▼再会...


 ユナとミレーユが同時に呟いた。
ウィルとバーバラも目を険しく見開いている。

「美しいだろう?私の見つけた人間の中でも最高の剣士だ。
魔の者には無い繊細な容姿、尽きる事のない強さへの欲望、ガラスのように脆い心
長く誘惑してようやく手に入れる事が出来た。私の一番のお気に入りだ」

 闇の力に包まれたテリーはウィルたちを見つめた。
真っ赤に染まった剣を握りしめ、真っ赤に染まった瞳で。

「さぁ、テリーよ。私を傷つけようとするこの者たちを殺せ。お前の強さを見せつけてやるのだ」

「テリー!!」

 ミレーユが叫んだ。

「何を言っても無駄だ。今やこの少年は私の忠実なる僕・・・不要な心は全て捨てた。
もう私の声以外は何も届かぬ」

 デュランは余裕の笑みを見せると手に掲げたワイングラスを口に傾けた。

「・・・・・・・・・」

 嫌な予感って・・・このテリーの事だったのか・・・?
もはやユナにデュランの声は聞こえていない。

テリーはデュランの言葉に反応したのか必要以上に血走った瞳をギラリと光らせて
真っ赤な剣を掲げた。

「・・・・・・・・・」

 テリーは無言のままウィルに斬りかかっていった。
皆が身構える中、ユナだけが状況を受け入れられないでいた。

いやだ いやだ いやだ 

テリーと戦えるわけが無いじゃないか・・・!

「やめてぇっ!!」

 キィン!!
刃物と刃物が交りあう鈍い音がミレーユの悲痛の叫びをかき消した。

先ほどデュランが言ったように、殺人鬼と変貌してしまった彼には誰の声も届かない。
いつもは華麗な剣さばきも、今は恐怖にしか感じない。

「ぐあっ!!」

 異常な程のテリーの強さに防戦一方だったウィルは遂に剣を弾かれ、地面へと倒れ込んだ。
容赦なくテリーは剣を掲げ、ウィルに振り下ろそうとする。

「ウィルッ!!」

 タイミングを見計らって放ったバーバラの火の玉は剣の風圧だけで消し飛んだ。
ギラリ。赤く染まった瞳がバーバラを捕らえた。

「ギラッ!ギラッ!ギラッ!」

 魔法力の収束されたギラの連発も、テリーはことごとく剣で受け止めた。
赤い剣は魔法力を吸って、より一層鮮やかに染まっていく。

「そんな・・・!」

 あまりの恐怖に、体が凍り付く。ウィルはようやく立ち上がって剣を拾い上げるが
隙の無いテリーの後ろ姿に剣を身構えるだけで精一杯だった。

ゆらり。
テリーは生気の無いゾンビのように体を反転させると
赤い瞳にピクリとも動けないでいるユナを映した。

「そうだ、テリー殺せ。一匹残らず息の根を止めるのだ」

 デュランの言葉に赤い瞳がもっと赤く血走った。
ダンッと地面を蹴ると、人とは思えないスピードで飛んでそのまま剣を振りかざす。

「ユナっ!!」

「いやぁぁ!やめてぇっ!」

 ユナは剣も抜かず、迫るテリーをじっと見つめていた。
ウィルの必死の叫びも、バーバラの悲鳴も聞こえない。

こんなカタチでテリーと向かい合う日が来るなんて・・・・・・・・・

「ユナちゃ・・・!」

 ミレーユが走りながらこっちに向かって来ている。
バーバラも必死で胸の前で印を結ぼうとしていた。しかし、もう間に合わない。

テリーに殺されるんなら・・・・・・

そう考えてユナは観念して目を伏せた。

しかし・・・
何の音沙汰もないのに、不審に思い、目を開ける。

「・・・・・・ユ・・・」

 心を支配されたはずの人間が、寸前で剣を止めていた。
ウィル、バーバラ、ミレーユ、そしてデュランさえも呆気に取られている。
デュランの持っていたワイングラスがパリンと音を立てて割れ、大理石の床が赤く染まっていった。

