▼大魔王...


 1日振りのハザマの世界。
たった1日の出来事なのに、酷く長かった気がする。
魔王城はあの時と同じように禍々しい姿をして、ウィルたちを待ちかまえていた。
ファルシオンは二人の賢者の姿を見つけ、導かれるまま下り立った。

「ウィルさん!」

 マサールとクリムトが駆け寄ってきた。

「・・・いよいよ・・・決戦じゃの・・・」

 クリムトの方が言う。
仲間が一人欠けている事も、皆の表情が暗い事も二人は知っていた。
皆は何も言わず、強く頷くと再び魔王城に足を踏み入れた。





 白い霧。
それは城に初めて足を踏み入れた時と同じように皆を阻む。
何十分か何時間か歩いたのかも分からない。それは時間の感覚すらも狂わせていた。

魔物の気配もしない、魔王の魔力も感じない、全く変わらない状況に

「何だよーっ、何もかわんねーじゃねえか!」

 我慢しきれなくなったハッサンが足を止める。

「辛抱が足りませんよハッサンさん」

 チャモロとミレーユ。
バーバラ、ウィルも困った顔で見合っている。

「・・・ユナはあれだけ苦しんだって言うのに・・・これじゃなんの意味も無いじゃねえか」

 やる気無くその場に寝転がった。
ミレーユは困惑してハッサンを見つめた。
明らかにいつもと様子が違う。

「オイ・・・!」

 そのやる気のないハッサンに、つかつかと歩み寄って来た。

「なんの意味も無いだって!?もう一度言ってみろ!」

 テリーはギラリと眼光を光らせて、ハッサンの襟元を掴みぐぐっと持ち上げる。

「おっ・・・おい、何をそんなに怒ってるんだよ!」

「お前のその無神経な態度が許せないんだよ!」

「テリーやめなさい!」

 いつものテリーじゃない。
ミレーユが再び心の中で不審に思い、止めに入るも余計状況は悪化していく。

「そうだよ!こんなところでやめてよ二人とも!」

「ピッキイィ!」

 バーバラ、スラリン。しかし結果は同じだ。
依然二人は睨み合っている。

「ハア!?オレは思ったまでの事を言ってるだけだろ!ユナの事になるとすぐに見境が
無くなりやがって・・・」

「・・・!!なに・・・っ!!」

 テリーが拳を振り上げた所でパチン!と頬に衝撃が走った。
同じような衝撃を受けたハッサンも驚いて視線を向ける。
・・・ミレーユだった。

「テリーも・・・ハッサンもしっかりしなさい!魔王を倒すんでしょう!?
こんな所で仲間割れしてどうするのよ!!」

「ねえ・・・さん」

 ハッサンの襟元を力一杯握り締めていた手を腰に戻すと、テリーはハァと額を押さえた。
涙目になってふらふらと崩れ落ちるミレーユに、バーバラが慌てて駆け寄る。

「ミレーユ・・・」

 勢いよく鳴った左頬をハッサンは手で押さえて呟いた。
自分は一体何を言っていたのか、今はそれさえ覚えていなかった。
ミレーユはきゅっと唇を噛んで、鞄から古いオカリナを取り出した。

「・・・このオカリナを吹くわ。そしてドラゴンを呼びましょう」

 ビクっとバーバラの体が反応する。
ミレーユはオカリナに口を当て、神秘的なメロディーを紡ぎ出した。
荘厳なメロディーがその空間に響く。

ドクン。
バーバラの中で何かがうごめいた。
ムドーの城と同じ感覚。バーバラはその感覚に身を任せて、メロディーの続きを追った。

「・・・・・・っこれが・・・・・・っ」

 バーバラから溢れた光はバーバラ自身をも包み込んで、巨大化する。
その光の中には美しい黄金に輝くドラゴンが翼を広げて立っていた。
優しいその赤い瞳は確かに見覚えが有る。

「バーバラ・・・?」

 ウィルがそう問いかけると、ドラゴンは目を細めて応えるように鳴いた。

「ドラゴン・・・」

 テリーも呟く。マウントスノーで見たドラゴンとうり二つだった。
ドラゴンは、すぅっと息を吸って、大きく鳴いた。
空間がゆれるほどの大きな声、だがウィルたちは不思議と不快に感じなかった。

