▼葛藤...
一泊野宿をした次の日の朝、街道に沿って欲望の街が見えてきた。 街の外にファルシオンを繋げ、欲望の街より有る程度立派な街門をくぐる。 「へぇ〜ここは活気があるじゃねえか」 街全体が市場かバザーでも開いているかのように、軒並み店や露店が並んでいた。 露店の見たこともないような奇妙な物に心を奪われながら、ハッサンが言う。 「嫌な意味でね」 回りを見回してミレーユが言った。 物売りの甘い言葉を迷惑そうに振り切って。 「ここには人々の欲望が渦巻いています。皆さん、気をつけて下さいね」 チャモロは差し出された品物に首を振って、寄ってくる物売りをかいくぐる。 「オレは情報を集めてくる。皆も色々町の人から情報を集めてみてくれ。 あ、それとハッサンにユナ、バーバラ」 もう既に品物を見定めている三人にウィルが目を伏せて忠告した。 「くれぐれも大量に要らない物を買い込んだり、騙されて変なことになったりしないように・・・頼むよ」 「はーい」 3人一緒に答えるが、いささか不安を隠せない。 もう一度、ウィルは念を押すと皆バラバラに散っていった。 テリーは人混みを避け、町はずれの墓地に来ていた。 一応酒場には行ってみたが、バカ高い酒を勧められるばかりで話すどころでは無かった。 墓地の湿った空気が自分に合っている気がして、テリーはふっと息をついた。 『なんだそのツラは』 「------ ・・・っ!!」 突然聞こえた奇妙な声。テリーは反射的に剣を抜いて身構えた。 「はっ本当に気付かなかったのかお前?ヒャハッどうしちまったんだ一体」 目の前の空間がぐにゃりと歪む。 デュランの所に居た時に知り合った、不快な障気をまき散らす三つ目の小さな魔物 キラーバットだった。 デュランに必死に取り入ろうとした小汚い魔物。周りの魔物に比べたら小物だったが その素早さと魔力の高さにはデュランも一目置いていた。 テリーは剣を収める事もなく気を張って、行動を伺っていた。 「欲望の街か・・・デュラン様に拾われなかったらお前は確実にこの街に落ちてただろうによ」 「お前、一体なんのようだ!」 隙をついて剣を突きつけたつもりが、相手はゆらりとかわしてテリーの後ろに回り込んだ。 「昔の知り合いが会いに来てやったってのに、連れねぇなぁ・・・テリー」 「くっ!」 振り返りざまに剣を振るうが、また空しく空を切るだけだった。 「なんだ、その不抜けた剣筋は。デュラン様の所に居た時はもっと鋭くて殺気に満ちてたぞ。 本当にどうしちまったんだお前」 「うるさい!!」 しかし剣は何も捕らえる事は出来なかった。 キラーバットは高笑いするとテリーの手の届かない場所に飛び上がり 気持ち悪い三つ目で舐め回すように見つめた。 「牙の抜けた獣だな。あの頃のお前は殺気、強さへの渇望、飢え、それらを身に纏って鋭い刃 そのものだったってのに。・・・何をそんなに満たされちまってるんだ?すっかり丸くなっちまって」 不快な笑いが墓地に響いて、耳に張り付いた。 「そんな剣筋で魔王様に立ち向かおうなんて、むざむざ死にに行くようなもんだぜ。 また闇の世界に戻ってきたらどうだ?オレの下僕くらいにならしてやってもいいぜ?」 「・・・・・・」 テリーは何も言わず、鋭い眼光でにらみ付けた。 「ヒャッ、そーかい。それなら、せいぜいあがけ。まぁ結果は見えてるがな それまで楽しく見物させてもらうぜ。お前と、お前の仲間が死ぬまでをな」 また空間が歪むと、小悪魔は既に消えていた。 落ち着いて気配を探るが、もうこの周辺には居ない。 ゆっくりと剣を収めて、テリーは唇を噛んだ。 デュランの所に居た時は、あんな奴オレの敵じゃなかったのに。 一度も捕らえられず、かする事も出来なかった。 『牙の抜けた獣だな。何をそんなに満たされちまってるんだ』 小悪魔のセリフが耳を突く。 普段ならあんな悪魔の言う事なんて気にも止めないはずなのだが 心のどこかで思っていた事を言い当てられて動揺してしまっていた。 