テリーは剣を手からスルリと落とし、苦しそうに頭を押さえた。

「・・・・・・ユナ・・・・・・?」

 ドクン・・・・心臓が懐かしい鼓動を刻んだ。

テリーが自分の名前を・・・
赤い瞳が一瞬だけアメジストの涼しげな瞳に変わる。

「何をやってるんだテリー!早くその女を殺せ!!」

「・・・・・・!」

 ぶるぶると頭を振り、また血走った瞳に戻る。
テリーは剣を拾い上げると逃げるように地面を蹴って走り出した。

テリーは完全にデュランに操られてるわけじゃない。
テリーはオレのこと覚えててくれた。
テリーは・・・
テリーは・・・・・・

ぎゅっと唇を噛み締めると何を思ったか、リュックの中から銀の横笛をとりだした。

テリーなら・・・テリーなら・・・・・・

再び心の中で強く思うと、すっと笛に唇を押しつけ軽やかなリズムを奏で始めた。

「・・・・・・・・・!」

 戦闘中の恐怖と絶望が、その美しく澄んだ音色にかき消されていく。

「う・・・あ・・・あ・・・・・・」

 音色は大広間に反響して響き渡る。
テリーは剣を床に投げ出し、うずくまって耳を塞いだ。

三人は突然聴こえた笛の音と苦しみ出すテリーに、状況を理解出来ないでいた。

「ウギャアアア!その笛は・・・もしや・・・!!」

 デュランまでも苦しそうに表情を歪めている。

「その笛は・・・憎むべき王家の・・・滅亡したはずでは・・・グ・・・アァァ・・・!」

 玉座から床に倒れ込んで、テリーと同じように耳を塞ぐ。
その瞬間を、ウィルは見逃していなかった。

「ウオオオオッ!」

 振りかざしたラミアスの剣。
一筋の光がデュランの目をかすめると、一瞬して体が引き裂かれていた。

「グ・・・グアァァァ・・・グ・・・」

 苦しみながらデュランは吐血し、おぞましい形相で声にならない声をあげる。

「・・・・・・まさか・・・このような失態を晒してしまうとはな・・・だが・・・・・・我は
闇の化身・・・光が有る限り決して滅びはしない・・・・・・くっくっく・・・
またいつか必ず相見える事になるだろう・・・勇者・・・・・・」

 意味深な言葉を残し、城主デュランは倒れた。
亡骸はみるみる内に黒く染まり、揺らめいて消えた。

「やったか・・・」

 ラミアスの剣を鞘に収め、ウィルは息をつく。
バーバラは安堵して腰が砕けたようにその場に崩れ落ちた。

「・・・お前ら・・・オレを、このままにしておくつもりか・・・?」

 その苦しそうな声に気付き、皆は振り向いた。
アメシストの瞳に戻った少年が頭を押さえ、睨んでいる。

「え・・・?どういう事だい?」

「・・・・・・・・・」

 ウィルの言葉に応える事もせず、睨み続ける。
ミレーユは無言で、テリーを見つめた。

「殺せ・・・」

 テリーの暗く渇いた声に、皆は胸を突かれる。

「人の心を捨てて、悪魔の僕になったオレだ・・・。放っておいたら、また悪魔に魅入られて
お前たちを殺すことになるかもしれないぜ・・・・・・。さぁ、一思いに殺してくれ!
もう・・・・・・うんざりだ!」

 悪魔に魅入られ確かに強さを手にしたはずなのに、こいつらにすら勝てないなんて・・・
何もかもに絶望して、どうでも良くなった。
何の為に力を求めたのか、今はそれすら分からない。
強くなりたい、自分の力を誇示したい、その欲望だけで魔物を斬った。
そう、もしかすると人ですらも・・・・・・

「こんなオレは生かしておく価値なんてない・・・」

 血に染まった雷鳴の剣。
憎んだ魔物の手先になって、人を傷つけた事実。

オレはこの10年何をしてきたんだ。
こんな事の為に、最強の剣を求めたんじゃない。

テリーの心はズタズタに引き裂かれていた。

「もうやめて・・・やめてよテリー!」

 柱の影から見つめていたユナが言葉を発するより一瞬早く
ミレーユが飛び出した。

「・・・・・・・・・何処の誰だか知らないが、あんたなんかにテリーなんて呼ばれる覚えは無いな」

 飛び出してくる金髪の女性に冷たく言うと、その女性はみるみる内に瞳に
涙を浮かばせ、サークレットを外した。

・・・・・・・・・?

テリーは眉をしかめて行動を見守る。

その女性は結い具を外したところで、たおやかに話し始めた。

「そうね・・・普通なら忘れてしまってもおかしくない程時間も経って、
忘れてもおかしくない程いろいろな事があったわ・・・」

 バーバラとウィルは良く状況が掴めないでいた。
ポロポロと大粒の涙を流すミレーユ、テリーすらも訳が分からない表情だ。
その場で、ユナだけが彼女の気持ちを分かってあげられる仲間だった。

「でも・・・」

「・・・・・・?」

 何処かで会ったか?

