▼青い服の剣士...


「オイ!ユナ、ユナ!!」

 ・・・・・・・・・やっとハッサンの言葉に気付いて、はっと顔を上げる。

「どうしたんだよ、ぼーっとして・・・。しっかりしてくれよ!」

「あ、わっわりぃ・・・」

 しかし、まだ視線の定まらないユナに
今度はバーバラが後ろからボディアタックを仕掛けた。

「うブッ!」

 突き飛ばされ、固い地面に思い切り顔面から激突。

「もしかしてさっきのカッコイイ剣士に一目惚れしちゃったとか?図星でしょーー?」

「バッバカヤロウ!なんでそんな事になるんだよ!!」

 ボディアタックされた事も忘れ、ユナは真っ赤な顔で否定した。

「あ・・・あんなっ、はっ初めて有った奴・・・に・・・」

 ユナは考えまいとして必死に首を振った。

「まー一目惚れしても良いんじゃない?あの人格好良かったしー
あんたも一応女なんだもん、恋くらいしなくっちゃ!」

 バーバラが冗談で言っている事にようやく気付いて、ほっと安心して立ち上がった。

そして、少しだけ後ろを振り返る。
彼の後ろ姿が微かに見えた気がして、
秘めていた想いが徐々に広がっていくのを感じていた。




ここアークボルトの城は強い剣士や魔法使いなど、腕に覚えのある冒険者を大々的に募っていた。
理由については多くは語られていなかったが
王に”強者”と認められれば城に伝わる宝をくれると言うのだ。

その為、噂を聞きつけた屈強野戦士たちが城内にひしめいていた。
しかし強者と認められるには厳しい試練が有るらしく、試練に打ち勝てなかった者は
揃えてため息を漏らしていた。

「ねえあなた!ここへ来るとき、青い服の格好良い剣士様に会わなかった?」

 宿で名前を記帳していると、受付をしていた少女がウィルに尋ねてきた。

「え・・・?ああ、会ったけど?」

「すっごく格好良くって〜ステキな人だったでしょ〜!?
彼の華麗に戦う姿を見て、もう私一目惚れしちゃったのーー!
しかも、王様から強者だって認められたらしいのよっ!
今のところ、彼一人だけなのよ!!強者だって認められたのはっ!
今ここの城下町は彼の噂で持ちきりよ!私もお見送りしたかったな〜」

 16、7歳くらいの少女は夢見る眼差しで捲し立てた。
その話をウィルたちはハハハと笑いながら聞いていたがハッサンだけが
「ケッ」と不満を漏らした。

「面白くねぇなぁ・・・。なぁ?お前もそう思わないか?」

 隣に居たユナに問いかける。がユナは上の空だった。
切ないような痛々しいような瞳で何処を見つめているか分からない。

なんだよ、まさかこいつまであんなヤローに惚れちまったんじゃ・・・!
やっぱり男は顔かよ!
フンと鼻息を荒げ、自分の腕っ節を見つめた。
男は逞しい体と心だろ!なぁ!
ハッサンは一人、虚しく胸中で呟いた。

宿帳に名前を書き終わった後、ウィルが

「オレ、ちょっと王様にお目通りを願ってくる。色々な事聞きたいし、強者の事も知りたいしな」

 そう提案する。
その言葉にバーバラは賛成し、ウィルについていく気満々で彼の腕を取った。
そんなバーバラに連れられユナも引っ張って行かれる。
ハッサンも噂の剣士に対抗したいらしく、ウィルに着いていく事にした。




