▼決戦前夜...
「・・・グレミオさんは・・・・・・?」 あの二十人くらい座れそうな大きなテーブルについたハッサンが、入ってきたチャモロに問う。 チャモロは無言で首を振った。 「ペガサス・・・ファルシオンもか?」 「・・・・・・・グレミオさんも・・・ファルシオンもユナちゃんのこと知った途端、放心状態です。 ウィルさん、バーバラさん・・・ミレーユさん・・・テリーさんも・・・」 ユナの死を思い思いのカタチで受け入れようと皆は必死だった。 二人も気を抜けば、どこにぶつけたらいいのか分からない憤りと悲しみに飲まれそうになる。 これからどうすればいいのか・・・ 大切なものを失ったオレたちは・・・。 これがあいつの母親か・・・。 テリーは再び、あの場所に来ていた。 あいつはまだ安らかに・・・眠っているかのように動かない。 誰が作ってくれたのか、いっぱいの花のベッドに横たわって。 テリーは何故こんな所に来ているのか分からなかった。 じっとしている事が出来なくて、手をその頬に伸ばす。 冷たい・・・・・・。 いつもの金に近い栗色の髪にそっと触れる、眉に、瞳に、鼻に、・・・唇に 整っている顔を手で確かめた。 「お前・・・バカだろ?」 「帽子作ってくれるって言ったろ?」 「何とか言えよ!!オイ、オイ・・・!」 続けて言葉をかける。 「・・・何とか・・・何とか言ってくれよ・・・!」 しかし反応は何もない。 「テリー・・・」 ハっと弾かれたように振り向くと、そこにはミレーユがいた。 「テリー、現実を見つめて・・・悲しいかもしれないけど、ユナちゃんは・・・もう・・・」 「何を言ってるんだ!」 そう言ってテリーは硬直した体をブンブンと揺さぶった。 「さっきまで喋ってたんだ!バカな事言って笑ってたんだ!そんな事があってたまるか!」 「テ・・・リー・・・」 ぎゅっと肩を持っている手に力を込める。 ミレーユが4、5歩と近付いたところでテリーが呟いた。 「だから・・・いやだったんだ・・・」 静寂にテリーの声だけが響く。 「こんな感情・・・知らなければ・・・こんなに苦しむ事なんて無かったのに・・・」 「・・・・・・?」 「・・・デュランは言った。強くなるために余計な感情は不要だと。憎悪、復讐心、強さへの渇望。 必要なのはそれだけだと。デュランに言われる前にもその事は分かっていた・・・ オレは強くなりたかったんだ・・・だから・・・」 だから・・・だから・・・? 「だから・・・その感情を捨てようとしたの?だから、ユナちゃんを傷つけてばかり居たの?」 ミレーユが見失った言葉の先を代弁した。 「・・・・・・」 息が詰まる。 テリー自身、心の中が分からなかった。 恐怖心が邪魔をして、何も見えなかった。 「テリー・・・あなた勘違いしてるわ。強くなる事っていうのは自分の感情を殺すことでも、 憎悪でも、復讐心でもない。ウィルを見て、もう気付いてるでしょ?ウィルは憎悪も復讐心も 力への渇望も持っていない。有るのは仲間を思う気持ちと誰かを救いたいっていう気持ち。 その心を持ってデュランもそしてアクバーも討った・・・人には誰かを想う感情が一番必要なのよ」 ミレーユの言葉。テリーはブンブン首を振って 「そんなのは嘘だ・・・!想うだけじゃ強くなれない!現にオレはいつも守ることが出来なかった! 姉さんを取り戻す事が出来なくて・・・そして・・・今も・・・!」 「テリー・・・」 「オレは強くなりたかったんだ・・・強くなるためならどんな事だってやった! こんな思い、もう二度としたくなかったから・・・!それなのに・・・」 弟の酷く切ない姿が、胸に突き刺さった。 苦しんでいたのはユナちゃんだけじゃない。 きっとテリーも今までずっと・・・。 そう思うと、ミレーユに言いようのない悲しみが襲ってきた。 なんて・・・この二人は・・・ 「テリーあなた・・・本当はユナちゃんの事・・・好きだった・・・好きなのね・・・ずっと昔から・・・」 「-----------っ」 心臓を何かで貫かれたようだった。貫かれた箇所は熱を持って酷く痛む。 逆に抱えたユナの冷たさが伝わってきて、何故か恐怖が一気に体中を支配した。 ブルブルと体が震える。 「・・・違う・・・オレは・・・」 飲まれそうな恐怖を必死に押しとどめる。 「・・・こんな奴の事なん・・・て・・・」 ユナの体までも小刻みに震えて、テリーはするりとユナを手から離した。 「・・・オレには関係ない・・・っ!」 否定したまま、テリーはその場を走り去った。 ミレーユはまたひとつ涙を零して永遠の眠りに就いたユナの側に寄った。 『オレなら大丈夫だから・・・』 悲しいその笑顔が思い浮かんで、ミレーユは自分の口を塞いで嗚咽した。 なんて・・・この二人は・・・ 「うわあーーん・・・うわああーーん!!」 夜を迎えた庭園で少女の泣き叫ぶ声が響いていた。 