▼最後の告白1...


魔王を倒したというお触れは夢の世界、現実の世界の全土に広まっていた。

まずウィルたちは空を駆けるファルシオンで旅の発端となったライフコッドへと赴いた。
ウィルが精霊ルビスのお告げを聞いた村、妹だと思っていたターニアが住んでいる村。

住み慣れた家のドアをノックする、可愛らしい返事と共にドアが開くと、黄色い髪留めの可憐な少女が出迎えた。
「おかえり、お兄ちゃん」
ターニアはウィルにいつもの言葉をいつもの笑顔で返してくれた。

ターニア、ランド、ジュディ、村長、村の人々と十分に別れを告げると今度はバーバラの故郷カルベローナに向かった、
それから夢の世界のレイドック、現実の世界ではチャモロの故郷ゲントの村に、そしてその東にあるモンストル。

「ユナーッ!」

「アモスーっ!」

 ウィルたちが魔王を倒した事を知っていたアモスたちは町をあげてウィルたちを歓迎してくれた。

すっかり傷の完治したアモスはユナを高く抱きかかえ、喜びを十分に表現する。

「無事で良かった・・・ユナ・・・」

「アモスもな。・・・怪物には変身してないよな」

 その隣にはシスター・アン。
いつもの優しい微笑みで、ユナに労いの言葉を掛けてくれる。喜びの知らせは、ここでも聞く事が出来た。

アモスはコホンと咳払いをしてシスター・アンの肩に手を回す。シスター・アンは恥ずかしそうに顔を赤らめて、左手の薬指を見せた。
そこには銀の指輪が光っていた。彼らは最近婚約したらしいのだ。

アモスとシスター・アンの関係を知っていたユナは、本当に嬉しかった。
そして心から彼らを祝福した。

「ユナ、早くこの町に帰って来いよ。結婚式の準備とか手伝ってもらうからな」

 アモスの満面の笑み。ユナはまた、嘘を重ねた。

「うん、分かった。なるべく早く戻るよ。それまでシスター・アンと仲良くしてなよ」

「お前に言われ無くったって・・・なぁ?」

 いつもの雰囲気に懐かしいペース。
アモスもシスター・アンも大好きで、この村はやっぱりとても良いところだった。

「アモス・・・シスター・アン・・・。幸せにな・・・」

「なに、しおらしくなってるんだよらしくもねえ!」

 その場限りの約束。その場限りの笑顔。
後ろめたい気持ちでユナは二人に背を向け、離れていった。




ファルシオンはそれから南に空の道を駆けてサンマリーノへ向かった。
皆はハッサンの家を訪れた後、思い思いの場所に向かった。
ユナは行きつけの酒場のドアをノックする、昼間は空いているはずの酒場は客で埋め尽くされていた。
魔王が倒れたというお告げを聞きつけ祝杯を挙げに来た人々だった。

ビビアンはユナの姿を見つけると、驚いた顔で駆け寄って、そして抱き締めてくれた。




もうすっかり日も暮れてしまったので一行はサンマリーノに一泊する事になった。
魔王を倒して、和やかな時間が流れる夜。
ハッサンが初めてテリーを呼び出した。

「おお、ここだ」

 呼び出された場所はハッサンの自宅の3件隣に有る小さなバー。港の酒場に比べて、小さくあまり栄えていないようだったが馴染みの客が楽しく談笑していた。

端のカウンターにハッサンとテリーは椅子一つ分開けて座った。

「まさかお前とこうやって飲む日が来るなんてなぁ」

 冗談交じりにそう言うと、いつもの酒を注文した。
テリーは何も応えずに、酒を注文する。

「・・・話と言うのは何だ?まさか、一緒に酒を飲むだけってつもりならオレはもう帰るぜ」

「まてよ、せっかちな奴だな相変わらず」

 マスターから受け取った酒をホイっとテリーの前に差し出した後、早速ハッサンは自分の酒を飲み干した。
テリーも酒に口を付けて、酒の余韻に浸っているハッサンの言葉を待った。

「話ってのは二つ有るんだけどよ・・・まず一つは・・・ミレーユの、事なんだ」

 ハッサンはゴホンと咳払いをして体をテリーの方に向けた。

やっぱりその事か。
別段驚かず、視線をカウンターに向けたままもう一口酒を飲む。

「オレは、ミレーユの事が好きだ。出来ればいつか一緒になりたいと思っている。オレはミレーユを一生守り抜くつもりだ!いやっ、一生守り抜いてみせる!だから弟で有るお前に、ミレーユとの交際を認めて欲しい」

