▼願い...


「何処に行ったのかしらあの子・・・」

 馬車に戻ってみてもテリーの姿はなかった。
ミレーユは仕方なく引き返して、当てもなく城内を彷徨う。

天空人たちを引き留めて聞いてみると
青い服の人間が史料館に入っていくのを見たと言うのだ。

史料館の扉を開けて中をそっと覗くと・・・青い帽子に青い服。

「・・・・・・!」

 ミレーユに気付くと、読んでいた本を元の場所に戻す。
テリーだ。

「何を読んでいたの?」

 戻した本を手にとってみる、黒い本。

「古の・・・悪魔・・・?」

 その本の前書きを見るなり怪訝に呟く。
慌ててページをめくると次のような事が記されてあった。

「古の悪魔・・・ダークドレアム・・・その魔力は精霊ルビスでも封じ込める事が出来ない・・・
それを呼べるのは人間の欲望のみ・・・もしも悪魔に打ち勝つ事が出来たならば・・・
どんな願いも叶えてくれる・・・・・・!?」

 そこまで読み、弾かれたようにテリーを見た。
少年の瞳は一点を見つめている。

「テリー、あなた・・・」

「・・・・・・」

 テリーは何も応えずに、背を向けた。

「魔王はもう倒した、これで義理は果たしただろ?あいつらにそう伝えておいてくれ」

 ミレーユはテリーの腕を掴み、血相を変え叫んだ。

「一人で行くつもりなのね!?無茶よ、勝てるわけないわ!
一国の兵士が一夜にして滅ぼされたって話なのよ!
やっと世界が平和になったって言うのに・・・死にたいの?」

 無言でこっちを向いてはくれない。

「そこまでして、何の願いがあるって言うのよ・・・」

『ミレーユさん』

 幻聴が聞こえた気がして、ミレーユはするりと手を離してしまった。

「何の・・・願いが・・・・・・」

「・・・・・・・・・」

「テリー!」

 ミレーユの隙をついて、テリーは出口に向かって歩き出す。

「姉さん・・・ごめん・・・」

 子供の頃と同じ、謝る時の口調と瞳。
それだけを言うと振り向かずに出ていった。




 古の悪魔。
遠い昔、その悪魔を呼び出そうとした儀式の後が
グレイス城と言う場所に今でも残っていると言う話を聞いた事がある。

強い決意を胸に秘めて、テリーの足はそこへと向かっていたはずだった。
しかし、自然と足は表の城門でも庭園にある裏門でも無く、別の場所に向かっていた。

ギィ・・・。
長い螺旋階段を上り、扉を開く。
真上から差し込むステンドグラスの光、この世のものとは思えないほど美しい女性の肖像画、
気持ちよさそうに光を浴びている満開の花壇。

「・・・・・・」

 テリーはゆっくりと足を進ませて、花畑の中に視線を落とした。
だが、そこに居るはずのあいつの姿はもう無い。

誰かがどこかへ移動させてしまったのか、それとももう・・・・・・。

「・・・・・・」

 こんな所でモタモタしてるわけにはいなかい。
早くしないと・・・。テリーは決意を新たに固めて足の向きを変える。

「・・・・・・っ!!」

 視界の隅に映る人影にテリーの目が釘付けになった。
信じられないその人影は、銀の横笛を切なそうに見つめて柱の影にもたれ掛かっている。

テリーは目を疑う事しか出来なかった。
何度も見ていた幻覚・・・・・・?
確かめる事も出来ずに、ただじっとその人影を目で追った。

イエローブラウンの短い髪
青いマントに、大きな剣
色あせたスライムピアス・・・。

「・・・ユ・・・ナ・・・・・・?」

 自然と口からその名がこぼれる。
そいつはその声に気付いて、ゆっくりとこちらを振り向いた。

「・・・・・・っ!!!」

 銀の横笛が床に落ちて転がる。
テリーは足下に転がったその笛を拾って、またその人物を見つめた。

見間違えるわけが無い。
そいつはサンマリーノで初めて出会った、男勝りなバカな女。
初めて、自分以外の誰かと行動を共にしたをした女。
オレの事を、好きだと言った女。
人の気も知らないで、勝手に死んでいった女・・・。

「テ・・・リー・・・」

 二度と動かないと思っていた唇が自分の名を呼んだ。
その声に止まった思考が動き出す。一歩一歩、その女に近付くと、その腕を掴んだ。
消えない、やっぱり幻覚じゃない。

「お前・・・っ・・・どうして・・・」

 そいつはぎこちない笑顔を返して応えた。

「ク・・・クリムトさんとマサールさんがオレを生き返らせてくれたんだよ。
それにしても賢者ってホント凄いよな〜・・・なんでも出来ちゃうもんなんだ・・・っ!」

 その口調。その雰囲気。全てが懐かしく感じて何故か胸が張り裂けそうだった。

「ほんとに・・・っお前・・・っ」

 頭より先に体が動く。
その腕を引き寄せて思い切りユナを抱きしめた。

「・・・・・・・・!」

 言葉では言い表せない感情がテリーの中を支配する。いつもはその感情に逆らっている
テリーもこの時ばかりは流れに身をゆだねる事しか出来なかった。
ユナの温もりは、今ここにユナが居る事を実感させてくれる。

