▼魔法都市カルベローナ2...
「バーバラ・・・元気・・・だせよ・・・。オレだって、辛いけど・・・」 人を慰めるにはまず自分が元気なくちゃいけないのに・・・。 バーバラよりも暗い表情でユナが一応の言葉を発した。 「それはこっちの台詞よ?アタシは勿論元気よ。それに最後にブボールに会えて良かった。 ここまで連れてきてくれた皆のおかげだもん!ほんとうにありがとう、ウィル、みんな・・・」 その顔には笑顔が戻っていた。いつもの笑顔。 皆は顔を見合わせ安堵のため息をついた。ようやく重い空気がほぐれる。 「はぁー、良かったです。私だけじゃこの重苦しい雰囲気、何とか出来ませんからねぇ・・・」 チャモロはほっとして、眼鏡をかけ直した。 「何とかするつもりだったのか?」 ハッサンも初めてブボールの館から出てきて声を発した。 「それにしてもよぉ〜オレたちゃウィルの後なのか」 「まぁ仕方ないんじゃないの?ウィル、バーバラからすっごい頼りにされてるもんな〜」 ユナもハッサンの悪乗りに便乗する。 言い返そうとしたバーバラを、聞き慣れない声が止めた。 「バーバラ様」 ウィルたちに歩み寄ってきたのは、二人の僧兵だった。 「マダンテ継承は済まされたんですね?」 もう一人の僧兵の言葉に、バーバラはしっかりと頷いた。 二人はウィルたちに向け深々と頭を下げる。 「バーバラ様に皆様、街の者がお待ちです。どうぞこちらへ付いてきて下さい」 丁寧に案内され辿り着いた場所は、十字架のように横にも縦にも伸びた建物だった。 扉を軋ませ中にはいると、ブボールと同じようなローブを羽織った老人が4人 ウィルたちを待ちかまえていた。 「わしらは、カルベローナの4賢者と呼ばれておる者です。 この度は記憶を失ったバーバラ様をカルベローナまでお導き下さり、有り難う御座いました。 カルベローナ一同心より感謝致します」 威厳の有る4賢者が胸に手を当てて深く頭を下げた。 「皆様も気付いておられる通り、バーバラ様はここカルベローナの長になるべくして生まれてきました。秘められた魔力も常人が使う事の出来ない魔法も、バーバラ様の血が成せる力なのです」 「そうだったのかぁ・・・道理で・・・」 ハッサンは腕組みをして頷いた。 ただでさえ使う人物が限られていると言う攻撃魔法。 見た事もない強力な攻撃魔法を軽々と使いこなすバーバラを見て普通じゃないとは思っていたが。 「カルベローナが魔王に襲撃された際、その恐ろしい魔力に反発してバーバラ様だけが 遠くへ飛ばされました。きっと、その時のショックで記憶を無くされたのでしょう。 そのような中でウィル様たちと出逢えた事は神の与えた奇跡に他なりません」 4賢者は再び深く頭を下げた。 「これからもバーバラ様を何卒宜しくお願い致します。ウィル様たちの旅の手助けをする事 それこそがバーバラ様の成すべき事なのですから」 ウィルたちはその話にただ圧倒されて、何も言えずに首を頷かせるだけだった。 バーバラを除いた皆は、頭を下げるとその場を後にした。 長と崇められているバーバラと4賢者の間には入り込めない雰囲気があったから。 それに、これ以上話を聞くと、タダでさえ詰まっている頭の中がパンクしそうだった。 封印されていた魔法都市カルベローナの住人だったバーバラ。 大呪文の継承。ブボールの死。 いつも明るく楽観的な彼女のイメージからは一転離れた物ばかり。 皆はいつものバーバラが離れていってしまいそうな、そんな不安を覚えた。 「色んな事一気に思い出したら混乱してきちゃったなぁ・・・」 皆が出て行った後、4賢者に囲まれてバーバラはその場に脱力した。 「バーバラ様、記憶がお戻りになったのなら分かっておられますね?