▼魔法都市カルベローナ1...
夢の世界は人々の心の世界。 人の心は人々を動かし、肉体以上の力を与え、時には世界をも動かしてしまう。 その事に気付いた魔王は、次元や空間すらも隔てて夢の世界に穴を開けた。 そして人々の心を、崩壊させ、つけ込み、自分の力にしようと目論んだ。 夢の世界を支える 力の象徴”ダーマの神殿”、希望の象徴”メダル王の城” そして 世界を見守る”魔法都市カルベローナ”、世界を統べる”神の城” 魔王は目障りなこれら全てを封印し、その封印を信頼する部下に任せた。 ダーマの神殿の封印を任せられていた魔王ムドー、メダル王の城の魔鳥ジャミラス そして、魔法都市カルベローナの海魔神 グラコス。 ポセイドンの力で一瞬にして辿り着いた魔法都市カルベローナは 滅ぼされ封印されたと聞いたわりには、穏やかな空気で皆を迎えてくれた。 「グラコスを倒してくれて礼を言いますぞ、ウィルさん方! 魔王の封印の力が予想以上に強くて、精神体ですら自由が利かなかったんじゃ」 夢の世界と言うにふさわしい、穏やかすぎる空気が包む。 それに見合う物腰柔らかそうな老人たちが待っていたかのように出迎えた。 「バーバラ様じゃ!バーバラ様が帰ってきた!!」 次々と街の人々が駆け寄ってきた。 ウィルに担がれ眠っているバーバラに、歓喜の輪を作って集まってくる。 「・・・バーバラ様?」 状況を理解出来ないまま、皆はとある大きな屋敷へと案内される事になった。 「・・・・・・う・・・・・・ん・・・」 その呟きに、待っていたかのように皆がベッドに駆け寄った。 「バーバラ様!バーバラ様!」 ウィルを始め心配なのは皆一緒だったが、カルベローナの人々に圧倒され 遠目でバーバラの無事を確認した。 「・・・・・・?」 「ワシら、どれほどバーバラ様のお帰りを待った事か!」 大きな瞳が沢山の顔を捕らえる。ベッドから飛び上がり、泣きつく老人たちに 取り囲まれ驚いた瞳のまま仲間を見渡した。 「良かった。気が付いて」 ウィルが遠くからそう声を掛ける。 バーバラは泣き崩れる人々を落ち着かせて、ウィルの元に歩み寄った。 「アタシ・・・ね・・・」 「うん・・・」 「アタシ、全部思いだしたの。自分が何者なのかって言う事も・・・」 「うん・・・」 バーバラの言葉に、ウィルは何故か寂しそうに微笑んだ。 「バーバラ、お前一体何者なんだよ?記憶戻ったなら聞かせてくれたっていいんじゃないのか?」 意識を取り戻したバーバラはウィルたちと共にカルベローナを歩いた。 ”全部思いだした。” そう言ったきり何も語らないバーバラに対し、しびれを切らしたユナが問いかける。 「それはまた後でのお楽しみ。今は一刻も早く会わなきゃいけない人が居るから」 「茶化すなよ!オレがどんだけ心配したと思ってんだ・・・ウィルだって・・・!」 「バーバラ様!無事でしたか!?」 ユナの言葉を野太い声が遮った。辿り着いた建物から出てきた大女の声だった。 「心配かけてゴメンね」 大女がバーバラの小さな体に抱きつくと、その勢いで隣にいたユナは吹き飛ばされた。 「カルベローナが魔王に滅ぼされた時に、バーバラ様の精神体だけがそのおぞましい力に 反発して、何処かへ飛ばされてしまったんですね・・・。恐らくその時のショックで記憶をなくして・・・」 「私たちはそれはもう、心配で・・・心配で・・・うう・・・」 目立たなかった小さい女がエプロンの裾で涙を拭いながら、感動の再会を喜んだ。 「ああ・・・ごめんなさい・・・こんな事してる場合じゃないんですよね・・・。 さぁ、早く、バーバラ様。ブボール様がお待ちです!」 バーバラはその名前を知っていた。 早くその人の元に行かなくてはならないことも。 「おい、バーバラ」 勝手に行動を進めるバーバラに耐えかねてハッサンも言葉をかけた。 「ユナの言う通りだぜ。いい加減ちょっとぐらい説明してくれたっていいだろ!」 「ごめんね、詳しい事は後で話すから、今はアタシのしたいようにさせて」 それだけを言い残してバーバラは建物の中へと消えてしまった。 「ちぇっ、かわいげのねえやつ・・・」 面白く無さそうにハッサンが呟く。 「あら?ハッサン、ヤキモチかしら?」 何も語らなかったミレーユがようやく言葉を発した。 「なっなに言ってんだよミレーユ!そんな馬鹿げた事・・・!」 慌てて弁明するハッサンを尻目にチャモロもようやく口を開いた。 「私はバーバラさんを信じています。