▼最後の告白2...


「良くやった・・・本当に良くやったな・・・我が息子ウィルよ・・・」

 皆は王の前に整列して跪いた。
レイドック王は感慨深げに皆を見つめて頷くと、パンパンと手を叩く。

「皆の者!そのようにかしこまるではない!宴の準備をしておる!今日は存分に楽しもうではないか!」

 ニっと白い歯を見せて強引にウィルとハッサンの肩を抱いて、勢いよく階段を駆け下りていく。

「ふふ、ウィルのお父様って楽しい人よね」

「せめて今日くらい、一国の王から普通の父親に戻っても罰は当たらないと思いますよ」

 ミレーユとチャモロもそれにつられるように階段を下りていく、テリーも呆れながら後に続いた。

「ユナ・・・」

 悲しげな声が、ふとユナの足を止めた。
いつもは一際明るいはずのバーバラだった。

「お互い、この世界に後悔の無いようにしようね、絶対・・・!」

 ぎゅっとユナの手を握る。

「・・・うん」

 お互いの体温を確かめ合う。まだ暖かい。まだこの世界に生きている証。

「分かればよろしい。じゃっ今はとりあえずめいっぱい、宴を楽しもうっ!」

 赤毛の少女は、パっと表情を切り替えるとユナの手を引いて走り出す。
走る事も、笑う事も、食べる事も、今の二人にとって新鮮で名残惜しい事に思えた。




「テリー・・・」

 城の見張り台に居たテリーに姉のミレーユが声を掛けた。
楽しく宴に参加していたハズの姉が、悲しげな顔でそんな場所に居たので
テリーは少なからず驚いてしまった。

「どうしたんだ姉さん?皆と一緒じゃなかったのか?」

「貴方に話があって来たの・・・いいかしら・・・?」

 隣に並んで、姉弟二人は一緒にレイドックの街を眺めた。
紙吹雪、音楽隊の底抜けに明るい音楽、何度も起こる歓声、絶えない笑い声
そんな空気とは裏腹にミレーユはゆっくりと呟いた。

「ユナちゃんから聞いたの・・・。もうすぐ・・・バーバラと一緒に・・・消えちゃうんですってね・・・」

「・・・・・・」

 沈んでいた何かが目覚めそうになる。

「テリー・・・本当にこれで良いの?」

「・・・・・・」

「ユナちゃんに何も言わないままで、良いの?もう二度と会えないのよ?会いたくても
会えなくなるのよ?」

「・・・・・・」

 テリーは何も応えなかった。表情も崩さなかった。

「今ならまだ間に合うわ。後悔だけはしないで・・・」

 テリーはため息にも似た息をついた。

「姉さん、オレは大丈夫だよ。後悔なんてするハズも無い。前にも言っただろ、あいつとは
ずっと腐れ縁だったんだ。消えてくれて、せいせいする」

「テリー!どうして最後くらい素直になれないの!?貴方は強くなったんでしょう?あの頃よりも
ずっと、ずっと強くなって、私の前に現れてくれた・・・!だったら、逃げないで!
本当の自分を見つめて、そして大切な物を失う恐怖に打ち勝って・・・!」

「・・・・・・っ!」

 思い出すことを避けていた映像が鮮明に蘇る。
グランマーズの家で聞いた真実。
そして、決戦前夜、どうしようもない気持ちで過ごした独りの夜------

ボーン!
花火が打ち上げられた。
その音にハっとして、テリーは息を飲んだ。

「何度も言ってるだろ、後悔なんてしない!恐怖なんてするはずも無い!
・・・あんな自分勝手な奴さっさと消えてしまえば良いんだ・・・・・・!!」

 哀しげに見つめるエメラルドの瞳。
その瞳に耐えかねて、テリーは何も言わずその場を後にした。


オレが何かを言えばあいつはこの世界に留まっていられる?
オレが何かを言えばあいつはずっとこの世界の住人で居られる?

