▼想い...


「ユナっ遅かったじゃん!」

 バーバラがテリーよりずっと後に帰ってきたユナを迎えに来てくれた。
ユナはここへ来る途中、念入りに顔を洗ってきたのだ。遅いはずである。

「うっふっふ、楽しんで来られたかしら?」

 いやらしい視線を送ってきて肘で小突く。

「後で話があるから〜、逃げちゃダメよ?」

 どんな話なのか大体想像が付いたユナは苦笑いするしかなかった。
馬車に戻ると、一番にテリーが目に飛び込んできた。
他の仲間と距離を取って、つまらなそうな顔で座っている。

「ユナちゃん!」

 ホイミスライムのホイミンが真っ先に飛びついてきた。
ユナは天性の魔物使いの素質を持っているらしく、何匹もの凶悪な魔物を改心させ仲間にしてきた。ウィルたちに、何とか頼み込んで。

スライムナイトのピエール
ホイミスライムのホイミン
キメイラのメッキー

比較的、魔王の影響を受けにくい魔物らしい。

「ユナちゃん、大丈夫だった?」

「ユナ様を守るのが私どもの仕事、何処へでもついていくと申しましたのに・・・」

「お怪我はありませんか?」

「ピッキィ!」

 スラリンだけが、人間の言葉を喋れず、スライムの言葉で声をかけた。
ユナは心配する仲間に白い歯を見せ答えた。

「そんなに心配しなくても、大丈夫だって」

「しかしですねぇ・・・ご主人様・・・」

 キメイラのメッキー、なかなか愛嬌のある顔。

「ふ・・・」

 テリーの顔が突然緩む。

「変わってないな、あいつは・・・」

「珍しいわよね、魔物使いだなんて・・・。ダーマの神殿でも魔物使いは特別な資質を
持ってる人しかなれないって、近頃そんな人間がいないって聞いてたのに・・・」

 隣にいたミレーユが呟く。
仲間モンスターに囲まれていたユナにバーバラが

「ねぇユナ?テリーにはちゃんと自己紹介したの?」

 わざとらしく問いかけた。

感づいてるくせに・・・いじわる・・・。
と言う視線を送るも、バーバラの笑顔は崩れない。ユナはハッサンたちの見ている手前

「う、うん。さっきね・・・」

 テリーの方を見ないように答えた。

「へぇー、そうなんだ」

 ここぞとばかりにからかうバーバラに、言い返せない自分をもどかしく思った、ちょうどその時

「オーイ!皆、集まってくれないか?」

 外にいたウィルが馬車内の仲間に呼びかけ

「作戦会議だ」

 くいっと指を外に向けた。
ぐるっと皆で円になって座り込むとウィルが切り出した。

「さて、と。オレたちはデュランを倒して神の城を解放したはずだろ?それにしては、なんの変化も
感じられない・・・これってどういう事だと思う?」

「そうですね、仮説としては封印の力が強力で、デュランを倒した今でもまだ完全に
解放されていない。と言う線が考えられると思いますが」

 チャモロがいち早く答える。

「ムドーやジャミラスを倒した時とおんなじように、夢の世界に神の城が復活してるんじゃねえか?
とりあえず夢の世界に行ってみれば・・・」

「そう簡単にみつかるかしら・・・いつ解放されるかも、どこにあるかも分からないのに」

 楽天的なハッサンにミレーユの厳しい突っ込み。

「その場所なら知ってるぜ」

 その低い声に、皆一斉に虚を突かれた。
一番やる気のなさそうだったテリーが、自ら発言したからだ。

「デュランが言っていた、オレには良く分からなかったが。この世界の神の城を潰しても、
夢の世界の神の城はまだ存在しているってな。いずれ大魔王の力が完全になった時に
攻め落とすつもりだったみたいだぜ。オレにも場所を教えてくれた」

「・・・イマイチ信用できねえな、オレたちを騙すつもりでそんな事言ってるんじゃないのか?」

「ハッサン・・・」

「信じないなら勝手にしろ」

 ミレーユが仲裁にはいるも、二人は同時に背を向けさっさとその場を後にしてしまった。
取り残された皆は複雑な心境のまま顔を見合わせた。

「とっ、とりあえず行くだけ夢の世界に行ってみよう。それまでにはハッサンだってテリーの事を
少しは信用するようになってるだろうし・・・皆も疲れただろうから今日はここで野宿にするとしよう」