「・・・なぜそんな事オレに聞く?」

 熱いハッサンと明らかな温度差の有るテリー。

「まずは姉さんの気持ちを確かめる方が先だろう。順序が間違ってる。
・・・まぁまさか姉さんに限ってそんな事あるわけ無いだろうけどな」

「・・・・・・」

 冷めたテリーの返答。
勢いを削がれたハッサンは体を戻しカウンターへ視線を戻した。頼んだ2杯目の酒がタイミングを見計らって差し出される。

「・・・確かに、ミレーユの気持ちを聞く方が先だったな・・・。ハハ、なんかすっげー焦っちまってたなオレ。でも、お前に伝えられて良かったぜ、なんつかその・・・ケジメって奴だからな」

「・・・フン」

 テリーは自分でもそんなに腹が立たなかった事が意外だった。昔の自分だったら、姉さんに言い寄る男は皆気に入らなかった。
しかも姉さんと釣り合わないこんな男なら尚更だと思っていたのだが。

テリーはそんな自分にイライラして違う言葉を投げかけた。

「二つ目の話はなんだ?」

 もうグラスの酒は残り少なくなっている。
ハッサンは酒を一口で半分飲み干し、話し出した。

「・・・ユナの事だ」

「・・・・・・?」

 思っても見なかった名前。

「変な話さ、あいつ・・・オレの死んだ妹にそっくりなんだよ。顔とかが似てるってワケじゃなくて、
性格とかしぐさとか抜けてる所とか受け答えとか、ホント似てるんだ。最初の頃はそうは思わなかったけど、時間が経つにつれて似てるなって意識しだしたら妹にしか見えなくなってきてよ・・・」

 テリーはハッサンの話を黙って聞いていた。

「だからよ、あいつには妹の分まで幸せになって欲しいんだ・・・」

「・・・だから、なんでそんな話をオレに・・・」

「・・・あいつの気持ち、知ってるんだろ?」

「・・・・・・」

「あいつを幸せに出来るのはお前しかいねえ!お前だってあいつの事好きなんだろ!?
意地張らないであいつに本当の気持ちを伝えてくれ!あいつを幸せにしてやってくれよ!」

「・・・・・・」

 テリーは否定も肯定もせずに、グラスの酒を一気に飲み干した。

「悪いが、期待には応えられない」

 ゴールドを置いて、ガタっと立ち上がる。

「話はこれで終わりだな」

「テリー!待てよ!お前・・・ここまで来てまだ意地張るつもりなのか!!
いい加減観念しろよ!!」

 引き留める言葉に足も止めず、酒場から出ていく。
テリーは無言で賑やかな夜のサンマリーノを歩いた。




次の日、ファルシオンで海を越えサンマリーノから南に下ったガンディーノへ向かった。
街に着くとミレーユが先頭を切って、今にも駆け出さんとばかりにテリーを引っ張って入る。

「テリー、早くっ!」

「・・・・・・・・・」

 街外れに有る小さな家へと二人は入っていく。
きっと、ガンディーノが故郷だと言う二人の生まれ育った家。
そんな親子水入らずの中に入るのはさすがに野暮だ。
皆は時間を潰すため平和になった街を歩く。
歓喜の美酒に酔い、歌い、踊る人々を見るだけで自分たちの成し遂げた大きさに再び酔いしれるのも悪くは無い。

仕方なくユナも心の傷が疼くこの町を見物しなくてはならなくなっていた。




「・・・結構変わったな・・・ここも・・・」

 懐かしい町並みを一人ポツポツ歩きながら、ユナは呟いた。
自分が知っているガンディーノの街は暗い空気に覆われていて
大通りから少しでも入った汚い路地裏にはガラの悪い連中がたまっていたり、ケンカをしていたり
生ゴミを漁る孤児や老人を良く目にしていた。

それとは反対に金持ちや貴族が往来する大通りは整然として塵一つ落ちて無くて、ひっきりなしに馬車が通っていた。
しかし今はその大通りと路地裏にあまり大差は無い。
大通りには武器屋や防具屋などが軒を連ね、路地裏には平凡な民家が建ち並んで子供達が楽しく遊んでいる。