城に続いている城下町の大通りを歩いて、城に通じる門をくぐる。
城下町と城を繋ぐ広間に全身を真っ赤な鎧で包んだ兵士が一人立っていた。

「すいません、オレたち世界中を旅している者なんですけど、王様にお目通りを願えませんか?」

 城に続く扉の前に立ったまま微動だにしない兵士に、ウィルが声を掛ける。

「へぇ、お前達も強者志願者か?」

「え?」

 ウィルは兵士の返答に不審に声を漏らした。

「あの、どういう事ですか?」

 バーバラも怪訝に兵士をのぞき込む。

「王に会える資格のある奴は強い者のみだ。
王に会いたければこのガルシア・アズナブルを倒していく他、道はないぜ」

「・・・!」

 ガルシアと名乗った兵士は背中の大剣を引く抜き、ウィルの目前に突きつけた。
驚いたウィルは2、3歩よろめくように後ずさった。

「ちょっ!ちょっと!街中でいきなり剣を抜くなんて・・・っ!」

「町民には王からお触れが行き渡ってるはずだ。安心してかかってこい」

「・・・へっ、じゃ、遠慮無く」

 右腕をぐるぐる回して体をほぐすと、ハッサンはありったけの力でガルシアに掴みかかった。
しかしガルシアは逆にハッサンの力を利用して、壁に向かってその巨体を投げ飛ばす。

「ハッサン!」

 剣を持っていたガルシアにまさか投げ飛ばされると思っていなかったハッサンはフイを突かれ
受け身も取れないまま城壁に叩き付けられた。
バーバラが慌てて、ハッサンに駆け寄る。

「今度はオレが相手になるぜ!」

 今度はユナが使い慣れた大剣を手にガルシアに斬りかかった。

「へぇ、あんた剣士なのかい?珍しいな、お嬢ちゃんみたいな子が剣を持つなんて」

「オレも今までそう思ってたけど、何か違うみたい」

 ユナは律儀に返答した後、剣を横になぎ払う。
フイを突いたと思っていたのだがガルシアは難なくそれを盾で防いだ。
鋼の盾と大剣が甲高い音を立てて剣の方が弾かれてしまった。

