▼戦う意味...


「ホイミン!お前逃げろ!こいつ・・・危険だ!!」

「やだ!やだ!ユナちゃんを置いて逃げるなんて出来ないよ!!」

『ギ・・・ギギィ・・・』

 木々に紛れて襲ってきたのは巨大な人食い植物。
夜の森は月の光を浴びて行動する魔物が無数にいる。

ユナとホイミンが出くわしたのは、その中でも特に危険な吸血植物。
生き血を最も好む魔物だった。

長いツタに捕まると、体力と魔法力がみるみる吸い取られる。
剣で切り裂いても無数に有るツタはユナに絡みついて体の自由を奪っていく。

「く・・・そ・・・こい・・・つ・・・!」

「ユナちゃあああん!!」

 ついには剣を持つ力さえも失い、足下に力無く剣が転がった。
残り少ない体力を奪われていくのがハッキリ分かる。目の前が段々とかすんでいく。

「うわああ!!」

 ありったけの力を込めたホイミンの攻撃も、巨大な魔物には全く効く様子はない。

「何・・・やってんだよ・・・早く、逃げろ・・・っ!」

「やだぁ!やだぁ!!」

 ユナには吸血植物の、気味の悪い声も聞こえなくなってきていた。

「お願い・・・オレを困らせない・・・で・・・」

「・・・う・・・うう・・・」

 僕のせいだ・・・僕の・・・・・・
僕が一人でこんな所に来なければ、ユナちゃんはこんな目に遭わなくてすんだのに・・・!
僕の力じゃどうにもならないなんて・・・!

「誰か助けてーーーー!!」

 ホイミンの必死の叫びが森にこだました。

 ザン!
剣が何かを斬る音がホイミンの声が消える間もなく森に響いた。
魔物に捕らわれていたはずのユナがどさっと倒れてくる。

「ユナちゃん!ホイミ!・・・ホイミ!!」

 状況を飲み込めないままホイミンはユナに駆け寄り、得意な呪文をひたすらかけ続けた。

「・・・・・・・・・ホイミン・・・?オレ・・・助かっ・・・て・・・?」

 ユナはすぐに意識を取り戻す。
吸血植物は目の前から消えていて、その変わりに地面には青い血痕が広がっていた。

視線をそのまま上にあげる。

「・・・・・・テリー・・・?」

 尋ねるような口調で呟く。
暗くて良く見えないが、そうであって欲しいと言う期待からその名が漏れた。

人影は近付くにつれて、青い服、月の光に照らされて輝く銀髪
背はユナよりも少し高いくらいの少年になる。

「あの・・・吸血植物は?」

「見ての通りさ」

 剣を草に押しつけ、青い血を拭うと鞘に収めた。

「・・・・・・・・・あ・・・ありがとう・・・」

 疲れていつの間にか眠ってしまったホイミンを抱きかかえて言う。

「別に。見捨てて死なれたんじゃ気分悪いからな」

「その台詞、前にも聞いたぜ?それに助けてもらったのは事実なんだから礼くらい言わせろよ」

 出会った頃と同じようなテリーの台詞に思わず笑ってしまう。
それと同時に、テリーとの関係が全く変わっていない事に寂しさを覚えてしまった。
テリーは何も言わずに無言で歩き出す。

「まっ・・・待てよ!」

 慌ててユナはテリーの前に飛び出した。
そして、月の光を浴びて不思議に輝いている花をテリーに突きつけた。

「・・・・・・何だ?」

 やっと立ち止まって尋ねる。
ランプのように青白く光る、見たことも無い花だった。

「ホイミンが命懸けでテリーとハッサンの為に・・・探してきた花」

「オレと・・・あいつの?」

 単刀直入なユナに再度尋ねた。
ユナは寝ているホイミンをテリーの前に差し出して

「友情を深めたり、仲を取り持つ効果が有るらしいよ。魔物の間じゃ有名な花なんだってさ。
仲の悪いテリーとハッサンを見て、ホイミンは危険を冒してまでこの花を探しに行ったんだぜ」

「・・・・・・・・・」

 不思議な花と、傷を負っているホイミンを交互に見て、呆れた顔をした。

「・・・ハッサンとさ・・・もーちょっと仲良くしたらどうだ?
ホイミンだってこんなにしてまで言ってんだし・・・」

「お前には関係ない」

 久しぶりのお決まりの台詞。
テリーはその花を乱暴に受け取るとスタスタと馬車へと戻っていった。

「いつも同じ事ばっかり言って・・・たまには違う事いったらどーだよ・・・」

 立ち止まってぼそりと呟く。

『あんな奴に恋愛感情なんて持ってない』
先ほどの言葉が蘇る。

「んな事、とっくに分かってるよ」

 闇に消えそうな少年の背中に向けて一人答えた。


 その花の魔力のお陰なのか、ホイミンの思いがテリーに通じたのか
あの日を境に二人の関係は前ほど酷くはなくなった。
テリーがハッサンに皮肉を言う頻度も減り
そんなテリーにハッサンもあまり腹を立てる事も無くなっていた。