 ウィルがなんとか締めくくって短い作戦会議が終わった。

「・・・あの二人って・・・仲が悪いのか?」

 ユナが隣のバーバラに尋ねる。

「会った頃からハッサンはテリーの事を良く思ってなかったみたいだし、
二人の性格を考えたらうち解けるのは時間がかかりそうね・・・って、それよりユナ!
あんた、テリーとどういう関係か?今日という今日は白状してもらおうじゃない?」

 腰に手を当てて、ユナの形の良い鼻をツンっと突いた。

「はっ白状ってなんだよ!別に白状するほどの関係じゃ・・・」

「それならさっさと洗いざらい話なさい。今度はあんたの番よね〜」

 バーバラからは逃げられない。
仕方なくユナは今までの事をポツポツと話し出した。





「で、戦いの中で離ればなれになって、今日やっと再会したんだよ」

 今までの経緯をかなりおおざっぱに端折って話し終える。
向こうはじっと腕組みをしたまま聞いていた。

「どうして、今まで声かけなかったの?」

 鋭い質問に、内心ドキっとさせられる。

「いや、それは、だから、きっかけが掴めなかったんじゃないかと・・・多分・・・」

「ミレーユには本当の事言って・・・アタシには本当のこと言えないんだね・・・
アタシたち・・・親友じゃなかったの!?」

 バーバラは大げさに両手で顔を覆う。

「え・・・本当の事って・・・何が?」

 バーバラの行動と言葉を理解しきれずに聞き返す。
鈍感なユナに呆れて、単刀直入な言葉を口にした。

「だから、テリーの事が好きなんでしょ?」

「!!だっだからなんでそうなるんだよっ!!」

 ようやく思い切り反応する。

「若い男女が二人きりで旅して、恋愛感情も生まれないなんて話聞いたことが無いわよ!!
さぁさっさと白状しなさい!!恋人同士なんでしょ!?」

「・・・・・・・・・っ!」

 言い返そうと思ったのに、言葉が途切れてしまった。
向こうも急に黙り込むユナに不審な顔で見つめる。
頼りない声が聞こえてきた。

「違うよ」

 少だけうつむいた後、耐えきれなくなったのか顔を背けてしまった。

「ごめん、今まで黙ってて・・・オレは・・・・テリーが好き・・・だ。
けど、あいつはオレの事なんて何とも思っちゃいないんだ・・・。だから恋人同士なんかじゃないよ。
オレが一方的に想ってるだけで・・・」

「ユナ・・・」

 初めて見るユナの悲しそうな顔に何も言えなくなってしまった。

「だから、だからもういいんだよ。逢えただけで嬉しいから」

 それだけ言って寂しそうに去っていくユナを見て、バーバラは少し罪悪感にかられた。
そして、心の中で彼女の恋を応援しようと堅く決めたのだった。





 森の中からもくもくと煙が上がってきた。
チャモロが採ってきた山菜。保存肉、調理用の鍋、
ハッサンが集めた木の枝が燃えて、夕食の支度がされている。
女達の腕の見せ所だ。

「お前はやらなくていいのか?」

「・・・・・・・・・」

 振り向くと、不敵な笑いを浮かべたテリーがいた。

「・・・オレが料理できないこと、知ってるだろ?」

「フ・・・そう言えばそうだったな」

 ユナの少し離れた所に立つ、バーバラとミレーユが慌ただしく料理している。
オレだって、出来ることなら手伝いたいけど、指を切って大騒ぎして帰って迷惑かけるから・・・。