「速さだけは有るみたいだが、剣に力が感じられないな。
人間と戦うのは初めてで怖いのか?」

 慌てて落ちた剣を拾い上げようと屈んだユナにすかさずガルシアの大剣が突きつけられた。

「女の子と戦うのは気乗りしないんだ、あんたもう降参してくれないか?」

 白い頬に金属の冷たい感覚が触れた。

「負けてもないのに降参しろってのは無理じゃないか?」

 強気に返答すると兵士は息をついて

「・・・仕方ないな・・・」

 剣の切っ先が形の良いユナの輪郭をなぞっていく。
赤い血が微かに滲んできていた。

「きゃあっ!ユナっ!!」

「綺麗な顔に傷がつくぜ?これでも、降参しないつもりか?」

 ユナはハァっとため息をついて、肩をすくめた。

「何だよ!!顔くらい!お前らしくねーぞ!!」

 青ざめるバーバラといつも通りの口調のハッサン。
ウィルは、剣を構えてガルシアの隙を狙っている。

「どうするんだい?お嬢さん」

「・・・しょうがないな・・・降参・・・」

 ハッサンのクレームが聞こえてくる。

「するわけないだろ!」

「はぁ?」

 予想外の返答に隙をつかれる、と追いつめられた少女の手の平から青白い光が零れた。

「まさか・・・!魔法!?」

 気付いてとっさに離れようとするも、光からは逃げられなかった。
足下が凍り付いて完全に体の自由を失う。

「くっ・・・!油断した・・・!」

 悔しそうなガルシア。勝負は既に決していた。

「ユナ!やっるぅ〜〜〜!!」

「ミレーユさんに教えてもらったばっかの魔法、ぶっつけ本番だったけど成功して良かったぜ」

 それは陰の方向へエネルギーを高めて放つ、氷系呪文ヒャドだった。
使い慣れていない為か、まだ手の平は冷たい。

「くっそぉ〜!オレだって油断さえしなけりゃよぉ・・・!」

 ウィルにホイミをかけて貰いつつ、ハッサンは拳を握りしめた。

「お嬢ちゃん、盛り上がってるとこ悪いんだが、この氷なんとかならないのかい?」

「あっ、悪い悪い!」

 慌ててギラの高熱で氷を溶かした。ギラはさすがに使い慣れているだけあって、制御が効く。
ガルシアは立ち上がるとハァっとため息をついた。

「油断していたとはいえ、まさか女の子に負けちまうなんてな・・・赤い彗星の名折れだぜ」

 大きな剣を鞘に収めてくぐもった声で呟いた。
ユナも同じように剣を鞘に収めて、返す言葉を探す。
と、ガルシアは気付いたように

「それにしてもあんた、なんでそんな大剣持ってるんだ?
あんた程の速さと、その上魔法まで使えるんなら逆に足手まといになるような剣じゃないか?
レイピアか短剣の方があんたにゃよっぽど似合ってると思うんだが・・・」

 ユナは、ああ、と頷いて

「・・・前にも同じような事言ってくれた奴がいたよ」

 思い出しながら呟いた。

「確かに重くて扱いづらいけどさ、ここぞ!って時に役にたってるんだぜ!
それに・・・昔から持ってる剣だからなんか愛着あるし、大事な剣だから」

 照れくさそうに笑顔で返すユナに忘れかけていた事が思い出された。
初めて剣を手にしたあの日。
剣士に憧れていたガルシアは嬉しくて寝床にまで剣を持ち込んだ。
剣を本当に大切にしていた頃の事だった。

「そうか。あんたにそんな風に思ってもらえて、その剣も嬉しいだろうよ。
良く見りゃ良い剣だ、大事にして、使いこなせるようになれよ!」

 ガルシアに笑顔を返して、ウィルたちと共に城に続く扉をくぐった。




扉の中の階段を上ると、城の二階に出た。
大きな城をぐるりと囲むような高い塀に四隅に高い見張り台のようなものが見える。
二階の警備に当たっている兵士の間でも、青い服を着た剣士は話題の的だった。

「オイ、あんたたち旅人の強者志願者だろう?
棺を引きずった、いけ好かない剣士に会わなかったかい?」

 ウィル達に気付いた兵士が尋ねて来る。首を頷かせると、

「そいつ、ものすげー強かったぜ!ブラスト兵士長が負けるなんて、今でも信じられないよ!」

 兵士は興奮して持っていた槍を両手で握りしめた。

ユナはそれを聞いて、胸が少し痛んだ。
また強くなったんだな・・・。
一人で旅して、一人で戦って
そこまで強くなってどうするつもりなんだ・・・

「・・・おもしろくねぇ・・・」

 ハッサンの呟きに、ユナは我に返った。

「格好いい上に強いだと・・・ますます許せねぇ・・・」

 負のオーラを漂わせながらギリギリと奥歯を軋ませている。

「負けねえ、ぜってえに負けねえ・・・!」

 何の勝ち負けなのかは分からなかったが、ハッサンは地面を踏みならしつつ王の間へと向かった。




中央に構えている石造りの建物へと足を踏み入れると
そこは、先ほどガルシアと戦った場所と同じ作りになっていた。嫌な予感が皆の頭をよぎる。

扉の前には皮の鎧を着たひょろ長い男と、鉄の胸当てをしたたくましすぎる大男が
ウィルたちの到着を待っていた。

「お前たちか、ガルシアを倒したというのは」

 大男の方が図太い声で言う。

「ガルシアの奴、そこの細いお嬢ちゃんにやられたそうだぜ」

 笑いながら、ひょろ長い男も言った。

ウィルたちは身構えて剣を抜いた。
警備兵たちもウィルたちを囲むように集まってくる。

「分かってると思うが、王に会えるのは強い者のみだ。
お前たちに王に会う資格が有るのか、試してやる!」

 兵士が剣を抜いたのをキッカケにウィルとハッサン、ユナが斬りかかる。
バーバラは後ろで攻撃魔法を。
なかなか良い戦いだった。

「おーい!スコット!!ガルシアを倒したって言う女の子狙ってくれよ!!」

 ギャラリーの声援が飛び交う。
大男のスコットは任せてくれ!と言わんばかりにユナに向かって突進してきた。
スコットのバトルアックスがユナを襲う。
もらった!
スコットが勝利を確信し、殺さない程度にアックスを振り下ろす・・・が

