▼別離...
『 本来ならば今ここに、ユナなんて人間は存在していない、いや、存在しちゃいけないんだ。 アンタが居るこの世界はさっき見せた本当の未来とは違う・・・間違った未来を辿ってるんだよ』 「・・・・・・・・・」 懐かしいベッドでユナはうつぶせになり、グランマーズの言葉を思い返していた。 一語一句が強く心に残っている。 『私、いつまででも待っています』 テリーの隣に居た少女の笑顔と声も蘇り、ユナはぎゅっと枕に顔を押しつけた。 「ほんと・・・バカだよな・・・」 オレが居なきゃ世界は平和になれただなんて オレが居なきゃ、テリーは幸せになれたなんて 「オレは・・・何なんだよ・・・・・・・・・」 小さく、深く、ユナは呟いた。 「オレだって・・・」 生きたくなかったよ・・・死んじゃえばどんなに楽になるかと思った。 死んでたらこんなに辛い思いしなくてすんだかもしれないし、皆とも会わなくてすんだ・・・ ・・・・・・・・・テリーにだって・・・ 「・・・テリー・・・」 会わなきゃ、こんな気持ちも知らなくてすんだのに・・・ 「テリー・・・・・・」 「・・・・・・・・・何だよ」 ・・・・・・・・・! 振り向くとそこには何度忘れようと、何度諦めようとしたけど出来なかった男がいた。 窓が開いていて虚しくカーテンが踊っている。 『あんたさえいなけりゃ・・・テリーは・・・』 思わずテリーに向かって背を向ける。 あふれてくる涙を一生懸命押さえながら 「何か用かよ!勝手に窓から入ってくるなよ」 精一杯の言葉をぶつける。テリーは動じる事なく歩いて、隣に座った。 「お前・・・黄金のドラゴンなんだってな」 テリーの方を振り向かずに 「そうだよ、呪いの子供だよオレは。 オレのせいで魔王だって倒すことが出来ないんだってさ。ったく・・・腹立たしいったらねえよ!」 いつの間にか言葉とは裏腹に、ユナの目からは涙がこぼれていた。 「おい、ユナ!」 「放せよ!」 好きで好きで仕方のないテリーの手を思い切り振り払った。 出てくる涙を腕でゴシゴシと拭いて。 「お前だってオレが死ねばいいと思ってるんだろ!?オレなんかに構うなよ!」 オレさえいなかったら・・・お前は幸せだったんだ。 「ヤケになるな!バカ!」 テリーはもう一度、今度は強くユナの腕を掴んで引き寄せた。 「・・・お前が死んで・・・悲しむやつだって居るって・・・言っただろ!?」 「居ないよ・・・そんな奴・・・・・・っ」 オレには家族も帰る場所も何処にも無い・・・。黒い翼の天空人なんて・・・天空人にも 人間にもなれない・・・・・・。 オレが世界に居る事で運命が変わった奴だって居るんだ・・・! オレなんて居ない方がいい・・・・・・オレを必要としてくれる奴なんて何処にも居ない・・・! 心の叫びは声には出せなかった。 二人の間に窓から風が吹き抜ける。 「・・・・・・が・・・・・・居るだろ・・・・・・」 その風に乗って、テリーの声がユナに届いた。 「オレが居るだろ!?」 「------ ・・・っ!」 「オレが・・・っ・・・ずっと・・・ついててやるから・・・・・・」 何を言っているのかテリーにも分からない。 強い何かから背中を押され、口から思いも寄らない言葉が出る。 「だから・・・死ぬなんて言うな・・・・・・!」 「・・・テリー・・・・・・」 いつもなら凄く嬉しい言葉。 テリーの口からはもう一生こんな言葉は聞けないかもしれない。 傷ついた心が激しく揺らいだ。 「ダメだな・・・オレ・・・やっぱり・・・・・・」 どんな事言われても、テリーの運命を変えたとしても・・・ やっぱりテリーが好きみたいだ・・・・・・自分でもどうしようもないくらい・・・ 「・・・・・・」 オレが死ねば魔王を倒せるかもしれない、世界は救われるかもしれない そして、テリーも・・・ ユナの中にあった黒くて嫌な物がどんどん流れ出ていく、そして決意が固まった。 「・・・有り難う、テリー・・・同情でも、嬉しい・・・」 「・・・同情・・・なんかじゃ・・・・・・っ」 ユナはなぜかニコと笑って、部屋を飛び出した。 「・・・・・・!ユナ!」 フイを突かれたテリーも慌てて部屋を飛び出したが 青いマントの少女の姿は何処にも無い。 「ユナ・・・ッ!ユナ・・・・・・!」 叫びは少女の堅い心に届くことは無かった。 「ユナーーーーッ!!」 「・・・・・・・・・」 白いナイフを右手に握りしめ、ハッサンは呆然としたまま回廊を歩いていた。 