▼口付け...


 永遠と思えるほど長い時間。
初めて見るユナの姿にその場の全員が声を失って立ちすくんだ。

月も星も無い、暗くて悲しい夜の闇。
黒く塗りつぶされた翼は、再び羽ばたいて黒い羽を散らせた。
硬直しているテリーの目の前に黒い羽が落ちてくる。
見た事もない自分の知らないユナの姿。

「ユナ・・・わが娘よ・・・・・・」

 ゼニスは震える声で呟いた。
そして、震える手でユナの肩に触れようとした時・・・

「触らないで!」

 バチン!勢いよくその手を振り払った。

「知らない、私は・・・オレは・・・っ!オレは何も知らない!アンタなんか親でもなんでもない!オレはっ・・・オレは天空人なんかじゃない・・・オレは・・・オレ・・・はっ・・・」

 二人のやり取りに、皆は声も出ずただじっと見守る事しか出来なかった。

「すまん・・・!!」

 ゼニスは額を床にこすりつけて土下座した。

「全ては私のせいだ!!すまない・・・本当に本当にすまない・・・!!」

「・・・・・・・・・」

「謝っても謝りきれない・・・・・・私の過ちのせいでお前に苦しみと深い傷を追わせてしまった・・・・・・すまない・・・本当にすまない・・・!!」

「・・・・・・・・・」

 怒り、絶望、憎しみ、悲しみ。それらの入り交じった色の瞳でゼニスを見据えた。
ユナは全てを思い出していた。

記憶を失った理由も。
辛く悲しい過去も。
神の城へ行って、自分を捨てた親に復讐しようと考えていた事も。

ユナは、剣の柄に手をかけた。

「ユナ様!!」

 懐かしい声に、ハっとして瞳が生気を持つ。
玉座の後ろで事を見守っていたメイドの一人が、たまらずユナの目の前に駆けてきた。

「グレミオです、ユナ様!まさか・・・生きていてくださったなんて・・・」

 グレミオと言ったメイドは、ユナに駆け寄ると大粒の涙を流し始めた。

「ユナ様・・・ユナ様・・・・・・」

 泣きじゃくるメイドを落ち着かせ、ようやく落ち着くが出来た。
それと同時に一気にいろんな事を理解する。
紛れもなく自分の背に生えている、見た事もない黒い翼。
耐えられない過去。目の前で跪く、ゼニス。
そんな父親に剣を向けようとした自分。

「・・・・・・っ!」

 自分自身が恐ろしくなって、無我夢中で大広間を飛び出した。

「ユナ様!!」

 グレミオも慌ててユナの後を追う。

「・・・・・・」

 二人が去った後、ゼニスはよろめきながら立ち上がった。

皆はただただ無言で立ちすくむしか無かった。
あまりにも信じがたい出来事だったが、ユナの残した黒い羽が現実だと知らしめていた。
ゴクリ。ハッサンが息を飲み込んでようやく言葉を発した。

「おっ・・・驚いたぜ・・・まっまさか・・・・・・まさかユナが天空人・・・しかも・・・ゼニス王の子供
だったなんてよ・・・」

 言葉に出すと更に信じられない。
あのユナが、神と呼ばれるゼニス王の娘。

「・・・恥ずかしい所を見せてしまったな・・・・・・嫌な思いをさせてすまない・・・」

「いや・・・そんな・・・オレたちは・・・・・・」

 ウィルも返す言葉に詰まる。

「・・・ユナッ・・・」

 立ちすくんでいたバーバラがようやく反応して後を追おうとするが、後ろから腕を掴まれ不審な顔で振り向いた。

「ミレーユ!」

 その名を呼ばれると、ミレーユは掴んでいる力をもっと強くし無言で首を振った。

「しばらく一人にしてあげましょう・・・」

「どうしてっ?ユナの事、心配じゃないの!?ミレーユも見たでしょ!?あのユナの取り乱し方、尋常じゃなかった!アタシ・・・アタシ・・・心配でしょうがないの・・・!
こんな時だから側に居てあげたいの・・・!」