「スコット!危ない!」

 相棒のホリディが叫んだ、しかし、時既に遅し。
ユナはアックスが届く前に、大剣の柄でスコットのみぞおちを一撃した。

「く・・・そ・・・青い服の剣士と同じ事しやがって・・・また・・・同じ急所を突かれるとは・・・」

 ・・・そうだ。みぞおちの急所突きは昔、テリーに教えられたものなのだ。
動きが鈍い分ユナにとって相性の良かったスコットは、呆気なくその場に崩れ落ちた。

「スコット!!今ホイミを・・・」

 慌ててホリディが駆け寄ろうとすると・・・力強い腕から引き留められた。

「おおーっと待ちな。お前の相手は、このオレだぜ?」

 紫の髪が天に向かってつき上がっている。
ハッサンは”にっ”とすると腰を深く落として、
おきまりの正拳突きをひょろ長いホリディにお見舞いした。

ドーンという音をたててホリディは壁に叩き付けられ、そのまま動かなくなった。

「・・・コンビプレーが無いと、脆いもんだな」

 ハッサンの呆れた言葉にユナたちは頷いた。
スコットの攻撃を、後ろでホリディが援護する。
一見単純なのだが、二人の息のあった連携がウィル達を追いつめていたのだ。

「スゲーぞぉ!兄ちゃんたちぃ!!」

「そこの剣士の女の子もビックリさせてくれたぜ!
まさかあの筋肉だるまのスコットをやっちまうなんて!!」

 ウィルたちの戦いに度肝を抜かれて黙り込んでいた兵士達が、歓声を上げる。
その時、兵士たちの会話が一瞬にして止まった。

「何をやっとるんだ!早く見張りにつかんかぁ!!」

 慌てて兵士はバタバタと順番通りに整列をして、敬礼をすると大急ぎで見張りの方に戻っていった。
兵士を一喝した壮年の兵士は、手をパンパンと叩いて賞賛してくれた。

「いやはや、先ほどの戦い、見事でありましたぞ。私はこの城につとめる、兵士長のブラストです」

 右手を差し出してウィルに握手を求めてきた。ごつごつした大きな手、堅いマメが所々にある。
握手をしただけで、その実力が伝わってきた。

「王に会いたいんでしたな。それでは私についてきてください」

 踵を返して、ウィルたちを王の元へと案内した。




「ほーお、スコットとホリディまでも負けてしまったのか?お主たち、なかなかやるようだな」

 アークボルト13世は玉座の前に並ぶウィルたちを嬉しそうに見つめた。
顎に蓄えられた白い髭に顔には沢山の古傷が残っていて、それが凄みを増している。
聞いた話によるとアークボルト王は昔、世界中にその名を轟かせた伝説の剣豪だったとか。

「それではわしにもその戦い振りを見せてはくれないか?」

「は・・・はい・・・?」

 皆が同時に声をあげた。

「オイオイ、まだ戦ってない奴がここにいるだろう?」

 ブラストは、くつくつと不敵な笑みを漏らした。

「・・・まさか・・・ここで戦うんですか・・・?」

 感づいたバーバラが美しい王の間を見回す。アークボルト王は首を振り

「まさか。剣の訓練場を使うつもりだ。さぁ、わしを楽しませてくれよ」

 王は玉座から立ち上がり、ブラストと共に美しい王の間を後にした。
ウィルたちについてこいと言う言葉だけを残して

「・・・また戦うのかよ・・・」

「本当に、戦いが好きなのねー」

 ユナとバーバラは歩きながら愚痴をこぼした。
訓練場は、王の間から少し歩いた見張り台の地下にあった。
噂の剣士もここでブラストと一対一で戦ったとか。



螺旋状の階段を下りていくと、むわっとした熱気が漂ってきた。
訓練場の脇には既に兵士たちギャラリーが集まっている。
王は身分も忘れ、兵士と一緒になって戦いが始まるのを待っていた。

