▼悪夢...


「マウントスノー行きの船・・・ねぇ・・・滅多に出ないんだよねぇ・・・あそこは行く人少ないから」

 早朝のサンマリーノ港。乗船券を売っていた商人はう〜んと腕組みをして考えていた。

「う〜ん・・・そうだ!貨物船で良いなら今日の夕方に1便だけ入ってるよ。
客室もないし寝る所も倉庫ぐらいしか無い、
しかも色んな港で荷下ろしするからちょっと時間かかるけどそれでも良いかい?」

「マウントスノーにはどれぐらいでつきますか?」

「早くて20日はかかるな」

 20日・・・。怪訝な顔でテリーを見ると、仕方なく頷く。

「じゃあ、船員さんたちにゃオレから話しておくから、午後またここに来な」

 二人はお礼を言って、ようやく船を確保すると足の向きを変えた。
再び街へと歩き出すと

「ぎゃっ!!」

 ユナは、勢いよく駆けてきた人物とぶつかった。
その勢いで右足を軸に三回転ほどスピンしてしりもちをつく。

「う・・・いてて・・・っなにすんだよっ!ちゃんと前見て歩きやが・・・っ!」

 見上げるほどの大男に、出かかった文句が引っ込んだ。ぶつかった大男は悪びれる様子もなく

「おっ!わりーなボーズ。急いでたもんだからよ」

 軽く手をあげて、停泊している船へと走っていった。

「何やってるんだハッサン!もうレイドック行きの船が出るぞ!」

「わりーわりー!道具屋がちょうど棚卸し中でよー」

 船の前で仲間らしき青い髪の青年と金髪の女性が待っていた。
ハッサンと呼ばれた大男はようやく船の前にたどり着き、息を切らしながら船に乗り込んでいった。

「・・・ボーズじゃないんだけど・・・オレ・・・」




「ありがとうユナにテリー!またこの街に来てよね!絶対よ!」

 青い海が赤く染まったサンマリーノ港。
ビビアンは仕事に向かう前に二人の見送りに来てくれた。

「うんっ!絶対また来るよ!元気でな、ビビアン!」

 船の甲板で手を振りながら別れを告げる。
テリーもいつもの表情ながらも軽く手を挙げた。

汽笛を鳴らしながら船は陸を離れていった。
涙ぐみながら必死で手を振るビビアンが見えなくなると
ユナも手を振るのをやめ、ぐすっと涙をすすり上げてようやく前を向いた。
眩しい地平線と真っ赤になった大海原が船を迎える。

ユナは夕暮れの光に照らされた美しい水面を見つめながら
まだ見ぬ土地に思いを馳せた。
マウントスノーまで順調に行けば20日・・・。
今度こそ最強の剣、見つかると良いけど・・・。




 ・・・サンマリーノを旅立ってから五日目の夜。
ここを抜けさえすれば安全だと言われていた
サンマリーノ〜アークボルト間の暗礁を大きな船は抜け出した。

大分揺れも収まり、気分も良くなったユナは船の甲板に出た。
おぼろ月夜とでも言うのだろうか、薄く雲がかかった空にぼんやりと月が光っている。

「船旅は退屈か?」

 後ろから聞こえてきた声に心臓が打つ。思い切り首を縦に振った。
そして今度はこちらから同じような質問を繰り返すと
どうでもいいと言うような答えが返ってきた。

 それからしばらく、沈黙が続いて

「あのさ・・・今更なんだけど・・・ビビアンからなんて言われたんだ?」

 本当に今頃になって聞きたくて聞きたくて仕方の無かったことを尋ねた。

「・・・好きだと言われた」

 相手は平然と言う。ユナも平静を装いつつ

「・・・へ・・・へぇー・・・」

 精一杯、普段通りの答えを返した。

「隅に置けない奴だなぁ・・・テリーも・・・」

 はは・・・と笑ってテリーの方を向くと何故かこっちを見ていた。
月の光に照らされたアメシストの瞳は怪しくも美しく輝いている。
ボっと赤面して慌てて背を向けた。

「じ・・・じゃぁ、オレ、もう寝るからっ。おやすみっ!」

 見つめられる瞳に耐えかねて
眠くもないのに、船内への通路に入っていった。



 ・・・・・・・・・どのくらい時間が経ったんだろう・・・テリーはまだ戻ろうとする気配がない。
一人、夜風を浴びながら船際で空を見上げている。
テリーがこっちに来たのを見計らって隠れて