ちがう。

ちがう そうじゃない。

オレが何かを言っても言わなくても、あいつはこの世界から消える。
消えてしまう。完全に。その痕跡さえも。

「・・・・・・」

 だったら決まってる。もう消えてしまうあいつに、今更何を言うことが有るんだ。
何も無い。
何も。
何一つ伝える事なんて・・・。





 ユナは宴もそこそこに当てもなく城内を彷徨った。
体が何かおかしかった。
鹿肉の焼いた香ばしい匂いが、ハーブの大好きな香りが、ほとんど分からない。
自分の手の平を見つめる。予兆はこの世界に留まれる時間が迫っている事を告げていた。

城の裏に有る庭園に足を運ばせる。
レイドックの従者から気持ちよさそうに背中を流して貰ってるファルシオンと
その背中で一緒に水浴びを楽しんでいるスラリンが居た。
スラリンはユナの姿を見つけると、反動をつけながらいつものように飛び跳ねてきた。

『どうしたの?宴は?』

「うん、スラリンに会いたくってさ」

 どことなく元気のないユナ、スラリンは瞬時に感じ取る。
時間が近い。
スラリンは、何故かくるりと背を向けた。

『こんな所で何やってんのさ!もうすぐ消えちゃうんでしょ?じゃあ、もっと他に
やる事があるんじゃないの?』

「気付いてたのか・・・。じゃあ話は早いよ。スラリン、ギリギリまで一緒に居て欲しいんだ・・・
もう会えなくなるから・・・」

『甘えないでよっ!』

「・・・・・・!」

『会えなくなるのは、僕だけじゃないでしょ!?こんな所まで来て逃げないでよ!
運命からも過去からもテリーからも、逃げたりしないって約束したじゃない!』

 スラリンの小さな背中、でも今は自分よりも大きいものに思える。

『・・・ちゃんと約束果たしてよ!』

「・・・スラリン・・・でも」

『それが、僕の知ってる大好きなユナだもん』

 ハっとして、その背中を見つめる。ようやく少しだけ振り向いてくれた。

『さよならは言わないから・・・また絶対会えるから・・・』

 スラリンは、反動を付けピョンピョンと飛んでユナと距離を取った。
別れの予感を感じる。
さよならは言わないから
スラリンの言葉は逆にユナの涙腺を刺激した。

「うん・・・うん・・・有り難う・・・スラリンと会えてホントに良かった・・・オレも・・・
大好き・・・だから・・・また絶対会おう」

『もーっ、また泣く〜!ほんっと女の子らしくなっちゃったんだからっ!これも、テリーのおかげだね。
僕は前のユナも好きだけど、今のユナはもっと好きだよ!』

 ニコ。青いスライムはそう言って笑った気がした。





 ユナはスラリンとの涙の別れを終えると、暗い気持ちを押し込めて兵士の詰め所に来ていた。
今は宴に参加しているせいか誰も居ない。
遠くで楽しそうな声が聞こえる中、一人でイスに座ってせっせと何かを作っている。

「ぃたっ・・・!」

 指に刺さった痛みに声をあげるのは、もう何度目なのか分からない。

「あれだけミレーユさんに教えて貰ったのに、全然上達してないじゃないか・・・」

 呟いて再び視線を落とす。
それはテリーの、青い帽子だった。

「せっかく上手いだろって自慢してやろうと思ってたのにさ・・・」
 
 悔しいなぁ・・・悔しい・・・。
出来上がってちゃんと見てみると、やっぱり不格好だ。

「なんで・・・もっとちゃんと上手く出来ないんだよ・・・」

 なんで・・・なんでこんなに悲しいんだよ・・・
ずっと前から覚悟してた事なのに・・・。
涙なんてもうとっくに枯れたはずなのに・・・。

目からはやっぱりポタポタと涙らしきものが流れ出ていく
帽子を抱き締めて・・・たまらなく愛しい想いが込み上げた。

「やっぱり下手だな、お前・・・・・・」

 低い男の声。
ハっとして顔を上げると、扉の先に青い服の少年が立っていた。
ユナの涙を見て言葉が止まってしまっている。
ユナは慌てて腕で目を拭いて、持っていたそれを突き付けた。