彼女には彼女なりの誠意の貫き方が有ると言うのも 知っていますし」 「そうは言っても、あいつは天真爛漫すぎるんだよ!もうちょっと人の気持ち考えてみろよ!」 ハッサンと同じ思いを抱いているユナも頷いた。 「オレは、バーバラが話したい時に話してくれるのが一番だと思うよ。 ・・・記憶なんて・・・良いことも悪いことも有るんだろうし・・・」 ウィルらしいバーバラを思う言葉に、二人は顔を見合わせ口をつぐんだ。 バーバラを追って中に入ると、奇妙な模様の施された扉の前に噂の少女が立っていた。 皆が来たのを見届けて古びたその扉を開ける。 ギィ・・・ と軋みながらも案外簡単に扉は開いた。 扉の奥には細い通路があって、その奥に同じような扉が構えていた。 その扉を開けるとまた細い通路があって、その奥にはまた同じような扉。 その扉を開けるとまた細い通路が出迎えて、奥には同じ扉。 その扉の奥にはまた細い通路が いい加減不審に思った皆が歩みを止めた。バーバラは青い顔で 「砂の器・・・」 ぼそりと呟いた。 「やだぁっ!そう言えば、ここに入るのって、『砂の器』って奴がいるんだったわ!! どうしよう!持ってないよぉ!」 ・・・・・・その場の重々しい空気が、一瞬にしていつもの空気とすり替わってしまっていた。 「・・・しっかりしてくれよ、ここまできて・・・!バーバラのこと、すこぉーしだけ 尊敬したりもしたのによぉー・・・」 でもそこがバーバラらしいと言えばらしい。 ハッサンの天につき上がった髪の毛が、力無くヘニョヘニョ倒れてきたように感じる。 「何処に有るか分からないの?」 冷静に尋ねるミレーユ。バーバラは息をついて 「大切な物だって小さい頃から聞かされて、ずっと大事に持ってたはずなのに・・・ ここが滅ぼされちゃった時に、無くしちゃったみたい・・・どぉしよう・・・ 大魔女バーバラの奇蹟・・・ここで終わっちゃうのかしら・・・」 「じゃあ今度はゲント族未来の長、チャモロの奇蹟でもやりましょうか?」 肩をすくめて挑戦的な笑いをしてみせた。その言葉に皆が吹き出す。 バーバラも吹き出してしまった後に、思い出して再びガクリと肩を落とした。 扉を開く・・・しかし、と言うかやっぱりと言うか細い通路の先にはまた同じ扉。 その奇妙な空間は永遠に続く事を予感させた。 「・・・やっぱり・・・無理なんだわ・・・。ブボールのかけた時の魔法を解除するには、 砂の器で散らばっている時の砂を吸い取らなきゃいけないんだわ・・・」 よく見れば細い通路中にキラキラ光る砂が舞っている。 微かな魔力をハッサン以外の皆が感じた。時の砂とはこのことか。 「どうしてこんな仕掛けにしてるんだ?なんか理由でも有るのか?」 浮遊しながら光る砂に目を奪われながらハッサンが尋ねた。 「ブボールには守らなければならない物が有るのよ。現実の世界が滅ぼされた今でも 確かにそれはここにある・・・有るはずなのに・・・」 「もう一度、戻るしかないようね・・・。砂の器ってどこにあるのかしら・・・」 ミレーユは物憂げに唇に手を当て今までの旅路を振り返った。 今まで色んな場所へ赴いたがそんなアイテムの事など聞いた事もない。 同じようにチャモロも首を振った。 「振り出しに戻ってしまったのでしょうか。それにしても、ブボール様の力が尽き掛けているのが 本当なら一刻も早くそれを見つけてこの魔術を解かなければ・・・」 頭を抱える皆に、付き添いの小さな女が口を挟んだ。 「私どももてっきりバーバラ様が所持している物だと思ってましたから・・・。 そうでないとすれば、カルベローナの封印を任されたグラコス。美しい物が大変好きだったと 聞いております。持っている可能性が高いのではないかと」 「あのドジな魔物がそんな重要なものを持ってたのか、そうならそうと言ってくれりゃあ・・・」 頭をボリボリ掻いて、ハッサンが悩む。 グラコスが持っていたとしたら、今は海の底か? それとも、グラコスの住んでいたと言われる海底神殿と言われる所に今もあるのか? シン・・・言い様のない空気がその場を包んだ。 「グラコスが持ってたねぇ・・・。これがその砂の器って言うのだったらなぁ・・・」 「・・・・・・・・・!?」 「ユナ・・・それ・・・もしかして・・・」 ユナの手の平から奪うと、きらきら光るそれをバーバラは凝視した。 上から見る、裏から見る、横から見る。 「ユナ、コレ、何処、で!?」 どもりながら、ようやく声を押し出す。 ユナは恥ずかしそうに頭を掻いた。 