▼本当の未来...
賢者の力で皆は再び夢の世界へ帰ってくる事が出来た。 久々の青い空を、天馬ファルシオンは嬉しそうに飛び回っている。馬車の中で皆は沈黙していた。 魔王の意味深な言葉と、クリムトとマサールの神妙な顔。 考えれば考えるほど不安は増していく一方だった。 「オーイ皆!神の城へ着いたぜ!」 ハッサンがわざとらしく元気な声を上げてファルシオンを着地させる。 その頃になるとユナもバーバラも意識を取り戻してはいたが、不安な気持ちは皆よりも大きかった。 あの聴いたこともない不快な共鳴音は、まだ頭の中に鳴り響いているようだった。 皆は重い足取りで馬車から降りると神の城へと扉を開く。 そんな心境とは逆に神の城は相変わらず穏やかな空気に包まれていた。 それぞれの思惑を胸に秘め、皆は大広間への扉を開いた。 その人は玉座には座っておらず、こちらに背を向けて大きな窓から世界を眺めていた。 「ゼニス王・・・」 真っ先にウィルが駆け寄る。続いて皆もゼニス王の元へと駆け寄った。 威厳のあった夢の世界の王は、今日に限って何故か頼りなく見えた。 「・・・少しだけ戻った力で・・・見ておったよ・・・」 ようやく聞き取れるくらいの声で呟いた。 「運命とはこれほどまでに残酷なものなのか・・・神であるはずの私ですらそう思ってしまうほどに・・・」 誰に向けての言葉なのか、ゼニスは肩を震わせ俯いた。 「占い師や星読みはまさかここまで見通していたと言うのか・・・ 忌み子とは本当にこの世に居てはいけない災いをもたらす子供なのか・・・ そもそも、この世に生まれてきてはいけない命など・・・ないはずだろうに・・・」 「ゼニス王、一体何の事を言ってるんですか?」 遠くを見つめて一人呟く。現実を受け入れられなかった王はウィルの言葉に振り向いた。 その顔は酷く衰弱してしまっていて、知っているゼニス王とはまるで別人だった。 「お主たちに全てを話さねばなるまい・・・全ての始まりは私・・・ そして力を封印され、最悪の結末に至らせてしまったのも私だと言う事を・・・」 パンパンと2度震える手で叩くと、控えていたメイドのグレミオが泣き腫らした顔で目の前に現れた。 「ユナには席を外してもらう。グレミオ、ユナを例の部屋へ連れて行ってくれ」 ユナも皆も弾かれたようにゼニスを見つめた。 「何でだよ!オレがここにいちゃ都合悪いのか!?」 不安を振り払うかのように、ユナは大声をあげる。 「何でだよ!答えろよ!」 「・・・・・・・・・」 ゼニスは何も言えずに俯いた。 「オイ!聞いてるのか・・・・・・っ!」 その時・・・。 ゼニスの疲労しきった瞳から光るものが見えた気がして、 ユナは思わずハっとなり口をつぐんだ。 「ユナ様・・・」 グレミオはゼニスから目を離そうとしないユナを、なだめつつ連れて行く。 ユナは抵抗はしなかった。 なんで・・・・・・何なんだよ・・・・・・ 「ゼニス王・・・」 不安な声を隠す事もなく誰かが呟いた。 ゼニスは首を振って何かを耐えると、険しい顔で玉座に着く。 「・・・全てを語る時が来てしまったようだ・・・」 トクン・・・トクン・・・ 心臓の音すら聞こえてきそうな静まりかえった大広間で、ゼニスは話し出した。 「グレミオ、どういう事なんだよ」 城で一番大きな客室の前にユナは一人連れてこられた。 「・・・・・・申し訳有りません、ユナ様・・・私の口からは言えないのです」 グレミオは真っ赤になった瞼と、痰が絡んだような声でそれだけを告げる。 「・・・・・・グレミオ・・・」 そんなグレミオに、何となくだが予感を感じる。それは辛くて悲しい予感だった。 グレミオは無言で部屋の扉を開ける。 そこにはよぼついた帽子とよぼついた顔の小さな老人が 水晶玉に手を当ててユナを待ちかまえていた。 「初めましてユナ様。私は夢占い師グランマーズ。ゼニス王のお呼びでここに来たんだよ」 「夢占い師・・・グランマーズ・・・?」 