの前に来て、藤色の布でくるまれた何かを差し出した。

「お二人の未来を占うんでしたよね?それでは少しだけ、お手を拝借させて下さい。
この水晶に手を当てて・・・」

 差し出された物は、不思議な光を放っている水晶だった。
二人は言われたとおりに水晶に手を触れさせる。
イミルは全身の力を抜いて呪文のようなものを唱え始めた。

しばらしくてピタっとイミルの呟きがとぎれたかと思うと

「はぁっ・・・!」

 と言う声と共に淡い光が三人を包み込んだ。

「・・・・・・見えました・・・」

 もう光は無くなっていたがイミルだけが光に包まれていた。
神聖な雰囲気にジャンポルテとルーシエは息を飲む。

「・・・誠に言い辛い事ですが・・・二人の未来・・・結婚には大きな壁があります。
大きくて、とても厚い壁・・・お二人にはとても突き破れそうにありません」

 キッパリとイミルは言い放った。ジャンポルテは一瞬唖然として、ブルブルと顔を振る。

「壁だと!そんな物があるわけがないだろう!!その壁とは一体何なんだ!?」

「・・・失礼ですが・・・ルーシエ様の心の中に何か見えるんです。
ジャンポルテ様よりも・・・もっと大きな存在・・・・・・ジャンポルテ様にとっての・・・禍々しい存在・・・」

 イミルが言い終わるか終わらない内にソファから立ち上がり、ルーシエの肩を揺さぶった。

「あの男の事か!あのテリーとか言う男の事を考えているのか!?」

「・・・・・・」

 ルーシエは何も答えられず俯いた。
胸が苦しい。
テリーと言う少年に会ってから何かがおかしかった。
自分の意思とは反対に勝手に胸が熱くなる。
ドキドキして切なくなって苦しくなって、
・・・分からない。

イミルはその名前に一気に精神がとぎれてその場に座り込んだ。

「テリー?まさか、あの『テリー』ではないよね」

 そうだ。あの”テリー”がまさかこんな所にいるわけがない。

「答えてくれルーシエ・・・!お前は私の婚約者なんだぞ!」

 激しく動揺したジャンポルテはルーシエの帽子とベールを剥ぎ取った。

「カルバン様・・・」

 ルーシエの悲しげな瞳に、どうしたら良いのか分からなくなって

「・・・くそ・・・っ!」

 思わず大切にしていたコレクションの一つに当たってしまった。

そんな二人のやり取りを目にしていたイミルは我が目を疑っていた。
何故こんな所にかつての知り合いがいるのか?
まさか、他人のそら似であるはずがない。
しかも、自分の事を忘れている・・・?
だとするとテリーと言う固有名詞も頷けるし・・・。
とにかく、とんでもない事態になっていると言う事だけは掴めた。

「ジャンポルテ様。そのテリーと言う者はどこにいらっしゃるのですか?」

 考えるより先に言葉が出てしまっていた。

「もういい!ご苦労だった!下がって良い!」

 ジャンポルテはイミルの問いかけに答えず、赤い外衣を翻して奥の部屋へと
引っ込んでしまった。
チっと舌打ちをするイミルにボロンゴは驚いて耳打ちをした。

「どっどういうつもりなんですか!?バカな気は起こさないで下さいよ!!」

 それに対し、イミルはニヤーっと悪戯な笑みを浮かべる。

「何かあったらボロンゴは逃げてね、きっとすごい事になると思うから。
止めても無駄よ」

 ボロンゴはその言葉を聞いたとたん固まった。イミルはやると心に決めたら
たとえそれがどんな事でもやってのける迷惑な性格の持ち主なのだ。
ボロンゴは面倒な事に巻き込まれる前に帰る準備を始めていた。