近寄りがたい殺気も 強さへの渇望も 耐え難い憎悪も 昔の自分と比べて明らかに薄れていた。 「くそっ・・・!」 もう一度雷鳴の剣を振るうと剣の青い軌跡が描かれて消える。 意味のない苛立ちがテリーの中でずっと渦巻いていた。 一方ユナは、一応言われたとおりに情報を集めてみようとは思ったものの この街では情報を聞く前にまず物を買うように勧められる。 どうも押し売りや甘い言葉に弱いユナはこの事を恐れてウィルの頼みを断念する事にした。 本当に変な事になったりしたらマズイ。 そんな予感が思わず胸を過ぎった。 代わりに人の少ない町外れを探索してみると、そこで人気のない墓地を見つけた。 「・・・あっ・・・」 銀髪の少年が墓前の前に静止している。 しばらくしてふらりと立ち上がった。 「テリーじゃないか、こんな所で何やってるんだよ?」 驚いた顔をして振り向いたので、何だか笑いが込み上げてしまう。彼の側まで駆け寄った。 「墓参り?誰の?」 「・・・・・・」 テリーは目も合わせず何も応えなかった。 「あっ、もしかして物売りの誘惑から逃げるためか?」 「・・・・・・お前と一緒にするな」 しばらく無言の後、気だるそうに応えた。 テリーは足の向きを変えさっさと引き返そうとする 「テリー!あっあのさ・・・」 言おうか言うまいかずっと迷っていた。 だが、どうしても聞いておきたくて、ユナは意を決してテリーを呼び止めた。 テリーは足を止めたが振り向かなかった。 「この前・・・神の城でさ・・・オレが娼婦として働かされてたって事聞いただろ・・・? ・・・変な話・・・それ聞いてどう思った・・・?」 少しだけ振り向いて視界の隅にユナを映す。 「・・・どう思うって・・・何の事だ?」 「娼婦として働かされてたオレをどう思ったかって、事だよ・・・。 男ってさ、やっぱり、良い感じはしないのかなって思って・・・」 自分本位な質問に自分でも呆れてしまう。 でも、どうしても聞いておきたくて赤い顔で言葉を押し出した。 「聞いてどうするつもりだそんな事。お前が娼婦として働らいていようがいまいが オレには何の関係もないだろ」 テリーらしい答えと言えば答え。ユナは気まずそうに視線を泳がせて 「な、何だよ、その言いぐさは・・・っ・・・オレは、ただテリーが オレの事・・・過去を聞いてどう思ったのか知りたくて・・・」 「何度も言わせるな。お前の事なんて、オレには関係ない」 「------ ・・・っ」 テリーは振り向いて、冷たい瞳で冷たい言葉を返した。 濁った空気がユナとテリーを包む。 魔王の魔力が溢れている狭間の世界だからだろうか ユナは珍しく悲しみよりも言葉が先に先行した。 「そんな言い方、酷いじゃないか!」 こんな事、言うつもりなんてなかったのに。 「だって・・・だって・・・オレの事、慰めてくれたじゃないか! 関係無いなら、なんでキスなんか・・・したんだよ・・・!」 自分が何を言っているのか分からない。 欲望の街にとどまる空気がそうさせるのか ずっと抱え込んでいた思いが言葉になって現れる。 テリーを見る事が出来ずにやり場のない視線を地面に落とした。 「・・・何を自惚れているんだ?」 向こうは真っ直ぐにユナを見つめて言う。 「・・・っ!別に自惚れてなんか・・・!」 「お前、オレに惚れてるんだろ?」 「・・・・・・!」 テリーの、どことなく呆れたような口調。ユナは視線を落としたまま動けなかった。 「・・・お前が居なくなったら、姉さんが心配するからな・・・。 キスはお前を引き留める為のただの手段だ。愛情でも友情でも何でもない。・・・・・・同情だ」 「------ ・・・っ!」 心臓を剣で一突きされたようだった。 その耐えられない苦痛に顔が歪む。俯いてその苦しみを耐える事で精一杯だった。 「・・・テリー・・・なんだよ・・・オレの気持ち知ってて・・・」 「とっくに知ってる。そしてお前も、オレの気持ちは知ってるはずだ。 お前なんて女として意識した事なんてない、これからもする事はないだろう。 