回廊から見える空は悔しいくらいに晴れ渡っていた。 「ゼニス王も・・・人が悪いぜ・・・・・・」 独り言のように呟いて、白い光りを反射するナイフを見つめた。 「オレだったら、やれると思ったのかよ・・・・・・出来るわけねえじゃねえか、んな事・・・」 頭を抱え、その場にうずくまった。 ユナとの思い出が蘇る。 ハッサンは本当にユナの事を妹のように思っていた。 素直じゃない所も、どこか抜けてる所も、どんな事にも必死になる所も 少し引っ込み思案な所も・・・ 昔死んだ自分の妹と、よく似ていた。最近、ますます姿がかぶるようになってきていた。 「出来るわけねえよぉ・・・・・・・!」 涙がポトリと零れ、白いナイフを濡らした。 「・・・・・・ハッ・・・サン?」 「・・・・・・・・・!」 ハっと顔を上げると、目の前にユナが居て心配そうに自分を覗き込んでいた。 ハッサンは慌てて目を拭いて、ナイフを後ろに隠す。 「お、おうユナ!」 わざと明るく振る舞ってみせるが、声だけは辛さを隠せなかった。 「・・・そのナイフ・・・」 「・・・・・・っ!」 手が震えて、持っていたナイフが力無く落ちた。 「いっ・・・いや・・・これは・・・!」 「・・・・・・ハッサンにも迷惑かけちゃったんだね」 ユナはスタスタと歩き、落ちたナイフを拾い上げた。 「このナイフ・・・ゼニスから頼まれたんだろ?」 「・・・・・・!」 図星をつかれ言葉を失った。返す言葉も見つからず否定の言葉も浮かばない。 ユナはハッサンの横をすり抜け、そしてふと足を止めた。 「・・・皆には・・・よろしく言っといてくれよ・・・な」 その言葉の意味をハッサンは分かっていた。 だがユナの微笑みに惑わされ、思考が鈍る。 「ああ、それと・・・」 歩き出したユナはまた足を止めて振り向いた。 「迷惑かけて・・・ごめんって・・・」 「・・・・・・ユナ・・・!」 光のなくなっているユナの瞳。 ハッサンはやっと思考と理性と体が動き始めた。 よろつく足では駆け出すユナに追いつく事も出来ず、姿すら見失ってしまった。 ゾクっと体に震えと共に悪寒が走る。 「・・・・・・まさか・・・あいつ・・・・・・!」 長い回廊をテリーは夢中で駆け抜けた。 悲しい瞳のユナと、最悪の映像だけが頭の中全てを占領している。 その予感を振り払うかのようにテリーは走った。 「きゃっ!!」 何かが自分の体にぶつかった。その後にまた別の何かにぶつかる。 我に返って目を向けると、ウィルとバーバラだった。 「おまえら、ユナを知らないか!?」 真っ先に言葉が口から出る。バーバラはブンブン首を振って 「そんな事、こっちが聞きたいわよ!何処を探してもいないの!早くしないとあの子・・・!」 自分で言った事に、またバーバラは目を伏せてブンブン首を振った。 その後ろから小走りでミレーユとチャモロが追いついてきた。 「バーバラ!」 息を切らしながら駆け寄ると、乾いた息を飲み込んでミレーユは首を振った。 「庭園にも、地下にも居なかったわ!」 「ユナさん・・・何処へ行ってしまったんでしょう・・・あとは・・・西と東の塔だけなんですが・・・」 チャモロの言葉を聞いて、テリーはまた駆けだした。 「テリー!」 回廊や廊下を通り抜け、西の塔への門を開く。 見上げるほどの螺旋階段をテリーはただひたすら駆け上がっていった。 「・・・・・・・・・母さん・・・」 ここは何処だろう・・・。 とても大きなステンドグラスから差し込む光、とても大きな肖像画。 何故か、どんな理由でかこの絵の女性はアイリーンだと言うことをユナは知っていた。 覚えていないはずなのに。 「母さんがオレを生んでくれたこと・・・恨んだりしないよ・・・」 たとえこの世に生きていてはいけなくても・・・ 「オレ、しぶとく生きててさ・・・楽しい事も辛い事もいっぱい経験した・・・ 生まれてなかったら、絶対分かんなかった事だよな・・・」 銀の横笛に涙がボロボロ落ちてきている。 「・・・それで・・・テリーと会ってさ・・・凄く沢山の事を教えて貰った・・・ いつも偉そうに言うんだけど、ほんとに色々知ってて・・・戦いの事とか、野宿の事とか・・・ 武器の手入れの仕方とか・・・・・・恋しい気持ちとか・・・切ない気持ちとか・・・嫉妬とか・・・ もう言い切れないぐらい沢山・・・」 テリーとの事が走馬灯のように思い出されては消えて、胸がぎゅっと締め付けられる。 