「ふーんだ!なによ、このイミル様にかかればテリーのいる場所なんてすぐに
分かるんだから・・・ぎゃっ!!」

 重い空気のジャンポルテの部屋を出た後
大きな館内を見回しながら歩いていたイミルに、誰かがぶつかったような衝撃が走った。
思わず尻餅をついてしまう。

「いったいわねえ!!もう!!何処に目をつけて歩いてるのよ!!」

「相変わらずだね。君」

 透き通る声にドキリとした。

「・・・・・・・・・!?」

 尻餅をついてしまったイミルの手を引っ張ってくれたのは、なんと、顔見知りだった。

「そっちが前を見て歩いてないのが悪いんじゃないか?」

「ぎゃーー!!あんた!!なんでこんな所にいるのよー!!」

 清らかな法衣を身に纏って、僧侶が身につけるような帽子を被っている。
青い髪と落ち着いた物腰の男だった。イミルの驚きようににこやかに笑う。

「お久しぶりですね、イミル・ラーゼ」

 この男の名前はアトレイド・ラーズ。イミルのいるラーゼ神殿と昔から親交の深い
ラーズ神殿の神官。実は、生まれる前からの許嫁なのだ。勝手に決められた事だけど。
イミルは、この何を考えているのか分からない男が、苦手だった。

「だから!!なんであんたがここにいるのよ!!説明しなさいよ!!」

 何故か赤面して、そんな自分に気付かれたくないのか、まくし立てるように言った。

「ジャンポルテに呼ばれたのさ。君もそうなんだろう?」

「う・・・まぁ・・・そうなんだけど・・・」

 言葉を詰まらせるイミル。しばらくして、男の方が口を開いた。

「ルーシエ様の記憶を封印したのは、僕だよ」

 弾かれたように見る。

「あっ、あんたなんて事するのよ!!人の心に関する呪文は、禁呪の中の禁呪よ!!
言いつけてやるわ!あんたのお爺様に言いつけてやるから!!」

 そうだ。呪術の使える巫女や神官などには決められた掟があった。
その中でも決して使ってはいけない呪術。それが人の心を操るものだった。
この事がアトレイドの祖父で有るラーズ神殿の長に伝われば・・・一族追放は間違いない。

「僕だって分かってるよ。だから、すぐにでも記憶が取り戻せるようにしてあるから」

「・・・・・・?どういう事?」

「ルーシエ様の右手にはめているブレスレット・・・。アレに僕の魔力を封じ込めてある。
アレを外せば・・・しばらくすれば勝手に記憶は戻るよ」

 アトレイドは自分の右手を左手で小突いた。
なるほど!!さすが、相変わらず容量の良い男だこと。

「よかったぁ・・・それだけ聞ければ十分だわ!!それじゃ!!」

 あまり関わりたくないのかイミルは早足でその場を去ろうとする・・・が
やはり呼び止められてしまった。

「イミル様!」

 仕方なく怪訝な顔で振り返る。

「教えてあげたお礼に今度一緒にデートしようよ」

「・・・・・・・・・」

 イミルは心底、この男が苦手だった。




 ・・・・・・・・・あれからもうどれくらい経ったんだろうか・・・。
目が覚めたテリーは呆然と暗い天井を見つめていた。
湿気ったベッドの上でいつのまにか眠っていたらしい。枕元でスラリンも泣き疲れて眠っている。
いつまでここにいればいいのか・・・。
そんな事を考えている折、階段を何者かが下りてくる音がした。
ベッドから起きあがり思わず身構えるが、瞳に飛び込んできたのは懐かしい人影だった。

「・・・お前は・・・イミル・・・?」

「キャー!覚えててくれたのね、嬉しいっ!!」

 相変わらずの態度で牢屋越しに話しかけた。
しかし見る見るうちに真剣な眼差しに変わっていく。

「・・・どうしちゃったの・・・あなたたち・・・」

 テリーはこの館で起こった一部始終を話す。
イミルは一通り聞き終わった後

「だーいじょうぶっ!記憶喪失は私がなんとかしてあげるからっ!」

 力強く胸に拳を当てた。
先ほど聞いたアトレイドの封印の事が頭にあった。
右手のブレスレットを外せば記憶が戻るなど、楽なものだ。

「あいつの記憶を戻す必要はないさ」

 テリーの呟きにイミルは耳を疑った。

「あいつは旅なんてするより、ここでこうやって暮らしてる方がずっと幸せだろ?」

「バ・・・バカァ!!ユナがそんな事本気で願うと思ってんの!?
”ルーシエ”って名前勝手に付けられて、ジャンポルテのコレクションのひとつにされて!
そんなの幸せなはずないでしょうが!それに・・・あの子の気持ちはもう知ってるんでしょ!?」

