▼幻の大地...
「・・・・・・・・・」 アークボルト北の洞窟を抜けて1週間。 集落や街を抜け、険しい山を越えると目の前には荒れ果てた土地が広がっていた。 眼下に見えるは生い茂った深い森と海から流れる河川。 頭上には雲一つ無い青空と・・・不気味に広がる黒い穴。 「・・・・・・・・・」 もう一度、目をこすって空を見上げるが幻は消えない。 穴。小さな村がすっぽり入ってしまいそうな程とてつもない大きな穴。 「ユナ・・・どうした?」 何度も目を擦って空を見上げては唖然とするユナ。 ウィルは心配そうに声をかけた。 「ふふ。ユナちゃん、夢の世界は初めてだものね?」 「・・・夢?」 ミレーユの不適な微笑み。ユナは赤くなった瞳で振り向いた。 「夢・・・って、あの、寝てる時に見る”夢”の事?」 馬車の中、色々あって混乱していたユナだったが、ようやく落ち着いてミレーユに尋ねた。 「そうね、それも夢の世界を構成する上での真実かしら。夢の世界っていうのはね 私たちが心の中で”夢見ている自分”の存在する世界なのよ」 「夢見てる自分・・・?」 あまりに現実離れしすぎて、ミレーユの言葉をどう捕らえて良いか全く分からない。 言葉は右の耳から左の耳へするする抜けていく。 「誰しも、自分はこうありたい!って思う事有るだろ。そんな人々の夢や希望、時には欲望すら そんな物が集まった世界さ」 眉に皺を寄せてうなるユナにウィルの補足。 「・・・んなバカな話が・・・。小説の読み過ぎじゃ・・・」 「じゃあ、あんたが今居る世界は何処なの?」 バーバラの容赦ない突っ込みに「うっ」と口ごもった。 そう、確かに自分は大空に開いたあの穴を通り抜けた。 空に開いた大穴に吸い寄せられるかのように宙に持ち上げられ、気がつくと地に足がついていた。 そこは”現実”となんら変わりない世界で どうにも”夢”と言う漠然とした物とは結びつかない。 「混乱して当然ですよ。夢の世界・・・・・・。小説で言う、ウサギを追いかけて違う世界に迷い込んだ女の子の話を思い出しますね。端的に言えばそれと同じ事なのかもしれません。魔王の魔力によって開かれた夢の世界への扉、偶然そこへ迷い込んだ私たち・・・・・・。ただ分かっているのは これは小説でも夢でも無く、現実だと言う事です」 「夢なのに現実・・・ますますワケわかんねぇ・・・」 チャモロの補足はますますユナの頭を混乱させた。 「夢と現実。光と影のように二つの世界は限りなく近い所にあって決して交わらない存在だった。 その秩序を恐ろしい魔力で崩壊させたのが、私たちの倒すべき魔王よ」 「人々の夢や希望・・・。それは無限の力を秘めています。欲望の力は国を滅ぼし 希望の力は世界を動かします。魔の物は人間の負の感情を最も好み 正の感情を最も苦手とします。魔王は夢の世界に有る欲望や絶望を糧とし 愛や希望を破壊しようとしているのでしょう。その為に、夢の世界への扉を無理矢理こじ開け、 二つの世界をつなぐ大穴を開けた。次元すら超越するその魔力・・・考えただけでもゾっとしますね」 ミレーユ、チャモロ。 ユナは溢れる知識に流されそうになりながら、なんとか自分なりに理解しようとしてみた。 ハッサンはそんな難しい話に動じる事無く、笑顔でユナの肩を叩いた。 「ま、徐々に慣れてくるさっ!オレだって未だにわかんねぇや」 重い空気はハッサンの言葉で一気に吹き飛んでしまう。 余計な物がハッサンのおかげで飛んだのか、ぽんっと手を叩いて 「つまりは、今まで誰にも知られなかった夢の世界に魔王が大穴開けて征服しようとしてるって事 だろ!許せないなそんな事!