だからもう、オレに近付くな」 辛辣な言葉を、テリーは容赦なく俯いているユナに浴びせた。 言葉は刃となってユナの胸をえぐる。あまりの苦痛に、涙さえ出てこない。 「・・・目障りだ」 最後にそう吐き捨てた。 ユナは肩を震わせ、込み上げる痛みをこらえ口を開いた。 「・・・じゃあ・・・何で?」 「------ ・・・・・・」 「何で、オレが悲しんでる時にわざわざ慰めたりしてくれるんだよ? 関係ないなら、目障りなら、オレの事なんて放って置いてくれればいいだろ!!」 ユナは顔を上げて、テリーに向かってそう叫んだ。 瞳には悲しみも苦しみも怒りすらも涙と一緒にたまっているようだった。 「テリーがオレの事何とも思ってないのは分かってる。だから・・・っ気を持たせるような事するなよ!オレの気持ち、知っててからかうのはもうやめてくれよ!!」 静かな墓地にユナの悲痛な叫びが響く。 テリーに対して自分の想いをこんなに口にするのは初めてだった。 ずっと心の底に沈めておくつもりだった。 言葉になってしまった想いはユナから離れ、制御が効かなくなっていた。 「------ ・・・そうだな・・・同情なんてオレのガラじゃなかった」 そんなテリーの言葉にユナは背を向け、空を見上げた。 心に沈めた想いは汚い言葉となってはき出された、しかし別の何かがたまって心を重くする。 「・・・もういいよ・・・。お前の言う通り、もう構わないし、近付かないよ・・・」 声が震える。 ユナは崩れそうな体を必死に押しとどめた。 「ああ・・・そうしてくれ・・・」 ユナはその言葉を聞くと、逃げるようにその場から走り去った。 青いマントが街に消えると再び墓地は静寂を取り戻す。 寂しい木枯らしが吹く音と、先ほどユナに言われた言葉だけが頭に響いていた。 「・・・・・・そうだ、こんなのオレのガラじゃない・・・」 テリーは独り言のように、そう呟いた。 「ユーナっ!こんな所にいたんだねっ!」 赤毛の少女が、やっぱり物売りから逃げてきたのか人気のない町はずれで 相方を見つけ駆け寄ってくる。 相方の元気の無い顔に、不審に思い再び声をかけた。 「・・・・・・どうしたの?」 「べ、別になんでもない!」 ユナは慌てて顔を背けた。 回り込んで素早く顔をのぞく。頬に残る涙の後。 「わっ!」 慌ててゴシゴシと顔を拭った。 「・・・・・・泣いてたの・・・?」 慌ててユナはブンブンと首を振る。 バーバラは、泣かせるような人物を一人しか思いつかなかった。そう、あの無愛想な剣士。 「まぁたテリーに何か言われたのね〜!まったくあいつ、どうして素直になれないのかしら ほんっとにもうっ!」 その張本人を捜しに行こうと体を振り向かせると、 腕を掴まれた。そして頼りない声が聞こえてきる。 「さっき、テリーに思い切り振られたよ・・・」 「え・・・?」 ユナは顔をやっとあげて、ハハっと呆れたように笑った。 「散々酷いこと言ってくれちゃった挙げ句、女として見た事もないんだってさ。 さすがのオレでも、打ちのめされたぜ」 「ユナ・・・」 「でも、ま、いつかどうにかしなきゃいけないって思ってたから、案外これで良かったのかもな。 ようやくこれで吹っ切れて先に進める」 悲しいくらいに無理な笑顔。 嘘をつくのが本当に下手なユナを見て、バーバラの胸がぎゅっと鳴いた。 「あーあー、テリーももったいない事するわね〜こ〜んなにいい女をふっちゃうんだもん 見る目無いわ〜!まぁ、裏を返せばあいつにユナは勿体なかったって事よ きっといい男が世の中には沢山居るわよ、アンタ可愛いしすぐに恋人出来るって! アタシが、保証する!」 相変わらずまくし立てるような口調。ユナはキョトンとしてすぐに笑った。 今度は本物の笑顔だ。バーバラは安心して 「何で笑うのよ〜。このバーバラちゃんが褒めてあげてるのよ!感謝しなさい!」 バンっと思い切り肩を叩いた。 「でも、ま、テリーの事。・・・何かあったら相談しなさいね・・・一人で抱え込むなんて 絶対アタシ許さないからね」 「・・・うん・・・ありがと・・・」 バーバラがいて、本当に良かった。