「一度は記憶を無くしたのに、良く覚えてるな」

 フっとユナは笑った。笑えるだけ、心の傷に耐えられるようになった事を感じた。
歩きながら、
ふ、と、足が止まった。ツタの絡まった長い石造りの塀。そこに右手を付くと冷たい感触が広がった。
それと共にゾワっと体にも冷たい物が広がる。

この塀の奥には、辛い幼少時代を強いられたギンドロ組のアジトが有る。
7年前の事が頭に浮かぶ。一晩50ゴールドで働かされていた昔。

「ハハッ・・・安・・・」

 乾いた笑みを漏らして、ゴンっと思い切り拳を打ち付けた。
痛みと引き替えに、魔力の籠もった拳は塀の一部を砕いた。

「いってぇ〜・・・乗り込んで潰せるかもなこりゃ」

 冗談交じりに呟く。壊れた塀の間から生活感の無い灰色の建物が見えた。
否応なしに過去の事が蘇る、震える足を踏みとどまらせてキっと睨んだ。
こんな奴らに、逃げるなんて事もう絶対しないからな。

うん、ともう一度自分に言い聞かせて
今度は街外れに有る一軒家に向かっていた。
天空城から突き落とされて奇跡的に助かったオレを、拾って、育ててくれた夫婦。
用心深くその家を覗くと・・・
記憶より年のとった女性が居た。彼女はとても楽しそうに笑っていた。

「元気・・・そうだな・・・」

 ホっと安心する。ずっと気がかりだったから・・・。

その時
家の中から一人の可愛らしい女の子が元気良く飛び出てきた。

「ユナ、走ると危ないわよ!」

 ・・・・・・!ユナ・・・!?

「はーーいっ!」

 4、5歳の小さな女の子。ユナと言った・・・オレの名前。
ドンっ!
ハッと下を向くと、先ほどの女の子がぶつかってきていた。

「あらあら、すいません・・・うちの子が・・・?
大丈夫ですか?」

「・・・・・・」

「お姉ちゃん?」

 ・・・・・・やべ・・・目から・・・

「お姉ちゃん、泣いちゃめーよ!」

「どこか痛むんですか!?大変っ、お薬を・・・」

「違うんです・・・・・・」

 ゴシゴシと目を擦って背を向けた。

「ユナちゃん・・・幸せにして下さい・・・ね」

「・・・え?」

「ユナは、幸せですから」

 振り向いて微笑む。何か言いたげな瞳のまま、その場から走り去った。

「ユナ・・・!?」

 遠い日の面影が重なった。 

「ユナ!?ユナなの・・・!?」

 その女性は必死に庭を駆けて少女の去っていった方に目を向けるが、その姿はもう何処にも見えない。
その場に崩れ落ちて項垂れた。

「ユナ・・・ゴメン・・・ゴメンね・・・すぐに気付いてあげられなくて・・・・・・ゴメンね・・・!」

「お母さん・・・どしたの?」

 小さいユナが後ろから今にも足を引っかけそうになりながら慌てて駆けてくる。
女性はその小さな体をぎゅうっと抱き締めた。

女性の頭に過去の記憶が蘇る。
ユナと同じように、路地裏で一人泣いていた幼子。
幸せに出来なかったユナの分まで幸せにしようと誓って付けた名前。
悪い噂を聞きながら、お金を工面するためだけにギンドロに売ってしまった。
それを考える事すら怖かった。認める事すら怖かった。
私たちは本当に最低だった・・・。

ポタリ。
女性の腕に涙が落ちて、その涙が小さな少女にも伝った。

『ユナは、幸せですから』

 こんな私たちを許してくれないと思っていたのに・・・。
ユナ・・・優しい子・・・・・・ありがとう・・・・・・。




 テリーはちょうど街の中心にある大通りを歩いていた。
知り会いの少女と出会して

「・・・どうしたんだ?その目・・・」

 声をかけるつもりはなかったのだが、真っ赤になった瞳に思わず足を止めて呼びかける。

「テリー・・・。あっああ、これ?たいした事じゃないんだ」

 腫れぼったいまぶたで、はにかんだ。

「そうか・・・」

 テリーの言葉を最後に沈黙が訪れる。あの時辛辣な言葉を吐き合った以来マトモに会話をするのはこれが初めてだった。
二人の間を何人もの忙しない人々が横切っていく。

「こんな街、居るだけで嫌でも色んな事思い出すからな・・・」

 自分に向けての言葉なのかユナに向けての言葉なのか、独り言のようにテリーは呟いた。

「さっさと馬車に戻れ。うるさい女が待ってるぜ」

 それだけを告げて踵を返した。
人混みに紛れるようにその背中は消えていく。

背中を見送ると、ユナは大通りから城門へ続く町並みへ目を向けた。
綺麗な町並み、穏やかな表情の人々、開け放たれた城門。
自分の育った街がこんなに変わった事がユナは嬉しかった。