現実の世界だけじゃなく、夢の世界さえも踏みにじろうとするなんて」 「ユナちゃん偉いわ、80点ね」 「う〜ん・・・65点。もうちょっと頑張りましょう」 二人の採点にがくっと肩を空かされた。 「ビックリしたでしょ?こんな旅してるなんて」 話が終わったところでバーバラが話しかけてくる。 ユナは感心したように頷いて 「うん。ただ者じゃない奴らだとは思ってたけどまさかここまでとは思ってなかったよ。 こんな凄い旅を続けてるウィルたちと居ればオレの捜し物も見つかるかもしれない」 「なーに?見つけたい宝物でも有るの?」 再びユナは頷いて返した。 「伝説の武具4点セット!」 「はぁ?」 ”現実の世界”と全く変わらない”夢の世界”に馬車を走らせて数時間。 街道沿いのカルカドという小さな町に着いた。 夢や希望に溢れてるはずの世界なのに、カルカドと言う街は渇いた空気が吹き抜けていた。 人影の無い町に渇いた大地、井戸はすっかり干からびている。 ようやく見つけた宿で質素な食事をしつつ、バーバラが興奮したように皆に説明していた。 そう、先ほどのユナの話を。 「へぇ、ユナも記憶が無いのか、バーバラと一緒だな」 「そうなのよー、何かアタシますます親近感持っちゃったわっ! それに、伝説の武具を集めてるって言うのよ」 既に食事を終えたバーバラはまだ食べ終わってない皆を急かすように早口で口を動かせる。 コップの中のミルクを飲みほしたユナが照れくさそうに頷いた。 大変な旅をしているウィルたちに、半ば勢いで付いてきてしまった自分が後ろめたくもあったのだが バーバラの嬉しそうな顔を見ていると、このまま仲間でいてもいいのかもしれないと思った。 ハッサンは肘をついて食べていたのをミレーユに注意された後 「まぁオレたちと旅すりゃ伝説の武具くらい集まるってもんだぜ、なぁウィル」 「期待してるよ!オレも頑張るから」 ウィルの同意を確かめる前にユナは笑顔で返した。 ちょうどその話題にもキリがつこうとしていた時・・・・・・ 「幸せの国だぁーっ!幸せの国の迎えが来たぞーーっ!」 宿の外から男の大きな声が聞こえてきた。その声は喜びに満ちあふれていた。 幸せの国・・・? 一瞬にして皆の眉が怪訝に動く。 消沈しきっていた宿泊客の顔が、その言葉を聞いた途端晴れやかになり、 その理由を確かめる間もなく喜び勇みながら皆一斉に外へ出ていった。 そんな人だかりの中の男の腕をハッサンは掴んで 「なんだ?幸せの国って?」 皆を代表する形で尋ねる。 「あんた知らないのかい?幸せの国だよ。満月の夜にそこへ連れてってくれる島がここに流れて 来るんだ。何でもそこは物に溢れた豊かな国で、食い物、酒、金、争いもなく一生遊んで暮らせるって話だぜ」 それだけを言うと、腕を振り払って大慌てで出ていった。皆は顔を見合わせ 「怪しいな、凄く」 一番初めにユナが呟いた。 「この町はもう数ヶ月雨が降らなくて、作物もろくに育ってないと言う話です。 魔王の貫いた大きな穴、そして荒れた町・・・。人々の夢の力を破壊しているのは魔王なのかも しれません。そして、もしかしたら幸せの国と言うのも・・・。嫌な推測ばかりが思い浮かびますね」 続いてチャモロが理論的に説明してみる。バーバラも思い切り挙手した。 「それすご〜く有りかも!幸せの国っていかにも怪しいもん」 「その通りだよ」 虚を突かれ一斉に振り向くと、年老いた女が杖を支えによろつく足で立っていた。 「皆・・・だまされているのさ・・・誰一人としてそこから帰った者はいないのに・・・。 この現実を見つめることが出来ない弱い奴が・・・あそこへ行って・・・。私の息子も・・・」 ごほごほと咳き込む老女にミレーユは駆け寄って背中をさすってあげた。