ホっとした仲間たちと嬉しそうなホイミン。飾られた青白い花はいつまでも
淡い光りを称えていた。





「ユナ、ハッサンと代わって戦闘に加わってくれ。それとホイミン、ハッサンにホイミを頼む」

 魔物との激しい戦闘が終わった所で、ウィルが慌てて馬車で待機しているユナを呼びに来た。
ハッサンが腕から血を流しながら倒れ込んでくる。

「ハッサン・・・!」

 ミレーユが心配そうに駆け寄った。ユナは大剣を背に担ぎ

「ハッサン、ゆっくり休んでろよ。オレが代わりに出るから」

 その言葉にハッサンは安堵してミレーユの胸に倒れ込んだ。

「ヨッシ!」

 ユナは顔をバチっと叩いて気を引き締めると外に飛び出した。

「魔物が襲ってきたらオレとテリーが前列で食い止める。ユナは特技主体でオレたちを援護
チャモロは馬車にを守って、出来れば攻撃魔法で援護してくれ」

 てきぱきとウィルが指示を出す。
頷きながら、そっとテリーに目を向けた。
・・・テリーと一緒に戦うのって、ほんと久しぶりだな。

「ユナさん、ユナさん」

 はっと隣を見ると、チャモロが呼んでいる。

「どうかされましたか?」

「いっいや、なんでもない!よっし、行こっ」

 懐かしさと期待に胸をふくらませている自分を不謹慎だと思いつつ、ユナは歩き出した。




「魔物だっ!戦闘の準備を!!」

 馬車は街道も何もない道無き草原を進む。見晴らしの良い草原は身を隠しにくい為
魔物もそうそう襲っては来ないが、稀に気の立った魔物が現れる事もある。

ウィルたちの目の前に現れたのは巨大なトカゲの化け物だった。

「みんな!止めるぞ!」

 ウィルは剣を抜いて、突進してくる魔物を剣で止めた。

「く・・・う・・・」

 魔物の強烈な力にじりじり押される。気を抜くと弾き飛ばされそうだ。

「バギマ!」

 良いタイミングで後ろからチャモロの攻撃魔法が応戦する。
強烈な風の刃に、逆に魔物の方が弾き飛ばされてしまった。

「サンキュー!チャモロ!」

 魔物は4つの足で受け身を取ると、反動を利用して再びスピードを増して襲いかかってきた。
今度はテリーが前に出る。

「ユナ、行くぞ!」

「うん!」

 何か懐かしい。
こんな事を思っている場合じゃないことは分かっているのだが。
ユナはテリーに自分の成長を見せられる事が嬉しかった。

『グアアア!』

 魔物は叫び声と共に強烈な炎を吐き出す。メラゾーマほどもある大きくて熱い火球だ。

ユナは炎が襲いかかってきているのにもかかわらず、微動だにしなかった。
ユナの周りに、風が集まってくる。
マントはバサバサと逆立ち、風はもの凄い勢いでユナの周りを囲む。

「ハッハッハ!見たか!」

 メラゾーマ級の炎は、集まった風の壁に弾かれ魔物に逆流した。

「やるじゃないか!」

 風はその声と共に消える。

テリーは天高く飛び上がり
自分の炎でもがき苦しんでいる魔物に剣を突き刺した。
だが魔物は怯まずに、最後の力を振り絞り長い尻尾を振り回した。

「テリー!まだ・・・!」

 ユナの言葉が宙に舞う。テリーは目にもとまらぬ早さで再び剣を突き刺した。

『グオォォ!!』

 緑色の血が噴き出すと、魔物は断末魔をあげてそのまま音をたてて倒れた。

「スッゲー!テリー!また強くなったんじゃないか!?」

 自分の成長を見せつけてやろうと思ったのに、逆に見せつけられてしまった。

「お前も一応な・・・」

「え?そーか?テリーにそう言われるとうれしいな」

 それは嘘ではない。
ユナは正直に頭を掻いて笑う。

その様子を馬車から見つめる人影があった。
バーバラは、よしよしと微笑ましい気持ちで二人を見つめていた。





「ご主人様!」
 
 ようやくとれた休息、各々がゆったりとした時間を過ごす中、メッキーの甲高い声が森に響いた。
泉で仲間モンスターたちと水浴びをしていたユナはその声に振り向く。

「どーしたんだ?」

「いや、あのですねぇ・・・」

「うん?」

 メッキーが羽根を右に揺さぶった。
ずっと向こうの視線の先に、木の陰に遮られながらもテリーの姿が見えた。
木の幹にもたれて、剣の手入れをしているようだった。

「だから、何なんだ?」

 意味深な眼差しを向けるメッキーに、怪訝な顔で尋ねる。
メッキーはテリーとユナを交互に見つめながら

「あれっ、いや、ご主人様、あの剣士の事が好きなんですよね?」

「・・・・・・!」

 ストレートなメッキーにユナはうっと口をつぐんだ。

「想い・・・伝えなくてもいいんですか?」

「どうして・・・知ってるんだよメッキー・・・」

「長いつき合いじゃありませんか、見ていれば分かりますよ」

 ユナの瞳に光が無くなってきているのが分かる。

「言わないよ・・・。それに、もう知ってるんだ。
あいつはオレの事なんてなんとも思っちゃいないって・・・」

 こんな悲しい気持ちになるんなら、こんな想いなんて捨ててやるって
何度思ったのか分からない。
そしてテリーと再会して、想いを捨てるなんて到底無理なことも
改めて感じていた。