この女性の話し方、素振りをテリーは心の奥底で知っている。
そのむず痒く、歯痒い思いは、その後のミレーユの言葉を聞いた時には
既に違うものに変わっていた。

「あなただって覚えているはず・・・・・・ガンディーノの街のことや人々のこと、そして・・・私のことも」

「ま まさか・・・」

 激しく揺らぐ胸の内で、テリーは昔の思い出が蘇ってきた。
金髪の女性・・・・・・・・・たった一人の・・・

「い いやっミレーユ?ミレーユ姉さんか!?」

 姉さん・・・?
確かめるようにゆっくりとミレーユの肩に両手を乗せる。

「ああっテリー!」

 涙が止まらない・・・。
ミレーユはテリーの胸へ倒れ込み、号泣している。
バーバラ、ウィルは何が起こったのか分からなかった。

しかし、ミレーユがこんなに感情を現す事なんて滅多に無い事だ、
バーバラはぐすっと鼻をすすり上げる。ウィルもまた熱くなった目頭を誤魔化すように押さえた。





しばらく二人は感動の再会に浸った後

「姉さん・・・こんなに近くにいたのに気付かなかった・・・」

「いいえ、テリー。何度あなたを目にしていても、声をかけられなかった私も悪いの」

 やっと鼻を啜り、涙を止める。
涙でぐしゃぐしゃになった顔は、いつものミレーユより幼く、
そしていつものミレーユより美しかった。

「あの時のオレに今の半分でもチカラがあったら、姉さんを守ることが出来たのに・・・」

 ぎゅっとチカラを込める右手に、そっと手を添えて微笑んだ。

「いいの、もういいのよテリー。誰のせいでもないわ、それより聞いてテリー。
あなたのチカラを必要としているのは、今はもう私じゃない。
あなたがこれまで掴んだチカラをこれからは世界のために使って欲しいの、
テリー・・・私たちの仲間になってくれるわね?」

「ね、姉さん・・・・・・!」

 そうだ・・・。オレは姉さんを守りたくて強さを求めた。
それなのに・・・オレは・・・・・・。悔しそうにうつむいて、ミレーユの白い手を握りしめる。
擦り傷が赤く滲んでいた。

「テリー、言ったでしょう。もう・・・良いのよ・・・。貴方は強くなって私の前に姿を現してくれた
それだけで・・・充分なんだから・・・・・・」

 子供の頃と同じようにそっと額に口付けする。
傷ついたテリーはだんだんと傷が癒されていくのを感じた。
それほど、大事な姉だった。自分のプライドなんてどうでも良くなる程に。

「やっだーっ」

 そんな雰囲気の中、一人の少女が元気良く立ち上がった。

「ミレーユにこんな格好いい弟がいたなんて、私困っちゃうな」

 一際明るいオレンジの髪がなびいた。

「お前は・・・」

「改めて紹介しまーすっ。バーバラでーすっ!」

「テリーだっけ?オレはウィル、よろしく頼むよこれから」

 ウィルも手を差し出した。
姉の見ている手前、仕方なく差し出された手を取るがすぐにぱっと振り払う。
ちらっとミレーユと目を合わせると、なにも言わずに大広間から出て行った。

「ごめんなさいね、ちょっと人見知りする子なのよ。じゃあ私たち、先に馬車に戻ってるわ」

 ちょっぴりむっとしたウィル。
代わりにミレーユが謝って、慌ててテリーの後に付いていった。

「・・・・・・・・・感動の再会だね」

 今まで聞かなかった声と見なかった姿が、柱の影からひょこりと現れた。

「何やってたのー?」

 ユナだ。

「いや・・・オレ、ああいう感動に弱くて・・・。泣いてんの見られんの恥ずかしいから
隠れてたんだよ」

 その事は嘘ではないらしい。
少し赤く腫れた瞼がいつものユナと違っていた。
バーバラは何を思ったか肘でユナを小突いて

「あのさぁ、アタシィ、ずっとユナに聞きたかった事があるんだけどぉ」

「・・・何だよ、急に」

 自分よりも背の高いユナを下からじっと見据える。

「あのさぁ、あのテリーって剣士と・・・知り合いなの?」

「ええっ!?」

 ユナともうつき合いの長くなったバーバラは、その反応が図星だと悟ったのか。
また肘でツンツンと小突く。

「そうだったの・・・ほんっとユナって嘘がつけないんだからぁー。
まぁ詳しい事は馬車に戻ってからおいおい聞いてあげるわ」

 ぐいっとユナの腕を引っ張るバーバラに、慌てて距離をとる。

「い、いやっ、オレちょっと宝箱とか無いか探してくるからっ!先に行ってていいよっ!」

「んっもう!観念しなさいよ!」

「観念ってどういう意味だよ!」

 そんな二人を仲裁するかのように、ウィルが割って入る。

「もう戦いは終わったんだし、ユナの言うとおりにさせてあげればいいじゃないか。
どのみち今夜はこの近くで野宿する予定だから、ゆっくり宝を探してこいよ」

 バーバラと違い、融通の効くウィルに笑顔で頷く。
それでもバーバラは余裕の笑みを残して、ウィルと一緒に大広間を後にした。

「・・・・・・・・・」

 二人が出て行くとシンとした静けさが訪れる。
途端に色んな想いが湧き上がってきた。

辛そうに呟く姿
ミレーユさんとの再会した時の幼い少年のような顔

そして・・・

ぎゅっと胸の奥が泣いた。

テリー、オレを見てどう思うだろう・・・。
それとも、オレのことなんて、忘れてるのか・・・。

「忘れてる・・・よな・・・探してたミレーユさんに逢えたんだし・・・・・・」

 一人呟いて乾いた笑みを漏らす。

会いたいけど、怖い・・・
二つの想いが天秤にかけられている、しかし、結果は出ない。

恐怖が胸の中でどんどんと膨らむ、それと同時にテリーに対しての想いも・・・
ユナはコツリ、と美しい壁に額を当て、そのままずるずると崩れ落ちた。

「会いたい・・・」

 火照った額を壁に押しつけたまま呟いた。

「会いたいよ・・・テリーに・・・・・・」


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