心から思う。 独りで泣いてるより、悩むより、聞いてくれる奴がいた方が全然楽だ。 明るく振る舞うバーバラに元気を分けてもらった気がして心が少しだけ軽くなった。 それから数日後、 ウィルたちは欲望の街から北に有るという牢獄の街に向かっていた。 牢獄の町・・・。 その不気味な名の通り、このハザマの世界で魔王に逆らった者たちが閉じこめられている 場所らしい。 その人々を助けるべく、気を引き締めて馬車を走らせた。 ガタガタガタ。 馬車は全く整備されず、小石や土埃のたまった街道を進む。 激しい揺れの中で、ユナは数日前の出来事を思い出していた。 あれから一度もテリーとは会話もしていなければ、目も合わせていない。 お互いがお互いを避けていた。 『ユナ・・・』 ユナの鞄からピョコっとスラリンが顔を覗かせる。 『お願いだから元気出してよっ!ユナが元気ないなんてつまんないよ! テリー・・・から言われた事はショックだったかも知れないけど・・・ユナには僕たちがいるんだから!』 ピキーピキー!と必死に訴えた。ユナはやっと少しだけ笑って 「ありがと。そうだよな、オレにはスラリンや、バーバラや、皆だって居てくれるんだよな。・・・大丈夫、あいつの事は、もう気にしてないよ」 『・・・・・・・・・』 うわべは確かにいつものユナだったが、スラリンには分かっていた。 どれだけユナが傷ついたか、どれだけその事を引き摺っているのかも。 「おい、ユナ、バーバラ、ハッサン!牢獄の町についたぞ!」 馬車が止まったかと思うと、ウィルがカーテンを開いた。 馬車の外には相変わらず暗雲が立ちこめる 目の前には街と言うよりは大きな岩が集まった要塞が立ちはだかっていた。 「こっここが・・・牢獄の街・・・?」 ユナと同じように外を見つめたバーバラが言葉を失った。 まるで岩で出来た要塞。長くて高い塀がそれらを囲むように聳えている。 その塀に城門のような強固な門が見えた。 「あれが・・・街門かよ・・・もしかして・・・」 「そのようだな、とにかく行ってみるしかない」 ウィルは息を飲んで、ゆっくりとその門に近付いた。 門の外に厳めしい大男が二人も待ちかまえていた。 「何しに来た?」 門番らしく大男は予想通りの図太い声で尋ねてくる。 片手で軽々と持ち上げている大きな斧を、今にも振り下ろしそうな勢いだ。 「・・・街に入れてくれないか」 「・・・・・・・・・何・・・っ!」 「オレたちはこの街を、いやこの世界の人々を救いに来たんだ」 キッパリとウィルは答えた。 男の雰囲気が変わって、ピンと緊張が張りつめる。 皆は身構えて反応を待った。 「お前たち正気か?それとも魔王の魔力に毒されて狂っちまったのか?」 大男は怪訝な顔で見つめる。 「兄者・・・こいつら・・・」 となりでずっと黙り込んでいた背の高い男に目を向けた。 背の高い男はじっと黙ったままウィルを見つめて 「弟よ、やっと救世主が現れたようだな」 ニヤリと笑った。 「うおおっ!!」 大男が天に向かって叫ぶ。 「・・・・・・?」 救世主? 今度はウィルが怪訝な顔で見つめ返してきたので、大男はズシンと斧を下ろして話し出した。 「私たちはこの門を守りながら、ずっと待っていたんです。 この町の人々を助け出せるような強い意志と力を兼ね備えた者・・・救世主を」 となりでウムと無口な兄も頷く。 「そうなんですか・・・この世界にも希望を失っていない人が居たんですね」 ミレーユも振りかざしていた杖をやっと下ろす。 男たちの殺気が完全に無くなったのを切っ掛けに皆も武器を収めた。 「親玉アクバーを・・・アクバーを倒して街の皆を、そして、大賢者クリムト様を救ってください!」 長身の大男が兜を脱ぎ捨て懇願した。 「クリムト?」 「この世界で唯一大魔王の居場所を・・・そこへ行く方法を知っている人なんです」 「なーるほど、だからアクバーって奴にここに幽閉されたんだな」 腕組みをしてハッサンが思考を張り巡らせている。 