「今はユナちゃん自身、色々あって混乱してると思うわ。
少し落ち着いて一人で整理する時間も必要よ・・・」

「・・・・・・」

 他の皆もミレーユの曇った瞳に、ユナを追いかけるキッカケを失っていた。

沈黙の中で皆の思いが交錯する。

「・・・黒い翼・・・」

 消え入りそうな声でポツリとテリーが呟いた。




 大きな窓から、空の光が差す。
白塗りの壁にくっきりと光が映え、飾られた植物が嬉しそうに光を浴びている。
小さなベッドに低い天井。壁から張り出した同じ白塗りの棚には、木彫りの人形やぬいぐるみが
所狭しと並べられている。どこか暖かみを残すこの部屋を、ユナは知っていた。

ベッドの上で足を抱え込んで何も受け入れようとしないユナに、グレミオはそっと傍らに座った。

「ユナ様、グレミオです。覚えてますか?」

 差し込む光が形を変えた頃、優しげにグレミオが呟いた。

「・・・・・・」

「・・・物心つく前の頃ですもんね・・・覚えて無くて当然ですか・・・」

 腕の隙間からグレミオを見つめると、グレミオはみるみるうちに涙ぐんでいく。
深いシワに涙がたまって、流れ落ちた。

「私はユナ様の世話係をゼニス様から仰せつかっていたんです・・・ユナ様・・・生きていてくださって
本当に良かった・・・」

 あふれ出る涙をエプロンで拭き上げる。
ユナは心の中に詰まる思いが走りようやく顔を上げた。

「・・・・・・ごめん・・・オレ良く覚えてないんだ・・・」

 グレミオは口に手を当て涙を耐えると、首をぶんぶん振った。

「そっ、そんな!ユナ様が謝る必要なんてないんですよ!」

 見つめたグレミオの瞳に、枯れる事のない涙が溢れていた。

「・・・うっ・・・本当に・・・アイリーン様にそっくり・・・こんなに大きく美しくなられて・・・」

 アイリーン・・・?
懐かしい、もどかしい・・・

右手に持っていた横笛を、両手でぎゅっと握りしめると不意に奇妙な言葉が漏れた。

「・・・母さん・・・?」

 ゆっくりとグレミオは微笑み、頷いた。

「アイリーン様は・・・それはそれは美しいお方でした。
その銀の横笛はアイリーン様の物なんですよ」

「母さんの・・・」

 この横笛を吹くといつも心地良い気分になれたのは
・・・母さんのおかげ・・・

「ユナ様はアイリーン様の笛が大好きでしてね・・・裏門の庭園で笛を奏でるアイリーン様とユナ様のお姿をよく見かけました」

 そう言われても全く思い出せない。
ユナの記憶に母の姿は存在していなかった。
逆に父親の存在はこんなにも憎く心に残っているというのに・・・。

「私ごときメイドが口にする事では有りませんが・・・アイリーン様とゼニス王は心からユナ様を愛してらっしゃいました・・・。ユナ様を手放したのも、やむにやまれぬ事情があっての事です。
その事だけ、お心にとどめておいては頂けませんか・・・?」

「・・・・・・」

 ユナは何も応えずに、ぎゅっと唇を噛み締めて
 
「・・・悪い・・・一人にしてくれないか・・・?」

 再び膝に顔を埋めて背を向けた。
グレミオは頭を下げると心配そうに部屋から出て行った。





「・・・・・・・・・・・・」

 横笛、記憶、ゼニス王、アイリーン、黒い翼
蘇る映像を振り払うかのように、ユナは首を振った。

いやだ、いやだ、こんなのいやだ
こんなの、オレの記憶じゃない
思っていたオレの過去じゃない

黒い何かが体の中を無数に徘徊している。
痛い程両手で自分の体を押さえつけた。

いやだ いやだ いやだ

もう消えてしまいたい・・・・・・・!