「大丈夫ですよ、ユナ様!」

 スライムナイトのピエールが突然木の上から降りてきて、目の前に現れた。

「こういう時のために私がいるんですよ!ちょっとユナ様の代わりに手伝ってきます。
あっご心配なく!私、独身生活が長いせいか料理の腕には自信があるんです!」

 言いたいことだけ言って、白いエプロン持参のピエールはバーバラ達に混じっていった。

「魔物使いなんだったな・・・お前・・・」

 その言葉に、ユナはうんっと笑って頷いた。

「それにしても・・・なんか不思議な感じ・・・。まさかまたこうやって
テリーと一緒に旅が出来るなんて・・・」

 ポロリと素直な本音が口をついて出る。
テリーに声を掛ける前の不安が嘘のように、一緒に居る今は嬉しい気持ちの方が強かった。

「・・・姉さんの頼みだからな、それに・・・」

「・・・?」

「オレはお前たちの情けで生かされてる。敗者は勝者に従うものだからな。」

 テリーらしい台詞。

「・・・んな事言うなよ。情けとか命令とか、そんな事思ってる奴なんていないよ
テリーはもう仲間なんだからさ」

「ふん・・・」

「少なくとも、オレはテリーの仲間だろ?」

「・・・さぁな」

 テリーはどことなく含みの有る笑いで返した。




「・・・・・・・・・いい雰囲気だな」

「あん?」

 ちょうどユナとテリーの正面、と言ってもバーバラとミレーユを挟んでだが、ウィルが呟いた。

「テリーとユナの事だよ」

「ああ、そう言えばそうだな」

 ハッサンは興味がなさそうにゴロンと草むらに横たわった。

「だろ?オレたちに対してはもの凄く愛想のないテリーが、ユナに対してだけは・・・違うよな?」

「まぁ、言われてみりゃ確かにそうだが。ハッハ、もしかしたらあいつに
一目惚れでもしたんじゃねーか」

 笑い飛ばすハッサン。
しかしウィルは、テリーの身に纏っているとげとげした空気が
ユナに対してだけ和んでいる事を感じていた。





 夕食が始まる。
ピエールは白いエプロンを身につけせっせと皆に温かいスープを注ぎ
ミレーユは焼いた肉とパンを配った。
食欲をそそるような匂いが鼻を誘うと、皆が揃った所で一斉に食べ始めた。

「美味しい?テリー」

 ミレーユが黙々と食べているテリーに尋ねる。相手はなんとも素直に頷いた。

やっぱりミレーユさんに対しては素直なんだな。
ユナはちょうど真向かいのテリーの意外な一面を見て、思わず笑ってしまっていた。





夕食が済むと、日はすっかり落ちて空には星が輝き始めていた。
片づけなどは一応出来るユナは、バーバラ、ミレーユに混じって手伝っていると
馬車の中からハッサンの耳通りの良い大声が聞こえてきた。