背の高い男の影が、泣き叫ぶ少女を抱き留める。 「バーバラ・・・もう・・・泣くなよ」 「だって・・・だってぇ・・・・・・ユナがぁ・・・・うっ・・・うっあ・・・あっ・・・」 慰めても慰めても依然泣きやむ様子のないバーバラ。 つられて泣き出しそうな自分を必死に抑え、ウィルは胸を貸した。 「だってユナは・・・ユナはぁ・・・アタシのせいで・・・アタシが黄金のドラゴンで・・・だから・・・ だからユナは・・・アタシとさえ、出会わなきゃ・・・」 「・・・バーバラ・・・」 自分を責めて泣きじゃくる。 何とも言うことが出来なくて、やっと口にした言葉。 「バーバラは、ユナの為に生きてくれよ・・・?」 ぎゅっと、バーバラの肩を掴んだ。 「ウィル・・・・・・」 ハっとした瞳に、たまった涙がすっと落ちる。 ウィルは指でそれを拭って、再び言った。 「ユナの為にも、皆の為にも・・・オレの為にも、必ず生きてくれ・・・」 両手で、その小さな体を抱き竦める。 「ウィル・・・」 もしユナがここにいたら、きっとウィルと同じ事言うね・・・。 自分の分まで、絶対生きて・・・って・・・。 硬直した体。 注意深く両手を胸の上で組ませて神に祈った。 どうか・・・安らかに・・・ 「う・・・うぅ・・・」 どうか・・・生まれ変わったら幸せになれますように。 ごしごしと目を拭いてミレーユはその場を去った。 静まりかえっている客室。 テリーの部屋のドアが開いていて月明かりが漏れている。 弟の事が心配になって、ミレーユはそっと中を覗いた。 「・・・・・・」 テリーはそこにいた。 ベッドの上で膝を抱えて項垂れている。 「・・・う・・・っ・・・く・・・・・・っ」 「・・・・・・!」 嗚咽が、暗い室内に響いてきた。 「う・・・あ・・・ああぁっ・・・・・・」 哀しみの感情を露わにして、ベッドのシーツを掻き乱した。 「・・・うっ・・・あくっ・・・ぐっ・・・あっ・・・ユナ・・・ユ・・・ナ・・・っ・・・」 ドンドンとベッドを叩いて、涙を耐える。 お願い・・・そんなに悲しそうにその名前を口にしないで・・・ 思い出させないで・・・・・・泣かないで・・・・・・ ミレーユはその場に崩れ落ちて、ついに号泣してしまった。 「ユナちゃん・・・」 ユナがいなくなって、どれほどの人が、どれほどの涙を流したのだろう。 その存在はそれほど彼らにとっては重いものだった。 「・・・・・・アイリーン・・・・・・」 魂の無い愛娘の前で、ゼニスは膝をついてガクリと崩れ落ちた。 肖像画の愛妻、そしてそれに良く似た愛娘を見つめて、老いた瞳からはまた涙が溢れた。 「わしは・・・最愛の妻と娘・・・両方を失ってしまった・・・」 自分が悪い、分かっている、分かっているから・・・ アイリーンとユナには幸せになって欲しかった。 どうして、一番罰を受けなければいけないはずの私が、のうのうと生きているんだ・・・ 「おお・・・・・・ユナ・・・」 両手をついて脱力する。 天空人特有の美しい顔、白い肌、人間にはない神秘さ、高貴さ。 本当は天界で穏やかな日々を過ごすはずだったのに 心ない人間に弄ばれ、黒い翼と言う消えない傷を負ってしまった。 皆の涙を浴びた顔に、ポタポタと別の涙が落ちてくる。 「・・・すまん・・・本当に・・・本当に・・・すまん・・・」 皆が哀しみを乗り越える間もなく、世界は朝を迎えた。 白い朝日が、窓を越えて大広間に差し込んできた。 「・・・・・・」 大広間に揃った皆は無言で、誰も何の言葉も交わさなかった。 バーバラ、ミレーユの目は真っ赤に腫れ上がって、顔は真っ青で血の気が無い。 朝方まで泣いていたのだろうか。 「ゼニス王・・・」 ウィルはようやくそう言葉を発した。 玉座にその人はいない。 窓を見て、こっちに背を向けて。 「皆さん・・・」 いつもより小さい声で言った。 「魔王を・・・デスタムーアを・・・必ず倒して下さい・・・」 いつもより小さいが、その言葉には強い想いが秘められていた。 「わかってます、ゼニス王。 オレたちもユナの・・・『死』は無駄にしません・・・絶対に」 やっとゼニスは振り向いた。目は萎れて顔は真っ青だった。 「それでは、行ってきます。魔王の城へ・・・。今度こそ、魔王を討つために」 ウィルはそれだけを言うと背を向けた。 これ以上そんなゼニスを見たくない。 ウィルたちは早々に城を後にした。 もう飛べなくなると思わせるほど昨日の夜鳴きまくっていたファルシオン。 悲しくひと鳴きすると思い切り天を駆け上っていった。 色んな事がありすぎた神の城がどんどんと小さくなっていくにつれ、 ハッサンが憔悴した顔で息を漏らした。 「・・・・・・これで・・・長い戦いにも終わりが来るのか・・・」
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