「・・・・・・・・・」

「テリーってば!」

 テリーはイミルの問いに答えなかった。
もう既に自分の中で別の答えが出ていたから
ルーシエのあの笑顔。例え記憶を操られてるとしても、あの笑顔は本物だった。
無理に壊す事なんてない、きっとそれが一番良い・・・。

「・・・なんでいつもそうなのよ貴方・・・」

 彼の決意に自分の声が届かない事を知るとへたりと地面に吸い寄せられる。
しばらく静寂が続いて、階段の上の方で誰かの言い争う声が聞こえた。

「お願いです!テリーさんと会わせて下さい!」

「ルーシエ様の願いといえどもこれだけは譲る訳にはいきません!申し訳ございませ・・・」

 兵士は言い終わるか終わらない内に、後頭部にすさまじい蹴りをもらい、
ふらふらと崩れ落ちた。

「イミル・・・さん・・・?」

「ルーシエ、テリーに会いにきたんでしょ?」

 その言葉に頷くと、周りを気にしながら生臭い牢屋へ足を踏み入れた。

「・・・・・・!」

 光の差し込んだ階段から見える人影に、テリーは思わず反応してしまった。

「テリーさん!今すぐ逃げて下さい!」

 ルーシエは牢番の持っていた鍵で慌てて牢を開ける。

「どういう事なの?」

「カルバン様がイミルさんの占いを聞いて、テリーさんを・・・っ・・・殺そうとしているんです!」

 真っ青な顔でルーシエはテリーの手を握りしめた。
イミルの顔からも急に血の気が引いていく

「そんな・・・私のせいだわ・・・」

「そんな事有りません!元はと言えば私のせいなんですから・・・
・・・とりあえず今は一刻も早くここから逃げないと・・・」

 誰かが来る前に・・・。そう言おうとした瞬間、後ろの黒い影からぬっと誰から出てきた。

「あ・・・・・・」

 オシャレなスーツにオシャレな眼鏡、高く履いたヒールにジャンポルテと同じぐらい
顔を厚く化粧で覆っているがもの凄い美人。
ここに来て、ルーシエに一番世話を妬いてくれた人物。

「シャロンさん・・・?」

 人影はルーシエを見つけると、予想外にニッコリと笑ってくれた。




「ここにもしもの時の非常用の出口があるわ。テリーさん、ここから早く逃げて下さい。

 シャロンは館の兵士に見つからないよう、秘密の地下道にテリーたちを案内してくれた。
ルーシエは信じられないと言った顔で

「シャロンさん・・・どうして・・・?」

「何の罪も無い人に、罰を与える訳にはいかないでしょ?」

「でも、もしこの事が見つかったらカルバン様に・・・」

「あの人の事なら大丈夫よ。今は頭に血が昇ってるだけ。
しばらくしたら、きっと優しいカルバン様に戻るわ」

 ルーシエの頭に、テリーの来る前の優しいジャンポルテの姿が頭を過ぎる。
いつも自分を大事にしてくれていたジャンポルテ。
自分の気持ちの迷いが彼を悪魔に変えてしまった。元はと言えば自分の責任。
自分は、ジャンポルテの婚約者なのに・・・それで満足してたのに。

「色々と迷惑をかけたな。あいつの言うようにもう二度とお前たちの前には現れないさ」

 テリーは早々に荷物を抱えて背を向ける。

「・・・っ!テリー!ちょっと待ってよ!ユナの事・・・っ」

「その名前は口にするな!」

 イミルが言い終わるか終わらない内に制する。

「もうオレとは何の関係もない」

 テリーは振り向かずに歩き出した。
ルーシエは酷く切なそうな顔で手を宙に差し出したが
彼の後ろ姿に何の言葉も掛ける勇気が出てこない。
細く長く薄暗い地下道。遂にテリーの姿が薄闇に消えてしまった所で
ルーシエは益々俯いてしまった。

「本当にこれで良いのルーシエ?彼の事・・・好きなんでしょ?」

 シャロンの言葉にルーシエは答えられなかった。

「ルーシエ!」

 シャロンの叱るような口調にビクリとすると、そのまま素直に言葉が溢れ出す。

「・・・・・・分かりません・・・どうしてこんなに胸が苦しいのか・・・
会ったばかりのテリーさんにこんなに惹かれるのか分かりません・・・
分かるのは・・・テリーさんの側に居たい・・それだけで・・・」