涙ぐみながら老女は 「あんたらもだまされるんじゃないよ、この村の人間のほとんどはその幸せの国とやらに行ったんじゃ・・・。しようもない噂を信じてな・・・。あんたちの目は死んではおらん、そんな所に行かなくても 強く生きられるハズだよ・・・」 そう言うと、心配そうなミレーユにお礼を言って、宿の廊下へ消えていった。 しばらく沈黙が続いた後、ウィルがある提案を持ちかけた。 「オーイっ!幸せの国へ行く奴はもういないのか?」 「ハーイっ!乗ります、乗りまーすっ!」 ピンクのマントと青いマントをひらひらさせながら二人の可愛らしい少女がその島に降り立った。 金髪の美人と若くてたくましい男二人に袈裟を着た徳の高そうなお坊さんも一緒に。 幸せの国まで連れて行ってくれると言うこの島は、ひょうたん島と呼ばれているらしい。 魔力で操られているのか風もないのに大きな島はどんどん進んだ。 島に設置されている酒場を、6人は用心深く訪ねる。 そこはカルカドとは一転、華やかな場所だった。 大騒ぎしている人々から酔いつぶれて眠っている人々まで。 だがその顔は本当に皆幸せそうだった・・・。 「ゴメンな、皆」 皆がカウンターについた所でウィルが呟いた。バーバラが真っ先に首を振る。 「いいんだよっ、正義感の強いウィルがこのこと放っておくわけないと思ったもん!」 その言葉に皆も納得して首を頷かせた。 「そうよ、それに魔王の開けた穴とカルカド。きっと無関係じゃないわ、この事件を解決する事は 私たちの旅にとってもプラスになるはずよ」 「それにしても・・・幸せの国って本当にあるのかもしれねーぞ?」 ハッサンは異様な盛り上がりを見せているその酒場を見回してウィルを肘でツンと押した。 「・・・いや・・・」 怪訝な顔をしてユナが呟く。 「どこもかしこも魔物の匂いがする。どうやらここは本当に天国じゃなく、地獄への船らしいな」 魔物使いユナの確信あるその言葉に、チャモロもずれていた眼鏡を上に押し上げて小さく頷いた。 人々の行く末を案じながら、お酒の飲めないチャモロはその場を後にした。 「ほら、ほら、お兄さんにお姉さんっ!そんなに難しい顔しないのっ!これからすっごく楽しい所に 行けちゃうんだからぁーっ!もっと楽しまなきゃぁっ!」 赤い顔でウィルたちに絡んでくるバニーガール。 こいつは魔物が化けている、とユナは皆に目で訴えた。 「みんな、そういうワケだからここの酒は飲まない方がい・・・」 小声でそう諭したにも関わらず、何を思ったかハッサンは酒を樽ごと口の中に流し込んだ。 「なっなんで!ハッサン、ダメだって言ったろ!!」 驚いて声を上げるが、ハッサンは 「せっかく出されたもん、飲まなきゃソンだろ」 「何言ってんだよ!毒かなんか盛られてるかもしれねぇだろ!」 テーブルを叩くユナの肩に、別の人物の手が回った。 長い髪が頬を撫でる。バーバラだった。 顔が赤い・・・まさか・・・。 「あーによユナァ・・・あたひのついらさけがのめないってゆーの!?」 はやっ!もう出来上がってるのかよこいつは! 心の中で叫ぶが、酔ったバーバラから逃れられるはずもない。 「オレは酒なんて飲まな・・・っ・・・ぅわっ!!」 ガタン。 二人してイスから転げ落ちる。 バーバラはユナに馬乗りしたまま、酒を口に含んだ。 「のめないんならあたひがくちうつしでのませてあげる」 「バカいってんじゃねえ!こらっやめっ!!わぁぁぁ!ぁぁぁ・・・!」 ユナの叫びは誰の耳にも留まる事無く虚しく響いていった。 「オラ!オイ!起きろ!オイ!!」 「うぇっ・・・おえぇぇぇ・・・!」 