▼神の城...


 テリーと再会して1ヶ月が過ぎ、夢の世界に来て2週間が過ぎようとしていた。
テリーの話が本当なら、神の城はもう見えてきても良い。
地図に記した神の城とウィルたちの軌跡が遂に地図上でぶつかった。




『ピッキィ!』

 スラリンが飛び跳ね、皆に合図を送った。
深い森を抜けると、尖塔が真っ先に目に飛び込んできた。
デュランの居たヘルクラウドと全く同じ形を象った古城。
まとう空気は全く別の物で、神秘的で近寄りがたい雰囲気に圧倒される。

「ここが、神の城!?って事は神様が居るんだよね!?」

 バーバラが喜々として叫ぶ。しかしユナは動揺を隠せないでいた。
あの時、竜の祠で感じた漠然とした恐怖が再び蘇る。
神の城へは行っちゃいけない。
心の中で誰かがそう呼びかけていた。

「ほらっユナ!早く行こっ!」

 戸惑うユナの腕を掴んで引っ張っていく。

「記憶・・・・・・戻るかもしれないんでしょ?」

 そうだ、戻るかもしれないんだ。
昔の自分を取り戻せるかもしれないんだ、こんな所で止まっちゃいられない。
ユナは恐怖を無理矢理押し込めて、しっかりと頷いた。

城へと続く石造りの階段を上る。
美しい装飾の施された城門は、ウィルたちを歓迎するようにゆっくりと開いた。

「ウィル様ご一行様ですね?」

 優しい声と淡い光が迎えた。
ヘルクラウドと同じ、宮殿のような荘厳な城内。
神秘的な空気は、まるで夢でも見ているかのような浮遊感さえ与える。
迎えた兵士は跪いて深々と頭を垂れた。

「ゼニス王がお待ちです。ご足労を願う事、お許し下さい」

 ウィルも慌てて頭を下げると、兵士は立ち上がって再び頭を垂れ
ゼニス王が居るという大広間へ続く回廊を歩き出した。

ゼニス王・・・
ユナの心の中に、ポツリと黒い影が落とされる。

ゼニス王・・・・・・・・・?
その名前を聞くと胸がムカムカと息苦しくなってきていた。
ユナはぎゅっと胸元を握りしめる。

「ゼニス王・・・」

 三度目は声に出した。
不安で胸が押しつぶされそうだ。

「どうしたの?大丈夫?」

 バーバラの声と肩に置かれた暖かい手に我に返る。

「何止まってんだよユナ、兵士さんが待ってるぜ」

 前方ではハッサンが呼びかけた。
バーバラはポンとユナの肩を叩き、少しだけ笑みを浮かべた。

「アタシもカルベローナに来たときは不安だったから気持ち、よく分かるわ。でもユナがいたから安心できたんだもん。今度はアタシの番だもんね」

 照れくさそうに赤面して、赤い髪を掻きあげる。

「ごめん・・・バーバラ・・・」

「いいっこナシっ!さっ早く行こっ?」

 バーバラは、本当に優しい。
普段はそんな事口にしなくて、からかってばかりで、悪戯ばっかりするけど
本当は仲間の事を一番気遣ってくれる。

心からユナは感謝して、バーバラの手に引かれた。





「不思議な場所ですね」

 チャモロが歩きながらふと、呟いた。

「神の城・・・神の名を冠するだけあって・・・この雰囲気・・・人間が近付いてはならない聖域のような高貴な場所に思えます」

 皆同じように感じていたのか、一様に頷いた。

「この城は昔・・・現実世界では空に浮いてたって話よ」

 ミレーユは言う。

「現実世界って・・・デュランのいたヘルクラウドか?確かに空に浮いてたよなぁ
あれはぶったまげた。昔話で聞くのと実際、見るのとじゃえらい違いだったぜ」

 神の城に似つかわしくないハッサンと、その台詞。
確かにデュランのいた城は空に浮いていた。

「空に浮かぶ城か・・・オレも乳母から聞かされたな、天空の城には竜の神様が居て
天空人が住んでるって」

「天空人かぁ〜、そういえばアタシも昔聞いた事有るけどあこがれたなぁ〜」

 ウィルもバーバラも昔を懐かしみながら頷いた。 

「天空人・・・オレも聞いた事有るけど実際にはどんななんだ?エルフみたいなもんなのか?」

「私が聞いた話によれば、遠い昔、地上で暮らしていた人間が精霊に選定されて天空に住むように
なった事が始まりのようです。大昔にその事に腹を立てた地上の人間が天地戦争なるものを
起こしたと言われていますが、定かでは無いようですね。」