声が反響し終わると、いつの間にか白い霧は晴れ渡っていた。

「・・・魔王!?」

 ウィルたちの立っていた場所は細い一本道で、重力を無視した道の先に
黒い衣が宙に浮いていた。

「我の名はデスタムーア。闇と太陽、そして全ての生命を司ることになる存在だ」

 黒依のような形をしたどす黒い魔力が頭からつま先までを覆っている。
気圧されるほどの魔力とオーラに、それが最後の敵だと言う事に皆気付いた。

「フッ、仲間を殺したのか・・・?主たち人間も惨い事を平気でやる生き物よのう・・・」

「・・・っ!」

 黄金のドラゴンの瞳がますます真っ赤に染まる。
一鳴きすると、翼を広げ魔王の元へと飛び立った。

見えない魔力の壁に弾かれたが、もう一度強く鳴くと光を身に纏って魔王に飛びかかった。
魔力の壁は突き抜けられたドラゴンによってガラスのように粉々に飛び散った。

「黄金のドラゴンか・・・余と同じ魔力を持つ者・・・。最後の戦いはこうでなくては面白くない」

 ドラゴンの突撃をひらりと交わして、飛んだ。
ドラゴンは役目を終えたのか、ふっと光を放って小さな少女の姿になる。

「許さない・・・許さないわよアンタ・・・っ!」

「人間ごときが偉そうな口を叩きおる!」

 一瞬、魔力で出来た黒依が取り払われる。
現れたその姿は最後の大ボスとは到底思えないような貧弱な老人だった。

戦いの場所へ、皆は各々の想いを抱いて駆け寄る。

剣を構えて、杖を振りかざして、拳を突き出して
強い眼差しと強い意志で臨んだ。こいつを倒せば全てが終わる。

「アンタだけは・・・っアンタだけは絶対に許さない!」

 バーバラはメラメラと燃える瞳を向け、両手を天にかざした。
体中から目に見えるほどの白い魔力がほとばしる。
ほとばしった魔力はドラゴンのカタチを成して、グングンと膨れあがっている。

「・・・マダンテか・・・・・・!小賢しい!!」

 デスタムーアは舌打ちして唸ると、貧弱な体が音を立てて盛り上がった。

「・・・・・・っ!!」

 頭も、足も、腕も原型を止めないほど盛り上がって大きく伸び上がった。
目の前に広がるどす黒い紫の体。
体は元の数倍は膨れあがって、翼を広げ、大きく裂けた口で笑っている。

こいつがデスタムーア・・・!