それなら、ずっと心の奥底に沈めておくしかない。
今も昔も変わらない決心がユナの心にあった。

「ご主人様・・・」

「ゴメン・・・メッキー、心配かけて・・・。ちょっと一人にしてくれないかな・・・」

 背中を向けたまま答える。
細い背丈に大きな剣、男顔負けの攻撃力、しかし心は純粋な女の子らしいものである。
ユナは無言でその場から立ち去ってしまった。

メッキーはそんなユナを心苦しい思いで見ていた。
そしてテリーに対して、苛立ちと言う感情が初めて心に芽生えた。





「テリーっ」

 あまり関わり合いになりたくない女の声。テリーは振り向かずに

「何か用か?」

 短く低く呟いた。

「ユナの事で話しがあるんだけど・・・」

「・・・・・・」

 面倒な事になりそうだと感じて、さっさと剣を鞘に収めて立ち上がる。

「あんたさ、ユナと一緒に旅してたんでしょ?久しぶりに再会したんだから
もっと・・・何かほら、色々話す事とかあるはずじゃない?なのに、どうしていつも黙ってるわけ?」

 まくし立てるように無愛想な少年に言った。向こうは少し間を開けて

「オレの勝手だろ」

「・・・・・・ハァっ、言うだけ無駄って感じね」

 テリーがその場を立ち去ろうとするとバーバラが呼び止めた。

「じゃあさ、ユナ、何処にいるか知らない?」

「知るわけ無いだろ」

 苛立ちを含んだ声で返す。

「ふーん、そっか・・・」

 それだけ言うとテリーはそそくさと立ち去ってしまった。

「ふぅ〜ん・・・嘘つき」

 バーバラはその場所から先ほどまでユナが居た泉が見えるのを知った。





 黒い夜空にくっきりと映えた三日月の夜。
皆が寝静まっている中、ユナは馬車の外に出て月を眺めていた。

神の城・・・・・・・・・。

伝説の武具を集めて神の城に行く。
オレが唯一覚えていた手がかり。

記憶が戻る。そう考えると期待と恐怖が同じくらい沸いてきた。
見つめる地平線のずっと先に、神の城が在る。
ぶるっと身震いしてしまった。

と、ユナの耳に風を切る音が聞こえてきた。

息を殺して注意深く馬車の裏の林へ回る。
音は確かこの辺りから・・・。そっと木の陰からのぞき見ると

「・・・・・・」

 それはテリーが剣の素振りをしている音だった。
空気の振動がここまで伝わってくる程に鋭く強い。
よほど集中しているのかユナの気配には気付いていないようだった。

テリー・・・。
切なそうに、心の中で呟く。人知れず努力する彼の姿に胸の空くような思いだった。
ミレーユさんと再会しても、これだけ強くなっても、まだ満足しないのか・・・?
切ない想いを抱えて、ユナはずっとテリーを見守り続けた。

「・・・・・・」

 あれからもう1時間は経つ。
テリーは未だに同じペースと気迫で剣を振って全く辞める様子が無い。
遂に皮の手袋に血が滲んだ所で、思わずユナは飛び出した。

「なっなにやってんだよっ!やり過ぎは逆効果だろ!」

「・・・・・・っ!」

 本当に気付いていなかったらしい、テリーは目を丸くして

「お前、みて、たのかっ!?」

 息を荒げてにらみ返す。

「こんなになるまで振ったって、手、怪我しちゃなんにもなんないじゃないか!」

「うるさい!お前には関係ない!」

 手を振り払って背を向ける。

「・・・関係無いかもしれないけど・・・そんなに慌てなくたって・・・今だって十分強いんだか」

「強くなんてない!」

 言い終わるか終わらない内に叫んで振り向いた。
操られていた時と同じような冷たい瞳に、言葉が止まる。テリーは自分を落ち着かせるように

「強くなんてない」

 再び呟いた。

「闇の力に取り込まれて、強くなる為の理由も忘れて・・・姉さんを・・・傷つけた・・・・・・それに・・・」

 心配そうなユナを見つめ、言いかけて唇を噛む。またテリーは背を向けて
思い切り木の幹に拳を叩き付けた。ゆらゆらと葉っぱが舞い落ちる。

「だっ大丈夫だよ!これから取り返せるよ!
だってほらっ、それに最強の剣だって見つかってないんだろ?」

「・・・・・・」

 テリーは振り向かず何も言わなかった。
確固とした目的にも頷かない。こんなに弱気なテリーは初めてでユナは不安を覚えてしまった。
テリーは剣を収め、何も言わずに馬車に戻っていく。

「テリー・・・」

 殺伐とした空気が残る中、ユナの声だけが空しく響いた。


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