肖像画のアイリーンはユナの話を優しい眼差しで聞いてくれていた。 ユナは白いナイフに両手を添えた。 「・・・ごめんって皆にあやまれなかったな・・・・・・あやまらなきゃいけないこと、たくさんあって・・・」 ウィル、ハッサン、チャモロ、ミレーユさん、スラリン・・・・ ピエール、ホイミン、メッキー・・・ オレさえ居なけりゃ死ぬ事なんて無かったのに・・・。 「せっかく皆から貰った命なのに・・・皆・・・許してくれる・・・かな・・・」 消えていく3人の顔が思い出される。 幸せになって下さい・・・・・・ そう言ってくれた皆・・・。この事知ったらどう思うだろう・・・。 ズキン。心にナイフが突き刺さる。 バーバラも傷ついてるだろうなぁ・・・。 まさかオレたち二人が黄金のドラゴンだったなんて思ってもみなかった。 オレが死んだら、きっとますます傷つく・・・。 優しい奴だもん・・・優しくて明るくて仲間思いの良い奴だから・・・。 彼女との楽しかった事が思い出されてきて、涙が自然と流れ落ちていく。 ズキン、ズキン。 胸が痛い。痛くて痛くてたまらない。 青い服を着た無愛想な剣士が瞳の奥に映った。 ・・・・・・テリー・・・ ・・・・・・一番・・・謝りたい・・・ 今までさんざん助けてもらって オレの為に大けがだってして・・・ 迷惑だって分かってたのに想い続けたり・・・ そして・・・ ・・・そしてオレさえいなかったら・・・。 「・・・好きになったりしてゴメン・・・。無理言ってついていって本当にゴメン・・・」 今でもあきらめきれなくて・・・ホントにゴメン・・・。 ズキン、ズキン、ズキン。 胸が痛くて苦しい・・・苦しくて痛い。 この苦しみから救ってくれるのはきっと、このナイフしかない・・・。 刃を自らの方に向けて天に突き上げた。白い刃が光に反射する。 「オレが死んで・・・世界に本当の未来が来ればいいね・・・」 『お前が死んで悲しむ人間だっているんだ』 思い出しちゃいけない言葉を思い出してしまい、手が止まった。 『オレが居るだろ!?』 テリーの言葉が胸に響く。 しかしユナは、その言葉を心の底に沈めて首を振った。 「・・・・・・」 オレが死ねば、きっとテリーも世界と一緒に本当の運命を辿れるかもしれない。 テリーと少女の幻影が自然と瞳をかすめていった。 「・・・テリー・・・」 幸せそうな笑顔、一度でいいから見てみたかったな・・・。 「・・・ごめんね・・・皆・・・・・・」 ゆっくりとナイフは心臓への道を辿っていった。 最後にもう一度だけ 「・・・ごめんね・・・テリー・・・」 ・・・さよなら・・・・・・ カツーンと言う音を立てて、床に虚しく転がった。 主人を失った銀の横笛が・・・・・・・・・ ・・・・・・・言葉が声にならない。 喉が潰れそうだ。 胸には空気が足りない。 瞬きをするのも忘れて。 息をするのも忘れて。 白い翼・・・・・・人形のようにピクリとも動かない。 これはユナじゃない。 あいつは別の場所にいる 文句を言っている。 笑っている。 怒っている。 眠っている。 戦っている。 「・・・・・・・・・ユナ・・・?」 こいつはユナじゃない。 少しだけ暖かみの残る体、青白い肌。 「・・・眠ってるのか・・・?」 ぐったりとして動かない体を、テリーは懸命に揺り起こした。 「おい・・・・・・ユナ・・・ユナ・・・!」 がくがくと震える腕で肩を揺さぶった。 しかしその度、人形のような体がのけぞる。 「起きろよ!起きて笑えよ!喋れよ!怒れよ・・・・・・!!」 頼むから・・・起きてくれよ・・・目を開けろ・・・・・・目を開けて、オレの名前を呼んでくれ・・・・・・ 信じない・・・信じてたまるか・・・・・・ この涙も・・・・・・ 「これが運命と言うのなら・・・オレはルビスを許さない・・・!!」 あの時誓った、デュランから強くしてやると言われて誓った。 もう絶対に死なせないと誓ったのに・・・・・・ 「・・・・・・ユナ・・・ちゃん・・・?」 ミレーユの震える声、その場に崩れ落ちている。 「い・・・や・・・」 両手で顔を押さえた。 「いやああああ!!」 「・・・・・・・・・ユナ・・・?」 駆けつけたバーバラの震える声も聞こえる。 「ユナ・・・ユナァ・・・」 素直に、正直に涙が瞳から溢れ出す。 「バカァ!バカ!本当にバカよあんた!!」 どうして・・・どうして死んじゃったりするのよ・・・。 