「フンッ!!」

 デスタムーアの大きな手の平から人の顔ほども有りそうな紫の球体が出てくる。
冷たい魔力を帯びた球体は冷気をまき散らしながら無防備なバーバラへ飛びかかってきた。

キィン!
鋭い音が切り裂いて球体は弾け飛んだ。

「テリー!」

 弾いた雷鳴の剣を掲げて魔王を睨む。

「人間共が・・・!」

 デスタムーアの身に纏う魔力が一層強まる、風が吹き荒れ地面は揺らぎ空気が震えた。
だがここで引く事は絶対に出来ない。

「皆!テリーに続くぞ!!」

 ウィルは渦巻く魔力の風に奥歯を噛み締めて耐えると
背から青く光るラミアスの剣を抜いた。

『頑張ってね、お兄ちゃん!』

 旅だったばかりの、ターニアの辛そうな笑顔がウィルの脳裏に思い浮かぶ。

この旅は時として苦痛の連続だったのかもしれない。
現実は時には残酷にのし掛かった。

本当の妹じゃなかったターニア。
帰らぬ人となっていた本当の妹。

そして・・・かけがえのない仲間の死・・・。

それらを乗り越えて、今自分はここに居る。
オレは必ず魔王を倒す、ユナの為に、現実の世界の人々の為、夢の世界の人々の為にも・・・

「でやあああ!!」

 デスタムーア倒す・・・!!
ウィルの想いに気付いたのか、ラミアスの剣が光り出した。

「来るなら来るが良い・・・返り討ちにしてくれよう・・・」

 黒い息を吐いて大魔王は両手を広げる。
最後の戦いが始まった。






 ・・・静かになった・・・。
魔力が渦巻く音も、何も聞こえない。

紫の怪物を倒したかと思うと、それは首と手だけになっても襲いかかってきた。
虚を突かれてしまったオレたちは後ろを取られて・・・

・・・それから・・・それからは良く覚えていなかった。

ただ分かるのは、ウィルの手に今も残っている魔王にとどめをさした感覚。
そして遠くに残る、恐ろしい断末魔。

「ゼニス王・・・」

 ラミアスの剣に支えながら、やっとの事で立ち上がった。

「デスタムーアを・・・倒しましたよ・・・」

 その言葉をキッカケに、皆もよろよろと立ち上がってきた。

「く・・・っ・・・ハハっ・・・なかなか手強かったよな・・・!」

 傷だらけの体でウィルの手を借り立ち上がるハッサン。
苦しそうに笑うと、皆もつられて唇を緩ませた。

長い戦いだった・・・。

体力と魔法力はとっくの昔に尽きている。勝てた事が不思議だった。
皆は肩で荒く息をして、辛く苦しい戦いを思い返していた。
だが余韻に浸れる時間は無かった。

「・・・・・・・・・!!」

 ゴゴゴゴゴ・・・地響きが足を伝って聞こえてくる。
あっと言う間に高い天井が崩れ落ちてきて、雨のように大岩が振り出してきた。

『ウィル!?魔王を・・・倒したのか!?』

 轟音の中、頭にクリムトの声が響く。

「クリムト様!?」

「クリムト様!魔王を・・・デスタムーアを倒したよ!!」

 ウィルに代わり、隣のバーバラが思い切り叫んだ。

『やっ・・・やったな!ウィル!私たちはハザマの世界の人々を助けて
神の城へ向かう!ウィルも何とかそこから逃げるのだ!!』

 似たようなマサールの声が急に途切れたかと思うと、
崩壊して姿を覗かせた外から、天馬ファルシオンが駆けつけてきた。

「ヒヒィィィン!!」

 皆を馬車に乗せて、ファルシオンはハザマの世界と夢の世界を一気に飛び越えた。





「・・・・・・・・・ねぇ・・・」

 いくらか話せるほど体力も戻った所で、バーバラが誰とも無く問いかけた。

「アタシたち・・・本当に魔王デスタムーアを?」

 不安そうなバーバラをよそに、ハッサンがふっと吹き出した。

「何言っんだよ、当たり前だろ?」

「だって・・・だって信じられないんだもん!・・・魔王を倒したの・・・?
これで全て終わったの・・・?」

 何も悲しむ事はないのに、いや、嬉しいのか。
バーバラが涙目になっている。

「バーバラ」

 ふっと見ると、青い髪の青年が笑いかけてくれた。
それをキッカケにぶわっと涙が浮かび上がって頬を伝った。

魔王を・・・倒したんだ・・・そうだった・・・
ユナ・・・アタシたち、魔王を倒したんだよ・・・・・・!





 いつもより美しく見える神の城。
ファルシオンが瞬く間にそこへたどり着いた。
皆は意気揚々と大きな門をくぐる。

はやく・・・はやく・・・

「ゼニス王!」

 勢いよくハッサンがその場所に飛び込んできた。
大賢者二人と年老いた貫禄ある老人がいる。

顎髭を自慢げに触り、笑ってみせた。





「・・・・・・・・・良く・・・良くやってくれました皆さん。
これで再び安息の平和が戻ってくることでしょう・・・・・・・」

 ウィル、ハッサン、チャモロ、バーバラ、ミレーユ、テリーの顔を
じっと見回して言った。
 ハッサンがちょっと照れくさそうに頭を掻く。

「我々はもう少しここにとどまっていく。そなたたちには本当に世話になったな、
弟共々礼を言うぞ、ありがとうウィル」

「夢の世界を支配するため、ここを実体化させようとしていた大魔王のチカラも
もう尽きていくはずだ。それまでまだ幾らか日がある、
ゆっくりしていって魔王との武勇伝でも聞かせてくれ」

 前者がマサール、後者がクリムト。
そんな中、あまり笑わなかった少年が、カタリと席を立つ。

「テリー?」

 慌てて姉のミレーユが引き止めると立ち止まって

「こういう場所は苦手でね。悪いけど一足先に馬車に戻ってるぜ」

「あ!待ってよ!そんなに急がなくても・・・」

 振り向かずスタスタと歩き出した。

「まったく仕方のない子ね・・・ごめんなさいねウィル。そんなわけだから
私も先に馬車に戻っているわ。ゆっくりしてきて良いわよ。では・・・ゼニス王・・・」

 心配しているのか足早にテリーの後を追いかけた。


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