ご自分の使命を・・・」 右隅に控えた眼鏡を掛けている老人の言葉に頷いた。 老人も感慨深そうに頷くと言葉を続けた。 「その力を持って、救世主の助けとなる。世界を統べる天界の神と 世界を見守るカルベローナの長が遠い昔にかわした盟約です」 「盟約・・・」 「そうです。長の家計に生まれしバーバラ様は魔王に匹敵する程の魔力を秘めています。 その魔力が解き放たれればきっと黄金のドラゴンにも・・・」 「私が・・・黄金のドラゴンに・・・」 聞いた言葉に、ゾクリと体に何かが走った。 ムドーの城で見た夢が思い出される。自分の体が光り輝く竜の姿になって皆を導く夢だ。 「力を秘めた魔法使いが黄金の竜に姿を変え、闇に飲まれた世界を救った。古い伝承です。 ですが、バーバラ様のとてつもない魔力はそんな夢を見せてくれそうな気がしたんです」 一番若そうな賢者が蓄えたヒゲを触りながらそう言った。 「黄金のドラゴン・・・」 バーバラはもう一度その言葉を口に出す。 そして続いてずっと気になっていた事を口にした。 「ねえ、じゃあ魔力が強ければ誰でもその黄金のドラゴンになる事が可能なの?」 「それはまず考えられない事でしょう。 それだけの魔力を持つことが出来るのはカルベローナの長だけです。 そして長は世界中でバーバラ様ただお一人」 きっぱりと即答され、引っ掛かっていた事はますます複雑に心に絡みついた。 モンストルで聞いた、ユナが黄金竜になると言う話。 先ほどの話が真実だとすれば、黄金竜になれるのは世界でも自分以外有り得ない それでは、ユナが黄金竜になると言う話は、それこそアモスの見ていた幻か・・・。 バーバラはそこまで考えて首を振った。 何故か沸き上がってくる嫌な予感を振り払うかのように。 「あっ・・・どうだった?昔話は」 出てきたバーバラに待っていたユナが努めて明るく声を掛けた。 「楽しかったわよ」 二人に歩み寄りながら街を見回すハッサンが 「それにしても似つかわしくねーよなぁ、こことお前の雰囲気。オレはお前の家は てっきりどっかの賑やかな酒場かなんかだと思ってたんだけどよぉ」 腕組みをして頭を振った。 「しっつれいね〜、どーゆう意味かしらそれ」 「その通りの意味だろ」 白い歯を見せて笑うユナに、相変わらずのボディアタック。 「元気そうで良かったですね、バーバラさん」 じゃれ合う(と言ってもバーバラが一方的に虐めている)二人を見つめながら ほっとしたようにチャモロが呟いた。 「ええ、そうね・・・」 辛いことは決して口に出さない。そんなバーバラの性格を理解しているミレーユは言葉を濁す。 ウィルも同じ思いでバーバラを見つめていた。 テーブルには食欲をそそるような料理が所狭しと並んでいた。 世界を見守る魔法都市カルベローナ、若干スパイスの違いは有る物の知っている食材や 料理が出てくる事は有難かった。 和やかなムードで食事を囲んでいる時にふと、ユナが呟いた。 「ほんとバーバラ、変わってないよな」 暖かいスープを口に運んで、ほっと息をついた。 「どー言う意味かしら?それは?」 ユナのお皿に盛られていた、鹿肉のポワレに自分のフォークを刺して口に運んだ。 「だって、こんな凄い所のお姫様だったんだろ? そんな記憶取り戻したら、オレが知ってるバーバラじゃなくなりそうな気がして お堅くなっちゃうんじゃないかとか、遠くに行っちゃうんじゃないかとか 勝手に心配してて・・・」 バーバラに鹿肉を食べられた事にも気付かず、呟く。 「でも良かった。バーバラ、いつもと変わらなくていつもと同じように接してくれて 色々あったけど元気そうで・・・ほんとに良かったなぁって・・・」 笑顔で話すユナの頬をバーバラは指でつんっと突いた。 