「お前にはもう我慢ならねぇ!!」

 どうやらテリーと言い争っている声らしい。3人は一様に顔を見合わせる。

「本当にうるさいだけが取り柄の男だな。もう少し静かに話したらどうだ」

「ハッサン!ちょっと落ち着けよ!テリーも、煽るような言動はやめろ」

「そうですよ!言い争っても、何も変わらないですよ」

 止めに入るウィルとチャモロの声も聞こえた。

「仲間になったんだから!ハッサンさんもテリーさんも、もっと仲良くしようよ!」

「そうですよ・・・ホイミンもこう言ってる事だし・・・」

 仲間モンスターまでも仲裁に入った頃、ハッサンはケっと言葉を吐き捨て不機嫌そうに横になる。
テリーもハッサンを一瞥すると、馬車から出ていった。

「まーったく、ハッサンってば大人げないんだから。仲間になったばかりなんだから
少しは我慢しなさいよね」

 夕食の片づけが終わったバーバラが、馬車内に顔をのぞかせた途端に言う。

「・・・ケッ、オレはあんな奴、仲間だなんて認めねー」

 青筋をたて引きつった顔で呟いた。

「あんな奴と旅するなんてゴメンだね」

「ハッサン・・・お願い・・・」

 ミレーユの悲しげな瞳にバツの悪そうな顔になるも、ハッサンの背中は無言だった。





 夜はすっかり更けて、外にはパチパチとたき火が燃えたぎっていた。

「ウィル、バーバラ、今日はもう休んだら?魔物の番は私たちが代わるから」

 馬車から顔を覗かる。ミレーユの隣には、面倒くさそうなテリー。

「いいのかい?ミレーユも疲れてるんじゃ・・・」

「いいのよ、つもる話もあるし・・・ね・・・?」

 ウィルに返した後、テリーに笑みを向ける。仕方なさそうにテリーも頷いた。

「数年ぶりに再会したんだもの、姉弟水入らずの時間も必要でしょっ、じゃあよろしくね〜」

「悪いね、疲れたらすぐに起こしてくれて良いから」

 ミレーユとテリーは二人が馬車に入るのを見届けて、たき火の側へと腰を下ろした。




「つもる話もある・・・か・・・そりゃそうだよな・・・姉弟なのにもう何年も会ってないんだもんな」

 馬車内で寝っ転がったまま話を聞いていたユナが、スラリンに話しかける。

『うんそうだね、ユナも凄く嬉しそうだしね』

「そりゃそうだよ、二人ともやっと再会出来たんだもん」

『そうだよね・・・ユナもやっと・・・ね・・・』

「・・・っ!そ・・・そりゃ・・・ま・・・ぁ・・・」

 今までの経緯を知っているスラリンに嘘をつく事も出来ず、渋々頷いた。

『これからはさ、もっと素直になんなよ。ユナにはかわいげが足りないんだよ』

「・・・・・・・ど、どういう意味だよ、それは・・・」

 ぎゅっとスラリンの頬をつねる。

『いたたたた!いたたた!暴力反対!これだからかわいげが無いって言われるんだよ!』

 ピキーピキーと叫びながら顔を振って難を逃れたスラリンは
さっさと毛布の中へ逃げていった。



オレ・・・何やってるんだろ・・・。
ハッサンのいびきだけが聞こえる暗い馬車内、ふと心の中で呟いた。

生きているのが分かっただけで良かったのに
もう会わないって思ってたはずなのに

テリーと再会出来た時は嬉しくて涙が止まらなかった
この想いは捨てようと心に決めたはずなのに、押し込められた感情だけが大きくなって・・・。

ゴロンと寝返りを打つ。

きっともう、引き返せないんだ・・・・・・。

切ない想いが睡魔と疲れに飲み込まれるとユナはゆっくりと眠りについた。




「みんな、眠っちゃったわね」

 昔の事を話している間にずいぶん時間が経ってしまったのか
たき火の勢いはすっかり衰えている。

「・・・・・・ユナちゃんね・・・」

 小さな炎が揺らめく中でミレーユが呟いた。

「テリーのこと、今でも好きだって言ってたわ」

 ふいっと、テリーはミレーユから顔を背けた。

「ユナちゃん・・・アークボルトで貴方を見かけた時、声をかけるのが怖いって。
言葉を交わしたら、自分がどうにかなっちゃいそうだって・・・」

「・・・・・・・・・」

 テリーは微動だにせず、じっとミレーユの話を聞いている。

「ユナちゃん、片時もテリーのこと忘れたことはなかったはずよ。
普段はそんな事口には出さなかったけど・・・見てて分かるもの・・・それに・・・」

 弟の横顔を見て、少し間を取る。

「それに、あなたたちの間に何があったのか知らないけど、優しい言葉でユナちゃんを
安心させてあげた方がいいんじゃないかしら?」

「オレは・・・別に・・・」

 あやふやな言葉を返した。

「ユナちゃんのこと・・・好きなんでしょ?」

「何か勘違いしてないか姉さん。あいつとオレは恋人同士でもなんでも無い、ただの腐れ縁だ。
あんな奴に恋愛感情なんてばかばかし・・・」

 ・・・・テリーの言葉が途切れる。
ミレーユも、馬車のカーテンを開けたまま止まっている少女を見つけて珍しく狼狽えた。

「あ・・・あのさ、ホイミン見なかった?」

 平静を装ってミレーユに問いかけた。ミレーユはハっと我に返り

「ホイミン?・・・そう言えば、少し前、すぐ戻るからって言って森の中に入っていったけど」

 記憶を辿り、ユナに返す。

「オレ・・・ちょっと探しに行ってくるよ」

「ユナちゃん!」

 森の中へ行こうとするユナの細い手首を、慌てて引き止めた。小声でそっと耳打ちする。

「・・・聞いてたの?」

「悪いけど・・・ちょうどオレの話題くらいから・・・」

「そ、そう・・・」

 手のチカラが抜けて、額を押さえた。

「ミレーユさん、心配してくれてありがとう。オレなら大丈夫だから」

 テリーに聞こえないように呟くと、足早に森の中に消えていった。

「・・・・・・・・・」

 無言でその背中を見送るテリー。
時が経ってしまった今、弟の胸中が姉には分からなかった。




「・・・・・・・・・ユナちゃん遅いわね・・・捜しに行った方がいいんじゃないかしら?」

 ユナが森に入っていって、結構な時間が過ぎた。
心配そうにミレーユは暗い森の奥へと目を向けた。

「あいつなら大丈夫さ。逃げ足だけは恐ろしく早いからな」

「・・・そう・・・でも一応女の子だし・・・」

 一応という言葉に言った手前後悔の念を抱いてしまう。
だがテリーの言葉にはユナのことを誰より理解しているような力強さがあった。

 ミレーユはテリーに背を向け、横になって目を伏せる。
しかしユナのことが気がかりで全く眠りに就くことが出来ない。

 どのくらい時間が経ったのか、テリーの靴底が砂を蹴る音が聞こえた。
振り向いたミレーユが見たのは、森の中へと吸い込まれていく少年の影だった。


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