▼嘘と真実...
「今のままじゃ・・・魔王は倒せないだろう・・・・・・」 グランマーズを呼んだのはゼニスだった。 ユナに一足先に、本当の未来を見せるために。 ウィルたちは息を飲んで待った。魔王を倒せないその理由を。 「・・・・・・ユナが生きている限り・・・魔王は倒れる事はない・・・」 「・・・・・・・・・っ!」 テリーの足が震え地震のように足下がグラグラと揺らいだ。 世界を統べる王の、ユナの父親であるはずのゼニスの言葉。そんな痛いほどの緊張感の中 「冗談きついぜーゼニス王!ユナが死ねば魔王が倒せるだって!? まさか、んな事あるわけないぜ・・・なぁ!」 ハッサンが高らかに笑い出した。チャモロもほっと胸を撫で下ろし 「・・・そっ・・・そうですよね・・・!まさかそんな事が・・・」 「・・・・・・・・・本当なんじゃ・・・」 チャモロの言葉をゼニスの重い声が遮る。 皆は耳を疑った、疑いたかった。 しかしゼニスのこれ以上ない神妙な態度に、疑う術を失った。 「ユナは生きていてはいけない・・・あの時、死ななければならなかった・・・・・・・!」 「おい!!」 怒りに満ちた声で叫ぶと、玉座に座っているゼニスの襟元を鷲掴みにした。 「お前ユナの父親だろう!?あいつがどんな気持ちで今まで生きてきたか・・・ 分かっているのか!?」 「やめろ!テリー!!」 「放せ!!殺してやる!!!」 本気だった。 デュランの所にいた頃を思い出させる血走った瞳。 鞘から抜かれた使い込んだ雷鳴の剣に、ミレーユはぞくっと背筋が凍るような思いがした。 「テリー!!おい!!」 「やめてぇっ!!」 「・・・・・・・・・!!」 その悲しい叫び声に我に返った。 振りかざした剣が手からするりと力無く抜ける。 「もう・・・やめてよ・・・やめて・・・」 バーバラだった。 両手で顔を押さえて泣き崩れている。その涙の意味は、バーバラ本人でさえも知らない。 「う・・・・・・く・・・ひっくっ・・・」 誰一人として何を言おうとも動こうともしなかった。 バーバラのすすり泣く声が、その現実をますます重くする。 「私とて・・・」 床に座り込んだままゼニスは悔しそうに呟いた。 「私とてあの子を捨てた罪の意識に、さい悩まされた」 頬には光る物が伝わっている。 「何度もあの子の運命を呪ったりもした・・・・・・」 テリーはその言葉を聞きながら、唇を噛み締め、うつむいている。 ミレーユは心配げに弟の側により、やっと口を開いた。 「何故なんです・・・?」 皆が怖くて聞けなかった疑問。 「何故ユナちゃんが・・・」 その問いにゼニスは涙を必死に押さえ、話し始めた。 「黄金のドラゴンの存在はもう知っているだろう?」 バーバラ、テリーを覗いた皆がコクリと頷いた。 「そして、それがバーバラだと言う事はもう知っているかね?」 「・・・・・・っ!!」 ウィルは強く胸を突かれ、バーバラの方を振り向いた。 泣き伏せっている可憐な少女があの黄金のドラゴンだなんて信じられない、 信じる事なんて出来なかった。尋ねる前にゼニスが言葉を続けた。 「バーバラの底知れぬ魔力が具現化した物。それが黄金のドラゴンだ。 強すぎる魔力は宿主の体を離れ、金色に光る魔力を放って奇蹟を起こす。 伝説であり、天空の言い伝えでもある。魔物が蔓延る時代に、黄金のドラゴンが現れ世界を救ったと言う話はここ数百年の間に何度もあった」 「それが一体なんだって言うんだよ!それが、ユナが死ななきゃいけない理由となんか 関係があんのかよ!?」 長い話にしびれを切らせたハッサンがゼニスの前に飛び出した。 「そう興奮するな。・・・話はここからだ・・・受け入れる覚悟は出来ているな・・・?」 