むせかえる吐き気と怒鳴り声に目が覚める。 「おえっ・・・オエェェ・・・」 頭が重い。ゴロンと寝返りを打って、再び丸まった。 「今日オレ調子悪いからまだ寝とく・・・」 「何いってやがる!お前らが望んだ幸せの国に着いたって言ってんだよ!」 ドンッ!と勢いよく背中を蹴られ、そのまま体が仰向けに回る。 目の前には、真っ赤な皮膚と耳の代わりに角を持った魔物。 「・・・・・・・・・!!」 幸せの国・・・そうだ。 思考が動き出しようやく状況を理解した。 怪しい幸せの国に行ってしまった人々を助けるためにここに来たんだった! 「驚いて声も出ないだろう?ニンゲンって言うのは本当に愚かな生き物だな。 ほら、ここがお前らの望んだ幸せの国だ」 ひょうたん島が辿り着いた先は 幸せの国と言う名前がとうてい似合わない、見渡す限り岩だらけの荒れ果てた島。 遠くの正面に見えるひときわ大きな岩山が城のように見えた。 きっとあそこに今まで連れ去られた人々が幽閉されているのだろう。 無理矢理魔物から腕を引っ張って行かれる。 両手を縄でぐるぐる巻きにされて酒場から出てみると、同じように昨日まで幸せを夢見ていた 人々が驚愕の表情を浮かべて魔物たちに引っ張って行かれている長い列が出来ていた。 その列の中には昨日酔って寝てしまったバーバラとハッサンの姿が有る。 しかし、ウィル、ミレーユ、チャモロの姿は無かった。 きっと何処かに潜んで機会を伺っているのだろう。ユナはそれを見て少し安心したのか 「ここの何処が幸せの国って言うんだ!人々の心の弱みにつけ込んで何をするって言うんだよ!」 強気の言葉を魔物に吐き捨てた。 魔物は赤い皮膚を紅潮させながら、怒ることも無く唇を持ち上げた。 「そんな粋がった口を利けるのもこれが最後になるだろうぜ!ほら、さっさと歩け!」 気持ちの悪い皮膚が手にまとわりつくと、そのまま引っ張って行かれた。 永遠に続くような長い長い列の最後尾に。 まるでここは幸せの国という名の牢獄。空までも灰色に果て空気すら淀んでいる。 人々は自分の欲望を恨み嘆いていたが、ユナたちの目的は違っていた。 カルカドの魂を救って、夢の世界を蹂躙する魔王の目論見を壊すこと。 ユナは、自分から歩き出していた。 「思えば遠くに来たもんだ…」 不意に呟いたユナに、皆が吹き出す。 ゆらゆらと揺られるゲントの宝、神の船の上での食事が終わった後だった。 「何だよ皆、そんなに笑わなくても…」 「ゴメンゴメン、あんたが急に変な事言い出すからさぁ」 くすくす笑いながらバーバラが隣の椅子に腰掛けた。 「いや・・・初めは夢の世界やら大魔王やら・・・知らない事だらけだったけど・・・ カルカドの人たちを解放して、幸せの国のジャミラスを倒して・・・ひょうたん島で冒険して・・・ 今、こうやって当たり前みたいに夢の世界と現実の世界を行き来してる・・・ 不思議なもんだなって思ってさ」 「そうだなぁ・・・オレもたまにそう感じることあるぜ」 ハッサンが珍しくユナの言葉に同意した。 「お前たちと出会ってさー、本当に不思議な運命だなって・・・。 大工になるのが嫌で家を飛び出した半人前のオレが、スゲー仲間と出会って、 魔物の親玉を倒すために旅してるなんて、遠くに来たもんだなぁって思うぜ」 皆はハッサンの言葉に今までの事を思い出していた。 確かに・・・良くこんな所まで来られたよな・・・・・・・。 皆、同時にそう感じていた。 「ホルストック・・・。今度はどんな事が待ち受けてるのかしらね・・・」 地図を見ながらミレーユも呟いた。
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