▼奇蹟のオカリナ...


 賢者クリムトに導かれるまま、ウィルたちは馬車を走らせた。
険しい山脈を、毒の沼地を、深い森を、荒れ果てた荒野を越えて。

牢獄の街から馬車を走らせ3日ほど経った頃、
岩肌のむき出しになった山の麓に、古ぼけて今にも崩れ落ちそうな祠が見えてきた。

「あそこです」

 馬車を走らせていたクリムトは、幌の中を覗いてそう声をかけると馬車を止めた。
皆は促されるままに朽ちた祠の中へ足を踏み入れる。
階段を下りるとクリムトの時と同じような生臭い匂いが鼻を突いた。
奥には牢屋らしき部屋が二つ連なっていて、酷く老朽化した鉄格子は触れただけで
ボロボロと崩れた。

「ひえっ!」

 ハッサンが体に似合わない声をあげる。
手前の牢の中にはひび割れたミイラが生きているかのように椅子に腰掛けていた。
何十年か何百年か・・・放置された死体。人なのか魔物なのかすら分からない。
ゴクリと息を飲み込んで奥の牢屋を覗くと

「兄さん!」

 クリムトの声が一番に響いた。
牢屋の中には伸びきった髪にヒゲ、痩せて皮と骨だけになってしまった体躯。
クリムトと同じように鎖でしっかりと壁に繋げられている。

「兄さん!マサール兄さん!」

「・・・・・・人間・・・か・・・?」

 それは呟いた。ガラガラの渇ききった声で。

「兄さん!僕だよ、クリムト!」

 賢者クリムトは先ほどの威厳ある口調とは全く違う、
幼い口調で兄、マサールの肩を揺さぶった。

「クリ・・・ムト?クリムトなのか!?おお!」

 目を懸命に開いて目の前の人物を見る。
揺り起こした人物は自分と同じ顔と同じ青い目をしていた。

「兄さん!遂に勇者が現れたんだ!神々は封印から解き放たれて
ようやく魔王を倒せる日が来たんだよ!」

「おお・・・なんと・・・!」

 ウィルたちは頭を下げて、マサールの鎖を外した。
異様な異臭が立ち込めている牢屋、一体何十年ここに閉じこめられていたのだろうか。

「ウィル、僕の・・・いや、私の兄マサールだ。私と同じように強力な結界を張られた
この牢屋に閉じこめられていた。兄の力が有れば、魔王の元へと行ける」

 いつもの口調に戻り、クリムトは兄マサールを支える。

「・・・・・・長かった・・・ようやく魔王を倒せる者が現れたのか・・・・・・」

 マサールはまじまじとウィルを見つめ、ウムと唇を緩ませた。

「良い目をしとる・・・・・・クリムト・・・行くぞ・・・」

「はいっ、兄さん!」

 二人は互いに体を支え合い、ふらつきながらも階段を上る。
祠を出ると、空に魔王の魔力が渦巻いている事がマサール、クリムトを始めウィルたちにも
感じられた。

決戦は近い。

マサールは魔力を込め、ムウウっと両手を突き上げる。
クリムトも同じように魔力を込め両手を突き上げた。

二人の魔力は目に見える形となって上空を覆う。
暗く分厚い雲が放たれた魔力によって吹き飛ばされると、そこにはソラを覆ってしまいそうほど
大きく、そして禍々しい異物が浮かんでいた。

「あれが、魔王の住む城です。皆さん、危ないですから下がっていてください!」

 クリムトの言葉を切っ掛けに皆は息を飲んで後退する。
それを見届け、二人は同じ呪文を同じ波長で唱えだした。
どれほどの時間が経ったのだろうか、とてつもなく長い呪文を二人が唱え終えた瞬間