 ハッサンの問いにチャモロが答える。

「天空人ってもとは人間だったのか・・・それにしても戦争って・・・本当なのかよ・・・」

 ゴクリとハッサンは息を飲んだ。

「悲しい事ですが、チャモロ様のおっしゃる通りですよ」

 無言で歩いていた兵士が振り向いて、頷いた。
近寄りがたかった雰囲気が緩んで、バーバラがハイっと手をあげる。

「あっあのっ!あのっ!アタシがおばあちゃんから聞いたのは・・・
天空人って背中に白い翼を持ってるって事なんですけど!本当なんですか!?」

 目を輝かせてバーバラが詰め寄った。

「ええ」

 頷くと、兵士の後ろから白くて美しい物がみるみる現れていった。

「・・・翼は肉体の一部のようなものですので、自らの意志で広げる事が可能なんですよ」

 翼がばさっと風を送ると、またみるみる内に収縮して兵士の背に収まっていった。 
ぺこりと頭を下げ、再びゼニス王の元へと足を進める。

「素敵!翼を持ってるなんて・・・まるで天使ね・・・」

 うっとりとバーバラが呟く。

「長い間天空で暮らす事で、背中に羽を持つようになったと言われていますね」

 皆がその話しに花を咲かせている後ろで、ユナの不安はどんどん膨れあがっていた。

ゼニス王、天空の城・・・。記憶を隠していた霧がゆっくりと、しかし確実に晴れていく。

後悔するかもしれない。
心の奥底でそんな思いに駆られた。
だが、恐怖で竦みながらも足だけは前に進んだ。
本当の事を知りたい思いがユナの背を後押しする。

兵士の足が止まると、デュランの居た大広間と同じ大きな扉をゆっくりと開いた。

ユナはしっかりと前を見つめた。

「デュランを倒してくれた者たちだな?」

 良く通る声が迎える。
心臓を揺さぶられながら目にした男は、この苦しみを立証するのには物足りない
何処にでもいそうな初老の王だった。

「心から礼を言うぞ。大魔王から天空城を攻め落とされ、デュランから力を封印され為す術が
無かったのだ」

「あなたが神の城を治める・・・ゼニス王ですか?」

「いかにも」

 ゼニスは顎髭を自慢げに触り頷いた。

「だが、強力な封印だったせいか力は戻ってはいない。世界を見通せる力も、守る力も失った。
今はただの老いぼれだ」

 イメージしていた神との良い意味での相違にウィルは少し安心して言葉を続けた。

「これで4つ全ての封印が解けました。もう夢の世界は安全ですよね?」

 ゼニスは、神妙そうに首を振って

「そうは言い切れん。夢の世界の気はまだ不安定で、半分ほどしかとどまってはおらん。
おそらく大魔王の仕業だろう。私の力が戻っていないのも、夢の世界が不完全な事と関係が
あるのだろう」

 ふと、窓の外を見つめた。
世界を統べる王は、夢の世界の異変をひしひしと感じているようだった。

「大魔王は狡猾な男だ。まさか夢の世界にまで手を伸ばすとは私たちも思っては居なかった。
迂闊だった、不意を突かれて力の源を4つも奪われてしまった」

 ウィルたちは真剣な眼差しで王の言葉を聞いていた。

「だが、大魔王の計画に綻びが生じた。それが・・・お主たちだ。お主たちは神が全て封印されたこの地で戦って、封印を全て解放してくれた。心から礼を言うぞ」

 ゼニス王が深々と頭を垂れる。
ウィルは慌てて首を振った後、同じように頭を下げた。

「ゼニス王、所で・・・大魔王はどこに居るのですか?」

 ミレーユがウィルより一歩前に出て尋ねる。

「狭間の世界だ」

 聞き慣れない言葉に皆は顔を見合わせた。ゼニスはまた、フムと顎髭を触って

「夢と現実の間に有る、虚構の世界。魔王が自ら作り出した世界だ」

 顔を見合わせる皆の顔が怪訝に曇っていく。

「魔王が作った・・・魔王の世界・・・?」

「そっそんな・・・んな所、どうやって行けば・・・!」

 ゼニスはコホンと咳払いをする。

「方法が無いとは言っておらぬ。ペガサスで時空の壁を越えれば魔王の世界にも
突入できるはずだ」

「ペガサス・・・?」

 次から次へと飛び込む違う世界の話に皆の言葉が途切れる。
戸惑いながらもゼニス王の話にじっと耳を傾けるしかなかった。





「色々お詳しい事を有り難うございました。大魔王の事、狭間の世界の事、精霊ルビス様の事
これから成すべき事がハッキリ分かりました」

 代表するカタチでウィルがそう言った。

「力は無くとも頭の中は無事なようだ、私の知識が必要ならいつでも来るがいい」

「はい、ありがとうございます!」

 皆が一様に頭を下げる。ゼニスの目が、ミレーユが腰に下げているオカリナに止まった。

「お主・・・もしや、グランマーズの後継者か?」

「え・・・?」

 懐かしいその名がまさかゼニス王の口から聞けるとは思わなかったミレーユは耳を疑った。

「そのオカリナは精霊ルビスの魔力が宿っている、天空に伝わる秘宝だ。
世界が闇に包まれた時にそのオカリナを吹けば、精霊ルビスの魔力が解放され
奇跡が起こると言われておる。私の身に何か有った時の為にグランマーズに渡しておいた物だ」

