▼天馬の塔...


 神の城から見る朝日はいつもと全く変わらなかった。
そう、何も変わっちゃいない。
過去も真実も。
嫌な夢を見た事を忘れるように、ユナは水受けに水を張り思い切り顔を洗った。

「よしっ!」

 髪も整えて服を着替えると意気込んでバタバタと部屋を出る。

「ミレーユさん、オハヨウ」

「オハヨウ、ユナちゃん」

 廊下を曲がって客用の部屋から出てきたミレーユとばったり会う。

そこから見える大きな扉を開くと、そこにはゼニス王と全員が揃っていた。

「これで、全員だな」

 ゼニス王がゴホンと咳払いをして話し出した。

「ペガサスの実体がある塔だが・・・この城の庭園にある井戸から赴ける。危険な場所だが頼むぞ」

 しっかりとウィルの手を握りしめる。
ウィルや皆もそれに応えるように力強く頷いた。

ゼニス王は高級品とされる魔法の聖水や、世界樹の雫、世界樹の葉など貴重品の数々を
用意してくれた。

「お世話になりましたゼニス王」

「それはこちらの台詞だ。・・・では、気をつけて行くんだぞ」

 メイドに先導され大広間から出ようとすると

「ユナよ・・・」

 まさか呼び止められると思っていなかったユナの心臓がドキっと音を立てた。
ユナは振り向かなかった。

ゼニス王は立ち上がると、玉座の後ろに飾ってあった剣を取ってユナへ近付いた。
ユナの肩の重みがふっと消える、かと思うとまた慣れない重さが襲ってきた。

「・・・・・・?」

 思わずゼニスの方を振り返る。
おもむろに視線を落とすとユナが愛用していた大きな剣を手に抱えていた。

それじゃこの重みは・・・?

「その剣は昔この神の城を・・・いや、この世界を救った伝説の勇者が使っていたとされる剣だ。
強い魔力を秘めていてな、一振りすれば相手に幻影を、二振りすれば相手の魔力を封じられる。
ラミアスの剣にも劣らない力を持っているだろう」

「・・・・・・・・・?」

「天空人は戦いを好まぬ上に武術に長けた者も少なくてな、
その剣を使いこなす事が出来なかったんだが・・・今のお前になら装備できるはずだ。
王家の家宝、光の剣をお前に託そう」

「光の・・・剣・・・」

 そっと背に手を回す。
今までの剣よりも細身だが、何故か今まで以上に背中にフィットしている。

「・・・・・・・・・」

 剣を受け取っても、ゼニスの言葉を聞いても、ユナは言葉すら交わしたくなかった。
オレは許したわけじゃない。
天空城から落ちていく感覚、それを屋上からじっと見つめるゼニス。
この記憶だけは何故かはっきりと残っていたから。

「・・・頑張ってくるんだぞ」

「・・・言われなくても、そうするさ」

 ようやく出てきたのはそんな皮肉。
青いマントを翻して、ユナはゼニスの前から立ち去った。





「こちらの井戸です、どうぞ」

 用意された朝食をとり、ウィルたちは庭園の井戸へと向かった。
井戸の周りには強固な囲いがしてあり、中からは不思議な光が漏れている。

「大昔に旅の扉と呼ばれていた時空の歪みです。
この歪みに身を投じれば遠く離れた天馬の塔へ一瞬にして赴く事が可能でしょう」

「時空の歪みに身を投じるか・・・なんか、ゾっとしないな・・・」

「ハッサンってばほーんと、体はおっきいのに臆病なんだから〜」

 小さな井戸をのぞき込むハッサン。お先にとばかりにさっさとバーバラが飛び込んだ。
続いて皆が飛び込む、取り残されたハッサンも目を伏せておそるおそる井戸へ飛び込んだ。




「いてっ!」

 飛び込んだはずなのに、いつの間にか地面に投げ出されている。
ハッサンは顔を押さえて辺りを見回すと整備された庭園とは違い、荒れ果てた森の中。
ちょうど出てきた真上にポッカリと青い空が覗かせている。
きっとここに天馬の塔が有るんだろう。