「間に合って良かった」

「・・・・・・」

 テリーは何も言わずに帽子を受け取った。

「何泣いてるんだよ。あの時は平然としてたくせに・・・」

「分かってる・・・分かってるよ・・・・・・・・・!」

 テリーはチっと舌打ちして

「・・・バカじゃないのか・・・?」

「・・・どうせオレはバカだよ!バカで悪いかってんだよ!!」

 涙を流しながら、ユナは言い返した。

「素直じゃないな!だから最後にいつも後悔するんだよ!」

「後悔なんかしないよ!」

 怒鳴り散らしている二人の声・・・何で今頃になって

「してるだろ!今だって!」

「してないって言ってるだろ!この涙は一生テリーの顔見なくてすむっていう嬉し涙だから!」

 本当の本当に最後だって言うのにこの台詞。
悲しみを通り越して、呆れてしまう。こんな自分に呆れて、こんな自分に涙が出る。

「・・・・・・勝手にしろ・・・」

 そう言って、背を向ける。
だがテリーは歩き出す事は無く、その場に佇んだ。

「どうしたんだよ・・・・・・どこにも・・・行かないのか?」

 行ってほしくない・・・・・・出来れば側にいてほしいのに。
ユナは裏腹な言葉が出てしまっていた。

「・・・オレの勝手だ、バカ」

 目を伏せてそう吐き捨て、憮然とした表情でテリーは振り返った。
窓から入ってくる光に照らされたアメジストの瞳と銀の髪。
不機嫌そうな顔で見つめる。

ドキン。
そんなテリーの姿が一瞬、白くなって消えた気がした。
時間はすぐそこまで迫っている。
そうだ、もうすぐで・・・

「・・・もうすぐで・・・テリーと・・・会えなくなるんだよな・・・」

 口に出すと実感する。
実感すると、また酷く胸が痛む。

「・・・・・・・・・」

 テリーはいつもと同じ不機嫌そうな表情で、何も言わなかった。

当たり前だろ、とか、それで良かったんだろ、とか言ってくれよ
でないと・・・憎まれ口言い合ってないと・・・・・・

楽しかったことも哀しかった事も思い出して、
どんどん涙が出てくるから。

「・・・・・・」

 目の前が白く霞んでいるのは涙のせいなのか、この世界とのつながりが薄くなってきた
せいなのか。ゆらゆらと揺れる視界を必死に止めた。
ポタリ。涙が頬から顔のラインを伝って落ちる。
ユナには最後にひとつだけ伝えなければいけない事があった。

「逃げないって・・・言ったから・・・スラリンにも約束したから・・・
・・・最後にひとつだけ聞いて欲しい事が有るんだ」

 込み上げる涙を飲み込む。ユナはテリーの瞳を見つめて

「ずっと前から・・・ずっと今まで・・・テリーが・・・好きだった・・・」

 逃げずに、自分の気持ちと向き合えた。これでいいよな?スラリン・・・。

「・・・・・・・」

 テリーは何も言わずに、視線を受け取った帽子へ落とす。
相変わらず糸は飛び出て継ぎはぎだらけの帽子だ。
初めて会った時に押しつけられた帽子の事が頭に浮かぶ、テリーはそれを今でも持っていた。

「・・・・・・お前なんかと・・・出会わなければ良かった・・・」

 ポツリ。俯いてテリーは呟いた。

「・・・悪かったな・・・オレなんかと会っちまって・・・」

 オレと会わなけりゃ、幸せになれたのに。
可愛い女の子と恋までして。
楽しそうに笑って・・・。
本当の未来のテリーと目の前のテリーは、重ならなかった。

「もうすぐ消えるから、安心しろよ!」

 いつか言ってやろうと思った強がりにも似た皮肉。

その時、その皮肉に反応したのかユナの身体がふっと軽くなる。
赤みを帯びた肌が一瞬にして白く透き通った。

「・・・ほらな、もうこれで、お別れ・・・だから」

 テリーは眉一つ動かさず

「・・・さっさと行けよ・・・さっさと・・・消えろ・・・」

 そう吐き捨てた。
ユナはそれを聞くと、くるりと背を向ける。

「・・・言われなくたってさっさと行くよ!・・・悪かったな
・・・その・・・好きになったりしてさ・・・でも・・・これで最後だから・・・」

 最後だから・・・・・・・・・

「・・・・・・・・・っ・・・」

 押しとどめていた物が今にも崩壊しそうだ。
さっさと消えろ。
ユナも、なにもかも消えて無くなってくれ・・・!

