▼雷鳴の剣...


「あーーーっ!!あいつだあいつ!!青い服を着たイケ好かねぇヤロウだ!!」

「ああ、もう、うるさいなぁ、あの剣士がどうかしたのか?」

 アークボルト街道を北に進んだ岩山の洞窟。
洞窟に入って早1時間、ウィル達はずいぶん奥まで進んでいた。
通行用に掘られた洞窟と言うだけあって、中はかなり整備されていた。
しかし魔物が住み着いているせいか、壁に掛けられたランタンの炎は消えている。
松明を手に、ウィルたちは用心深く進んでいた。

そんな中、ハッサンの声が洞窟中を駆けめぐる。

「ほらあそこ!!気味悪ィ化け物と戦ってる!!」

前方を指差した。
暗くて良く見えないが、剣の声や空気の乱れを感じる。
誰かが何かと戦っている証拠だ。

「キャーっ!本当だ、すっごぉーい!!」

 続いてバーバラも声援を上げた。ウィルとチャモロはじっと目を凝らして
洞窟の奥の暗闇を凝視すると・・・

銀の髪が暗闇に映えている。あの、青い服の剣士だった。
その剣士は自分の倍もあろうかという魔物と戦っていた。
爬虫類の目と皮膚をもった巨大で不気味な魔物だ。

剣士はそんな魔物にも臆する事無く、華麗に剣を振るっていた。
松明の光に照らされた剣が軌跡を描く。
美しい顔となびく銀髪が剣の舞をより一層際だたせていた。
それは緊張した戦いの最中でさえ、見る者を見惚れさせてしまう程で・・・
ごくり。
人間離れした強さと美しさにウィルは思わず息を飲み込んだ。
バーバラ、チャモロは勿論の事、敵視しているハッサンまでも目が釘付けになっている。

「とどめだ!!」

 低い声が響いた。
剣士は魔物が吐き出した炎をかわすと、その勢いのまま剣を魔物の眉間に突き刺した。







『ギィヤアアァァ!!』

 勢いよく吹き出す青い血。
けたたましい断末魔がウィルたちの耳にぶち当たると
ズシィィ・・・ン・・・。
と言う地響きを立てて魔物は崩れ落ちた。

「フン・・・・・・こいつもたいしたことはなかったな・・・・・・」

 倒れた音と共に辺りはやっと静寂し、魔物の死体だけが残る。
剣士は魔物の首を引きちぎると、王から貰った棺の中に押し込んだ。

「ス・・・スゲェ・・・」

 ハッサンの口から感嘆の声が漏れた。
強さを見せつけられて、敵視している事も忘れている。
ハッサンの声に、剣士はようやくウィルたちの存在に気付いた。

「・・・何処かで見た顔だと思ったらアークボルトにいたやつらだな。
フ・・・無駄足だったな。魔物はオレが倒した」

 その剣士、テリーは余裕の笑みを浮かべると
ボーゼンとしているウィルたちの横をすり抜け、棺を引きずりながらさっさと引き返していった。
剣士が見えなくなった所で、ようやく我に返ったハッサンが

「なっ!なんだ、あの野郎は!!」

 開口一番怒りをあらわに叫んだ。

「少しでも感心したオレがバカだったぜ!」

「ま、ま、ハッサンさん、お気を静めて」

 気の長いチャモロがなだめる。バーバラは心配げに剣士の去った後を見つめて

「・・・でも、あの剣士、足・・・怪我してなかった?」

「ハァ?見間違いだろ、見間違い!あ〜胸くそワリィ!さっさと帰ろうぜ!」

 ハッサンは、もう不要になってしまった棺を引きずりながら踵を返した。

「でも・・・」

「そんなに心配ならオレが先に行って様子を見てくるよ、それならいいだろ?」

「あっ、ウィル。私も一緒に行くよっ!」

 いつも自分を気遣ってくれるウィルにくすぐったい気持ちを覚えたまま
二人で足早に剣士の後を追った。ハッサンはまた面白くなさそうに

「相変わらず・・・ウィルはバーバラに甘いな・・・」

 仕方なしに予備の松明を灯し、呟いた。




「どうしたの?」

 剣士の後を追う最中、いつもと違う表情に気付いたバーバラが足を止めた。

「ん・・・いや、さっきの剣士の戦いを見て思ったんだ。オレ、まだまだだなってさ。
ムドーを倒せたのは皆のおかげだし・・・そう思うと急に自分が情けなく思えて・・・
もっともっと強くなりたいって」

  ウィルはまだ先ほどの戦いが頭に残っていた。
立ち止まり、自分の手の平を見つめる。

「何言ってるの、ウィルは充分強いよ!」

 弾かれたようにバーバラが叫んだ。

「戦う事もそうだけど・・・なんか人として強いって言うか・・・心が広いって言うのかなぁ・・・。
独りぼっちだったアタシの手を何の躊躇いもなく引っ張ってくれて・・・」