 顔を両手で押さえ、彼を追いかけていかなかった後悔の念が襲ってくる。
もう・・・遅いんだ・・・

「それだけ分かれば充分じゃない?」

 イミルは牢屋の奥にあった荷物と剣をルーシエに手渡した。
少々強引だったがスラリンも鞄の中に詰めて。
同時にこっそりとルーシエの右手にはめられていた記憶喪失の元凶
アトレイドのブレスレットを外す。
これでしばらくすれば記憶はひとりでに戻るハズだ。

「追いかけなよ、今なら間に合うから!」

 ポンっとルーシエの肩を押した。
何か言いたげなルーシエに白い歯を見せて笑う。シャロンも後ろで優しく頷いた。

「シャロンさん・・・イミルさん・・・」

 ルーシエは思い切り頭を下げ心から感謝した。
強さをくれたシャロンとイミルに。




 細くて長い道を、ドレスを翻しながら全力で走る。
青い帽子と服が見えた瞬間、体中の力が安堵感で抜けてしまっていた。
テリーはルーシエに気付くと驚いて振り返った。

「・・・何か用か?」

 それでも冷たく尋ねるテリー。
ルーシエはゆっくりと息を吸い込むと、テリーの近くまで歩み寄り

「・・・連れて行って下さい・・・」

 しっかりとテリーを見つめて言った。
その瞳にはハッキリとした決意が見える。

「私・・・テリーさんと一緒に行きたい・・・」

 ・・・予想外のルーシエの言葉にテリーの心が激しく揺らいだ。

無理に記憶を戻す事は無い。
あいつはルーシエのままで、何も知らないままでここで暮らした方が幸せだ。
その決意がグラグラと揺れ出す。
それを何とか押しとどめて

「ダメだ」

 きっぱりと言い捨てた。

「どっ、どうして・・・!私、回復呪文だって使えます!絶対足手まといにはなりません!!
・・・だから・・・」

「お前はジャンポルテの婚約者だろ。それでお前も満足してるハズじゃないのか?
急に現れたオレに付いていくなんてそんな馬鹿な事・・・」

 動揺して言葉が上手く出てこない。
振り切って行こうとするテリーの腕をルーシエは必死に掴んだ。

「・・・いかないで・・・」

 テリーの動きが止まる。

「いかないで・・・!」

 ルーシエの頬に冷たい物が伝わり、テリーの腕にも伝っていく。
しかし、無言で足を進めるテリーに
ルーシエは持っていた護身用のナイフを引き抜いた。

「何を・・・!?」

 バサッ・・・バサッ・・・足下に長くて美しい髪が滑り落ちてきた。

「理由は分かりません・・・。でも、テリーさんと一緒に居たいこの気持ちは
本物なんです!頭じゃなくて、心でそう感じるんです!
連れて行ってくれるなら、なんだってやります!」

 ルーシエはその美しい髪をナイフで無造作に切り捨てている。
テリーはその行動を呆気にとられたまま見ていた。

「私はきっと・・・”ルーシエ”じゃなくて、”ユナ”なんです
そしてきっと・・・テリーさんの事が・・・・・・好きなんです・・・だから・・・」

 告白するルーシエにユナが重なった。
見つめる 切ない瞳。

「・・・・・・っ」

 自分の意思とは反対に、いつの間にかテリーはルーシエの手を取って走り出していた。

「テリーさん・・・!」

「・・・・・・くそっ・・・」

 二人はそのまま暗闇の中を駆け抜けた。




「ジャンポルテ様・・・」

 ルーシエが自らの意思で去ったと知らされて
憔悴しきった顔のジャンポルテにシャロンとイミルが声を掛けた。

「ルーシエ様のこと・・・後悔してますか・・・?」

 少しだけ頷く。

「私は、間違っていたのだな・・・」

 豪華な部屋の中、一際大きなコレクションの前でジャンポルテは項垂れた。

「ルーシエの幸せも考えず、鳥かごの中にずっと閉じこめていたのだな・・・」

 自慢のコレクション、ルーシエの肖像画の前で力無く呟く。
二人は顔を見合わせて返す言葉を探した。

「また、ベストドレッサー開催しましょう。皆、それを待ってますよ」

 眼鏡をクイっと上げてシャロンが呟いた。
その言葉にジャンポルテはハっとし、振り向いて少しだけ笑った。


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