どうして・・・どうしてそんな事が出来るのよ・・・ どうして・・・どうして・・・ 「どうして・・・こんな事するのよぉ・・・・・・・・・」 ガクっと両膝をついてバーバラは号泣した。 「どうして・・・どうしてユナだけが、こんなに苦しまなくちゃいけないの・・・!!」 「どっ・・・どうしたんだ!一体!」 「ユナさん!!」 悲鳴にも似たミレーユとバーバラの声に、血相を変えウィルとチャモロが飛び込んできた。 「・・・・・・っ!!」 変わり果てた姿のユナ、それを抱えているテリー。 泣き崩れているミレーユとバーバラ。 「・・・・・・なん・・・て・・・こと・・・だ・・・」 ガクリとウィルは肩を落とした。悔しそうに唇を噛み締める。 「・・・許されません・・・私には許すことが出来ません・・・!!」 眼鏡の奥からポタポタと落ちてくる涙。 「・・・ユナ・・・・・・!」 一番遅れてきたハッサン。 一歩、二歩と近付いてきて、それが現実だと知ると肩を震わせ 「なんなんだよこれ!!おかしいだろ、どう考えても・・・!!こんな現実 あっていいわけがねえ!!こんなの・・・許せねえよ・・・っ!・・・許せねえ・・・・・・!」」 怒りに燃えた瞳からは怒濤のように涙が流れていた。 拭っても拭っても涙は止まる事を知らない。 「ピキィーーーッ!!」 青い物体が泣き叫びながら駆けてきて、もう冷たくなってしまった体に乗る。 「ピキイィィッ!ピキィッ!ピキイィィッ!!」 人間のように涙を流しながら冷たくなった体の上でボンボンと飛び跳ねた。 スラリンはただひたすら大好きな親友の名前を呼んでいた。 しかし、呼んでも叫んでも、いつもの返事は返ってこない。 『テリー!』 「・・・・・・・・・」 『なんだよ、そんな顔してどうしたんだよ?テリー』 テリーの目の前に、あるはずのないユナの幻覚がちらついた。 しかし、ユナは動かなかった、喋らなかった・・・。 嘘だと言ってくれ・・・。 いつかみたいに演技だと言ってくれ・・・・・・。 「白い翼・・・・・・・・・やっとユナの過去が洗われたんだね・・・」 すすり泣く声の中、しわがれた声が響いた。 黒い帽子に長い白髪、グランマーズだ。 「おばあちゃん!」 放心状態の皆。 ミレーユ一人が真っ赤な瞳でグランマーズに駆け寄った。 「聖なるナイフ・・・真っ赤な血で染まることなく、安らかに・・・還ったんだね・・・」 確かにユナの顔は苦しみ悶えたような形跡はなく、逆に安らかに見える。 「おばあちゃん・・・ユナちゃんの魂は何処に行ったの?精神体が有るなら、また 夢の世界で会えるかもしれないんでしょ?」 そう言ってまたユナを思い出し、涙ぐんだ。 ミレーユの言葉に、少しだけ希望を見いだせた皆の涙がようやく止まる。 だがグランマーズはその問いに深い息をついた。 「・・・精神体は、肉体が滅んでも強い想いや使命があれば夢の世界に止まる事も有る。 だけど・・・ユナの精神体は肉体と共に天に召されたよ。この世との絆を断ち切る。 それがあの子の望みだったからね・・・」 「望みって・・・ユナがそう望んだっていうの!?だから夢の世界からも消えちゃったって言うの!?」 「・・・そうでなければ、夢の世界に精神体は留まってしまう。どこにもあの子の気配を感じない と言う事は・・・自らがそう望んで、自ら、命を絶ったんだ・・・・・・。この世界と・・・ アンタたちの為にね・・・・・・」 誰もユナの心中を理解する事なんて出来なかった。 どれほど辛かったのか どれほど悲しかったのか そう考えるだけで、また涙が溢れそうになる。 「・・・・・・そんなの・・・そんなの・・・・・・・っ・・・あんまりよ・・・・・・っあんまりだわ・・・・・!」 泣き崩れるバーバラを抱き締めた後、ミレーユは未だユナを抱えている テリーに目を向けた。テリーの肩は小刻みに震えていた。 「・・・世界なんて、オレたちの事なんてどうでもいい・・・どうでも良かったんだそんな事・・・! 魔王なんて、平和なんて知らない・・・・ただオレは・・・オレは・・・ユナさえ・・・・・・」 一瞬嗚咽が聞こえて、テリーは言葉と共に涙も飲み込んだ。 「・・・・・・・・・」 グランマーズはそんなテリーを見て、また息をつく。 そして今度はもう一人、苦しんでいる老人の元へと足を運んだ。
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