「グラコスが持ってたんだけど・・・、キラキラ輝いてたから宝石かなんかかなーと思って拾ってみた」 「バーバラ様・・・それは・・・」 目を見張る女性にコクリと頷く。 「これよ!これこれっ!砂の器よぉっ!!」 「エエェっ!?」 皆が一斉に声をあげた。 喜んで良いものか、こんなに簡単に見つかって。 「ユナが意地汚くて助かったなぁ」 「何だよ、その言いぐさは」 まぁまぁ。 いつものように仲裁にはいるミレーユではあったが、ハッサンの意見には確かに同感だった。 「ありがとっ、ユナ。じゃあ早速、やるわね」 息を吸い込んでバーバラが砂の器を掲げると、周りに散らばっていた無数の 砂たちが線状になりその器に吸い込まれていった。 キラキラ光るその砂が全て収まってしまうと、バーバラは砂の器に向かって何かを囁く。 役目を終えた砂は最後の光りを放って消えた。扉の奇妙な模様も砂と共にスゥっと消えていく。 皆が固唾をのんで見守る中、ようやく本当の扉が開かれた。 「・・・ブボール・・・?」 バーバラの記憶と全く変わらない部屋の中にいた老女は、ゆっくりと振り向いた。 「・・・バーバラ・・・良く来ましたね、待っていましたよ」 品の良いロッキングチェアに身を寄せたまま、しわくちゃな笑顔で迎えてくれる。 バーバラは涙目で駆け寄った。 「バーバラ・・・。カルベローナの長を、貴方に継承いたします。 それとともに、長である証・・・最大の秘術も継承いたしましょう・・・」 「長なんて・・・アタシには無理よブボールっ!そんな事言わないで!」 不安をかき消すように叫んだ。 「私の力がもう尽きようとしている事は知っておりましょう。貴方の力で カルベローナの魂を繋ぎ止めて下さい」 「・・・でも・・・っ・・・」 首を振って、ハっとする。 ブボールの真剣な眼差しが心を射抜いた。 そうだ、出来るのは、私しかいない・・・。その為に、ブボールは今までずっと頑張ってきた。 バーバラはじっと瞳を見つめてコクリと頷いた。 皆はその雰囲気に言葉も出ずに二人を見守った。 ブボールは安心したような笑みを見せ、バーバラの手をぎゅっと握りしめた。 しわくちゃの手から熱いモノが伝わってくる、それはブボールの命そのもののような気がした。 不安でいっぱいになってその手を振り払いたくなった、ブボールが死んでしまいそうな、 そんな予感がした。 逃げたい情動を必死に押さえて、流れてくる力を全て受け止めたバーバラに ブボールは安堵の笑みを見せた。 「バーバラ、これで貴方がここカルベローナの長です。そしてそれと同時に最強の秘術マダンテを 授けました。これは恐ろしい滅びの呪文。最後の最後まで、本当に必要となる時まで決して使っては なりませんよ・・・」 ・・・・・・・・・カッ!! 「・・・・・・!!」 刹那、稲妻のような閃光が瞬いた。 状況を理解出来ないまま、皆は部屋を見回すと 泣きじゃくるバーバラに黒く焦げたロッキングチェアと横たわっている老女。 「ブボール・・・ブボールッ!しっかりしてぇっ!!」 「・・・魔王のかぎ爪も・・・あと一歩及ばなかったようね・・・」 「バーバラ!」 「ブボールさんっ!!」 慌ててウィルたちも駆けつけた。ブボールの体には邪悪な魔力の痕跡が残っている。 ミレーユが癒しの手を差し出すが、ブボールは自らそれを拒絶した。 「もう・・・私は長くありません・・・。それに、私の使命は終わったのです・・・」 ミレーユは、はっとして手を胸に戻した。 その微笑みは、何の後悔の念もない。ミレーユはこんな老人を見たことがある。 若い世代に自分の思いを託す老人を・・・・・・。 ガンディーノの老人を・・・・・・。 やり遂げたブボールの顔は邪悪な魔力を受けたにもかかわらず晴れやかだった。 「バーバ・・・ラ・・・。貴方は世界を見守るカルベローナの長として生まれてきた子・・・。 長の力を受け継ぐ者は、世界が危機に瀕した際、神の使いとなって救世主を導かなくては なりません・・・・・・。ウィル様と共に、世界を・・・このカルベローナを・・・・・・助け・・・て・・・」 バーバラの瞳をかろうじて捕らえていたブボールの瞳が止まった。 「ブボール・・・?」 灰色の瞳が瞼の中にゆっくりと収まってしまうと、 バーバラの手を握りしめたまま静かに息を引き取った。 「ブボール・・・?」 重い法衣に身を包んだ老人の体を、涙を流しながら何度も何度も揺さぶった。 「ブボールゥッ!!!」
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