「・・・・・・ユナ・・・っ・・・」

 苦しそうに呟く。もう二度と会えないかと思った。もう二度と抱きしめる事なんて
出来ないと思った。

「ユナ・・・!」

 胸の奥が熱い。ユナの顔を見ると我慢が効かなくなる事を本能的に分かって
テリーは抱きしめたまま動けなかった。

「・・・っ・・・テリー・・・・・・!」

 ユナは震える手を、迷いながらもテリーの背中に回した。

「・・・・・・っ・・・」

 手のひらから伝わる体温はますますテリーの体を熱くさせる。

「・・・・・・く・・・っ・・・」

 テリーは両手でユナの肩を掴むと距離をとった。アメジストの瞳がついに
イエローブラウンの瞳を捕らえる。
ユナの頬に手を触れて、小さい顔を自分の方へ引き寄せようとしたところで

また、銀の横笛がカツンという甲高い音を上げ転がった。

「・・・・・・っ」

 感情に支配されていたテリーの思考が、ようやく止まる。
心臓が信じられないほど大きな音で鼓動を刻んでいた。

バカな・・・オレは・・・・・・なに・・・を・・・

 ユナもようやく我に返ったようで、銀の横笛を拾い上げる。お互いの鼓動がようやく
元通りになると、テリーの方から言葉を発した。
先ほどの事は無かったかのような素振りで

「お前・・・体は、大丈夫なのか?」

 ユナの胸元のナイフの後が目に入った。破れた服はそのままで痛々しい。
あれは現実の出来事だったんだと実感させられる。

「うん、クリムトさんとマサールさんがベホマで治してくれたんだ。はは・・・全回復ってやつ・・・
すっごいよな〜賢者って」

 そう返すユナに思わず拍子抜けした。
決戦前夜、こいつが居なくなった後の自分を思い出す。あれだけ苦しい思いをしたっていうのに
当の本人はあんがい気楽そうに見える。
それが演技なのか、本心なのかも考えられず、テリー苛立ちの方が先に募ってしまった。

「どうして、あんな事したんだ?」

「えっ?」

「どうして自分から命を絶つような真似したんだって聞いてるんだ」

 先ほどの抱擁が嘘のように声を荒げた。ユナは顔を強ばらせて

「・・・だっだって、仕方無いじゃないか!そうでもしなきゃ魔王を倒せないって、
オレはこの世界に存在しなかったなんて事聞いたら、そうするしか無いだろ!」

 間違った未来。その未来がまだ続いている事をユナは分かっていた。
分かっていたから余計辛い。だってテリーは・・・

「別の方法だってあったかもしれないだろ!一人勇み足で、命を絶って
どれだけオ・・・・・・っ・・・周りに迷惑かけたと思ってるんだ!?
振り回される方の身にもなってみろ!」

「別の方法なんて、無かったよ!オレはっ、見たんだよ・・・!オレは本当はここに居るべき存在
じゃないんだって!オレがここに居る事で世界が狂っていくんだって・・・」

 くるしい・・・・・。自分で言った言葉は一番弱い胸の部分を締め付けた。

「そうやって勝手に決める事が自分勝手だって言ってるんだバカ」

「・・・っバカってなんだよ・・・ほんとの事なんだから仕方ないだろ!
オレが居るこの世界は間違った未来を辿ってるんだよ・・・」

 本当の未来はユナの脳裏に焼き付いて離れない。

「テリーだって・・・オレにさえ出会わなけりゃ、幸せな未来を送れてたんだ・・・
オレと会っちゃったから、可愛い恋人とも会えなくて・・・・・・」

「恋人・・・・・・?」

 うっかり口から言葉が滑り落ちた。

「お前と出会ったから、オレが出会うはずの恋人とも会えなかった?だって?」

 ユナはうつむいて、答えなかった。

「バカ!そんなもの・・・・・・」

 言いかけて言葉が止まる。まさか、それもユナが命を絶った原因になったんじゃないんだろうか。
バカバカしい話だったが こいつならありえる。
出会った事の無い恋人などテリーには何の意味も成さないのに。

