▼犠牲...


「牢獄の街が・・・」

 クリムトに導かれて脱出したウィルは
牢獄の街と呼ばれていた岩の要塞が音をたてて崩れていく様を見て声を漏らした。

「おそらくアクバーの魔力が途絶えて、その形を維持できなくなったのでしょう」

 ウィルの呟きにクリムトが付け足す。

「ねぇ・・・ウィル」

 不安げな声に振り向くと、真っ青な顔のバーバラがたたずんでいた。

「ユナが・・・!ユナとスラリン、それにピエール、ホイミン、メッキーも何処を探してもいないのよ・・・!」

「・・・・・・!!」

 嫌な予感が一気に皆の胸の中を駆け抜けた。
追い打ちを掛けるようにミレーユの言葉も続く

「テリーもよ!!何処にも居ないわ!!」

「あいつまでか!?ったくどうなっちまってるんだよ一体!」

「まさか・・・二人の身に何かあったんじゃ・・・!」

 ウィルの言葉を切っ掛けに、皆は同時に崩れゆく牢獄の街に目を向けた。
ゴゴゴゴゴと雪崩のように岩肌が崩れている。

「マ・・・マジかよ・・・!!」

 ヘナヘナと座り込むハッサン。ミレーユとチャモロも青い顔で脱力する。

「そ・・・んな・・・ユナ・・・ユナァァァァッ!!」

 バーバラの悲痛な叫び声が崩壊していく牢獄の街にこだました。





「ピキィ・・・ピキキィ・・・!」

 逃げよう!逃げようよ!
岩の崩落の音に混じり、スラリンの甲高い声が響く。

「・・・・・・」

 ユナは動けなかった。ただその場に座り込んでうなだれたまま、沈みゆく街に身を任せている。

「ピッキィィィピキキィィィ!!」

 スラリンがグイグイとマントを引っ張るが、ユナはその場を動かなかった、いや動けなかった。
うなだれたユナの視界にピエールの兜の残骸が見える。

「・・・ゴメン・・・スラリン・・・お前だけでも逃げてくれ・・・・・・」

「ピキィ!」

「・・・クッ・・・とんだ目に遭っちまったぜ・・・!」

「・・・・・・!!」

 虫唾の走るその声にユナは我に返った。
上げた視線の先には大切な物を奪った悪魔。
悪魔は体中から青い血を流しながらも倒れることなくしっかりと立って、ユナを見据えている。

「フン、3流モンスターの自爆なんざ何匹で来たって同じ事だ・・・これが、1流と3流の違いだ・・・!」

「お前・・・生きて・・・!」

「オレをこんな目に遭わせた奴らへの恨み、お前で晴らさせてもらうぜ!!」

 翼を広げ、最期の力で飛びかかってくる。
悲しみにくれていたユナは状況を理解する間もなく、身構える事も出来なかった。

「ギェェエエエ!!」

 瞬間、けたたましい断末魔が耳をつんざいた。
ハっとして目を開けたユナは目を疑った。

「テ・・・テリー・・・おま・・・えぇ・・・・・・っ!」

 胴体と頭を切り離された魔物は、恨めしげにテリーを睨み自分の青い血にまみれて息絶えた。
テリーはちらりとユナに目を向けて

「・・・さっさと立て!脱出するぞ!」

 そう言うと剣の血を振るい鞘に収めて背を向けた。立ち上がろうとしないユナにもう一度促す。

「早くしろ!こんな悪魔どもと心中したいのか!?」

「・・・・・・そう・・・なのかもな・・・」

 ユナはテリーの言葉にも、また項垂れて肩を落とした。

「・・・ユナ!いい加減にしろ!」

 細い腕をぐっと掴み引っ張るが、その手を振り解いた。

「・・・皆を、置いていけないよ・・・」

「皆・・・?」

 周りを見回すと、見慣れた姿の一部が瞳を掠めた。
自爆・・・先ほどの爆音と共にそんな言葉が脳裏を掠める。
バラバラに砕け散った仲間モンスターの残骸は、失意のユナを牢獄の街に引き留めていた。
テリーは息をついて