そしてテリーと同じように町並みに背を向ける。
さよなら、ガンディーノ。さよなら、母さん。




 次に馬車が向かったのはサンマリーノ南東の山間に面するグランマーズの家へ向かった。
家へとたどり着いたのは日がもう真っ赤に染まって星が輝き始めている頃だった。

「おばあちゃん!」

「おお、ミレーユ!やったじゃないか、魔王を倒したんだろう!?」

 グランマーズは家の前でウィルたちを出迎えてくれた。
ひしがれた顔と声に、思わずユナの心が疼く。本当の未来を見せられた事が頭をよぎった。

「ユナじゃないかい、良かったねぇあんたも・・・」

 ユナは体ごとグランマーズを避けた。

「・・・おや・・・しょうがないね・・・あんたさえ良けりゃ今日はここに泊まっていっておくれよ。料理の腕を存分に奮うからさ」

「やったぜウィル、ちょっと一息入れようぜっ」

 大賛成のハッサン、ミレーユ。ユナの方を向くと、向こうは渋々ながらも頷いた。




 薬草やらハーブやらをふんだんに使った料理が目の前に並べられていく。
食欲をそそる料理。
しかしやっぱり、ユナにとってのグランマーズは極端な話恐怖の対象でしか無かった。

「じゃあ魔王を倒した祝杯っていうのかね、世界の平和にカンパーイ!」

「カンパーイ!」

 合図が終わるとハッサンはガツガツと食べ始めた。
ユナもあまり気乗りはしなかったが、自分の皿に盛られた料理を食べないわけにはいかない。
フォークでそっと口に運んでみる。

・・・何とも言えない、今まで食べた事もないような味が広がってきた。
思わずもう一度確かめようと何度も口に運んでいく内に
いつの間にか皿は真っ白になっていた。

「どうだいユナ、お口に召さないかい?」

「・・・・・・う・・・」

 そこを見計らってグランマーズがにやにやしながら問いかける。
全部食べてしまった手前、不味いとは流石に言えない。

「どうなんだい?」

「フン、まぁまぁだな!ま、おなかすいてりゃ何でも美味いし!」

 もう半ばやけくそになって別のお皿を取る。

「おやまぁ、素直じゃないお姫様だねぇ」

 グランマーズは何故か嬉しそうに呟いた。




「ユナ」

 夕食中、みんなの分まで一人井戸に水汲みに来ていたユナにグランマーズが声を掛けた。

「・・・!・・・おま・・・ばあちゃんのも持ってくから・・・。中入ってろよ・・・」

「ふふ、あたしゃ水飲みに来たんじゃないよ。あんたに言わなきゃいけない事があって来たのさ」

「・・・・・・」

 自分でも気付かないうちにユナは身構えた。訝しげに見つめるユナにグランマーズは肩をすくめた。

「やれやれ、よっぽど嫌われてるようだねえ。まぁ・・・あんな事があった後じゃ無理もないかい」

「・・・・・・」

 ユナは警戒を解かず言葉を待った。

「あんたには辛い思いをさせた事は十分に分かってる。それを許してくれとは言わないよ。
こうなったのも私に責任が完全に無いとも言いきれない。だけどね、これだけは分かって欲しい。
あんたが居る今、この世界は本来有るべき姿じゃないのかもしれない。
だけど、これは紛れもない現実なんだ。あんたがここに居る事も、あんたがテリーと出会った事も」