『本当にそれで良いの?』

『あいつを幸せにしてやってくれ・・・!』

 お節介な言葉が思い出されて、テリーはブンブン首を振った。
後悔なんてしない、するわけない。
オレは・・・オレは今までもこれからもずっと・・・

『テリー』

「・・・・・・!」

 久しく見ない弾けるような笑顔が思い出され心を捕らえた。
なんでこんな時に・・・

『テリーの旅に、ついていかせて・・・』

『・・・オレは・・・好きだ・・・テリーが・・・・・・』

 穏やかな笑顔も、切ない表情も、いじらしい言葉も
テリーを捕らえて離さない。

「・・・・・・頼むから・・・何もかも消えてくれ・・・」

 ぶっきらぼうな言葉も

ひねた性格も

白い肌も

澄んだその瞳も

この、胸を締め付ける感情も・・・

「ユ・・・ナ・・・」

 本当に消える・・・

ユナが消える・・・・・・

ドクン!
今までで一番大きな鼓動が体中を駆け抜ける。
恐怖は、心の底にずっと有った感情に一瞬にして飲まれて消えた。

「・・・・・・ユナ・・・!」

 振り向いてくれない少女の腕を力一杯掴んだ。
ドクン!ドクン!ドクン!心臓の音がとてつもなくうるさい。
消える、ユナが消える・・・
本当に、会えなくなる・・・・・・

「・・・・・・・っ・・・」

 オレは・・・何なんだ・・・・・・何が言いたいんだ・・・?

「あ・・・」

 ・・・・・・・・・あ・・・?

「愛してる―――――― ・・・!!」

「・・・・・・・・・っ!」

 それは思ってもみなかった、言葉。

愛しい少女が信じられない顔で振り向いてくれた。
瞳からこぼれんばかりにあふれている涙。

「・・・・・・なに・・・言って・・・」

 声が震えて、涙が頬を伝わる。

「・・・嘘だろ・・・嘘ばっかり・・・
最後の最後でまだオレの事からかうのかよ・・・・・・」

「嘘じゃない!!」

 言い終わるか終わらない内に叫んだ。
解き放たれた感情は強い力でテリーを押し動かす。
握り締めていた右手を開くとその中には

「スライム・・・ピアス・・・?」

 ユナの装備している物と全く同じ、真新しいスライムピアス。
どうしてこんな物・・・・・・?

「トルッカでお前に渡そうと思って・・・ずっと渡しそびれてた」

「・・・・・・!そ・・・そんな・・・まさか3年前・・・の・・・?」

「・・・・・・・・・」

 押しつけられたスライムピアスをユナは震える両手に受け取った。
暖かさがジン、と伝わってくる。

「・・・こんな時に・・・なんで・・・こんな・・・・・・」

 テリーはユナの視線に赤面して顔を背けた。
スライムピアス・・・・・・何で・・・

「・・・・・・こんな・・・ずるい・・・や・・・」

 スライムピアスは何も知らずに笑っていた。

「さっさと消えろって・・・会わなきゃ良かったって・・・恋愛感情なんて無いって
散々言ったじゃないか・・・・・・!」

 どんなに傷ついても、嫌いになる事なんて出来なくて
どんなに離れていても、忘れる事なんて出来なくて
どんなに願っても、この感情は消える事すらなくて・・・

「それなのに・・・こんなギリギリになって・・・こんな事・・・言うなよ・・・・・・っ」
 
「ユナ・・・ユナ・・・行くな・・・!」

 ぐっと細い腕を引き止めた。
自分の口から信じられない本音が出る、
景色に溶けるように消えるユナの姿を見て。

「オレも、行きたくないよ!消えたくないよ・・・!!
ここに、テリーと一緒に居たい・・・・・・!」

「ユナ・・・!」

「テ・・・リー・・・・・・」

 ・・・・・・・・・ぱぁん!

 まるで夢だったかのように、少女は消えた。
青い帽子を残して・・・・・・・・・

「あ・・・」

 途端に、体中から力が抜けて、地面に崩れ落ちた。
青い帽子はあいつの暖かさを残していて、夢じゃない事を教えてくれる。

トルッカからずっと持っていたスライムピアス。
それと同じようにもう一つ抱えている感情があった。

それは時に暖かく、時に邪魔な存在で、
スライムピアスと同じように何度も捨てようとした。

でも、どうしても、出来なかった・・・・・・。

アメジストの瞳がフワリと揺らいで、ポタリ、ポタリと何かが頬を伝って落ちてきた。

「バカはオレの方だ・・・」

 くしゃりと前髪を掴んで、唇を噛み締めた。
認める事が怖くて、自分に嘘をついた。
失う事が怖くて、あいつを酷く傷つけた。

素直じゃないのは、オレの方だったのに・・・。

「ユナ・・・!!」

 弾けるような笑顔が脳裏に浮かんでは、フっと消える。
自分を呼ぶ明るい声も、もう聞こえない。

・・・スライムピアス・・・・・・

ああ、そうか・・・

オレはトルッカくらいから・・・・・・・・


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