「はああ!!」

 ズシン
上空に浮かんでいた城が急降下して、地響きと砂埃を上げながら目の前に降り立った。
見上げられないほど大きく、見れば見るほど禍々しい城。

「これこそが魔王城・・・私たち二人の力を合わせれば
一時的にだが魔王の魔力を封じる事が出来る」

「魔王の魔力を封じれば、城に侵入する事が可能です」

 信じられない顔をしている皆に二人が説明する。

「魔王・・・城・・・・・・」

 ゴクリとウィルは息を飲み込んだ。なんて威圧感・・・

「どうする?やめるかね?」

 マサールの挑戦的な言葉に、ウィルはゆっくり首を振ると

「やります!そうだろ、皆!」

 恐怖と不安の入り交じっている瞳で、頼もしい仲間の顔を見回した。

「おう!」

「やりましょう!」

「その為に今までやってきたんだもの!」

「さっさと魔王なんてやっつけちゃいましょう!」

「うんっ!」

「ピッキィ!」

「・・・乗りかかった船だ」

 ハッサン、チャモロ、ミレーユ、バーバラ、ユナ、スラリン、テリー。

何も恐れるものはない、こんなに沢山の頼もしい仲間がいるんだ。

「よし・・・行くぞ!」

 皆は同時に息を飲み込んだ。
魔王城の頑丈な扉をゆっくりと開くと、ウィルを先頭に魔王の居城へと足を踏み入れた。




「・・・・・・兄さん・・・」

 ウィルたちが入っていったのを見届けて、不安げな顔でクリムトが呟いた。

「ああ・・・分かっておる・・・お前も感じているこの嫌な予感。
考えたくはないが・・・もしかすると的中するかもしれぬ・・・」





城に入るなりウィルたちは白い霧に足を捕らわれていた。
数歩先すらも見えない真っ白な霧、どこをどう歩いているかもどれぐらい歩いたのかも分からない。

「・・・妙ね」

 そんな中、突然ミレーユが呟いた。

「魔物の気配もないし・・・魔王の魔力だって感じないわ。それに、同じ所をぐるぐると
回ってるような気がする・・・これってどういう事かしら・・・?」

「何か仕掛けがあるのか?」

 ハッサンが足を止めて腕組みをする。白い霧は何もかも隠してしまっていた。

『ようこそ、我が城へ・・・』

「・・・・・・!!」

 恐ろしく、これ以上ないくらい低い声が反響して響いてきた。

「・・・・・・魔王!」

 瞬時に皆は身構える。だがしかし、魔王の魔力はやはり感じる事が出来ない
その代わりに薄気味悪い笑い声が聞こえてきた。

『フ・・・フフフフフ・・・これは侵入者を阻むためのまやかし・・・
たとえ賢者が城を取り巻く魔力を封じたとは言え、このまやかしは破れる事はない』

「魔王のくせに汚いわね!親玉ならもっと正々堂々勝負しなさいよ!」

 バーバラの高い声が響く。また、魔王は嘲笑した。

『フフッ、これは一本取られたな・・・だがお主たちは、このまやかしを破るすべを知っているはずだ
魔王ムドーの城へ赴いた時のように、黄金のドラゴンの力を借りたらどうだ?』

「なにっ!?」

『あの城の結界も余の魔力によってつくられた物だった。それを破れるのはこの広い世界
余と同じとてつもない魔力を秘めた黄金のドラゴンしかおらぬ』

「・・・・・・」

 やけに饒舌な魔物の王。訝しげに顔を見合わせるが、白い霧に阻まれて方法は一つしかない。
魔王の言う通り、黄金のドラゴンの力を借りること。
ミレーユは、皆と顔を見合わせると鞄からあのオカリナを取り出した。