「さぁ、準備は良いか?」

 訓練場の中央で待っていたブラストの言葉に、ウィルは皆の顔を見回して頷いた。
ブラストも頷くと腰の剣を引き抜き、天に掲げた。

「我はアークボルト随一の兵士、ブラスト・ノア!お前たちに戦いを申し込む!」

 そう叫んで、剣の切っ先をウィルたちに向ける。
ウィルたちとブラストの壮絶な戦いの火ぶたが切って落とされた。




 強い・・・。
溢れんばかりの闘気を体中から放つブラストに、ウィルたちはそう確信していた。
4人を相手にしても全く怯む事無く、磨かれた剣技を繰り出す。
その攻撃を必死に凌ぎながら、4人も剣と魔法の連携で応戦する。

力と力がぶつかり合う息詰まる熱戦は続いた。
最初は興奮して騒ぎ立てていたギャラリーも戦いが白熱するにつれ、声も出なくなり
皆真剣に戦況を見つめていた。それはアークボルト王も例外では無かった。

戦いの終わるキッカケはウィルの放った魔法剣だった。
魔力の籠もった鋼の剣に、凄まじい力を感じたブラストは自ら構えていた剣を下げた。

「成る程・・・。良し、貴方達を強者だと認めましょう」

 肩で息をしながらそう告げると剣を収める。
ウィルたちはその言葉を聞くとヘナヘナとその場に崩れ落ちた。
ブラストは深呼吸をするとギャラリーの兵士から受け取ったタオルで汗を拭った。

「それにしても・・・青い服の剣士と言い、こんなに短い期間にここまでの者たちが現れるなんて・・・」

「あの・・・っその剣士が、ブラストさんに勝ったっていうのはホントなんですか?」

 息も絶え絶えながらバーバラが尋ねる。

「ええ、本当です。彼は強かった。剣技や力もそうなのですが、その鬼気迫る気迫に私は負けました。この年になってあのような殺伐とした若者に初めて出逢いましたよ。
・・・あの異常とも言える力への貪欲さがいつか彼の身を滅ぼしてしまわないか・・・心配です」





「力への貪欲さ・・・か」

 ウィルがぼそりと呟いた。
ダーマの王が言っていた言葉が思い出される。
『自分に見合わない力を欲する者は・・・いつか我が身を滅ぼす・・・』

「・・・・・・・・・」

 ユナもまた、ウィルと同じような事を考えていた。
胸の中に、切なさとも悲しさとも言い切れない想いが流れ出ている。
それは徐々に体中を蝕んでいくようであった。

「・・・ススススススゴイぞ!お主たち!!まさかブラストにここまで言わしめるとは・・・!」

 王の言葉に、周りの兵士もようやく”わっ”と歓声を上げた。

「約束通り、お前たちに強者の称号を与えよう。わしの頼みを、聞いてくれるな?」

 強者の称号を与えられた後に頼み?
人の良いウィルは面食いながらもその頼みとやらを受け入れる。

「実はな、北の洞窟に数ヶ月ほど前から大きなトカゲの魔物が住み着いておるんだよ。
その魔物がなかなかやっかいな奴での、うちの兵士たちでは太刀打ち出来んのだ」

 王の話の内容と共にだんだんと皆の顔が曇っていく。

「北の洞窟は険しい山脈を通り抜ける交通手段なんでな、皆困っておるんだ。
そういう訳で、強者の諸君に魔物退治の任を請け負って欲しいのだよ」

「ええっ!何でオレたちがぁっ!?」

 思わずハッサンが叫ぶ。王は構わず話を続けた。

「うむ。勿論褒美は出そう。」

 パチンと指を鳴らすと、しばらくして兵士たちが大きな棺を持ってきた。
人が二人は入れそうな木製の棺だ。

「これに魔物の死骸を入れてきて欲しいのじゃ」

「これって・・・あの剣士が持っていた棺じゃない?」

 ようやく棺を引き摺った剣士の謎が解ける。こんな形で解けたくはなかったのだが。

「そうだ、お主らよりも先にあのテリーとか言う剣士が魔物退治に向かった。
だがあの剣士一人では少々心許ない、出来れば早々に助太刀に向かってくれると
有難いのだが・・・」