「街の人を救うために、私を信じて、言う通りに行動して頂けませんか?」 ウィル、テリー、ミレーユ、チャモロは怪訝な瞳で男を見つめ返した。 さすがに出会ったばかりのこんな大男に、そんな事を言われても気乗りはしない。 「どうかお願いだ、兄者の言う事を信じてやってくれ!」 隣で事の成り行きを見守っていた大男は土下座して頭を下げた。 「お前たちしかいねえんだ!」 その瞳は、信じるに値する瞳だった。 「ここの牢に入ってな!」 ずらりと並んだ牢屋。 その中の一室にウィルたちは全員押し込められた。 頑丈そうな鉄格子は、ご丁寧にもマホトーンまで掛けられていて どうあがいても中からは出られないシロモノだった。 「新入りですかい?」 鎧を身に纏った看守が大男に声をかける。 「ああ、魔王様に楯突く生意気な連中だ。せいぜい可愛がってやってくれ」 「ハハ、私はそれが仕事ですからね。良い仕事ですよ」 いつもこんな会話をしているのか、他愛ない世間話に聞こえる。 大男は看守に気付かれないよう『頑張れよ』と合図を送った。 「おい・・・あいつ本当に演技なのか?」 小声で顔をしかめるハッサン。 牢屋に押し込められる際、ちょうど背中に大男の蹴りが入ったらしい。 「それにしても・・・ここ、狭くない?」 顔をしかめるバーバラ。そう言ったとおり、ここは馬車よりも狭い。 それに仲間モンスターを含めたこの人数・・・なおさら息苦しい。 「そう思うんなら、早く大賢者クリムトとやらを助けようぜ」 いつもは無口なテリーが珍しくため息混じりに呟いた。 「そうだな・・・」 ウィルはポケットに手を入れて、事前に貰った牢屋の鍵を確かめた。 「あの大男が言った事が本当なら、ここはクリムト様が幽閉されている牢屋の近くらしいけど・・・」 囚人に厳しい目を向けながら徘徊する看守が目に入る。 「行動を起こすのは、あの看守がいなくなってからだ」 大男の言った計画はこうだ。 まず捕らえられたフリをして街の中に潜入する。 あらかじめ持っている鍵で牢屋から抜け出して、看守の目を盗んでクリムトを助ける。 あとはフイを突いて、親玉のアクバーを倒す。 アクバーの居場所はクリムトが知っているから・・・と。 徘徊していた看守が響いてきた鐘の音につられて出て行った。 大男が言っていた昼食を告げる鐘の音らしい。 看守が出ていったのをしっかりと確かめて、ウィルたちは鍵を開けそっと牢屋を抜け出した。 周りの囚人に気付かれると、やっかいな事になる。 ウィルたちは忍び足ですぐ隣にあった石畳の階段を下りた。 「ふーやれやれ、やっと出られたぜ」 階段を下りながら、ハッサンははぁーっと息を吸い込んだ。 カビくさい空気、しかしあの牢屋よりはマシだった。 「ハッサン、ここからが本番よ、気を引き締めて行きましょう」 「ふーい!勿論だぜ!」 階段を下りて、湿っぽい通路を進むと妙な罠がいくつも仕掛けられていた。 侵入者や兵士までもを堅く拒むこの造りは、この先に重要な物が有る事を暗示させる。 大賢者クリムトがこの先に居る。 皆は直感的にそう感じ、注意深く歩を進めた。 先頭はユナ。得意の忍び足で気配を消しながら歩いていたのだが 「・・・誰だっ!?」 その声に驚いて、思わずあっ!と声を上げてしまう。 この暗い視界、完全に気配を消して歩いていたのに感づかれてしまった。 この先に居る兵士はかなりの強者だ。 皆は剣を抜いて身構える。 暗闇の人影がようやく見えてくると、その人物は予想外に驚きの声をあげた。 「あなたはまさか・・・!!」 同じようにウィルも声をあげた。 「ソルディ・・・いや、トム兵士長!?」 金髪の髪にたくましい体、胸に付けているその紋章は 紛れもなくあのレイドックの物だった。 「なぜトム兵士長がここに・・・!?」 トムの剣が足下に転がる。 ガクリと膝を付いて放心した後、ゆっくりと話し出した。
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