『わっ!!!』

とビックリさせてやろうと思っていたのに・・・。
思考虚しく、ユナは再びその場所に姿を現した。

「お前眠ったんじゃなかったのか?」

「・・・・・・・・・」

 言い返す言葉が見つからない。

「早く寝ろよー。風邪ひくぞ」

 ユナの言葉にテリーは

「オレの事より自分の心配をしたらどうだ?まぁ最も、バカは風邪ひかないって言うけどな」

「・・・せっかく人が心配してやってんのに・・・何だよ」

 そう言って、ユナは背を向けた。

「・・・最強の剣・・・見つかるといいね・・・」

「・・・ああ・・・」

 その言葉に、ユナは少しだけ緊張がほぐれたのか、眠そうにあくびをして船内に入る。
テリーはその後も暗い夜空を見つめながら漠然と考えていた。
最強の剣と姉の事を・・・・・・・

「・・・・・・?」

 ふと、空がいつもと違う事に気付く。
暗い雲の切れ間から何かが見え隠れしていたせいだった。
目を懲らす間もなく、雲はだんだんと千切れてきて”何か”がハッキリと姿を現す。

「・・・っ!!何だあれは・・・!!」

 空にあってはならない物。
それは不気味に口を開いた大きな穴だった。

夢の世界。
なぜか、旅先で聞いたそんな言葉が蘇る。
空に開いた大穴の先には、夢の世界が存在していると。
そこは、人々の夢や希望や欲望までもが集まって出来た世界だと言う。
また雲が多くなり、いつの間にか不気味な穴は見えなくなった。




「テリー、テリー大丈夫か!?」

「・・・・・・?」

 心配そうな声にテリーは目が覚めた。ユナがやはり心配そうな顔でのぞき込んでいる。
体中に気持ちの悪い汗がにじんでいた。

「凄くうなされてたぜ。怖い夢でも見たのか?」

「・・・お前には関係ない」

 いつも通りに冷たく言い放ち。ユナに背を向けた。
倉庫の中、無数に積まれた樽が軋む音だけが空しく響いている。
ユナはそれ以上何も言わずに、再び床に体を預けた。




それから4日が経った。
穏やかな海を、悠々と船は進んでいく。だがテリーの胸中は穏やかでは無かった。
・・・また、あの夢を見るのか・・・



そして、夜が来た。
ゆらゆら揺れる床の上で、テリーは目が覚めた。
いつもと同じようにユナが呼びかける声で。
同じように体にはびっしょり汗をかいていた。

「大丈夫か本当に・・・ここ最近、なんか変だぞ」

「うるさいな。お前には関係無いっていつも言ってるだろう!」

 いらいらしながら、またいつもと同じ言葉を繰り返した。
ユナは何も言わずに床に戻るかと思いきや、4日目の今日は違っていた。

「関係無いなんて言わないでくれよ・・・」

「・・・・・・」

「オレで良けりゃ、力になりたい。テリーの苦しんでる所なんて・・・もう見てらんねえよ・・・」

「・・・・・・」

 丸い小さな窓から差し込む月明かりに照らされてユナの本当に心配そうな顔が見えた。
テリーは押し黙ったまましばらく考えると
ユナと同じように上半身を起こして言い辛そうに口を開いた。

「・・・・・・昔から・・・たまに、同じような夢を見る事があるんだ」

「・・・同じ夢?」

 腕で額の汗を拭いながら、テリーは頷いた。

「妙にリアルな夢だ。
夢の中でオレは最強の剣を手にして戦う、最強の剣士だった。
凶悪な魔物も、屈強な戦士も、魔法使いも、オレの足元にも及ばなかった」

 神妙な顔で聞き入っているユナ。テリーはぐっと息を飲み込んで続けた。

「だが、そんなオレの目の前に暗い影が現れるんだ。
そいつはオレよりも強くて・・・オレはいつもそいつに負けて剣を突きつけられる・・・」

 暗くて黒い影。目だけが妖しく光っていて、言い表せないほど薄気味悪い・・・・。
テリーは、またごくりと息を飲んだ。
今まで誰にも言えなかった事が堰を切ったように出てしまっている。
あの”空”を見てから何かがおかしかった。