「・・・・・・」 ハッサンは何も言わずに悔しそうに舌打ちした。 ゼニスは自分を落ち着かせるように息を吐いてまた、話し出した。 「黄金のドラゴンは恐ろしい魔力を操る魔王と対抗しうる唯一無二の存在。 黄金のドラゴンの力を借りなければ、魔王に立ち向かう事はおろか、近付く事すら叶わぬ。 黄金のドラゴンは魔王と戦うには必要不可欠な存在なのだ・・・」 ゼニスはようやくゆっくりと立ち上がり、また窓の方へ向かって歩き出した。 「しかし、とんでもない事が起こった・・・」 窓の外はゼニスの心中とは裏腹に穏やかな景色を保っていた。 「黄金のドラゴン・・・。強すぎる魔力を秘めた存在がこの世に二人現れた。その二人は出会い そして絆を持って、力の共鳴を起こすようになってしまった。魔力を放出する際に起こる力の共鳴は弾け合って相殺しあい、お互いの魔力を激しく消耗する。 そう・・・二人の絆が黄金のドラゴンになる事を阻む・・・」 そこまで言うとゼニスはギリっと奥歯を噛み締めた。 自分のしわがれた手を見つめては、力一杯握りしめる。 全ての元凶は自分にある。 そう強くゼニスは感じていた。 「ちょっと待ってください!話が良く見えないのですが・・・! 私の仮説が正しければ、その、もう一人のドラゴンとはもしかして・・・!」 チャモロが手を挙げ、青い顔でめがねを押し上げた。 「そう、察しの通りもう一人のドラゴンとは・・・ユナの事だ」 「・・・・・・っ!!」 立ちすくんでいたテリーが反応する。 「なんだって・・・!?」 ハッサンも叫んだがその後すぐにハっとして 「おい、まさかモンストルでアモスさんが言ってた事って・・・」 モンストルでの一件を思い出した。 ユナが金色のドラゴンになって街を襲っていたと言う話を。 「・・・・・・そんな・・・」 全てのつじつまが合ってしまって、ミレーユは絶句した。 ユナが居てはいけない理由も 黄金のドラゴンの事も 「アタシじゃ・・・ダメ・・・なの・・・?」 いつの間にか嗚咽の止まったバーバラが呟いた。 「死ぬのはユナじゃなくて・・・アタシじゃダメ・・・?」 「・・・バーバラ!何を・・・っ!」 「だって、そうでしょ!?黄金のドラゴンが二人居るなら、どちらかが居なくなれば良い! だったら、その役目はアタシでいいじゃない!!」 「バーバラ!」 怒号のように叫ぶバーバラをウィルは必死に抱きとめ、制す。その小さな肩は震えていた。 「それは・・・出来ない」 「なんでっ・・・なんでよっ!?」 「お主でないと、あの魔王の魔力には対抗出来ない!ユナでは、力不足なのだ・・・」 ガクリと膝を突いて、バーバラは項垂れた。 瞳からはまた涙が溢れて床を濡らしている。 「なんで・・・っなんでなのっ!?なんであの子が死ななきゃいけないの!? 教えてっ・・・誰か・・・っ誰か教えてよ!!」 「・・・・・・」 ウィルの腕にしがみついてバーバラは号泣した。 悲痛の叫びが刃のように皆の体を突き刺す。 ついにはハッサンもドサっと尻餅をついた、涙が流れている事にも気付かずただただ放心していた。 チャモロは青い顔で硬直して、体は小刻みに震えるだけで動けないで居た。 ミレーユもゆっくりと床に座り込んで、震えている。青白い顔がますます青ざめていく。 「うそ・・・だろ・・・・・・」 テリーだけが言葉を発する事が出来た。 「こんな話バカげてる!!嘘だ!!嘘なんだろ全部!!」 そう叫んでゼニスに掴みかかった。皆止める事すら出来ずにその状況を見つめている。 テリーは何度もゼニスの襟を揺さぶるが、ゼニスは首をタテに頷かせる事は無かった。 「・・・・・・私が悪いんだ・・・・・・」 悔しそうなゼニスの声が響く。 