「・・・あーんたね、アタシが男だったら惚れてるとこよ」 「えっ!」 冗談交じりに笑うと、カップに注がれた暖かい飲み物に手を掛けた。 花の良い香りがする。この香りは随分昔から知っていた。 「そう簡単に変わるわけないでしょ。記憶を取り戻してもアタシはアタシよ。 だから、これからも普段通りに接してくれると嬉しいかも・・・って! ふふっ、なーにいっちゃってんだろ。久しぶりの故郷ってなーんだか感傷的になっちゃうわねぇ」 見つめる皆にバーバラはとびきりの笑顔を振りまいた。 カルベローナの静かな夜。空には七色の光りに変わって光虫のような物が飛んでいた。 これは邪悪な魔力に侵されない為の4賢者が作った結界だった。 ふとそんな事を考えながら独り、懐かしい煉瓦道を歩いた。 町外れにある湖に映った湖月に見とれて足が止まると、後ろから別の影が近付いてきた。 なんとなくその人影を予想して 「どうしたの?夜の散歩?」 笑顔で振り向いた。 「・・・・・・」 笑顔のバーバラに反して、向こうはどことなく浮かない顔で近くまで歩み寄る。 「何かオレたちに隠してる事が有るんじゃないのか?」 視線を合わせず、同じように湖月を見つめながら言った。 「何言ってるの?どうして急にそんな事・・・」 突然の言葉に胸を突かれ、髪をなびかせ振り向く。青年はようやくバーバラと視線を交わらせ 「同じなんだ」 呟いた。 「ターニア・・・オレの妹と」 「・・・・・・・・・?」 「ターニアもさ、どんなに辛いことが合ってもそれを絶対に言おうとはしなくて、 無理に笑顔を作って、オレを安心させようとして・・・」 出発の直前、笑顔で送り出してくれたターニアが思い出されて言葉が止まった。 「その笑顔と、似てるんだ・・・」 バーバラは一瞬瞳を強ばらせたが、その後すぐにまた笑顔を返した。 「あは・・・っ・・・あはははははっ!なっ何言っちゃってるのよ、もーっ!アタシはそんな・・・っ」 真剣に見つめるウィルに、無理に作った笑顔は長くは持たなかった。 視線を外して、俯く。 「・・・ウィルは、やっぱり凄い・・・な・・・。どうして分かっちゃったんだろう、皆もユナだって だませたってゆうのに・・・あはっ・・・アタシも、まだまだかな」 久々に見る彼女の辛そうな顔に、ウィルは口をつぐんだ。 そして、彼女を追い込んでしまったのでは無いかと胸の奥がチクリと痛んだ。 「でもごめん、今は、言えないの。口に出すのも怖い。ウィルに聞いて貰うのも怖い だから、ね。アタシの事を信じて今は何も聞かないでほしい・・・」 「バーバラ・・・」 「聞かないで欲しいけど・・・その分、側に居て欲しい・・・」 苦しい胸の内はウィルにさえ言えなかった。 自分が魂だけの存在だなんて。 本当は夢の世界でしか生きられないなんて。 夢と現実のバランスを崩した魔王のおかげで現実の世界にも存在出来て 貴方とも触れあう事が出来るなんて。 その魔王が倒れたら、もう二度と会えなくなるなんて・・・・・・。 のし掛かる真実にバーバラ自身押しつぶされそうだった 喉まで出かかった弱音を辛うじて飲み込む事で精一杯で、続く言葉が出てこない。 アタシは大丈夫だよって笑顔で返したいのにそれすら出来ない。 「・・・・・・」 ウィルはそんなバーバラを切ない思いで見つめていた。 頼りない小さな体。 その体にカルベローナの長と言う使命と辛い記憶を抱えて。 自分で良ければ力になりたかった。 いつでも自分に元気をくれる彼女の笑顔、どんな事をしても守りたかった。 ウィルの胸に遠慮がちに身を寄せるバーバラを、思わずウィルは抱き締めた。
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