振り向くと扉は閉まっていつの間にかグレミオはいない。 ユナはもう一度客人に目をやった。 「何で占い師がここに・・・?」 「・・・あんたに・・・」 老人の不思議な瞳がユナを捕らえる。 瞳から何かが入り込んでくる錯覚がユナを襲い、クラリと意識が遠のいていった。 「あんたに本当の未来を見せるため・・・・・・・」 薄れていく意識の中、そんな奇妙な言葉だけがハッキリと聞こえた。 「ユナ様、ユナ様」 しわがれたグランマーズの声に目を覚ますとそこは ・・・・・・城の客室では無かった。窓も家具も壁も天井すらも 何もないどこまでも続く白い世界。 夢でも見ているのか?不審な顔でグランマーズを見つめると向こうは頷いて 「ここは現実とは異なる虚構の世界。説明が長くなるから簡単に言うと私の力で 作った小さな別世界さ。さっき言ったとおり、アンタに本当の未来を見せるよ 多少ショッックを受けるかもしれないが・・・目を逸らさずに本当の未来を・・・」 「だから何なんだよ、本当の未来って!今が本当の未来じゃないのか! 何が違うんだよ!一体何言ってるんだよアンタ!」 嫌な予感が徐々に膨らむ。 グランマーズに喋る隙を与えず、ユナは思い切り叫んだ。 不思議な瞳でじっと見据えているグランマーズ。 ユナは恐ろしかった、その瞳が何を物語っているのかを知ることが。 「違うよ・・・あんたは違う未来を見ているんだよ・・・」 「・・・・・・・・・!違う・・・未来・・・」 グランマーズは辛そうなため息をつくと それから何も言わず、水晶玉に手を当てて唸りだした。 見渡す限り真っ白い世界。 その世界が急に切り替わり、見覚えのある宿屋へと姿を変えた。 頑丈な煉瓦造りの壁、そう、ここはアークボルトだった。 そこには仲間達の姿があり、談話室で楽しそうに談笑している。 見覚えの有るその映像の中に自分の姿が無かった。 ・・・・・・ブン・・・ 考える間もなくまた世界が切り替わる。 そこはゼニスの城の大広間。 デュランが倒れて、黒い砂になって消えていくシーン。 「お前ら・・・オレをこのままにしておくつもりか・・・?」 倒れて傷ついたテリーが呻きながら立ち上がる。 しかしそこにも自分の姿は無かった。 「どういう事なんだよこれっ!」 ユナの声が精神世界にこだました。 同時に再び世界が変わる。 次に現れた場所は、黒い雲が渦巻く中にそびえる崖。 行ったことも、見たこともない場所。 傷ついて倒れていた仲間達が立ち上がる。 「ウィル・・・魔王・・・魔王は・・・」 赤毛の少女はウィルにそう小さく声をかけた。ウィルは微笑んで剣を掲げた。 「ああ、魔王は倒れた・・・」 そう言うと、ラミアスの剣から放たれた光によって黒い雲は晴れ渡っていった。 世界はまた目まぐるしく変わる。 現れたのは明るい空気に包まれたレイドック城下町。 花が舞い、陽気な音楽と踊りに満ちて、人々が歓喜の輪を作っている。 「魔王は遂に倒れた!勇者ウィルに!私たちの王子に乾杯!」 魔王が倒れ世界が平和になった後の宴のようだった。 宴の中心にはウィルたちの姿がある。 その中には銀髪の少年の姿もあった。その隣には優しく微笑む青い髪の美少女。 テリーは幸せそうな顔でその少女の手を掴む、その少女も赤面して微笑んだ。 ユナの足が思わずすくむ。 テリーのこんな幸せそうな顔、今まで一度だって見たことなんてない。 「この宴が終わったら・・・またオレは旅に出る・・・待っていてくれるか?」 ざわついた歓声の中、テリーは少女に向けて確かにそう言った。 少女は真っ赤な顔でうつむいて 「・・・はい・・・私いつまででも待っています。貴方が旅を終えるその日まで・・・」 テリーは唇を緩ませて少女の手を引き寄せた。 「やめろ・・・っ!」 ユナの声が歓喜に満ちた世界を引き裂いた。 世界は急に途切れ、また真っ白な世界へと戻る。 