「占い師や星読みは、十数年前にこの事に気付いてユナを忌み子・・・いつかこの地に災いをもたらす子供として恐れた。 ユナは会議に掛けられ、そして死の宣告を言い渡された・・・」 あの時の衝撃をゼニスは今も忘れて居ない。 「・・・そう、あの時会議に掛けられた時も全力でユナを守れば良かったんだ・・・ 自分の命を掛けてでも守る事が出来ていたら運命は変わっていたかもしれない・・・ あの子やアイリーンをここまで苦しめる事は無かったのかもしれない・・・・・・」 耐えていた涙が溢れ、一度溢れ出すと止まらなかった。 悔しさ悲しさ怒り後悔、神であるはずの無力さ、自分の愚かさが涙になって頬を伝わる。 血が出る程に唇を噛み締めた。だが涙は止まる気配は無かった。 「ユナを天空城から突き落としたのはこの私だ、ユナをここまで苦しめたのはこの私だ・・・ 罰なら私に与えてくれ・・・・だからもう・・・もうユナを許してやってくれ・・・・・・!」 感情に流されるまま、ゼニスは号泣した。 テリーは悔しそうに手を離すと、立ち上がって足の向きをかえた。 もうユナは真実を知っている。 そんな予感が胸中にあった。 そしてそれを知ったとき、あいつは何をするだろうか そう思うと嫌な予感だけが膨らみ居ても立ってもいられなかった。 大広間に扉に手を掛けると、一足早く扉が開いた。 「皆、揃っておるかね」 出てきた老人は泣き崩れている皆を見つめて息を吐いた。 「現実を受け入れるのは辛く悲しい事だけど、それを乗り越えなければ先には進めない。 世界は闇に包まれて、そして消えていくだけなんだよ・・・」 ようやくミレーユは我に返った。そして目を疑う。 「おばあちゃん・・・!?」 「久しぶりだね、ミレーユ」 夢占い師グランマーズとその弟子ミレーユの、二年ぶりの再会であった。 「どうしておばあちゃんがこんな所に・・・」 「私はゼニス王から呼ばれて・・・ユナに本当の未来を見せるためにここに来たんだ」 「本当の・・・未来だと?それはどういう事なんだ!?」 テリーは横をすり抜けるグランマーズの肩を掴んで、しわくちゃの顔をのぞき込んだ。 「・・・ふん・・・あんたにゃ教えられないよ、また未来が変わっちまうからね・・・・・・」 「・・・・・・!」 「おばあちゃん!ユナちゃんは、ユナちゃんはこの事を知ってるの!?」 ミレーユの言葉にグランマーズは頷いた。 「相当なショックを受けているようだったから、一人にしておいたよ・・・。 あの子が自分の運命を受け入れるしか、道は残されていないんだからね・・・」 テリーはズキンと胸を突かれる。 悲しいユナの顔が思い出されて、逃げるようにその場を去っていった。 全てを告げてから1時間。ゼニスのまぶたの腫れはもう大分引いてきていた。 ステンドグラスから七色に差し込んでくる光に照らされて、 持っているナイフは白く美しく輝いている。 ゼニスはそれを見ながら、心の中に違うもう一人の自分がいることに気付いた。 「ゼニス王・・・・・・」 コンコンとノックして入ってくる体つきのいい青年。 「・・・何かご用ですか?」 ハッサンだ。 ふらつく足でハッサンの所まで行くと、ゼニスは白いナイフを手に握らせた。 「これ・・・何ですか?」 白いナイフ・・・・・・。 何も切れそうにないほど弱い・・・・・・。 「無理を承知で・・・頼む・・・・・・もう方法は何一つ残されていない・・・」 ・・・・・・・・・? 「ユナを・・・ユナを安らかに眠らせてやってくれ・・・・・・」
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