「・・・いて・・・っ」

 はっと弾かれたようにその方向を向く。

「あの木を登ってきたんだが・・・」

 頭には青々とした葉がついていた。
窓から入ってきて、信じられない顔をしているユナのすぐ側まで来る。

「なんだ、泣いているかと思ったら元気そうだな」

 先ほど無言だった分、珍しく良く喋っている。
頭をくしゃくしゃと撫でてはっぱを迷惑そうに取り除く。

その仕草が・・・その言葉が・・・たまらなく嬉しく・・・たまらなく優しく感じた。

「・・・・・・・・・くっ・・・」

 今まで不思議と出なかった涙が、急に瞳に溢れ出してくる。

「おっ・・・おい、どうしたんだ急に!」

「う・・・くっ・・・うぅ・・・」

 泣くのを我慢してたわけじゃない。しかし意志とは反対に溢れる涙は止まらない。
体の中の黒い物が、涙となって体から溢れてくるようだった。

「・・・変な奴だな」

「う・・・っ・・・ふ・・・・・・っううっ・・・」

 泣きやみそうも無いユナ。
テリーは息をついて傍らに座ると、ユナが落ち着くまでずっと側についていてくれた。





 窓から差す光が遂に夕暮れに変わる。
ユナの嗚咽が収まった頃、テリーはようやく声をかけた。

「・・・良くここまで泣けるな」

 いつもの皮肉。ユナは真っ赤に腫れた瞳で少しだけ顔をあげる。

「こんな時くらい、優しい言葉かけてくれたっていいだろ・・・」

 いつもと同じ皮肉の応え。
知っているいつものユナ。テリーは安堵してふっと笑った。

「バカ」

「バッ・・・バカは無いだろ!こっちは記憶取り戻してそりゃもう大変な思いしてんだからさ」

 赤い目で口を尖らせる。テリーは黒い翼に目を向けて

「・・・それにしても、お前が天空人だったなんてな・・・」

 少しだけ言いづらそうに切り出した。

「ああ、本人のオレが一番ビックリだよ。しかも、まさか、ゼニス王の子供だったなんて・・・
一人娘みたいだし、将来この城継ぐ事になんのかなーなんて・・・」

「バカ」

 思った事がそのまま口を突いて出る。
少しは心配していたのに、案外楽天的なユナに拍子抜けしてしまった。

「あっ、まっまた言った・・・!んだよホントに酷いよな、こんな時くらい・・・優しくしてくれたって・・・」

「もう少し”しおらしく”していたら考えなくは無かったけどな」

 そんな悪戯っぽい言葉を残して立ち上がる。
部屋の扉から出ていこうとするテリーをユナが呼び止めた。

「ごめん、テリー・・・ありがとう・・・。来てくれて・・・凄く嬉しかった・・・・・・・」

 その言葉を聞いて、テリーの手が止まる。
一呼吸置いて振り向かずに呟いた。

「別に。姉さんやあのうるさい女が心配していたからな・・・様子を見に来ただけだ」

「・・・うん・・・」

 ユナの言葉を聞くと、そのまま一度も振り向くことなく出ていった。

「テリー・・・ホントにありがとう・・・・・・」

 誰も居なくなった部屋で、一人ユナは呟いた。



 窓を開くと気持ちの良い風が吹き抜けた。
部屋からは城の全貌から広大な草原、地平線までが一望できる。
沈みかけた太陽が夢の世界を真っ赤に染めあげていた。

夜になる前に・・・ここを出よう。
ユナは心の中でそう決心していた。




 城をぐるりと囲む庭園。テリーはそこで沈みゆく夕日を眺めていた。
ヘルクラウドと全く同じ作りの神の城、闇に飲まれたあの時の記憶が虚ろながら蘇ってくる。

記憶・・・。
脳裏に良く知っている仲間の顔が浮かぶ。

『いやあああああっ!』
絶叫、涙、黒い翼、そして別れ際に垣間見た悲しげな顔。

「・・・・・・」

 なんとなく嫌な予感が胸を過ぎる。
その予感を源に足を踏み出すと、木のざわめきと一緒に声が聞こえてきた。
その一つは自分の良く知っている声だった。




「止めないでくれ、グレミオ。オレはもう皆と一緒に居る事は出来ないよ・・・」

「・・・・・・っ!」

 遠くで聞こえる声は確かにそう言った。
テリーは声を押し殺して忍び足で近づくと、裏門にユナと先ほどのメイドの姿が見えた。

「そんな事をおっしゃって・・・!一人でいったいどこに行くおつもりなのですか!?」

 メイドがユナにすがりつく。ユナは首を振って