 そこまで言うと、急に気恥ずかしくなって

「あっ、そっそれに!ダーマの王様も言ってたでしょ!自分に見合わない力を欲しがる人は
いつか我が身を滅ぼすって!急に強くなろうとしたって、ダメよ!うん!」

 捲し立てるように言った。

「そうだな・・・有り難う、バーバラ」

 精悍な顔立ちが、少年のような笑顔に変わる。
松明の光に照らされたバーバラの顔がぽっと赤く染まった。




「みんな大丈夫かな・・・」

 風呂に入って部屋着姿になったユナが、窓から外を見つめた。
3階の部屋からはアークボルトの夜空が見えた。

「きっと大丈夫よ。魔王ムドーを倒した勇者一行なんですもの」

 ミレーユが言うと何故だか凄く安心するから不思議だ。
ユナは窓を開けて夜空を見上げた。
雲一つ無い空に沢山の星が輝いている。と、ベッドに寝ていたはずのスラリンが声をあげた。

「どうした?スラリン」

「ピッキィ!」

 スラリンの言い様はこうだった。
久しぶりにユナの笛の音が聞きたいと。
ユナもその事に賛成し、鞄から銀の横笛を取り出した。
ミレーユたちと出会って初めて奏でる。
あの、懐かしいメロディーを・・・。

「ステキな曲ね・・・」

 ミレーユがうっとりと呟く。そして再び聞き惚れていた。
アークボルトの夜空に・・・その音色は流れていた。




「・・・く・・・・・・」

 アークボルトまであと少しと言う所で、テリーは遂に片膝を突いて立ち止まってしまった。

「ちっ・・・・・・」

 右足の痛みが体中を伝わっていく。不覚だった。

「やっぱり怪我してましたね」

 黒い影が後ろから近付いてくる・・・が、テリーにはどうすることも出来ない。
舌打ちをして無言で後ろを振り向いた。

「今、ホイミをかけてあげるよ」

 暗闇の中現れたのはポニーテールが良く似合っている少女と
青い髪に精悍な顔立ちの青年だった。
男の方がテリーに近付いて、怪我をしている足に手をかざす。
テリーは突然の出来事に抵抗することも出来ず、ただその状況に身を任せていた。
こいつらは、確かさっきの・・・

「さっすがはウィルっ!もう良くなってるよっ!」

 ウィルと呼ばれた男はニッコリと微笑み立ち上がる。
テリーもそれにつられて立ち上がった。ホイミのおかげで右足の痛みはもう無い。
だがテリーは

「助けてくれなんて、頼んだ覚えはない」

 礼も言わずにそう吐き捨て、ウィルたちと数歩距離を取った。

「なっなによその言い方は!お礼のひとつぐらい言ったっていいでしょ!」

 テリーは何も言わずバーバラを一瞥した。
冷たく凍った瞳は恐怖さえ感じてしまう。
勢いを削がれたバーバラは口をつぐんで、同じように数歩距離をとった。

「・・・・・・!」

 その時、テリーの耳が何かを捕らえた。
それは昔を思い出させる笛の音だった。

「・・・何か聞こえないか!?」

「・・・・・・・・・え?」

 暗く冷たかったテリーの瞳が急に光を持った。
二人は顔を見合わせて、お互いに耳を澄ませてみる。
しかし何も聞こえてくる様子はない。

「何も聞こえないけど・・・」

「私も・・・」

 怪訝な顔で首を振る二人をよそに、テリーはその音が聞こえてくるアークボルト城に向かって
駆けだしていた。

「・・・・・・・・・」

 しかし、その笛は、城下町に入る頃には聞こえなくなっていた。
荒く息をきらしながらテリーは辺りを見回したが、やはり聞こえない。

「・・・・・・・・・空耳・・・か・・・」




「あら、もうその笛吹くの止めちゃうの?」

 演奏をやめるユナにミレーユは残念そうに言った。

「うん、夜も遅いし・・・町の人が迷惑してるかもしれないし・・・」

「そんな事ないわよねぇ、スラリン」

「ピキィッ」

 スラリンも同様に相槌をうってくれたような気がしてミレーユは嬉しくなってしまった。
ユナは二人に笑顔を返して、銀の横笛を見つめる。
星に照らされ光る横笛はどんなに時間が経っても褪せる事は無く
不思議な安心感をユナに与えていた。