「テリーは、見てないからそう言えるんだ。オレが居ない未来のテリーは、ほんと、幸せそうに
笑ってて・・・今と全然違ってて・・・」

 テリーは息をついて、苦しそうなユナの言葉を遮った。

「お前の方こそ、オレに会ってなかったら・・・幸せだったかもしれないじゃないか」

「・・・え・・・?」

 向こうはユナから視線を離して、呟いた。

「旅先で出会った男がオレみたいのじゃ無かったら、きっと幸せだったんじゃないか?」

「それは違うよ!」

 弾かれたように叫んでしまった。

「オレは・・・テリーと会えて・・・凄く幸せだよ・・・」

 ユナの叫びに再び視線を合わせる。いつも見てきたテリーの綺麗な瞳に
言葉が濁る。

「だって・・・だってオレは・・・」

 その後に続く言葉を、自分自身で無理矢理遮った。
何か言いたげなユナの瞳。
今のテリーはその後に続く言葉を知っていた。

「ゴメン!」

 テリーの瞳に耐えきれなくなって、テリーを振り切って走っていってしまった。

「・・・あいつの居ない本当の未来か・・・・・・」





大広間に戻ってみると、号泣しているバーバラ、
それを支えているウィル。眼鏡を拭くチャモロに笑顔で皆を慰めるハッサン。

「テリー!!」

 目をゴシゴシ擦りながら真っ赤な顔でバーバラが駆け寄ってきた。

「ユナが・・・ユナが・・・」

「・・・ああ、知ってる」

 何の反応も示さずテリーはそう言うと、喜びの輪から距離を取って、窓の外を見つめた。

「素直じゃねーなぁあいつ。本当は踊り出したいくらい嬉しいくせによ、ププッ」

「ハッサン」

 バーバラの隣でハッサンが笑う。
その時、話題の中心に登る少女が姿を現した。
玉座に座っていたゼニスが立ち上がる、ユナを見つめて涙目で頷いた。
ユナは何も言わず、どうしたら良いか分からない顔でゼニスと同じように頷いて見せた。

「ユナーーーっ!」

「うわっ!」

 二人のやり取りを見届けて、バーバラがユナに飛びつく。いつものように尻餅を突いて受け止めた。

「おかえり〜!おかえりっユナッ!!」

 そんなバーバラにユナも笑顔で返した。

「うん・・・ただいま・・・!」




「ピギィ!!ピギィーー!!」

 スラリンは人目もはばからず号泣していた。
ユナの生きている姿を見てからもうずいぶんと経っていると言うのに。
ユナはスラリンの体を持ち上げて

「もう泣きやめよスラリン。体しぼんじゃうぜ」

 未だ泣きやむ様子のないスラリン。
ウィルが困ったような微笑みをみせてスラリンをくしゃくしゃと撫でた。

「仕方ないさ、スラリンはユナが死んでからずっと泣き通しだったからな」

「・・・そっか・・・本当・・・ゴメン・・・何も言わなくて・・・」

 そこまで言ってユナはテリーの言葉を思い出した。
『振り回される方の身にもなってみろ』
・・・確かにその通りだったのかもしれない。
申し訳ない気持ちが一気に押し寄せて、顔を俯かせると言うよりは腰を曲げて頭ごと下げた。

ポンっ。
頭を叩かれたような気がして顔を上げた。
ハッサンが満面の笑みで目の前に立っていた。

「ま、過ぎた事は仕方ねーよ!それに、生き返ったんだからもういいじゃねーか!
結局はハッピーエンドだったって事だよ!」

「そうですよ、最高の結末です」

 チャモロも付け足した。
最高の結末。皆の笑顔にユナの胸はまた締め付けられた。
『そうやって勝手に決める事が自分勝手だって言ってるんだバカ』
また胸に刺さった一言が蘇った。
確かにオレは自分勝手なのかもしれない、本当は自分の事しか考えてないのかもしれない。

だけど。
オレはこんなふうにしか生きられないんだから仕方ないじゃないか・・・。

胸の中に有る真実を今のユナはどうしても伝えることが出来なかった。




 その後、ゼニスとクリムト、マサールが皆と共に大広間に集まった。

「ゼニス王、では私たちは行きます」

「うむ、勇者ウィルよ・・・。魔王を倒して世界にひとときでも真の平和をもたらしてくれた事を、
神として礼を言うぞ」

 ゼニスは王冠を胸の前へとしまい込むと見惚れるような立ち振る舞いで頭を下げた。

皆はそれぞれゼニス、クリムト、マサールに別れを告げる。
最後になってしまったユナは、なんとなく気まずそうにゼニスと握手を交わす。

「ユナ」

 早々に背を向けたユナをゼニスが呼び止める。

「お前も良くやったな・・・私はお前を誇りに思うぞ」

「・・・・・・」

 言葉は心の中に用意されていた、だが声には出ない。
迷っているユナに、賢者二人が声をかける。

「ユナさん・・・魔王の力が薄れていって夢の世界と現実の世界を繋ぐ魔力は失われています。
いつ完全に消えてしまってもおかしく有りません。言っている意味分かりますね?」

 コクリ。力強く頷いた。
ゼニスの神妙な顔も、賢者二人の言葉の意味もユナには分かっていた。

待っている皆の元へ歩き出す。
またきっと会う事になるであろう、3人に背を向けて。


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