「大丈夫、オレ、ルーラ使えるし・・・不安定でどこに飛んじゃうか分からないけど
かえってそっちの方がいいのかもしれないし」

「お願いですユナ様、そのような悲しい事はおっしゃらないで下さい!皆さんもきっと心配されます
このグレミオも・・・それに、ゼニス王も・・・!」

 最後の言葉を聞いて、ユナが止まった。
ゆっくりとグレミオから距離を取って一歩、二歩裏門に近づく。

「あいつは・・・きっと心配なんてしないよ。オレは王家の恥さらしになるからな。
このまま姿を消した方があいつにとってもオレにとっても一番良いんだ」

 キッパリと言い放つ。

「そんな事・・・!」

 ユナを止めようと差し出した手は黒い翼を目にして止まった。
行き場の無くなった手を胸の前で辛そうに握りしめる。

「この黒い翼の意味・・・知ってるなら分かるよな?オレが出ていこうとしてる理由も
知ってるならもうこれ以上止めないでくれよ・・・」

「ユナ様・・・」

 グレミオはその場に崩れ落ちた。そして最後に悲しそうに言葉を押し出す。

「その黒い翼は・・・下界の人間と交わった証・・・ですが
ユナ様が本当に愛しているお方でしたらゼニス王も許して下さるはずです!」

「・・・・・・・・・!」

 二人の会話を聞いていたテリーの目の前が、一瞬真っ白になる。
今、なんて言った・・・・・・?
信じがたい真実は、動揺するテリーを待ってはくれなかった。

「ちがう・・・・・・」

 鳥が巣に帰っていく声にかき消されそうな程
小さく消え入りそうな声でユナが呟いた。

「愛なんて有るわけ無い・・・あそこにあったのは・・・欲望と嘆きと絶望だけだった・・・・・・」

 黒い翼と一緒に小さな肩がわなわな震えた。
振り向いたユナの瞳はあの時、絶叫したユナと同じ怒りと悲しみに満ちあふれていた。

「ガンディーノって・・・知ってるか・・・?」

 グレミオの言葉を待たず、ユナは話を続けた。

「今から10年くらい前、酷い暴君が治めていた街の名前だよ。
高い税金と圧政は人々の暮らしや心までも貧しくしていった。税金の払えない人々は
自分の子供すら売って金にかえた、そうでもしなきゃ生きていけなかった。
ホントに・・・酷い街だったんだ・・・」

 脱力してユナを見上げるグレミオと
動悸を必死に抑え、息を殺してユナを見つめるテリー。

「そんな街でオレは子供のいない夫婦に拾われて、数年間その夫婦と一緒に過ごした。
貧しかったけどオレたちは・・・オレは少なくとも幸せだったんだ・・・だけど・・・・・・」

 喉から何かがぐっと込み上げる。涙なのか悲しみなのか憎悪なのか分からない。

「どんどん高くなる税金と、どんどん厳しくなる罰に拾ってくれた夫婦はオレをギンドロ組って
人身商売してる所に売った。オレはそれでも、仕方ないと思った」

 語りながら思い返して、辛い記憶を噛み締めた。

「ギンドロ組は税金代わりに国に奴隷を献上したり、他国から来る商人や金持ちに奴隷を売る
商売をしていた。そして、売れ残った奴隷は・・・・・・」

 ユナの唇が震えながら動いた。

「娼婦まがいの事をさせられてた・・・」

「-------- ・・・っ!!」

 その言葉の意味は一瞬にしてテリーとグレミオの心を飲み込む。
その意味を否定したかったが、潤んだユナの瞳がそれを許さなかった。

「前置きが長くなって悪い・・・。オレはギンドロ組で売れ残った奴隷の一人だった・・・。
だから・・・この黒い翼はそんな綺麗なもんじゃないんだ・・・」

 ドクン。
テリーの胸が激しく揺らいだ。
足下が音を立てて崩れていく感覚。

嘘・・・だ・・・・・・。
出会った頃から今までのユナの記憶が駆け抜ける。
嘘だ・・・嘘だ・・・
一歩、二歩後ずさってドンっと後ろにあった木にぶち当たった。

「ユナ様!!」

 グレミオもふらふらになりながらようやく立ち上がって叫んだ。そして泣きながら何度も頭を下げる。

「そのような、お心の内を何も知らずに出過ぎた事を申し上げてしまって本当に申し訳ありません
・・・。グレミオは・・・まさかユナ様がそのような辛い事を経験されていたとは想像も及ばなくて
・・・・・・うっ・・・なんと・・・・・・申し上げたら・・・・・・っ・・・」