「そいつはオレに、本当の最強の剣士になりたいのならこっちへ来いとオレの腕を
掴むんだ・・・そして・・・」

 黒い、無数の手が迫ってくる。逃れようとしても逃れられない。全てを食われそうになった所で
テリーはいつも目が覚める。
つーっと、汗が額から顎にかけて流れていった。

「テリー!テリー、大丈夫か!?」

 ユナの声でようやく我に返った。

「とてつもなく、嫌な夢だ・・・・・・」

 顔を伏せたまま手の甲で汗を拭った。
ユナはいつもと違うテリーの様子に心配になって、自然とテリーの手を両手で掴んでしまった。

「大丈夫・・・」

 左手から暖かい体温が伝わってきて、顔を上げた。

「大丈夫だよ。だって、それ”夢”なんだろ?」

 ユナは遠慮がちに微笑んだ。

「らしくないじゃないか。
テリーは・・・その・・・格好良くて強いんだからさ、夢なんかに負けないで」

「・・・お前に言われたくない」

「あっ・・・ハッハハッ。そりゃそうか!オレも怖い夢見て眠れなくなる時って有るしな」

 照れ笑いと同時に掴んでいた手を離した。

「お前みたいな次元の低い夢と一緒にするな」

 いつもの嫌味で返すと、ユナに背を向け床へと体を預けた。

「なっなんだよー、オレだって結構怖い夢見る事あるんだぜ」

 今まで見た怖い夢を思い出そうと記憶を引っ張り出した所で
急に船内が暗くなった。
窓の外を見ると分厚い雲が月を完全に隠している。
真っ暗な海に静かすぎる波音。ふと、ユナが呟いた。

「・・・夜の海って本当に真っ暗なんだな」

「当たり前だ。・・・まぁ月明かりの無い時は特にそう感じるが・・・」

「・・・テリー・・・怖くないか・・・?」

「何言ってる。怖いのはお前の方だろ」

 確かに夜の海は怖いけど・・・。
先ほどのテリーの夢の話を聞いてなんとなく明かりが有った方が良いんじゃないかと思ったユナは

「オレ、船員さんにランタンとか無いか聞いてくるよ!すぐ戻るからさ、ちょっと待ってて!」

 そう言って、なるべく物音を立てないように急ぎ足で出て行った。
再び静寂が訪れる。
テリーは乾いてしまった額の汗を確かめた。

あの夢を見た後のオレは決まって、暗い影と言い様の無い恐ろしさに恐怖して
一睡も出来ないまま朝が来るのを待つんだ。
昔の自分を思い出す。
独りで過ごす夜が怖かった、
誰でも良いから、無償の温もりを与えてほしかった・・・。

「・・・バカバカしい」

 思い出して首を振る。オレはもう子供の頃のオレじゃない。
あの頃とは比べものにならないぐらい強くなったんだ。

「・・・夢なんかに、負けるわけないだろ・・・」

 ユナの言葉が思い出される。恐怖はもうすっかり消えていた。
何故かもうあの夢は見ないような気がして、テリーはそのまますっと目を閉じた。




「ごめん!テリー、遅れてっ!なかなか船員さん見つからなくって・・・!待った・・・!」

 ランタンを手に持ったまま慌ててドアを開ける、が、反応は無い。
ゆっくりと光で船内を照らすと、テリーはもう眠ってしまっているようだった。
ユナはホっと息をついて、静かにドアを閉める。
そっとテリーから少し離れた自分の寝床に腰を下ろした。
オレンジの光に照らされたテリーの寝顔はなんとなく安らかに見えて、心底安心する。

「テリー・・・話してくれて、ありがとう・・・」





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