「あの・・・っ・・・おばあちゃんと・・・あっ、お知り合いなのですか?」

 ミレーユは驚きを隠せず、言葉に詰まりながら何とか尋ねた。

「佳人は高名な占い師で有ると同時に、高名な賢者でもあってな。世界が闇に包まれる事があればそのオカリナを持って勇者となるべき人物を捜してくれ、と昔からの盟約があるのだ」

「盟約・・・でもまさか天空とおばあちゃんとの間にそんな関わりがあったなんて・・・」

 驚きが未だにミレーユを支配していた。
ミレーユはグランマーズの指示の元、ウィルたちを導いていたのは確かだったがこんな盟約が
有るなどとは初めて知った。

「まさか、ここまでばあさんの筋書き通りだったってワケかよ!?」

 驚きっぱなしのハッサン。

「・・・それは・・・違うと思うわ。おばあちゃんにも遠い未来は分からない。
最初はおばあちゃんの作った道を歩いてたかもしれないけど、それは途中まで。
ここまでこれたのは道なき道を皆が頑張って歩いてきたおかげよ」

「そうですね、さすがに占い師と言えど、私たちがここまでやるとは思ってなかったでしょう」

 感慨深げに皆は今までの自分たちの軌跡を辿っていた。
ミレーユは、オカリナをそっと手に取った。
天空の城からグランマーズ、ミレーユへと受け継がれていったオカリナは鈍く光っていた。。

くるりとウィルは振り向いて

「それではゼニス王、オレたちは早速天馬の塔へ向かってペガサスを復活させて来ます。それからすぐにでも狭間の世界に向かって・・・」

 コホン、またゼニスは咳払いをしてウィルを見つめた。

「焦るとかえって良くない結果を招くぞ。相手は大魔王、そして大魔王の狭間の世界に突入するとなれば、しっかりと準備を整え鋭気を養う事が必要だ。今夜はこの城でゆっくりしていくが良い」

「よっしゃぁ!」

 待ってましたとばかりに、ハッサンが拳を上げる。

「わーい!ふかふかのベッド!」

 バーバラも嬉しそうに飛び跳ねた。

「みんな・・・やめろよ恥ずかしい・・・」

「喜んでもらえて光栄だ。精一杯の持て成しをさせてもらうぞ」

 更に興奮するハッサンに、気恥ずかしそうにウィルは頭をかく。

楽しそうな皆をよそに、ユナは真っ青な顔で何もしゃべる事が出来なかった。
いつもと違う様子に気付いたテリーが声を掛けようとしたその時、

開いた鞄の縁から、銀の横笛がガランと床に音を残して転がった。

「あっ・・・」

 皆がその音に注目して振り返る。真っ青なユナは笛を拾うことも出来ずにただ立ちつくしている。

「どうしたの!?」

 バーバラもユナの異変に気付き、慌てて駆け寄った。
良く見れば小刻みに震えている。

「ゼニス王・・・?」

 その言葉に振り向くと
そこには驚きの形相をしたゼニス王が、強い衝撃を受けたかのように立ちすくんでいた。

「ユ・・・ナ・・・?」

 知らないはずの名前を、ゼニスは口にした。

 怪訝そうに皆は顔を見合わせる。そして、ゼニス王とユナを見つめた。
ゼニス王は唖然としたまま一歩一歩ユナに近づいた。

「ユナ・・・だろう・・・?」

 ユナの中に聞き覚えの有る声と、聞き覚えの有る音が響いた。

「ち・・・が・・・・・・」

 それは鐘の音。薄気味悪い、夜を知らせる鐘。
その鐘が鳴ると始まる、耐え難い恐怖の時間。

「ちが・・・・・・う・・・・・・・」

 ユナじゃない、私は、オレは、私は、ユナじゃない。

「い・・・・・・や・・・」

 ユナは震える体を両手で必死に押さえつけた。
足が震えて、床に崩れ落ち、それでもなお震えは増すばかりで。

ピチャン。
生暖かい物がユナの中に込み上げた。
瞬間
忘れていた、忘れようと努力した映像が勢いよくフラッシュバックした。

「いやああああああっ!!!」

 ユナの背中から、真っ黒な翼が羽ばたいた。


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