このオカリナを吹けば、黄金のドラゴンを呼び寄せられる。
あの時ムドーの城でやったように。

神聖なメロディーが白い霧を突き抜け響いた。
透き通るような音色は魔王の邪悪な魔力をも打ち消していくように思えた。

黄金のドラゴン・・・・・・。
バーバラの耳にオカリナの音色とその言葉が響いてくる。

ドクンッ!
あの時と同じ音が体中を駆け抜けた。
ドクンドクン!
体が熱い、体の底から何かが溢れてくる。

あの時はこの動悸が襲った途端、意識を失ったけど今は違う。
意識はハッキリとしていて、自分という存在も消えてはいない。

「う・・・あ・・・・・・んだ・・・これ・・・」

 うめき声にも似た苦しそうな声に、バーバラは弾かれて振り向いた。
ユナが両手で自分の肩を押さえつけ、ガクリと膝を付いて倒れ込んでいる。

「・・・・・・!」

 嫌な予感が瞬時にバーバラの中で弾けた。
黄金のドラゴンに姿を変えたユナの話
カルベローナで自分以外に黄金のドラゴンになれる者は居ないと言われた事。
全ての事が繋がる。
嫌な予感は美しいオカリナの旋律を恐怖に変えた。

「頭が・・・いた・・・い・・・っ!」

 旋律がひっかくような共鳴音になる。それは耳から入ってバーバラを掻き乱した。
動悸は収まる事は無く、体からあふれ出す魔力は意思とは反対に次々とはじけ飛ぶ。

「・・・何が・・・起こって・・・!」

 ユナも頭を押さえて苦痛に顔を歪ませた。
ユナの体からも魔力があふれて、バーバラの魔力に弾かれるように八方に飛んだ。

二人の異変に気付いて皆は慌てて駆け寄った。
ミレーユのオカリナの音色も途切れる、と、二人の意識は同時に飛んで
無防備に地面へと崩れ落ちた。

「バーバラ!バーバラ!どうしたんだ!」

「・・・っ!ユナ!!」

 ウィルとテリーがそれぞれの体を抱き起こす。
だが二人の意識が戻る事は無かった。

「これは一体どういう事なのですか!?」

『力の共鳴とでも言うのか・・・』

 チャモロの問いにずっと聞こえなかったおぞましい声が聞こえた。

『相反する二つの巨大な力が相殺しあい、花火のように魔力を散らせる。
その魔力に入れ物自体が耐えきれなくなってダメージを受ける』

「何の事言ってんだよお前!ユナとバーバラはどうなっちまったんだ!?」

 相手が魔王だという事も忘れハッサンが声を上げた。

『二匹の黄金のドラゴンは互いの力に邪魔されながら真の力を発揮する事は出来ない。
そしてお前たちは永遠に私の姿すら見る事が出来ず、終焉の時を迎える事になるだろう』

 抽象的な魔王の言葉。混乱した頭ではチャモロもミレーユも理解する事が出来なかった。
ユナとバーバラは青い顔で、ピクリとも動かない。

ドンッ!
と言う激しい音と魔力に、皆は城の外へとはじき出されていた。

「ウィル!」

 クリムトとマサールが駆け寄ってきた。
意識を失っているユナとバーバラを見つけると、二人は神妙に顔を見合わせた。

「クリムト様、マサール様。魔王を倒すどころか近づく事すら出来なくて・・・
それにバーバラとユナが急に苦しみだして意識を・・・」

「・・・うむ・・・そのようじゃな・・・」

 辛そうにマサールが言葉を押し出した。

「兄さん・・・やっぱりこれは・・・」

「うむ・・・わしたちの考えてる事に間違いはないだろう・・・辛い事だがな・・・・・・」

 ウィルがその意味を考える前にハッサンが血相を変えて叫んだ。

「あんたら!知ってたのかよ!!ユナは、バーバラは一体どうなっちまってるんだ!?
一体何が起こってるって言うんだ!?」

 今にも掴みかからんとするハッサン。

「どういう事なんですか?」

 ミレーユも震える手でオカリナを握りしめて身を乗り出した。

「神の・・・城・・・・・・」

 マサールとクリムトは目を伏せて、同時に言った。

「神の城に行けば・・・きっと全てが分かります・・・
こんな真実・・・こんな場所で言うべき事では有りません・・・」


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