 それから1時間ほど経っただろうかやっとの事でウィルたちが帰ってきた。
バーバラは遅い風呂から上がって部屋に入るなり、ベッドに倒れ込んだ。

「あー・・・疲れた!」

「バーバラ。どうだった?洞窟は」

「私もユナと同じように行かなきゃよかったわ・・・骨折り損だったわよ、もう」

「骨折り損?」

 ユナの問いかけに深ーく頷く。

「そっ。あの青い服を着た剣士が先に魔物を倒しちゃったの」

「・・・・・・・・・!」

 その言葉に、ミレーユ、ユナは同時に反応してしまった。
バーバラはベッドに突っ伏したまま

「足を怪我してたみたいだったから、ウィルが治してあげたんだけど・・・。
”助けてくれなんて頼んでない”なーんて言っちゃって
顔は格好良かったけど性格はさいってーだったわ!」

「へ、へぇ・・・」

 ユナはざわめく心の内を隠すかのように背を向けてベッドに寝転がる。
バーバラはよっぽど疲れたのかそのまま眠ってしまっているようだった。
ミレーユもユナの気持ちに気付かない振りをして明日の準備を整える。

それぞれの想いが交錯する中、夜は更けていった。




「それにしてもほんっとに昨日は骨折り損だったぜ!」

 爽やかな朝。
皆で宿の朝食を囲んでいる時にハッサンがどこかで聞いた台詞を口にした。

「朝からぼやかないでくれよ。雷鳴の剣は貰えなかったけど
旅の資金を貰ったんだから良いじゃないか」

「そうそう、もう良いじゃない。あの剣士本当に強かったんだもん・・・性格は最悪だったけど」

 まだ虫の収まっていないハッサン。
ウィルが困った笑いを返し、バーバラは諦めたように返した。

「そっか・・・そんなに強かったんだな、あの剣士」

「それはもう。常軌を逸する強さとはあのような事を言うのかもしれません。
素晴らしい剣技に素早い動き、あのブラストさんに勝ったというのも頷けますよ」

「性格は最悪だがな」

 ユナの呟きにチャモロが答えてくれた。ハッサンもバーバラと同じ事をぼやく。
その話に花が咲いてしまったテーブルが何だか息苦しくなってしまって
早々に朝食を済ませると、ユナは宿から出た。





世界で最も安全な城だと言われているアークボルト。
朝だと言うのに行き交う人々が多い中
一際目立つ人影を見つけてしまった。

「・・・・・・!」

 腰に付けている鞘に細身の剣が収められてはいるが、ユナがずっと見てきた剣ではない。
あれが・・・雷鳴の剣。
慌てて宿に隠れ、その姿を見守る。

・・・なんでこんなふうに隠れて見てるんだろうオレ・・・。
らしくない。
普通に再会して、普通に声を掛ければ良い。それなのに・・・。
それが出来ない・・・

年頃の町娘と同様に噂の剣士を見つめる自分がいた。
彼が近付くにつれて胸の高鳴りは大きくなる。
見つめる彼が一番近く・・・宿の前を通りすぎようとした時。

「ユナ、何やってるんだ?こんなとこで」

「・・・・・・・・・!」

 思いもよらず背後から知り合いの声。
うわぁっ!!
と言う驚きの声を必死に口の中に押し込んで、その場にうずくまった。

「あっ、君は・・・昨日の剣士じゃないか」

 宿に入ってこようとしたテリーにウィルは声をかけた。

「宿に用事でもあるのかい?」

「・・・別に・・・」

 無愛想に首を振った後、さっさと宿から出ていった。
相変わらずの受け答えに、ウィルも慣れてしまったのか皆のテーブルに戻っていた。

ユナはまだドキドキしている心臓を
無理矢理落ち着かせ、震える足でようやく立ち上がった。
そっと宿の入り口から顔を覗かせる。
青い服の剣士は何の未練もないような後ろ姿で城門へと歩いていった。

「・・・・・・テリー・・・」




「でもよぉ、あの雷鳴の剣をあんな剣士にみすみす持って行かれたのは
本当に悔しいよなー!」

 もうこの話題に終止符を打ちかけた所で、未練がましくハッサンが言った。

「仕方ないよ、約束は約束さ」

 ウィルのこういう平和的な所に、皆きっと惹かれているのだろう。
ハッサンは最後の皮肉を口にした。

「ひねたガキだったなぁ、もう会いたくないぜ」

 皆そう思っていたのか同時に首を頷かせる。ただ二人を除いて




「ユナちゃん・・・」

 出発間際、フォルシオンの蹄を手入れしているユナにミレーユが声をかけた。

「ん?どうかしたんですか?」

 何故か空中に視線を泳がせるミレーユの顔をのぞく。

「・・・ううん・・・なんでもないの」

 パっと顔が明るくなったかと思うと、いつもの笑顔をユナに見せた。
テリーの事を尋ねようとして、言えなかった。
彼女は彼女なりに色々有るのかもしれない。
会う事が怖いと言った彼女の言葉を思い出す。
それは自分にも当てはまる事なのかもしれない。

まさかユナが自分と同じ事を考えてるとも知らずに
ミレーユは馬車の中でそっと目を伏せた。


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