「もう・・・もうやめてくれ・・・!」 耳を両手で塞ぎ、ユナはその場にうずくまった。 「まだ続きがあるって言うのに・・・仕方ないね・・・」 グランマーズは最初と同じように水晶玉に手を当てて唸ると世界が代わり ようやく客室へと戻った。しかしユナはまだ耳を塞いで立ち直れないで居た。 全てを否定したかった。見た物全てを。 「でもまぁいいさ。これで分かっただろう。今自分の耳で、瞳で、確かめたろう・・・・・・」 その言葉にユナはブンブンと首を振った。 「・・・言いにくい事だけど・・・あれが本当に有るべき世界、本当の未来なのさ」 「嘘だ!嘘だ!オレはここにいる・・・・・・!息してる!しゃべってる!! あの時オレは確かに居た・・・!アークボルトに!ゼニスの城に!!」 ちゃんと居たんだ・・・何でだよ・・・なんでオレが・・・ 「・・・なんでオレが・・・居ないんだ・・・」 「・・・アンタは・・・天空城から捨てられた時に、本当は・・・死ぬはずだったんだ」 グランマーズはゆっくりと、そしてしっかりとユナの目を見つめ呟いた。 残酷な運命を告げる事はいくら経験を重ねても慣れる事は無い。 驚きの隠せないユナの痛々しい瞳に、グランマーズは目を塞ぎたくなったが 込み上げる悲しみを飲み込んで言葉を続けた。 「・・・どう運命が狂ったのかは分からない・・・運命の悪戯と言ったらそれまでだ。 本来ならば今ここに、ユナなんて人間は存在していない、いや、存在しちゃいけないんだ。 アンタが居るこの世界はさっき見せた本当の未来とは違う・・・間違った未来を辿ってるんだよ」 「違う・・・未来・・・・・・そんな・・・そんな・・・まさか・・・」 耳を塞いでも聞こえてくるグランマーズの言葉は重くユナの心にのし掛かった。 「冗談だろ?そんな・・・オレが本当は死ぬ運命だったなんてさ・・・・・・ 間違った未来なんて、バカげてるよ。オレがここに生きてるだけで、それだけで 世界が変わるなんておかしいよ・・・・・・っ存在しちゃいけないなんてそんなの・・・・・・っ」 心にのし掛かった言葉は真実となって、遂に心を押しつぶした。 押しつぶされた苦しみに言葉が出てこない。 グランマーズは呟くように言葉を続けた。 「残念だけど・・・アンタにはそれだけの、世界を変えてしまうだけの力が有るんだ・・・ アンタの存在は世界に色んな影響を与え、アンタと関わった者の運命を変えた。 そう、あの、銀髪の少年もね・・・」 「・・・・・・っ!!」 テリーの幸せそうな顔と、幸せそうな少女が脳裏に蘇る。 ふと、自分に暴言を吐くテリーの姿も一緒に蘇ってきた。 「うそだろ・・・っ?オレと関わったから、オレと出会ったから、テリーの運命は 狂ったって言うのか!?オレと会ったから・・・テリーは幸せになれなかったって 言いたいのかよ!?」 あまりに唐突で哀しすぎる現実。受け入れたくない、受け入れる事なんて出来ない。 「そんなの・・・っそんなの嘘だ・・・!?嘘なんだろ!?嘘だって・・・」 嘘だって言ってくれよ・・・・・・ その場に崩れ落ちるユナに返す言葉すら無い。 唐突に真実の未来を見せられ、死ぬ運命だったと告げられ、自分と出会った事で 愛する男が幸せになれなかったなんて・・・ 長い間生きてきてこれほどまでに残酷な運命をグランマーズは知らなかった。 「・・・悪いが・・・話を続けさせてもらうよ・・・。 ・・・自分が黄金のドラゴンになった時の事を覚えているかい?」 うつむいているユナに追い打ちをかけるようなのだが、言わなければいけない事だった。 「本当はこの映像もアンタに見せるつもりだったんだけど・・・途中で集中が途切れちまった からね・・・口頭で説明するよ。マウントスノーの洞窟でテリーを助けるために メガンテを試みた事は覚えているかい?」 全てを知っているグランマーズの言葉。ユナはしばらく何も応えなかったが 見つめ続けるグランマーズにゆっくりと首を頷かせた。 