「・・・・・・」

「あんたはここに居る以上、本当の未来もこの現実も受け入れて
限られた時間を悔いの無いよう過ごすべきだと思うけどね」

 今更、そんな事。
ユナは心の中で呟いた。グランマーズの気遣いが何となく伺えて声には出さなかった。

「・・・ばあちゃん・・・」

 家に戻ろうとしたグランマーズの背に声を投げた。少しだけ、グランマーズはユナの方を振り向く。

「・・・オレがこの世界から居なくなっても、テリーは本当の未来を辿ることは出来ないのか?
テリーの恋人になるはずだった女の子と巡り会う事は出来ないのか?」

 真摯なユナの瞳。グランマーズは息をついて

「そいつは無理だね。テリーはもうあんたと出会っちまった。これから先の事はもう私にも
見えない。全てはテリー、あの子次第さ」

 そうか・・・。小さな声でユナは呟く。
その声が風に乗って耳に届くと、グランマーズは家の裏口を開けた。

「そう、テリーはあんたと出会ってしまった。
それはあの子にとって重要な意味を持ってるんだからね・・・」

 人を見通す占い師は独りつぶやくと、賑やかな食卓へと再び足を運んだ。




 その日の夜。
バーバラから呼び出されたユナは、気持ちの良い夜風が吹く外で空を眺めていた。
ちょうど新月で月は出ていなかったが、星が夜空に瞬いていた。

「おっまたせ〜!」

 後ろから聞こえるいつもの明るい声。
二人は同じように夜空を眺めると、バーバラが切り出した。

「ユナには言っておこうと思ってたの・・・」

「うん・・・?」

 二人きりで話したい事が有る。バーバラのどことなく神妙な顔が思い出され
続く言葉はきっと重い意味のある物だろうと、ユナは感じていた。

「皆はもう忘れてるかもしれないけど、アタシ・・・ね。実体が無くて、精神だけの存在なの。
だから・・・魔王が倒れた今、夢の世界を具現化させてた魔王の魔力は失われつつあって・・・
完全に無くなると・・・アタシはこの世界から消えちゃうの・・・」

「・・・・・・っ」

 ユナは弾かれたようにバーバラを見つめた。
大きな瞳は悲しむでもなく、夜空をじっと見つめていた。

「皆には言えなかった・・・だけど、ユナには聞いて欲しくて・・・言っておかなきゃいけない気がして・・」

 小さな肩が震えている。いつもの強くて、明るい少女では無い。

「ありがとう・・・言ってくれて・・・」

 ポツリとユナは呟いた。本当に心の底からそう思う。
そして、自分も言っておかなければいけない事があった。

「実は・・・オレもなんだ・・・・・・」

「・・・・・・っ?」

「オレも・・・バーバラと同じ、精神だけの存在なんだ」

 空を見ていたバーバラは、ユナの言葉に弾かれた。
ユナは苦しそうな笑顔を浮かべ言葉を続けた。

「あの時、クリムトさんとマサールさんから生き返らせて貰ったなんて言ったけど・・・
本当はちょっと違うんだ・・・。体から離れた魂はひとつに戻れなかった。
だから精神体だけ、死の世界から呼び戻してくれたらしくって・・・オレはここに居られるんだ」

「なんで・・・っなんで早く言ってくれなかったのよ!?なんで、皆に嘘なんかついて・・・っ」

 そこまで言ってバーバラはハっとした。
そう、ユナが言えなかったのも嘘をついたのも、自分と同じ理由から来ていた事に気付いたから。
バーバラは何も言わずに言葉を押し殺した。
辛いのは自分だけじゃなくユナも・・・。大好きな人と、大好きな仲間と離れてしまう苦しみ。
それをユナは一度体験している。そしてまた二度目の別れを告げようとしている。

バーバラの瞳は湿って、そして潤んできた。

「上手くしたら、夢の世界で会えるかもしれないな、オレたち」

 はにかむようなユナの笑顔。バーバラはぎゅっとユナを抱き締めて耳元で囁いた。

「話してくれて・・・ありがとう・・・。きっと、夢の世界で、そしていつか現実でまた会おうね」

 現実の世界でまた会おう。
バーバラはそれだけを言うと、精一杯の笑顔で手を振って、赤いマントを翻して家に戻った。

ユナはその場所で再び夜空を眺めていた。
この星を見るのも、もうなくなるのかな・・・・・・。そう思いながら、過去の思い出に耽っていると
バーバラとは違う、良く知った声が後ろから聞こえた。