「見渡す限りの森・・・・・・だな。何処になにがあるのか、どっちが北なのか南なのかさえ・・・」

 ウィルの言うとおり、背の高い木々に遮られ何も見えない。

「魔物の気配はないわ・・・皆手分けして探しましょう。きっとこの近くに天馬の塔があるはずよ」

 ミレーユが提案する。

「じゃあ、さっそく探すぜー」

 先ほどまで時空の歪みに怯えていたはずなのに、
異様に張り切っているハッサンが一番に飛び出す。
ハッサンに続いて皆も手分けして天馬の塔を探し出した。

「ユナ、アタシたちも探そっ」

 隣にいたバーバラがそういつものように声をかけてくれる。

「うん・・・」

 ユナは背に担いだ光の剣を確かめながら、返事をする。
バーバラはユナの微妙な思いに気付かない振りをして、強引に森の中へ引っ張っていった。

ペガサスの実体があるという天馬の塔を探しに・・・。




 天馬の塔。
それは思っていたより早くに見つかった。
ハッサンが意気揚々と塔を見つけて帰ってきたのは日が一番高くなってからの事だった。
早速皆は塔攻略へ向けての準備をする。

「よし、じゃあ天馬の塔へ出発するか」

 ハッサンの指示通りに木を掻き分けて進むと、いつの間にか視界が開けた。
深い森の中心に、雲までも突き抜けそうな高い塔がそびえ建っていた。
あまりの高さに、倒れてきそうな感覚すら覚える。

「うっひゃぁ〜こりゃあ・・・登んのは大変だな・・・」

 ゴクリと息を飲み込むハッサン。
馬車を引きずって塔の中へ足を踏み入れた。




 天馬の塔には手強い魔物が想像以上に潜んでいた。
上空から襲ってくるキラーモス、
大きな足音をたてて近付いてくるトロル、
多彩な魔法を使いこなす暗黒魔道
それらの立ちふさがる魔物を倒しながら奥まで進んでいった。

光の剣。
その切れ味は今まで使ってきた大剣とは比べ物にならない程鋭かった。
剣の軌跡が光を描き、たまに魔物を見とれさせたりもする。

一振りすればマヌーサの効果を
二振りすればマホトーン。
呪文すらも発動できる便利なものだった。

「はぁー・・・・・・」

 一体どのくらいの階段を登ったのだろうか。足がガクガクで、大分体力も消耗している。
思わずユナはため息を漏らしてしまった。

「そう言うなよユナ、皆疲れてんだ」

「頑張ろう、もうあと少しだよ」

 同じようにため息をつくハッサンと励ますウィル。
お互いを支え合いながら、確実に塔の最上階へと近付いていた。

吹き抜けの壁から見える景色は世界を見渡し、雲をも越えた。
パンパンに張った足で、階段を上りきると頭上から太陽の光が降り注ぐ。
そこには立派な馬に立派な翼の生えた石像が安置されていた。

「ペガサスだ・・・ついに見つけた・・・」

 ペガサス、翼の有る白馬。奇跡の象徴。
しかし目の前にあるのはそれとは別のものだった。

灰色の体に灰色の翼。
ペガサスの姿を象った石像は翼を広げて今にも何処かへ飛んでいきそうであった。

「石化・・・?」

 ウィルが呟く。

「オレたちの時と同じだな、じゃあ世界の何処かにペガサスの魂が・・・?」

「ヒィンッ!」

 ファルシオンの声に驚いて皆が振り向く。

「ヒイインッ!」

 蹄を蹴り上げて、滅多に興奮しないファルシオンが叫んだ。

「オッオイ!どうしたんだよ、ファル・・・」

 ハッサンが落ち着かせようと手綱を引いた瞬間、眩い光が天を突き抜けた。

突き刺す光に目を伏せる、次に目を開けた時には石像はなかた。

「ペガサスの石像が無い!?これはどういう事だ!?」

「ヒイィン!!」

 ウィルの問いに答えるようにファルシオンがいななく。
背中には見覚えのない翼が羽ばたいていた。
 
「ま・・・まさか、ファルシオン!?お前がペガサスの魂だったってのか!?」

 そのまさかだった。
ファルシオンは3人を馬車に押し込めると、白い翼を広げて自由の空へ駆け上がった。

「ス・・・スッゲー!!」

 世界中が見渡せる。空も山も森も海も・・・

「キャア!本当だわ!まさかファルシオンが伝説のペガサスだったなんて・・・!」

 バーバラが馬車から身を乗り出し、歓声を上げた。

「ペガサスは、時空を飛び越えられるって言っていたわね。このまま、狭間の世界に突入するのね」

 興奮する皆に冷静にミレーユが問いかけた。

「・・・ああ、そのつもりだ。皆、準備はいいかい?」

 ウィルの言葉に皆はしっかりと頷いた。

「よし!それじゃ、行くぞ!ファルシオン!!」

「ヒヒィーン!!」

 ファルシオンは空を蹴って、大空へと駆けだした。

皆は興奮で息を飲んだ。
ハザマの世界
そこがどんな恐ろしいところかも知らずに。


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