 涙で言葉が詰まる。号泣する直前でなんとか踏みとどまるが、それ以上の言葉は出なかった。
ユナは瞳にたまる涙を腕で拭うと、グレミオへと近づいた。
自分より少し背の低いグレミオを抱きしめて

「オレ、あんまり覚えてないけど・・・今これだけは思う。オレの世話係がグレミオで良かった・・・・・・」

「------ ・・・ユナさ・・・!」

「心配しなくても大丈夫。オレは、またきっとこの記憶を自分で忘れる・・・
そして何もかも忘れて昔の、男っぽくて何も知らないユナに戻るんだ・・・」

 記憶を失った理由も男になりたかった理由も全てはこの辛い記憶が始まりだった。
精神のバランスを保つ為に意識下で自ら記憶を閉じこめて鍵を掛ける。
魔物が蔓延る荒れたこの時代に、そんな経緯で記憶喪失になる者は少なくはない。
ユナもその一人だった。

「そういうわけだから・・・もう止めないでくれよ・・・みんなには言わないで・・・・・・」

 泣き伏せぶグレミオの耳元で呟く。
グレミオは頷くことも首を振る事もなく、ただ何度も頭を下げると両手を覆いその場を走り去った。
グレミオの嗚咽はずっとユナの耳に残っていた。

「・・・・・・」

 はぁ。ゆっくりと深呼吸して、裏門から城を見上げる。

さよなら 皆 

さよなら テリー

そう言い残して裏門に手を掛ける。

「待てよ!」

 聞き覚えの有る声がユナを呼び止めた。

「逃げるのか?」

 弾かれたように声のした方を振り向く。
ユナにとって、今一番会ってはいけない人影だった。

「・・・テッ・・・・・・」

 動揺して言葉が出ない。そんなユナに代わりテリーが応える。

「・・・逃げるのか?過去からも記憶からも」

「------ ・・・!!」

 アメジストの瞳とその言葉に胸が射抜かれる。
一番知って欲しくない男に、全てを知られてしまった。
その現実はますますユナを打ちのめす。
走り出すユナより一瞬早くテリーの手がユナの腕を捕らえた。

「せっかくここまで来たのに、また逃げ出すのか?それで本当に良いのか?」

「・・・・・・・・・」

 ユナは何も応えなかった。
テリーはユナの言葉を待ち続ける。
夕日は沈んで、夕日の色を残した雲だけが赤く世界を照らしていた。

「・・・んで・・・だよ・・・」

 静かな庭園にユナの言葉が流れて消えた。 

「なんで・・・こうなるんだよ・・・オレはオレのままで、テリーの前から消えたかったのに------ ・・・」

 ポツ、ポツ、涙が俯くユナの頬に流れて地面を濡らした。

「逃げちゃダメなのか?オレは・・・テリーみたいに強くない、過去に立ち向かって強くなるなんて・・・
出来ない・・・・・・だから・・・もう・・・・・・」

「だから忘れるのか!?」

 テリーは掴んだ腕を引き寄せてユナを無理矢理振り向かせた。
振り向いたユナの瞳は真っ赤に腫れて大粒の涙が溢れていた。

「辛い過去も、辛い記憶も・・・皆の事も・・・そして・・・」

 オレの事も・・・

テリーの胸がぎゅっと音を立てて軋む。
その苦しみに耐えられなくて、テリーはいつの間にかユナを抱きしめていた。

「・・・・・・!テリ・・・・・・」

「忘れるなんて・・・言うなよ・・・・・・」

 テリーはあまりの息苦しさに胸を掻きむしりたい衝動に駆られた。
苦しくて切なくてどうしようもない。初めて感じる感情が、体中を駆けめぐる。

「消えるなんて・・・言うなよバカ!!」

「------ ・・・っ!」

 唇が触れた。銀髪が目の前でちらつく。
突然の出来事に、何もかもが真っ白になった。

「・・・・・・ん・・・っ」

 息遣い、唇の感触、長いキス・・・。
飛んだ意識がハッキリしてくる度に、ユナの中に信じられない思いが過ぎる。

そっと、テリーは唇を離した。

「・・・テ・・・リー・・・」

 苦しみでも悲しみでも無い涙がユナの瞳にあふれた。

「テリー・・・」

 愛しい名を呼ぶたびに涙が頬を伝う。

「テリー・・・・・・」


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