「メガンテは生命力を魔法力に変え、自らの命と引き替えに敵を討つ自己犠牲呪文。 その時にあんたの内に潜むとてつもない魔法力が解き放たれ その魔力は黄金のドラゴンへと姿を変えた。これがアンタに伝えるべきもう一つの真実だよ」 「・・・黄金の・・ドラ・・・ゴン・・・?」 体の奥の何かがうごめいた。 あの時。マウントスノーで生命力を魔法力に変えた直後。 その記憶がズッポリと自分の中から抜けている。 白い光に包まれた後の、妙にリアルな浮遊感。 自分の体が自分の体じゃないような気がした。 マウントスノーに居たはずなのに、気付いたら遙か遠くのモンストルにオレは居た。 黄金のドラゴン。 ずっと感じていた疑問はその一言で全て繋がった。 「黄金のドラゴンは魔王の魔力に対抗できる唯一の存在。 それ故に、アンタの存在は・・・平和への道を塞ぐ、邪魔な存在なんだ・・・」 「・・・邪魔って・・・なんなんだよっ!さっきから聞いてりゃオレが黄金のドラゴンで 黄金のドラゴンは、魔王に対抗できる唯一の存在なんだろ!?それだったらどうして 邪魔なんだよ、どうして、オレはこの世にいちゃいけないんだよっ!?」 理不尽な事を並べられ、悲しみと一緒に怒りが込み上げる。 静かな沈黙が訪れた。その沈黙に押しつぶされそうだったが、ユナはじっと耐えて言葉を待った。 「黄金のドラゴンは、二人居る。そして、魔王に対抗できるほどの力を持っているのは アンタじゃない・・・」 共鳴音がユナの頭に蘇る。辛すぎる真実はすぐそこまで迫ってきていた。 「もう気付いてるだろう?もう一人の黄金のドラゴンは、カルベローナの次期長バーバラの事さ。 魔王城での力の共鳴。アンタの魔法力とバーバラの魔法力が反発し合って 黄金のドラゴンは姿を現さなかった。そう、どちらかの存在が消えない限り、二度と黄金の ドラゴンは姿を現さない」 存在が消える・・・。 意識が、黒い海の底に沈められていく感覚に浸食されていく。 「運命ってのはどうしてこう皮肉に出来てるもんなんだろうね・・・」 またグランマーズは呟いた。 「アンタとバーバラが出会わなければ、心の絆なんて物が 出来なければ、こんな最悪の結末には至らなかったろうにね・・・」 もうこんな事聞きたくない。 もう全て分かっている。自分が何をしなくちゃいけないのかも 「でもアンタたちはと偶然にしろ出会って、二人の絆は強く結びついて繋がってしまった。 その絆が断たれない限り、絆を介しての共鳴は終わる事なく続く。 そう、魔王に対抗する力を持つドラゴンは今の状況では決して現れない・・・・・ 私の言ってる意味が分かるね・・・?」 ユナの瞳を見つめる。その瞳には以前の生気が感じられない。 「回りくどい事言うなよ」 ユナはそう呟いた。 「つまりはオレが・・・っオレが生きてるから・・・っここに存在してるから バーバラは黄金のドラゴンになれない、魔王に対抗する事も出来ない・・・っ 世界に平和が訪れる事は無い・・・・・・。オレは・・・・・・」 その瞬間、テリーの幸せそうな顔が浮かんできて、 糸が切れたように大粒の涙がボロボロとこぼれ落ちてきていた。 「絆を・・・命を絶つしか無いって・・・そういう事なんだろ・・・?」 グランマーズは、頷けなかった。 よぼついた帽子の柄で瞳を隠し、そのまま背を向けた。 「・・・死に物狂いでここまで来たってのに・・・バカみてぇじゃないか・・・」 過去を乗り切ろうと必死で、テリーに恋をして、女らしくなろうと頑張って 酷い事を言われても想いは棄てられなくて、それなのに・・・ 『私いつまででも待っています。貴方が旅を終えるその日まで・・・』 ユナは目を伏せた。先ほどの映像がどんどん蘇る。 「・・・・・・ほんと・・・バカみてぇ・・・・・・」
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