「それなら尚更だ!あいつらはお前を助けようとして死んだんだろ!?
ここでお前も死んだら、あいつらのやったことが全て無駄になるじゃないか!」

 ユナはハっとその言葉に胸をつかれるもまたうつむく。

「でもオレ・・・オレだけ生きていくなんてそんな事出来ないよ・・・!
オレはここで皆と死ぬ!それが・・・一番良いんだ!」

「バカ!!」

 言い終わるか終わらない内に、テリーはユナの肩を押さえつけて叫んだ。

「・・・お前が死んで・・・悲しむ人間だっているんだぞ!」

 弾かれたようにテリーを見る。

「でも・・・でもオレ・・・」

 皆を見捨てられない。皆を見捨てたくない。
激しくなった落石は仲間モンスターの残骸を土へと埋めていった。
埋もれかけた残骸に手を伸ばそうとしたユナを

「・・・・・・くそっ!」

 無理矢理テリーは両手に抱えた。

「テリー!やめ・・・!オレ皆を・・・!」

 ズシンと後ろの柱が崩れたのを見計らって、テリーはユナを両手に抱え
出口に向かって走り出した。

「う・・・・・・うう・・・」

 最期に別れたその場所が次第に遠のいていく。
未練なく岩が全てを隠したが、ユナの中の幻影は消えなかった。

「メッキー・・・ホイミン・・・ピエール・・・」

 皆・・・ゴメン・・・・・・・・・!
ボロボロと涙が頬を伝わり、テリーの腕にも伝わってくる。

「・・・・・・バカ・・・」

 腕の中で泣き伏せぶ少女に、テリーはボソリと呟いた。





「ユナ!!」

 間一髪、崩壊に巻き込まれずに脱出した所でバーバラが待っていたかのように飛び出してきた。

「おまえら、無事だったんだな!!」

 テリーはハッサンの言葉に無言でユナを下ろした。

「ピッキィ!」

「スラリンも無事で・・・・・・あれ・・?」

 何かに気付いたウィルは周りを見回す。
いつもいる魔物たちの姿がいない。

「あいつらは・・・?」

 ユナは、何も言えずに俯いた。涙を耐える事で精一杯だった。
そんなユナに代わり、テリーは息をついて話し出した。





「・・・そんな事があったの・・・」

 ユナの姿にミレーユを始め皆は慰めの言葉を掛ける事が出来なかった。
仲間モンスターとユナとの絆を長い間ずっと見てきたのだから
痛いほど彼女の気持ちも分かっていた。
バーバラも何も言えずに、ユナの冷たい手をぎゅっと握りしめていた。

「皆さん!」

 ちょうどその時、トムの陽気な声が聞こえてきた。

「町の人たちは全員街へと送り届けましたよ!」

 クリムトと共に駆け寄ってくる。

「・・・あ・・・ああ、ありがとうトム」

「なにかあったのかね?」

 いつもと違う雰囲気に気付いて、クリムトは尋ねた。

「・・・はい・・・実は・・・」

 大賢者クリムトは異変に気付くと、話そうとしたウィルを制して首を振った。

「傷はホイミで治るが、心の傷はホイミでは癒せない。時間と自身の治そうとする意志が
必要不可欠だ」

 ユナに向けてそう言葉を送る。ユナは俯いていた顔を上げた。

「だが、今はその余裕が無い事も分かって欲しい。アクバーが倒れたとなれば
向こうも黙ってはおらぬだろう。ここで立ち止まれば、今度はもっと大きな犠牲が出る事になる。
・・・分かるな・・・?」

 ユナは神妙に、そしてゆっくりと頷いた。
クリムトもそんなユナに頷いて今度は皆の方を振り向いた。

「さぁ、魔王の居城はすぐ近くだ!皆、気を引き締めて行こう!」

 皆一応頷いたが、まだ心の準備は出来ていなかった。
ユナほどでは無いにしろ、ピエールたちはすっかり馴染んでいて大切な仲間だった。
その仲間を失って傷心しているのはユナだけでは無い。

「・・・皆・・・良い奴だったのにな・・・」

 涙ぐんでぼそりとハッサンが呟いた。また、重い空気が流れる。
ユナを見つめると、重い足取りながらも顔を上げ確実に前に進んでいた。
その決意を汲んで、皆も傷心のまま歩き出した。

「ユナ」

 馬車に乗り込もうとしたユナに、後ろでテリーが呼びかけた。

「・・・お前は・・・あいつらの為に生きろ。それが、あいつらにとって唯一の弔いだ」

「・・・・・・」

 ユナはその言葉に、真っ赤に腫らした瞳で頷いた。





「・・・・・・・・・」

 本当に馬車内は静かだった。
車輪が地面を蹴る音と道具たちの擦れあう音しかしない。
うつむいて何も言おうともしないユナの隣にバーバラがそっと腰掛けた。

「ユナ・・・元気だしなよ!あんたがそんな調子じゃ、ホイミンもメッキーもピエールも安心して
天国に行けないじゃないの!」

 明るいいつもの声がその空気を切り裂く。
ぽんっと、本当にいつもと同じようにユナの頭をはたいた。
彼女なりの気の使い方だった。

「・・・バーバラ・・・オレは、皆を助ける事が出来なくて・・・」

「何言ってるのよ!あんたは皆に助けられたのよ!!だから、あの子たちの分まで精一杯
生きなきゃいけない義務があるんだよっ!さっきだってテリーに言われてたでしょ!
あんたが幸せになる事が、あの子たちにとって一番の弔いなんだって」

 バーバラの言葉がテリーの言葉と、そしてピエールやメッキー、ホイミンの言葉と重なった。
オレが幸せになる事が願いだと言った。オレなんかの笑顔が好きだって言ってくれた。
うっ、とまた口ごもる。
泣いちゃだめだ、笑顔が好きだって言ってくれたじゃないか
オレは、ピエールたちの分まで笑って生きなきゃ、もらった命を大切にしなきゃ・・・

「・・・うん・・・」

 ようやく、少しだけユナに笑顔が戻ってきた。
そんな二人のやりとりを見ながら、皆はお互いの顔を見回して安堵のため息をついた。


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