「・・・本当なのか?今の話・・・」

 低いくぐもった声。瞬間的にユナは後ろを振り向いた。
神妙な顔で佇んでいるのは・・・テリーだった。

「テリー・・・なっなんの・・・事・・・・・・?」

 動揺を隠すようにとぼけてみせるが、テリーは何処か怒りを含んだ眼差しで
見つめて、ユナの側へと歩み寄った。

「・・・お前が・・・精神だけの存在って事だよ!」

 強い声。
聞かれていた・・・・・・。
揺らぐ胸の内を悟られないよう、ユナは平然と振る舞った。

「あっ・・・ああ、聞いてたのか・・・。うん・・・そう・・・さっきのは全部ホントの話だよ・・・」

「お前が、もうすぐ消えるって事もか?」

 間髪入れずテリーは尋ねた。ユナはまた、平然と首を頷かせた。

「・・・・・・っ!」

 握りしめた拳がワナワナと震える。
また、あの時と同じように消える。その事に対して平然としている事も。
何も言わずに消えようとしていた事も。テリーには許せなかった。
何かの感情を隠すように怒りの感情が大きく膨れあがっていく。

「・・・・・・・・・」

 長くて、苦痛を伴う沈黙が訪れた。

「・・・どうして・・・嘘なんかついたんだ・・・・・・」

 テリーの声は沈黙を裂く事もなく、闇に紛れるようにユナの耳に届いた。

「どうして・・・ずっと黙ってたんだ・・・」

「・・・その方が、皆にとってもオレにとっても、良いと思ったから・・・」

 素直にユナは答えた。その答えに嘘は無い。
皆の気持ちを考えると、そうそう言える台詞では無かった。
テリーは唇を噛み締めて

「・・・ホントにお前は・・・自分勝手だな!」

 心の奥底から絞り出したような、強くて重い声。

「勝手に崖から飛び降りたり・・・勝手に、オレを助けようとしたり、勝手に死んでいったり・・・!
・・・いつだって、お前は他人の事なんて考えていない!オレの事なんて何も考えてない!」

 そうだ、いつもお前はそうなんだ。だからオレは・・・。

「オレはお前のそんな所が・・・大嫌いなんだ・・・!!」

「・・・・・・っ!」

 ハッキリと言われると、分かっているはずなのに体が思い切り反応する。
ユナはテリーの目も見る事が出来ずに俯いて、同じように心の底から声を絞り出した。

「それは・・・お前の方だろ!?」

 辛い事ばかりがユナの頭に思い出された。

「お前だって、自分の事ばっかり、最強の剣の事ばっかり考えて
オレの事なんて何も考えてないじゃないか!」

 知らずに涙が出る。
もう嫌だ。こんな事で泣く自分が悔しい。
忘れなくちゃいけないのに忘れられない自分が腹立たしくてたまらない。

「オレだって・・・お前のそんな所が・・・・・・っ」

 言いかけて、言葉が出なかった。嘘でもユナには言えなかった。

「・・・・・・っ!」

 涙を残してユナはテリーの前から走り去った。

「・・・・・・・・・」

 テリーは血が出る程唇を噛み締めてユナの後ろ姿を見送る。
唇を噛んで、感情を押し殺して、心に淀む何かを押しとどめた。
もうすぐ消える。もう二度と会えなくなる。
フラッシュバックのように、あの時の映像が流れた。

「・・・・・・!」

 テリーは顔を振って、頭を真っ白にする。

「・・・消えるなら、さっさと消えてしまえばいい・・・」

 テリーはそう吐き捨てて星が降ってきそうなほどの夜空を後にした。





 気持ちの良い朝がグランマーズの家に訪れる。

だがユナの心は暗くジメジメして、鉛のような雨が降っていた。
皆とそんなユナを乗せ、ファルシオンは山間から差し込む朝日を切り裂くように飛び立った。

険しい山を越え、雲を越えて、山の山頂近くの集落へと下り立った。その集落の名前はライフコッド。
ウィルの知らない、現実の世界のライフコッドだった。

「・・・・・?」

 他の街と違って出迎えは無い、そして村には人影すら見えなかった。
犬やネコ、家畜の鳴く声だけが聞こえる。
不審に思い村を見回ると

「おお、ウィルではないか!」

 ウィルの姿を見つけて村長が駆け寄ってきた。

「村の者は皆レイドックに行ったぞ」

「レイドックに?」

 村長は頷いて

「宴の準備を手伝って欲しいとの事じゃ。レイドックはお主たちの凱旋を今か今かと待っておるんじゃよ!さっこんな所でモタモタせずに早く城へ行け。お主が行かないと宴も始まらんのじゃから、きっと村の者はヤキモキしてる頃だろうよ」

 フォッフォっと高らかに笑う。そして一言、「よくやったな」と村長は耳打ちしてくれた。

村長の心遣いを嬉しく思いながら、皆は早速ファルシオンをレイドックに飛ばした。


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