 強者を募集していたのも、兵士と戦わせて力量を試していたのも、この為だったのか・・・。
色んな謎が王の言葉を聞いた途端一気に解けた。

「何故ブラストさんが行かれないんですか?
あんなに強ければ、魔物ぐらいちょちょいってやっつけちゃいそうなのに・・・」

 バーバラの問いに皆も同様に頷いた。ブラストは首を振って

「私はこの城を守る兵士長です。城を離れるわけには参りません。それに・・・」

 不安そうに天井に隔たれた北の空を見つめる。

「洞窟の魔物は恐ろしく強いと聞きます。私も戦えばただではすまないでしょう。
それだけにあの剣士の事が不安です。どうかウィルさん、あの剣士の力になってやってください」

 はじめは乗り気でなかったウィルも、真剣に見つめるブラストに自分の意思で首を頷かせた。

「言い忘れておったが、褒美はこの城に伝わる伝説の名剣、雷鳴の剣だ。
お主たち冒険者にはまたとない良い話だろう。
相手は危険な魔物だが、心して向かうのだぞ」

 伝説の名剣。
アークボルト王のその言葉が、ユナの意識を違う方へと導いていく。
剣の事を話している時だけ幼い少年のような瞳になる人物を思い出した。
・・・やっぱり・・・最強の剣絡みだったのか・・・。




ウィルたちは、棺を引きずりながら城を後にした。
ガラガラガラ。
棺は石畳の道を派手な音を鳴らしながら引き摺られていく。
人々からは好奇の視線や嫌疑の視線までも向けられて痛々しい。
一刻も早く場を逃れようとハッサンは棺ごと持ち上げて、
ミレーユとチャモロの待つ宿まで全力で走っていった。




「洞窟の魔物退治?」

「そうなんだ、王に会えたのは良いけどいつの間にかそういう話になっちゃって・・・」

 ウィルは気まずそうにミレーユとチャモロに今までの経緯を説明した。

「ま、こいつのお人好しは今に始まった事じゃねーけど、よっ!」

 ”がっし”とハッサンはウィルの肩に手を掛けた。
心なしかその手はいつもより力がこもっている。

「では、私も行きましょう。回復役は一人でも多い方が良いでしょう」

 チャモロは眼鏡を光らせてゲントの杖を”りん”と鳴らした。
魔物との戦いで怪我をしてしまったミレーユを宿に残して
ウィルたちは5人で洞窟へ向かう事にした。

「さっさと洞窟に行こうぜ!あのテリーとか言ういけすかねえヤロウに負けてられないからな」

 何故か闘志むき出しのハッサンの言葉を聞き、ユナは足が竦んだ。

「・・・どーしたの?ユナ」

 そんなユナに気付き、バーバラが声をかけてくれる。

「オレ・・・今回は遠慮しとくよ」

「ええっ!?なんで!?」

「ちょっと・・・気分が乗らないから・・・」

 俯くユナに、皆顔を見合わせている中

「気分が乗らないって、何なんだよ!あんだけついていきたいって言って、ワガママ言うのか?」

 ユナの頭の上でハッサンが怒鳴った。

「・・・ごめん。わがままなのは良く分かってるよ・・・けど・・・」

「けど何だよ!」

 じっとユナを見つめる。ウィルはぽんっとハッサンの肩を叩いた。

「ちぇっ!」

 そっぽを向くハッサン。ウィルは今度はユナの肩をぽんと叩いた。

「じゃあユナはミレーユと一緒に宿で帰りを待っててくれ」

「ごめん・・・わがまま言って・・・」

 本当に申し訳なさそうにユナは言った。
ハッサンを除いた皆はそんなユナに首を振ると
再び棺を引き摺りながら宿を後にした。


▼すすむ
▼もどる

▼トップ